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精神薬の副作用。 


2008年 5月7日(水)

入院138日目
手術より133日
施設100日目



ゴールデンウィークは

我が家にいつもの仲間が集まって大騒ぎしたり
大好きなラーメン屋さんへ行ったり
おじいちゃんとおばあちゃんが家に来てくれたり

家族でいつもの休日と変わらない時間の中で過ごしたり・・・

楽しくて嬉しくて、ユウタの心が
だんだん穏やかになっていくのが分かりました。



自宅で過ごすこの間に、薬による良い意味での変化も
また その逆も見えませんでした。

薬では補えないものを、きっとユウタはいっぱい胸に吸い込んで
笑顔のまま施設に戻って行きました。



*****************************************************************



今日は朝いちで、血液検査があったらしく
夕方、内分泌の先生が結果を報告に来てくれました。


いつも脱水傾向であるユウタのナトリウム数値は147と、まずはOK。

甲状腺も、先日増量となったチラーヂンのお陰で良い数値に。

始めた精神薬の副作用も出ていない。

体重も増加していないので、身体的に良好な状態である。



久しぶりに、よい報告でした。


せめて内分泌的な部分だけは落ち着いていて欲しいと思っていたので
先生からの結果報告に、とてもホッとしました。

そして、こころ科の先生により
精神薬も明日の夜から増量していく事になりました。




この日のユウタは、うつらうつら・・・。

ぼ~んやりしていたり、かなり疲れた様子が見えました。


G・W明けで疲れているのかなって
その時はそう思っていました。






2008年5月9日(金)

入院140日目
手術より135日
施設102日目


今日はユウタの授業参観でした。

今回の授業はリサイクルについて。





4台並んだPCで順番に↑の動画を見て
その後、先生からの質問に答えたり、エコについて考える授業でした。

(さすがPerfumeファンの先生www)

何度も流れるこの曲が
その後ずっと私の頭の中でも流れて続けていました(笑




授業の中で、ユウタも穏やかな表情でいました。

手を上げて発言したり
他の人の意見にうなずいていたり。


病気によって長い入院やリハビリを続ける中で
こんなふうに楽しく過ごせる学校生活というものがユウタの近くにあって

幸せな環境と
先生から支えてもらえている事に感謝しました。



昨日の夜から、精神薬がこれまでの倍へ増量しましたが
学校での様子や施設での様子にも、これといった変化は無く

夜になって、いつもよりも少し早めに寝てしまったという変化くらいしか
この時には見えませんでした。








その週の外泊の間
ユウタはほとんど昼も夜も無く眠っていました。


穏やかになった、という表現は適切ではなく
「怒ったり、興奮したり、それ以外の元気さえ無くなった」という感じ。

隙があれば、すぐに眠る。
起こさなければ、そのまま眠り続ける・・・・・


これは おかしい!



精神薬を服用するようになってから
初めてユウタに表れた”変化”を感じました。

増量した精神薬の副作用をすぐに疑いました。




土曜日は大雨の中、ユウタが図工で使うという
紙粘土とマグネットを買いに行って

夜には、仲良しのカオリンとシ~ちゃんが家に来てくれて
大盛り上がりで「たこ焼きパーティー」もしたんだけど

ところどころで気を抜くと眠っていました。


翌日は、確実に副作用であると断言できるほど
ユウタは ず~~~っと、ずっと、ひたすら眠り続けていました。



外泊を終えて施設に戻っても
17時には自らベットに横になって、そのまま眠りました。

私たちが帰る時も、いつものように
「ママ、明日ね!」って泣いたり淋しがったりもなく。


ベットで眠るユウタにそっと「バイバイ」して帰りました。







翌日の月曜日も、ユウタはいつものように早起きする事無く
いつまでも眠っていたようです。

学校は欠席する予定でしたが
本人の希望で途中から参加するものの
やはり授業中に うつらうつらしていたようで・・・。


こころ科の先生の指示により
精神薬の服用は今日から中止となりました。

薬の副作用、この「眠い」といった症状が消えるのには
長くて3日間くらいはかかるとの事でした。




**********************************************************************




この時、私の中では
いろんな気持ちが一度に押し寄せてきていました。



これでいいの?
こういう事での解決しかないの?

簡単に言えば、ある意味
元気が出ないようにする為の薬を使っているんだよね。

そこまでして何の為に?
ここに居る為に?

