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肢体不自由児施設、初日。 

2008年 1月29日(火)

入院40日目
手術より34日
施設1日目




朝、今まで入院していた病棟から 院内の養護学校へ登校して
帰りはそのまま、肢体不自由児施設へ移動しました。

施設は養護学校の真隣にあります。





火曜日はチヒロが6時間授業なので
私達は5時近くに施設へ到着。

ユウタはニコニコ楽しそうに居ました。


見ると「おや?」
車椅子が違うものになってる!

そうか、施設だから病棟の物は使えないのか~!
・・・なんて思っていたら、看護師さんから

「ユウタ君の車椅子、今日・・・壊れちゃったんですよ (^_^;) はい。」


タイヤの手すり?(自分で回す部分)に全体重を掛けて体を持ち上げるので
相当な負荷が掛かっていたのだと思います。
正直、いつか外れちゃうんじゃないかと心配していました。



ユウタ車椅子2号はパンク。
3号は破損。

あと何台チェンジする事になるんだろう・・・( ̄∀ ̄;)







ユウタのお部屋は男の子8人部屋です。

1人だけ2年生で、その他の子供達は みんなユウタと同級の1年生でした。


やんちゃ盛りの男の子達が1つの部屋で
ガヤガヤ大騒ぎ状態・・・というのが、第一印象の施設でした。




みんな車椅子。

みんな長い長い入院生活。

みんな たくさんのガマンを強いられている。


こんなに小さいのに、ユウタよりもっと前からここに居るんだ。


簡単な言葉では言い表せられない
子供達の大きくて長く続くストレス状態は
私の体中に、すぐ伝わって来ました。





狭い8人部屋の中を子供達のルールに則って
移動したり、物の貸し借りをしたり、助け合ったり

日々を、絶対楽しい事ばかりではない共同生活の中で
過ごしている様子が 痛い位に私へ飛び込んできました。



衝撃でした。



何が衝撃かって、本音を言えば
「やっぱりユウタ・・・ここ、無理でしょう!?」です。

「大丈夫ですよ!」ってDr は言ってたけど
近々、「やっぱりユウタ君には無理ですね~」って言ってくるんだろうなと
パパと2人、下を向いてボソボソ話していました。





周りの子供達のヤンチャぶりに驚き、こんな所ヤダ!というものではありません。

子供達はみんな、車椅子には乗っているけど
ただ それだけの事。


足の病気で治療とリハビリで頑張っている生活を除けば
元気に学校へ通い、放課後は友達と遊んでいる
近所の小学生と何ら変わりはありません。







ユウタ、ここでは皆が足の病気と闘っているんだよ。

あなただけじゃない、みんな頑張ってる。



色んな事を思ったけど、いろんな意味を含めて伝えました。





早々に嵐が起こるんじゃないかと
そんな不安でいっぱいの私とパパ。

そしてチヒロもそう感じていたのでした。










病棟を最後とする朝、お友達がユウタに
お手紙や折り紙を渡してくれたようです。

病棟のお友達も、車椅子を必要とする病気の子が多く
ユウタが施設へ移動する報告をすると
子供達はとても羨ましそうに色々と聞いてきました。



いつから行けるの?

1年生のお部屋?

男の子の部屋でしょう?

ゲームの時間は決まってるんでしょう?

お楽しみ会があるんでしょう?


「いいなぁ、僕も行きたいなあ。」





病気によっては施設での共同生活が出来ない子もたくさんいました。

私のように”施設はユウタにとって精神的に無理な場所!”という程度の事ではなく。




施設ほどの人数はいなくても
病棟の中でさえ、ユウタは入院中のお友達と
うまく行っているとは言えない状況でした。

仲良く遊んでいるお友達も確かに居たけど

ユウタのキレやすさも、感情の起伏の激しさも炸裂している中で
色々とトラブルがあったようです。




「あっち、行けよ!」とか「お前、すごい食べるんだな!」とか
ユウタがそう言われている場面を目の当たりにして
私は「なに~?」と怒るより、何とか自力で頑張ってくれ!と祈る思いで見てました。


「そういう事、言わないで!」と親が出るのは簡単。

時と場合によっちゃ、私が出て行く事もあるんだけど
でも、そういうふうにずっとユウタを守ってあげられないから。




キレずに居られたユウタを
穏やかに過ごせたユウタを

エラかった!って、思い切り褒めちぎってあげる事。


悔しくて泣いてるユウタを
時には一緒になって文句言いながら抱きしめてあげる事。

家族は絶対的に何があってもユウタの味方であるという事。




支える、という事を一生懸命にやって行こうと思っていました。






そんな決して仲良くは無かった病棟のお友達から
ユウタは心のこもったお手紙をたくさんもらいました。

1番、ユウタと合わなかった男の子からもらったお手紙は
本当に嬉しくて・・・感激してしまいました。




オレの事、忘れるなよ。
施設で頑張れ。

色々ごめんね、ありがとう。







正直ね、このくそガキめ!って舌打ちしてた私。


彼が「施設行けて、いいな~」って
ユウタを羨ましそうに見ていた事を思い出し

涙が止まりませんでした。








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[ 2008/01/29 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(2)

はじまり。 

2008年 2月1日(金)

入院43日目
手術から37日
施設4日目



施設に面会へ行くとユウタは丁度入浴中だった。
ユウタ1人だったので、中に入り見学させてもらった。

介助の担当看護師さんと交代してパパがユウタの介助をした。


時々2人、言い合ってケンカしつつ
パパがユウタを一生懸命洗っている後姿から愛情がいっぱい溢れていて

今もず~っと心に残っている。

なんて事無い、日常の風景なんだけど。





その後、院内の図書室へ。


病棟に入院している時も、気が向いたらよくここへ来て
折り紙の本や、お気に入りの絵本を借りていた。

院内に「貸し出しOKの図書室」があるのは
子供にとっても親にとっても本当に喜ばしい事だ。

図書室はボランティアさんが数人で管理をされている。
いつも優しい笑顔で、あたたかく迎え入れてくれて
ここは何だか、とっても安心できる場所。

古い本たちの、あの独特の匂いも
私はたまらなく好きだったりする。







昨夜はデスモの調節が上手く行っていなかったのか
夜中だけで1400ccも、おしっこが出てしまったとの事。


尿崩症の子供の管理は、慣れるまで最初は難しい。
枯渇感のほとんど無いユウタのような子供は特に。

私なんて、ようやく最近慣れたような気がする。


脱水、水中毒、そうやって”したくない経験”をこれまで何度か積んで

薬をどのタイミングで、どんな量を
水分が足りないのか摂り過ぎなのか

尿器とキッチンスケール無しでも、だいたいが分かるようになってきた。
(長い期間、尿量と出た時間と水分の摂取量を計って管理してきた。)


何か偉そうないい方だけど・・・

これまで、どの病院に入院しても
デスモを的確に使用してもらって
水分の量も程よく調整してもらえた事は無かった。

その頃の私達は今よりも、何もかもが素人なので
言われるままに、そういうものかとやっては来たけど

今思えば、何で?何でだ?何で~~~?・・・な事ばかりだった。


でも、ここの病院には とても安心できた。


例え昨晩、1400もおしっこが出てしまっていても
最初は仕方ないな~って、もしかしたら私達の方も良い意味で
「お気楽」になって来たのかもしれない。


尿崩症の子供をたくさん診ている病院なのだから
色んなパターンの子供がいて、全てが内分泌の教科書どおりではない事を
主治医の先生がよく仰っていたからかな。

ユウタの事も、きっと早いうちに分かってくれる。

そういう安心感が、あった。




明日の面会までに着替えが間に合わない状態だったので
地下のコインランドリーに行ったり来たり。

ユウタに着せる服の方が、その時は心配だった(笑)







今日は・・・さっそく同部屋のみんなとケンカをしたらしい。
担当の看護師さんが何とも話しづらそうに、でも丁寧に話して下さった。


最初、となりのベットの子とユウタがケンカになり
それに周りの子も加担して、部屋の皆で大ケンカになったとの事。

よくあるパターンだそうだ。

ユウタ VS 全員・・・今日は、たまたまそういう構図だったけど
いつもこんな感じにケンカが発生するから、それ程心配なことではないと。



「始まりましたか。」


率直にそんな感想だった。

今日あたり・・・そんなお話を聞くだろうと、そういう覚悟で病院に来ている私達。


死んでやる!とか猛烈にキレて一騒動だったよう。
でも、すぐに切り替わり、いつまでも引きづる事無く謝ったそうだ。

それから看護師さんから色々と聞いたけど
思っていたように心配の種は目を出し始めていた。


「お手数お掛けします。申し訳無いです。」

その時は、そうやって平謝りのパパと私だった。











今日は金曜日。

施設の子供達もほとんど皆、週末の外泊へ出てしまっている。


ガラ~ンと静かな施設の中で
ユウタも、そして私達も

「ユウタにも、早く外泊の許可が下りますように」と
そんなふうに待ちきれない気持ちでいっぱいだった。








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[ 2008/02/01 23:30 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(7)

校外学習。 

2008年 1月30日(水)

入院41日目
手術より35日
施設2日目



動物ビスケット



昨夜はユウタにとって、施設初日の夜。

環境も大きく変わり、ちゃんと眠れたのかな?・・・と心配でしたが
20時半頃に眠って、朝のバイタルチェック時(5:30頃)に起きてしまった、との事でした。


ユウタにしたら優良!

病棟でも2時とか3時に起きてしまう事が多かったので
周りの子供達に迷惑が掛かるのではないかと心配の一つでもありました。



施設の子供達は全員、学校の授業2時間目がリハビリとなるので
今日からユウタもみんなと一緒にリハビリを受けました。

これまでは週に3回か 多くて4回位のリハビリでしたが
これからは土日祝を抜かしての毎日、受ける事になります。


みんなが一斉に頑張る時間の中で
きっとユウタもこれまで以上に色んな力を受けて頑張れるのではないかと
私は期待の気持ちでいっぱいでした。







施設でのユウタ担当看護師さんは男の看護師さんです。

まだ2日目の施設ですが
看護師さんはユウタの様子、特に精神面を細かく見て下さっていて
「あ~、やっぱりそうでしょう?」と、私達の思っていたような
予想通りの行動をとるユウタの様子や心の動きなどを色々話してくれました。


「う~~~ん・・・まずは、順調に馴染んでいますよ(^_^;) 」


・・・とのお話でした。

(看護師さん、ちょっと作り笑顔っぽかったけど。)












2008年 1月31日(木)

入院42日目
手術より36日
施設3日目



今日は、養護学校で初めての校外学習に参加しました。

場所は横浜市鶴見区にある環境エネルギー館。


車椅子、全部で何台になるんだろう。
バスに子供達を全員乗せて、その人数分の車椅子を乗せるんだから
学校の先生方も病院のスタッフも、本当に大変だなぁ(>_<)

しかも、大人並みに体重のあるユウタをどのように移乗するんだろう。



「ユウタ、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよ!何とかなりますから! 」


「デスモ(尿量をコントロールする薬)が切れたら、トイレを我慢できないんですけど。」

「看護師も添乗しますし、心配ないです♪」



院内の養護学校という所と、地元の市立小学校にしか通った事は無いけど
地元校には無い安心感を感じました。


これまでユウタは地元小学校での遠足や、ちょっとした校外授業などにも
私がその場所まで連れて行き、付き添ったり近くで待機したりしていましたが

そういう事が当たり前と思っていたし、それについて不満もなく
私が付き添う事でみんなと同じように楽しんだり授業を受けられるのであれば
別に、それらは私にとって”どうってことない事”でした。

今はまだ無理な事でも、そのうちきっとみんなと同じように
何だって出来るようになるんだから!

ゆっくり進んで行こうと、いつもそうやって思っていました。



でも、何て言うんだろうな~・・・

養護学校には、そのまんまのユウタを丸ごとお任せ出来るような
そんな安心感がありました。

ユウタもユウタで、きっと
「お母さんの引率無しで、皆と同じように参加できた!」という事にも
ちょっと嬉しい気持ちでいられたのかもしれません。



そして何よりも楽しみにしていた、お昼の「シュウマイ弁当」をみんなと食べて
楽しかった思い出をた~くさん抱えて

無事?帰って来ました(*^ー^*)





ユウタ良かったね。

辛い事ばかりじゃ、無いんだよね。




学校の先生方、病院の方々、本当に感謝です。
当たり前と思っちゃいけないね。







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[ 2008/02/01 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(0)

大嫌い。 

2008年 2月2日(土)

入院44日目
手術より38日目
施設5日目




施設内は ほとんどの子供たちが外泊中。
シーンとしていて、とても静かでした。

1人だけ別の部屋にユウタと同じく
まだ外泊許可が下りていない同級生の男の子がいたので
その男の子と一緒に過ごしていたようです。

ユウタのベットを、その子の お部屋に異動して
昨夜は そのお部屋で眠ったようでした。


ユウタは車椅子にて過ごせますが
その男の子はまだベット上でずっと横になっていなければいけない状態。

2人で仲良くビデオを見たり、折り紙をしたり
空き容器などで工作をしたり。





脳腫瘍の手術をしてからというもの
同級生のお友達と上手に係わりの持てないユウタですが
1対1だと、本当に仲良く遊べます。

その男の子と仲良く楽しそうにしているユウタを見ていると
その光景がとても懐かしくて、嬉しくて。


「ユウタと仲良くしてくれて、本当に本当にありがとう。」・・・みたいな


他から見たらきっと異常なほどの
感謝の思いが溢れてきました。







2008年 2月3日(日)

入院45日目
手術より39日
施設6日目





今日は節分。
関東地方には雪が降りました。

病院への長く続く雪の坂道が怖かったので
パパの帰宅を待ち、夕方16時頃に病院へ着きました。


施設入り口にある公衆電話の所に
ユウタと、ユウタの担当看護師さんがいました。

私達がなかなか来ないので、ユウタが不安になってしまったようです。


「雪が降ってるから、ママ達 来られないのかと思って。・・・淋しかった。」



家の電話番号と、パパとママの携帯番号をメモして
テレホンカードと一緒に”お守り”としてユウタへ渡しました。

「何かあったら、いつでも電話しておいで!」って。






今日は日曜日だけど、外泊から早々に帰ってきたお友達と
さっそくケンカをしたようです。


お友達曰く・・・

「ユウタって人の物を勝手に取るし、すぐに死んでやるとか言うしさ!」

だから大っキライなんだよーーー!!!・・・との事。


まぁね、そりゃ~そうだ(;∇;)




そばに居るユウタは泣いて泣いて
泣きながらも ごめんなさいって繰り返し謝っているんだけど。


「なんでだろう。どうしてユウタはすぐにキレちゃうんだろう。」

本人も、本当に悩んでるんだ。




ごめんね、お友達。

でも・・・どうしようもないんだよね。



私はこれまで面と向かって「大嫌いなんだよ!」と人から言われた事はないけど
ユウタがそう言われているのをすぐ隣で聞いていて

私も、すっごく痛かった。



人に嫌われるって、本当に苦しくて淋しい。
人に理解されない事も、もどかしく辛い。


こういう場面は、この先のユウタにどれだけ続くんだろう。

これは物事を後ろ向きに考えすぎ!って問題ではなく
悲しいけど、現実の事。




まだ小学2年生のユウタ。


全てが病気のせいではないし、逆に全てが性格のせいでも無いから

本当に難しくて・・・。



私達親も病院の先生方もユウタを見守りつつ
叱るべき所はきちんと分かるまで言い聞かせるけど
ユウタだって実は、分かっている事の方が多いのです。

だから、余計に難しい事もあります。



脳の障害によって起こる、感情の浮き沈みや爆発してしまう行動。

脳の障害があるというわりに、出来る時はちゃんと出来るじゃない!


