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入院。 


ユウタは腫瘍によって髄液の流れをせき止めてしまっている為
脳内に液が溜まり 「水頭症 」 を併発していました。

頭痛や嘔吐はこの水頭症の為に起こっていたようです。

ユウタの水頭症は腫瘍によって起きているので
水頭症の改善の為だけの処置はしない方針と説明されました。
腫瘍が残っていてはまたすぐに液が溜まってしまうからです。

でもかなり頻繁に頭痛や嘔吐を起こしている今の状態では
やっぱり危険な為、このまま入院して何かあったらすぐに
処置出来る様にしましょう・・・との事でした。

やはり今朝思った通り・・・。
ユウタ、このまま入院なんだ。

でも私達もこの状態でユウタを家に連れ帰すのは怖くて
納得の入院でした。

ユウタは入院と聞いて「やだよ~」
・・・と、言ってはいますが、まだ余裕な表情です。
優しい看護師さんとニコニコ話しています。
私はいつまでも涙が止まりませんでした。


この日からユウタの入院生活が始まったんだね。
病気との闘い。
パパもママも全力でユウタの事を守るんだって誓ったんだよ。

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[ 2005/12/14 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(0)

小児病棟。 

大学病院の小児病棟・・・。

書き出すのにはとても辛い現実があります。
私が知らなかった世界、深い世界。


私の様に「現実を受け止める事」に
時間の掛かってしまうお母さんや
廊下で肩を震わせ、泣いているお父さん。

ベットに眠る子供を心配そうに
いつまでも見つめているお母さん。

今にも自分が倒れそうなのに、
毎日早くから夜遅くまで子供に付き添っているお母さん。

子供の眠るベットの脇でひたすら千羽鶴を折るお母さん・・・

 

私は情けない事にユウタの病気を知ってから
食事を摂る事が出来なくなりました。
無理に食べても飲んでも、戻してしまう状態です。
夜も1,2時間起きに目が覚め、なかなか寝付けませんでした。

心配したパパが看護師さんに相談したようです。

「みなさん、同じなんです。
お母様方は皆さん、同じ状態になられてしまいます。」


優しい看護師さんが個室に私を寝かしてくれました。
プレイルームで遊ぶ、ユウタとパパの声が聞こえます。


「パパ~、頭痛いからベット行く。」

・・・パパは1度も涙を見せずにユウタと家族を
守ってくれていました。

ママはやっぱりパパと結婚して良かったぁ。

 

[ 2005/12/16 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(0)

ユウタの夜。 

どの子もみんな同じだと思うけど
子供にとっての入院生活で1番淋しい瞬間は
面会時間終了後、親と離れる時・・・
そして柵のベットでの長い夜だと思う。

ユウタは初日は頑張る所を見せたくて
お兄ちゃんブリを見せたくて、泣かずにバイバイ出来た。

私の方が角を曲がってユウタが見えなくなった瞬間から
泣いて泣いて、どうしようもなかった。

長期の入院の小さな子供は、悲しい位慣れた様子。
それが余計に切なかった。

まだ点滴の処置等なにも付けていないユウタは
身軽なので、バイバイの時は手をつないで
ナースステーション前まで来て、バイバイしていた。

「ユウタ泣いちゃうかも。」

面会終了の時間が近づくとそんな事をずっと
繰り返し言っていたユウタ。
しまいには面会に行って会ったらすぐに帰りの事を心配して
「ユウタ泣いちゃうかも。」を連発だった。



「会ったら、次はバイバイが来るんだ。」
そう感じてしまっていたんだよね。

ユウタの淋しい気持ち、ママも同じだったけど
ユウタの方がイッパイえらかったよ!

