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足の手術当日。 



2007年 12月25日(火)   Xmas・・・・・ (;_;)



手術当日なので
朝6時が重たい系飲み物(牛乳など)のリミット。


なので、制限時間ギリギリの5時45分に
昨日売店で買って用意していた

「飲むヨーグルト」を飲ませてあげました。






そして・・・朝食は禁止 (>_<)


 


「お腹空いたなぁ(涙)」ってメソメソはしていたけど。


あの頃に比べたら~・・・

うん、すごい頑張ってる!



 





続いて、10時に飲水禁止となるので

その直前に病院から出たリンゴジュース×2と
カロリーオフのアクエリアス(500cc)を飲みました。



ユウタはいつも、大抵が空腹により目覚める位
朝は本当に腹ペコなのですが

この日は思っていたよりも泣かずに
すんなりとガマンが出来ていました。


 


 




そして、ここからが戦いです!


・・・と、大げさに聞こえますが
ユウタにとってはかなりの苦しみだと思います。



 


朝食抜き。


さらに昼食も抜き!





そばで見守る私もパパも

脳の術後に暴れる位、空腹で苦しんだユウタを
長い間 見て来ているので

それがトラウマになっているのかな・・・



「大丈夫かなぁ、大変そうだなぁ・・・」と

内心は2人、ビクビクしてました。




・・・・・が!


以外と?きっちりガマンしていたユウタ。



以外と・・・なんて言ったら
きっとユウタに怒られるね。


「お腹すいたよ~!」って、涙は時々こぼれていたけど

きちんと自分の状況を理解していたし
ガマンをするって事に強くなっているというか
想像していた”大泣き”は起こりませんでした。



そんなユウタにパパも私も逆に驚き。


「すごいな~、ユウタ!」






常にガマンばっかりだから
嫌でも空腹に慣れていたんだろうな。




知らない所で、いつの間にか
自分の力で乗越えていたんだね。


ユウタの力だね。


 


 





 



手術の開始予定は午後3時。





 




お昼になって、空腹はピークに。



「あ~・・・あ~・・・」って泣いていたけど

パパがベットに添い寝したら
いつの間にか安心して眠ってしまいました。



13時に眠くなるお薬(錠剤2つとシロップ)を服用。


そのまま手術室へ、眠ったまま運ばれていきました。







前の方の手術が予定よりも早く終了した為
言われていた時間より1時間早まり


13時57分に手術室へ入りました。



数日前に手術室の看護師さんから説明を受けて
通るのを楽しみにしていたカワイイ廊下も
結局、眠っていた為見れませんでした。


でも、その方が良かったです。





手術室へ我が子が入って行く姿を見送る事は
とっても辛いものです。


起きていたら、きっとユウタの事だもん・・・

「パパ、ママ、ユウタ頑張るね!」って
ものすごく泣いただろうし。





それでも、手術室をさえぎる自動ドアが閉まった瞬間に
私はボロボロ泣いてしまいました。


パパも言葉を発する事なく いました。




しばらくして、ジイジとバアバが
駆けつけてくれました。




手術は全部で4時間の予定です。


 


 



 




 



私の脳、まるごと全部ユウタと取り返られたらな。


下垂体だろうと
視床下部だろうと

何だってあげるよ。



空腹の辛さも代わってあげたい。


ママは太っても全然いいよ。


幸せな結婚もしたし
2人の子供にも恵まれたし。


今からどんなに太っちゃっても
パパはきっと見捨てずに一緒に居てくれると思うもん。





足も取り替えられたらな。


痛い思いは、もういいよね。



切ったり縫ったりとか
チタンとかスクリューとか!!
シャントとかチューブとか!!!



・・・いい加減にして欲しいよね。




そんな愚痴はいつだって
ママが勝手に思ってるだけだけど。



でもせめて、この辛い思いが
ただ辛いものだけとして終わらずに


ユウタの「これから」に
力を与えてくれるものとして

1つも残さず、役に立ってくれ!!!








ぐるぐるぐるぐる・・・・・


いろんな気持ちでした。



怒りにも似た
後ろ向きの不貞腐れた気持ちと


そんな事、絶対無理!っていうような願いと

先生、少しも失敗しないように手術して下さいね!
・・・といった祈る想いとで、ぐるぐるぐるぐる。


 






手術の待合室で私は


泣いたり怒ったりしながら
ユウタが出てくるのを待っていました。



先生が「手術は無事、成功で終わりました。」と
ニコニコ顔で現われてくれる事だけを信じて


ユウタを待っていました。






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[ 2007/12/25 23:59 ] 足の手術 | TB(0) | CM(4)

術後のHCU 。 


13時57分に手術室へ入り

3時間後。




執刀して下さった整形外科の先生が
ユウタのレントゲンを持って、待合室へ来られました。



「今、手術は無事に終了しました。」


パパも私も、ようやくホッと出来た瞬間でした。






先生は手術後に撮影された
ユウタの足のレントゲンを私達に見せながら
詳しく説明して下さいました。



「こことここがズレないように、ちゃんと止める事が出来たましたよ。」




よかった・・・。


ユウタ、本当に頑張ったね。




安堵感と同時に、私の頭の中では


「こんな所にまで、人造物が入ってしまったんだね・・・。」


「なんて痛々しいんだろう。」



骨から骨へと残酷に突き刺さった
ボルト状のスクリューを

憎たらしい思いで見つめていました。


「かわいそうに・・・。」



 


