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永遠の緑はココロに広がってる そう信じていたい。 いつの日にも どんな時でも evergreen with you〜
カテゴリー  [ ママの心 ]

24時間テレビ。 

2年前の4月。


ユウタは3月に受けた2度目の開頭手術直後で
大学病院の小児病棟へ入院中でした。

お隣のベットにいたユウタと同じ名前のお兄ちゃん、通称「お兄ちゃんユウタ君」が
その月、辛かった闘病の末・・・10歳で天国に行ってしまいました。

2006年4月10日の記事←(click!)


退院してからしばらくして「お兄ちゃんユウタ君」が
天国に行ってしまった事をユウタに伝えました。

それまでユウタには「おうちに帰ったんだよ。」と伝えていたので
話を聞くと、とても驚き 悲しみをあらわにして叫ぶように泣いていました。




お友達の死を伝える事。

幼いユウタにはまだ早いものかと悩みましたが
「死にたい!」と叫ぶユウタには今、伝える事が正しいと判断したからです。


それでも、どうしても「死」を口にする事は止まらなかったのですが
その直後にすぐ反省して「お兄ちゃんユウタ君」の事を思い出し、泣いています。


頑張っても頑張っても
どうしても生きられなかったお友達の事。

たとえユウタの胸にはまだ重たすぎるとしても
どうしても伝えなくちゃいけないと、私は思っていました。








今日8月31日、19時過ぎから24時間テレビに
「お兄ちゃんユウタ君」の弟、翔太君が出演していました。

「難病と闘う少年と巨人上原投手 約束のキャッチボール」という特集でした。



  翔太君は、次第に体の自由が利かなくなる難病を抱え
  昨年秋に唯一の治療法とされる骨髄移植を受けました。

  翔太君は白血球型(HLA)が適合する骨髄提供者が見つかって
  移植を受けることができましたが
  同じ病気を発症した4歳上の兄・雄太君は
  提供者が見つからず、2006年4月に10歳で亡くなりました。


(読売巨人軍公式HPより←click)




私は「お兄ちゃんユウタ君」が亡くなった直後
弟の翔太君も、お兄ちゃんと同じ病気である事を知りました。






面会ノートを見ると「お兄ちゃんユウタ君」のお母さんは
いつも早くから病棟に来ていて、その少し後に私が来ていました。

午前9時頃です。


それから21時過ぎまで「お兄ちゃんユウタ君」のお母さんは
病棟に付きっきりの状態でした。



私は「お兄ちゃんユウタ君」のお母さんの、疲れた顔を見た事がありません。


看護婦さんと言い争う場面も
お母さん同士で愚痴を言い合う所も
子供にイライラしている所も

落胆の表情も
悲しい顔も。



思い出すのは・・・笑顔と優しい声なのです。







私はその逆に、いつも眠ってばかりのユウタのすぐ脇で
暗い表情のまま、泣いてばかりいました。


ひたすら千羽鶴を折り
看護婦さんが来ても言葉を発する事無く
「誰も話かけないでバリア」を張っていました。

ユウタが空腹で泣いたり騒いだり、大声を出すたびに
正直いえば最初は周りの目も気になっていたし
誰か助けて!と、逃げ出したくなる時もありました。



術後でまだ意識の遠い時は
ユウタが痴呆症状に似た事ばかり言っていたので

「このままの状態で生きていくのは辛すぎる」と勝手に決めつけ
治療も信じられず、医師の言葉もウソに感じて
「もう、ダメだ〜・・・」と希望も何も失くしていました。




そんな時、私のバリアを破って語りかけてきてくれたのが
「お兄ちゃんユウタ君」のお母さんでした。

強引に入り込むのではなく
彼女とは年齢もそう変わり無いなずなのに
何だか昔感じた「お母さんのぬくもり」的な温かさを感じる人でした。


ユウタの状況よりも「お兄ちゃんユウタ君」の今の状況の方が
明らかに大変なんだと、私にも分かっていました。

それなのにいつも、私が励まされていました。




「ユウタママ、いつもとっても頑張ってるね!」

「素晴らしい執刀医とユウタ君を繋げたユウタママの行動力はすごい事よ!」

「ユウタ君のカワイイ笑顔は、ユウタママの影響よね!」


だから、な〜〜〜んに間違ってないのよ♪って。





頑張れ!とか、一言も言わないけど

さりげない温かな言葉を頂くたびに
「私もこういう人になりたい」と強く思っていました。



1度だけ・・・

閉め切られたカーテンの隙間から
「お兄ちゃんユウタ君」のお母さんが
声を堪えて泣いている姿を見た事がありました。










今日 テレビを通して、元気になった翔太君の姿と
感涙を流す、お母さんの笑顔を初めて見ました。


「お兄ちゃんユウタ君」の遺影と共に
笑顔いっぱい溢れるご家族の姿から

私はまた色んな力を頂きました。





ユウタもテレビを観ながら、大きな声を出して泣いていました。

チヒロも珍しく、涙を流しながら観ていました。


私もパパも言葉なく、ただ涙が止まらなくて。

でも、きっと考えていた事も、改めて強く感じた事も一緒だったと思います。








「お兄ちゃんユウタ君」が亡くなってすぐ
私はパパと骨髄バンクに登録しました。

居ても立ってもいられない衝動に駆られました。


同じく24時間テレビを御覧になっていた多くの方々も
きっと心を動かされたに違いないと思います。


1人でも多くの方が骨髄バンクに登録され、尊い命が救われる事を祈っています。







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[ 2008/08/31 23:59 ] ママの心 | TB(0) | CM(4)