都合のいい時だけ、脳の病気のせいにしてるのでは?




こうやって誤解もあるし、なかなか理解も得られないのです。









お友達には、ユウタと一緒に、もう1度「ごめんなさい。」をして
その日は何とか仲直り。


このような事が、これからどれだけ起こるんだろう。





面会時間を終えて、施設のドアを出る時に
車椅子のユウタが私の足にしがみついて泣きました。


「ユウタ、明日からお友達とケンカしないから!いっぱい頑張るから!」










性格、もしくはしつけの問題であれば
この子はとっくに「良い子」になっていると思います。

こういう問題で、家族がずっとずっと悩んできて
本人もずっと後悔をして、みんなに謝り続けてきて
色んな話を繰り返してきました。


それでも、今は どうしようもならない事なのです。





だけど私が決めている事は、この先を絶対あきらめない!って事だけ。


病気だから仕方が無い、という事もたくさんあります。

分かって欲しいけど、その理解はなかなか簡単には得られないものと知りました。



だけど、いつか落ち着いてくるはず!


それには医学的根拠もないし
先生だってハッキリ答えを出せない問題なんだろうケド

まだ7歳のユウタがこの先、大人になりながら喜怒哀楽を繰り返し
色々な出会いの中でたくさんの感情を胸に吸い込めば、必ず。



本音を言えばちょっとね。
今に見てろ!って強さも、私の中にあるのです。







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[ 2008/02/03 23:23 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(0)

強迫性障害、再発。 

2008年 2月4日(月)

入院46日目
手術より40日
施設にて7日目



今日で施設に入所してから1週間。


予想していた通り、次々と問題が発生している様子のユウタ。

看護師さんもきっと、ユウタのような問題児の入所で
大変手を焼いているんだろうな・・・。




施設へ着いて早々、看護師さんに
「お母さん、ちょっといいですか?」と呼ばれ (-_-;)

パパと無言で目を合わせ、私は肩を落とし
ナースステーションへ向かいました。




今日も、ユウタ VS 部屋の皆・・・という図で 大ケンカがあったとの事。


もちろん、他のお友達同士でだって
ケンカは毎日のように発生しているけど
ユウタの暴言は、それはそれは恐ろしいものなので

他のお部屋からも見学者が集まり、うるさいぞ!と苦情が来るようです。



みんなから一斉に「お前が悪い!」と責められた場合。

ユウタは「死んでやる!」と言って、首にハサミを押し付けたり
ノドに物を詰め込んで窒息しようとしたり
ガンガン頭を壁に打ち付けたり・・・

ユウタの場合は暴言を吐き、自傷行為に走るようです。


小学校入学当時は
家でも そんな事が時々ありました。









私がナースステーションからユウタの元へ戻ると
今日あった出来事を泣きながらパパに打ち明けている所でした。


「ユウタがまたキレちゃったんだ。

  死んでやるなんて、もう言わないって約束したんだけど。」






ケンカの発端は、ユウタがお友達の物を勝手に取ったから・・・らしい。


これも、起こるだろうと想定していた事で
私達はその不安を最初から施設へも伝えていました。



「人の物でも、本当は欲しくない物でも、なぜか執着して返せなくなる。」


そう伝えては いたものの。

しばらくその症状も無くなっていたので
それ程心配はせず、ただ念の為にと伝えた事でしたが・・・

やっぱり現実起こってしまっていました。





お友達の物に執着してしまう事など、以前にもよくありました。

強迫性障害について、過去にも少し書きましたが(過去の記事)←click

その症状は、小学校に入学後しばらくしてから始まり
だけどいつの間にか、すっかり落ち着き治まっていた症状でした。


病棟に入院中も、1度だけ看護師さんから
それらしい症状が出た事を聞いていたけど
入院中のお友達の物を欲しがったりは無かったようでした。



これこそ、本当に何の言い訳?も通用しません。

人の物を勝手に取る、返さない。

だけど、病気のせいなの!・・・・・って、そりゃ~誰も理解してくれないでしょう!





人の物を勝手に取ってしまったり、返せなくなった時
その事を叱りつける事が1番、逆効果なのです。

自分はこんなにダメ人間なんだ・・・と余計に自信を失くしてしまい
その行為がどんどんエスカレートしてしまいます。




・・・そうは聞いていたけど、でもつい。

「何度繰り返せば分かるの?泥棒だよ?」


そうやってパパと2人、泣いて謝るユウタを
何度も叱っていました。






その頃からかな。


私は周りのお母さんたちの目線や会話が怖くなってきて。

「どうせ、誰も分かってくれない。」


そう、自ら周りに大きな壁を建てはじめ
面会へ行くのが とてもとても怖くなっていました。





今日は何をしたんだろう。

誰とケンカになったんだろう。

人に暴力だけは振るっていませんように。

人の物をとったりしていませんように。

キライ!って言われていませんように。





足の治療の事も、それはとても大切で
今は何より大事な事だけど

それに加えてユウタが起こす毎日のトラブルが
これ以上激しいものになりませんようにと、祈るばかりの日々でした。



世間体とか体裁とか
私はそういう事を気にするタイプではないけど

そういう事とは少し違った意味で

これ以上ユウタが「甘えた子」「困った子」「わがままな子」と見られる事が
お母さんとして本当に辛かったのです。


これでもいっぱい頑張っているのに・・・って。









パパはいつも言っていました。


「ユウタはどうしてもダメな部分が目立ってしまうんだけど
今、本当に精一杯 頑張っているんだよ。

もう病気なんてイヤダ!って泣きたい所を堪えて頑張っているんだよ。」


誰にどう思われたって、いいんじゃないか?

自分達だけは、ちゃんとユウタを深く認めてあげようよ。










強迫性障害、再び。


過去の経験から言えば、ユウタにとって
大きなストレスから発生してくる事には間違いないと思う。


周りの子供達だって
私達が心の底からは理解出来ないようなストレスでいっぱいなんだ。

だから本当に何の言い訳も出来ないけど。





この時は全てが悪い方、悪い方へと進んでいるようにしか思えない位

毎日が辛くて
私も笑えなくなっていて
ユウタにも笑顔が少なくなっていました。







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[ 2008/02/04 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(1)

体育の授業。 

2008年 2月5日(火)

入院47日目
手術より41日
施設にて8日目



ユウタは尿崩症ではあるけど、枯渇中枢の損傷により
どんなに大量の”おしっこ”が出てしまっていても
普段は喉の渇きを滅多に訴えません。

「何か飲みたい。」と言う時は、大抵が空腹の為。


今まで空腹を紛らわせるために
カロリーゼロのジュースを与えてきたので
お腹がすいたり物足りない時などは 決まって「何か飲みたい!」と言います。


また、お菓子なども なるべく与えないようにしていたので
甘いものに飢えているのも確かです。

カロリーゼロのジュースは、ゼロであっても甘くておいしいのです。


親としても子供の不憫さから
せめてもの思いで、1日にジュース1本は 許していました。






枯渇感が無い、つまり全然喉が渇いて無いのに
脱水を回避するために、たくさんの水分を摂らなくちゃいけない・・・

これだって実は、かなりシンドイ事だったりします。


喉は渇いて無いけど、さぁ~これだけ飲んで!・・・と、お茶やお水を差し出しても
ユウタは なかなかたくさんの水分を摂れませんでした。



私は以前、試しに喉が乾いていない状態で
自分だったらどれだけ飲めるか挑戦した事があります。

1・5リットルのペットボトル、半分も飲めませんでした。

お腹、タポタポ。


不思議だな~・・・お酒なら、もっとたくさん飲めたりするのにな。


    「あ、そういう事か!!!」・・・と思い知りました。







食事の制限や、お菓子を避けてる事から
ユウタに対する不憫さも確かに大きくありますが

ジュースを1日1本与える事には、水分調整の為でもあり
仕方が無い部分でもあったりするのです。


ほんの少しであっても心が満たされ
水分調整にもなる。

世の中にカロリーゼロのジュースがある事、大変感謝しています。




最近は本当に色んな種類が出てきました。(゜∀゜)ノ

「ゼロのジュース、こんなのあったよ!」と、友達が買ってきてくれたりもします♪








病棟に入院中の時も、面会時に必ず
カロリーゼロのジュースを持ち込んでいました。

施設に入所の時も、理由を説明して
散歩の時間に施設から出て飲ませるのなら・・・と許可をもらえました。


施設に面会に行くと、たった少しの時間ではありますが
施設外へ出て、病院内の片隅で

ユウタは大好きなダイエットカルピスを
とても大事そうに飲んでいました。








今日は学校で体育がありました。


養護学校での体育は、皆が車椅子なので
車椅子でも出来るドッチボールや、その他いろいろと工夫がされていて
ユウタは本当に体育の授業が大すきなようでした。

周りの子供達も声を揃えて「体育、楽しい!」と言っていました。


これまで地元校では足の痛みや体温の事などが原因で
体育の授業、ほとんどが見学でした。


もともと体を動かす事が大好きだったユウタにとっては
体育に参加できて 思い切り体を使える事により

心も体も、たくさん満たされたとのだと思います。



何の劣等感もいらない。

みんなが同じ車椅子で、スタートラインも一緒でいいのです。






でもやっぱり、下垂体機能低下症のユウタ。

体育の授業に出るという事だけで、かなり体力の消耗があるようでした。


ベットの上で、宿題をしていても
ちょっと疲れた~と言って横になった途端、そのまま眠ってしまったり。

着替えの為に寝転がると、そのまま眠ってしまったり。



いっぱいいっぱいの中で、精神的にも肉体的にも
疲れの出ている様子が私にはハッキリと分かっていました。


当たり前だけど、周りの子供達は
体育があろうと、いつも通りで元気にしています。

こんな時にふと、比べてしまう自分がいます。





ユウタと年の近い子供とユウタを比べたりする事は
正直、長い間ありました。

比べても仕方が無い事を、頭ではちゃんと理解していても
心の中では、ひたすら凹んでいました。



  ユウタはユウタ。

  この子の頑張ってきた事は、誰よりもすごい事なんだ!



そんなふうに言い聞かせても
元気だった頃のユウタがいつまでも私の足元にまとわりついていました。



ある日突然変わってしまった我が子の病気を受け入れるという事は
私にとっては容易な事ではなく
1番苦しくて難しくて、今でも本当は もがきながら居ます。




施設に入る頃には、そんな感情も薄くなっていたのに

元気な子供達の中で、ただ1人眠ってしまっているユウタを見ていると
その差をまた、さらに大きく感じてしまって

本当は大きな声を出して、泣きたくなっていた3●歳の私なのでした。



「そんな事言ったってさ!」
「比べちゃ、ダメだよ!」
「お母さんよりユウタの方が辛いんじゃない?」


そういう言葉も、余計に私を苦しめました。










養護学校の、ユウタの担任の先生より。



  ユウタさんは、とても頑張っています。

  お友達に対する優しさが、とても感じられます。

  子供は1人ひとり、別の人格を持っているので
  皆が一律に出来なくても良いのです。

  周りの皆もそんなユウタさんの事をよく分かっています。
  とても良い関係でスタートしています。





私は、担任の先生からの連絡ノートで
いつも たくさんの”力”をもらっていました。






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[ 2008/02/05 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(0)

外泊準備。 

2008年 2月8日(金)

入院50日目
手術より44日
施設11日目




今日は金曜日。

15時半頃、私が施設に着くと
週末の外泊のため子供達は ほとんどいませんでした。



同室の男の子が1人だけ、お母さんと外泊の支度をしていて
ユウタはその男の子と仲良くおしゃべりして遊んでいました。

こうやって1対1だと、何の問題も無く遊んでいられるのにな。


男の子のお母さんも外泊許可の下りていないユウタに気を使って
とても優しく、たくさん話しかけてくれていました。

ユウタも久々に上機嫌。

ずっとニコニコしていて、よほど嬉しかったのだと思います。



私も、ユウタが私達家族以外の人と
楽しく係わりあっている所を見ると
安心するというか・・・

重たい心がとても軽くなっていきました。










夕方、PTの先生(理学療法士の方)と一緒に
病院の駐車場に行って、車椅子から車への移乗練習をしました。


外泊に向けての訓練です。

これが出来ないと、まず帰れません。




ユウタは両足の手術であるため
もちろん両足とも地面に着く事を禁止されています。

重たいので、私が抱きかかえて車に乗せる事も出来ません。

自分の腕力で動いて乗れないとダメなのです。



その為に今までたくさんの筋トレを重ねてきました。

ユウタの努力も認めますが
PTの先生の力は、とても大きいものです。


痛いとか、辛いとか、苦しいとか、疲れたとか・・・
ユウタは他の子以上に進み方が遅かったと思います。

親の私がそばで見ていて、じれったくなる事もありました。




疲れやすさは下垂体機能低下症の特徴のようなものですが
病気と分かっていても、そばでずっと看てきた親でさえ
「根性、ないなぁ!」なんて思って、お尻を叩いてしまう事もあります。

周りに疲れやすい病気と理解して欲しい、なんて訴えながらもね・・・。




そんな疲れやすいユウタの心を穏やかに保ちながら
そしてやる気の意力、向上心も起こしながら促し
毎日の訓練を進めてきて下さったPTの先生には頭が上がりません。


PTの報告メモにはいつも

「ユウタ君はとても頑張っています。
今日はこれだけ出来ました!はなまる!!!」



そうやって、ユウタも読んでも分かるように
大きな”はなまる”を書いて下さっていました。







PTの先生は「これから会議なんです!」という事で
ユウタと私と3人で走るように駐車場へ向かいました。


車の後部座席のシートとユウタの車椅子の間に
長さ130センチ位の板を渡し、その上を橋渡のように乗って移乗します。

先生が指導して下さり、1回で車に乗れました。(゜∀゜)ノ


今度は車から車椅子へ。

要領はその逆と一緒です。
これも、1回で上手に出来ました。




先生、本当にありがとうございます(;∇;)

ユウタも本当によく頑張った(;∇;)



外泊の許可に、大きく1歩近づけました。










夜になって、整形外科の先生により
インフルエンザ2回目の接種を受けました。


今日、車へ移乗出来た事と
PTの先生に「整形の先生の許可さえ下りたら外泊OK!」と言われた事を伝えると

「じゃ、今週末は外出してもいいですよ。
それで大丈夫なら、来週は外泊もOKにしましょう。」・・・・・・ヤッタ~。(゜∀゜)ノ






来週は いよいよ、待ちに待った外泊!


