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入院前夜。 



整形外科で衝撃的な診断を受けた その日は
病院の車椅子を借りて帰りました。


ソーシャルワーカーの方が
家の広さやユウタの体つきを見て
丁度いいサイズの車椅子を選んでくれました。





我が家の車はNISSANキュービック。


7人乗りとは言っても
大きな車椅子を乗せるには・・・狭いです(>_<)


後ろの席を全部倒して、フラットにして
たたんだ車椅子を強引に押し込み

ユウタを助手席に乗せました。



 




ユウタは今でこそ私以上に体重があるので
もう抱き上げる事も背負う事も出来なくなっていました。

なので、絶対に立っちゃダメ!とは言われても・・・



内分泌の先生は、移動の際に少し立ったり
トイレで少し歩く位ならば仕方が無いでしょう・・・との事だったので
どうしてもの時は立ってもらいました。


 


 


 


 


 


私のバイト先であるラーメン屋さんに
チヒロを預かってもらっていたので
病院の帰りにそのままユウタとお店に行きました。


ユウタにとっても
大好きな場所である、いつものラーメン屋さん。


毎週末、ほとんど家族で遊びに来ていました。


 


 


電話で大体の事を話していたので
チヒロもユウタが入院する事をすでに知っていました。


駐車場に車を停めると
チヒロが駆け寄ってきて、一言・・・


「ママぁ・・・。」


 


泣いていました。




ユウタに気付かれないように、すぐに泣きやんだけど

チヒロもユウタに掛ける言葉が見つからないようでした。


 


 


 


 


 


お店のともちんは急いでスーパーへ買い物に行ってくれて。





ユウタがいつも食べたくて食べたくて夢見ていた
大きなオムライスを作ってくれました。





恐ろしい程コレステロール値の高いユウタに
オムライスを食べさせる事は超厳禁でしたが

「長い入院で頑張るんだから。」と
ともちんがリクエストに応えて作ってくれました。


 


今夜だけはジュースもファンタグレープOK。


 


 


 


 


ユウタにとって幸せな幸せな ひと時でした。


私達家族にとっても、温かなひと時でした。


 


 





 


 


 


そして、車椅子でマンションへ。


 


入れるだろうと簡単に帰ってきたけど
大丈夫かな・・・。


初めて気が付いたけど
部屋には至る所に小さな段差がありました。


 


だけど、玄関にある物を全部外に出して
中に入ってしまえば何とかなるものでした。



 


 


 


 


ユウタはメソメソしたり
頑張るぞ!と自分を奮い立たせたり

色んな感情の入り混じった状態でした。


 


オムライスのケチャップをホッペに付けたまま
ポロポロ泣いてソラの頭を撫でていました。



「明日からユウタがソラにエサをあげられないけど、ゴメンネ。」


「ユウタの事、忘れないでね。」


 


 





 


 


また、こんな夜が訪れるなんて・・・






私は一晩中

悔しさと後悔と淋しさと

やっぱりいつものように
独特な孤独感でいっぱいでした。





この気持ちは上手く表現できないけど

きっと卑屈になってる自分のココロからくるものでしょう。


 


 


 


 


ユウタばかりが辛い訳じゃない。


もっと大変な病気の子供達だって
毎日を踏ん張って頑張っている。


今までもそんな子供達に,いっぱい励まされてきた私。


 


 


でも、どうして?


 


ユウタはこれまでいっぱい頑張ってきたし
言われた通りにカロリーも控えて
空腹にも耐えて耐えて、いつも苦しかったと思う。


もう「頑張れ!」なんて言いたくないな。


 


 


 


         「ママ、足が痛いよ~!」


            「ママ、助けてよ~!」


 


 


 


ユウタのいつもの叫び声が
私の耳にずっと残って


泣き顔のユウタが
私の頭にいつまでも現われて。


 


運動会でも足の痛みを堪えて頑張っていたよね。


 


遠足でも・・・


歩けないユウタを叱りながら
無理やり歩かせたのが、この私なんだ。


 


 


  


 


この病気は本当に見つかりにくい病気だそうで

同じ病気を何例も診ている先生ではないと
なかなか発見できないそうです。


 


仕方が無いと言えば、本当にその通りなんだけど。







私が後悔しているのは
早く病気を見つけてあげられなかった事ではなく


足の痛みと歩けないユウタの現実に
どうしようもない苛立ちがあった事でした。




うまく行かない事ばかりが目立ち
ユウタのココロも体もなかなか安定しない日々に


時には1番辛いユウタにさえ
八つ当たりしていました。




 




人の前では穏やかな心境のフリをして
本当は焦りや不安、どうして?の気持ちでいっぱいでした。


ちょっとずつは良くなって行ってるよと
笑顔で人には話すくせに

心の中は、いつもいつも「どうして?何で?」って・・・。


 



振り出しに戻ってしまったような時や
なかなか先に進んでくれない状況の中で

1番苦しいユウタの事を守るよりも先に


自分の苛立った感情を抑える事に必死でした。


 


 


 


この位の距離も歩けないの?


男の子でしょう?
頑張る所を見せてよ!


本当に痛いの?


車椅子はダメだよ!


どうしてユウタだけ出来ないの?


もう、病気は関係ないよ。


病気のせいじゃないんだよ。

気持ちなんだよ!


 


 


 




こうして書いていて


そんな自分が自分でも恐ろしい・・・・・。




 


 


 


**********************************





 


 


12月21日、金曜日。


明日は終業式。





最後の挨拶も出来ないけど
1年2組のお友達とはサヨウナラ。


もう、このクラスへは戻れないんだな~って事が
本当にかわいそうで切ない・・・。




先生への連絡帳に事情を書いて
翌日、チヒロに持たせました。


 


 


 


みんなは楽しい冬休みが始まる日に

ユウタは長期の入院がスタートする日でした。


 


 



 




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[ 2007/12/21 00:00 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(2)

長期入院スタート。 


2007年 12月21日(金)



チヒロは今日、学校の終業式に出て

冬休みのあいだ中は
ずっと私の実家に行く事になりました。




ユウタは朝から泣いてばかり。


 


          「おねえちゃ~ん!(;_;) 」


          「ユウタ、頑張るんだよ!(;_;) 」





私はチヒロの事も、とても心配でした。


実家でチヒロは、もちろんとっても可愛がってもらえるし

普段はユウタに合わせてガマンしている食べ物も
コソコソしないで、たくさん食べられるけど


ユウタの突然の入院で
チヒロもチヒロなりに動揺していて
これからの事にも漠然と不安はあるはずで・・・。


 


「パパともママとも一緒にいたい!」と
本当はそう言いたいのにガマンしている様子が


私にはよく分かっていました。


 


 


 


 


でも。


私達家族がいつも話していたのは

「みんなで頑張ろうね!」でした。


 


ユウタが病気になってからは
辛い事があるたびに

家族のみんなで頑張ろうって
そう話し合い、支え合ってきました。


 


 


ユウタだけが頑張るのでもなく
チヒロだけが頑張るのでもなく


パパもママも家族のために頑張るから。




チヒロもユウタも頑張らなくちゃいけない種類は違っても
ガマンしなきゃいけない事が
この先いっぱいあるかもしれないけど


みんなで頑張ろうって。


 


 


今がそういう時なんだって

チヒロは絶対に
そう理解してくれていると信じて送り出しました。


 


 


 




 


 


 


9時50分、病院到着で入院手続き。




その後は・・・


136 尿検査

137 採血

138 心電図

139 足のレントゲン

140 シャント確認の為、胸部と腹部のレントゲン

141 頭部CT

142 足のMRI


 


入院手続き後からお昼過ぎまで掛かって
検査の嵐でした。


 


 


 


それからは各科からの説明で


麻酔科、脳外科、内分泌科、整形外科の先生達が
入れ替わり立ち変わり病室へ。


 


1日が検査と手術の説明
そしてその検査結果で終わってしまった感じでした。


 


 


 


 


ユウタはナースステーションに1番近い4人部屋。


立ち上がっても、歩いてもいけない状況で
しかも、とっても大きくて重い体なので

いくら手馴れた看護士さん達でも・・・・・


正直、大変そうでした。


 


 


ユウタも相当に疲れていたのか

内分泌の先生が仰るには痛みにより
ステロイドが足りていないのか


ベットで横になったかと思うと、眠ってばかりでした。


 


熱も37.8℃から38.1℃と、いつもの事ながら高め。


鼻水もあって、咳も少しあって
25日に無事、手術を受けられるのかが心配でした。





 


 


バイバイの時。



病棟と廊下を仕切る、鍵付きのガラスドア越しで
ユウタはやっぱり大きな声で泣きました。


こんな光景、まただ・・・。


 


何度繰り返していても
親としては この瞬間がたまらなく辛いです。


 


 


「パパ~!ママ~!」


「車、気を付けてね~!」


「ユウタ、頑張るからね~!」


 


号泣しながらも、ユウタの叫ぶ声は
私達への「ユウタの事は心配しないでね」という
思いやりがいっぱい詰まっていて・・・

余計に切ない。


 


 


 


私達は「ユウタ、何泣いてんの~(*´艸`) 」って

思い切り笑って
ブンブン両手を振ってバイバイしました。


 


角を曲がってエレベーターを待つ間も
エレベーターで下に降りて行く時にも


ユウタの「頑張るからね~!」の泣き声が聞こえていました。


 


 


 


 


長期の入院が始まりました。


 


 




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[ 2007/12/22 00:00 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(4)

個室へ移動。 



2007年 12月22日(土)




朝10時頃、整形外科の先生から自宅へ電話が来ました。


4人部屋に入院中のユウタですが
昨晩は私達の帰宅後に、相当荒れたようでした。



後から聞くと、問題のひとつに・・・

朝食時、自分以外のお友達に付いているヨーグルトを
ユウタは、なかなか納得出来なかったようでした。




入院中のお友達にも
きっとたくさん迷惑掛けてしまったのでしょう。


ママ!パパ!と大泣きしたのか
お腹がすいたと大泣きしたのか

上手く行かない事に腹を立てて
看護師さんや先生方に暴言を吐いたのか・・・



色んな想像が駆け巡りました。






「個室に移動されてはいかがですか?」





先生にそう言われて、即答しました。


「今夜から、個室で母親が付き添います。」


 


 



それが1番いい。


私もパパも、そう思いました。


 


 


 


「手術前に不安定になってしまっても大変だし

    足以外の病気の事で、まだ安定していない部分もあるし・・・」




先生は言葉を選びながら
きっと気を使ってくれたのかもしれないな。


 


 





 




パパと私で、お昼頃 面会に行きました。


ユウタはいつものように明るく元気イッパイでした。




いつもいつも高かった体温も
ユウタには珍しく落ち着き、37.5度。


尿崩症の点鼻薬(デスモプレシン)が早々に切れたり
何だかいつもとは変わっている部分もあったりするけど

先生からの電話で「どんだけ、荒れてる?」と心配していたので
拍子抜けというか・・・


ユウタの変わらない笑顔とおしゃべりに
腰が抜けそうにホッとしました。





感情の起伏がものすごく激しいので
とっても機嫌がいいか、とっても機嫌が悪いか

いつもそのどちらかであるのがユウタです。


「普通」という状況がないのです。



 


確かに周りも困ってしまうけど。


ユウタもそんなココロの状況に
疲れているんだろうなと・・・

私は見ていて、いつも感じます。





**********************************






午後2時に個室へ移動となりました。


今日を含め3日間、個室で母子入院です。



25日に手術が行なわれ
その後はしばらく HCU に入る事になるので
それまでの間だけ・・・という事です。



ユウタは今までも他の病院で
幾度も入退院を繰り返していますが

ママが一緒に泊まるという事は初体験!


「病院は病気の人しかお泊り出来ないんだよ!」

いつも「帰らないで~!」と泣くユウタにそう説得してきたので
本当に?本当に?と、信じられない様子です。

何度も私に確かめてきました
(^_^;)







夜になって、またまた体温は上がり38.1度。


氷枕を使用しました。



ここの所、寒くなってからは
家でも頻繁には計っていなかったけど
ユウタの体温は計るたび、いつだって高めでした。




パパが帰る時にちょっとだけメソメソしていたけど

いつもと同じに成長ホルモンの注射を私が打って
ユウタは安心したように
21時過ぎには眠ってしまいました。



携帯photo


↑入院初日。(携帯photo)


 



 

 










本当だったら今夜は我が家にて


いつもの大好きな仲間達と Xmasパーティーの予定でした。



ユウタは、とても楽しみにしていて・・・

もちろん、チヒロだって。





みんなとケーキを食べたい♪って
指折り数えて今日の日を楽しみにしていたユウタには

「パーティーは中止になったんだよ!」って
軽く返事をしてウソをつきました。









パパも居なくなって、消灯後の個室。


備え付けのソファーベットを
ユウタの隣にピッタリ寄せました。



思いっきり手を伸ばして

あったかいユウタの手を握りしめて
目を閉じても


たちまち涙が溢れて止まりませんでした。


  


ママもこんなに淋しくて心細くて
泣いてしまうくらいなんだもん。


ユウタだって、本当に辛いよね。

辛かったよね。



神様なんているもんか!って
そんな怒りと


どうしようもない悔しさだけの
眠れない夜でした。



  





 


 


 



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[ 2007/12/23 00:00 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(3)

入院3日目。 



2007年 12月23日(日)



今日で入院、3日目。


昨晩は初めて私が付き添った夜でした。





夜中に目覚めたりする事も無く、ぐっすり。
朝は6時45分に目覚めてスッキリな様子でした。


     ・・・私はほとんど眠れませんでした(>_<)





体温は36.7度。

こんなに普通な?数字が出たのは本当に久しぶりです。


今日のユウタは顔も目も腫れぼったく
体中が浮腫んだように見えました。


 


そして、久しぶりに頭痛も訴えました。

頭痛はとても不安になります。


本当なら、明日は掛かり付けの大学病院にて
脳外科MRI 検査日でした。


 


 






ドキドキの体重測定もしました。


立ち上がる事は絶対に禁止なので
ストレッチャー式の体重計で、寝転んだまま測定します。




ストレッチャーへの移乗も看護士さん数人掛かりで
本当に大変でした。


体重測定の場合だけではなく
トイレの移乗も、入浴の時も・・・


大きくてズッシリと重たいユウタの移乗介助に
仕方の無い事ですが、私も腰が砕けそうでした。


 


 


 


そして、ユウタの体重は
今までの中で1番大きな数字でした。


無言でショック(;∇;)



私の顔色と
看護士さんの読み上げた数字に

ユウタも眉間にシワを寄せて半泣きでした。




「今日はユウタ、何だか浮腫んでいるしね~。」


ユウタは体内の水分量によって
1キロ位はすぐに変化が出るので

そのせいにしておきました
(汗)







足の痛みはまだ続いていましたが
歩かない事、立ち上がらない事をきちんと守り
安静に過ごしているせいか

今まであったような激痛は消えたようでした。




その痛みと、入院しているというストレスを考慮して
ステロイド剤(コートリル)の服用量が
入院初日より
2倍になりました。



前にも何度か書きましたが
このステロイドの副作用は「激しい空腹感」です。


個人差はありますが
ユウタにとっての2倍は、かなりキツイものです。




その辛い空腹感がユウタを
尚更に苦しめるのではないかと
私はその時点で、その事を1番心配していました。





そう心配していたように。


ユウタにいつも以上の空腹が
チラチラ表れだしたのが、この3日目でした。



「腹減ったよ~~~!!!」と、辛そうにひっくり返り

それでも今まで頑張ってきたのと同じように
折り紙したり、お手紙書いたり、何かに集中して

一生懸命ユウタなりに
気を紛らわせようとしていました。



でも笑顔は時々見えている。


まだまだ大丈夫だねってユウタを励ましました。








そして今日は入院して初めての
シャワー浴をしました。


入浴用の車椅子に乗って
立ち上がらなくても隅々洗えます。




「こんな時、どうするんだろう・・・」のような

そんな不安も、慣れた看護師さん達によって
すんなり解消でした。


 


ユウタも久々のシャワーに気持ち良さそうでした。

嬉しそうないつものニコニコ顔が
ピッカピカに冴えていました(笑)


 


 


 




 


 


パパはチヒロの居る私の実家へ行き
Xmasプレゼントを買いに行きました。


 


ユウタの入院騒動前に
私は子供達の夢をぶち壊すべく

「サンタさんなんか、いないんだよ~♪」と打ち明けていました(鬼母)



チヒロはもう絶対に、ぜ~~~ったいに

サンタさんの存在が”パパ”だって事
ちゃんと気付いていたくせに


「サンタさんにはアレを頼んで、パパ達にはコレを買ってもらう!」


・・・・・なんて。



そんな白々しい事をあっけらかんと( ̄∀ ̄;)




なので「知ってるくせに!」と
つい、現実をハッキリ口に出しました。


ヒドイ親っ(^^;


 


チヒロはニヤニヤしながら

    「え~!サンタさんは居るんだよ~♪うふふ」


ユウタは本気で


    サンタさんは絶対居るんだよ!!!」と、マジ切れ(笑)


 


 


 


チヒロには堂々と、ユウタにはコッソリと
プレゼントを用意して


パパが夕方、病院へ来ました。


 


 


 




 


 


 


ユウタは病棟内にある「プレイルーム」で
パパと思いっきり遊んでいました。


車椅子なので、思いきりとは言っても
挟み将棋とか折り紙とかだけなんだけど。


 


ユウタはとにかくパパが大好き。

空腹も忘れて
長い時間一緒に遊んでいました。


 


 


 


 