8月25日。 

3年前の 2005年8月25日。(その時の記事)←click


総合病院にある脳神経外科の診察室で
「お子さんは、脳腫瘍です。」と診断を受けました。

診察室で当時4歳のユウタは ちょろちょろ動き回り落ち着かず
看護師さんがしゃがみ込んでユウタと手遊びしてくれていました。






ユウタが脳腫瘍。

真っ先に「死」を連想しました。


「ユウタが死んじゃう、ユウタが死んじゃう・・・」

それからDrの声も、看護師さんの声も、ユウタの笑い声も
私には何も聞こえなくなりました。

まるで水の中へ潜っているかのように。




隣に座るパパは、膝に置いた手をグッと握り閉めて
先生から少しも目線を離さずに話を聞いていました。


私は誰の声も聞こえないまま、心の中でずっと
「ユウタが死んじゃう・・・」と繰り返していました。

ウソでしょう?とか、どうしようとか、どこの病院へ?とか
そういう動揺は一つも無く。


ただ、ユウタが死んでしまうんだ・・・という「絶望感」だけでした。




自分が泣いているという意識も感覚も無く
ただ開きっぱなしの目から涙が滝のように流れていて。


だけどその時、変に冷静に考えていた事もありました。

「そうだ!ユウタが死んでしまうのなら、私も一緒に死ねばいいんだ。」


他にある同じ位に大切なものの事など何も考えられずに
今、心の全部を占めているこの恐怖と絶望感から逃げ出す為に
自分を楽な方へ導く為に

そういう臨時解決策を自然に打ち出していたのだと思います。



「お母さん、トイレに行きましょうね!」という看護師さんの大きな声で
やっと水中から出られた時のような感覚になり

「ママ、泣いてるの?泣いたらダメよ。」という
ユウタの声が耳に入ってきました。









「ママ、ユウタ大丈夫だよ!だから泣かないで」

まだ4歳だった、あの日のユウタ。


あれから3年経ったけど、ユウタは今も変わらず

「ママ、泣かないで」「ユウタは大丈夫!」とそうやって
いつも私を慰め支えてくれる。

温かい手で、いつだってユウタが私を助けてくれる。


私はと言えば・・・あの頃から少しは強くなれたのだろうか。












3年前のあの日は朝から小雨が降っていて
それでも何となく蒸し暑い残暑の中で

曇り空の遠くから、セミの泣き声が聞こえてきて
時々、雲の隙間から青空が見えて。


学校帰りの子供達の笑い声も
親子で手を繋ぎ、楽しそうに歩いている姿も
普通に歩いているだけの、すれ違う人たちも

みんなが幸福の絶頂にいる存在の人たちに見えて
羨ましくて、妬ましくて、憎たらしくて。


私達だけが全くの別世界に生きているような気がして。






3年経った、2008年 8月25日。


今日も あの日と同じような曇り空。
時々、パラパラと小雨も降っています。

セミの声もまだ力強く聞こえています。


ユウタはここの所調子が悪く、頭を痛がって横になってばかり。
顔も何となく浮腫んでいて、笑顔も少ない。


「頭いたい。」


その言葉に、3年前が鮮やかに蘇る。




人は悲しい記憶、苦しい記憶は
早めに消えるように出来ているらしいけど

なぜか・・・
今も細かな所までも鮮明に覚えているよ、8月25日。





これを書きながら、うかつにも涙が溢れてきて
私はユウタに

「生きていてくれて、ありがとう!」と涙声で言ってしまった。


ビックリする事も無くユウタは

「ママこそ、ユウタを生んでくれてありがとう」って
久しぶりに満点笑顔を見せてくれました。








このまま、このまま、ずっと穏やかな幸せが続きますように。

とびきりの幸福感よりも
長く続く、ありきたりな日常の幸せがいつまでも・・・。






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[ 2008/08/25 14:31 ] ママの心 | TB(0) | CM(1)

いろんな想い。 

色んな人がいる。

色んな子供がいる。

その分、色んな親がいる。


子供に対する親の思いも、もちろん色々。



世界中で病気の子供もいっぱいいる。

病気の子供を持つ親も、その数と同じだけいる。


祈り願う思いはきっと近い声だと思うけど
それぞれに色んな思いが込められているんだと思う。

大切な人を想っての、数え切れない祈り。







人からの言葉で傷付くと
その言葉は、私の中から なかなか消えてはくれない。

いつまでも引きずる自分にも嫌気がさして
必死に楽しい事を探して見つけて、気の合う仲間と大笑いしていても
胸からサッパリと消えてくれる事はない。

子供の事になると、どうしても。

自分の事ならネタにして笑って、いつの間にか忘れてしまうんだけど。







色んな人がいる。

いろんな考え方がある。






そうやって、私は私の中で解決出来るように頑張って行こう。


そして自分も同じように。

人を傷つけないように。

1番大切な物を見失わないように。







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[ 2008/08/24 02:41 ] ママの心 | TB(0) | コメント(-)

2008年 3月17日。 


   2006年 3月17日。

   ちょうど2年前の3月17日。





この日はユウタが
2度目の腫瘍摘出手術を受けた日です。(click!)



この手術が最後であると信じ
そしてこの子の未来に微かな夢と希望を抱き

でも、本当はそれ以上に募る大きな不安を抱えて

手術の無事成功だけを
ただただ祈り続けていた、長い1日でした。

 

 



執刀して頂いた先生は、世の中で賛否両論
色々と言われている先生ですが

私達にとっては紛れも無く「神様」です。


こどもの命の恩人です。

 


誰が何と言おうと
我が子を助けてくれた先生です。

 

 


親というのは誰もが
自分の子供を助けて下さった先生を

”世界で1番の主治医”なのだと

思い信じているものなのです。

 

 

 

 





手術が無事に終わり
ICUでまだ麻酔の切れていないユウタと再会出来た時。

パパと2人きりになって私は
ガマンしていた涙を抑えられずに
カーテンの内側で色んな感情が入り混じり、泣いていました。



 

パパは・・・


「ママ、カメラ出して。」

 


いきなり、痛々しい姿のユウタを撮りはじめました。

 

ユウタのあまりにも変り果てた姿に
パパの頭がおかしくなったのかと私は本気で疑いました。




何の意味があって、この姿を撮っているの?


心から今すぐ忘れ去りたいような
我が子の辛く悲惨な姿を写真に残すなんて、鬼だ。

 

 



「いいんだ!この写真を将来、ユウタに見せてやるんだ!」

 

 

      お前はこんなに頑張ったんだ!って見せてやるんだ。


      くじけそうになった時
      幼かった自分が耐えてきた苦しみを証明させてやるんだ!

