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責任。 

先生から、セカンドオピニオンのお話もありました。

「まだ時間はありますから、納得が出来るまで
他の病院の医師の話を聞いてみるなどして下さい。」

ユウタの病気はとても珍しい病気です。
同じ病を患っている人はもちろん近くに居ません。
病気の種類は全く違うけれど、
大きな病気に苦しむ子供のお母さんに相談してみたり
人伝に頼って情報を集めたり・・・。

小児の脳腫瘍、ユウタの頭蓋咽頭腫には
確定された治療法がありません。
病院や医師によって、手術の方法も治療方針も様々です。

つまり、自分で選択できない子供の為に
信頼出来る病院と医師と、納得出来る治療の方針を踏まえ
親がこれからの道を選択しなくてはならない。

親の責任。

それにしても急な病気の発覚、宣告、
そしてその選択についても、情報は限りなく少ない。

私達は主治医の先生の熱心な説明や、
何とか後遺症を残さないように!という手術の方法に納得して
そして先生に対する信頼が生まれ、決断をしました。

それでもやはり、子供の命や一生に係わる決断です。
心の不安はいつまでも消えないままでした。


「ユウタ、先生がユウタの病気の手術をしてくれるんだよ!
ヨロシクお願いしますは?」

「せんせい、おねがいします!!」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね!」
と、小さな4歳児の息子に先生は深々とお辞儀してくれた・・・。



ママはそれが嬉しかった。


 

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セカンドオピニオン。 

退院後、2ヶ月を過ぎた頃MRI検査をしました。

        「術後と変わりはありません。」

先生のあまりのあっけなさに少し拍子抜けでした。
と言うのも、最近ユウタは頭痛を訴え出していたからです。

保育園にも無事復活★して、元気イッパイに過ごしていました。
そんな矢先の頭痛でした。

保育園行事にて

 

 

 

 

 

 



        
    「誰かに頭をガンッて、思い切り殴られたみたいに痛い!」


という表現をユウタはしていました。
そんな事された事ないでしょう?と、笑いながら
ユウタをなだめつつも、不安で仕方ありませんでした。

なので、検査結果に「ホントにホントに?」という気持ちがあり
私は先生にもう1度聞き直した位でした。

脳の手術を受けたのだから
多少は頭痛があって当たり前、と言うような話も
聞いていましたし、先生が大丈夫と言うのだから
とにかく安心していていいんだよね?と、
パパと確認し合いました。

とにかく、良かった・・・。
どうかこのまま何年も再発しませんように・・・。
毎日、それだけを祈る日々です。


*******************************

 

そんな日々が続く中、次の再発の時が来るのを
怯えながらジッと待つ事に私は不安を感じ始めました。

もっと色んな先生の話が聞いてみたい。
セカンドオピニオンを受けよう。

同じ病気で苦しむ子供を持つ、お母さん達に
色々な選択の話を聞いていた私は
主治医の先生に相談して
他の病院に相談に行く事にしました。

小児の脳腫瘍を多く手掛けている有名な先生です。
こちらからのメールに瞬時に返答してくれて
無料で相談に乗って頂ける素晴らしい先生でした。

MRIを郵送し先生に見て頂きましたが
返って来た答えは私達の考えを根本から
覆すような内容でした。

 

この病気を甘く見てはいけない!

そんなメッセージが込められている気がします。
のんきに構えている場合じゃない・・・。

私は先生のいる北海道へ行く決断をしました。

 

ユウタの為に、どの道を選択していけばいいんだろう。
考えても、考えても、見つからないパパとママ・・・。

とにかく、行ってみよう。

おいしいラーメンでも食べに行く位の感覚で
深く悩まず、思うことは全てやり尽くして
先生の居る北海道にいってみよう♪

そんな風に歩き出しました。
ただ、ユウタの頭痛だけが不安でした。

 

*evergreen***

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北海道へ。 

2006年 1月10日

セカンドオピニオンを受けに北海道へ向かいました。

飛行機から

 

 

 

 

 


羽田を飛び立つ時はあいにくの曇り空で
小雨も降っていましたが
雲の上に上がるときれいな青色一面。
子供達はとてもはしゃいでいました。

北海道へは私達一家4人と
私の父と母も来てくれました。


しばらくすると飛行機の中でユウタは

「頭痛いよ~頭痛いよ~」
と、言い出しました。

ユウタはもともと乗り物に弱かったのか
それとも腫瘍のせいで頭痛があったのかは
分かりませんが、とにかく乗り物が苦手でした。
車も飛行機も、好きだけど頭が痛くなる・・・という状態です。

雪だるま?と。

 

 

 

 

 

 

雪だるま?