私はそのスキに食堂でご飯を食べて
ちょっとだけ睡眠をとりました。


ユウタが「腹減った~!」とそばで泣いていると・・・

ユウタから離れて食堂に行く事も
売店で買って食事を摂る事も

全部申し訳無い気分になってしまって。


 


お腹が空いて泣くユウタの声と顔が離れないから
食後に「あ~おいしかった。」と思える自分が

すごく悪い事をしてしまったような錯覚に囚われます。


 


まぁ、それでもちゃんと食べますし
必要以上に飲んでます (-_-;)

そうでなければ元気なお母さんで
いられなくなってしまうので。


 


 


 


 


おいしく3食、食べられて
普通に満足と感じられる事は

人間として、当たり前のように思ってきたけど本当は

ものすごく高機能な人間の
正常な脳の仕組みによって私達が支えられ

そのお陰で幸せに過ごせているということを
ものすごく感じます。


 


普通の人では考えないような事だけど。


当たり前過ぎて、気が付かないけど。


 


 


 





 


 


夕飯が済み、パパが帰ると
ユウタも疲れちゃったのかな・・・


7時には眠ってしまいました。




 


確かに空腹感は強まってきているし


荒々しくなったり、急に不安になったり
興奮して感情も昂ぶってしまう時もあるけど


それでも私と一緒に居る事で
少しは落ち着いているのかな。


 


 


 


入院3日目。


まだまだ3日目だけど。


 


全ての事を精一杯に頑張っている、ユウタの姿がありました。


 


 


 


 


P.S  おじさん、おばさん、ユッコ、トッコ。


         お見舞いに来てくれてありがとう。


 






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[ 2007/12/24 00:00 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(4)

真夜中の菓子パン。 



2007年 12月24日(月)




昨夜は、夜中と早朝に
ユウタが喉の渇きを訴えました。


ユウタにしてはビックリ現象。

私は嬉しくて飛び起きました。


 


脳の手術による
枯渇中枢の損傷を疑われていますが

ユウタに枯渇感(ノドの乾き、水分の要求等)は

・・・ほぼ、ありません。


 


 


薬を使用しないと体に必要な水分まで
どんどん出て行ってしまう「尿崩症」にもなってしまったというのに

枯渇感が無いという事は致命傷です。


 


水分の管理にも本当に苦労してきました。

いや、現在進行形で今も大変であります。


 


 


 


枯渇中枢を損傷していて、喉の渇きが無い人は
多分そのまま、復活する事はないでしょう・・・


そう医師から伝えられていましたが

ほんの時々、お茶でもお水でもいいから!と
水分を欲するユウタが見えてきました。


 


頑張れ、ユウタの中枢!
先生を驚かせる経過を見せちゃおうよ♪


 


前例ナシの良い事がユウタに起こります様に・・・。







 


 


 


今朝の体温は37.2度。


夜中に、尿崩症のお薬(デスモプレシン)が切れてしまったようで
相当量のオシッコが出ていました。

追加を早朝5時に点鼻しました。


水分が体に溜まっていない為か
出すぎている為か

心なしか目覚めの朝は
浮腫みのないスッキリとした顔のユウタでした。


 




 






   明日はとうとう手術。


   初めての足の手術。




大きなくくりで数えると
手術としては4度目になります。


 


 


手術は怖いです。


何も無いとは言えないし、何が起こるかも分からない。


 


内分泌疾患を持つユウタのような子供にとって
全身麻酔にも慎重にならざるを得ませんし

術後の管理も大変です。


何処の病院でも対応できるというものでは無い事なのでしょう。


 




それでも、パパも私も
思ったより冷静で落ち着いていました。


それには、同じ病気の子供を数多く診られている
信頼出来る病院であった事と

先生からの解かりやすい説明のお陰だと思います。




あとは、我が子に対する
2度の開頭手術を経験してきて・・・

「最悪な事態」を覚悟の上で
支え合いながら乗り越えてきた事もあるのだと思います。


 



 


ユウタが今までの痛みから
やっと解放される!という期待の方が

手術の不安よりも完璧に勝っていました。


それでもやっぱり親だから
不安がゼロ!なんて事は ないけど。


 


 


 


 



 


 


翌日の手術は15時がスタートの予定。


なので明日は・・・・・朝食も昼食も抜き (;∇;)



午前0時までで、固形の食べ物は禁止。


午前6時までで、牛乳などの飲み物は禁止。


午前10時までで、あらゆる飲み物が全て禁止。


 


 


「これは闘いになるな~・・・」と

必ず起こるであろうユウタの辛さに
心が重くなりました。




先生や看護師さんの提案で
真夜中、23時45分頃にユウタを起こし

朝食抜きの辛さを軽減する目的で
「何か、食べておこう!」という事になりました。


 


 


 


 


パパとママとユウタの3人で売店へ行って
ユウタの好きな物を吟味(*^_^*)


今から真夜中のお楽しみを伝えてしまうと
ワクワクしすぎて寝なくなっちゃうかもしれないし(笑)


 


なので、パパとこっそり
ユウタの如何にも好きそ~~~な・・・

「ストロベリーホイップ」の菓子パンを買いました。


6時の飲み物には
いつも絶対禁止の「飲むヨーグルト」を。




 


何もそんな高カロリーな物を・・・と思うかもしれないけど

親としてユウタを不憫に思うあまり
時々こんな事をしてしまうものなのです。


体重を増やしてしまえば逆に不憫なのだけどね。


色んなジレンマは、あります。


 


 




 


 


昼間、ジイジとバアバとひいばあとチヒロが
面会に来てくれました。


ユウタもとっても嬉しそう。


チヒロも嬉しそう。


 


普段はケンカし放題の2人でも
やっぱり嬉しそうでした。


チヒロの笑顔に、私もとてもホッとしたし

この子達のために頑張らなきゃって
改めて強く思えました。


 


 


 




 


 


24日の今日は Xmasイヴ。


テレビの中も、街中も
全部がウキウキと浮かれた クリスマスカラー 一色。



院内も、さすがこども病院らしく
暖かな飾り付けで、可愛く模様替えされています。


病院食も、お昼はクリスマスメニューとなっていました。


 


 


私達はクリスマスケーキの代わりに

ちょっと淋しく売店のアイスで「メリークリスマス♪」


         ・・・看護士さんにも先生にも内緒でね。


 


 


 







ユウタを約束の時間に起こして

真夜中の菓子パンをあげました。


 


半分寝ぼけたまま、菓子パンにかぶりつきながらも・・・


 「本当に食べちゃっていいの?」


 「これ、全部ユウタが食べてもいいの?」


 「カロリー、低いの?」




笑っちゃう位、ヒソヒソ声のユウタ。


 


 


笑っちゃうけど、何だか泣けました。


食べてもいいの?と心配しながら
ホイップをホッペに付けながら

もったいなさそうに、ゆっくりパンを食べてるユウタ。


 



  「いいんだよ!食べちゃいな。(゜∀゜)ノ」


  「ヤッタ~!ユウタ幸せだなぁ♪」


 


そんなユウタに、涙が止まりませんでした。


 


 








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[ 2007/12/25 00:00 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(2)

朝赤龍。 


2007年 12月26日

HCUにて2日目。




朝食は7時半に届きました。



待ち焦がれていた朝ごはんです。

私の全介助で完食のユウタでした。



飲み物はどんな物でも摂ってOK!となったので
大好きな野菜ジュースを280cc飲みました。


幸せそうな笑顔のユウタでした。


それを見ていた私も幸せでした。





薬は、デパケンとチラーヂンのみ経口で。
コートリルと抗生剤は点滴で入れています。


コートリル(ステロイド)の量が今日から減量されました。




今まで100だったのが、約1/3の量に。


1日30とは言っても、普段の3倍です。


 


空腹はとても強いままでした。


 


 


 


ユウタはずっと、仰向けの姿勢で過ごしていました。


横向きにも
うつ伏せにもなれません。


同じ体勢のままなので
体の痛みも伴い、傷もまだまだ痛いようです。


今回の手術は、足の太ももから骨盤に向かって
両側1本ずつスクリューを刺しています。


外から見たら、ほんの1センチ程のキズがあるだけで
何にも分からないのですが


相当痛いんだろうな~と見ていました。


 


 


 


 


それに比べて、頭の手術は不思議でした。


「痛い!」という訴えが、ほとんどありませんでした。


 


前髪の生え際を大きく楕円に切って・・・(怖)
鼻の方に皮膚をめくり下げて・・・(恐)

おでこの部分の骨に
まる~い穴を開けたというのに。


そこの部分の痛みはまるで無いようでした。


 


聞くところによると、開頭手術は麻酔が覚めても
痛みがほとんど無いようです。


 


 




 




 


 






ユウタの入院している「こども病院」には

慰問として、時々”有名な方”が訪れます。



新聞やTVなどで、そんな慰問の光景を何度か見ていましたが

今日、このHCUの病棟にも
有名な方が来られるとの事を
担当の看護師さんから聞いていました。



お相撲さんの「朝赤龍」です。



IMG_1651.jpg



  神奈川新聞社の方からより頂いた写真です。


いい写真が撮れたので・・・と、わざわざ大きく引き伸ばして
私達に届けて下さいました。



ざわざわとHCUの入り口付近が慌しくなり

大きなお相撲さんと、小さめのお相撲さん(笑)と
カメラを持った方が2人と、付き添いの方?が1人だったかな?


懐かしいベビーパウダーみたいな香りとともに
ユウタの居る個室に朝赤龍がやってきました。



「うわ~!大きい!」





私もパパも、その迫力に、ただ口をあんぐり・・・


余裕な笑みはユウタだけ。



カメラマンの方がフラッシュをたきながら
ユウタと朝赤龍を撮りまくっていました。



IMG_1666.jpg



小さい写真達は朝赤龍のカメラマンさんから頂きました。


Xmasプレゼントをもらって
たくさんの記念写真を撮ってもらって。

大きな手で握手してくれて
本当に太陽みたいな笑顔でユウタを励ましてくれて。



正味5分以内の出来事でした (^ ^;



IMG_1656.jpg




 



著名な方が忙しいスケジュールの中、こども病院への慰問は
結構よく見かけ、よく聞く話です。


偽善?とか
話題作り?とか、色々思う方もいるでしょう。


 


こども病院に限らず、そして子供に限らず
大変な病気により長期の入院を余儀なくされている方や

そして短期の入院であっても
もしくは現在、入院はしていなくても

苦しみを抱えている人は

世界中に大勢いるのだと思います。





希望を失いかけた人たちが
このようなちょっとの慰問であっても

退屈で単調な入院生活や
上手く行かない日々の中で

頑張るぞ!の刺激や
元気になりたい!の希望が湧くんだなって思いました。







ユウタもあれだけ痛がって泣いていた顔から
一瞬にして涙が消え




久しぶりにいつもの笑顔が飛び出しました。


「ユウタも強くなりたいな~!」





ワクワクした笑顔で
ユウタが私に言いました。




私はその言葉が
本当に本当に、うれしかった。






朝赤龍さん、新聞社の方々、本当にありがとう。






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[ 2007/12/27 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(4)

転校手続き。 


2007年 12月27日(木)



HCU3日目。

仰向き体勢が続き
尾てい骨や腰の痛みが強くなっていました。


痛み止めに「カロナール」を1錠飲み
やっと痛みが和らぎ

おとなしく眠ったかと思えば・・・


夜中の2:30に起きて

「お腹すいたよ~!」としばらく訴え続けました。




内分泌の先生もユウタも空腹の辛さを
とっても理解してくれていましたが


空腹の1つの原因でもあるステロイドの量は
まだ”減らせない”との判断でした。



仕方が無い事だよね・・・とは分かっていますが

傷の痛みと、体の痛みと
この空腹の苦しみが重なって

ユウタへは相当に辛さの限界がきていました。



この日あたりが、1番辛いころだったかな。


私も体的に1番辛い時でした。
(ユウタに比べたら、何て事無いけどね。)


私の出来る事全てを発揮して
ここがお母さんとしての頑張り所なんだと思っていました。


 




 



 

 




本日、HCUから出て


最初に入院していた病棟へ
戻る事が出来ました。


 


冬休み中は、ユウタに付き添うと決め
また個室に入る事にしました。


 


 


 


 


整形外科の先生が来て


「ユウタ君、もうそろそろ座れるでしょう?」・・・って。



「マジで?」とか思いましたが
座れたらユウタも体が楽になるだろうし

思い切って、よっこらしょ!と起こしてみたら


 


・・・座れました(驚!)




「車椅子にも乗せてみたら?」


「痛がっても、嫌がっても
1度やらせてみると案外出来ちゃうもんだからね。」



この日は先生から「車椅子OK!」の言葉を頂けて
それでもまだまだ痛くて、泣きべそのユウタはいましたが

順調な回復ぶりにホッとできました。


 


 


 




 


 


 


ここの病院内には
入院している子供達を受け入れる養護学校があります。


病棟から出られない子供達は

そこの養護学校から先生が病棟に来てくれて
病棟内にある「学習室」で授業を受けたり

ベットから出られない子も
病室のベットサイドで授業を受けられます。



ユウタも最初から言われていた通り
こちらの養護学校で授業を受けて行く事になりました。




それにしても、転校扱いなんだな・・・と
改めて考えさせられました。


学校に通えるんだもん、幸せだよ!と
そのシステムに私達は感謝しましたが

淋しさ?哀しさ?切なさ?・・・なんてい言えばいいんだろう。




複雑な想いは正直ありました。


 


 


 


ユウタは学校が大好きで
どんなに体調が悪くても

「学校、休まない!絶対に行く!」と
よく、泣いて怒っていました。




先生やクラスの友達が大好きで

なかなか追いつけない所もあるけど
授業も、勉強する事も大好きで。


 


 


そんな大好きな場所を離れて
転校という手続きをしなくちゃいけないんだな~と思うと

ちょっぴり落ち込みました。


いつもは私の背中を押してくれるパパでさえ
淋しそうな顔をして書類を眺めていました。


 


 


それでもユウタは
この長い入院の中で

たとえ新しい場所であっても
学校へ通えるという事をものすごく楽しみにしていました。





1月8日の新学期に間に合うように

学校の見学、先生へのご挨拶
そして転校の手続きを済ませました。


 


 


 


下校時間の通学路にて。


1年生が固まりになって
ピョンピョン歩いているのを見ると

本当に辛くなる。



今までだったら

後部座席に座ったユウタが
窓を全開に開けて


クラスメートに思いっきり
手を振っていたんだよね。



「また明日遊ぼうね~!」


「バイバ~イ!」って。


 



同級生のママから

学校の話を聞いただけでも
泣きそうになる。


クラス通信を見かけただけでも
泣きそうになる。





悟られないように笑ってる自分が

心と裏腹な自分の根性が


大キライ。


 


ユウタはきっともっと辛いはずなのに。


そう思えば思うほど
こんな自分が大キライです。


 


ユウタだって

こんなママ、大キライだよね。


  



 



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[ 2007/12/28 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(4)

車椅子へ。 



2007年 12月28日(金)


入院8日目
手術から3日


 


今日は私の両親と親戚が面会に来てくれました。


ユウタは経口での抗生物質に変わり
血液検査結果も良好な為、点滴も外れました。


少しずつ痛みも和らぎ出し
導尿や点滴などのチューブも無くなり

身軽になったユウタに、笑顔も段々と増えはじめました。




手術の前日から中断していた成長ホルモンの注射も
今日の夜から再開となり

全ては順調に進んでいるのだと思います。


 



今まで家での管理下にいたユウタのナトリウムは
数値で160が当たり前でしたが

飲料も尿量もきちんと計り
薬もちょうどいいタイミングと量で調節して頂いているので
体調もすこぶる良い!といった感じでした。




ただ・・・・・


空腹は、ものすごい。




術後の痛みは日ごとに良くなっていましたが
空腹感は段々と強まっていってました。


この空腹感について、内分泌の先生が仰っていた事ですが
とても印象に残っているものがあります。



先生がいらっしゃる、朝のいつもの巡回時に
ユウタは空腹の為、とっても不機嫌でいました。


「泣いて暴言を吐いたり

     死にたいって言ってみたりするんですよね・・・。」



私は何気なく、そんなふうに先生へ愚痴をこぼしました。




お母さん・・・


ステロイドの副作用は、これ、どうしようも無いんですよね。


(長い沈黙、ため息・・・)


ユウタ君のように長い間、服用しなくてはいけない子供にとっては
そんな言葉が出てきてしまうのも仕方がないように思うんです。


だって、大人でさえ我慢できないんですから。


大人だったらきっと、売店に行って食べまくりますよ?