夜って長いんだよね~・・・

 

[ 2005/12/17 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(0)

看護学校生さん。 

ユウタの入院中に、看護学校の生徒さんが
実習として小児病棟へ来ていました。

ユウタに担当してくれた学生さんは
大人しくて優しそうな、ホンワカした感じの
女の子でした。メガネが幼そうでかわいらしくて
だけどいつも一生懸命な眼差しが印象的な
キラキラした素敵な方でした。

日中、入院中ベットから出られない子供達にとったら
退屈で、淋しくて、苦痛で・・・
泣きたくなるに違いありません。
ユウタも面会に行くとその退屈さを物語るかのように
ベットの上じゅうに折られた折り紙が散乱していました。

学生さんが来てからは
「今日、ガクセイサンが作ってくれたんだよ!」と言って
大好きなマジレンジャーのカードやお面を見せてくれたり

楽しそうに1日の出来事を話してくれる様になりました。


この小児病棟にはユウタの様な脳腫瘍の子供は少なく
抗がん剤の影響で髪が抜けてしまっている子供達が
とてもとても多く入院しています。
我が子が病気になる前はTVでしか見たことの無い世界。


キラキラと若い学生さん達は、この現実をどう受け止めるのだろうか。

仕事、勉強とはいえ、目を背けたくなる現実も多い病院・・・。

私は心の底から、
ユウタに携わってくれたこの可愛らしい学生さんが
ユウタやその周りの子供達からの「何か」を受け止めて
技術だけではない、暖かな看護師さんになっていって欲しいと
願っています。


ユウタにいつも優しくしてくれて、ありがとう。
ユウタの話を最後までちゃんと聞いてくれて、ありがとう。
学生さんがユウタの苦痛を和らげてくれたんだよ
素敵な看護師さんになってね!

ありがとうございました♪

 

[ 2005/12/23 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(0)

明日は手術。 

手術前日

 

 


 

 

2005年9月8日

明日9日、とうとう手術・・・・・・・・・・・・・。
まだフワフワした、やわらかい髪と
きれいな頭に傷が出来る。

 

ただ、転んでタンコブが出来ただけでもドキドキしていたのに
今回で、大きな大きな傷が頭に出来る。

術前の詳しい説明時に、もしかしたら‘もみ上げ‘の辺りに
大きな傷が出来るかもしれないと聞きました。
手術をするのに頭の、どの部分から入って行くかによって
当たり前だけど傷の出来る場所も違ってくるからです。

「どんなに傷が目立つ場所でも全然、構いません。
1番上手くいく所から手術して下さい。」

パパが珍しく強く先生に訴えました。

先生は黙って力強くうなずきました。

先生を信じよう
ユウタを信じよう

自分たちの想いを絶対叶えよう
幸せだったあの日々に戻ろう


手術前日は、パパの誕生日でした。
次の誕生日は皆で笑ってお祝いしようって約束しました。

 

ユウタにどんなに凄い傷が残ってしまっても
「すごいだろ!これ!」と言って誇れる位のユウタに
育てて行こうってパパと話していたんだよ!

手術が成功して、喜びの涙に変わります様に・・・。
みんなずっと祈っていたんだよ!
ユウタ頑張れ!って。

 

[ 2005/12/24 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(0)

千羽鶴。 

ICUには三日間程居て、そのまま小児病棟へ移動出来ました。
ユウタ待望の、小児病棟です!

仲良しのお友達と遊ぶ事はまだまだ無理ですが
雰囲気にホッと出来るんでしょうね。
ユウタに笑顔が戻りました。

相変わらず、オチンチンが痛いと言って大騒ぎでしたが
食事も出され嬉しそうなユウタ。
看護師さんも
「ユウちゃん、頑張ったね!」
「お帰り~♪」
なんて次々声を掛けてくれるのでユウタはニンマリ♪



浮腫んだ顔と頭に巻かれた包帯が痛々しく
後遺症の事などで、パパも私も不安はずっと続いていました。


       

        まだ腫瘍が残っている・・・・・・・。

 

      それは紛れもない事実。現実なんだ。

 

「ママ、この鶴どうしたの?これ、なぁに?」
「千羽鶴だよ!ママの会社の人達がユウタに作ってくれたんだよ!」

「ユウタの病気がなおるようにって、作ってくれたのかなぁ?」
「そうだよ、だから手術も成功したんだよ!」

「じゃ、治ったらユウタ、アリガトウって言いに行く!
                アリガトウってメールしておいてね♪」

神様・・・ユウタ、こんなにいい子なんだから。
お願い、助けてください。

[ 2005/12/30 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(5)