 

 

 

 

飛行機の中ではずっと頭痛を訴えていたユウタも
札幌に着くとチヒロと一緒に走り回って元気でした。

雪を触りたくて仕方ない子供達。
私達大人は北海道の寒さに震えきっていました。

 

北海道の白くて綺麗な雪の中。
元気に走り回るユウタを見ていると
何もかもが嘘の様な気分になってきます。

きっといい方向が見つかるはず!
そう信じる力も強くなっていました。

 

お昼にみんなでラーメン食べて
パパと私とユウタで病院へと向かいました。
1泊入院しての検査です。

何度も受けているMRI検査。
そしてお母さんが付き添いの病院なので
ママも一緒にお泊まりすると言う事を知っているユウタは
不安な様子もありませんでした。

私達も希望に満ちた想いで歩いていました。

 

「明日、お姉ちゃんと雪だるま作りたい♪」

「寒いからヤダよ~」


 

*evergreen***

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ハードな1日。 

病院に着くと一通りの説明を受けて
いよいよ検査準備となりました。

病院の寝巻きに着替えて
ユウタも段々不安になってきています。

MRI検査。
造影剤を使うので点滴の処置をします。
採血も点滴の所から取れるはずが上手くいかず
結局、4回針を刺しました。

・・・ユウタ、激怒でした

「注射、1回だけって言ったのに~」
看護師さんの方が泣きそうでした。

ミニミニ

 

 

 

 

 

もう、何回受けたのだろう・・・MRI検査。
大きな機械に吸い込まれていくユウタの姿は
何度見ても胸が苦しくなります。
色んな想いがよみがえります。
そして再発の不安。

 

長い時間を掛けて撮る為、ユウタも飽きてきて
ついに体が動いてしまいました。
検査中は少しも動いてはいけないので
小さい子にとってはかなりの苦痛なんだと思います。

パパも私も必死になだめてはみましたが
とうとう睡眠薬で寝かせての検査に変更です。
北海道は寒くても、院内は半袖の人が目立っています。
私達はもう、汗だくでクタクタ状態でした。

 

検査が終わりました。
ユウタはまだ薬がさめずに眠っています。
ストレッチャーに乗っているユウタを見ていると
込み上げてくる・・・。

こんなに小さいのに・・・辛い思いさせてしまっている。


*******************************



麻酔からもさめ、しっかりとしているという様子から
病院に1泊せず、帰れる事になりました。

 

         検査も終わったし、もう大丈夫!
         先生からお話聞いたら、一緒に帰ろうね!
                      明日はどこへ行こうかな♪

早朝の飛行機に乗ってここまで飛んで来て
病院で長い検査。
クタクタだよね、ユウタも。
立ったまま居睡りしてしまうほどママもクタクタだったよ~

 

*evergreen***

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札幌の夜景。 

今日のMRIの検査結果、
そして先生の考えるユウタの治療方針を聞くために
長い間、待っていました。

チヒロと私の両親も病院へ来ました。

少しの不安と大きな希望・・・
そんな気持ちで先生を待っていました。

いたずらチビ2匹

 

 

 

 

 

先生を頼ってここに来る人はとても多く
それだけとても信頼出来る先生、という事です。

小児の脳腫瘍は稀な病気です。
それだけに、この病気を多く手掛けられている先生の
お話を聞いてみたかったのです。

先生に見て頂くために遠くから来ている方が
私達の他に何組かいました。
ユウタは1番最後。

     

 

        いつの時期に、どんな風に、
           ユウタの中に残っている腫瘍を消し去れるのだろうか。
       全部、腫瘍が取れた後の後遺症がどれだけの障害になるんだろう。

             ユウタは 生きていけるのだろうか・・・・・・・・・。

 