 



痛かっただろうね。



降りかかった運命そのものには

ユウタの落度なんて一つもないのにね。



 






それから術後の処置に30分以上掛かり

ユウタがストレッチャーに乗って
手術室を出て来ました。



「ユウタ、頑張ったね~!」



声を掛けても、まだ虚ろで
痛みに顔もゆがんだままでした。





「痛いよ~!」って泣けるくらいが
元気な証拠だと思います。


どうしたって、痛々しいユウタの姿に
どんどん涙は出てくるけど

そんなふうに思えるようになっている自分は

確かにずいぶんと
強くなって来たのかもしれないね。



 



ユウタはそのままストレッチャーに乗って

ICUよりも軽い症状の子供達が入る
「HCU」 という場所へ移りました。




ジイジとバアバを含め、私達は別室で待たされていたけど
パパも私も心配でたまらなくなり

HCUの自動ドア前で中を覗き、聞き耳を立てて
「中へどうぞ!」と呼ばれるのを
ずっと待っていました。



やっぱりユウタの叫び声は


ガラス越しにも大きく聞こえてきました。





「痛い!痛い!痛い!」


「痛いよ~!」




「誰か、助けてよ~・・・。」


 


 


 


中へ入れるまで
ずいぶん待ったような気がします。


看護師さん達が数人掛かりで
ユウタのトランスに手こずっていたのが伺えました。





 


 




 


術後の血液検査で、Na(ナトリウム)は数値で135。


優秀な数字です。



ですが、普段が160という高すぎる数値のユウタにとっては
普通の人の値、135では低すぎるかもしれないと
内分泌の先生は心配そうに、そう仰っていました。


手術前に結構水分を摂った事もありますし
術中にも点滴で、かなりの量を入れていたようなので

今度は脱水とは逆の「水中毒」を心配していました。



なので、この時点で点滴のデスモはストップ。


点鼻のデスモを使用して行く事にしました。






薬によって抑えられる痛みの場合は
積極的に薬を使用します・・・と、術前から説明がありました。



なるべく痛みからは解放してあげたいという考えなのか
それが小児の治療にとっては当たり前の事なのか

素人の私達には全く分からない事ですが。


今回、こども専門の病院にいる先生と看護師さんに
全ての信頼をおき、お任せしていました。





ユウタが脳腫瘍だと分かってから
その後すぐには色々と調べたり出来ませんでしたが

しばらくすると調べずにはいられなくなり
「先生に全てをお任せする!」というスタンスではなく

「先生と一緒に最善を目指したい!」という姿勢に
私達は変わって行きました。




病気の知識を出来る限り得て
お任せではなく、一緒にやって行きたいと思ってきました。


 


大変オコガマシイ事のように聞こえるかもしれませんが

ユウタのような疾患は個人差もあって
ある意味”家での主治医はお母さん”だったりします。


 


 


 


そんな私達が病院の方々へ信頼を置き
安心してユウタを見守り続けられた事には

ホント、助かりました。



信頼のもとに繋がった
安心感がありました。


 


私はとても疲れていたけど

安心していました。


 


 




 


 


個室に移動後は母親が24時間付き添えましたが


ICUやHCUなどで付き添いが出来るとは
思ってもいませんでした。



でも、こちらの病院では付き添いが可能であると知り

急遽、私がそのまま付き添う事になりました。




簡易ベットを借りてきて
ユウタのベットサイドに寄せました。


術後なので点滴や導尿のチェック
サチュレーションの電子音などで
当たり前ですが、眠る事は出来ませんでした。



ユウタは普段の10倍以上のステロイドを点滴していた事と
夕飯も食べていないので、ものすごい空腹でした。


暴れはしないけど
きっと痛みが無かったら

ドタンバタンとベットの上で
泣きながら騒いだと思います。


 


手術が終わってから、麻酔がきちんと切れて
お腹が働き出したら夜ご飯が食べられるからね・・・と聞いていたユウタ。


残念ながら、なかなか腸の動きが確認出来ず
翌日までは水分も少しずつでしか摂れない状態でした。


 



痛みを訴えつつも、空腹の方が勝っている感じ。


「痛いよ~、足が痛いよ~!」


「お腹すいた~!!!」


15分おきに泣いていました。


 


看護師さんが痛み止めの座薬を使用して下さり
そこから少し落ち着いて眠っていましたが

大きな電子音に起きてしまったり
やっぱり空腹だけは苦しく付きまとっていたので

0時から早朝5時位までは
ユウタもずっと焦れていました。


 


 


 


 


 


朝食は朝7時に運ばれてきました。


時計を見ながらのカウントダウン。


 



長い夜でした。




 


**********************************




思い起こせば、そうだ!


前回のXmasもユウタは
入院していたんだ。
(click!)


何だろうね・・・。


神様もいなけりゃ
サンタさんもいないのか!




今度のXmasこそは
本当に素朴で構わないから

家族揃って
笑顔でいたい。


不二家のケーキと
手抜きのお惣菜チキンでも
全然いい。


子供達は、お子様シャンパンで

パパは発泡酒と
ママは安いワイン。



 




普通の生活を過ごしながら

当たり前な幸せの中でいたい。







 


 




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[ 2007/12/26 23:59 ] 足の手術 | TB(1) | CM(4)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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