 

 

 



普段は本当におとなしいパパが
私の反対を押し切り

泣きながら何枚も何枚も
ユウタの姿を撮り続けていました。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

それから1年後。

 

2007年、昨年の3月17日。(Click!)

 

 

 

 

1年経った今。

あの頃が嘘のような
日常を送れている事に感謝です。

 

3月17日。

来年の私は、今のユウタを思い返して
ここへどんな風に書いているんだろう。


2007年の3月17日に私が思える事は・・・

とてつもなく悲しく苦しかった事は
少しもうすれていないけど

それと同じ位、感謝の思いが溢れています。









・・・こんな事を書いていました。

 

 

 

「来年の私」

つまり今年の3月17日の私は
こんな事を思っています。





悲しみとか苦しみは残念ながら
たった2年そこそこじゃ、癒えることもなく

その時々によっては
辛さも痛みも倍増している気がします。



今、ユウタがちょうど入院中であるという点を
最大限に考慮したとしても

衝撃の診断、お子さんは脳腫瘍です・・・と言われた
あの診察室のドアを出た時から

今、この現在に至るまで


一瞬たりとも

”心からの幸せ”を感じた事はないでしょう。



「あ〜、幸せだなぁ。」

そんなふうに日常の些細な事で思える幸せには
たくさん気がつけるようになりました。




でも、ユウタが病気になる前のような

心の奥底から思える幸せとは全く違うものです。




私の中では苦しみの種類が
あるのですが
そう考えると、究極期のドS級な苦しみとは違うけど

いつもいつも付きまとう痛みは
取れないままでいます。







「もっと強くならなきゃ!」

「お母さんよりも、子供の方が辛いのよ!」


・・・・・それはね、よ〜〜〜〜〜く分かってる。

自分でも思う。



出来れば私もここへ
前向きで元気で明るいお母さんを書き込んでみたい。


かといって、いつも暗〜い母さんを
ユウタの前で見せているなんて事はないです。



心の中の本音部分を書き出せば
正直、そんな気持ちでいます。








病気を発覚してから、今までの間

私達の周りには病気になる以前のユウタから
ずっと近くにいてくれた人たちばかりで

例えれば”温室の中”で
大事に大事に接してもらって来ました。





そんな中でもやっぱり
壁にはバンバンぶち当たったけど

差し伸べてくれる手も
変わってしまったユウタを知っている人も多く

安心の中で、辛さがありました。

 

 

でも、遅かれ早かれ当たるだろうと思っていた壁が
こんなに早く現れるなんて・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

3月17日。

またやってきたね、3月17日。

 

 

2年経った今、この私が思う事。

 

 

 

誰も分かってくれない。

どうせ分かってくれない。

でも、本当はイイ子なのよ。

 

ひたすらにひねくれた私が本当の私。

 

 

 

誰にも分からない。

辛さは一緒なんかじゃない。

私が弱いんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

それでも、こんな私が心からは腐っていないんだと
自分でもホッと出来る部分の本音では

綴りきれない感謝の思いだけはある、という事です。


 

ユウタの為に最善を尽くしてきてくれた
病院と医療関係者の方々。

現在も一生懸命にして下さる病院の皆さんには
感謝の気持ちでいっぱいです。


 

直接、医療とは関係のない場所でも

ユウタを思い、助けてくれた方々
助けてくれている方々に


ありがとう以外、感謝の言葉は見つからないです。

 

 

 

 

 

 

パパの撮った、3月17日の写真。

 

本当はユウタが将来、見る為のものではなくて
今、この私が見るべきなんだろうな。

 

恐ろしくて絶対、見られないけど。

 

 

 

 

来年、2009年3月17日の私は

どうか・・・

この記事を削除してしまいたくなるような

心の浄化された人間になっていますように。


今よりもっと元気なユウタと一緒に

カッコイイお母さんでいますように!!!

 

 

 

 

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[ 2008/03/17 00:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(6)

2回目の9月。 



2005年の8月。

今から2年前の夏に、ユウタの脳腫瘍が発覚しました。


そして9月9日。

この日も同じく2年前に
ユウタが初めて脳の手術を受けた日・・・。

痛々しい記憶のもとにあり
少しも薄れず私の中に残り続けています。







それから1年経った、2006年の9月9日←click!


この日、夕ご飯の後にユウタは突然激しい頭痛を訴え
私とチヒロとユウタの3人で、病院へ駆けつけたという騒ぎがありました。





  夜の病院の並木道を
  楽しそうに笑うチヒロとユウタが手を繋いで歩いていた・・・


過去のブログにそう書いてあるように

初めての手術から1年経った頃の私達家族は
ちょっとの不安でも大騒ぎになり
ちょっとの幸せも逃さずに見つけられていたんだと思います。 


 


 


そして2年後の今年、2007年。


今年の9月9日は、本当に平凡な日常の中にいました。


前日は我が家へ、ダイスキな人たちが集まり
深夜遅くまで飲み明かしていたので
クタクタでボロボロのパパではあったけど(笑)

・・・私は元気(^_^;)





ユウタが相変わらず腹ペコで
朝からとってもうるさくて


些細な事で泣いたり、感情が昂ぶったり
姉弟喧嘩したり、私に怒鳴られたり・・・


それはそれは色々と問題は相変わらずに多く
かなりヤカマシイ〜我が家ではあったけど。


 


 


でも、信じられないくらい幸せだなって思います。


2年前に比べたらね。


 


 


 


 


 




 


 


8月、9月の後半にかけて私は
胸の奥から込み上げるような痛みに襲われます。


いつもいつもではないけど・・・

そう、思い出すと昨年も
同じように苦しんでいました。


 


 


食器を洗っていたり、友達と話をしていたり
TVを見ていたり、お風呂に入っていたり

それぞれの色んな場面で急に目の前の風景が
パッと病院の診察室に変わります。


 


 


 