 

先生を待つ時間が長く長く感じました。
ユウタは入院中の小さな子と、今さっきお友達になれたようで
ずっと仲良く一緒に遊んでいます。

チヒロはゲームをしながら、退屈そうです

私はずっと、先生に聞きたい事を頭の中で整理しながら
明るい方向に行ける事を信じてゆこう!と
自分に言い聞かせていました。
きっとパパも一緒です。

 

先生を待つ時間の中で
高い階から見下ろす札幌の夜景を見ていました。

白くて明るい夜。
きっと外は凍りつくような寒さなはずなのに
ショートケーキみたいな街が
暖かく見えました。

 

      「いつかユウタの病気が完治したら、もう1度来たいね。」

 

みんなで笑って話していました。
良いお話を期待しながら・・・・・。

 

*evergreen***

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再発。 

2006年 1月10日  PM8:00

先生からのお話を聞ける順番が来ました。

ドキドキする。
でも、すがる想いできた北海道で
私達にとって、いい方向へ進んで行けるという期待に満ちた、ドキドキでした。

 

先生はとても有名な、優秀な先生です。
私達は何度も何度も先生のHPを見ていました。
初めて先生と対面した時は
まるで有名人に会えたかのように緊張してしまいました。

ユウタは隣のプレイルームで遊んでいます。
入院中の子供達と一緒に楽しそうです。

「チヒロもユウタと遊んでいれば?」
チヒロが途中で飽きて、退室したがる様な気がしたので
パパも私も、強くチヒロに出て行くように話しましたが
チヒロは頑として部屋から出ようとしませんでした。

「いいじゃない、一緒に居なさい。大丈夫ですよ!」
先生が優しい言葉を掛けて下さったので
チヒロも同席となりました。

パパ、私、チヒロ、私の父、母。
先生を囲むように席に着きました。

 

白いテーブルの上にパソコンが1台。
今日撮ったMRI画像を映し出しています。
壁のスクリーンには、もう何度も見た
ユウタの手術前のフイルムが貼り出されました。

何百カットとあるユウタの脳の断面画像を
先生は少し見て言いました。

 

         「あぁ~、だめだよ、もう再発していますよ。」

 

 

私は、先生がその後続けて何かを話し出したと同時に
ひどく取り乱してしまいました。

混乱していて自分が今、何の為にここに居るのかも
分らなくなっていました。

「どうしよう、どうしよう」
私はその言葉しか出てきません。
涙も止まらない。
襲い掛かる吐き気とめまい。

パパを見るとパソコンに映った画像を見つめたまま
瞬きもしないで放心しているようでした。
父と母も、取り乱す私を落ち着かせようともしないで
黙って先生を見ています。



その時、隣に座るチヒロが
嗚咽して泣き乱れる私の腕を掴みました。

   
         「ママがしっかりしなくちゃだめでしょ・・・。」


・・・・・とっても小さな声で言いました。

チヒロは小学2年生です。
まだまだ小さい子供、と思っていたのに。
その小さな胸で、弟の病気の現実を
私よりもしっかりと受け止めていました。

その後、長い間チヒロは、しっかりと膝の上に手を置いて
最後まで先生の話を聞いていました。



冷静にならなくちゃ。
希望の道を探しに、ここまで来たんだから。

今私はまた、以前の様に暗闇の中へ入って行く訳にはいかないんだ。

しっかりと今を受け入れて、最高の道を作ってあげなくちゃ。

 

助けて。

ずっと応援し続けてくれている友達の顔、
背中を押してくれたみんなの顔、
ユウタの保育園のお友達の顔、先生達の顔・・・。

次々と浮かんでは涙が止まりませんでした。

 

*evergreen***

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重く響く言葉。 

ユウタの腫瘍は想像以上の速さで
再燃、再増大していました。

先生のお話を聞けば聞くほど、その状態の悲惨さが
重く、響いてきます。

怖くて怖くて・・・。
だけど受け止めなければ。



どうか、助けて欲しい。
その思いだけで先生の話に集中していました。

 

                  現実を見てください。

 