なぜここに居なくちゃいけないのか・・・

そう、足の治療の為。
他に行き場はないのだし。




薬で落ち着かせて、ユウタにある元気さえも無くなって
例え「ユウタ君、落ち着いたね!」って評価があっても

私たちは、きっと辛くてたまらない。


毎晩、遅くまでパパと話し合っても
お互い繰返すのは「施設に居るしかないのだから。」

結局、こうするしかないという現実に
ユウタが可哀想だからという私たちの想いは通用しない。



怒っても、ぶちキレても
元気に明るく笑っているユウタだったら、それでいい。

周りへの迷惑を何も考えずに
大暴れして、そう叫びたかった。


その頃の私は、いつも そう思っていました。

平気だよって顔をして。




だって・・・そうしないと、一気に何かが崩れてしまいそうで

歯を食いしばって
みんなを睨み付けていたと思います。









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[ 2008/05/12 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | コメント(-)

流行り目騒動。 


2008年 5月13日(火)

入院144日目
手術から139日
施設106日目



施設に入所中の方で
流行り目に感染の可能性がある人が出ました。

流行り目とは「短期間で集団的に発生するウイルス性急性結膜炎」の事です。


ここのところ、ユウタの目も赤いな~とは思っていたのですが
外泊のたびにユウタは目をかゆがり赤くなるので
家で飼っている犬のソラの毛が原因かと思っていました。

普通にしていれば大丈夫なんだけど
ソラと じゃれあって遊んだ手で、そのまま顔をこすったりするとダメです。


流行り目が出たかもしれないと言う事で
ちょっぴり赤いユウタの目を眼科の先生に診て頂き
検査をしてみる事になりました。



結果=陰性


「あ~良かった♪」と思ったんだけど

この検査は確実なものでは無いらしく
陰性と結果が出ていても、もしかしたら流行性かもしれない・・・とのことで

「今夜から日曜日まで外泊していて下さい。」という事になりました。


   「え~~~~っ!!!」



じゃ、何の為に検査したんだ?って突っ込みたかったけど

外泊と聞いてユウタもすっごく嬉しそうにしているし
私も実は、ちょっぴり嬉しかったから(笑)

素直に「ハイ、分かりました!」と言って
ユウタと2人で家に帰りました。



ユウタが家に帰ってくるのは嬉しいんだけど

気がかりなのは やっぱり・・・
リハビリをしばらくの間、中断してしまう事と
あとは遠足が間近となっている学校の事でした。


ユウタを連れて帰宅すると
パパも私と同じく「ちょっと、嬉しいな」とニコニコしつつ

でも、リハビリどうするの?
遠足、行けないね?と心配そうにしていました。


でも翌日、担任の先生からユウタに電話があって
遠足が来週に延期した事や
何にも心配する事は無いよと優しい言葉を伝えて下さったので

私もユウタも、安心できました。








施設から「念の為に、翌日も他の病院で検査して下さい。」と言われていたので
次の日に掛かりつけの大学病院の眼科へ受診しました。

この日はもうすでに目の赤みも無くなっていて
かゆみも無く、見た目に異常は無かったのですが

今日もまた同じく「確実ではない」と言われている検査を受けました。


結果=陰性



  確かに この検査は陽性であっても陰性と出たり
  なかなか見つけられない事もありますが
  
  2回検査して、どちらにも陰性と出ているのだから大丈夫ですよ。
  学校も行って大丈夫!

  ・・・との事でした。




施設に診察結果を連絡する約束になっていたので
家に帰って、すぐに電話をしました。

そのまま話しましたが
結局、日曜日までの外泊に変更はありませんでした。



そして、こころ科の先生の指示により今夜から
先日、副作用の出てしまった精神薬(その時の記事←click)を
1.5mg→1.0mgに減量して、再スタートしてみる事にしました。





ラーショTシャツ


今回の強制外泊。

ラッキーだったのか、アンラッキーだったのか
その辺はあんまり考えないようにして

せっかく外泊しているんだから♪・・・と
楽しい時間を過ごしていました。


ユウタはラーメン屋さんのTシャツをもらって大喜び。

大好きな店主とお揃いです。
洗濯を拒み、毎日着たがりました(笑





土曜日には、やっぱりいつものラーメン屋さんで
営業後にトモちゃんとチズちゃんのお誕生日パーティー。


作品1

言うまでも無く、やはり↑のケーキ(2種類とも!)はカオリンお手製です。


ホントにね、カオリンは天才だと思うのです。

ケーキ作りも、もちろんそうだけど
さりげなく、こっそりと周りの人を Happyな気分にさせてくれるのです。








ユウタが再スタートした精神薬の効果は分からない。

でも、こうやって楽しい時間を笑顔で過ごす事の方が
何よりも効果は絶大だって事。


やっぱり途中で、薬のせいなのか
ユウタはウトウトしていたけど

幸せそうな顔をしていました。









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[ 2008/05/17 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(4)