私も、どうにかしてあげたいって気持ちです。


 


きっと副作用に苦しんでる本人にしか分からない
強い苦しみなんでしょうね。


私達には分からない位の・・・。


 


 


今まで、ステロイドの副作用で
困っている話を先生にしても

極端な言い方「これは仕方が無いからね。」で終わっていました。


どうにか、何とか、空腹感を無くしてあげようと
扱った事の無い薬の処方をして下さった先生もいました。


他の患者さんと照らし合わせ
考えに考え

現在も色々と作戦を考えて下さっている先生もいらっしゃいます。


 


ユウタの苦しみを「仕方が無い」と
その一言で終了ではなく

あきらめないでいてくれる先生が居るんだって事に
私達は深い感謝の気持ちでいっぱいです。





そして、ユウタの内側から来る苦しみや


言いたくない言葉を発してしまう
ユウタの心から来るもどかしさを

自身に置き換えて私に話してくれた
ため息まじりの先生にの言葉が


疲れた心に沁みました。



「どうせ、誰にも分かってもらえない。」


そんな私のひねくれた心に沁みました。




 




 


200712281623000.jpg


 



今日、術後初めて車椅子へと移乗しました。


看護師さん4人と私の5人がかりでした(;∇;)


片足ずつ持つ看護師さん2人と
腕を持つ看護師さんも2人と

腰の部分を支える私(あまり役に立っていない)



これからトイレなどのたびに
こんな”おおごと”になるのかと心配でしたが


ユウタが思いのほか痛みを強くは訴えず
ニコニコと嬉しそうにしていたので、ホッとしました。


車椅子に乗れて
また1歩進んだねって。




でも、喜びも束の間・・・


ゆうたは激しく頭痛を訴え
すぐにベットへ移ってしまいました。



ステロイドを多く服用している時に
頭痛を訴える事が頻繁にあるユウタです。


しかも術後から3日も横になっていたのだし
頭が痛くなってもおかしくないのでしょう。



そんなふうに解釈していても
この子が頭痛を訴える事に

いつも本当にドキドキします。




頭のおかしなお母さん状態を
周りへ丸出しにしているのかもしれないけど



「頭が痛いって言ってるんですけど 。・゜゜・(>_<)・゜゜・。


私は半べそでナースコールです。


 


 


 


頭痛=再発


そのトラウマサイクルは
私の中で一生、止まらないのでしょうか。


 


 


 


ベットに移ると

ユウタは元気になりました。



 


お腹が空いたと言って

とても元気に。



泣いていました。



 




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[ 2007/12/29 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(2)

静かな病院。 



2007年 12月29日(土)


入院9日目
手術より4日


 


今日から年末のお休みに入った病院は

駐車場もガラガラで
いつもは混みあっている外来ホールも
シーンと静まり返っていました。





入院中のこども達で、状態の落ち着いている子は
ほとんどが外泊中で


みんなそれぞれ家に帰り
家族で年末年始を送る事が出来るようです。



ユウタの入院している病棟も
とても静かでした。


 


 




 


 


朝方早くに、ユウタが空腹で目を覚ましました。


時計を見るとまだ4時台。


隣の簡易ベットで寝ている私を起こさないように
そ~っとリモコンに手を伸ばして
テレビを付けているユウタです。





こんな時間に小1の興味をそそる番組は
もちろんありません。


しかも空腹。




大きなため息や
「お腹すいたなぁ~。」の独り言。


ユウタがイライラし始めている事に
私も気が付いていました。


 


 


 


「まだ朝早いから、もう少し寝ようよ!」


「みんなまだ寝てるから、テレビの音も小さくしなさい!」



そんな事分かってるよ!って感じの態度で
ユウタのイライラはますます募り

とうとう爆発しました。


 


 


「ユウタなんて、居なくなっちゃいたい!」




死んでやる!
ユウタを殺せ!


 


 



誰もが病院で1番聞きたくない言葉がずらり。

どんどん出てきました。




1度あふれ出したら止まらない私の愚痴並みです。



ユウタも自分で嫌な事を言っていると
分かっていながら、止められなくなってるんだろうな。


 


何となく冷静に、ユウタの顔を真っ直ぐに見ながら
黙って落ち着くのを待っていました。


 





その後、すぐに
「ママ、ごめんなさい。」と泣くユウタ。



私も正直、疲れからか苛立っていたので
ユウタの丸ごとをちゃんと
受け止めてあげられていたかは分かりませんが


この日は朝から
どっと疲れが出てしまいました。




 




 


 


午前中に術後初めて、シャワー浴をしました。



入浴用の車椅子に移乗して
看護師さんと私の2人で浴室に入りました。


 



ユウタはお風呂が大好きなので
本当に嬉しそうにしていました。


嬉しくて嬉しくて、おしゃべりも絶好調でした(笑)


 


 



足の傷にはしっかりとガーゼが貼られていましたが
片方だけシャワーにより剥がれてしまい
入浴後にガーゼ交換しました。


その時に初めて、ユウタの傷を見たのですが

本当に”ち~さな傷”がピッとあるだけで
糸で縫った後が点々と・・・


そちらの方が痛々しい感じでした。


 


 


 


入浴後に、ベット上で
少し折り紙をして遊んだのですが


まだ頭痛が激しいようで、すぐに横になります。



横になったかと思うと
いつの間にか本当に眠ってしまっていたり。


あれだけ早起きしているんだから
眠っちゃっても当たり前だよね。



あとは増量しているステロイドの調整が
微妙に適していないのかもしれないな~と
ハハ目線では、そう感じていました。


 


「多すぎてもダメ、少なすぎてもダメ」



個人差もあり、症状も様々。


薬はとても難しいのです。







 




 


この日、私の高校時代の親友”カナ”が

夫婦でユウタに会いに来てくれました。


 


何年ぶりの再会だろう。


ユウタの病気の事をメールすると
その後すぐに「会いに行きます!」と返信が着ました。


 


 




カナはまだ若い頃、大きな病気になり
今でも週に何度かの透析を繰り返しながら頑張っています。


私は頑張っているの!って様子を
周りには微塵にも感じさせず・・・


  自分の辛さには鈍感で

  他人の痛みには敏感な人です。



 



彼女の近くは昔からいつもホッと出来る場所で

それは久しぶりの再会でも
変わらない温度で私達を温めてくれました。


 


 


 



パパが風邪をひいてしまって
今日は病院へ来られないので

私もユウタから離れ
食事を摂ったりシャワーに行ったりが
なかなか出来ずにいました。




その上、早朝からユウタのイライラも爆発したし

テレビを付けても、年末年始の楽しい風景ばかりだし


病院はシーンと静まり返って
いつも以上に孤独感は増すし・・・


 


拍車を掛けて、私の心がすさんで行ってました。


 


 


 


 


カナ達が帰った後は

ユウタと2人で、いっぱいおしゃべりもしたし

絵を描いたり
折り紙したり
トランプしたり・・・


ほのぼのと過ごす事ができました。


 


 


彼女の持つ不思議な温度が
私を温めてくれたのだと思います。


本当にありがとう。


 






 


自分が苦しい時でも
他人を思いやれる人になりたい。


チヒロにもユウタにも
それを強く望んでいますが


まずは私だ。


 


恩着せがましくではなく
本当に自然に。


 


 


病気で苦しんだユウタは今
本当の優しさがある子供に、育っていると思います。


病気の辛さを近くで感じてきたチヒロも
同じだと思います。


 


私は・・・


どんどん、ひねくれ者になってきていると思います。 





**********************************


 


静まり返ったロビー。


年末だし、面会者の姿もほとんど無く。


 


ユウタと2人で
この個室部屋に こもっていると


このままずっと
このまま一生

2人ぼっちのままで
生きていくような錯覚が・・・。




看護師さんはいつだって優しくて

当たり前だけど
いつも近くに居てくれるし


先生も気に掛けて下さって
毎朝、必ず笑顔で現われてくれる。



誰も居ない訳じゃない。



誰も居ないから淋しいのではなくて

誰かが居ないから淋しいんだよ。




 




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[ 2007/12/30 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(2)

幸せ3時間。 



2007年 12月30日(土)


入院10日目
手術より5日


 


内分泌の先生の回診時。

ユウタに起こる頭痛や疲労感
精神的な症状としての困った点を相談してみました。


それらの問題点を排除する為に
3倍に増量しているステロイドのはずですが

母の視点からユウタの今までを見ていると

ユウタの場合は薬が多すぎても
逆効果な事があるという話を伝えました。





そして、主治医の先生から
やっと減量の許可をいただきました。


それでも1日30mg1日25mg 程の減量。


減量後3日様子を見て、大丈夫なようだったら
さらに減らして行きましょう・・・との事でした。




たった5mgの減量でも、逆に増量でも
結構大きな変化が表れる薬なので

ユウタが苦しいと感じる事が
少しでも削除されたらいいなと見守っていました。


見守る事しか出来ませんでした。







今日もパパは風邪でダウンのため
ユウタの病院へは来れませんでした。

パパっ子のユウタは、そりゃ~もうガッカリ (>_<)


ユウタは頻繁に頭痛がある事と
やっぱり精神的にも元気がないので

気が付くとベットで横になってばかりでした。




私も疲れたなぁ~。



「そうだ!久しぶりにママと一緒に寝ちゃおうか♪」


「いいの?ヤッタ~!」





入院の案内書へ、当たり前に書かれている注意書き。


   ※「患者のベットには寝ないで下さい。」



まぁ、常識ですが。


 


 




   個室だし・・・

   誰も来ないし・・・



怒られたら怒られただ!


ちょっとだけ!


 


そう、開き直って。


ユウタと並んでベットに入っちゃいました。


 


 


 


家ではいつも
右にユウタ、左にチヒロの川の字で寝ていました。


これでチヒロも一緒だったら
最高に嬉しかったのにね。



久しぶりにユウタの暖かさを感じながら
幸せいっぱい、ピッタリ引っ付いて寝ました。


   
     
   ・
   ・
   ・
   ・
   ・
   ・
   ・



で!


ちょっとのつもりが
気が付いたら外が暗くなっている。


 


夕方5時


( ̄∀ ̄;) 


ベットに入ったのは2時だったので
3時間、少しも目を覚ます事なく熟睡の私達でした。


 


「よく、眠られてましたね~(*^▽^)ノ」


色んな看護師さんに目撃されていたようです。


 


怒られなくて、良かったね(笑)


 


 


 




 







そうだ、前にもこんな事があったんだ。


    (Click!)


 



もうすぐ2年前になる入院の時


病室のベットにカーテンをばっちり引いて
2人で寄り添って、やっぱり熟睡したんだった。





大部屋の、仕切られたカーテンの中で

お腹がすいたと1日中泣いて
声もかすれたユウタを抱きしめて寝たんだったな。


 


もう何年前の話だ?ってくらい
遠い過去のように振り返るけど


まだたった2年前なんだ。


 


 


 


 


どんなに うるさくても

どんなに 寝相が悪くても


どんなに 窮屈でも


どんなに うっとうしくても


熱帯夜の夜にエアコンが壊れてしまっても



子供と一緒に眠れる幸せを
私は絶対に忘れないと思います。



小さな幸せだけど、すごい大きな喜びだったりする。


こんな事って本当は
当たり前の日常なんだろうけど。


 


 


幸せ3時間。



じつは、とっても”たいせつな事”なんだ。


 


 







 


 






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[ 2007/12/31 23:00 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(0)

2007年 大晦日。 


2007年 12月31日(月)


入院11日目
手術より6日



今日は大晦日。


ユウタは減量されたステロイド効果なのか
それとも体調が普段どおりに戻って来たからなのか

理由は定かではありませんが


激しく頭痛を訴える事は
1日の中で、ほとんどありませんでした。



たま~に「頭痛いなぁ。」・・・程度で。





朝早くから起きて
ほんとに目覚めてすぐトイレに行き(笑)

そのまま車椅子で過ごせました。



それから、誰も居ないプレイルームで
1人淋しく朝食を摂りました。







 




 



そして、やっとパパが面会に来ました。(゜∀゜)ノ


ユウタも首を長くして待っていたけど
私も待っていたよ~(涙)




パパが来ない間(たった2日ですが)
私は、なかなかきちんと食事を摂れませんでした。




看護師さん達は「食事に行ってきていいですよ♪」と
私に声を掛けてくれたのですが

・・・何だか行き辛くて。




「お腹空いた~!」って震える程
号泣しているユウタがいつでも浮かび

何を食べても、食べている気がしませんでした。



売店もお休みだし
食堂も早々に閉まってしまうし
自動販売機のパンは全部売り切れだし。



「あ~・・・せめて、缶チュ~ハイ飲みたいぜ!」


そんな安っぽい夢を抱きながら
空腹状態で付き添っていました(汗)






パパも久しぶりに会ったユウタが
車椅子に乗れるようになっていて

ものすごく喜んでいました。



「すごいね!」「えらかったね!」と
ユウタを褒めちぎっていました。




私はパパの居ない間、ユウタのトランスを
看護師さんと一緒に行なっていたので
腰が砕けそうになっていました。


なんてったって、ユウタが重い。


もともと腰痛持ちで、ギックリ体験も豊富な私。


相当、限界でした。




なので、パパが来た事により
移乗の介助を変わってもらえるので

とっても助かると思っていました♪♪♪






でも、そう思っていたのも
移乗介助の2回目まででした。


ベットから車椅子へ移乗する際に

看護師さんはユウタの足を
パパはユウタの上半身を抱きかかえていたのですが・・・





「グギッ!」




「あ・・・・・・・・(;∇;) 」


 


パパがギックリ腰になってしまいました。


 


「もう、本当に使えないっ!!!」



私の怒りは完全に爆発しましたね。

(ハイ、自他共に認める恐妻です。)


 


 


看護師さんは「いい音しましたね。大丈夫ですか?」


涼しい笑顔で淡々と仕事を進めます。


 


「・・・変わって下さい。」と、へっぴり腰のパパは

可愛くて華奢な看護師さんと交代してもらって
泣いていました。


 





 


 


ユウタは頭痛の代わりに「おしりの痛み」を
頻繁に訴えるようになりました。



車椅子に座っていると
体の重みがオシリ一点に集中しているし

自力で体を持ち上げる事も出来ない状態だったので
それは仕方が無い事でした。




病気により疲労がすぐに出てしまうユウタには
自分の車椅子を漕いで移動する事も大変です。


病棟内のちょっとした距離も
「疲れた・・・。」と言って止まったままでいました。



全然、自力で移動が出来ない状態。


こんな状態で、半年以上も
車椅子の生活が出来るのだろうかと

心配ばかりが募っていました。








 



パパは夜になって、猫背のちょこちょこ歩きで
帰って行きました。



チヒロは実家。


ユウタと私は病院。


 
こんなに家族が離れ離れの大晦日は
今までありませんでした。



淋しいなって

心の底から感じた夜でした。


 


大晦日の夜はTVも賑やか。

私は確か昨年末も見て笑った
大好きなダウンタウンの笑っちゃいけないシリーズ

こっそり?爆笑しながら眠れずに起きていました。


 


 


 


笑ったり、1人で泣きそうになったり
複雑な想いの大晦日。


振り返るのはやめようと思っても


ユウタの寝顔を見ていると
色んな想いが浮かびました。


 


 


春はユウタが保育園を卒園し
小学校へ入学しました。


その後すぐにパパのお母さんが
長い闘病の末亡くなりました。


入学後のユウタは精神的にも体的にも不安定で
心配は毎日、山盛り状態でした。


学校へは何度も足を運び
ユウタの事を相談しました。


ご近所の方や、クラスメートのお友達から私へ
ユウタの問題行動が聞こえ始めました。


学校まで歩けなくなって、車での送迎を始めました。


夏には肺炎で入院しました。


私は仕事を再開して
仲間と過ごせる楽しい時間が増えました。


成長ホルモンをスタートして
ユウタが生き生きとし始めました。


運動会も、みんなに必死について行く状態ではありましたが
無事に参加する事が出来ました。


足を痛がるユウタを無理やりに
遠足へも参加させました。


そして年末になり
足の手術となりました。


 


 


 


 


いい事も悪い事も、人生で考えると半分こ。


だったら、もうそろそろ
いい事が起こらないと、半分こにならないね。


 


それとも、これからのユウタの人生が
全部いい事尽くめ!と変わってくれるのなら

私といる間に嫌な事が勢ぞろいで
起きちゃってくれた方がいいけどね。


 


 


**********************************




それでもやっぱり

「今年もありがとう」の気持ちでいます。



辛い事ばかりじゃなかったね。


ユウタは友達ともいっぱい遊んだし

学校のお友達も
ユウタにとても優しくしてくれた。


楽しい思い出もたっぷりあるね。




チヒロもずいぶんお姉さんになったね。


心は正真正銘、ピカピカだよ。



いつもはママに怒られてばかりだけど

本当の部分は
ママの方が反省する位

チヒロはきれいなハートを持っている。




 


いつも誰かに支えられていました。


いつも困った時に
隣に居てくれる人がいました。


遠く離れていても
ずっと近くにいるような温かさを
いつも感じられていました。


そんな年でした。




2008年は


私が誰かを支えられるような
そんな人間に成長したい。



お互いに


「ありがとう」って思えるような。


言えるような。







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[ 2007/12/31 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(4)

2008年。 


2008年 1月1日(火)


入院12日目
手術より7日



今日から2008年


病院にて年を越しました。


     ・・・越してしまいました。





昨夜、零時になる1分前に
病室からパパへ電話を掛けました。


熟睡しているユウタを無理やり起こして。






最初はユウタも寝ぼけていて・・・


      「何?もう朝?ご飯?おやつ?注射?オシッコ?宿題?・・・」


 


ユウタの寝ぼけっぷりは笑っちゃいけないけど
ハンパじゃなくて。


すっごく おもしろいです。


たちが悪いくらい
なかなか正気に戻りません。


 


 


喪中なので「おめでとう!」はダメなんだけど

ユウタの最初の挨拶としてなら
いいでしょう。


 


  「パパ、あけましておめでとう!」


  「パパ、今年もよろしくね!」


  「パパ、明日も会いに来てね!」


  「パパ、ユウタ頑張るね!」


  「パパ、大好きだよ!」


  「パパ~!パパ~~!(号泣)」




予想通りに大泣きなユウタでした。

でも今年初めての会話が
大好きなパパとで良かったね、ユウタ。






パパは自宅。


チヒロは実家。


ユウタと私は病院。


 


見事に家族バラバラな年明けでした。


 


 




 


朝食にはビックリ!

お雑煮が出ました。(゜∀゜)ノ

ちゃんと、おもちも入ってるよ!