先生の時折伺える厳しい口調に
私達みんな、何も話せなくなってしまいました。
先生だって、真剣なのです。

ユウタの腫瘍の位置からして、今後起こり得る後遺症。
生きていく為の、リスクある手術。
今のままではユウタの将来が明るい方へは向かえない。


真剣な先生の口調が、1つ1つ私達の心に
深く突き刺さって行くようでした。

先生は、遠回しな説明や誤魔化しの話は一切言わず
まっすぐに向き合ってくれました。
それは全てを知りたい患者側からすれば
とても辛い話であっても、感謝すべき事です。

全ての話が終わった後に、私が精一杯の気持ちで先生に言いました。

 

     「どんな後遺症が残ろうと、
              私はユウタに生きていて欲しいです。」

 

パパも私の両親も何も言いませんでした。

先生は何も言わずに、うなずきました。


*****************************


病棟の看護師さんが色々な手続きについてパパと話していました。
私はチヒロとふざけているユウタを直視出来ないまま
涙がいつまでも止まりませんでした。

検査日丸1日、ユウタの担当でお世話になった看護師さんに
きちんと挨拶も出来ないまま、病院を後にしてしまった事を
私は今、とても悔やんでいます。

 

いつも前向きに頑張ってきたパパ。
私を支えて歩きながら何も話しません。

いつもと違うトーンで、小さく
「泣かないで!きっと治るんだから。そう信じよう・・・。」

 

多分、あの時パパはそうやって
自分に言い聞かせていたのだと思います。

 

*evergreen***

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父のうしろ姿。 

病院を出て、一旦ホテルに帰り
すぐ近くにあった
居酒屋さんへ行きました。

よる10時。
子供達は眠たそうにしていましたが
ユウタ以外みんな夕飯抜きだったので
ホテルも近いし、みんなで出掛けました。



チラチラと偽物のような軽い雪が降っていました。

 

ユウタは病院で夕食が出たにも係わらず
ジャンボコロッケや、ジャンボおにぎりを食べてます。
チヒロは食が細いのですが
珍しくユウタと一緒になって食べていました。

私の父も母も、あまりユウタの話はしませんでした。
パパもいつものままでした。

「これがおいしい!」
「次は何にしようか♪」


そんな風にいつもの実家にいるような雰囲気。
それがとても、有り難かった・・・。


私は一言話す度に泣いていました。
何でもない話なのに勝手に、無意識に。

ビールをゴクゴク飲んで、忘れようと必死でした。

 

11時を過ぎて、チヒロもユウタも眠ってしまっていたので
父がユウタを背負い、パパがチヒロを背負って
雪の中、ホテルに帰りました。

 

ほろ酔いの父が大事そうにユウタを背負って
前を歩いてゆく姿が
ずっと、今でも私の胸に残っています。

 

*evergreen***

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小樽にて。 

2006年 1月 11日

次の日、みんなで小樽へ遊びに行く事になりました。


電車に乗って、のんびり出掛けよう・・・
せっかく北海道まで来たのだから
子供達に楽しい思い出を作りたい。

そり

 

 

 

 

 

 

 

 

雪は、降ったりやんだり。
たまに吹雪いたり。

急に暖かく日差しが指してみたり。


まるで今の私達のよう。

南小樽南小樽 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、1日・・・・・
フッと、私の心が重たい現実に戻っていく瞬間があったり
涙が出てきてしまう事もありました。

だけどやっぱり、ここでユウタの希望の道を失いたくなかったし
家族の幸せを壊すことになるのは、とても怖かった。

雪を食べるユウタ


だからかな・・・・
みんな、いつもと変わらず笑っていたし
たくさん話もしたし
おいしい物も
たくさん、食べたよね。

 

ユウタは降る雪を
「おいしいよ♪」って
たくさん食べていたよね (>_<)

 

 

弱い自分を私は素直に受け止められないでいたから
とても苦しみました。
こんなんじゃダメだ!って。
泣いてばかりの自分が情けなくて、大嫌いでした。
お母さんなんだから、強くなくっちゃ!って、たくさん無理して
カッコつけて。


この後、もうしばらくしてから
私は自然と力が抜けて、
「頑張らないで頑張れる」気持ちのゆとりのようなものを
見つける事が出来ました。

ユウタと一緒に、家族みんなで歩いて行こうって、
それは、とっくに決めた事。

 