三冊の漢字辞典。 


2008年 5月19日(月)

入院150日目
手術より145日
施設112日目


2008/5/22


今日は整形外科の先生より
本日撮影した大腿骨のレントゲン結果を聞きました。


先月の検査(その時の記事←click)では

大腿骨に打ったボルトの周りが黒くなっている事が判明して
マクロな微動により黒く映ってしまっただけなのか
それともボルトのズレが起こって、緩んできているのか
現時点では、不明・・・との事でした。

今回のレントゲンにも、黒く見える部分は変わらず写っていたので
他院の先生にも診ていただいたようです。


カンファレンスの結果、手術を受けなおす程度ではない との事で
様子をこのまま見ていく事になりました。



・・・・・・・・・あぶない、あぶない


もし、再手術となってしまったら
当たり前だけど、すべてがやり直しになってしまうのです。

痛みの辛さも、動けない煩わしさも、もちろん苦痛ではあるけど
もっと心配なのは、やっぱりユウタの心でした。


レントゲンに写る、黒い部分は確かに心配ではあるけど
とにかく再手術から免れた!

あ~~~~~良かった!


手のひら、汗ビッショリでした。





その後、こころの科の先生が来られました。

現在は、再スタートした精神薬の効果も副作用も見えない状況。
そのまま1週間様子を見てみましょう。


こちらも、経過観察となりました。








2008年 5月20日(火)

入院151日目
手術より146日
施設113日目



今日は学校の遠足の日でした。

・・・が、台風並みの雨風の為、遠足は中止に。


あんなに楽しみにしていたのにな。
遠足では、みんなでボーリングをするという予定でした。





夕食後に、みんなが院内の お散歩に出かける時
ユウタはまだ宿題が終わっていなかったので、部屋に1人残って漢字練習。


ユウタが「ヤダなぁぁぁ!」って私にブチブチと文句を言っていると
周りのお友達が数人ユウタの近くにやって来て

「ユウタ、頑張れよ!」
「早くやっちゃって、散歩に来れば?」

・・・意表を付いての、大声援を送ってくれました。


ぼくの漢字辞典、貸してあげるよ!って
3人のお友達が次々とテーブルに辞典を置いていってくれました。



積まれた辞典を眺めてユウタは
とっても嬉しそうに、ものすごく張り切って宿題を始めました。

私が ちょっとウルッと嬉しくなっていた時に
整形外科の先生がユウタのお部屋を覗きに来ました。


   先生: 「みんな、お散歩行っちゃってるのに、エライね~!」

  ユウタ: 「ユウタは将来、お医者さんになるから頑張るんだ!」

   先生: 「大丈夫!先生は漢字は全然書けないけど医者になれたから!」

  ユウタ: 「・・・・・。」



おいおいおいおい(;∇;)


でも結局ユウタは、途中で「もう、やだ~!」ってなる事も無く
最後まで宿題をやりとげました。



お散歩には行けなかったけど
お友達の優しさが温かかったし、先生もおもしろかったし?

この、三冊の辞典のおかげだね。


ユウタも私も、クタクタだけど笑顔でした。






 お友達って、時々イジワルで 時々優しい。

 ユウタって、時々たのしくて 時々悲しい。




ユウタが漢字を書きながら

真顔で、そんなことを言っていました。







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[ 2008/05/20 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | コメント(-)

カウントダウン。 


2008年 5月21日(水)

入院152日目
手術より147日
施設114日目



学校の担任の先生が書いてくれる連絡ノートに

「今朝、体調不良の為、少し送れて登校しました。
  その後は元気に取り組めていました。」・・・と、書かれてありました。



看護師さんにユウタの今日の様子を聞いてみると

朝から お友達とトラブルがあって
登校が遅れたのは、その影響だという事でした。

その後、ちゃんと自分で気持ちを切り替えて
自ら「学校に行く!」と言ったらしい。




「でもユウタ君、気持ちの切り替えは早くなってきた・・・・・・気がしますよ?」

ホントですか?