家に帰ったら何して家族で楽しもうかな~(*^ー^*)

その話題で大いに盛り上がった私とユウタでした。








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[ 2008/02/08 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(1)

雪の坂道で。 

2008年 2月9日(土)

入院51日目
手術より45日目
施設12日目



ユウタは昨夜、施設の皆がほとんど外泊の為
8人部屋にて たった1人で寝たようです。


最初は「ヤダよ~!」ってメソメソしたようですが
ベットに横になると1分も掛からないうちに寝入ったようでした。

ユウタって・・・
眠りに入るのは、いつもメチャクチャ早いのです(*´艸`)


怖がったり淋しがったり、大騒ぎしなくて良かった。






今日は誰も居ない広々とした8人部屋にて
家族で思いっきり遊びました。

本当は「お部屋でのボール遊びは禁止!」なのですが
誰もいないし、いいじゃん♪・・・って事で、キャッチボールを(^_^;)



キャッチボール


チヒロとキャッチボール


私とパパは、ひたすら球拾い。


その後は皆で図書室へ行ったり
ベットの上でトランプしたり、折り紙したり。




外泊はまだ出来ないけど

こんなふうに家族だけで誰にも気を使わず
大きな声で笑ったり、兄弟げんかしたり、悪ふざけしたり
久々に私達家族らしい時間を過ごせたような気がしました。



夜7時近くになって、外はみぞれが降り出していました。




今夜もユウタはこのお部屋で
一人ぼっちで寝るようです。

こういうの、何とかならないのかな~。ブツブツ・・・・・(-_-;)




でもユウタは今日、珍しく泣かずに私達とバイバイ出来ました。

外に出ると、思ったよりも本降りの雪!
道路が心配で、大慌てで帰りました。








病院を出て長い坂道を下りきった所に
ふと見ると、大雪の中で傘もささず
体に思いきり雪を積もらせたおじいさんがユラユラと歩いていました。

車から降りて、持っていた傘をおじいさんに差し出すと
どうやら目が見えていない様子。

「白内障なんです。家の場所が分からなくなってしまって。」


そう話している間に、おじいさんにも私にも車にも
どんどん雪が積もっていきました。


よくよく聞くと、おじいさんのお宅は
この先、おじいさんの足で30分は掛かるであろう場所でした。


「おじいさん、乗って!」


ブルブル震えるおじいさんを車に乗せて
私達はこの辺り土地勘も全く無かったけど
聞いた場所へ、おじいさんを連れて行きました。

車を降りて、おじいさんは歩き出しましたが
目の見えないおじいさんは、やっぱりフラフラ。


車内にチヒロを残し、パパと私でおじいさんの肩を抱えるようにして
おじいさんの御宅の玄関口まで付いて行く事にしました。


ここの坂を登りきった所に家があるんです・・・

そう言われて坂を見上げると
驚くほど、長い長い坂の階段がそびえ立ち(;∇;)

雪でほとんど見えない挙句、私が歩いても滑り落ちそうな道でした。



雪はどんどん、どんどん積もって行きます。

チヒロも車窓を開けて
何もかもを心配している様子で私達を見ていました。




パパはおじいさんを背負おうとしましたが
おじいさんは断固拒否!

「そんな事、申し訳無い!」と、おじいさんは
ひたすら私達にお礼を言い続けていて。



1時間以上掛けて、おじいさんを自宅に送り
私もパパも足の感覚が無くなる程、凍えきっていました。






おじいさん、良かったね。
もう家族で暖まっているよね。

チヒロは嬉しそうに はしゃいでいましたが
私は心の中で色んな事を考えていました。

パパもチヒロの話にうなずきながら無言でした。


私はとても淋しく、表現に難しい何ともいえない不安な気持ちで
ドキドキと苦しくなっていました。


おじいさんの御宅は電気も点いていない1人暮らしのお部屋でした。




************************************




私は時々、ユウタの将来を不安に思い
どうしようもない事を考えては、ひたすら下へ堕ちてしまう事があります。

そこから這い上がっては、また堕ちての繰り返し。

でもみんな、そうなのかもしれない・・・。




もしも私達が何らかの事情で、若いうちに先立った時
チヒロも心配だけど、なによりユウタはどうやって生きていくのだろう。


二十歳になれば、今の制度のままだと
高額な医療費を毎月支払っていくしかありません。


私達親が健康なままで、ずっと一緒に生きていられたら
金銭的な負担だけは負わせなくて済むけど

生きていく為に一生必要な
ただ”生きる為の薬”がとても高額なのです。


そして働きながら生活していくという
普通の人が当たり前に繰り返す日々を送れるのだろうか。

大きな病気を持つユウタが結婚できるのかな。
ずっと一人ぼっちで過ごしていくんじゃないかな・・・

誰もそばに居てくれないんじゃないかな。



将来を思い浮かべると
全てのマイナスな不安が時々、まとまって私に襲いかかってきます。


楽観的に笑っていられる日もあれば
こんなふうに考えてしまう日も、あります。







一人ぼっちでフラフラと雪の積もったおじいさん。

だから放っておけなかったのかな。







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[ 2008/02/09 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(6)

ユウタの背中。 

2008年 2月10日(日)

入院52日目
手術より46日
施設13日目




今日も皆が外泊中のガランとした施設内で
ユウタは1人ベットにて折り紙やお絵かきをしていました。


大きな背中を丸めて、一生懸命折り紙を折るユウタの姿が

今でもずっと薄れることなく
私の心に残っています。


私が毎日書き続けている日記の隅にも
「あの姿が忘れられなくて悲しい」と書かれてありました。



外へお散歩



今日はダイスキな「カオリン」と「殿」が
またユウタに会いに来てくれました。

シ~ちゃんは、お出掛けしていて会えなかったね。


前回、会いに来てくれてから(前回来てくれた時の記事)←click!
まだ、それ程経っていないのに・・・

お友達は宝物です。



ユウタも久々に外へ出て、カオリンと殿が来るのを
まだかまだかと待ちわびていました。


チヒロとユウタとママ



ちょっと風は冷たかったけど
陽の当たる場所はホカホカ暖かくて

ダイスキな人達を待っている時間も心が温かくて

最近、めっきり笑顔の減っていたユウタが
今日は ずう~っと笑顔だったから、本当に嬉しかった。



ずっと鞄に しまいきりだったコンデジを久々に取り出して

「変顔」とか「変ポーズ」とか「イタイ顔特集」とか
我が家にしか分からない撮影会?をして
撮りまくりの笑いまくりでした。

ここにはとても載せられないけど・・・・・本当は、載せたい(笑)









カオリンと殿は、いつもと変わらない笑顔で
ユウタに会いに来てくれました。

夕飯の6時ギリギリまで、ずっとユウタと一緒に居てくれて
いっぱいユウタの話も聞いてくれました。


「ユウタは頑張っているよね!」



その言葉に今までユウタは どれだけ救われたんだろう。

でも、本当に救われたのは私の方なんだ。




   誰も分かってくれない。



そうやって閉じこもっていると、人もだんだん離れていくし
自分からも離れようと避けてしまうんだけど

本当は認めて欲しくて仕方が無いのです。


わがままな事なのかもしれないけど
「かわいそうね」ではなくて「頑張ってるね!」って。



ユウタの病気をみんなに丸ごと分かってもらうのは困難だけど
精神的な部分を「わがまま」であるとか、そういう解釈をされる事が1番
たまらなく辛い事でもありました。


小学1年の幼さもあって
全てが病気のせいではないけど。










カオリン達が帰る時、私は泣きそうになっていました。


家に帰れば、ご近所だし
メールだって毎晩してるし、夜毎深酒しちゃう仲間だけど

バイバイ!って手を振ると
急に冬の風が冷たくなりました。



ユウタと握手して、バイバイしてるカオリンも
一生懸命、涙をガマンしてくれているのが見えたからかな。










施設に戻ると、お部屋のベット位置が変わっていました。

今までは1番奥の窓際だったユウタのベットが
今度は1番出入り口に近い手前の位置です。


ユウタは体温調節が難しいので
寒さを1番感じやすい窓際だと足が冷えて良くないそうです。

内分泌のDrが施設の方にそう伝えて下さったようでした。





その時はただ
「あぁ、場所が変わったのか~」という程度にしか思わなかったけど

この場所替えによってユウタも私も
これから先の”施設での生活すべて”が変わって行ったのです。







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[ 2008/02/10 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(0)

来週の外泊届け。 

2008年 2月11日(月) 建国記念日

入院53日目
手術より47日
施設14日目




ユウタの外泊が近づいてきたので
家の中も色々と考えなければいけない所が何点かありました。





ベットは友人宅からソファーベットを借りました。
(ありがとう~!)

室内は車椅子で過ごす事を考えると
車椅子のサイズに合ったテーブルも必要でしょうとの事で
折りたたみのテーブルも2点貸してもらいました。
(これまた、ありがとう~!)


それらの荷物を運び出し、搬入する為
お世話になっているお店の方から軽トラックを借りて
たくさんの友人達がお休み返上で手伝ってくれました。
(ホントにホントにありがとう~!)





今日はパパの親戚の方がお見舞いに来てくれて
子供達は、お土産をもらって嬉しそうでした。

「頑張ったね、うんと頑張ってるね!」って
チヒロとユウタの2人をいっぱい褒めてもらいました。


そういう言葉を掛けてもらって
これまで頑張ってきた事を人から肯定される事により

子供に限らず大人だって
「よし、これからも頑張っちゃおう!」って気持ちに
自然と向いていくものだと思います。


ユウタもやっぱり得意顔でクルクル走りながら
いつもの車椅子捌きを披露していました(笑)






その後、今度は私のバイト先であるラーメン屋さんの皆が
お店を閉めてユウタに会いに来てくれました。

ソファーベットやテーブルを貸してくれたのも
ラーメン屋さんです。


子供達はいつもと何にも変わらず
病院にいる事をつい忘れてしまうくらい
大人も子供も、たくさん笑って話して。

とても楽しい時間でした。












本当はこの「土、日、祝」3日間のうちに
外泊はまだだけど、数時間の外出はOK!とされていました。

でも、パパも私もユウタも
あまり乗り気じゃありませんでした。



雪が降ったり、みんなが面会に来てくれたり
そういう事もあって結果的に出来なかったという事実もあるけど

多分・・・時間があっても行かなかったでしょう。




外出許可が下りた事を伝えても
「ヤッタ!外に行きたい!」とユウタは少しも喜びませんでした。



  ユウタが望むのはただ1つ。

  「おうちに帰りたい!」なのです。






数時間でも、いつもの車に乗り込んで
いつもの座席に着いて
いつものように楽しくて嬉しかったら

今日のバイバイがたくさん辛くなってしまう事も
もっともっと「おうちに帰りたい」の気持ちが膨らんじゃう事も

これまでたくさん経験してきたから

本当に怖かったのだと思います。



そんなユウタの気持ちが
私には伝わってきていました。




************************************



今日、施設の看護師さんに
「来週の外泊届け」を初めて提出しました。

最初はたったの1泊だけどね。

それでも すっごく嬉しかった。


たった紙切れ1枚なんだけど
この用紙を提出する日をどれほど待ち望んできた事か。




 今度の週末、家にユウタが帰ってくるよ。



これがユウタにとっても私にとっても
大きな希望となって

今週は踏ん張れるかな。




そう期待して・・・。








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[ 2008/02/11 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(0)

58日ぶりの家へ。 


2008年 2月16日(土)

入院58日目
手術より52日
施設19日目




今日は待ちに待った「初・外泊」の日!
パパ、ママ、チヒロの家族皆でユウタを迎えに行きました。

「ユウタが帰って来るんだよ~?信じられる?」なんて
病院へ向かう車内で盛り上がり、繰り返し話していました。


外泊中の服薬説明などで時間が掛かり
ユウタも「まだ?まだ?」とソワソワ落ち着かない様子でした。


でも実は私も・・・

看護師さんからの説明中ほとんど上の空状態で
ユウタと同じく「早くっ!早くっ!」と頭の中で唱えていました。
(ゴメンナサイ)





普段は節約の為、病院の帰り道は高速道路を使わずにいましたが
早く家に帰りたいので、東名高速をかっ飛ばし

試着してみないと買えないユウタの服や靴を買い物して
ユウタのダイスキな「ラーメン屋さん」へ寄ってから
16時頃、やっと自宅へ帰りました。



入院する前に通っていた地元学校の先生が
ユウタが今日、家に帰ってくるとのウワサを聞いていたようで
お花を持って来てくれました。


先生からのお花



ユウタは入院中に書き溜めていた先生への手紙と
クラスの皆へのメッセージを渡していました。


 ユウタ君はたくさん頑張りました。
 今も、ずっと頑張っている事を先生は知っていますよ。



そう先生が、ゆっくりと向きあって伝えてくれました。
ユウタも1つの言葉ごとに うなずきながら聞き入っていました。


いつもいつも思う事ですが・・・

「頑張ってね!」の言葉も時には大切なんだけど
「頑張ってるね!」と認めてもらえた時に湧きあがる力って
とても大きいものだと感じます。


先生、ありがとう。





それから今日は「初・外泊」のサプライズとして
ユウタの大好きな「カオリン」と「シ~ちゃん」と「殿」が
遊びに来てくれました。(゜∀゜)ノ

この前、病院で会ったばかりなんだけどね。


でも、自宅にユウタが居る事
家族が揃って、家の中がうるさい事
そこへ大好きな人たちが来てくれた事は格別な喜びです。



IMG_1688.jpg


友達から借りたテーブルが車椅子にサイズぴったり。
これは大活躍しました。



IMG_1690.jpg


シ~ちゃんと、さっそく折り紙。
入院中に増えた折り紙レパートリーを披露していました。

大人もかなりはまって、結構折りました(笑)


IMG_1681.jpg


↑こちらは、お馴染み「カオリンお手製」のチョコムース。

カオリンはいつもケーキやお菓子を作ってきてくれます。
ユウタを想い、カロリー少なめに考えて作ってくれるのです。
このムースも「パルスイート」使用との事でした。

ユウタへのバレンタインでした。


IMG_1684.jpg


↑こちらはパパへのバレンタイン。
 もちろん、カオリンの手作りです!