「脳腫瘍です。」


2年前の8月
ユウタを初めて診察してくれた脳外科先生の言葉。


今では名前も思い出せない先生だけど

ユウタのCT画像を見つめたまま
その先生は、はっきりとそう告げました。


 


 


 


その光景が普段の生活の中で
急に目の前に広がり

自分でもよく分からない世界に飛んでいきます。


グ〜って胸が痛くなって。


 


 


 


・・・病んでるな〜って自分でも思うけど

何だか半分開き直っていて
特別真剣に悩んでもいない私です。


 


そういう自分も受け入れちゃえ!って
流すようにしています。




 


 


 


9月の手術の時も
早期再発した時も
3月に再手術を受けた時も


全てが衝撃ではあったけど
覚悟がそこにはあったから、違っています。



脳腫瘍だと初めて言われたあの日の衝撃だけは
特別な物として、ずっと残っていく痛みなんだと思います。


だったらやっぱり
受け入れちゃった方が私には楽なのかもしれない。


 


 


まだ2年前の事でもあるし
何より大切な子供の事でもあるし



「だって、辛かったんだもん!」って、そう開き直ろう (;∇;)


 


 


 




 


 


 IMG_0014b.jpg


 


先日、私とチヒロとユウタと
近所に住む「し〜ちゃん」とで、ソラのお散歩に行きました。


ユウタは連日行なわれている運動会の練習で
両足首とひざを痛がっていて
そんなに遠くへは歩いて行けなかったけど

夕方、少し涼しくなった頃に出掛けました。


 


 


 


IMG_0029b.jpg


 


この時期、マンションの窓から見る景色は
さわさわってキレイに流れる金色の稲穂 。


緑からだんだんと金色に変わっていく光景が
単純に素晴らしくキレイでした。


 


毎日見てると劇的な変化も無く、分からないけど
ちゃんと変わって行ってるんだな〜。


ユウタも田んぼもね。




IMG_0024b.jpg


 


金色の稲穂は近くから見ると
何だかものすごく力強さが伝わってきて
私はしゃがみ込んで、何枚も写真を撮ったりしていました。


 


IMG_0033b.jpg


 


子供達は子供達で
毎日通っている田んぼの道ではあるけど
改めて見つめると感動がいっぱいあったようで


 


 「お米なんだよね〜、これって!」


 「田植えとか稲刈りとか、やってみたいな〜♪」


 「すごい、いっぱいだね〜!」



私なんかよりもずっと見慣れたはずの光景に
大騒ぎしていました。


 


IMG_0034b.jpg


 「これがご飯なのかぁ。」


 「ご飯、何杯分なのかなぁ。」


 「お腹すいてきたなぁ。」


 


・・・ユウタはユウタらしい感想でした(笑)


 


 


 


 


今年も夏はユウタにとって辛い季節でした。


体温調節がほとんど出来ないので
普段の体温は常に38度台。


だけど、ユウタ頑張っていたよね。




重たい体でよっこらよっこらと
毎日校門から見送る背中に

「頑張れ!」って念を送り続けてきたけど




私の方こそ、頑張らなくちゃって
ユウタの姿に支えてもらっていました。


 


9月も終わり、今度は運動会!


雨で延期続きだけど
明日は晴れるカナ?


 


 


3回目の9月はきっと
今より元気なユウタに会いたい。


ママもどこかに飛んじゃったりしないで

本当の意味で全てを
受け入れられていたらいいな。


 





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[ 2007/09/30 23:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(8)

ホントは幸せ。 

ユウタが毎晩、成長ホルモン補充の為に
自宅で打つ皮下注射。



毎晩とは言っても
日曜日だけはお休みだけど

そのうち、日曜日も打つようになるのかな。





2007年6月から補充スタートして
少し、ほんの少し変化らしきものが表れてきました。


・・・「表れたような気がする」のほうが正しいな( ̄∀ ̄;)




22 まず、体重に変化がありました。



激減した!・・・という変化ではありませんが

あれだけ頑張ってもグングン増え続けた体重が
”激増”は、しなくなりました。


体脂肪も10くらい減っています。




身長はもともと注射ナシでも伸びていましたが
注射を始めてからも順調に伸びています。



考えて見ればピーク時より
体重2キロ位は減ってるし

ちょっと食べちゃったな〜の日が続いても
体重計に変化が出ない事もかなり大きいです。


以前は、1日ごとに増えている日もありました(;_;)





22 次は、何より”元気になった”という事。



TVを見ながら居眠りしちゃう事も

日中、折り紙しながら眠ってるという事も


病院で診察中に先生と
会話しながら眠ってる(失礼な奴)という事も無くなっています。




気が付けば
大人しいな〜と思えば

いつも必ず寝ちゃっていた状態のユウタが
普通に?起きていられるようになりました。


 


 



22 あとは・・・本人の気持ちの変化。



こどもなのに、ユウタには
「うつ」に似た症状が時々出ていました。


今でもココロは、まだまだ不安定で

「死にたい!」とか「居なくなりたい!」とか
本当にヒドイ発言は多いのですが


何て言えばいいのかな〜・・・




「やる気」みたいなものを感じられるようになってきました。


 


 


「死にたい!」とか毎日言ってるくせに
「やる気?」って感じですが・・・


はつらつとした表情?というものが
よく見られるようになりました。



萎れ掛けたアサガオの植木鉢に
た〜っぷりお水を与えた時のように。

段々、つるが太陽に向かって伸びていくように。


 


ユウタから、子供らしい「元気」を見る事が増えました。


 


 


 




 





成長ホルモンの注射がスタートした時

この注射を毎日、毎日、ユウタは大人になっても
ず〜っと打って行かなければいけないのか・・・と

私には切ない気持ちもありました。



それでもその時は
治療に対しての希望の方が大きかったのですが

心の奥底では、ユウタが不憫で。


いつかは自分で打つんだ!とやる気マンマンのユウタにも
何だか悲しい気持ちでいました。


 


 


 


 


でも〜・・・。


 