 

黒豆とかコブ巻き、栗きんとんも入っていて
少量ずつにきちんと飾られていて

私も本気で食べたかった!

 

 

ユウタも瞳キラキラ、口元はゆがみっぱなしで
本当に嬉しそうに食べていました。

嬉しそうなユウタを見ていると
こっちまで幸せな気分になれます。

 

 

やっぱりお母さんって

こんな子供の笑顔に「頑張るぞ!」の力を
貰えたりするんだろなって思います。

 

確かに家族バラバラで
淋し~いお正月だったけど

ユウタの笑顔に助けられました。

 

 

 

 

食後は車椅子で学習室へ移動して
窓辺から富士山を見ました。

 

青い空と、ところどころに浮かぶ真っ白い雲。

朝日を浴びた雪化粧の富士山が大きく見えていました。

 

「マンションのベランダからも見えるんだよね!」

掃除のおばちゃんに
ユウタがいっぱい話し掛けていました。

 

 

 

 


 

 

 

今日で手術後7日。

キズの消毒とガーゼ交換をして頂きました。

 

ユウタのキズは、ほんの1センチのものが
両足太ももの横にありました。

本当に小さなキズで。


転んでヒザを擦り剥いた方が
よっぽど大きなキズです。

 

レントゲンで内部を見ると
本当にこのキズで済むのがウソみたいですが

頭に限らず、シャントやソケイ部分からの点滴によって
体中、あらゆる場所にキズのあるユウタにとっては
将来忘れ去られるであろう、小さなものでした。

普段からも、見ようとしなければ見えない場所だしね。

 

それが親の思いとしては
せめてもの救いでした。

 

 

 


 

 

 

午後から ジイジ、バアバ、ひいバア、チヒロが

ユウタに会いに来てくれました。

 

 

「ユウタ~!」

「チ~ちゃ~~~ん!!!」

大喜びで再会したにもかかわらず
何だか不思議な光景!

お互い照れちゃって、ちょっとよそよそしい感じが・・・。

 

「何?恥ずかしがっているの?」

 

 

私もパパもビックリ(笑)

そんな、おかしな2人でした。

 

 

 

 

差し入れ!と言って、実家の両親は
よりによって食べ物を持ってくるし~ (;∇;)


一番近くに居て欲しい
1番分かっていて欲しい・・・と願う親にだって

こんなユウタの病気の理解や
辛い時の現実は、なかなか伝わりません。

 

 


でも、ユウタのダイスキなメロンを・・・と思い
喜ぶ顔見たさに持って来てくれた
ジイジとバアバの気持ちです。

 

「お正月だしね。」

・・・という理由をこじつけて。

 

ユウタは大喜びで食べていました。 (゜▽゜*)

 

 

「ママにも、ちょっとだけちょうだい♪」って言うと
前は泣きそうな顔をして、なかなかくれなかったけど

というより「ちょっと頂戴。」なんて
とても言える状態ではなかったよね。

でも、あまりにも大量のメロンだったので
危険性を考え、パパと私とユウタの3人で食べました。

 

 

いつもは「もったいないもん!」と言って
ゆっくり食べるユウタですが

その時ばかりは
「ママにいっぱい食べられちゃう!という焦りから

ものすごい勢いで食べきっていました(汗)

 

 

 

今日はかなり長い時間、車椅子に乗っていたのに
頭痛を訴えてベットに移りたがる事もなく

とても元気で、絶好調なユウタでした。

 

 

***************************************

 

 

ガラーンと静かな1Fロビーには

私達の様な入院中の子供に付き添う両親と
その兄弟や親戚らしき人たちの姿がチラホラ。

 

このお正月に、入院中の子供達って

いったい何人位になるんだろう。

 

入院はしていなくても、自宅で療養中の子供達を含めたら
どれ位の子供達が苦しみの中で頑張っているんだろうって

つくづく思い、考えさせられました。

 

 

 

 

世の中から、子供の病気なんて
すべて無くなってしまえばいいのに!

治らない病気なんて、無くなればいいのに!


ここにいると、そんな事ばかりを
つい考えてしまいます。

 

 

私達は裕福な家庭や
優雅な生活を求めているものではなく

ただ単に、ほんとうに普通の事を求めているだけ。

 



子供達が元気、パパとママが元気。

ご飯を食べて、おいしいと感じたり。

友達といっぱい遊んで
ケンカをしたり、手を繋いだり。

泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり。


お風呂に入って歌ったり
TVを見て笑ったり。

狭い部屋に
家族皆で寄り添って眠り

明日もまた、いっぱい遊ぼうね!って

「おやすみなさい!」をする。

 

ただ、それだけ。

本当にそれだけ。


普通の事が欲しいと、そう願っているだけ。



 


毎晩ユウタへ付き添う個室の
レンタル簡易ベットで眠る時

「明日は今日より、ユウタの笑顔が増えていますように。」

それだけを祈っています。

 

今日は怒りすぎてゴメンネ。
明日はもう少し、優しいお母さんになるからねって

私の場合は反省の気持ちも多いけど・・・。

 

 

 

 

 

サイレンを遠くの方から消して
この病院へ入ってくる救急車が

今年はせめて昨年よりも少なくなりますように。

 

 

 


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[ 2008/01/01 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(4)

ユウタ車椅子2号。 


2008年 1月2日(水)

入院13日目
手術から8日

 

ユウタはここ 2、3日頭痛を訴えていません。

痛みに関しては
とても落ち着いている状態でした。


 

 

 


車椅子からトイレ(便座)への移乗は
2人の看護師さんがユウタを持ち上げるようにして
そのまま便座に乗せる方法でした。

病気が片足であれば、疾患側の足を着かないようにして
もう片方の足を軸にすると、車椅子からも楽に移る事ができますが

ユウタは両方の足を手術しているので
2人掛かりで移乗するしか方法がありません。

 

手術前まではユウタも、痛みのない方の足を軸にして
移乗介助は楽々行なわれていました。

「くるりんぱ作戦」と看護師さんが名づけてくれて
ユウタも上手に出来るようになっていました。

 

 

 

車椅子に乗った、重いユウタを

1人が胴体側、もう1人が足側を持ち
「せ~の!」で車椅子のグリップ上まで持ち上げます。

そしてそのまま便座に乗せるのですが
その時に車椅子のグリップが
ユウタの腰や背中にぶつかる事があるようで・・・

「イタ~~~い(>_<) 」

ユウタは泣きながら訴え、怒っていました。


「どうしてこんなに痛い思いばっかりしなきゃいけないんだよ!!!」

 

  だけど、看護師さんも大変です(;_;)

  だってユウタ、本当に重たいからさ。



こっそり看護師さんに聞くと
「私も腰が痛くなってしまいました~(笑)」と言っていました。

申し訳ない・・・<(_ _)>

 


「そんな事、言わないの!」

「ユウタの為に一生懸命やってくれているんだよ!」


でも「どうにかならないかな・・・」と

介助に参加できないお母さんの肩身の狭さと共に
余計な痛みを排除できる作戦はないだろうか

移乗の事では、とても悩んでいました。

 

 

 

そんな時、New車椅子へ交換!となりました。

グリップが後ろに倒れるタイプのものです。(゜∀゜)ノ  ヤタ!

これで、移乗の際に
背中や腰へグリップが当たる事もないし

看護師さん達が重たいユウタを
必要以上に持ち上げなくても済みます。


ユウタも「もう、痛くないよね!」と大喜び。
きっと看護師さんも大喜びだったよね (^ ^;

 


  「ユウタ車椅子2号」


       これからどうぞ、よろしくお願いします。

 

 

 


 

 

内分泌の先生より

今日からステロイド(コートリル)が減量されると聞きました。


  1日25mg1日20mg




一気に減らす事の出来ない薬なので
5ミリの減量で充分ですが

それでも通常の2倍
しばらくは服用して行く事になります。


まだまだユウタの強い空腹は続くんだな~って
本当に見ていて辛いけど

ユウタが元気に生きていくための薬なのだから

そう毛嫌いしてばかりでは いけないね。

 

 

 

 

 

そう言えば、尿崩症について。

 

コートリルが増えてから
尿崩症がひどくなったような気がする・・・と

先生に訴えてみました。

 

今までは1日のうち、点鼻の薬は
寝る前に1プッシュのみだったけど

今は朝晩1プッシュずつ行ない
それでも時々 途中で薬が切れる事もしばしば。

 

よく、コートリルの不足で尿崩症が隠れてしまうと聞きますが

今回のユウタの場合は
”そうではない”とのお話でした。

もともと、家でのデスモプレシンの回数が足りなかったのでしょう」・・・と。




母は密かに落ち込みました。

ユウタの尿崩症と向きあって、もうすぐ2年になるのにね。

 

まだまだ分からない事ばかりです。

 

 

 

***************************************

 

 

病院内にいると、お正月って感覚はまったくないけど

TVの中は晴れ着のアナウンサーが
ニコニコ笑顔で 門松と一緒に映っています。

 

 

ユウタといえば、今日も不機嫌さが表れていて

「死にたい!」って頭を叩き始めたり
大声を出したり、暴れています。

泣いたり叫んだりして、看護婦さんも困り顔。

 

 

私達がいつも周りの人に
迷惑ばかり掛けてしまっている気がして・・・。


”気がする”じゃなくて
本当にその通りなんだけど。

 

ユウタの苦しみの叫びを
軽くしてあげたいって気持ちよりも

周りの皆さん、本当にゴメンナサイの気持ちの方が勝る時がある。

 

 

周りの目を気にして
ユウタの叫び声を隠したくて

耳を塞ぎたくなる私なのです。

 

 

 

             本当はとってもいい子なの!

             大きな声で私が泣いて叫びたくなります。

 

 

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[ 2008/01/02 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(0)

抜糸。 


2008年 1月3日(木)

入院14日目
手術より9日

    


    今日は
抜糸 をしました。


両足のキズはそれぞれ1センチ位のものなので
2、3分の出来事でした。


ユウタも泣く事なく
そりゃ~怖がってビビッていましたが
難なく済みました。

 

これで、小さなバンドエイドを貼っているだけとなりました。

明日からは何も貼らずに
そのままでいても良いとの事。

 

キズの回復も順調です。

 

 

 

 

 

ユウタはベットから車椅子、車椅子からベットへという移乗の際

上半身を抱えてもらう事などが
本人にとっても、きっと負担だったのかもしれません。


何も考えていないようで
実は色々と考えていたようです。

 

「こうしたら、いいんじゃない?」

 

 

ユウタの言う通りに介助してみると
ベットから車椅子へ、簡単に移乗できました!

ユウタが両腕の力で自分のお尻を持ち上げ
足は引きずりながら、後ろ向きでそのまま車椅子に降りました。

 

名づけて・・・「ユウタ作戦☆」

             スゴ~イ!スゴ~イ!

 

 

 

私とユウタ、大騒ぎで大喜びしていました。(゜∀゜)ノ

それ以上に、そんな事が出来るようになっている事
そんな事を自分で考えて、やれた事に

ビックリもしたし、感動でした!

 

 

ユウタなりに
いっぱい考えていたんだね。

 

 

 

 

 

1人で何でも出来るようにならないと

みんなが週末にしている外泊の許可が下りない事も
先生から聞いて、知っていたのかもしれません。


現に、PTの先生からOKが出ないと外泊はNGだったので
ママが1人介助に加わる程度でも大丈夫!となるまで

ユウタにはリハビリを頑張ってもらうしか
ありませんでした。

 

 

 


でも、とっても心強かったのが
整形の先生の言葉。

 

 

「ユウタは どれ位で外泊出来るようになりますかね?」

       「時間は掛かるかもしれないけど、大丈夫ですよ。」

 

「こんなに体重の重い子でも、1人で出来るようになります?」

       「太っていようが、自分で必ず出来るようになります!」(超キッパリ)

 

 

 

たくさんの子供達を診てきた先生が
そこまできっぱり仰るんだから!

 

ものすごく遠くに感じていたユウタの「外泊」が
先生の言葉によって

希望と共に近づいて来たように思いました。

 

 

 

 


 

 

 

私はユウタが入院した翌日から
ずっと個室にて付き添ってきました。

幸い、冬休み中だったため
チヒロを実家に預かってもらえた事により
そうする事が出来ていました。

 

本当は冬休みラストの日まで、それを続ける予定でしたが
それが1番いいのか、考えるようになりました。

 

ユウタがかわいそうだから
一緒に居られる間は付き添いたい!

最初はただ、それだけでした。

 

 

 

 

でも、4人部屋に移った翌日から新学期が始まり
ユウタにとっては転校初日となります。

 

新学期早々・・・


  「いきなり4人部屋」

  「いきなり1人で寝る」

  「いきなり面会が数時間」

 

そう、いきなりがいっぺんに続いては
ユウタが逆に大変な思いをするのでは?

・・・と思うようになってきました。

 

 

 

看護師さんに相談してみました。

科長のOK がもらえたら
明日からユウタは4人部屋へ移る事となりました。

 

 

 

 


 

 

 

 

ホントは、とっても複雑でした。

ずっとそばにいてあげられたらなって
色んな想いが込み上げて。


これから先はママが付き添える事なんて
2度と無いのだろうし。

 

甘えさせられる事が出来る限りは
そうしてもいいんじゃないか?って

気が変わりそうにもなりました。

 

「やっぱり付き添います!」って
看護師さんに会うたび、何度も出かかったけど。

 

 

 

パパも「その方がユウタにとって、いいのかもしれないね。」と言いつつ

ユウタの事はもちろん、私の事も心配そうでした。

 

ユウタから離れた瞬間に
私がいつものように崩れて行くと思ったのかもしれません。


ユウタはいつだって前向きで
本当に頑張り屋さんだけど

私の方がヨボヨボで、いつもダメダメ状態だからです。

 

 

 

 

 

思っていたように
ユウタへ明日から4人部屋に移る事を話すと
しばらくはメソメソしていたものの

「頑張るぞ!」って何度も口にして
逞しくなってきている姿を感じました。

 


  「ユウタ、頑張るね。」

 

そんなユウタのセリフを
私はいつも聞いている気がします。

ユウタばかりから聞いています。

 

 

そして私も そんなユウタに背中を押されて

後ろを付いて行っているように
「頑張ろう!」の気持ちが自然と湧いてくるのです。

 

 

 

とても情けないお母さんだけどね。

 

 

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[ 2008/01/03 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(2)

ドア越しの涙。 


2008年 1月4日(金)


入院15日目
手術から10日

 

   今日からここの こども病院も開院。

   お正月もやっと終わりのムードです。



 

すっごく自分勝手だけど
自分が辛い時には

クリスマスも冬休みもお正月も
いい加減にしてくれ!・・・な、気持ちで過ごしていたので

やっと日常に戻りつつある世間に
喜びを感じていた、堂々と心の狭い私なのです( ̄∀ ̄;)

 

 

 

ユウタは夜中、1時間2時間おきに目を覚まし
「今、何時?」と私に聞いてきていました。

そして早朝の5時からTVをつけて
1人で起きていました。

 

 

空腹も あったのでしょう。


それともう1つは・・・

  「今夜でママの付き添いが終わってしまう事」 

 



とても不安だったのだと思います。

 

でも、ユウタは4才の頃から
大学病院へ何度も入退院を繰り返しているし

その時はママの付き添いなんて一晩もなかったのだから
きっと、乗越えられる辛さだと信じていました。

 

この子は本当は、ものすごく強い子なんだって
私は信じていました。

 

 

 


 

 

お昼過ぎ、お部屋を個室から移動しました。
 
1日目に入っていた4人部屋へ移りました。

 

私が荷物の整理をしている間
ユウタは保母さんとプレイルームで遊んでいました。


その間に私は色々な事を想い

淡々と片付ける中で
ユウタには絶対に見せられないけど

たくさん涙が出てきました。

 

 

  子供から離れるのは、辛い。

 

 

 

どんなに眠れなくても
何日もご飯を食べに外へ出られなくても
どんなにユウタがうるさくても

本当はずっと一緒に居てあげたい。

 

 

ユウタの為と思い、パパと決めた事だし

いつかはユウタが1人で
頑張って行かなくちゃいけないんだって

それも分かっています。


 

この子は大丈夫!って信じてるけど

理屈なんて抜きに、子供と離れるのは
とても辛いです。

 

 

 

そんな涙の中。

 

プレイルームからユウタの楽しそうな声が
ここまで聞こえてくる事で

私はとても救われていました。

 

 

 

メソメソしながらもユウタは変わらず

「ユウタ、頑張るね!」を言い続けていました。

 

 

 


 

 


今日からリハビリ(PT)が開始しました。

14時20分から約40分、PT室にて。

 

180 車椅子からベット

181 ベットから車椅子

182 ベット上での移動方法

 

ユウタにとっては、まずそれが重要です。

どのようにすれば、患部に負担を掛けずに移動できるか
PTの先生に教えて頂きながら私も一緒に参加しました。

 

 

車椅子の色々な調整もして頂いて
腰のベルトや胸部分のベルトの重要性も
ユウタへ説明してくれました。

 

しばらくは車椅子がユウタの足代わり。

体の1部となるのですから、本当に大切な事です。

 

 

土日はお休みとして
これから週に3、4回はPTを受けていくようです。

 

パパも私も、チヒロにだって
こればっかりは何の手出しも出来ない事。

ユウタに頑張ってもらうしかないのだし
ただそばで応援だけは欠かさずしていくからね。

 

いつもの「みんなで頑張って行こうね!」を伝えました。

 

 


 

そして、面会終了で私達が返る時。


毎晩、寝る前に私がユウタへ打ってきた
成長ホルモンの注射を済ませ

「じゃあね♪」と言うと・・・やっぱり泣き顔のユウタでした。

 

 

病棟を仕切る鍵の付いたドア越しに
大きな泣き声で叫ぶように ・・・


   「パパ~!ユウタ、頑張るね!」

   「ママ~!いつもありがとうね!」

   「車、気を付けてね!」






お部屋の子供達も親御さんも
それに看護師さん達も

きっとドン引きしてしまうであろう
ユウタのお別れ号泣シーン。

 

 

小学1年生にもなって
ここまで号泣の子はいるのだろうか?・・・と

その辺も、実はとても気になりましたが
ユウタは人目も気にせず
大きな声で泣いていました。

病気の関連で、ユウタの疾患には
幼児性が強いと聞いていましたので
そのせいかな?