チョコガナッシュ?かな?(ネーミングが分からないっ)と、チーズケーキ。
これが激うま!本当においし過ぎでした。
パパには申し訳無いけど、ほとんど私が頂きました(*´艸`)







ユウタは大事そうに
ケーキたちに散っている桜の花びらを集めていました。










みんなでいっぱい、おしゃべりして
一緒に夜ご飯も食べて
大人も子供も、本気になって折り紙して

楽しい時を過ごしました。


怖い位、楽しくて嬉しくて幸せだな~って思いました。

幸せがいっぱいな分
明日施設に戻って行く時が怖くて。







ユウタは布団を敷いた途端に眠ってしまいました。


右手にユウタの温かい手を握り
左手にはチヒロの華奢な手を握り

私はこの幸せがいつまでも途切れませんようにと
普段はまったく信じていない神様に祈っていました。








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    ユウタの病気を広く正しくみんなへ伝えたい。
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[ 2008/02/16 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(2)

空のペットボトル。 


2008年 2月17日(日)

~前記事(チヒロとピアノ)の続き~




公民館のお祭りからの帰り道。

このまま家に帰るのは あまりにも可哀想だったので
ユウタのリクエストに応えて
家の近所にある、ユウタの大好きな公園に寄ってみました。



ここは、日曜日といえば近所の小学生達がけっこう集まって
野球をしていたり、ブランコや砂場や滑り台も賑わっていて
子供達には人気のある公園です。

ユウタもここへ来るのは久しぶりでした。



ユウタはいつもブランコで遊ぶのですが
今はまだ立ち上がる事も禁止だし
乗れない、というよりも乗っちゃダメ!という状態です。



かきのみ公園



いつも賑やかな公園には、私達しかいません。

みんな、公民館のお祭りに行っているからです。


ポツンと私達三人の淋しい公園内で
乗れないブランコを眺めながら
せっかく笑顔を取り戻したユウタが大きな声で泣きだしました。




喜ぶだろうと連れてきた公園。

大失敗だったね。



この空気 何とかしなきゃ!と私が
「泣いてると写真撮っちゃうぞ~!」ってふざけてると

ユウタは本気で怒り出してしまい・・・( ̄∀ ̄;)ごめん。逆効果。


「撮るなよ!」と泣いていたけど・・・



IMG_1719.jpg


・・・撮れてた。








何だか。

念願叶って外泊したものの
こんなふうにガマンの連続状態で、トホホでした。


もちろん、楽しい事もいっぱいあったけど
パパやママの配慮は完全に足りなかったよね。










施設に戻る時刻が近づいてきて
家族のテンションもだんだん下がってきました。


本当は金曜日の午後から日曜日の夕方まで
2泊の外泊が施設では標準なのですが

ユウタは今回はじめての外泊だったので1泊の許可しか下りませんでした。


1泊だけの外泊、本当にあっという間でした。




施設へ向かう途中で本屋さんに寄って
ユウタは折り紙の本を買いました。

これで施設での楽しみが増えるといいな。




IMG_1725.jpg



チヒロもピアノ、お疲れ様。
チヒロが頑張ってきた今まで全部をパパもママも思い出してるよ。

ユウタも泣いたり笑ったり喜んだり怒ったり忙しかったね(*^ー^*)
でも、この調子なら来週は2泊できるよ!





ユウタは施設に戻ると、あっさりそこでの生活に戻って行きました。


いつも面会時間の最後、別れ際で
ユウタに泣かれる事は多いのですが

今日泣かれたら、私も我慢できないだろうな・・・と思っていました。

情けないけど、ユウタと離れる事が今日は辛すぎました。




私達が帰る時、施設のドア越しにユウタは
涙を堪えて「バイバイ」していました。

いつも大きな声でいつまでも泣いていたユウタが
作り笑顔だけど泣かずにバイバイしていました。


泣かれたら泣かれたで辛いけど
作り笑顔で堪えている姿も辛い。


どっちにしたって、離れるのはイヤなものなんだよね。



まだまだ長い、入院は続くのだし
きっと私もユウタもバイバイに慣れていくんだろうな。・・・と、そう期待しよう。











家に帰ると、さっきまでユウタが”そこ”に居たという
面影ばかりが散らばっていました。


床に落ちている折り紙も
さっきユウタが飲んだ空のペットボトルも
部屋のニオイも。

全部、ユウタがここに居たんだ!という証拠のように残っていて
私はスイッチが切れたようにオイオイ泣いてしまいました。



いつまでこれが続くんだろう。

外泊は待ち遠しいけど
楽しかった分、本当に辛い。



初・外泊。

色々な気持ちで揺れて、どっぷり疲れました。







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[ 2008/02/17 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(2)

チームカンファレンスの日。 

   
2008年 2月19日(火)

入院61日目
手術より55日
施設22日目




16時40分頃に施設へ着くと、ユウタはベットで宿題をしていました。


今日から24日まで施設の子供達は「お散歩禁止」です。
(感染症の病気が施設内で発生した為)

全員、施設内から出る事が出来ないのです。
それはそれは相当なストレスなんだと思います。



ユウタは普段、お散歩時間に外来フロアの隅っこで
カロリーゼロのジュース(コーラやカルピス)を飲んでいました。

このジュース、ユウタの楽しみの一つでもありますが
水分摂取の為の「策」でもありました。



施設内で飲む事は もちろん許されないので
どうしたらいいんだろう・・・と悩んでいたのですが
看護師さんに相談すると、あっさりOK。

ユウタ君は仕方が無いんですから、と仰って下さり
食堂の目立たない所で飲むという約束になりました。


ユウタの場合、外へお散歩に行けないという事よりも
この「ジュース」をどうしたらいいのか、それはまず重要なポイントでした(^_^;)

小さな事に見えるかもしれないけど
ユウタにとっては大きな事だったのです。





ペットボトルのラベル(フィルム?)を剥がして
万が一、誰かに突っ込まれても「薬なの。」と言えるようにして
キョロキョロ、ハラハラしながら飲ませました。


別に悪い事してる訳じゃないんだし
看護師さんから許可も得てるんだけど

私もユウタも、とっても悪い事をしているような気持ちになってました。


普段は500ml.のジュースをゆっくり大事に飲むのですが
この時ばかりは、息継ぎにさえ焦るほど一気飲み!でした。










お部屋に戻って宿題の続きをしていると・・・


 養護学校の担任の先生
 ユウタの担当看護師さん
 看護師長さん
 支援課担当の方
 内分泌の先生2人
 こころ科の先生


ユウタに係わる方々が いっぺんに来たのでビックリ。




なになに?何事?
ユウタ、とうとう大きな事をしでかしたのか?

全身にある全ての毛穴から一気に汗が吹き出す位
私は固まり、焦りました。




担任の先生が

「ユウタさん、学校は楽しいですか?」
「はい!」

「何か、困っている事はありませんか?」
「・・・・・う~~~~ん。」

ユウタは よく分からない様子。



「宿題は出来る所までで いいんですよ。」

そう言って先生は いつものニコニコ笑顔で話しかけて下さり
特に大事件があったという様子も見えませんでした。







そうか。


きっとアレコレ問題児のユウタの為に
チームカンファレンスが行なわれたんだ・・・

そう、気が付きました。


チームカンファレンスとは
医師、内科、外科、看護師などの枠組みを乗り越えて
チームで一人の患者に対してベストな治療方法を話し合い検討するというものです。




申し訳ないと思う反面、有り難い気持ちも込み上げつつ

やっぱり皆を困らせてしまっているんだなぁって
複雑な気持ちにもなりました。








「ユウタ君、施設でやっていけますよ!大丈夫!」

ユウタに施設は無理だと私が泣きながら訴えた時に
主治医のDrが、そうきっぱり言い切ってくれて
それを信じて行こうと決めた日の事を思い出していました。



 やっぱり無理でしたね、そう言われるんだろうか。

 近いうちに「お手上げです」って事になるんだろうか。





ユウタ自身も、ここでがんばって行くしかないんだと子供なりに理解して
日々を頑張っている様子を見てきている今は

「やっぱり、無理でした」という事になるのが
私には1番怖かったのです。





その日は何も無かったかのように
先生方は帰って行かれました。












ユウタの事を周りのお母さん達へ
どのように説明したら良いか、こころ科の先生に相談しました。


脳の手術を受けているという事は
きっと誰もが気付いているでしょう。

でも、普段は口達者なユウタのどこに心の障害があるのか
それを説明する事をとても難しく思っていました。



うちの子、こういう子なの!って
今までママ友達にチヒロの事を説明してきたのとは違います。


性格を理解して欲しいという事でもなく

手術を受ける前のユウタを知らない人たちへ
後遺症として残ってしまった障害の部分を理解して欲しいというのは

私が逆の立場だとして考えても
容易ではないと思っていたのです。






   脳の手術の後遺症で
   瞬間的に起こった感情や欲求を抑えられない。

   よく考えれば分かるし
   よく考えれば訂正も出来る。
   
   修正も出来る。



   だから、さっきまで穏やかだったとしても
   瞬間的な事には対処が難しくて、混乱してしまったり

   興味ある物に対しての欲求も抑えられない。

   悪い事だと分かっていても
   瞬間的な事だとガマンが出来ない。






周りに人たちには、こんな言葉で伝えれば
理解も深まると思いますよ?

先生は長い間一緒になって考えて下さいました。


私は先生の言葉一つも逃さないように
メモを取りながら、言葉を繋ぎ合わせるように整理していました。







こころ科の先生は、ユウタの施設での生活に
問題は無いと言っていました。

周りにも馴染んできているようだから
精神のお薬を服用する必要も感じません、というお話でした。


入所の前に、精神薬服用も1つの手段というお話があり
それをパパと私で猛烈に拒絶したので
先生も、そこを気に掛けて下さっていたのかもしれません。






************************************






私の心の中はぐるぐる複雑でした。





施設はユウタにとって難しいと思っていたけど
入ったからには、頑張って欲しかった。


治療の途中で病院側から「施設は無理!」となる事は怖かったし
でも、そうなるような覚悟をしていたのは正直な所です。



みんなに迷惑を掛けている。

でも、ユウタもユウタなりに頑張っている。


子供達みんなも同じく治療中の身。
もしもケガなどさせてしまったら、どうしよう。



自分事のいい訳?のように、ユウタの病気を説明しても
ユウタの困った言動が治まる訳でも無いし

「だから、ガマンして下さい。理解して下さい。」って
かなり一方的なんじゃないか?



飾り雛。




頑張っているユウタを信じて行こうって
そういう信念だけで今は進めない。


そうやってジタバタ大変焦っていた頃の気持ちです。










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    ユウタの病気を広く正しくみんなへ伝えたい。
    誤解も偏見も無く、子供達が生きていきやすい未来を想って・・・。
 
 


みなさん、いつもクリックありがとうございます。
短期間であっという間に上位へ行きました(;∇;)

温かいお気持ちに、とっても感激しています。

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[ 2008/02/19 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(7)

もしも私なら。 

   
2008年 2月18日(月)

入院60日目
手術から54日
施設21日目



施設に16時頃着くと、ユウタは入浴中でした。


施設へ向かう車中で、同じお部屋のお母さんから
「ユウタ君、お風呂に入るの嫌がってますよ~!」とメールを頂き・・・

モヤモヤ、イライラ、ため息まじりの何とも言えない気持ちでいましたが
行ってみるとお風呂上りでスッキリ、ちょっぴり笑顔のユウタがそこにいました。



今日は月に1度の「散髪日!」

スポーツ刈りっていうのかな?
いつもはパパがスキカルで仕上げてる”ただの坊主頭”とは、ちょっと違って?
何となく「お兄ちゃん」っぽい感じのユウタでした。



今日は体重測定もしたようで
看護師さんから数値を聞くと、なんと3キロ程減でした。

「ありえな~い!」とびっくりして、私は真っ先に脱水を疑いました。


看護師さんも「そう言えば、そうよね~・・・。」と首を傾げて血圧を計っていましたが
脱水の傾向も見つからず。
(脱水時は血圧が下がっているそうです。)

じゃ、本当に減ったんだ!と大喜びしていたのですが
数日後「服の分を予測して減らしていただけだった」という事が判明しました。


なんだよぉ (;∇;)







しばらくして、ユウタがモジモジしながら
「ユウタ、看護師さんに悪い子しちゃったんだ。ヒドイコト、言ったんだ。」

そう、私に打ち明けてきました。


 お風呂に入りたくなかった理由
 お風呂に入りたくなくて、看護師さんに言ってしまった言葉
 ガマン出来なくて言ってしまった言葉




そうかぁ。
反省してるんだね。
謝ったんだよね?
もう やらないように気を付けようね。


それだけ伝えると、ユウタは安心したようで
いつもの笑顔になりました。









今日も放課後の施設へ養護学校の担任の先生が来られていたので
最近のユウタについてお話を聞かせていただきました。



 ユウタさんは とても頑張っています。

 少し、お尻を叩きすぎたかな?とは思うのですが
 クラスにもなじんでいますし、授業中に泣く事も無くなっています。

 色んな事をガマンしています。

 共同生活ではガマンをしなければならない事がたくさんありますが
 1つひとつ 乗越えていっています。

 素晴らしい適応力です。






意外と言ってはユウタに申し訳無いけど

学校ではたくさん頑張っているという様子を聞く事が出来て
心から救われる思いでした。


先生が見ていてくれる事に
理解してくれる事に、感謝の気持ちでいっぱいでした。





もちろん、施設でもユウタなりに頑張っているんだろうけど
そういう努力が私達 親には痛いほど分かっていても

施設では他の誰かに通じる事もなく
理解など、得られないと感じていました。

残念だけど、それは仕方がないものだと思っていました。




でも担任の先生は当たり前のように

ユウタの中にある”良い部分”を見つけ出してくれて
どんなに小さな事でも見逃さずにいてくれて
そしてそこを、めいっぱい褒めて伸ばして下さり・・・。

私達は今でもずっと感謝しているのです。



この先生が担任の先生でなかったら
ユウタも全てに自信を無くし、ずっと泣いていたんだろうな。

私も全てが不安のままで半年を過ごし
ゆがんだ感情が増大して
今以上にひねくれた自分になって

ユウタを必要以上に責めてしまっていたかもしれない。











ちょうどこの頃ユウタは
お部屋のお友達と学校では上手く行っていても

施設では全くいい関係が作れずにいました。


面会時間の終了後、お母さん達が帰った後は
いつもユウタの日頃の悪い所を言い合い
みんなから一斉に責められて辛いという事をよく聞くようになっていました。



他にも色々、辛かった事をポツポツ思い出しては
泣きながら私へ訴えて来るようになっていました。

でも、幸い?にもユウタは「わすれんぼ」な所があるので
思い出せない事の方が多いのですが
そのユウタが悲しかった事を私に伝えてくるのは
よっぽどキツイんだろうな・・・と私も心配になっていました。