ユウタの叫び。 

長い入院生活・・・。
手術前の割と自由な入院生活とは違って
今の自由のきかない日々。

ユウタはイライラしていました。


脳の手術をしてすぐでは、体を起き上がらせたり
立ち上がったりすると頭がグルグルするようです。

ユウタも起き上がりたくても、自分が辛いので
あきらめてすぐに横になっていました。

起き上がって折り紙を折ったり、おもちゃで遊んだり
全てに規制が掛かる状況にユウタは
とてもじれったい様子でした。


 

「病気がユウタを殺そうとしているんだ!」

 

ユウタが泣きながら病棟のベットで叫びました。
私は涙が止まらない。

小さいながらにユウタも死の恐怖を感じているのかもしれない。

 

頑張って病気をやっつけようよ!
そしたらまた保育園行って、お友達と遊べるよ!

ママ、そんな事しか言えなかったね。

ごめんね。

[ 2006/01/01 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(6)

看護師さんの涙。 

導尿の管も取れて、車椅子での移動が可能になって
とっても嬉しそうなユウタ。

9月半ばの頃です。

術後。


 

 

 


まだ上半身をまっすぐに起こしたり、歩いたりすると
フラフラとしていました。

でもこの頃にはユウタの笑顔も復活していて
面会に来てくれるみんなと楽しくおしゃべりしたり、
看護師さんに折り紙を作って渡したり、
入院生活を笑顔で過ごしているようでした。


廊下ですれ違った看護師さんに呼び止められました。
「あ、ユウちゃんのお母さん!」


その看護師さんは日勤で、朝からずっと
ユウタの病室を担当だったようです。
看護師さんはその日、風邪気味で、
一日マスクをして咳が止まらなくて困っていたそうです。

夜勤の方と交代で、さぁ帰ろう!と思って病室を出る時に
ユウタが・・・
「かんごふさん、大丈夫?」
と、話し掛けました。

「え?何が?」

「だって、朝からずっとお咳していたでしょう?」

 

・・・・・・見ていてくれたんだ。
ユウちゃんのが苦しいはずなのに、
思いやって心配してくれている・・・。

看護師さんは、その話を私に話しながら
とても嬉しかったんです!と、言って泣いていました。


保育園の先生が口癖の様に私に言っていた事を思い出しました。
「ユウタ君は、よく周りを見ているから!」

 

子供の悪い所ばかりにどうしても目が行ってしまう。
どうしてうちの子って・・・などと周りの子と比べてしまう。
いい子になって欲しくて、幸せになって欲しくて
親が押さえ付けてしまったりしている・・・。

反省するべきはママの方だ。

 

ユウタはちゃんとユウタのまんまで育っていってね。
そのままのユウタでいいからね♪

[ 2006/01/01 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(8)

お腹がすいた。 

ユウタは術後、大きなトラブルも無く
順調に回復へと向かっていました。

おいしい♪













この頃のユウタはかなりの
暴飲暴食状態でした。
食べても食べてもお腹がすくようで
いつでも大騒ぎです。

入院生活が退屈で
食べる事しか楽しみが無いんだよ!
なんて周りからは言われていましたが
私からすると、とても異常な感じがして
ユウタが心配でした。





この異常な食欲を看護師さんにたずねると
「あぁ~確かにお腹がへりますよ!ステロイドの投与してますから♪」
と言われました。
回診時に主治医の先生に聞くと・・・

「ステロイド中はとにかくお腹が減る。この空腹は大人でも我慢できませんからね。
大人でもお腹がすいたと言って泣きますから(゚∇^*) 」

~との事でした。

先生、早く言って欲しかった・・・。


そういう訳でユウタはみるみる大きくなりました。
どんどん、どんどん、肥えていきました。



パパも、周りのみんなも、
どんどん太っていくユウタを心配して
あまり食べさせないようにしていたけど
ママはユウタが嬉しそうに笑ってくれる顔が見たくて
ついつい、差し入れしちゃっていたんだよ。

だめだね~。

[ 2006/01/03 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(2)

気付かなかった。 

ユウタは相変わらずに食欲旺盛で過ごしていました。
何か食べ終わればすぐに
「まだ何か食べたいよ~。・゜゜・(>_<)・゜゜・。 」

止まらない・・・。










ユウタの病室は6人部屋でした。
そこにはやはり幼い子供達がユウタの他に3人、
みんな毎日辛い治療にも耐え、頑張っていました。

抗がん剤の治療の為に
食欲が無くなってしまっている状況の子供達。
その中でユウタが「お腹がすいたよ~!」と大騒ぎするので
とても申し訳なくなっていました。

 