看護師さんたちも、きっとユウタに
精神薬の効果が出る事を期待しているんだろうな。

ちょっとでも、良い変化が見えないだろうかって。










2008年 5月26日(月)

入院157日目
手術より152日
施設119日目




今日も、施設に着いた早々に看護師さんから
「お母さん、ちょっとお話があるんですけど」・・・と(;_;)


今朝また お友達とトラブルがあったらしく。

だけど今回はちょっと”不可解な大騒ぎ加減”だったらしい。



  お隣のベットのお友達が持っている「エンピツ削り」を勝手に借りて
  それが部屋のみんなに見つかってしまい
  「返せ!」と言われると逆ギレして大暴れした。

               

  その後、食堂で朝食中に
  みんなが「やめて!」と言って嫌がる事をやめずに繰り返し
 
  とうとう、お隣の席の男の子に叩かれ
  「死んでやる!」と大暴れしながら
  スプーンやフォークで自分のノドを刺そうとした。

               

  叩かれた怒りが収まらなかったのか、自分のお皿を床に投げ
  隣の席のお友達のお皿も手で払い、床に落とす。 

              


本当に、それをユウタがやったのですか?
・・・とは、口には出さなかったけど本当に驚きました。

みんなが「うちの子に限って!」と思ってしまう感覚は、こういう事なのか?


どんどんユウタが私の手の届かない域に
1人で進んで行ってしまっているような、そういう怖さを感じていました。




そして1つ不可解なのが・・・

ユウタはひと暴れした後「あれ?ユウタのお皿が無いよ?」と
自分のお皿が無い事を不思議に思っていたとの事でした。

自分が怒りまくって、床にお皿を投げた事を忘れてしまっていて。


とぼけているようには見えないユウタの様子に
看護師さんも首をかしげていて

こころの科の先生に連絡をしてくれました。



思えば・・・



思えば この時から・・・・・

いや、私が気が付かないようにしていただけで 本当はもうすでに


ユウタが施設を去るまでのカウントダウンが
始まっていたのかもしれません。









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[ 2008/05/26 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | コメント(-)

文化祭。 


2008年 6月4日(水)

入院166日目
手術より161日
施設128日目


これまで使用して来た精神薬(セレネース)は
ユウタの様子を見ていると、全然効いていないという判断で
5月26日(←click)の夜から服用を中止していました。

「セレネース」という薬は精神薬の中では副作用も少なく
精神薬には付き物の「空腹を伴う」という事もほとんど無いと言われている物でした。

ユウタを苦しめている空腹感が
これ以上増す事だけは避けたいと考えてきました。

精神薬には色々な種類があるし
その人によって合うものがバラバラなので
ユウタ君に合うものをゆっくり探して行きましょうという事でした。





そして、服用中止からしばらく経った本日より
新しい種類の精神薬(ルーラン)がスタートとなりました。


前回使用していたセレネースというお薬は
使われてきた歴史も長く副作用も少ない事から
わりと安全だと言われてきた精神薬だったのですが

今日から服用スタートのルーランという薬は
逆に、わりと新しい部類の物だそうでした。


空腹感は人それぞれ、との事・・・。

とにかく少量から服用して行き、様子を見ていく事になりました。



  「ユウタのような脳の手術の後遺症で
  
     このような精神安定薬を使っている子供は多いのですか?」



ユウタ君のようなタイプは非常に稀です。
とても少ないです。

ころっと変化するユウタ君の様子を見てきましたが
明らかに脳障害です。

そのようなお子さんは、本当に稀なんですよ。






・・・・・・・・・・・・・。


「なんで、ユウタばっかり。」




私の頭の中にある「小児脳腫瘍」の世界は まだまだとても狭く
そんな狭い世界の中で私はもがいているだけ。

大きく括り「小児ガン」として見渡せば
私なんて、何にも分かっていないのだろうと思う。

現実は、もっともっと厳しいのだろう。


分かっていても、つい思ってしまう。

こういう時は自分が知る限りの「小さな世界」の中で
どうしても人と比べてしまいます。


そして私も、どんどん捻くれていきました。










今日はユウタが通っている院内の養護学校で
文化祭がありました。


文化祭ステージ。


パパも仕事を午後からの出勤に変更してもらって
一緒に見に行きました。



文化祭では低・中・高学年ごとに発表があり
その中でユウタたちは

オペレッタ風?な劇「お母さんへの贈り物」を発表しました。


ユウタは「アヒルの子」の役でした。


アヒルの子


アヒルなので、衣装は
黄色のTシャツと黄色のズボンと指定されていました。


Tシャツは持っているけど・・・黄色のズボンなんてあるのかな?