それともこれが普通の事なのか
今はよく分かりません。

 

 

 

 

 

エレベーターへ向かい、角を曲がるまでは
私も、泣きまくるユウタに呆れた素振りの演技をして

「笑っちゃうよ!」って顔をしながら
ブンブン手を振っていたけど

角を曲がって、私達の姿が見えなくなっても
ユウタがいつまでもいつまでも
「パパ、ママ!車、気を付けてね~!」って叫んでいるから・・・

 

本当に、たまらなく辛かったです。

 

 

 

ドア越しの涙、再び。


こればっかりはね・・・



いくら経験しても、辛いものです。

親も、そしてそれ以上に子供も。

 


 

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[ 2008/01/04 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(0)

白衣のキツネ。 


2008年 1月5日(土)

入院16日目
手術から11日目




昨夜は久々・・・

病棟を仕切るドアを挟んで
親子共々、泣きのお別れをしました。(大げさ)


今日のユウタはどうしているかなって
心配しながらパパと病院へ向かいました。




入院中の子供達も ほとんど
年末年始の外泊終えて、病院へ戻ってきていました。


ユウタはプレイルーム兼食堂のテーブルで
お昼ご飯を嬉しそうに食べていました。

嬉しそうに?・・・ちょっと違うな。





ユウタの場合は
「嬉しそう」という表現は適していないかも。

それぞれ賑やかに
お友達と会話を楽しみながら、ご飯を食べる子供達。


コレおいしい!とか
これキライ!とか

ご飯食べたら何して遊ぼうとか
今日、学校でね・・・とか。

 

 

そういった会話はユウタに一切ナシ!



目の前に並んだご飯から視線を離す事無く
空腹を解消して、お腹を満たす為だけに集中しています。

 

 

 





病気をする前のユウタはとても食が細くて
ご飯を食べる事が苦痛で仕方の無いタイプでした。

ご飯を食べないユウタに私は
「食べなさい!」とプリプリ怒って
無理やりスプーンで口に運んでいたっけな。



さっきまで元気に遊んでいたくせに
「ご飯だよ~!」って呼ぶと
寝たフリまでしていたユウタだったのにね。

 

 

今は、ご飯粒一つ残さないし
お味噌汁もスープ類も、1滴の残りも無いように丁寧に吸い込み
ソースやタレなどは、見ていない隙にお皿を舐めちゃいます。

今までミカンも皮は残していたのに
しっかり飲み込めるようになってるし

食べられなかった野菜も、ほとんど食べます。





嫌いだから食べない、という事が

嫌いだけど、食べる。
お腹が満たされないから食べる・・・に変わりました。

 

 

 

好き嫌いが減った事は喜ばしいけど

こんな姿を見ていると、私は本当は複雑です。

 

 

 

 

 

 

 

食後は病院内にある図書室に行って
ユウタは折り紙の本を4冊も借りてきました。

ユウタの入院中は、折り紙の消費が物凄いです!


暇さえあれば、折り紙を折っています。


 

「上手だね!」とか「折り紙博士!」などと
周りの人に褒めてもらえるので

会う先生や看護師さんに
自慢の作品を渡しています。

 


廊下ですれ違う、顔も名前も知らないドクターの白衣ポケットに

見覚えのあるキツネの折り紙が貼られていたり。


配膳のおばちゃんのエプロンにも
ハートの折り紙が貼られていたり。

 

 

ユウタの嬉しそうに折り紙をプレゼントする姿が浮かんできます。

重かった心が一瞬にして軽くなる瞬間だったりします。




 

 

ユウタの得意と自信が

折り紙の作品とともに増えていくと嬉しいです。

 

 


 

 

 

看護師さんから聞く所よると

ユウタは今朝、5時に起きて
「ママ~!」と泣いていたそうです。

 

本人曰く、夜はなかなか寝られなかった・・・と。

 

 

 

 

まだまだ始まったばかり。

頑張れユウタ!


ママも頑張るからね。

パパも日々悪化していってる「ギックリ腰」と頑張ってるし(^^;

チヒロもパパとママとも離れて、頑張ってる。

 

 

 

 

「ここの病院は、子供しか入院していないんだよ。
ユウタよりも小さい赤ちゃんだって、たくさん入院しているんだよ。

病気だからミルクもちょっとしか飲めなくて
ずっとお腹が空いてるけど頑張ってるんだもん。

ここには、頑張ってる子供しか入院していないんだよ。
み~んなユウタと同じに、色んな事を頑張ってる子供達なんだよ。」

 

 

泣きそうな顔をして
でも私の顔を一点に見つめ

うんうん・・・そう、うなずきながら
ユウタは私の話を聞いていました。

 

 

 

 


 

 

 

それでも帰りはやっぱり号泣。

 

角を曲がって、お互いの姿が見えなくなっても
しばらくユウタの泣き声は響いていました。

 

 

 

 

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[ 2008/01/05 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(0)

渋滞歓迎の夜。 


2008年 1月6日(日)

入院17日目
手術から12日目




今日は私1人でユウタの面会へ行きました。


パパは大晦日にやってしまった「ギックリ腰」が
最高潮に悪化です。




パパっ子なので・・・

ユウタは かなりガッカリしていました。




「ユウタが重いから仕方ないね。」
って

ユウタはガッカリしながらもパパを心配していました。






パパが聞いたら、泣くだろうな。

 



「ユウタのせいじゃないよ!
パパに気合いが足りないんだよ!」

 

 

私はユウタに、そう言いました。



・・・・・やっぱり、これを聞いても泣くだろうな~パパ。

 

 


 




ユウタはベットに移ると眠ってしまったり
すぐにウトウトし始めます。

やっぱり夜、眠れないんだろうな。



寝不足なんだろうね。

 

 

デスモも安定していないし

ステロイドの量も増加のままだし


まだ、元通りのユウタではないのかもしれません。

 

 

 

 

シャワー浴の際。

車椅子から浴室用の車椅子へ移乗するのですが
浴室用の車椅子はグリップが折れないので

腰や背中や、わき腹を擦ってしまう時があります。

 

これは、確かに痛いよね。

 

 

ユウタは小さい時から注射でも泣かないし

  
  でも、失敗して2度3度とやりなおす時は泣きますよ~。
  刺してから血管を捜すのにグリグリやられても泣きます。

  見ている私にも涙が出るし、「何回刺すんだ!このやろう~!」状態で
  めちゃくちゃ頭にくる!



わりと痛みには強い方なんですが
太ってからのユウタは皮膚への刺激に弱くなってる気がします。


ちょっとぶつけただけでも
火が付いたように泣く事もあって

それはワガママになったと言うには
ちょっと違うよね、と感じる所なのです。

 

お肉が厚くなると、そういうものなのかな?

 

 


 

夜になり、やっぱり号泣のユウタとバイバイして

まだ空いた道路を走り
実家へ預けているチヒロを迎えに行きました。



病院からわずか25分で着きました。

ちかっ!

 

「あ~・・・実家で暮らしたい。」

 

そんな事を考えてしまいました。

(パパとは離ればなれだけど、いい!)

 

 

 

毎日の・・・

   「病院」 「病院 」が、これから半年以上も続くなんて(;∇;)




まだ始まったばかりなのに
すでに弱気の私でした。


病気の事以外の弱気です。

バラバラの家族に不安もたくさんあって
何に悩んでいるのか、そんな事も分からなくなる程
考える事、考えなくちゃ行けない事がたくさんあった時期でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

チヒロに、久々に会いました。

おいしいものをたくさん食べさせてもらったようで
本当にプックリ太っていました。


本当は今夜、ジイジ達と
近くのお風呂やさんに行くつもりだったみたいだけど

「今日、迎えに行ってもいい?」とチヒロに電話を掛けると

     「ホントに?今日、家に帰ってもいいの?
     
                ママが迎えに来てくれるの?」

 

 


チヒロがとっても喜んでいました。

 

ずっと何も言わないで
チヒロはチヒロのガマンをしていたんだよね。

「家族で頑張ろう!」を頑張っていたんだよね。

 

 

 

もちろん実家での毎日は楽しかったハズ。

色々な所に連れて行ってもらったみたいだし
普段はチヒロもガマンしてるご飯のメニューも豊富だったもんね。

回転寿司も牛丼屋さんにも行ったもんね。

 

でも、やっぱり淋しかったよね。

ママだって淋しかったんだから。

 

 

 

 

 

帰り道の車の中で・・・

ずっとチヒロは楽しかった事やTVの話を
休みなく話し続けていました。

渋滞もなく道はスイスイと流れていたけど
今夜はもうちょっと位、混んでいても良かったな。

 

ママとチヒロの時間も
ママとユウタの時間も

掛けがえない大切な時間。

 

 

 

普段、あまりチヒロの話を聞いてない私。

うるさ~い!って遮る事もあるけど。

 

一緒に居られる事が当たり前だと
毎日の幸せを見逃してしまうように

マシンガンなトークが、うるさいって事も
本当は幸せなんだって気付きました。

 






明日は一緒にユウタの所へ行こうね。

チヒロがいて本当に良かった。

 

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[ 2008/01/06 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(0)

肢体不自由児施設。 


2008年 1月7日(月)

入院18日目
手術から13日目

 




今日はチヒロも連れて、ユウタの病院へ行きました。

パパは、まだ腰が全然ダメダメだったけど
ユウタが淋しがるだろうからと、無理して来ました。





明日からユウタは新しい学校へ行きます。

院内の養護学校へ
車椅子に乗っての初登校です。



ユウタの1年生クラスは、こちらの学校では史上初の人数だそうで
車椅子の子供達が10名?9名?
(正確には不明ですが)

とにかく先生は「大変ですよ~!騒がしくて!」と仰っていました。

 

 

 

 


 

 


ユウタと同じく、いやそれ以上長い期間
車椅子での生活を余儀なくされている子供達が
こちらの病院には大勢います。



下肢に治療用の装具を装着していて

ビックリするくらいに「車椅子操り」が上手な男の子達を
入院前、病院へ訪れるたびに よく見かけていました。

 

 

疾患にもよりますが

車椅子などを必要とし、長い期間の治療となる子供達は
「肢体不自由児施設」という場所へ入所して
治療をしながら生活をしていく事になっています。

 

その施設は病院内にあって
隣にはユウタも通う養護学校があります。

学校の科目内には「訓練」の時間もあって
PTを受けたりします。

そこではみんなが一緒に頑張っています。

 

 

 

そこへ、ユウタも入所する事になっています。


術後の体調が安定して
内分泌的にも落ち着き
施設の空きが出たら、入りましょう・・・と言われていました。

 

今、施設は入所中の子供達がたくさん居て
退所の人が現れたら、やっと施設へ入れるといった具合に
たいへん込みあっている状態のようでした。

 

 

 

 

 

施設にいらっしゃる支援課の方が
リハビリ中のユウタへ会いにPT室へ来られました。

今日は施設の見学へ行く約束の日です。

 

パパもチヒロも一緒で、ちょうど良かった。

4人で施設見学に行きました。

 

 

 

 

病院の本館は近年建て直されたばかりで
本当にキレイで可愛らしくて、明る~いイメージなのですが

病院敷地内奥にある施設は正直、とても暗くて
古い病院のイメージがありました。

 

でも、何だかそんな事は全く気にならない私達でした。

もっと重要な事が大きな不安として
パパと私の頭の中にあったからだと思います。



「あ~、ここはまだ古いんだね。」程度の感想で
ユウタも何もいいませんでした。



兄弟も施設内に入れると聞き
チヒロなんて本当にワクワクしていました。

だって今までは病棟に入れず
面会中は長い時間、家族待合室に閉じ込められていたからね。


 



 

 

 

当たり前だけど、施設内の子供達は
ほとんど車椅子に乗っていました。




「ここがユウタ君と同じ1年生位の子供達が居るお部屋です。」

 

そう紹介してもらったお部屋を覗くと

車椅子の男の子達が一箇所に固まるように集まり
みんなでDS(ゲーム)をしている所でした。

 


チヒロなんてもうワクワクしちゃって・・・

「何だか楽しそうじゃん!ユウタ、良かったね(*^▽^)ノ」


       ・・・・・・・チヒロが入るんじゃないんだからね (^_^;)     



 



「今度、施設に来るユウタ君です!」


支援課の方がみんなへ紹介してくれました。

    

       「お~、でけぇ!」





やっぱりな・・・な、リアクションでした( ̄∀ ̄;)


誰もが思う、正直な感想だと思います。

 

 

 

 




初対面のユウタを見つめる子供達は

どこの公園にもいるような
元気イッパイの子供達と何の変わりもない

ただ、車椅子に乗っているだけ・・・といった
わんぱく盛りの小学校低学年男子に見えました。

 

  

 「よろしくお願いします!」

 



私に促されて、ユウタが大きな声で
入り口から挨拶をしました。

 

 

 

 

 

 

 

ユウタは少し緊張した様子でした。


PTの後で、疲れも残っていたのかもしれないけど

本当は何かに
圧倒されていたのかもしれません。

 

うまく言えないけど・・・

 

 

 

 

今までユウタは4歳で病気を発覚して以来
大きな病院の小児病棟へ入退院を繰り返して来ましたが

楽しい事も、もちろんある小児病棟内で

本当はとても重たく、辛く
暗い部分を含めたお部屋の中で周りを見て来ました。





突然、友達のベットが空になってしまったり
突然、友達がICU に移ってしまったり
突然、友達が苦しみ始めたり・・・


壮絶さを幼い子供なりに感じ取り
大人が隠そうとする現実の部分を

言葉には出さなくても、分かっていたのだと思います。

 

 

 

 

 

そして今回の施設見学で
ある意味、初めての衝撃を受けたのかもしれません・・・。

 


「病気の子供達がみんなで頑張っている場所なんだよ!」


施設の事をユウタに、そう伝えて説明してきたので
今まで自分が入院してきて見ていた世界とは違う空間に
驚いたのかもしれません。

 

 

 


 

 

 

ユウタは、知らない方からすれば
ぱっと見、よく食べ、よく寝るのであろう健康な子供そのものなので

「元気そうね!」とか
「将来はお相撲さんかな?」とか、しょちゅう言われます。


かなりの頻度で。

 


以前の私なら、いちいち落ち込んでいたのですが
最近は面倒なので顔だけ(多分、口元だけ)ニコニコ笑い

そそくさと その場から逃げ去るようにしています。



ユウタも前なら、泣きそうな顔をして
「違うのにね。」って私にすがってきたけど

最近はそんな気持ちを自分の胸に秘めて黙っています。





でも・・・
ユウタのその気持ち、私にはよく分かるんです。

何にも言ってこないけど
言ってこないからこそ、分かるんです。

 

 

疲れたんだよね。

分かって欲しくて説明するのも。

 

 



 

 

 

私が今日、出会った子供達。





初対面のユウタを見つめる子供達は

どこの公園にもいるような
元気イッパイの子供達と何の変わりもない

ただ、車椅子に乗っているだけ・・・といった
わんぱく盛りの小学校低学年男子に見えました。

 

 



私がそんな感想を持った子供達も本当は

ユウタがいつもそう見られているのと同じように
だけど実は色々な疾患を持ち合わせながら
頑張っているのかもしれない。

 

ただ、私にはそれが見えないだけで
知らないだけで

「みんな元気な男の子達!」って
思い込んでるのかも知れない。

 

 

 

 




そう思いながらも、ここでユウタが
みんなと頑張って行けるのかどうかと

病院の帰り道はずっと無言で考え込んでしまいました。

 

ユウタには精神面に表れてしまう後遺症も抱えているし
同年代のお友達との係わりも苦手です。

きっと大波乱が起こるでしょう・・・。

 

1番の不安は、それでした。

 



 

もちろんユウタには「楽しそうだね~!」って
私もワクワクする素振りを見せていたけど。

 

いつもは「大丈夫!大丈夫!」と
ある意味お気楽に見えるパパも

無言のまま何かを考えているようでした。
(腰が痛いだけか?)



チヒロだけは「ユウタ、いつから施設?」と
ニコニコして喜んでいました。

 

 

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[ 2008/01/07 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(2)

転校初日。 


2008年 1月8日(火)

入院19日目
手術より14日目

 




今日からチヒロも新学期。
3学期の始まりです。


ユウタも新しい学校へ初登校です。

 



病棟から保育士さんの方と一緒に
院内を通りながら車椅子で向かいます。


ユウタはまだ自分の力だけで車椅子を動かし
学校まで行く事は体力的に無理だろうと思っていました。

病棟から学校までは少し距離があるのです。

 

やっぱり保育士さんに
途中から助けて頂いたようです。

 

 

 

 

保育士さんが、あとから私に教えてくれたのですが
ユウタは院内ですれ違う 病院関係者の方、全てに

「おはようございます!」

・・・と、元気に挨拶していたようです。



挨拶された方の方が慌てて
「あ、あ、おはようございます!」といった感じだったと

保育士さんはユウタを
とても褒めて下さいました。

 

 

 

そしてクラスでの挨拶も

「ユウタ君らしく大きな声で
きちんと自己紹介出来ていましたよ!」と話してくれました。

 

 





ユウタ、えらかったぞっ。(゜▽゜*)


昨夜から心配でたまらなかったハハは
ユウタらしい話と、安堵感で

・・・うるっと来てしまいました。

 

 

学校がダイスキなユウタも
「すっごく楽しかったよ!」と笑顔満点でした。

 

それが何より嬉しい!