今日は、ユウタの言っていた”その様子”を目の当たりにしました。

子供達も陰でコソコソ陰険に責めるというものではなく
私に向かって、みんなが一斉に「ユウタの悪い所」を話しだしました。



 「朝、すっごい早く起きるからウルサイ!」

 「ハト(鳥の鳩)のまね、変だからやめて!」(笑)

 「看護婦さんを頼りすぎ!」

 「人の物を勝手に触らないで!盗まないで!」

 「すぐ、死ぬとか言う!」





出る出る・・・。

みんなからユウタに対しての日頃の不満が色々と出てきました。



最初は私も1人ひとりに
「あのね、それはね・・・」「ごめんね・・・」と説明していたんだけど

子供達がユウタの不思議を理解出来なくて当たり前で
それは仕方が無いのかもしれないなって途中から弱気になりました。

大人の私があきらめ掛けるんだから
ユウタじゃ太刀打ちできないでしょう。



チヒロは皆を にらみ付けてるし
パパはひたすら「ごめんね」って弁解していて
私はユウタの涙を拭きつつ、自分も泣き出しそうでした。








こういう壁って、遅かれ早かれ訪れると思い
覚悟はしていたけど・・・。



確かに全てが病気のせいではない。

でも、確実に病気のせいで行なってしまう言動もあるって事を
これからどうやって子供達に伝えて行けばいいのかな。


まずは親御さんに話をして、理解を得る事が先決だとは思っていても
都合のいい時だけ病気を言い訳にしていると思われないかとか
そういうマイナスな事ばかりが浮かんできて

勇気が持てませんでした。





ユウタの病気について
言葉にして伝えるという手段を私はもっとも苦手としていたので
自信もなかったのだと思います。

私は泣きたくなったら我慢できないし
かわいそうに・・・と思われるだけでは、全く意味もないでしょう。


しかも、ここはみんなが大変な病気を抱えていて
病気で大変なのはユウタだけじゃないんだからね!
・・・といった空気も感じていました。





もう1つ。

私がお母さん達に対して
自ら壁を作っていたのも正直なところです。



いつも閉じこもっていました。

人の目が気になり
人の言葉に敏感になり
ユウタを見る、ユウタと接する人の表情も異常な位 気になって。





************************************




帰り道、パパとチヒロと私の3人で
ユウタの「良い所」をいっぱい話しました。

ダメな部分は確かにあるけど
こういうユウタが好き!とか、こんなユウタはおもしろい!とか。



今、1番大切なのは
みんなに分かってもらう事じゃなくて

それより、ユウタの事が大スキ!って事を
家族から伝えて行く事なんじゃないかなって思いました。





だって、もしも私なら。

たくさんの味方よりも
たった一人の「心から自分を好きだと思ってくれる人」を求めるだろうから。








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    誤解も偏見も無く、子供達が生きていきやすい未来を想って・・・。
 
 




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[ 2008/02/21 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(6)

ハートに×のメッセージ。 


2005年 2月25日(月)

入院67日目
手術より61日
施設28日目





今日は16時少し前に施設へ着きました。
ちょうどユウタは入浴中でした。


聞くところによるとユウタは、さっきまで宿題を食堂でやっていたらしい。

何かあったのかな?
何となく嫌な予感がしていました。




いつものように洗濯した衣服の補充や
引き出しの整理をしていると・・・



2008年2月25日



     ゆうたのことを みんなでいじめて こころが×



そんなメモが奥の方に隠されているのを見つけました。


とっさにゴミ箱をあさると

何度も書いては捨てたのであろう、書きかけのメモが
たくさん見つかりました。






入浴から出てきて、私が来ている事に気が付くとユウタは
嬉しそうに笑っていて。

いつもと何にも変わらない、元気なユウタでした。









「今日、嬉しい事あった?」
「今日、悲しい事あった?」

そんなふうに1日の出来事を聞いても、ユウタの返事はだいたいが
「う~ん、忘れた!」という事ばかりでした。



養護学校の担任の先生から頂いた情報や
子供達の話題から推測して、私がヒントを出し尋ねると

「あ、そうだった!今日ね・・・」と、思い出す事は出来ました。





今日は、いつものように「1日の出来事」を聞く前に
そのメモをユウタに見せて、話をしてみようと決めていました。

ユウタの今の気持ちを聞いてみようと思いました。



思い出せない、という事ではなく
うまく説明出来ない、上手に話せない、といった事も よくありがちな小学1年生だけど

今思っている事、心の中で冷たくなっちゃっている部分を
ママに話して欲しかったのです。








ユウタにメモを見せると 一瞬、驚いた顔をして
「返して!!!」と慌てていました。



「だって、みんなで一緒になってイジメるんだよ?」
「看護師さんに言っても”ほっときな!”って言うんだもん。」

心が傷付いてるんだもん。




ユウタの中にある色んな気持ち全部を
素直に話して欲しくて

私は、しばらくの間 「うん、うん」と、黙って聞いていました。





きっと理由はあるのでしょう。

皆も、その時はイジめているなんて感覚は無いんだろうけど。


狭い世界の中で、孤独を感じながらいるユウタの辛さが
私の心にも繋がっているかのように、言葉のまま伝わってきました。





「心が傷付いているんだもん。」


そんな表現をするユウタの気持ちが私の心にも、とても痛かったです。






ユウタと向き合って、話をしていても
苦情を言いに来るお友達が次々現れました。

こういう時に感情を抑えられなくなってしまうんだろうな。












お部屋のベット位置が変わって、しばらく経っていましたが

この席替え?により、ユウタも私も重く固まっていた心が少しずつ
緩まってきているのに気が付いていました。



いつも面会に行くと、お隣のベットの男の子が
ユウタの事をよく助けてくれていました。




 「ユウタ、宿題はコレだぞ?もうやった?」

 「明日はテストだから、練習したほうがいいぞ!」

 「教科書ないの?オレの貸してやるよ!」




子供同士が普段普通にとる、そんなコミュニケーションに
私はいちいち感動しました。


   「うあぁぁぁぁぁ、あっりがとうね~~~~~~~!」



私は、つい必要以上に 大きなリアクションでお礼をしてしまい
ユウタも、お友達の優しさが嬉しくて仕方ない様子でした。



そのお友達のお母さんが面会に来るまでは
ずっと一緒に勉強したり、折り紙を一緒に折ったり

色んな話もしました。




チヒロも、その男の子がダイスキで
今日は食後の自由時間に、2人で挟み将棋をしていました。

いつも孤独に本を読むのを好むチヒロにしたら
それはとても珍しい事でもありました。


ユウタも分かっているから、それが嬉しいのです。




 友達は、オレのお姉ちゃんと、仲良しなんだ。

 オレのお姉ちゃん、楽しいでしょう?

 オレの友達なんだ。

 オレの友達なんだ。




ユウタはそうやって自分とは間接的な関係であっても
仲の良い関係が友達と繋がる事で、とても嬉しかったのだと思います。

私には、そんな気持ちが よ~く分かりました。









************************************





「ゆうたのことを みんなでいじめて こころが×」のメモ。



ユウタは「もう、その紙・・・捨てるね。」と言って、笑顔を見せました。

ここに捨てると誰かに見られちゃうかもしれないから
ママがお家で捨ててね。


そう言われて預かってきたのに
どうしても捨てる事が出来ませんでした。




もう心配しないでねって、きっと無理に笑っていたユウタ。

もしかしたら、話をした事でスッキリ出来たのかもしれないけど
ママの前では頑張って笑っていなくてもいいんだよ。







これから色々あるんだから、イジメに慣れた方がいいよ!

そう、言われた事がありました。



慣れるのだろうか。

慣れるべきなのだろうか。







辛いとか、悲しいとか、嬉しいとか、楽しいとか。

そういう心の素直な感情は、これから色々吸収しながら育まれるもの。


もし、辛い事があったら泣いて訴えてもいいと思うし
悔しくて感情を露にしてしまっても、その方がよっぽど人間らしい気がする。

私だったら、イジメに慣れる事なんて
一生かかっても無いと思う。



ユウタには、その加減が難しくて
たくさんの迷惑を掛けながら、その失敗を繰り返しながらなんだけど

そうしているうちに、段々と
心のコントロールが上手くなっていくかもしれない。


悲しい気持ちをいっぱい知っている分、人にはとても優しく出来るかもしれない。





吐きだしたい気持ちがあったら、今日みたいに紙に書いたっていいんだよ。

ユウタは悪い事をした訳じゃないから。



そう伝えると、ユウタはホッとしていました。




隣のベットのお友達と仲良くなって、それもとびきり嬉しいユウタは
いつもなら施設の出入り口ドアで泣きながらバイバイするのに

「じゃ、今日はベットでバイバイするよ!」

・・なんて事を言っていました。



調子よかったくせに、やっぱりバイバイは出入り口に来て
泣いていたユウタです。









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[ 2008/02/25 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(6)

ミッキーとミニーが来た日。 


2008年 2月26日(火)

入院68日目
手術から62日
施設29日目



今日は歯科受診日でした。

ユウタはフッ素を塗ったので、30分は飲食禁止。


おやつの時間は とっくに過ぎていたので
いつもみたいに不機嫌になるかな?と心配でしたが

確かに最初は辛そうな顔をしていたけど
施設に居る、年下で仲良しの女の子と食堂で折り紙をして過ごしていると
なんて事なく、時間が経っていました。



そこへユウタの担当看護師さんがきて、少し話をしました。






ユウタは夜中の1時に目が覚めてしまったりする事もあるようで・・・。

そんな時は、せめて
「4時まではベットで静かに横になっているように」と約束をしているようです。


  4時を過ぎたら懐中電灯を使って、ベット上での折り紙OK。


そういう約束も決めた、との事でした。



この時期、早朝4時では まだまだ真っ暗。
周りのお友達だって、熟睡中の時間です。

なので、もちろんお部屋の電気を点ける訳にもいきません。



カーテンで仕切られた暗がりのベットで
懐中電灯の明かりを元に

折り紙を折ったり、私に手紙を書いたりして過ごすユウタの姿が思い浮かびます。



周りへの迷惑も、とても大きいし
暗い中、懐中電灯の明かりだけでは視力低下もあり得るし
ナースステーション近くの食堂で過ごさせて欲しいと相談しましたが

ユウタが折り紙に疲れて、2度寝する事にも期待したいので
ベットに居て欲しいとの事でした。

あとは、人手の問題もあり。





施設の皆さんも、きっと色々と考えて下さっての”苦肉の策”です。

ずっと言い続けてきたけど、もう1度改めてユウタへ
睡眠の大切さと、同じお部屋のお友達への迷惑について話をしてみました。


翌日、担当の看護師さんと支援の方が
「4時まで寝ていられたら、シールを貼る!」という
ユウタ専用の表を作成していてくれました。








今日は施設に「ミッキーとミニー」がやってきました。

同じお部屋の男の子達は、みんな
「別にミッキーとか、興味ないよ~!」といったテンション。

でも、ユウタは大喜びでした。


ミニー。


小学1年生の男の子。
こういう所で、みんなとは違ったユウタの幼さを感じます。


ユウタと同じ病気(頭蓋咽頭腫という脳腫瘍)の子供達は
ホルモンの関係から、だいたいが共通して”幼い”という話をよく聞きます。

その違和感は高学年になればなるほど
大きく目立っていくのでしょう。





************************************





今朝もやっぱり、同じ部屋のお友達みんなと揉めて

ベット上で使う折りたたみのテーブルをユウタが床へ放り投げたらしい。




・・・なんて事だ。


人に当たらなくて、良かった(>_<)



お隣のお友達にぶつかってしまったり

または直接ぶつからなかったとしても、ターブルが破損して
その破片でケガするなんて事があったらどうしよう。





ミッキーとミニーに会えて、ニコニコの笑顔でいるユウタを見ていると

怒りによって変貌するユウタとは
同一の人に思えなくなります。



ユウタの周りでゲームに熱中している同級生の男の子達。

その子達とたいして変わり無かった、あの頃のやんちゃなユウタは
どこにいってしまったんだろう。



いつも探しているよ。

面影だけでも残っていると
それが無性に嬉しくて。



本当だったら、変わって行く事が成長なんだし
喜ぶべき事なんだろうけどね。







いつか、戻ってくる。

そう思う気持ちを捨てられない。


今だって、愛おしくてたまらないユウタだけど
私は、どうしてもあの頃のユウタを諦められないのです。








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[ 2008/02/26 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(0)

魔法の言葉。 

2008年 2月27日(水)

入院69日目
手術から63日
施設30日目




今日で、この施設に来て30日。
1ヶ月経ったんだ。

ここへ来てから私達が思っていたに通りユウタには
問題が山盛りに起こり、友達との争い?も頻発していました。


暴力的な言動も
これまで私達が実際に近くで見聞きしてきた程度を遥かに越えて・・・

本当に「これはヒドイな。」と、いつもその事で頭がいっぱいでした。


感想を述べるとすれば
本当に嵐の様な1ヶ月でした。










養護学校から出る毎日の宿題は
もともと通っていた地元校の量と比べると「倍」はありました。

地元校では、音読(教科書を読む)と算数のプリント1枚程度。
他には漢字を2,3個練習する位でした。


ここを退院して、それぞれが地元の学校に戻った時に
勉強で遅れを取る事のないようにと、先生が思いやって下さっている事を聞きました。




それは本当に有り難い事だと思いました。

多くの事で自信を失いかけているユウタには
せめて勉強面での遅れは取らせないようにと、私はいつも思っていたからです。



たくさんの「出来ない事、出来なくなってしまった事」を抱えている中で
もうこれ以上、苦手な事を増やしてしまう事の方が
ユウタにとって辛い事だと思いました。


軽い記憶障害もあり、覚える事は確かに大変ですが

人より何倍も頑張らなくちゃいけないとしても
やれば出来る事があるなら、それを諦めさせる事は出来ないと。


諦めた瞬間に
全てを病気のせいにして生きていくユウタになってしまうのではないかと

・・・怖かったのです。




本来、教育ママとは ほど遠い私ですが
チヒロにはあまり言わない「勉強しなさい!宿題しなさい!」を
毎日ユウタに言っていました( ̄∀ ̄;)