それに、児童向けの服なら売っているかもしれないけど
ユウタのように大人のLサイズで「黄色のズボン」なんて、なかなかありません。


あきらめて、ズボンだけは黒で許してもらおうと思っていたのですが
周りのお母さんたちが忙しい中で協力し合って
ユウタにも着られる黄色のズボンをお揃いで買ってきてくれました。




それなのに・・・・・・・(;∇;)


写真のユウタを見てください。

ズボンは黄色ではなく、黒です。



ユウタはまだ、両足に全体重を掛けられない為
車椅子に座っている時は介助がないとズボンが履けないのですが

文化祭当日の朝は、とても慌しく
ユウタに着替えの介助が不可能だったようでした。


あ~~~~~、残念 (>_<)


わざわざ買いに走ってくれたお母さんに
申し訳ない思いでイッパイでした。

それでも、今となってはそれも微笑ましい思い出となっています。

退院後の今も、その黄色い半ズボンを手にとっては
「懐かしいね~」とユウタが喜んでいます。


アヒルの子


ユウタたちの劇は、結構長いものでした。


セリフを覚えられるのか、流れを頭に入れられるのか
みんなの足を引っ張る事にはならないだろうか・・・

当日まで私には、たくさんの不安がありました。


聞くと、やはり午前中の体調不良や頭痛が多く
こんな状態で果たして参加できるのだろうかと、かなり心配でした。





でも、ちゃんと出来ました。

大きな声でセリフも言えていたし
歌も上手だった。


ニコニコと楽しそうに
堂々と発表している姿・・・

色んな感情が入り混じりながらも、ユウタの成長を嬉しく見つめていました。




*******************************************************************




文化祭当日の午後に書いた、ユウタの感想です。




   今日は文化祭の時、緊張したけど、うまく出来て良かったです。
   重心の人たちも頑張れていて、すごかったです。

   ぼくたちは、お母さんへの贈り物をやりました。
   また やりたいです。

   1年生と2年生と3年生で出来て良かったです。
   重心の子も、すごかったです。











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[ 2008/06/04 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | コメント(-)

施設、最後の夜。 


2008年 6月5日(木)

入院167日目
手術より162日
施設129日目



今日は施設に着くと、何となく・・・・・感じました。


あ~・・・またユウタが暴れたんだな。

そうはっきりと断定できるくらい
鈍感な私には珍しく、そういう空気を感じ取りました。



同室のお友達のお母さん2人が私よりも先に面会に来ていたので
何があったのか、聞いてみました。

優しいお母さんたちは何とも言いにくそうに
一生懸命、言葉をさがしながら話してくれました。



やっぱり、すごいケンカがあったらしい。

ホントに、ものすごいケンカだった・・・と。



お母さんたちも私に、詳しくは話しにくそうにしているので
あまり突っ込んで聞かなかったけど

想像は付いていました。




後から面会にやって来たお母さんは
普段から、誰も面会へ来ない時間帯にも時々ここへ来られているようで

そんな時の様子を
「思い切って言うけどね・・・。」といった感じで話してくれたのですが

「本当にビックリするくらい、ひどい。」と教えてくれました。



落胆する私の周りで
そんな私よりも困った様子のお母さんたちは皆、無言のままでした。




足の病気になってから、私が細かく書いてきた日記も
この日の事は何も記されていませんでした。

そして、この日を最後に
その日記に記すことは もうありませんでした。



施設のベットにて。



その場へ、支援課の方が重たい足取りでやってきました。


「ちょっとね~、本当に困っちゃってるんですよね~・・・。」

ポツリポツリと、やっぱり話しにくそうに
ユウタの様子を話してくれました。


ユウタの担当の看護師さんさえも
「どうしたらいいんでしょう・・・。」と、すっかり頭を悩ませてしまっているとの事。


支援課の方も看護師さんに対して
「ユウタ君の事、私に言われたって困っちゃうのよ。」と半ギレでしたが

それこそ、私に言われても・・・といった内容の話を私にしてしまうほど
ユウタで起こる日々の悩みに混乱した様子でした。



「迷惑掛けてばかりで、本当に申し訳ないです。」

私から言える事は、もう それだけでした。







夜になって、同室の男の子が
ものすごく不機嫌な顔でユウタのところにやって来て

「昼間はごめんね。許してくれないか?」と言ってきました。


お母さんや施設の人に促されてユウタの所にやって来たのが
その男の子の表情を見てすぐに分かりました。


「うん、いいよ!」


ユウタは、とっても嬉しそうに返事をしていました。



昼間 何があったのか、誰とケンカしちゃったのか
どうして、彼が謝りに来たのか・・・

色々聞いても、ユウタは
「思い出せない」「忘れちゃった」と言っていました。









カーテンを閉めて、ユウタを無言でギュ~ッと抱きしめると

「明日もユウタは頑張るからね!」と言っていました。




思えばこの日が

ユウタが施設で朝を待ちわびる、最後の夜でした。









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[ 2008/06/05 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | コメント(-)