治療する方法がある事って本当はすごいんだな!って
今頃になって、やっと思い知りました。


頭の中ではそうやって当たり前のように
分かっていたつもりになっていたけど


治療を受けられるって事は、本当に有り難いことだと思います。


 


 



この病気自体に




  治療法があって



  現在有効な薬が存在していて



  色々と病気と闘う手段があるという事。


 


 


 


入院中、お星様になってしまったお友達の中には

「これ以上、治療法がありません。」という宣告を受けた
ユウタと年の近い男の子もいました。


半年以上も無菌室に入り
一般小児病棟に戻ってきてからは
ず〜っと泣きながら・・・


「ミートボール食べたい!」って叫んでいました。


 


以前は仲良く一緒のベットに座り
ユウタとポケモン見ながら

2人は同じように笑っていたのに。


 


 


 


 


 


 


でもユウタは。


生きていられるんだから。


治療があるんだから。


 


例えば、この注射が出来なかったとしても
ユウタは生きて行く事が出来るんだもん。


上を見ても、もっと苦しい人を見ても
本当にキリの無い事ではあるんだけど



私が「苦しい」と感じていた事が
何だか急に遠く感じられるようになりました。


 


 


 


 


ユウタが大人になる頃にはきっと


今よりもっと「生きていく」という事に苦痛は無くなっているはず。


 


まだ、子供だからガマンが出来なくて辛いんだ、という次元ではなく
今よりもっといい方法で
治療が進んでいるかもしれない。


 


 


 


 


そんな希望の持てる疾患であった事に
本気で感謝しなければいけない。




 


 




 


 


 


0.05ミリ程あまった成長ホルモンを


昨夜、私が自分の太ももに打ってみた。




情けない話・・・


ユウタに初めて打つ時よりも
めちゃくちゃ恐ろしかった。



怖くて怖くて、何度もためらって

アルコール綿のアルコールも
完璧蒸発しちゃってて

それでも乾燥した綿で何度も拭いて
手に汗かきまくって・・・




「が〜んばれ!が〜んばれ!」


チヒロとユウタが応援してくれて(笑)


 




打ってみた。


 


 


 


 


        すんげ〜痛かった!!!


 





この注射を毎日のように打っている子供が
世の中たくさん、いるのでしょう。


ユウタよりも
もっともっと小さな子供だって
毎日頑張っているんだと思うと


10分以上、ためらって震えていた自分が情けない。


 


 


 


 


 


 


でも、打ってみて本当に良かった。


 


 


いろんな事が見えてきたから。




 



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[ 2007/08/31 23:14 ] ママの心 | TB(0) | CM(13)

ココロの深い所。 

この年になって


   恥ずかしい話・・・



「おかあさ〜ん」って泣きたくなる時がある。


「おとうさ〜ん」とは違う気持ち。








夜、缶チューハイをグビグビ飲みながら
ふと涙がこぼれてくる。


酔っているのかと思いきや
その後は夢中でユウタの病気の検索をしている。


病気の事を調べずにいられない。




毎日毎日、新しい情報がないかどうか
心配でたまらない。


アンテナ張って、今自分が
最善を尽くしているか・・・の確認を取ってしまう。


 








お母さん。



私がもし、ユウタと同じ病に侵されたとしたら
こんなふうに頭がおかしくなる位、取り乱したのかな。


自分の命を差し出してまでも
私の命を救いたいと願ったのかな。


将来を悲観して
一緒に消えてしまおうとか・・・


馬鹿な事を時々は考えたりしたのかな。



泣いたのかな。



い〜っぱい、泣いたのかな。


 


 


 


 


 




 


7月になって、色んな事を悩んでいるうちに


もう、7月が終わってしまう・・・



何をやっていたのかは
色々過ぎて思い出せないくらいです。



沈んだり、テンションあげてみたり。


楽しい事もたくさんあって
ここ最近では1番楽しかった月です。



友達ってありがたいな。






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[ 2007/07/31 23:21 ] ママの心 | TB(0) | CM(14)

働く母ちゃん。 

4月の終わり頃から

1日3時間程度ですが、仕事を始めました♪





妊娠中を除いては
結婚してからずっと仕事をしてきた私。


チヒロは1歳半から、ユウタは生後5ヶ月から保育園へ通い
私は朝から夕方遅くまでの仕事をしてきました。



朝、まだ誰もいない保育園にユウタを連れて行き
もう誰もいなくなった保育園にお迎えに行って。



大切な物も見失いかけて、仕事が大切な時でした。




              子供達が元気で、パパとママが元気。


             今思えば、掛けがえのない日々・・・





だけど、あの頃は

  仕事も不満。
  生活も不満。


  全部に不満。


何かに付けて不満を口にしていました。


聞いてる周りも嫌だったろうな〜 (*_*)






なのに子供達は”働く母が大好きだ”と言っていました。


チヒロも大きくなったら、ママみたいな仕事がしたいとか
ユウタも私の絵を書く時は”働いているママ”の姿でした。





ユウタの病気を疑って
仕事をお休みしたあの日から

もうずっと仕事から離れ、専業主婦に。




第一に、仕事に出られなかったという事がありますが

それとともに、私自身おもてに出る事が
とっても怖くなっていた・・・という事もありました。


「怖い」とは、色々です。


 


 


 


ユウタから、保育園や学校までの距離以上に離れられない事。

離れるな!とは誰からも言われている訳ではないのですが
私が常に心配でなりませんでした。


何かあった時、早急にお迎えに行きたいし
行かなきゃならないし。


間に合わなかった・・・なんて事態を想像し
怖くて心配でした。




あとは、自分に自信が無かった事。


家で日中、こんなに落ち込んでいて
TVを見ていても自然に涙が出てきたり
MRIの検査前になると、嘔吐が始まったり・・・

誰といても、何をしていても
病気の事が頭から消える事はありませんでした。


 


こんな人が、外へ出て仕事なんて
出来る訳がないと、諦めていました。


 


 


 



 

 


 


 


「うちで働かない?」と言ってくれたのは
ユウタと同じ時期に保育園に入園した、お友達のママでした。


彼女は私と同い年。

チヒロと同い年の男の子もいて
ユウタと同い年の女の子もいて。


夫婦でラーメン屋さんを経営していて
旦那さんも私と同い年。



お店は、ちょうどバイトを募集していたところでした。


 