ユウタのとなりのベットの女の子も
食べる事が苦しくなってしまっている状況でした。
ユウタより、もっと小さな女の子。
もう4ヶ月も入院していました。

病名は違うけど、辛さを分かり合えるお母さん同士です。

隣の女の子のママは面会時間の始まる前から、
面会時間が終わった後も遅くまで
ずっと女の子に付き添っていたようです。

ある日。
面会時間終了間近の時
隣の女の子が泣き始めました。

「ママがいいの!ママがいいの!ママ
が・・・」

私は隣の女の子が泣くのを見たのは初めてでした。
気が付けば、ママも泣いています。
こらえながら「ごめんね」と・・・。

看護師さんが駆け寄り、女の子を抱くと
ママは「お願いします」と言って
声を出して泣きながら
帰っていきました。

朝からずっと頭痛があり、夜にはめまいがしていたようです。
疲労の為、ママは限界だったのでしょう。

木漏れ日

 

 

 

 

 

 


隣のママはいつも笑顔で元気なお母さんでした。
看護師さんとも仲良しで、病気の事にとても前向きで
泣き言も言いませんでした。

それに比べて私ときたら、なかなか前向きになれず
落ち込んでばかり。
毎日毎日、泣いてばかりでした。


私も隣のママみたいに頑張らなくちゃ!と
そんな思いで二人を見ていました・・・。

 

気が付かなかった。
隣に居たのに、毎日。

女の子のママがやっぱり同じ様に
苦しんでいた事に。
いつも笑顔でいてくれたから
私はとても励まされていたのに。

人の心の深さを知れ!

 

自分に言い聞かせた出来事でした。

[ 2006/01/04 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(4)

もうすぐ退院。 

2005年 9月の終わり頃。

手術後の一通りの検査が終了し
いよいよ退院の日が近づいて来ました o(*^▽^*)o

頭の傷はホチキスの様な物で止めてありましたが
一つ一つ外し、痛々しくキズは在るものの、
私達もやっと少し落ち着きました。
ユウタの大好きな美人先生が立ち会ってくれたので
抜糸も、思ったより大騒ぎはしませんでした

照れているユウタ

 

ユウタのダイスキな
先生♪
優しくてカワイくて
みんなの人気者の
先生でした!

 

2005年9月30日
 退院のとき

 

 



あとは中心静脈カテーテルを抜く処置が残っています。
ユウタはソケイ部分にある太い静脈から
心臓の近くまでカテーテルを挿入し、
その管から輸液を行っていました。

以前MRI検査。という記事で少しだけ触れましたが
たとえ幼い子供のユウタであっても
本人が納得するまで強引に処置するような事は
先生でも看護師さんでも絶対にしません。

カテーテルさえ抜いて、しばらく様子を見て
何の異常も現れなければ退院なのですが
ユウタは痛みの恐怖からなかなか処置を
やらせてくれませんでした。



「今日抜いたら、明日退院ですよ~♪」
と言われていたので
すっかり舞い上がっていたパパと私。

・・・・・とうとう、その日は処置出来ませんでした・・・。 _| ̄|○

アリガトウ!

 

 

小児病棟の優しい
男の看護師さん☆

ソケイヘルニアの手術時は
チヒロがお世話に
なりました。

 

 

 


 

面会時間が終わり、私達が帰った後も
熱心に説得して下さった先生のお話にユウタは
とうとう納得したようで・・・
    
       「明日、絶対頑張る!!!」

と約束したそうです。

その日の夜、病院から電話があり
明日の午前中に退院が決まりました

 

 

ユウタが帰ってくる。
久しぶりに、我が家へ帰ってくる。

まだ病気は存在しているけど
完治ではないのだけれど
ユウタが家に帰れる、戻れる喜びを
パパとチヒロとママで喜びました。

先生、ありがとう(゚ーÅ) ホロリ・・・

[ 2006/01/06 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(2)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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●メールは右サイドバー1番下の
メールフォームよりどうぞ。

*evergreen***

Family


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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