STARs 


2008年 6月6日(金)

入院168日目
手術より163日
施設130日目



履歴を見ると、その日の午前中から お昼過ぎまで
病院からの着信が、私の携帯電話にいくつも残されていました。

その頃、私は金曜日のお昼が めいっぱい忙しいお店で働いていたので
携帯が鳴っている事に全く気が付きませんでした。


その着信の多さから
一瞬にして色んな事が頭をよぎりました。


  ユウタに何かあったのか?
  手術で入れたボルトが ずれちゃったとか??
  再手術が必要になっちゃったとか???

  携帯に何度も掛けてくるって事は、きっと足に何かあったんだ!



ブルブル震えるながら病院に電話すると

「外泊される前に整形の先生が、どうしても今日中に
      ユウタ君のお母さんとお話をしたいようでした。」

・・・との事。


あ~・・・足の事なんかじゃ、ないな。



チヒロはまだ学校で、パパは仕事で帰宅も遅い。

いい年をした大人のくせに、この時はものすごく心細くて
一人で病院へ行くのが怖くて、たまりませんでした。


今日は金曜日なので、外泊の日です。
本来ならユウタを迎えに行く、この金曜日が1番の楽しみでもありました。


病院へ行く時はいつも車で高速を走りながら
カオリンからもらったカエラの曲を大音量で流して

意味もなく、かなり一生懸命に歌いながら病院へ向かっていました。



        息が止まるほど 何に悩むのだろう

        地球に染まるほど 何が変わるのだろう

        私に染めるほど 私がわかるのだろう

        何も怖くない 

        何も怖くない



この日も、ただ がむしゃらに
歌う事だけに集中して病院へ向かいました。


   恐ろしい形相の女が、大音響の中 カエラを歌う・・・。

   「何も怖くない、何も怖くない」・・・って、お前が怖いよ!









病院に着くと、隣のベットのお友達とお母さんだけが まだ部屋にいました。

みんなも金曜日は外泊の為
施設には他に誰も残っていませんでした。


私と、どうしても今日中に話がしたいと言っていた先生は
手術の為、この時 施設には居ませんでした。

「話があるから18時まで待っていて欲しい」という先生からの伝言を
支援課の方から聞いて、少し放心しつつ待つ事にしました。




「先生からのお話、だいたいの察しは ついているのですが・・・。」


そう支援課の方に話すと

戸惑いつつも、「実はね・・・」って、少しずつ話を聞かせてくれました。



察しはついていたものの
その話の内容にはやっぱりショックを受けました。




************************************************************************




お部屋に戻ると、まだ隣のベットのお友達とお母さんが居ました。
お薬の処方に時間が掛かっている様子でした。



「もう、ダメかもしれない。」

そう凹みきっている私を
お友達のお母さんは、一生懸命励ましてくれて・・・。

そのうち、そのお母さんの方が泣いちゃって。



「何とか、ユウタ君に1番いい方法が見つかるように!」



先生が手術を終えられ、私の所へ来るまで

お友達とお母さんは
ずっと帰らずに そばで励まし続けてくれました。



            もしも高い壁にぶつかって 途方に暮れた時は
            目線の先を確かめて!  

            その壁には”ドア”が付いているはず(*^ー^*) 




私のブログの1番右上にある、流れるメッセージの言葉は

このお母さんが後日 送ってくれた
温かなメールの一節です。



*****




何も怖くない、何も怖くない・・・・・


私の頭の中では
カエラの歌がずっとリピートし続けたままだったけど

先生と、支援課の方と、看護師長さんと、看護師さんと、私の5人で
別室に向かいました。



                                  (つづく)






 



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[ 2008/06/06 23:57 ] 肢体不自由児施設 | トラックバック(-) | コメント(-)

失望。 

deni3.jpg この記事は、前回の記事(←click) からの続きです・・・

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別室で先生からのお話を聞き始めたのは
もう18時半を過ぎていました。