 


お店はなんと、ユウタの学校から
目と鼻の先の場所にあって


何かあれば、即行でお迎えに行けます。

家から行くより、断然お店からの方が近いのです。


 


 


136 病気の子供がいて

137 急なお休みも多く

138 しかも1日短時間で

139 この先いつまで働けるのかも分からない。



140 そして、勤務先は近くで。


・・・・・となると、そんな仕事は見つかるはずもなく。



そんな事も関係して、働く母の再開をあきらめていた私。


 


ラーメン屋さんのお友達は
ユウタの病気をずっと最初から知っていて
大丈夫!いつでもお休みしていいよ!と言ってくれました。


 




こんな高条件はナイ!と思い、お願いしました(^_^;)






 


 ********************************








仕事を始めてから
思っていた不安はすぐ消えました。

1日の中で
ユウタの病気の事を思い出す時間も減りました。


おバカな話で笑ってる、昔の自分が戻ってきたようです。


 



家にいると、1人で
どうしようもない事ばかりを考えがちだったけど

仕事中に話しているのは
ダイエットの事と昼メロの展開について(笑)

あとは「次、いつ飲み会するう?」・・・な話ばかり。


 


 


お客さんのお釣りは間違えるし
自分が作っているラーメンが
何ラーメンだか分からなくなっちゃうような
とんでもないバイト店員の私だけど( ̄∀ ̄;)


 


今、この短時間のお仕事が
本当に楽しい私なのです。





 


 


 


 


「ラーメン屋さん、頑張ってね!」


チヒロとユウタが毎朝、私に笑顔で言ってくれます。




働くママが、やっぱりカッコイイ!・・・と、2人はとても嬉しそうです。


 


 


 


              子供達が元気で、パパとママが元気。


             今思えば、掛けがえのない日々・・・






あの頃みたいな日常に
少しずつ戻っているのかな。


 


病気の事なんて全部ウソだったかのようにはいかなくても

みんなが元気で、仕事の後のビールがおいしくて
家族の声がうるさすぎて、いつも誰かが笑ってるような

やかましい日常が


ここへもう1度戻ってくるかな。


 


 


 


 


 


働く母ちゃんで、明日からも頑張ろう♪


 



 





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[ 2007/06/26 22:37 ] ママの心 | TB(0) | CM(21)

3月17日。 

3月17日。



この日付は私の中で
家族の中で

誕生日や何かの記念日のようなものの1つとなり


深く、大きく、重く
心に残っている特別な日です。









1年前の2006年3月17日。


ユウタが2度目の腫瘍摘出の手術を受けた日です。


 


手術前日の夜から朝方にかけて


嵐の様な雨風に外は激しく吹き荒れていました。


  


一晩中PCに向かって
私はひたすらに病気の事を検索していました。

家族と一緒にいるというのに
重たい孤独感と何とも言えない恐怖感で
ガタガタと震えが止まらなかったのを覚えています。





ずっと執刀を願ってきた先生と対面した時の会話を
何度も何度も思い出しては


自分に「大丈夫!」と繰り返し言い聞かせていました。




「腫瘍は取れる?」


「後遺症は、とても重いもの?」


「ユウタがユウタのままで戻ってくる?」



「生きていける?」




真っ直ぐに、そして時折強い口調で
「私がやるしかないんです。全て取ります!」と言ってくれた先生の言葉と
ユウタに温かく微笑みかけてくれた先生の笑顔だけが


その夜の私を支えていました。





手術当日の朝
前日の嵐がウソの様な晴天でした。



DSCF0485.jpg


 


ユウタも前日に執刀して下さる先生に会ってからは
緊迫した雰囲気に子供ながらも圧倒されて

「怖いよ〜!」「手術、嫌だよ〜!」と怖気づいていましたが

当日の朝には覚悟も決まった様子で
男の子らしい強さを見せてくれていました。




「ユウタ、頑張るからね!」


頑張って、早く病気をやっつけるんだ!と言いながらも
ユウタは私にぴったりとくっ付いて離れませんでした。



DSCF0483.jpg


1年経った今でも
このユウタを腕に抱いた感覚だけが私に残っています。


表現するのにはとても難しい
きっとお母さんとしての切ない感覚です。



私がユウタの今を丸ごとで受け入れ、受け止められない原因は
1つに・・・この感覚をいつまでも忘れられない事が大きいのだと分かっています。






手術は無事に終わり
見える範囲の腫瘍は取っていただけました。


MRIで映るものはありません。


でも、それでもこの病気は
今後再発の可能性は否めません。




この日で全てが終わるのではなく
この日からまた新たな恐怖に怯えながら進んで行く事の重さに
分かってはいたものの・・・

その時、実感として改めて気が付きました。




予後が本当の闘いになるのかもしれないって。







術後は本当に苦しい日々でした。


幻覚症状や手足の震えを見ているだけで
ずっと、ただ泣くばかりの私達でした。


 



親しい人にも打ち明けられないようなICUでのユウタの様子は
この先、ずっと記憶の中で
薄れる事のないものだと思っています。


時が忘れさせてくれるとか、時間が解決させてくれるとかの範囲は
私の中では遥かに越えているのだと思います。


 



「いつまでも思い出してはウジウジとせず
今のユウタだけを見て先へ進んで行かなくちゃ!」


確かにそう。



でも、開き直ってしまった私が言える事は
出来ない事は、出来ない。


お母さんだからこそ出来ないって事もあるみたいです。



そういう事もあるんだな〜って
まるで”他人事”のように自分を見ているけどね。







 




1年経った今。


あの頃が嘘のような日常を送れている事に感謝です。



相変わらず、空腹には悩まされているし
極度の体重増加にも頭を抱えてしまっているけど

でも、悩みとしての分類では・・・ずっと下の方かな。




頭痛もあるし、ちょっとした風邪でもユウタは入院となってしまうけど
みんなと一緒に元気に保育園に行っているんだもんね。

遠足にも運動会にも参加できたし
3日後にはとうとう卒園式。


 