ユウタは他の子供達に比べて
いつも宿題に ものすごく時間が掛かりました。

今日も、ため息つきつつ、漢字の練習をしていました。


周りのお友達はみんな、とっくに宿題を済ませ
一つのベットに集まり、おもちゃで遊び 盛り上がっていました。

ユウタはその様子を羨ましく見つめ
目の前にまだまだ残っている宿題にもウンザリの様子。


そうしているうちに、泣いたり怒ったりが始まって
そばに居る私もイライラしてきて「早くやっちゃいなよ!」って怒ったり。

かなりの悪循環。




そんな時、オモチャをたくさん持ってきたお母さんがユウタに

「ユウタ君、宿題終わったらこっちに来て遊ぼうよ!」と話しかけてくれました。



目の色変えてユウタが頑張りはじめました。

魔法の言葉でした。





宿題を終えて、ユウタがベットから車椅子に乗り移り
皆が集まるベットに近づいて行きました。


「来るな!」とか言われたら、どうしよう・・・

正直、私にはそんな不安がありましたが
いくつかのオモチャを貸してもらって、ユウタもみんなと一緒に遊び出しました。





パパもユウタを黙って見つめていました。


その光景に、私は涙が止まりませんでした。

施設で、初めて「嬉しくて」泣きました。



ただ、お友達の輪の中に入って
嬉しそうに遊んでいる子供の当たり前の姿に、泣けました。











楽しいな。

嬉しいな。


そういう出来事が
大人にも子供にも、健康な人にも そうではない人にも
毎日の中で必ずあるわけではないけど。

時々でも、そういう幸せを垣間見た瞬間に力が湧いたりする。



大げさではなく、本当に嵐のような1ヶ月だったけど

まだまだ続く施設での生活に
ちょっとだけ希望が湧いたこの日でもありました。









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[ 2008/02/27 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(8)

味方。 


2008年 2月28日(木)

入院70日目
手術から64日
施設31日目



この頃のユウタは時々、少量「ゲポっ」と吐いてしまうらしい。


今日はそれが午前中に始まり
学校も早退して寝ていたとの事。

お昼は通常通りに食べたけど
相変わらず、ちょこっと吐いたりゲップが多いそうです。



私が面会に来る前からユウタの近くに居たママさんより
それまでの様子を聞くと・・・

最初は みんな仲良く、おもちゃで遊んでいたのに
「貸す、貸さない、返せ!」などのトラブルがあったらしく。


夜には別のママさんよりメールで

「昼から夜まで施設に居てみると
子供の様子がよく分かりますよ~。(゜∀゜)ノ」とメールが・・・。



よくよく聞いてみると、この日の朝 ユウタは
やっぱりみんなとケンカをして”ベットの柵を床に投げつけた”との事でした。



みんな、そんなユウタの暴れっぷりを
驚いて見ていたんだろうな。


看護師さんに止められて、怒られて(なだめられて)
それが悪循環になる事もあるから、余計に暴れて収拾付かなくなる事もあるし。

そんな様子が私の頭の中に浮かんできます。






ユウタが私に書いてくれた手紙には

「 2がつ28にち(木)

 きょうの おきた時間は5:00まで ねれたんだよ。
 だからこれからもがんばるぞーーーーー!!」





朝起きて、まず誰かに手紙を書いているユウタ。

今日は頑張るぞ!
今日も頑張るぞ!


そうやって「今日こそは!」って
自分と闘いながら頑張っているのだと思います。









2008年 2月29日(金)

入院71日目
手術から65日目
施設32日




今日は外泊の日。
3回目の外泊です。


整形外科の主治医の先生がお部屋に来て
ユウタの嘔吐を心配されていました。


「ストレスかな。」

でも、元気そうだし様子を見てみようか・・・・・と。




施設に居る子供達の中で、ストレスを抱えていない子はいないでしょう。
その表れ方も発散の仕方も、それぞれです。

たとえユウタの症状がストレス性の嘔吐だったとしても
ここに居るしかないのだし。


それに「元気そう」と思われたのは、きっと

これから外泊で、おうちに帰れるからなんですよ~。
ママが一緒にいるからなんですよ~。

・・・って、正直そう思ったけど。



でも、確かに様子を見て行くしかないし
ストレスはみんなにあるものだし
かといって、その対処は病院で何とか出来るものではないと私は思っていたので
何も言いませんでした。







外泊の準備をパパがしている間に
私は支援課のユウタ担当の方と話をしていました。

支援課の方はユウタの事をとても心配して下さっていました。


 お友達から一斉に注意を受けると一気に責められる事になる為
 そこでキレて自傷行為が起こります。
 口に物を詰め込んで窒息しようとしたり、はさみで首を切りつけようとしたり。
 物を床に投げつけて、顔の表情も一変します。
 ユウタ君が最近よく吐くのも、私はストレスだと思っています。





支援課の方はきっと私を驚かせないように、時々言葉を選びながら
とても丁寧に日頃のユウタの様子を話してくれました。



私が、部屋を変わる事は出来ないのですか?と聞くと

お部屋の数も少ないし
年の離れたお兄さん達のお部屋では無理でしょう・・・との事したが
施設としても、ユウタのお部屋変えは一つの案として考えてはいる、とのお話でした。

私は、ユウタにとって一番いい所、一番いい方法があるなら
それは施設の方にお任せしますと伝えました。



IMG_2314.jpg


その頃 ユウタの悲しいメモは、どんどん増えていました。

思い切って、支援の方に全部見せてみました。


もう、どうしたらいいんだろう。

担任の先生によると
学校ではみんなとても仲良くやっているようだし
施設でだけ、仲良く出来ないなんて・・・


支援の方が困っているのは分かっていたけど
ガマンしていた涙が1度流れると、どんどん止まらなくなりました。




「気が付かなかった・・・。こんなにまでなっていたなんて。」

支援課の方も絶句でした。



このまま、ユウタが暴れたり自傷行為を起こしたりが止まらなければ
施設を出なくてはいけなくなりますか?


そんな私の質問に、支援課の方も しばらく無言でしたが
ひとこと・・・


  「でもね、ユウタ君にはいつも伝えてるんです。

      ○○さんは、いつもユウタ君の味方だよ!って」




誰がどう言ったって、私だけはあなたの味方だよって。



私はただ、頭を下げるだけで
それ以上何も話せなくなりました。

本当に本当に、有り難かった。








今日のユウタからの手紙。


   2月29日(金)

   きょうは3:10ぷんに おきちゃったけど4:00までがんばったよ

   だから これからもがんばって あきらめないで がんばるぞーーーーー!
   

   (字、文、そのまま)





帰りの車の中で、ユウタからの手紙を読みながら
ママも あきらめないで頑張るからね!って誓いました。


一日一日、心をちゃんとリセットして
毎朝「頑張ろう!」の気持ちを奮い立たせているユウタが

私の目標です。











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[ 2008/02/29 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(6)

おばあさんと孫。 


2008年 3月1日(土)


今日は外泊のため、家に帰っている日。

パパは午前中の仕事だったので
帰りの時間に待ち合わせて”トイザラス”へ行きました。



ユウタが病院で遊べるものを皆で探しました。

出来たら自分一人ではなく
お友達と仲良く遊べるものがあったらいいな~なんて思ったけど
周りのお友達はDS類のゲームに夢中だったりするので、なかなか難しく・・・。





そういえば。

ユウタがまだ病棟の個室に入院中だった頃
私は夢中になってDSの「どうぶつの森」をやっていました。


ゲーム類全般を苦手とする私。

何がおもしろいの?と、子供達が夢中になっているゲームには
今まで全く見向きもしなかったんだけど
夜中、巡回に来る看護師さんに見つからないように布団にもぐって
夜な夜な森で木の実を採ったり、砂浜で貝を拾ったりしていました。



色んなアイテムを手に入れて
家もどんどんリフォームして
お金もイッパイ貯めて・・・


おもしろいよ~!ってユウタにも勧めたけど
ユウタは脳の手術後から、ゲームに興味がなくなってしまってて

今では全くやらなくなっていました。





ゲーム嫌いの私が「どうぶつの森」を始めたきっかけは
ユウタが施設で少しでもみんなと仲良く出来ますように!の想いから。


施設に行ったら、きっとユウタは”浮く”だろうなと思っていました。
何となく、分かっていました。


同級生とのコミュニケーションを苦手とするユウタが
せめて1つくらい、流行りのゲームで遊べるものがあったら
そこから仲良くなれたりして♪・・・という想いからでした。

だから、色々アイテムも揃えて、裏技とかも人から聞いたりして
攻略本も借りて読んで、私が必死でした。



やり方は後からユウタへ教えるとして
それまでは母が色々揃えておいてあげようと必死でした。

睡眠時間を割き、目の下にクマを作り。



あ~今から思えば本当にアホな親だと思うけど
それほど母も必死でした。





結局は、ユウタもゲームに興味が無いのは そのまま変わらないので
施設でゲームをする事も無く

そして今時「どうぶつの森」で遊ぶお友達も
居なかったのです(;∇;)








IMG_1811.jpg


トイザラスでは、アイロンビーズを買いました。

折り紙とか、お絵かきとか、人に手紙を書いたりが好きなユウタには
こういうものが1番のようです。



脳の手術をする前までは
こういう事をして遊ぶような子供ではなかったんだけどね。


こういうユウタも、もちろん大好きだし
我が子ながら本当に器用な所もあるんだけど

みんなが走り回って遊んでいる中、1人ポツンと机に向かっているユウタを見ると
まだまだ複雑な思いは、私の中にたくさんあるのが正直な所です。



本物のユウタはどこにいるんだろう。

まだ探してしまうのです。




IMG_1814.jpg


誰にプレゼントしようかな~♪

ユウタは誰かに作ってプレゼントしたいのです。


「ありがとう!すごい上手!」って言われたいし
「また、作ってね!」って人から必要とされたいのでしょう。

そういう思いが このビーズに限らず
ユウタからは、いつも痛いほど伝わってきました。



IMG_1810.jpg


IMG_1819.jpg









昼間、近所のスーパーへ買い物に行った時。

車椅子専用の駐車場に車を停めて
ユウタが後部座席から車椅子へ移乗していました。


やっぱりな、というくらい人がユウタを振り返りながら通り過ぎます。

特に子供というのは車椅子に興味津々。
それはね、仕方が無い事です。


でも、今日は本当に驚く出来事がありました。




孫とおばあちゃん。
そしておじいちゃんと その家族らしき人たちが歩いてきました。


孫が「あの子、どうしたの?」

おばあちゃんは・・・


   あの子はね、頭の手術をして失敗して、とうとう歩けなくなっちゃったのよ~。

   ぶくぶく あんなに太っちゃってね~、長く生きられないのよ~。
    




   (怒)




全く面識の無い、見ず知らずのおばあちゃんとお孫さんと、そのご家族。

大きな声で言うものだから、ユウタにまで聞こえてしまいました。



ユウタはかなりショックを受けていました。







ユウタの病気を・・・広く、正しく、伝えたい。


この子達はこれからも、こんな偏見のある中
正しい理解も無い世界で生きていくのであれば

何のために辛い治療をしてきているんだろう・・・とさえ思ってしまう。



「こういう病気もあるんだね。」

まずはそこからでいい。

「かわいそうだね。」

最初は そういう解釈でも構わないから。










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[ 2008/03/01 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(4)

ずうっと、ずっと、大すきだよ。 


2008年 3月2日(日)



昨夜・・・

ユウタは「施設に戻りたくない!」と言って
布団の中で、ず~っと泣いていました。


外泊が始まれば、こういうふうに泣く事も絶対あるだろうって予想していたけどね。

実際にポロポロ涙を流して泣いているユウタを隣で見ていると
「このまま施設に戻らないで済む方法は無いのかな?」なんて

ちょっぴり真剣に考えてしまう。


IMG_1827.jpg


日曜の、本来なら穏やかな午後。

ユウタは施設に戻りたくないと言って、やっぱり泣いてばかりいました。


アイロンビーズに夢中になっていたかと思うと
急に思い出して「もうすぐ病院に行く時間だぁぁぁぁぁ・・・(涙)」って。


IMG_1830.jpg


しばらくすると今度は
「宿題やってなかったぁぁぁぁぁ・・・(涙)」と言って焦っていました( ̄∀ ̄;)









2008年 3月3日(月)

入院74日目
手術より68日
施設35日目



今日から蓄尿での検査がスタート。


ユウタと同じ病気の子供達は結構受けている検査だけど
今回、ユウタは初めて受けました。

入院中の今が蓄尿するにはベストな環境です。







面会に行くと ユウタは国語の宿題をしていました。


IMG_1802.jpg


「ずうっと、ずっと、大すきだよ」

  飼い犬のエルフが老いて、死んでしまうお話。





ユウタはTVでも本でも、会話の中でも
悲しい話がすご~く苦手で、人目はばからずに大泣きします。


例えばニュースで子供が事故で亡くなったという報道を見ると
「かわいそぉぉぉ・・・」と言って泣いたり

どこかで地震があったとニュース速報が出ると

「もしも、ここに地震が来て
 家族みんなが死んじゃったらどうしようぉぉぉ・・・」と泣いたり。





そんなユウタなので音読の時も
この「エルフ」が死んでしまう場面では必ず

声を震わせて泣いていました(^_^;)


IMG_1799.jpg


・・・何度読んでいてもね。








そして宿題は、なんと教科書の暗記!


「え?覚えるの?」

「そうだよ♪」



念のため、周りのお友達に聞いても暗記が宿題でした(;∇;)




そんなの、私にも出来ないから~~~!

・・・と焦っていたら、決められた1部分だけの暗記との事でした。






ユウタは軽い記憶障害がありますが
何度も繰り返せば全く覚えられないという事もありません。

ただ、本当に繰りかえし繰り返しやっていかなければならないので
そばで見ていて、本当にかわいそうになってしまう事もあります。


こんな所までも イッパイ頑張らなくちゃいけないの?って
何だか納得いかないな・・・と。


でもね、かわいそうと言ってユウタに
努力するという事をやめさせてしまう方が、断然かわいそうだから。







途切れとぎれだけど
結局ユウタは全部覚える事が出来ました。


そして今も、教科書を読みながら泣いているユウタです。




************************************




明日はユウタのMRI検査。

足の病気になってしまって、3ヶ月も延期していました。



こんなに長い間、MRIを撮らなかった事は初めてで
その分、私の緊張も昂ぶっていました。

ユウタが少し頭痛を訴えただけで、頭の中は「再発」の2文字がぐるぐると・・・



普段は「神様なんて絶対いない!」って思ってるけど
こういう時だけ、必死に祈ります。

だからって「調子がいいぞ!」って、そっぽを向く神様なんて
どっちにしたって神様なんかじゃないよね。





   何も映りませんように。

   いや、なんでも無い様子が はっきり映りますように。





ただ、それだけの想いが 一生続きます。









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[ 2008/03/03 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(4)

授業参観と懇談会と。 


2008年 3月6日(木)

入院76日目
手術から71日
施設38日目





今日は、ユウタの授業参観でした。

パパと私で参観しました。


IMG_1846.jpg

(1学年、最後の授業参観なのでカメラ撮影OKでした。)



授業は算数。


情報を読み解き、活用する能力を高めるためのリテラシー教育が
盛りだくさんに詰まった授業でした。
時代を感じます。

私たちがこれまで受けてきた「答えは1つ」的な授業ではなく
子供たちから答えに辿り着くまでの色々な発想が飛び出していて
何だかとっても興味深い授業でした。



私も、こんな授業を受けていたら

もっと勉強に興味がわいたかも?しれないな~と思う反面
逆に、答えを出すまでの間に ややこしいと感じるかもしれないな~と思ったり。


それよりも!