 

 

これからの長い入院生活の中で
心から楽しいと思える事が

ユウタの中で1個ずつでも増えていって欲しいのです。

 

 

 


 

 

 

夕方、整形外科の先生が来ました。

今日撮ったユウタのレントゲンを見ながら
手術した足の状態が術後も順調にいっている事を
術前と照らし合わせながら聞かせてくれました。



ここでもホッとしました。


 




術後に立位をとってしまったり
足に強い力を入れてしまったりすると

手術で留めた部分が ずれてしまったり
留めているボルトが折れてしまう事もあって
そうなると再手術が必要です・・・

などなど、色々怖い話を聞いていました。



移乗の際、ユウタの足に力が入っちゃってるんじゃないかと
そんな事を疑ってしまう時が何度もあったので

実はヒヤヒヤしていました。

 

  「足・・・順調ですか?」

  「ハイ、順調です!」(← いつも超キッパリ)

 





今まで掛かってきた脳外科や内分泌科では
ドクターから、このようにキッパリとした”良い返事”を

今まで私達は聞いた事が無かったかもしれない。

 

 

  「先生の見る限りで、腫瘍の再発は無いと思いますか?」

  「う~~~ん、五分五分ですね。」(← 困り顔)

  

  「ユウタの体重増加、そろそろ止まりますよね?」

  「そうじゃないと、困りますよ・・・ね。」(←苦笑い)







脳外科の先生や内分泌科の先生が
ハッキリしない先生だ!という事ではなく

そういう病気なのだから仕方無いのですが

「大丈夫!」とか「絶対、歩ける!」といった
整形の先生の言葉1つ1つが
とっても新鮮な言葉に聞こえてきていました。




ユウタには今まで掛けてもらえなかった先生からの言葉が
単純に、ものすごく気持ち良く響いて

何度も聞きなおしては
「大丈夫!」のセリフを聞かせてもらっていました。




しつこくて、かなり病んだ母親だと思った事でしょう。

 

 

 

 


 




ユウタは明日の準備を楽しそうに進めていました。

 


まだ初日。

きっと今日は人見知りの少ないユウタであっても
緊張や新しい環境の変化で疲れもあった事と思います。



ただでさえ疲れやすい体なのだし。

 

 

それでも、明日の準備に時間割りなどを揃え終わると

「あ~!勉強 頑張らなくっちゃっ!」って。

ユウタが今まで習ってきた知っている漢字をありったけ
白のコピー用紙や折り紙に付いている厚紙に
黒のマジックでグイグイと書きまくっていました(笑)

 

テーブルにはみ出して、油性のマジックを使うので
看護師さんに一発怒られてました(;∇;)




すんません(親)

 

 

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[ 2008/01/08 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(4)

どうせ分かってくれない。 


2008年 1月9日(水)

入院20日目
手術から15日目

 

 

おととい見学した
肢体不自由施設の入所に付いて

私は引き続き悩み続けていました。



「ユウタには無理でしょう?」

 

 


私の頭の中は
その言葉で埋め尽くされていました。

だけど ”最初から諦めるな!” という自分もいたり。


それでも、今までの大変な道のりを思い浮かべると
心の中には答えのようにずっと浮かんでいました。



「施設に入ってユウタが生活するのは、無理だよ。」

 

 



パパはいつもいつも前向きで

「何でもやらせてあげよう!」「ユウタには、きっと出来るよ!」

・・・という考えの持ち主。



そんなパパでさえ「これは無理だろう。」と
珍しく弱音を吐いていました。

 

 

 

 

 




これまで、ブログを停滞してきた事が多々ありましたが
そんな時はユウタの精神状態が
不安定だったという事も一因でした。

 

分からない事だらけでした。

毎日悩んでいました。

 


ユウタの不思議な行動にも理解出来なくて

1番に気付いてあげるべき母親が理解してあげられなくて
ユウタを責めるばかりの日々でした。

 



ワガママが原因だと思ってきた事が
実はそうではなく、後遺症のせいなんだって事もありました。

もちろん、単なるワガママという事もありますが。

 

 

最初は・・・ガマンする事(過度の空腹など)が多くなり
その為、積もり積もったストレス性かと思っていましたが

それに加えて
服用しているステロイドの副作用や
脳の手術の後遺症が原因でもあると分かりました。

 

脳の「視床下部」という部分を大きく損傷しているので
感情のコントロールも上手く行かず

泣いたり喜んだり、怒ったり哀しんだりの
文字通り、喜怒哀楽も激しいのです。





    突発的に起こる感情を

          抑える事が出来ない。

 

 


この一言にも尽きます。

 

 

 

 

 

 

小学校に入学してからのユウタには
たくさんの問題が起こりました。


それは身体的に問題があって
周りのお友達に手助けをしてもらっているという種類のものではなく

問題のある言動が多くなってしまった・・・という事です。

 


周りの方にも迷惑を掛けっぱなしでした。

苦情も何度かありました。

ご近所さんや、ユウタが大好きで
よく行っていた児童館からも聞こえました。

 

先生からの連絡ノートを開くのが毎日怖くて怖くて。

でも、何も書かれていない日が続けば続くで

「大きな問題が隠されているんだ!」と余計に心配し
そしてそれが見事に的中していたり・・・。

 

 

安定したり、急に不安定になったり
ここまで来るのに、言葉では言い尽くせない苦労がありました。

 

その間、親の私達も辛かったけど

悪い事だと分かっていても抑えられない感情や行動に
ユウタ君が1番苦しんでいるんですよ!と先生が言っていました。


その通りなんだって今は思えます。

 

 

 

 

お腹が空いても4時間目の終了までは
泣かないで授業を受けられるようになった。

成長ホルモンを打ってからは
身体的にも精神的にも安定し始めて

授業中に眠ってしまう事も、急に怒り出す事もなくなった。

お友達とのトラブルもほとんど無くなった。

頻繁に訴えていた頭痛も無くなってきた。

頑張ろうって気持ちが見え始めてきた。

 

その代わりに足の痛みが激しくなってきた・・・。

 

 

そんな矢先に起こった
今回の手術と長期入院でした。

 

 

 

 

 

 

 


ユウタの施設入所は無理だと思います。



そう看護師さんへ伝えて、時間を割いていただき
各科の先生や看護師さんを交えての
話し合いを繰り返しました。

 

 

話し合いの場では、言い尽くせない想いが込み上げて
私は涙が止まりませんでした。

これまでの色んな事を思い出していました。

 

先生や看護師さんには、どんなふうに映ったのでしょう。

 

哀れな親?

過保護な親?

ワガママな親?


困ったな~、この親・・・?

 

 

泣きながら、心ではずっと叫んでいました。

 

    「どうせ、分かってくれない。」




どうせ、分かってくれない?



・・・なんなんだ、私。

 

 



病気になった事も

後遺症を抱えて生きて行かなくてはいけない事も

今、ユウタにある障害が心身的なものだけではなく
目の前に立ちはだかる大きな壁があるって事も

先生や病院のせいではないのに。

 

ユウタの事を助けようとしてくれている先生達なのに。

 

 

 

真っ白い壁とテーブルを囲み、先生と向き合う中
何だか、ものすごく孤独に感じてしまって

懇々と「ユウタに施設は無理!」の理由を述べる気力が
す~っと失せて、残ったものは・・・

 

「どうせ、分かってくれない。」

・・・という、私のひねくれた感情だけでした。

 





「ユウタ君なら、きっと大丈夫だと思いますよ?」

 



先生はその後
ユウタが施設に入らなくては行けない理由や

ユウタと同じ病気でも
施設で頑張っていた子の話や

色んな疾患を抱えながらも
頑張っている子供達の話・・・

施設の子供達みんなが
一緒に頑張ろうって支えあっている話を聞かせてくれました。

 

 

 

どうせ分かってくれない・・・と、卑屈な心の中で

先生への質問も話し出せず
こちらからの説明を
素直に話す気持ちが無くなってしまった私でも

先生に聞きかった事が1つだけありました。

 

 


先生が最初に仰った言葉。



「ユウタ君なら、きっと大丈夫だと思う。」



   先生は、どうして大丈夫だって思うんですか?


鼻水全開、涙で顔もドロドロのまま聞いてみました。

 

 




「お友達とも上手くいっているし、学校でも楽しそうだし

ユウタ君に施設が無理だとは思えない。」




ちょっと嬉しかった。


いつもキッパリとした返事を
返してくれる先生が言う事なんだから・・・と

私はこの時、本当は嬉しい気持ちも込み上げていました。

 

その言葉だけを信じてみようかなって。

 

 



でも、その気持ちを大きく上回るくらい

「ほら、分かってない。分かってくれない!」という気持ちが
心の中を大きく占めていました。

 

「何を見てきて、大丈夫だと思えるんですか?」

 

とは言えず、心で返事をする私。







パパは「他に何かいい考えがないかどうか相談して行こう。」って
私にそう言ってきていたけど

この時、私はすでに
いろんな事に対して失望していました。

 

もちろん自分にも。

 

 

 

いつもそうしてきたように・・・

道は一つしかない。

 

頑張って行くしかないんだ。

 

 

 

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[ 2008/01/09 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(4)

只今、神様不在中。 


個室から4人部屋に移動して約1週間。

6日が経ちました



ユウタは面会終了間際になると
顔がみるみる暗くなり

笑顔も作り笑いに変わっていきます。


 

 「ママ、何時に帰る?」

 
その事ばかりが気になって仕方がない・・・といった様子。

 

 

 

 

日曜日以外の週6回
毎晩 打っている「成長ホルモン」の注射を済ませて

歯磨きをして、ベットを整えて

あとは寝るだけ、といった状態になったら
私達は帰るという約束をしていました。



だいたい18時半から19時には病院を出ます。

 

 

 

 

 

 

病院の決まりでは
22時が面会終了時間となっています。


ユウタが1人っ子であれば
いくらでもそばに居てあげたい気持ちですが

小学4年生のお姉ちゃん、チヒロの生活もあるので
これは仕方の無い事です。


どちらかだけに負担が大きく掛からないように
考えて行くしかない現状です。

 

 

 

病院を19時に出たとしても、道路はほぼ毎日渋滞(;_;)


行きは東名高速を使うので
30分から40分で病院へ到着しますが
帰りはR246を走って帰ります。

経済的理由からです(;_;) 


道が空いていると1時間弱で家に着く時もありますが
だいたい1時間半は掛かります(;_;)




家に着くのが20時半。

それから夕食、お風呂、学校の支度
ずっと1人(1匹?)で待っていたソラのお世話・・・


チヒロの就寝時間は22時を過ぎてしまいます。

もたもたしてると、23時になってしまう事もあります(;_;)





「疲れた~。」

「お腹空いた~。」

「眠い~。


 


放課後はいつも近所のお友達と遊んでいたチヒロだけど

しばらくの間は、お友達とも
約束が出来なくなってしまいました。


ソラの散歩をいつも楽しみにしていたけど
平日はそれも不可能になりました。

 

それでも何一つ文句を言わずに
「ユウタの所へ行きたい!」とチヒロが言います。



「私もかわいそうだけど、ユウタはもっとかわいそう。」




チヒロがそう言った時

今まで私達家族が話し合って決めてきた事が
間違ってはいなかったんだなって振り返りました。


チヒロの優しさが、本当に嬉しかった。


 

 





チヒロの負担を表向きから見ると
「かわいそうなんじゃない?」と思われたもしました。


確かに患児の兄弟や家族としても
病気の子供が居るという事は運命共同体的に
苦労を共にしていかなくては行けない事にもなります。

どうしたって避けては通れない。

 

兄弟なりの苦労部分は
親にも全てを分かりきれない事があると思っています。

 


それでも・・・

 

ユウタも大事。

チヒロも同じに大切。

 

それを伝えながら、家族として一緒に頑張って行こうと
いつもいつも話し合ってきました。

 

 

 


 

 

今日もユウタは面会終了時に泣いていました。



最初は泣かないで頑張っているんだけど
病棟を仕切るドアの鍵を掛けた途端

みるみる泣き顔に変わります。



車椅子に乗って、ガラス越しに泣くユウタ。



大きな声でいつまでも

「ママ~!気を付けて帰ってね!」って。

 

角を曲がるまでは大きく手を振って
笑顔でバイバイの私でも

エレベーターに乗ってしばらくは
重いて辛くて、切ない想いが込み上げています。








ところが今夜は大失態!



涙のお別れをした後に
駐車場で気が付きました。


   

   「ユウタの洗濯物を病室に忘れてきてしまった!」



ユウタは汚れ物も多く、服のストックがそう無いのです。

明日着るものが無くなってしまう(;∇;)



病棟へと、慌てて取りに戻りました。





・・・・・あれ?

・・・・・なんで?

 

 

 

ユウタがガラスのドアに張り付いて
まだ、泣きながら居ました!

バイバイしてから
かれこれ、15分は経過していました。



何でまだそこに居るの?


私を見つけると、ユウタもさらに号泣。





「どうして、ここにずっといるの?」

「ママが事故をしないように、お祈りしていたの。」



「いつも、そうしていたの?」

「いつもお祈りしないと、ママが死んじゃうと思ったから。」

 

 

 





思わず「神様なんかいないんだよ!」

そう、言いそうになってしまいました。



こんなにいい子なのに・・・。

どうして神様「これでもか!」って位、いじめるんだ?



もし神様がいるのなら
世の中にある全ての病を消しちゃってよ!

 

ユウタを抱きしめて

「泣くな!」と言いながら
私の方が号泣してしまいました



 

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[ 2008/01/10 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(2)

メロンパンとナポリタン。 


2008年 1月10日(木)

入院21日目
手術から15日目




施設へ移る準備が着々と進められる中
パパと私の心の中では、どんどん不安だけがつのり

支援の方が施設への手続き等を
一生懸命に説明をしてくれている中でも
「どうしたらいいんだろう・・・」という気持ちでいっぱいでした。



気持ちがすべて、その事に注がれていたのだと思います。
この日、大変な事に気が付きました!





「そう言えば・・・今日って何曜日だっけ?」

 

     
     (・_・) 
・・・
やってしまった!

 

成長ホルモン!


週に6回の接種で、日曜日はお休みとなっていた注射を
休まずに日曜日も打ってしまっていた!

(しかも2週連続で!)



どうしてこのタイミングで
「あぁぁぁ!!!」っと気付いたのかは不明ですが

毎日、服薬時間や注射の時刻を記してきた日記を読み返すと
日曜日も堂々と書かれている「GH、18時半に接種!」の文字。

パラパラめくると、先週もだ(涙)




大切な事なのに~・・・。


多すぎてもダメ、少なすぎてもダメ。
微妙なバランスで私達はいつも元気でいられるのです。


自分の事は、 か・な・り・大雑把なのに
子供の事、特に病気に関しては超~心配性な私。

看護師さんに事情を説明して
内分泌の先生に「大丈夫」の言葉を頂いても
しばらくはドキドキして過ごしていました。




たった2回の余計な接種で
体に変化が起こるなんて事はあり得ないのでしょうけど
抜けすぎている自分にしばらく凹みました。

 




1番大切な事を御座なりにしているんだな。

自分を振り返り、反省した夜でした。

 

 

 


 

 

 


今日は栄養科の方と話をしました。



家での食事内容は?

注意している点は?

好き嫌いは?

食べる量と満足感は?




質問に答えながら、色んな話をしました。


とても親身になって下さり
食べたいものもガマンして頑張っているユウタの事も
たくさん褒めてくれました。





これまでユウタは視床下部の損傷により
後遺症として起こっている肥満と闘い続けてきていますが

私の出来る事といえば、毎日の食事管理だけです。



ユウタの肥満には薬の副作用的なものもありますが
その調節は優秀な先生に診て頂いているのだし

脳からの障害部分は、誰がどうしたって・・・どうにもならない事です。



だったら食事はカロリーを控えめにして
少しでも体重増加の抑止力にと

料理が不得意な私なりに、これまで色々やってきました。

 

 





お肉は全て茹でこぼし、油を極力抜き
糖質の多いものも滅多に与えないようにしてきました。


夏でも野菜たっぷりのお鍋が
我が家では よく登場してました。


ご飯やパンや麺類がダイスキなユウタですが
お替りは禁止で、お子様お茶碗に軽く1杯がいつもの量でした。

 




そんな努力の中でも、ユウタの体重増加は
なかなか止まらなかったのですが
こちらの病院に入院した時に1番驚いたのは
ガッツある食事メニューでした(*_*)

 



我が家ではご法度の品「メロンパン」と
ナポリタンと豚カツとサラダとフルーツ、そして牛乳・・・


これが、ある日のお昼ご飯メニューです。

メロンパンとナポリタン。

(昔、大阪で見てビックリした”お好み焼きとご飯の定食”みたいだよ!)

 



もちろん毎日毎日、このような内容ではありませんが
入院初日のお昼ご飯が、上記の内容でした。

 




ユウタは大喜び、私とパパは真っ青!