ユウタは確か、食堂で施設の夕飯を頂いたのかな?
そのあたりの記憶は曖昧だけど
とにかく「早く家に帰りたい!」と言って、ユウタがブチブチ怒っていました。


ユウタを他の看護師さんにお任せして
だいたい、1時間弱の話し合いとなりました。





      今回の記事は長くなってしまったので
      追記をご覧になられる方は、「続きを読む」をクリックして下さい。



[ 2008/06/06 23:58 ] 肢体不自由児施設 | トラックバック(-) | コメント(-)

中央分離帯。 

先生とのお話(その時の記事←click)が済んで 病院を出る時は
もう、夜の8時を過ぎていました。


部屋から出ても私は、もう どうしようもない位の号泣状態でした。

だけどそんな状況の中、看護師さんが私に
ユウタの薬を手渡す為の確認作業と説明をしていたんだけど
ホント、無理・・・・・全然聞いていませんでした。(聞けませんでした)


とにかく、早く施設から逃げ出したい!という気持ちだけ。

 「ユウタになんて言い訳(泣いてる事)しよう。」
 「泣きはらした顔で、チヒロを迎えに行けないよ。」
 「早く家に帰りたい。パパに会いたい。」
 

やっぱりユウタは、子供みたいに泣き続ける母親を見て
とても驚いていたのだと思います。
当たり前だけど。

「ママ、ママ、どうしたの?」って
車椅子でぴったりと、私のそばを離れませんでした。


ユウタを不安にさせてしまっているのは重々承知していたけど
どうやっても涙が止まりませんでした。





外に出て、駐車場にポツンとある自分の車を見ると
余計に涙が止まらなくなりました。


「頑張ってきたよね。」


今日の事がきっかけとなって
ずっと抑えていた これまでの気持ちも全部込みで
悔しさが込み上げていたのかもしれません。



お月様 ユウタが心配そうに、私を見上げていて。

              「ママ、早く家に帰ろう」って。 









ここまで、どうやって走ってきたのか・・・


帰り道の高速道路でユウタが

「ママ、ごめんね。」って、私に言ってきました。


ハッとして、バックミラーでユウタを見ると
施設の荷物を抱えたまま、シクシク泣いていました。


ユウタは何も悪くないんだよって何度も伝えて

ママが泣いていたのは
ユウタの事とは全然関係ない話なんだよ~って
それはそれは 必死に言い訳したんだけど。


それでもまた、お互い涙が溢れてきて

   ・・・本当に事故りそうになってしまった。





この時私は、追い越し斜線をかっ飛ばしながら

このまま、この中央分離帯に突っ込んだら
二人一緒に、ほんの一瞬で楽なれちゃうのかな・・・って

そんな事を思っていました。そうね、最低だけど。


ユウタの病気が発覚した当初も、高速道路を走りながら
助手席の私が、運転中のパパに
そんな事をつぶやいて困らせた事がありました。


  あの時、パパはなんて言ったかな。

  思い出せない。









誤解や偏見によって、辛い事は今まで結構あったけど

「病気の事を知らないんだから仕方ない」って
そういう風に自分に言い聞かせてきました。



だけど、医療に携わる方たちに限っては
何があっても絶対的に
ユウタの事を理解してもらえると信じてきました。


この先の人生の中で、きっと「理解してもらえない!」という葛藤の中
ユウタには辛いと感じる出来事は多いのかもしれないけど

でも、その中でも病院や先生たちだけは
ずっと味方でいてもらえるって思い込んでいました。


ユウタにとっても、家族にとっても
ず~っと、1番の「味方」でいてくれるって。


この日、そういうものが一瞬にして消えました。









パパとは、夜通し話し合いました。


  まず、とにかく これからどうしようか。



思う事は、もちろんたくさんあるんだけど

とにかくユウタの為に、これからどうしようか
今は、それだけを考えようよ。


パパだって、きっと泣きたかったと思うけど
とても冷静でした。




  施設は、退所しよう。

  急いで転校の手続きをしよう。


  これまでと何にも変わらない。
  
  今までどおり、あきらめないで頑張っていこう。



たったそれだけの事。
難しい事じゃない。



*******************************************************************




   あの時、パパはなんて言ったかな。

   思い出せない。




ずっと考えてたけど、やっと思い出したよ。


「あきらめないで、頑張っていこう」






結局、どんなに悩んだって・・・いつも答えは同じなんだよ。










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[ 2008/06/06 23:59 ] 肢体不自由児施設 | トラックバック(-) | コメント(-)

サヨナラ施設。 


2008年 6月9日(月)



この日は朝から、とても慌しくしていました。(その事の記事←click!)