問題を解く方法に工夫がある、ないという事を抜きに
一言で言えば、担任の先生の授業が何とも楽しい!というものでした。




子供たちの中で、誰一人 退屈そうな感じはなく
授業参観なのだから、お母さんが見ているし
多少の緊張はあるかもしれないけど

お母さんたちに子供達の意識が行ってしまう様子が無く
みんな、一人残らず先生の授業に引き込まれている感じを強く受けました。



ユウタがどんなに体調悪くても
学校へは、どうしても行きたがる理由が分かったような気がしました。

一人ひとりの発言を大切に受け止める先生の授業がとても印象的で
私は あちこちで感動していました。






でも、今日のユウタは(先生によると)本領発揮出来ていなかったようです。

確かに大人しく黙り込んでいて
授業にも、ついていけていない様子が見えました。


だけど、とても真剣に授業を受けていました。



もともと通っていた学校では「ちょっと、発言しすぎ!」と怒られるくらい
いつも必ず手をあげて、良く言ってあげるとすれば「積極的」だったユウタ。

こちらの院内養護学校に転入してから担任の先生より
「他の人の話が聞けない」と指摘されていたので
今回の授業参観も少しハラハラしていたのですが・・・ちょっぴ拍子抜け。



「今日のユウタさん、とても緊張していたようです」と先生に聞いて
ユウタのそういう部分にも
お友達の話をきちんと聞けるようになっていた部分にも

色んなところに、少しだけ成長を感じられる授業参観でした。



だけど勉強はユウタにとって
すごく大変そうだな~と改めて思いました。








授業参観の後に懇談会がありました。

この懇談会で、ユウタの事を保護者の方へ説明しようか悩んでいました。


そりゃ~、問題多いユウタの親としては
皆さんへ謝罪を込めて、きちんと話をするべきですが

・・・この頃の私は、相当ひねくれていて。


 「話しても、分かってくれないよ!」
 
 「それに、ユウタだけが悪い訳じゃないし!」

 「だったら パパが話してよ!」



そうやって、逃げ腰になっていました。

ユウタの事で傷つくのが怖い。
つまりは自分が”かわいい”だけでした。


人前でユウタの病気を言葉で説明する勇気も
正直ありませんでした。

私、絶対泣くだろうな・・・と。





でも、担任の先生が きっかけを作ってくださり
(前もって、打ち合わせしていた訳ではありませんが)

私から自然に、ユウタの精神面や感情の起伏などについて
話し出す事が出来ました。

ごくごく、簡単な説明でしたが
あれがその時 私の精一杯でした。


今になっても、その内容を詳しく思い出す事が出来ないくらい
気持ちが張り詰め緊張していましたが
話せて良かったと、今もそう思えています。






人前で話す事を最も苦手とするパパが皆さんへ

「迷惑ばかり掛けてしまいますが・・・」と頭を下げていた姿が
今も印象に残っています。




ユウタが教室で泣いてキレても
クラスのみんなは「病気のせいだ」と分かっていて、とても温かいらしいです。

ユウタも学校ではとても落ち着いているとの事でした。











病気になって、小さい頃から入院と手術を繰り返してきて
我慢もいっぱいしてきて

苦しい思いも辛い思いも、ホントにたくさんあったけど

その後の出会いは すべてに恵まれていて
幸せだなって思える事は度々あります。



その中の一つが、この学校と先生にめぐり合えた事。




病気になって良かったと、いつかは思えるようになるとか
病気になった事にも意味があるとか

そういった類の話を聞かされると、私は正直 猛烈に腹が立つ。


ユウタが病気になった事に、意味なんかない。



だけど、ユウタが病気になって
全てが悪い事ばかりの連続でもないのは、確かです。


分かりあえるなんて、無理!・・・と、自らバリアを張っていたって
届くはずのものも、届くわけなんかないよね。

やっと、そんな事を思えるようになってきました。





「学校が楽しい。お友達が好き。先生が好き。勉強が好き。」

そんなユウタが笑顔で私のそばに居るなら
本当はそれが1番喜ばしい事なんだよね。









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[ 2008/03/06 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(5)

ユウタからの電話。 


2008年 3月23日(日)

入院93日目
手術から88日
施設55日目




この日は家でノンビリ過ごして
夕方いつもどおりに施設へ戻りました。


前日は、同級生のお友達2家族が遊びに来てくれて
大人も子供も、ずいぶん夜遅くまで遊んでいました。

カオリン、シ~、殿、ユミちん、ユウカ、アユ、パパちゃん。

いつも温かく見守ってくれる人たちと
何の気兼ねも無く笑顔で過ごせる事に幸せを感じていました。

ユウタも、いつものユウタらしさのまま
本当に楽しそうでした。



結構、夜更かししたのに
ユウタはいつもの規則正しい生活の中よりも元気で
改めて、心と体はぴったり繋がっているんだな~って思いました。

心が たっぷり満たされて
とっても温かくなっているからなんだろうね。


お友達は何より大切な宝物です。












ユウタを施設に送った帰り道。


東名高速のインターを降りる少し前に
公衆電話から私の携帯へ着信がありました。

すぐにピンと来ました。



  「ユウタからだ!」





何があったんだろう。

電話に出るまでの短い間に色んな思いが巡りました。




出ると、やっぱり泣き声のユウタからでした。

運転席のパパも心配そうにしていました。



   「隣のお部屋のお兄ちゃんたちが、みんなでいじめるんだよ~!
 
              ユウタだけ、部屋に入るな!って怒るんだよ~!」


   「ママ、助けてよ~!」





またか。←(click)


もう、どうしようもないな。

長い間、暗黙の了解で許されてきた事に立ち向かう為の戦力も
変えなければいけない!といった正義感的な気持ちも
この時の私には、まったく備わっていませんでした。


衝突を避けるしかないんだよ。






ユウタは お兄さんたちと遊びたい。

カードゲームのゲームは出来ないけど
ユウタはカード類が大好きで、きっとそれで一緒に遊びたいんだろうと思います。


でも、お兄さんたちはユウタと遊びたくない。

ユウタとは話も合わないし、おしゃべりがうるさいだろうし
おもしろくないから。

ユウタがカードを欲しがったりするのかもしれない。






絶対、明らかにユウタがいじめられているという事であれば
いつものように「ちょっとぉ~!!!」って怒鳴り込むけど

正直、きっと邪魔なのでしょう。


お兄さんたちにとっても、ユウタがストレスであってはいけないし。




「ユウタだけ」という点には、どうしたって怒りが込み上げるけど

話しても分からないんだから
それについて「怒」のエネルギーを使うのは、もったいない位 ムダだな~と・・・。






「他にも、お友達が居るでしょう?」

「お兄さんのお部屋には行かなきゃいいでしょう?」

「同じお部屋のお友達と遊んだら?」

「看護師さんには言ったの?」



私はわざと突き放した感じに答えました。


こういう時に優しい言葉を伝えると、ユウタは逆効果というか
余計に涙が止まらなくなります。

私も同じだけどね。




そんなの、特別大変な事じゃないよ!
大丈夫!明日またママが会いに行くんだから。
一人ぼっちじゃないよ!

明日は大好きな学校なんだから
デスモ(尿崩症の薬)して、早く寝ちゃいなよ!

じゃあね!切るからね!





「うん、うん、分かったぁぁぁぁぁ(涙)」



看護師さんが隣に居てくれたのでしょう。

「もう、いい?切った?」


電話を切る直前、そんな声が聞こえてきました。










本当は、そのままUターンして病院に戻りたい心境でした。

本当は、ユウタと一緒に泣きたい気持ちでした。


  私ひとりだったら、そうしていたかもしれないな。




ユウタには会わないで
お部屋をこ~っそり覗いて

大きなお腹を上下に揺らして眠るユウタの姿を確認して
オイオイ泣きながら帰ったかもしれない。





家に帰ってからも
公衆電話から掛かってきた履歴をずっと眺めていました。

さっきまで、この部屋で
「昨日は楽しかったね!」って笑っていたユウタが切なくて。










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[ 2008/03/23 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(1)

春休みスタート。 


2008年 3月25日(火)

入院95日目
手術より90日
施設57日目




今日は修了式。

ユウタも小学校1学年の「修了証」と通知表(あゆみ)をもらってきました。




  病気をくぐって明るく前向きに生きようとする姿勢が素晴らしいです。
  優しい心の持ち主で、相手を思いやる事が出来ます。

  「困った事があっても泣かずに
  冷静に自分の気持ちを伝える事が出来る。」ことをねらいにしました。

  話し合いの時、自分の考えが相手に伝わらないとき
  すぐに教師に訴えていたのですが
  自分の言葉で話し合いに参加する事が多くなりました。

  この調子で頑張りましょう。
  期待しています。





先生の書いてくださった言葉を
私は何度も何度も読み返し、ユウタにも聞かせて

よく頑張っったね!よく頑張ってるね!と
ユウタの頭をゴシゴシし続けました(*^ー^*)



図工を担当してくださっている先生からも

「ユウタは本当に泣かなくなった!よ~~~く頑張ってるよ!」って
いっぱい褒めていただきました。


最初のうちは「ユウタ、泣くな!!!」って
いっつも怒っていたんだけどな~・・・と。 (え、そんなに?)

そう、笑顔で懐かしそうに語って下さいました(*^ー^*)


素敵な先生方に囲まれて過ごせていた事に
改めて感謝の気持ちでいっぱいでした。










3月27日(木)


入院97日目
手術より92日
施設59日目





今日から春休みの外泊がスタートです。(゜∀゜)ノ

11日間の外泊。
ユウタが入院してから、初めての長い外泊となります。



学校の先生に ご挨拶して
たくさん借りていた本を図書室に返しに行って

私もユウタも、これからの長い外泊に
かなりのハイテンションのまま家に帰りました。






病院を出ると坂の長いくだり道には 桜がたくさん咲いていて。


いつもは「桜、開花しましたね」って感じで
ただ、ぼ~んやり見ていた風景なのに

今日は格別の美しさ。





きれいな景色を見て感動できるという事は
その時の自分の心に「感動受け入れスペース」がないと
ちゃんと作動しないものなんだな~。

ユウタが一緒にいるだけで
普通のこと全部が嬉しいんだね。




車の窓、全開で
「ひゃっほ~~~~い♪」って叫びながら帰りました。

通報寸前の挙動不審さだったと思います。




2008年 さくら




春休みは、色々な計画をたてていました。


心の充電になるといいな。

ユウタだけじゃなく、荒んだ私の心にもね。












外泊中、大切な人たちとの再会もあり
いつものように楽しい仲間との時間もあり

今、思い起こしてもキラキラの思い出ばかりで
とても幸せな時間の中にいました。



ユウタのおかげで普通の事が何だって楽しくて

夜、布団に並んで話をしているだけで涙が出そうになって
手を伸ばせば、両側に温かい子供のぬくもりがあって

おいしいねって、普通のありきたりなメニューのご飯に
笑顔で感激のユウタを見ていると

自分のひねくれた心も解けていくような気がしました。




こういう気持ちって多分
なかなか心からは感じられないと思います。


色んな悩みは絶えないけど
将来の不安とか含めちゃったら、そんなの数えられないんだけどね。



小さな幸せをいっぱい集めたら、多分私たちって

かなり、いい感じだと思います。



強がりじゃなく。











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[ 2008/03/27 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(1)

春休みが終わって。 


ユウタは春休みに入る直前に
両足へ、体重の4分の1の負荷を掛けるリハビリを始めていました。

12月末に足の病気を発覚して、手術を受けて
かれこれ3ヶ月ぶりに、足へ負荷を掛ける事になるので
痛みが起こるのではないかと心配していましたが
4分の1では大丈夫なようでした。



足の病気を発覚したその日から、絶対に立ち上がってはいけないと言われ
生活は、ずっとベットか車椅子でしたが

ほんの少しであっても、地に足を付けられる感覚を久々に味わって
ユウタはとても嬉しそうにしていました。



IMG_2421.jpg


↑これはパパが作った、ユウタの昇降台。

外泊の時は施設にいつもお借りしていましたが
かなり重たいので大変でした。

なのでパパが自宅用にと作ってくれました。
こういう時だけパパの行動力はスゴイのです。






両足に力を入れることが禁止!となると
生活のほとんどが非常に不便でした。

想像より、はるかに大変な事なんだなって
そういう事に改めて気が付きました。


重たいユウタの事を抱き上げる事も不可能ですし
うちの狭いバスルームやトイレに車椅子ごと入る事も無理でした。






この昇降台はユウタが車椅子から床に降りるときや
またはその逆で、床から車椅子に乗るときに使用します。

トイレの便座に座るときも、お風呂に入るときもです。


足首の部分を私がつかんで支え持ち
ユウタは腕の力だけで1段1段、昇降台を上ります。

トイレに行ったり、車椅子から降りたり乗ったり。


日常の中では、腕の力だけを使っての「その動作」が
思った以上にたくさんあるので
ユウタも疲れ果て、踏ん張りがきかなくなってしまう事もありました。

私もパパも腰が弱い方なので
中腰でユウタの介助は、とてもきつかったです。






そんな時、いつもユウタが言っていました。

「パパ、ママ、いつもイッパイ迷惑掛けてゴメンネ。」



     迷惑だなんて1度だって思った事は ないんだよ。












春休みには・・・

浦賀に住むイトコの家にも遊びに行ったり
ダイスキなラーメン屋さんに行ったり
動物園に行ったり

遠くはるばる奈良の方から大切な人たちが来てくれたり
いつも仲良しのお友達も遊びに来てくれたりで

笑顔の多い時間の中で過ごせました。




いつも施設で苦しい事は いっぱいあるんだけど

こうやって遠くからも、すぐ近くからも
ユウタを応援してくれる人たちがイッパイいて

みんなが温かく見守ってくれている事を
ユウタ自身でも気が付けたのだと思います。







春休みの外泊が終わって施設に戻るとき
本当は私が泣きそうになってました。

でもユウタは泣かずに戻っていきました。



多分、私の弱さじゃ耐えられないような苦しみもある生活の中へ
ユウタが涙を精一杯の我慢で堪えて入っていく姿に

余計辛くもなったけど

そんなユウタに私の方がいつも支えてもらっていました。



IMG_1736.jpg



誇りにさえ思うよ、ユウタの事。

いつもあなたのそばには
たくさんの味方が付いている事、忘れないでいてね。



頑張っている事が「無駄」になることなんて
絶対にないのだから。

そう自分にも言い聞かせています。










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[ 2008/04/06 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(1)

ピアニカ。 


2008年 4月10日(木)

入院111日目
手術から106日
施設73日目




施設へ面会に行くと
ユウタ達の居る部屋から「ピアニカ」の演奏が聞こえていました。


今日の宿題はピアニカ。

「チューリップ」と「カエルのうた」の演奏を
皆が いっせいに練習していました。


ユウタは大きな音に頭痛が現われてしまうので
眉間にしわを寄せつつ、それでも必死になっていました。





どうしても同じ場所でミスってしまい
それを覚えられずに、イライラ。

大きな音の中で
頭痛も起こっているし、イライラ。

皆がさらりと演奏している様子に焦りで、イライラ。


そういうユウタの様子に
パパも私もイライラ。(ホント、だめだね~)


イライラぐるぐる悪循環の中で
ユウタは、パパとママとピアニカと 格闘していました。





あ~~~、もうダメだ!出来ないよ!