 

 

 







でも、入院してから20日以上経った今。



ユウタの体重は増加も無く、もちろん減も無く
穏やかに過ごせていました。

 


家でユウタのお茶碗に、いつも通りにご飯をよそい
計量してみると120グラム~130グラム。

病院では180グラム。

 

これは大人のパパや私が食べても
ちゃんとお腹いっぱいな量です。

 



ユウタは入院後すぐ160グラムに替えてもらっていたのですが
それでも家に比べたら山盛りです。


160グラムでも心配だったので
内分泌の先生と栄養科の方と相談して

マンナンヒカリのご飯を混ぜていく事にしました。



これは我が家でも使ってきた強い味方です。

値段が高いので時々切らしていましたが
こんにゃく味もしないし、見た目が普通のご飯と変わらずなので
今までもユウタには全然バレませんでした。

 

 

 

 

 

 





私がこれまで、心を鬼にして頑張ってきた食事の内容でも
ユウタの体重増加は抑えられなかったのに

成長ホルモンの接種が始まってからは
その増加も緩やかに変わり、時には2キロ程減少したり。


それでも食事の内容は変えず
カロリー控えめをずっと守ってきました。


好きなものも、ユウタはガマンしていました。



ところが今回の入院で
周りのみんなと同じく普通食を摂っていても

ユウタに体重の増加が表れないのには
嬉しさよりも、正直「驚き」でした。

 

 

 

 

 

内分泌の先生による見解では

「すべてがバランス」との事。

 

これを控えれば痩せる!とか
これだけを摂っていれば健康!というものではなく

あれもこれも全部が大切で
要は「全部をバランスよく摂り、極端に抑え過ぎるのも問題」という事でした。

 


1日の内容に気を付けるのではなく
1週間単位でトータル的に見て行く事も大切だそうです。

 

 

 



泣くほど食べたがった、ローソンのメロンパン。

これからは、たまに食べさせてあげよう。

 

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[ 2008/01/10 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(6)

不安と覚悟。 


2008年 1月11日(金)

入院22日目
手術より16日目



肢体不自由施設へ移る事に対して
私は、どうしても不安を拭い去れずにいました。

パパもそれは同じでした。




内分泌科も、脳外科も、整形外科も、その他の科も・・・

術後から最近までの1番大変な時期は
ここの病院ではなく、他の大学病院にて診て頂いてきたので

今の看護士さんや先生達は

「どうして無理だと思うの?」と、思われていたかもしれません。

 

 


今の所ユウタは入院生活でも
何とか落ち着けている様子に見えますが

施設で同学年の子供達と生活全部を共にしていく事は
ハッキリ言ってお互いに難しい事だろうと思っていました。


それは今居る施設の子供達にとっても
ユウタにとっても、同じ位に。


 

 


ここで上手く説明は出来ないけど・・・


ユウタは約2年前の脳の手術後から
体だけではなく、性格的にも大きな変化が表れ
同学年、もしくは年の近い子供とのかかわりが
とても苦手になっていました。


小さな赤ちゃんは もともとダイスキでしたが
これまで以上に可愛がるようになりました。


そして小学生くらいの子供との遊びは激減して

私達位の大人と居る方が
穏やかに過ごせている様子が見えていました。

 

 

 

自分が今まで出来た事
得意だった事の全てが苦手な事に変わり

劣等感がそうさせているのかと思っていたのですが
それだけではないようです。

 



脳は本当に大切です。

これまでの人格も
こまかな性格も変わってしまう事もあるんだ・・・

 

どうしてこんな病気になっちゃったんだろう。

それを考え出すと止まらないくらい
非人道的な私の部分があふれ出すので
考えないようにしていますが。

 

 

 




ユウタがユウタらしさを残したまま戻ってきて!と
2年前の手術の時に
家族待合室で私はずっと願い続けていました。


何だかこの”やんちゃなユウタ”とは
二度と会えないような気がする・・・

 

その時、不思議なくらい

私にはそう感じていたのです。


 

 

 

 


 

 

 

 

これまでの経過を細かく説明して
普段のユウタからは見えない部分を伝えました。

施設で、きっと起こり得る事柄も説明して
自分勝手な主張を繰り返しました。



  誰にどう思われようと
  変な親だと思われようと
  面倒な患者だと思われようと
  病院を困らせていると人伝に聞いても・・・

 

ユウタを守りたい。

ただその思いで突っ走っていました。

 



たかが施設に入るだけの事。

そう、大げさに感じるかもしれませんが
私達にとってはとても大きな事でした。

 

もちろん、病院の看護士さんも先生方も
ユウタのためにと色々と考えて下さってる事は
私達にもちゃんと伝わって来ました。



それぞれ科の先生達は
私達の「無理だと思う」の主張と、親として抱える不安を
ちゃんと受け止めて下さいましたが

病棟の方にずっと入院したままで
毎日リハビリを受け
学校へ通うという事は

病院の規約的にも難しい事のようでした。

 

 

施設入所を無理だと考え、それを拒否するなら

他の病院へ行くしかないという事。

 

 

 

現在は施設も入所待ちの状態で混みあっていましたので
「もう少し、ご両親で考えてみて下さいね」と
時間的な猶予は少し残っていましたが

この時にはもう、施設に入るしかないのだと
私は心の中で覚悟を決めていました。

 

 

 

 

 

 

 

ユウタは今、学校がとても楽しい様子でした。

学校からの連絡ノートには
ユウタの困った行動や様子も書かれていました。




あぁ、やっぱりな・・・と思う反面


無理をして頑張っている様子も無く
心から学校を楽しんでいるユウタがいたので

心配はゼロではないけど 、私は安心していました。

 

 

 

学校のお友達が増えていくに連れ

「ユウタも早く、施設に行きたいな♪」と言ってくるようになりました。



   ユウタは施設へ行く事を

   とてもとても楽しみにしていました。

 

 

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[ 2008/01/11 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(4)

信じてる事の1つ。 


2008年 1月12日(土)

入院23日目
手術より17日目




この日はユウタの心のバランスについて
専門の先生との面談が行なわれました。


チヒロも含め、パパと私の3人で面談室へ。

ユウタはプレイルームで待たせていました。

 

 

ユウタに対して先生の所見は・・・

 

   視床下部性、下垂体系による
   感情の不安定さや食欲の抑制は

   本人の努力で何とかなるものではなく
   理性でどうにかなるものでもない。


   ユウタ君はその障害を抱えながら大人になって行くのであり
   それを上手にコントロール出来るように
   自分で何とかしようとしても、これは本当に難しい事。

   脳から来ている事だから
   性格を変えようと努力する事とは、違う。

 




人間の持つ、理性で何とかなるものではない・・・

不安定さや感情の抑制が効かない障害を
抱えて大人になっていく・・・


ユウタの将来を見据えて
専門の先生からこのようにハッキリと聞いたのは
私達も初めてだったので

本音を言えば2つの感情が入り混じっていました。





こんなに頑張っているのに
繰り返しユウタが感情的になってしまう事や
それを抑えられなくなってしまう事は

本人の努力が足りない、もしくは
決して本人の怠慢によるものではないんだ!という
これまでの努力の裏づけを取れた気持ち。



あとは、ただただ失望感。

 

 

 

 



でもでもでも!

 

約2年前の手術後から思い起こして考えると

ユウタはユウタの努力と
周りの方の協力によって

ちゃんとガマンできる事も増えてきているし
腹へり病(極度の空腹感を我が家では こう呼んでいます)だって
ちゃんと自分で克服しつつあるのです。


感情的になる事も、キレやすい部分も
だいぶ落ち着いてきているし

泣いたり叫んだりの極端な感情にも
お兄さんらしさが混ざってきているように感じます。

 

 

 

 

親子でも兄弟でも、お友達の関係でも
言われるように病気と共存しながらであっても

ちゃんと心をコントロールしていけるような・・・
そんな気がしています。


専門の先生から聞いている事でも
不思議と「きっともっと変わっていける!」って気持ちが
私には大きく残っていました。


 

あともうちょっとで
ユウタらしさが戻ってきてくれるような。

薄であっても希望を捨てられない母心なのかな?

 

だって、やっぱり諦められない。




 


 




現在、入院中の病棟でユウタは・・・




ちょっとした事で感情的になって
キレ出す事がよくあるようです。

食欲の抑制も難しそうです。


朝は3時、早い日は1時半や2時に目が覚め
「眠れない!」と言っては
看護士さん達を困らせているようです。


ナースステーションに入りたくて
ダメ!と言われると、かなりキレて怒ったようです。

 

 

 

他にも、もっとたくさん
私達にはただ伝わってこないだけで

色んな問題を起こして、病棟や周りのお友達に
たくさん迷惑を掛けているのかもしれないけど

それでも、そんなユウタの様子は
私達からすると、まだまだ良い方でした。

 

・・・というよりも

今回の入院、本当に無理して頑張っているんだな!って
パパも私も、そう思っていました。

 

 

 

 

 

以前の病院に入院している時の荒れようは
ここでも多く綴ってきましたが

本当はもっと激しく
とてもここには書き出せない状況もありました。

 

その時は、今よりももっと空腹感も強く
空腹でいる時間も24時間まるまる全部でした。

夜中も泣くほど食べたがっていたし
空腹からくるイライラも加担して
キレやすさも感情の浮き沈みも激しく・・・。


でもそれとは逆に、とってもいい子で優しくて
思いやりをもって人と接する姿も多く見えました。

 

まさに、人格が真っ二つ!な状態でした。

 

 

 

 

退院の時に看護師さんから
私宛に頂いたお手紙の中には・・・


「通っている保育園の受け入れが無理なようでしたら
ぜひ、相談に乗りますので・・・。」

といった内容が綴られていました。

 

 

普通の保育園、もしくは幼稚園などで
ユウタがみんなとかかわって行く事はとても無理だと
誰もがそう感じていたのかもしれません。

 

 

 

 

 




そんな頃と比べると
ユウタの今はとても落ち着いているように感じるのです。



ステロイドの量がまだ多い状況なのに
ずいぶん空腹もガマンしています。


本当だったら大暴れ!な状況でも
ユウタなりに堪えて、抑え気味?にキレてます (-_-;)


爆発しちゃった後も、その言動をとても後悔して
すぐにゴメンナサイを言うようになりました。



そんな言動を起こしてしまう自分に
「なんで怒っちゃうんだろう。」と
その事をユウタ自身で悔しがるようになってきました。

 

 

 

 

 

 

   きっと、まだまだユウタは変わって行くのかもしれない。

   絶対に変わって行くよ。

 

 

自分に言い聞かせていました。

 

何でだろう。

これが私の信じていることの1つ。

 

 

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[ 2008/01/12 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(8)

友達いっぱい。 


2008年 1月13日(日)

入院24日目
手術より18日目

 

   

   
   今日は仲良しのお友達が

   次々とユウタに会いに来てくれました
(゜∀゜)ノ


IMG_1554.jpg




今日の事は、前々から聞いていたので
私もチヒロも分かっていたのですが

 

 もしも何かの理由で
 みんなが来られないとなったら・・・
(;∇;)



そうなるとユウタがものすご~く落ち込むと思ったので
当日の、この瞬間まで内緒にしてました。

 

 

 

 

 

 

病棟から1Fのロビーに行くと・・・


ずっと小さい頃から
保育園も一緒、小学校も一緒のシ~ちゃんと
ママのカオリン。

そして、ユウタのダイスキなトラックに乗っている
通称「殿」の三人が待っていました。

 

 

 

さっきまで「ママ、車椅子押して~」と
へこたれていたユウタが

キコキコくるくる車椅子を自分で動かし
大喜びで、ぐんぐん皆に近づいて行きました。

 

 

本当~~~に大喜びなユウタ♪



嬉しくて、楽しくて
笑顔だけが見えるユウタでした。


心からの満点笑顔は久しぶりでした。

最近、めっきり元気のないユウタだったので
無理をしていない自然な笑顔が
私にもとても嬉しかったです。







こんなに上手に乗れるんだよ!のアピールとして
みんなの周りを車椅子で、ひたすらくるくる廻っていました(笑)


リハビリで鍛えた成果も
これまたみんなにアピールしたくて

ヨイショっと、頼んでもいないのに
プッシュアップして見せたり(笑)



みんなに「ユウタ、痩せたんじゃない?」と言われると
ちょっと恥ずかしそうに笑っている笑顔は

それでもやっぱり”二重あご”なんだけどね (;∇;)

IMG_1555.jpg

             


  
      「ねぇユウタ、病院で楽しかった事とか写真に撮って見せてね!」




カオリン達がオモチャだけどオモチャではない
フィルム交換型のかわいいカメラを
ユウタにプレゼントしてくれました。


くまのプーさんのかわいいカメラ。




あとは、こちらもプーさんのパズル。



完成品を飾るフレームも
一緒にプレゼントしてもらったのですが

ユウタは完成したパズルを何度もバラバラに壊して
何度もやりなおして遊んでいます。



本人曰く、飾っちゃったら遊べないじゃん!・・・だそうです。









ユウタのダイスキな殿は
いつもユウタの目線に立って、優しく話しかけてくれます。



「頑張ってるなぁ」

「エライな~!」

「退院したら、遊ぼうな!」

「旅行も行こうな!」




入院中ではなくても
殿はいつも、ユウタのいい意味で「味方」をしてきてくれました。



ユウタだって辛いよな・・・の気持ちを
ただ分かってくれているだけで

ユウタはきっと安心していられたのだと思います。



分かってくれる大人が
両親以外でも近くにいてくれる事が

きっとユウタを穏やかな気持ちにしてくれていたんだね。




殿の近くにいるユウタは
いつも優しい顔をしていました。



いつだって「ガンバロウ!」の力を
殿からいっぱいもらっていました。

 

 

 


 

 

 

しばらくして今度は・・・

 

いつもの賑やかな家族と

これまたユウタのダイスキな通称「アカちゃん」が
ユウタに会いに来てくれました!



いい事イッパイ、いっぺんに来ちゃったね(*^_^*)







賑やか家族 私のバイト先のラーメン屋さん一家には

いつもたくさん支えてもらっています。



仲良し家族(4、5家族!)が週末、閉店後のお店に集まると
子供達も大人も、みんな大騒ぎで

いつも大人は大酔っ払い(恥)


子供は子供で酔っパな親の目を盗んで
DSしまくりで(*_*)

 

 

 

 

時には病気の子供について
いじめや進路や、将来について

悩みを打ち明け合って。


お互い熱くなっちゃって・・・

というか、いつも私が熱くなっちゃってね。



泣いて迷惑ば~っかり掛けていたけど。

 

 

 

 

 

変わらない笑顔で「お~い!」って

      ユウタに会いに来てくれたみんな。

 

 

場所はもちろん病院なんだけど

いつもみんなで大騒ぎしていた空間がそこに蘇って

ほんのひと時でも
心から安心できる友達との時間でした。

 

 

 

 


 


 

夕飯の時間が来たので
ここでみんなとはバイバイ。



ユウタ、泣くかな?って心配だったけど
むしろ泣きそうだったのは私の方。


急にユウタと2人きりになって

急に孤独感があふれてきて。

 

 

 

 

笑顔でみんなとバイバイしたユウタは

後ろを振り返ると
もう誰も居なくなったロビーを見ながら・・・


     

          「ユウタ、すっごく幸せだな~。」







病気になってから
ずっと辛い事ばっかりなんだけど

ユウタは小さな幸せを見つける天才になったよね。


今まで気付かなかった大切な事も

しっかり見えるようになったもんね。

 

 

 

 

 

友達イッパイ。

今、ユウタのそばに居てくれる友達は
一生掛けても大切にね。

 

 

私に言われなくても
きっとユウタは、大事に想っている。

 

友達イッパイ、ありがとうって (^_-)

 

 

 

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[ 2008/01/13 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(0)

早起き問題。 


2008年 1月14日(月)

入院25日目
手術より19日目

 


施設の入所に付いて
まだまだ躊躇しまくる私。(私達)


もうある程度、入所の決意はしていたけど
まだまだ他に何か道があるんじゃないかって

自分自身の心にに対して
GO!の決断が出来ずにいました。

 



「セカンドを受けてみたい」という話もしてみました。


この時代でもまだまだ
セカンドの言葉を出すと態度が一変し
急に横暴に変わる病院や医師がいると聞きますが

「セカンドを受ける事は大変意義ある事だと思いますよ♪」と
先生も親身になって話を聞いてくれました。

 


ただ・・・

受け入れてくれるかどうかは難しい、との事。

 

特にこれから治療があるわけでもなく

リハビリの為に入院させてくれて

しかも内分泌疾患があって
その処置も出来て

そのうえ、院内学級のある所・・・となると。

 

 

 

 

 

 

 

・・・おっしゃる通りです。

 

 

 




 

 

 

この頃ユウタは
早朝3時半には目が覚めてしまうようです。



家でも確かに早起きのユウタでしたが
さすがに3時台に起きれば

「まだ寝ていなさい!」と私に叱られ
渋々布団に潜って
しばらくすると2度寝に成功する事もありました。

 

 

でも、それは私が隣にいて
パパもチヒロもそばに居て
みんながくっ付いて寝られる事により

安心もあっての2度寝だけど・・・


病室のベットで
ギンギンに目の覚めてしまっているユウタが
1人の力で再び眠りに付く事は

確かに難しいだろうと思っていました。

 

 

 

たちの悪い事に病室で早朝のユウタは
と~ってもテンションが高いらしく

周りのお友達も次々目覚めてしまうようです(>_<)

 

    

     「朝、早くに目覚めてしまった場合

              家ではどうされていましたか?」


     
     「ここ(入院中)では、どうすればいいですか?」

 

 

 

看護師さん達も、ほとほと困った様子でした。

 

 

 

 

家ではまず新聞の朝刊を
自分で玄関に取りに行って

レストランなどの広告を広げては
ハサミで切り抜きしたり、紙飛行機作ったり。

あとは折り紙をして遊んだり
お友達や学校の担任の先生にお手紙を書いていたり。

 

それでも時間が余ってしまうと
こどもチャレンジで勉強しているユウタでした。

 

 

 

あとは朝食までのカウントダウン。

ソラのお世話をしてから
みんなのお箸をテーブルに並べたりしていました。

 

 

 

 

考えた挙句、病院でも自宅と同じように
電気だけは点けられないけど
ベットサイドのライトだけはOKにしてもらって

誰も起こさないように
静かになら遊んで良いという事になりました。

 

 

 

 

この早起き、何とかならないかな~・・・

 

ユウタも苦しいよね。

 

 

 

 


 

 

 

 

お腹がすいて起きちゃっていた事が
早起きの発端です。



私は心を鬼にして

ユウタがどんなに欲しがっても
水分以外は絶対に与えませんでした。




くちびるをプルプル震わせて

1時間も2時間も
「お腹すいた~!」と泣くユウタといて

本当は、もう何度もくじけそうになって

冷蔵庫にある残り物の冷ご飯で
おにぎりを作ってしまいそうになったけど。



これがユウタの為と思って

いつかこの空腹も落ち着くと信じて


絶対に与えませんでした。





 

朝ご飯までの時間が
あっという間に過ぎてくれるように

何かに集中して気を紛らわせる術を
自分であみだしたユウタ。





当時5歳の男の子が
空腹の苦しさから逃れる為に 

早朝のリビングで新聞の広告を広げて

食べ物の写真を凝視する姿。




 

何か食べたい!