そんな答えが見つかるまでは
本当に、苦しかった。

 

*evergreen***

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笑顔が好き。 

2006年 1月 12日

今日は札幌市内を少し観光してから
空港へ向かう事になりました。

私は、早く帰りたい・・・と思う反面、
でも、帰りたくない!という気持ちもありました。

現実逃避です。


だけど、ユウタの再発が思った以上に
早いスピードで進んでいるという事、
そして、早く主治医の先生にも診て頂きたいという想いで
気持ちばかり焦っていました。

どちらにしても、近いうちの手術は免れない。
水頭症も併発しているので多分、即入院だと思う。

ちょっとしたすきに、こんな事ばかりが頭の中に思い浮かんできました。

 

父と母が一緒で良かった。
二人は一生懸命、子供達を
楽しませてあげようとしてくれていました。

帰る飛行機の時間が遅かったので
少しだけ、札幌市内の観光をしてから
空港へ向かう事にしました。

時計台


時計台。
ここに来るまでが
とても吹雪いていて
中で暖まりました。
私達以外、誰も
いませんでした

 

 

テレビ塔

 

テレビ塔の上からの眺めは、怖かった~。
大通り公園では札幌雪祭りの
準備がされていました。

 


ビール記念

 

ビール博物館。

大人は試飲でビール。

子供は寒いのに
アイスを食べてました。
(゚皿゚) 寒そう

 



ユウタビール
みんなで順番に顔を入れて撮りました。

みんなが少し疲れた様子でいると
ユウタはすぐに「おちゃらけ」て、みんなを笑わせます。

みんなが笑顔でいないと不安なのかもしれない。

家でもそう・・・。
私を笑わせようと、すぐにお尻を出す
変な顔をして笑わせようとする。

みんなに笑っていて欲しい。
ユウタは笑顔が好き。

 

 

後になってから気付いたけど、
今までユウタが私に気を使ってくれていたんだと思います。

病気で苦しんでいるのは、ユウタ本人。
それなのに・・・・・そんな子供が、私の様子を見ながら
きっと「ママに笑っていて欲しくて」頑張っていたように思うんです。


そうだよね、ママの笑顔は大事だよね。
みんなが笑っていて欲しいんだよね。


ごめんね、ユウタ。
そして、チヒロもパパも。

 

*evergreen***

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ピカチュウの飛行機。 

新千歳空港は雪の天候の為に
遅れの出ている便がほとんどで
人も多く、混雑していました。

遅れのアナウンスが流れるたびに
みんなの落胆する声がザワザワと聞こえてきます。


子供達も飽き飽き状態。

「早く飛行機乗りたいよ~。」

ピカチュウジャンボ

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの飛行機はピカチュウ。
子供達は大喜び♪

パパもなぜか大喜び

 

******************************

 

北海道に来て良かった。

親身になって一生懸命にしてくれた先生。

ユウタの親の身になってお話ししてくれた。
辛い現実だったけど、きちんと伝えてくれた。
次の日、手術があるというのに貴重な時間を割いてまで
長い時間を掛けて、丁寧にお話をしてくれた。

そして何より、真剣に向き合ってくれた・・・。



先生の所には、たくさんの方が助けを求めて来られます。
先生が名医である事はもちろんです。

でも、そんな事だけではなくて
先生の患者に対する熱さ、真剣さが
全ての患者さんの「心の救い」になっているようにも感じました。

 

私はそんな事を空港のロビーでずっと考えていました。


*****************************

 

ピカチュウの飛行機に乗って、お家に帰ろう!

明日から、また新たな壁を乗り越えて行く為に
みんなで頑張る。

大袈裟かもしれないけど
ユウタの病気を「運命」として丸ごと受け止めていこう。



そして急に自宅が恋しくなってきました。
私には応援してくれている友達もいるんだ。
今回もまた背中を押してもらっちゃおう。

私もワクワクしながら
ピカチュウの飛行機に乗りました。

 

*evergreen***

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書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
ツイッターは@Na7e_

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●メールは右サイドバー1番下の
メールフォームよりどうぞ。

*evergreen***

Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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