無理だろうな〜と諦めていた事が
ことごとく良い方へ覆されてきた1年間。


普段はなかなか気が付けないけど

大きく1年で振り返ると
確かに良くなっている事に気が付けます。


1歩進んで2歩下がってる・・・そんな日々に落胆して
今もウジウジと泣いたりしている私だけど。


それはそれで、も〜しょうがない。


 


 


 


 


ぷっくりなお腹を皆に愛されて?
園の先生にも、たくさん叱ってもらえて
ここまでユウタが進んでこられた。


街では振り返りユウタを見て
大きな体に驚く人がいる反面

「きゃ〜!かっわいい!!!」と言って
ユウタの頭をナデナデしてくれる女子高生もいるし^^


 


 


 


3月17日。


来年の私は、今のユウタを思い返して
ここへどんな風に書いているんだろう。


 


2007年の3月17日に私が思える事は・・・

とてつもなく悲しく苦しかった事は、少しもうすれていないけど
それと同じ位、感謝の思いが溢れています。




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[ 2007/03/17 00:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(15)

ハッピーのアンテナ。 


 “happy's antenna”


IMG_1333a.jpg


ダイスキなHPは たくさんあります。


訪れるたびに、気持ちがほっこりする場所であったり
同じ事に共感できて、嬉しくなったり爆笑したり

そして、時にはもらい泣きしてしまったり・・・。




素敵な人繋がりで出会う事の出来た場所の1つ。

それが“happy's antenna”
ハッピーのアンテナ」です。



IMG_1341a.jpg



“happy's antenna” のミホさんは
1つに、ハンドメイドのスペシャリスト♪


HPも、その中の笑顔も、すべてが”ミホ色”で出来上がっていて
全てが大切な物として、こちらに伝わってきます。


 


携帯電話のカメラで撮った写真達が主に登場しているのですが
・・・ホント、びっくり。


機種じゃない!




きっと私がプロ仕様の高額カメラで撮ったとしても
この笑顔達は撮れないだろうな、といった感じの
何とも言えない視線で

最高の瞬間を切り取っている写真達なのです。





 IMG_1337a.jpg



↑こちらは、ミホさんお手製のお守りケース。




ユウタが脳の手術を受ける時に
尊敬している先生からお守りを頂きました。


入院中も、ずっとまくらのカバーに忍ばせ
退院後もいつもユウタの近くに置いていたお守りなのですが
 

お守りにヒモが付いていない事や
落として失くしてしまっては怖いので
ミホさんにお願いして作ってもらいました
(*^_^*)




4月からはユウタのピカピカランドセルに
このお守りケースもゆらゆら揺れながら一緒に登校です。


さらにパワーを頂けたような気持ちです。




 



 




 


 



私は、人との出会いには最高に恵まれています。




いろんな事があるけど
「不運な奴」に見られがちだけど

振り返って見つめなおしても
今を冷静に考えても

ずっと温かな人たちに囲まれて生きてきているように感じます。


 


 



私が「あなたに会えてよかった」と思うように
相手からも「会えてよかった」って

同じ気持ちになってもらえたら
それは本当に嬉しい。

そして、そうでありたい。




 




 


私がハッピーのアンテナに引っかかる事ができたのは
やっぱりそれまでの素敵な出会いから。



明けないような重い夜に
日常の何気ない会話と幼い笑顔に癒されたり


まるでみんなのアンテナが繋がっているよう・・・



ほっこりとした気持ちになりたい時は
自然と開いているHPのひとつです。




ミホさん、ありがとう〜(*^▽^)ノ彡





  



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[ 2007/02/08 21:56 ] ママの心 | TB(0) | CM(8)

アリガトウの年。 

dream4.gif    


         小児の脳腫瘍は稀な病気です。

     ユウタの患っている頭蓋咽頭腫という脳腫瘍
     年間、約100万人に1人の発症だそうです。



 


 



これ程に少ない同じ病気の仲間とは
なかなか出会えないのが現実ですが

小児脳腫瘍の会」や「*cranio park*」という集まりで
仲間を探す事が少しずつ容易になってきています。


 


しかし、それでもまだまだ

見つけやすい・・・とは言い難い状況にあります。


 


 


 




 


IMG_0950.jpg
 
                        ご心配お掛けしました(>_<)
    28日にユウタは元気イッパイで退院しました!



 


 



 


私はユウタが脳腫瘍だと知った時
しばらくの間は前向きな気持ちになれずにいました。


ユウタと一緒に・・・と
最悪な事ばかりを考えていました。

正常な思考回路では無かったと思います。


 


子供が死んでしまうかもしれない・・・という
病気や事故にあってしまった時

親とは本当に打ちのめされるんだと知りました。


 






打ちのめされた親の思いはみんな同じであっても
人によって、踏ん張る力の湧くタイミングはそれぞれで

乗越えてみせる!と立ち上がれるのが早い人もいれば
私のように長い間、暗闇の中でただ座り込んでいる人もいて。


 




   頑張って!と言われるたびに重くなり

      これ以上は頑張れない!と弱音が吐けなくなる。


 


病気の発覚当初を振り返ると
そんな思いがあった事を思い出します。


 


 


 


 


私がこのブログを始めたきっかけは

弱音と本音を吐き出す場所が欲しかった、という事があります。


記録として書きとめておきたかった部分もありますが
PCに向かって自分の思うままに打ち始めると・・・


 


        「あ〜、私ってあの時本当はこんなふうに思っていたんだ。」


        「こんな事があったのに、今はあの時よりはマシじゃん!」


 


・・・なんて、冷静に自分を見ることが出来たので
不安定な時ほど、多くの記事を書き込んでいたように思います。


 


 


 


 


病気が稀なだけあって、HPやブログも少なく
それでも同じ状況を乗越えて来られた方を見つけた時は

重く圧し掛かっていた孤独感から少し解放され
ホッとしたり涙が出たり
逆に現実を垣間見る瞬間もあって

色んな気持ちがいっぺんに溢れ出しました。


 