これからユウタが使用していく車イスの調達と
それから、地元の小学校へ行き
これまでの経過と現在の様子をお話して・・・

身体的にも心的にも落ち着かず、バタバタしていました。




「ユウタにとって1番良い方法を!」と、思い悩み
施設を退所する道を私たちで決断した以上は
それに向かって突き進む事以外はありませんでした。


大変だとも、面倒な事になったとも、思いませんでした。

でも、心のどこかでは・・・不安もありました。


 どんな事があっても
 ひたすら頭を下げて下げて、下げ続けて

 どんなに苦しくても
 ユウタの心と私たち家族の心が壊れたとしても

 それでも施設で過ごしながら、足のリハビリを続ける事が
 本当はユウタの為なんじゃないか?




心の中で繰返す自問自答。

立ち止まったら、前へと進めなくなりそうで。


きっと、パパも同じだったのでしょう。

言葉数少ない中で、これからの手続きとスケジュールについてだけ
パパはわざと明るい調子で話していました。










夕方6時、家族そろって施設に行きました。


大まかに言えば
施設退所の手続きと学校の転校手続きの為です。

施設の方々や整形外科の先生たちと、お話の約束もありました。



突然の施設退所、突然の転校で
本当にたくさんの方々に迷惑を掛けてしまいました。

私たちは最初から最後まで
問題の多すぎる患児&家族でした。



心深くに、しまい込んである大きな失望(その時の記事←click!)は、
変わらぬ痛みのままだったけど

私たちの想いは すべて話せたし
先生も私たちへ伝えてくださったし・・・きちんと出来て良かった。



私は・・・というか、きっとみんな同じだと思うけど

子供の病気に関する事で、小さな事でも疑問があったり、治療に不安があれば
こちらが納得できるまで、その答えを繰り返し聞きまくります。

その代わり、こちらもそれなりに
得られる限りの知識を持つ努力もします。


先生によっては、そういう患児の親は面倒かもしれない。

露骨にため息付く先生もいるけど
誰にどう思われようが、そういう所だけは強気な私です。

普段の人間関係では小心者なんだけど
子供の病気に関する事だけは、Dr の顔色なんて気にしません。



ユウタの整形外科の先生は、私の質問攻撃に嫌な顔一つせず
いつだって誠実に答えてきて下さいました。


「原因は分からない」といった結果に納得出来ないのではなく

その答えに辿り着くまでの事や今後を
こちらへ分かりやすく説明してさえくれれば
不安の受け止め方も、ずいぶんと違ってくると思います。


思い返せば、先生はいつも
誠心誠意を持ってユウタの病気を診てきて下さっていました。



夕食後、みんなが夜のお散歩に出かけた後。

施設のお部屋でユウタと私が宿題をしていると
時々、覗きに来て話しかけてくれました。

もうやだ!って半ギレ状態のユウタに優しく声を掛けてくれて
そのお陰で救われた事も、何度かありました。


施設内には、毎日のように数人の整形外科Drが視えますが
ユウタの先生が、1番遅くまで子供たちの様子を見に来ていたような気がします。


ユウタも先生が大好きでした。

私も、心から感謝していました。



だから、私の心に残っている痛みとは切り離して
先生には今後も続けてユウタの足を診ていって欲しいと お願いしました。

先生も、快く引き受けて下さいました。











施設のお部屋に行くと
入所中の子供達が いつもと変わりない様子でいました。

ただ、ユウタが施設を今日、この時間に退所していく事を知り
少しだけ戸惑った様子のお友達も居ました。


私は、ただ淡々と荷物の片づけをしていました。

感情的には、とても複雑な想いもありました。

それが溢れないように
ただただ黙々とカバンに荷物を押し込んでいました。


ユウタがポツリ・・・「ユウタ、退所のお別れ会も出来なかったな。」

それを聞き逃さなかった施設の支援課の方が
お部屋のお友達を集めて、急遽 3分くらいの「お別れ会」をしてくれました。









今まで使わせて頂いていた車椅子を施設へ返却して

ユウタは新しい車椅子に乗って
私たちも新しい道に向かって歩き出しました。



色々あったけど。

支えられていた事に改めて大きく気が付いて
施設のドアを出た時・・・今までよりも不安は増しました。





希望に満ちた、とは決して言えない状況だったけど
「ここで弱気になっている場合じゃない!」といった自分への強い気持ちは

北海道でユウタの腫瘍の再発を知った時と
どことなく似たようなものでした。











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[ 2008/06/09 23:59 ] 肢体不自由児施設 | トラックバック(-) | コメント(-)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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●メールは右サイドバー1番下の
メールフォームよりどうぞ。

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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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