何かちょうだい!


お腹空いた~!



大きな声で、そう泣かれた方がいいくらい
その姿が哀しかった。




 

私の脳裏から一生離れる事無い

早朝のユウタです。

 

 

 

 

 

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[ 2008/01/14 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(0)

WISC-Ⅲ。 


2008年 1月16日(水)

入院27日目
手術より21日目

 



今日は「wisc-Ⅲ」という検査をしました。



2年前の開頭手術後に

ユウタの精神状態が激変してしまった事と
その原因が どこからきているのか
その対処は どうしたらいいのか

脳外科の先生も、内分泌の先生も
ユウタの大きな変化と対応に迷われていました。

 

 

そこで受けたのが「鈴木ビネー検査」

全般的に、その年齢の知的機能を見る検査と聞きました。

 

結果は全て標準以内、むしろ少し高めだと言われて
ものすごくホッとしたのを覚えています。

 

 

 

 

 

今回、新たに検査をしてみたのは
こちらからの希望でした。

 

初めての検査から2年近く経っていたし
他にも色々な検査が存在する事を調べていたので

たくさんの子供達を診てきている、こちらの病院にて
機会があれば受けさせてみたいと思っていたからです。

 


術後の激しい精神状態からは
少しずつ抜け出せたものの

新たな問題点もチラホラ見えてきていて

憶測だけの判断ではなく
検査でのはっきりした診断が欲しいと思っていました。

 

 

 

 

本当は怖かったけど・・・。

 

でも、この検査で何かが分かって
ユウタの為に出来る事が見つかれば
改善される事があるかもしれないと挑みました。

 

 

 

 

 



私が病院に着いた時には
もうすでに検査が始まっていました。


どこの棟で、どこの階で行なわれているのか
私は何も聞かないまま
なぜかものすごく焦って・・・

病院内の、多分ここだろうと思う科を行き渡り
暗い地下の方へ行きました。

 

 

 

今考えても、不思議だけど・・・



地下の検査室には扉がいっぱいあって

どの部屋で行なわれているのか
しかも、ここの場所にユウタがいるのかも分からなかったけど


ある扉の前でピンときて

「ここで検査してるかもしれない」



私は長い間
その扉の前で立ち止まり待っていました。

誰に聞こうともしないで、ひたすら待っていました。

 

ほんと、何でだろう。
違っていたら、ただのアホちんだ。

 

 




病棟の看護士さんがユウタを迎えに来ました。

「ここですよ♪」と教えて下さって
中からユウタがニコニコして出て来ました。


私が待っていた扉から。

 

 

 

 

 

「あ~楽しかった。(゜▽゜*) 」


ユウタの感想、検査は
とてもおもしろかったそうです。

 

 

 

 

検査の結果には数日掛かるとの事でした。

 

 

 

  

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[ 2008/01/16 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(0)

故障疑惑。 


2008年 1月17日(木)

入院28日目
手術より22日目





ユウタは週に1度、体重測定をします。


普通の体重計を使い
立位で計る事が出来ないので

ストレッチャー式の
寝たまま計れる体重計で測定します。


これが色々”難点有り”の体重計で(>_<)




ベットからストレッチャーに乗るだけでも
ユウタにとっては重労働!


やっとこ乗っても、電源が入ってなかったり
デジタルがちゃんと作動しなかったり
どこかに触れていた為、正確に計測出来なかったり。


何度もやり直す看護師さんも困惑顔だけど
乗ったり降りたりのユウタも大変でした。








この日、珍しく1回で測定できました。



アレ?


1.5キロ位減っている~~~?(゜∀゜)ノ






やったぜユウタ!

私もユウタも目を合わせてニヤリ。



軽くジャンプして喜んでいると


「昨日も2キロ近く体重が減少していたので
   
   内分泌の先生が測定ミスを疑って今日も計ってみたんですよ。」
・・・と。

 

 



え~~~っ!

じゃじゃじゃ、もう1回!

 

そして、散々怒りまくっているユウタを
半ば強引に乗せると、数値はさっきと同じでした。

 




これはどうにかして内分泌の先生に納得してもらいたい!

多分、減ったの!
絶対、減ったの!




もしかして、体重計が壊れてるのかな?と
看護士さんが疑い始めたので

それならば、私が計ってみます!

 

私もムキになってました(笑)

さっさとブーツを脱いで
私が仰向けになって計ってみました。

 

 

看護士さんは私に悪いと思ったのか
「カーテン閉めますね♪」と言って出て行っちゃったけど

むしろ、この場にいて
その目で私の体重を見て欲しかったです。

 

 

 

 





今朝たまたま計っていた私の体重より
ちゃんと増えていました・・・(それも複雑)



壊 れ て 無 い よ ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ ~ ! ! !




看護士さんは「いつもの私の体重」なんて知らないのに

なぜか非常に私は焦って
自ら自分の体重をどうどう公表して


「なので、故障じゃないです!」
と、力説していました。

 

 

 

 

 

たかが体重、されど体重。

何はともあれ、体重減少なのだ。

 

こんなに喜ばしい現象は
今、他に無いのです。

 

 

看護士さんはまだまだ首を傾げていました。

 

 

そして次の日に再度計測すると
いつも通りの体重に戻っていたので

そこでやっと内分泌の先生も看護師さんも
納得されていました・・・・・(;∇;)

私の必死な訴えも、公表した体重も空しく。

 

 

 

 





結局、ユウタは尿崩症でもあるし
体の水分量が大きく変化しやすいので
そのせいと思われる減少でした。


逆に水分が多ければ、増加してしまうのだし
少しの増減で一喜一憂する事が

とてもアホらしい事なのでしょう。

 

 

 

 

減ってると故障を疑って
増えてると正常だと思われるなんて。

でも、これがユウタの病気なのです。

 

体重を減らす事はもちろん、変わらずに保つ事でさえ
本当に大変な事です。


 

 







いっぱい食べて

ぐうたらしていて

怠け者をしているから
どんどん太っちゃうんじゃないよ!


みんな、それだけは分かっていてね。

 

 


大きな体を振り返り
驚き見る人たちは本当にたくさんいます。


なかなか病気の理解は得られないけど

そのかわりに
応援してくれる人は

心から温かいのです。

 

 

 

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[ 2008/01/17 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(4)

一期一会。 


2008年 1月18日(金)

入院29日目
手術より23日目

 




先日、リハビリの先生から
ユウタのやる気減少の状況を聞きました。


疲れた~とか、眠い~とか
何となく想像できる様子です。

 


確かに、疲れやすい病気ではある事と
内分泌の疾患を持つ子にとって
放課後に筋力UPのリハビリはシンドイとは思うけど

そんな事言ってさぼっていたら
ここに入院している意味が無いと言えばその通りです。

 


 

どうしてリハビリが必要なのかも

リハビリをこなして頑張って行く事が
どのような喜びに繋がっていくのかを

やっぱりもう1度
ユウタにきちんと話さなければ・・・と思いました。

 

 

 

 

 

先生と約束していた時間に
ユウタのリハビリ見学に行って来ました。

パパと2人で約10分間ですが
先生とユウタの姿を近くで見る事ができました。

 


先生もユウタの事は心得ている様子で
ちょっと出来ただけでも大げさに

「すごいね~!10回も出来ちゃったじゃん!!!」とべた褒め。

 

     
   この子は褒めて伸びるタイプなので

         「すごいね」の言葉で調子に乗ります!!!

 

 

 

私から先生に、そう伝えていたので
その通り、本当にたくさん褒めてもらって
ユウタは頑張っていました。


ユウタも私達が見ている中で
いい所を見せようと

真っ赤な顔して力が入っていました。

 

 

 

ただ、手術により
太ももの横側からスクリューを入れたので

横向きに寝転ぶと
まだまだ痛みや異物感がある様子でした。

 

頑張りながらも途中で

「痛い~!」と泣き出したりもしていました。

 

 

 


 

 

 


今日、ユウタのリハビリを見学して

確かに「甘えの部分」も
いっぱいあるかもしれないけど


すっごく頑張っているユウタを見る事が出来ました。

同時に色んな事が見えてきました。

 

 


周りの子のように
ヒョイっと軽くは操れない車椅子も

かなり上手に、そしてずいぶん長い距離も
自分だけの力で動かして行けるようになりました。

 

その度その度、おおごとだったトイレの介助だって
ママ1人の、少しの支えで十分になったし。

本当にすごい進歩を遂げている日々です。

 

 

 

ここまでには、本人の努力も
たくさん、たくさんあったと思います。

ユウタは本当に頑張ったと思います。

 

でもユウタの努力の前方には

ずっと一緒に歩んで来てくれた
リハビリの先生のご苦労も

たくさんあったんだと
改めて、今日の見学で気がつきました。

 

 

ユウタほどの低年齢での発症は
本当に少ないらしい「すべり症」で

しかも両側の手術で
片足も地に付けられなくて

その上、高度肥満と言われている
重たい男の子で

内分泌疾患を持っている
疲れやすい子供。

 

「初めてです!」と先生も仰っていました。

 

 


 

本人のやる気を失わせないように
少しの進歩で大げさに褒めて褒めて褒めまくって

もうダメだと逃げ腰になると
「あと5回だけ、頑張ろう!」って
粘り強くユウタと向きあってくれて

それでも「もうダメ~」と泣いたり
出来ない事でイライラするユウタの横で

色々な言葉を掛けながら、待っていてくれて。

 

 

自分が恥ずかしくなる位

頑張ってくれている先生とユウタに気が付きました。

 

 

私がいろんな事毎で卑屈になったり
だれも分かってくれないと嘆いていた時にも

こうやって止まる事なく
毎日努力を積み重ねてきてくれたんだな~って・・・。

 

 




リハビリへ通える事だって
実は色んな人たちの協力があっての事。 

 


  こんなに元気になれたのは?

  こんなに笑顔が増えたのは?

  ユウタの体重が増加しないでいられるのは?

  清潔に保たれ、きれいなシーツで眠れるのは?

 

 

毎日、たくさんの方々から頂いている
「力」の重なりがあるからこそでした。

 

 

お母さん、あなたは何をしていたの?

何を見ていたの?

 

大切な事をいつだってすぐに忘れてしまう。

当たり前だと勘違いしてしまう。

 

 

 

***************************************

 

 



プレイルームで夕食の後
整形外科の先生が来てくれました。

 


先生とは施設の事で
看護士さんを交えての話し合い以来
きちんと話をしていなかったので

あれだけ大泣きして、ふてくされた自分を思い出すと
すっごく会いづらいな・・・と思っていたところでした。

 


「・・・先生、あの時は感情的になって申し訳ありませんでした。」


いえいえ、施設へはみなさん行きたがらないのですよ~と
先生は笑ってユウタの頭を撫でていました(^_^;)

 


でも先生は変わらずに優しい笑顔で
色んな話を丁寧に

そしてやはり「キッパリ」と伝えてくれました。

 




     「施設については行ってみてダメな時に

              その都度、ユウタ君にとって1番いい方法を考えて行きましょう。」



     「どの病院よりも、この病院と ここの施設が1番手厚い事は確か。

                            その事を私は胸を張って言えます。」








私はやっぱり、この先生のキッパリに弱いです。

先生のキッパリ言い切る所に
何もかも”すがりたい気持ち”なんですね。


 

 

それに、何よりユウタも「早く施設に行きたい!」と
この頃は毎日のように施設行きを待ち望んでいるし

病棟の子供達で、その疾患や治療により
施設に行きたくても行けない事情を抱えた子供達の姿にも


色々と考えさせられる事、想う事が

日々の中で多くありました。







ここに詳しく書く事は出来ないけど。


病院の廊下に張り出された
お正月の書き初めで

長期入院中の子供が書いた
「一期一会」の強い文字を見た時から

本当は少し、自分の中の弱さに気付きながらも

それに気が付かないフリをして
毎日、通り過ぎていました。

 


 

 

 

今、本当に大切な事は「足の治療」・・・。

私はそれを今回の入院で
なかなか重点に考えられませんでした。

 


施設に入所しての仮想で
この先に待ち構えているあろう”トラブル”にばかり気をとられて

今、1番大切な問題点を
置き去りにしたままだったのかもしれません。

 

 

 

     「施設に、行きます。」

 

 

先生、よろしくお願いします。




やっと先生に返事が出来た時

「こうなったら、頑張るぞ~!」って
今まで諦めないで頑張ってこられた自分に

戻れたような気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

それでも、やっぱり
親ならば誰もがきっと抱えるように

新しい場所でのスタートには
不安ばかりが募っていました。

 


でも「頑張ろうぜ!」の気持ちが加わると
お母さんの力って俄然変わっていくのかもしれない。

 

ウジウジと変な方向に向かっていた気持ちとは違った
清々しい不安?


よく分からないけど・・・

心から「ユウタ、頑張ろうね!」って
隣に並んで一緒に進める事は

本当はとっても有り難い事なんだと思います。

 

 

 

 

 

 

いつも1本道だけど

ユウタの病気は”行き止まり”では無いこと。

 

自分が行き詰まると
すぐ、忘れてしまう事だけど

その事にいつも感謝して頑張らないといけないんだ。

 

 

 

頑張っても頑張っても
どうしても進めなかったお友達が

今、ユウタと私の背中を押してくれています。



 

 

 

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[ 2008/01/18 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(2)

パパの車。 


2008年 1月19日(土)

入院30日目
手術より24日

 



この日・・・

パパが通勤で使っている車が
車検切れ間近である事と

故障続きで、いつどうなるか
分からないようなポンコツ車だったので
思い切ってサヨナラをしました。

 



思い切りポンコツではあったけど
ユウタがダイスキなパパと一緒に
私が仕事でパパが休みの日などは

この車で色々と出掛けた、思い出深いポンコツ車なのでした。

 

 

 



結局、ユウタが脳の手術を受けた後は
あまりの揺れの為、気分が悪くなる事が多くなり
そのポンコツに ほとんどユウタは乗らなかったけど


ユウタが書いた「パパへ」のお手紙を
パパはいつもポンコツの1番目立つ所に貼り付けて

助手席にはいつもユウタの為の
チャイルドシートが置かれていました。

 


助手席には乗せないで!と、私がいくらパパに言っても

「ママには内緒だよ!」って
ユウタの喜ぶ顔見たさに、こっそり乗せていたようです。

 

ユウタもパパのポンコツが大好きでした。

 

そして今日、中古のポンコツ2号車が
我が家へやって来ました。

 

 

 

 

 

 

 

2号車の納車関係で
ユウタへの面会が遅くなってしまいましたが

病棟で私達を待っていたユウタは
珍しくニコニコと上機嫌でホッとしました。

 

金、土、日曜日は ほとんどのお友達が外泊中なので
病棟でユウタは私達が来る事だけを
楽しみに待っていたのだと思います。



泣いていなくて良かった。

 

 

 


 

 

 

 ポンコツとキュービック

 

     こちら、思い出深いパパのポンコツちゃん。

 

 

 

仲良しのお友達と
2005年の夏、キャンプに行った時の写真。


ポンコツに詰め込めるだけの荷物を乗せて
みんなでワイワイ出掛けたね。

 



この日もユウタは嘔吐して
それはただの車酔いかと思っていたんだけど

この日から1ヶ月も経たないうちに
ユウタの脳腫瘍が見つかったんだ。

 

 

2005年の夏

 

 

元気で元気で、とにかく元気で。

暴れん坊で落ち着きがなく
友達といつも走りまわって騒いでいた頃。



頭にキズのない、自然な笑顔のユウタをこうやって見ていると

本当にもう、どうにかなってしまうんじゃないかってくらい
私は ものすごく苦しくて辛いんだけど・・・



時々、こうして見ては涙ボロボロになりながらも


「もう1度、この笑顔が見たい!」
「見てやる!」の気持ちと一緒に

「諦めないぞ!」
「今に見てろよ!」の強気な気持ちが

溢れてくるようになってきました。

 

 

 

 

バイバイ!ポンコツ。


ありがとう!

 

 

 

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[ 2008/01/19 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(4)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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Family


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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