 


同じ病気の経験をとおして
暗闇に陥った人をほんの少しだけでも

小さな明かりとして、照らす事ができたらいいな・・・
お母さんの本音を知る場所となれたらいいな・・・


ブログを続けるうちに
そんな事を思うようになってきていました。


 


 


 


 
ユウタと同じ「頭蓋咽頭腫」の手術を受けた女の子がいます。

ユウタと歳も近く、今までの経過も似ています。


 


彼女のママは病気を調べる中
たまたま私のブログを見つけ、私達は知り合えました。


 


 


こんな形で出会うなんて、本当は辛い事なのですが

私が彼女を照らすのではなく
彼女に私の方がいつもいつも元気づけてもらっていました。


 


 


line11.gif
 


 


 


 


ブログを通して出会えた
優しい人たちと温かな言葉の数々。


 


コメントするにも困ってしまうような内容だというのに
1つ1つ、優しさを積み重ねるような言葉を

たくさん掛けてきて下さったみなさんへ
感謝の気持ちでいっぱいです。


 


 


 


 


2006年


  年の始まりから、我が家では色んな事が起りました。


 


希望を胸に飛んだ、北海道での事。
ユウタの腫瘍がすでに再発していて、パパと泣いた夜。


家族でケンカしながら捜し求めた道。


救いの手を差し伸べて下さった先生。


3月の再手術。


幻覚症状と長引く痙攣に、見ているのが辛かったICUでのユウタ。


自分の体が思うようにならない、もどかしさと
副作用の空腹感に叫び声をあげていたユウタの顔。


昼夜問わずに、そして笑顔も絶やさず
見守ってくれていた看護師さん達。


ユウタを思い、保育園のみんなが流してくれた涙。


 


お星様になってしまったお友達。


 


 


 


 


暮れがせまり、慌しくなった毎日の中で
1年思い返してみると


確かにどうなってるの?って位に辛かった事ばかりが
まず先に浮かんできます。


 


でも・・・・・
そんな辛かった思い出と共に、温かく湧きあがる思いは

やっぱり「ありがとう」なのです。


 


いつも、誰かに支えてもらっていました。


1人じゃとても頑張れなかったよね、ユウタも。
そして私達、家族も。


 


年の終わりに「ありがとう」と感謝できるという事は
とても幸せなのだと気が付きました。


 


 


 


来年の今頃も
穏やかにこんなふうに、ここで


”ありがとう”の気持ちを書く事ができますように。
感謝の思いでいる私でありますように。


                 ・・・出来ればHPに移行出来ていたら、嬉しいなっ(^ ^;


 


 


 


 


 



 

 


 


 IMG_0963.jpg


 体調を崩してからずっと家にこもっていたので
相当なストレス状態のユウタ。

今日はパパと髪を切りに出掛け
帰りに通称「青い公園」へ寄って来ました。


 


チヒロは実家のみんなと
毎年恒例になっているスキーへ出掛けてしまいました。


 


 


IMG_0966.jpg


  「いいな〜、お姉ちゃんだけスキー・・・。」


  きっとお姉ちゃんは
  おいしいものばっかり食べてるんだろうな。


 


  ユウタはスキーをしたいのではなく
  おいしいものに飢えているようです(笑)


 


 


 


ダイスキなブランコに飛びついてみたものの
やっぱり1人じゃつまらない様子。


寒いし、ブランコの鎖は冷たいし!


 


そこへ、近所のおじいちゃん宅へ
遊びに来ているという男の子が自転車でやってきました。


人懐こい男の子。
ユウタもすぐに話しかけるタイプなので
何秒か後にはすっかり仲良しです。


 


IMG_0969.jpg




「ねぇ、そっち何歳?」


「ユウタ、6歳だよ!」


「じゃ、同じだ。」


 


 


「ねえ、木登りできる?」


「ユウタは出来ないよ。」


「同じ6歳なんだから、出来るよ!一緒に登ろうよ!」


「でも・・・あ、これなら登れるよ〜!」


 


 


IMG_0972.jpg


  「ねぇ、体重何センチ?」


  「体重は何センチじゃないよ〜(笑)」


  「すげ〜デカイね!」


  「ユウタね、31キロか41キロだよ。」


  「・・・・・・ぼく、25キロ。」


 


 


とっても仲良し?の2人でした(笑)


20分位、遊んだだけだったけど
キラキラしたユウタを


私は久しぶりに見たような気がします。


 


 


IMG_0974.jpg






heart8.gif
       2006年、サヨウナラ。


       みんなアリガトウ〜。


 


 


 



新しい年も皆さんにとって・・・
girl-wish4.gif
ほのぼのとした幸せが続いていきますように。


子供達にたくさんの幸せが訪れますように。


 


evergreen with you


 


  




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[ 2006/12/31 21:00 ] ママの心 | TB(1) | CM(8)

おばあちゃんとお散歩。 


ユウタが最後の手術を受けてから
初めて実家へ泊まりに行って来ました。


とは言っても、もう1ヶ月も前の事です・・・(^ ^;



IMG_0921.jpg


私は横浜で生まれ、育ち
結婚してこの地元を離れました。




幼い頃からいつも、この景色を見ながら

友達と暗くなるまで遊んでいたり
時にはケンカしたり・・・


中学生になると
好きな男の子と一緒に手を繋いで歩いたり。

そんな所をお母さんに見られて
「こら〜!」って、追いかけられたり(笑)






改めてカメラを構えて見ていると
色んな事を思い出してきました。


ちょっと切なくなって
ちょっと淋しくなって

すっごく恥ずかしくなって・・・(*_*)



そして振り返ると、チヒロとユウタがいる。


何だか不思議な感覚。


お母さんいう存在になってから、もう9年近いのに。

一瞬自分が「母親」になっているという事に
今更、驚いていたりします。





昔はここを走り回っていた自分と
今、子供達を眺めている自分が

ばったり出会ってしまったような・・・・・。



おかしな、おかしな感覚でした。




IMG_0939.jpg