ユウタがまたキレだしました。

その時・・・



「ユウタ、オレが教えてやるよ!」


お隣のベットにいた男の子(←click!)が声を掛けてくれました。



「ユウタのベットに行こうか?そっちで教えてやるよ!」



男の子は、お母さんに抱き上げられ
ユウタのベットに移ってきました。











ユウタは、その男の子がユウタのベットに来てくれた事だけでも
大感激でいる様子でした。

もちろん、そばに居た私もパパも。



ユウタのベットに2人が向かい合って
一緒に演奏をはじめました。


やっぱり、どうしてもミスってしまうユウタに
男の子は何度も「じゃ、もう1回ね」って合わせてくれて。


泣いたりキレそうになったり、そういったユウタのイライラした様子は
もう すっかり消えていました。






何回か一緒に練習していくと

とうとうユウタが初めて
最初から最後までミスる事無く演奏出来ました。



やったじゃん!ユウタ!


パパも私も、男の子のお母さんもパチパチ拍手!



「ありがとう~、○○君のおかげだよ!」

ユウタは本当に本当に嬉しそうでした。






ピアニカの演奏がきちんと出来た事よりも

きっと、お友達がユウタのためにベットに来てくれた事と
ユウタに優しく寄り添ってくれた事が

何よりも嬉しかったのだと思います。




  「ユウタ、良かったな!俺たち親友だもんな。

     オレは地元にも親友が居るんだけどさ、ユウタも親友だよ!」





男の子は自分のベットに戻ると
一生懸命、今度は「カエルのうた」の楽譜を書いてくれました。

それを見ながら、ユウタは しばらくの間ピアニカに集中して
練習を繰り返していました。









この日の光景と、その時の感動は
今も私の胸に印象深く、鮮やかに残っています。

いま思い出しても涙が出るくらい
この出来事には本当に感激でした。



施設に入ってからは、お友達とのトラブルばかりで
毎日その様子を聞いては、頭を抱えていました。

だから、問題行動を繰り返していたユウタに
こういう事は絶対あり得ないだろうと私は勝手に括っていました。




仲良くしてくれるお友達は、う~んと上級生か
う~んと小さい子。


脳の手術の後から、同級生とのかかわりが
とっても苦手になってしまっているユウタに対して

逆から考えたら周りの同級生の子達も
ユウタとは係わりづらいものなんだろうと思っていました。




活発で、いたずら坊主で
仲間を率いて悪さをするような男の子だったユウタ。

病気をする前の、あのユウタであったら
この施設でも、きっと皆と変わらず仲良くしていたんだろうなと

そんな事を思いながら周りのお友達を
いつもまぶしく見ていました。


悔しさにも似た、悲しい感情を
本当はいつもいつも抱いていました。




でも、ちゃんと居たよ。

ユウタの以前からを知っていなくたって
何の壁も感じさせずに寄り添ってくれるお友達が。



私は本当に嬉しかった。

絶対に忘れないよ。






         男の子が書いてくれた「カエルのうた」の楽譜。

         地元の学校に戻った今でも
         とっても大切に

         とっても、とっても大切に

         ユウタのピアニカに挟まれています。











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[ 2008/04/10 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(10)

お散歩デビュー。 


2008年 4月15日(火)

入院116日目
手術から111日
施設にて78日目




ユウタの面会へ行くと、施設では自由時間でした。

院内の養護学校から下校して
4時半までは、何をしてもいい時間です。


お部屋の一角に集まって、DS(ゲーム)をしている子や
1つのベットに集まってカードゲームをしている子がいて。

その光景は、近所の公園で子供たちが遊んでいる様子と変わりも無く
ただ違っているのは、皆が車椅子であるという事だけでした。



ユウタはというと・・・

その輪に入る事無く、自分のベットにポツン。


皆がワイワイ大騒ぎの中、1人で宿題をしていました。




「ユウタ、えらいね~!」


そう言って抱きしめつつ、私の心の中では
切ない気持ちに胸が苦しくなっていました。












4月になって、整形外科の先生が変わりました。


全く関係ないけど、その先生は かなりイケメンで(笑)
しかも、私よりもう~んと年下のようで。

まぁ、ホント関係ない話ですけどね( ̄∀ ̄;)



私がチヒロに「ユウタの先生、芸能人みたいな顔をしてるんだよ!」と言うと
チヒロが珍しく、「本当だ~!カッコイイ先生だね!」と驚いていました。

チヒロの判定?は普段、結構厳しい~のです。




ユウタも先生に憧れているようでした。

「ママ、ユウタも頑張って将来は先生みたいにカッコよくなるよ!」って(笑)


なに言ってんの!(笑)
ユウタの方が全然カッコイイよ!と伝えました(*´艸`)




今日は足のレントゲンを撮った、との事。

まだ主治医のDr の元へはフィルムが届いていないので
説明は後日に・・・という事でした。





それと今朝は、朝食前に血液検査もしました。

その結果によると、甲状腺の数値が低かったらしく
次回の検査まで様子を見てみますというお話でした。

高脂血症はリピディル服用(←クリック)の効果がさっそく表れているようで
数値は良い結果との事でした。



1つ問題が解決したかと思えば
次は甲状腺か・・・。












今日は施設に来て初めて

みんなと一緒に夜のお散歩に出ました。




夕飯を済ませてから、みんなはお母さんと一緒に
施設を出て院内のお散歩へ出ます。


これまで何度もユウタを「夜のお散歩」へ誘ってきたのですが

ユウタはママと楽しい時間を過ごせば過ごした分だけ
バイバイが辛くなるから行かない!と言って、断固拒否を続けてきました。


分からなくもない、そんなユウタの拒否の理由。

今までの繰り返されてきた入退院で
バイバイの辛さがユウタをたくさん苦しめてきたのだと思います。






そんなユウタが今日は突然
「みんなと一緒にお散歩に行きたい!」と。


多分、ピアニカの一件(←クリック!)で
ユウタにも、自分に対しての自信がついたのかもしれません。


お友達と仲良く遊ぶ喜びというものを
ユウタが久しぶりに感じ受け

そこから良い意味での変化が起こっているように思えて

「お散歩に行きたい!」というユウタが
私にはとっても嬉しかったです。






ただ問題は1つ。



お散歩タイムには施設内では禁止とされている
「おやつの差し入れ」が行われていたので

その事がとっても心配でした。


面会に来ているお母さんたちは
お菓子のダイスキな年頃の子供たちに
施設では食べる事の出来ないお菓子類を持ってきていました。

子供たちも、それをとても楽しみにしていました。




ユウタは入院中に限らず、普段から
お菓子という物は、ほとんど与えていないので

みんながお菓子を食べている様子を見てしまった時に
どれだけ辛い気持ちになるのだろうかと、ずっと悩んでいました。


だから、強引に「お散歩行こうよ!」とユウタを誘い出す事もせずに来ました。





嬉しそうにみんなの元へ車椅子で走り寄り
持ってきたビーチボールでみんなを遊びに誘うけど

ユウタには、やっぱりみんなのお菓子が目に止まり
「いいなぁ。いいなぁ。」を繰り返し言い続けていました。


メソメソ、涙を浮かべて
「ユウタはダメなんだよね?」って、私へ何度も聞きに来ました。





お散歩に行って、みんなと遊んだり
仲良くなれる事はとっても良い事だ!と思う反面

お散歩に来て、ユウタだけお菓子を我慢させる事により
余計悲しく辛い事を増してしまっているのかなと悩んだり・・・


う~ん、どっちがいいんだろう。



とても複雑でした。






ユウタの気が紛れるように
私はブーツを脱いで、カーペットに上がり

汗ビッショリになって本気でビーチボールで遊びました。

老体に鞭打って(笑)




はたから見たら、おかしなお母さんだったかな。
本気で小学生相手に闘っていました(笑)


「ユウタのお母さん、ばっかじゃね~の?」

「お腹、丸見えだよ!」


・・・な~んて子供たちが食いついてきたら、こっちのもの♪



     じゃ、勝負する?



そう言って、こっちに集中させて
お菓子への神経を「おばちゃんビーチボール大会」に誘導です。








こういう我慢の出来事は
今までも、これからもユウタには仕方が無く続いていく事。


悲しいけど、悔しいけど

こういう事なんだ。




今までも、こういう場面に辛い思いを繰り返してきたけど

いつかは必ず、親の管理下から離れて
自分で自分の体を確認しながら管理して行かなければならないのだから


私と一緒に居るうちに
私がそばでユウタを見ていられるうちに

そういう事が当たり前に思え
当たり前に流せるように

一緒に悩んだりしながら進んで行こうと思っていました。





中学生くらいになれば
コンビニで隠れ食いしちゃうかもしれない。

友達と一緒に、たこ焼きだって買うでしょう。
肉まんだって、買うでしょう。


私が「ダメ!」と怒らずとしても
自分でストップを掛けられるように進んで行くしかないんだよね。









お散歩終了時間が近づくと
ユウタが私とバイバイする時の辛さを想像して
大泣きしはじめました。

小学2年生にもなると
お母さんと離れる事で大泣きしている子は居ません。




ユウタは一際目立つ、大きな泣き声で

「ママ、気を付けて帰ってね~~~」(号泣)








施設を出て、長い廊下を歩いていても聞こえてくるユウタの泣き声は

駐車場の車に乗っても、私の耳に残って
いつまでも響いていました。









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[ 2008/04/15 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(1)

ボルトに黒い影。 

   

2008年 4月16日(水)

入院117日目
手術より112日
施設79日目



整形外科の先生より、先日のレントゲン結果を聞きました。


大腿骨に打ったボルトの周りが黒くなっている事が判明・・・。

  マクロな微動により黒く映ってしまっただけなのか
  それともボルトのズレが起こって、緩んできているのか
  現時点では、不明。


他のDr や他院のDr に相談するとの事。
それから今後の事を決める、という事になりました。


(;_;) 何もかもが、悪い方へ進んでいるような気さえする。


こんなに頑張ってきてるのにな。


ちっ・・・と、舌打ちしてユウタを振り返ると

「ママ、ユウタは頑張るからね!」



最悪の場合・・・

再手術の可能性もあるのに
入院がまたさらに長くなる可能性もあるのに

ユウタはいつもの笑顔で私の手を握り締めていました。



こどもの笑顔が胸に痛~い時もあります。







2008年 4月17日(木)

入院118日目
手術より113日
施設80日目



連日のように、同室のお友達とのトラブルが多発していて
看護師さんも支援の方もユウタの事で頭を抱えている様子が
私にも伝わっていました。



「お母さん、ちょっといいですか?」

看護師さんが私を呼びに来る事も、ほとんど毎日。


だんだん、私の感情も変わってきていました。

「申し訳ないです。ご迷惑をお掛けします。」


そんな風に謝りながら、でも心のどこかでは

それでも、頑張ろうとしているユウタの気持ちを
もうちょっとだけ汲み取って欲しいという思いも込み上げていました。





物を投げたり、暴言を吐いたり、暴力を振るってしまったり。

確かにそれをしているユウタが1番、いけない。


病気のせいなんだからと
ユウタに「その行為」を認めてあげようなんて、もちろん思わないけど

そうならない為に、改善できる方法が
もう少しあるように感じてなりませんでした。



ユウタが頑張る以外でも
もっと改善するべき事があるのでは?

喉まで出掛かって、飲み込んでいた言葉でした。







そんな中で、今日は嬉しい出来事もありました。



いつも、かなり強力なパワーで
ユウタに意地悪な言葉をぶつけてくる男の子がいます。

お隣のお部屋に居る、ユウタより1つ年上のその男の子は
「デブ!」とか「ウザいんだよ!」とか
何かというとユウタに攻撃してきていたのですが

その男の子が、今日ユウタに
とても優しくしてくれたというのです。

ユウタは話しながら、泣きそうになっていました。



それがとても嬉しかったのでしょう。

私たちが帰るまでユウタは
何度も何度も、その話をしていました。





いつものように朝の時間、同室のお友達とトラブルがあり
ユウタはお部屋を飛び出して、泣いていたようです。

すると、その”いつも意地悪してくる男の子”が
「どうした?」と近寄ってきて


   「オレがみんなに言っといてやるよ。

         また何かあったら、言って来いよ!」


そう言ってユウタの肩を支えてくれた、との事でした。






パパも私も、そしてチヒロもビックリ。

「ホントにホントに、あの子?」



ユウタの話が終わるのを待てずに
私は隣のお部屋に駆け込んでいました。


「○○君、今日ユウタの事を助けてくれたんだってね!
ありがとうね!本当にありがとうね!」


男の子は、いつものように口をへの字にして
ふてくされた表情のままでしたが

ちょっと照れくさそうに

うん、ってうなずいていました。



「また何かあったら、ユウタの事 よろしくね。」


男の子は、「うん、いいよ!」って
今度は少しだけ笑顔でした。






それからというものの、その男の子は
ユウタのベットサイドによく来てくれて

大事にしているカードゲームのカードを持ってきてくれたり
一緒にビーチボールで遊んでくれるようになりました。


お隣のお部屋の男の子たちも、そんな様子を見て
ユウタを遊びの仲間に時々は入れてくれるようになりました。












子供同士の関係に親が手助けできる事も その時期も
少なく短いものであって

悩む事も多いです。


手を差し伸べる事も、ちょっと背中を押してあげる事も
時々は放っておいてみる事も、思い切って突き放してみる事も

大変な治療やリハビリを強いられた特別な環境の中での場合は
なおさら難しくて。

つい過保護になってしまってはいないか・・・
考えてしまう事もあります。




子育てに共通の答えなんかないから
その子にとっての1番を親は探りながら日々を進むんだけど

子供が病気と闘う中での、色んな悩みに加えて
お友達関係の悩みは本当に大変だな~って思います。






「ケンカはやめなさい!」

「意地悪な事を言うのはやめなさい!」

「仲良くしなさい!」



そう言って子供を咎めて、上手く行った例なんかほとんど無い気がする。

その場限りの”ごめんなさい”で終わっちゃうんだよね。


ちょっとしたきっかけで子供が自分たちで自然に変わって行くのを
少しだけ手助けしてあげる事、その加減が難しいんだけど

もっと全体的にぐるっと冷静に見回せば
解決できるユウタのトラブルもあったんだろうな。



今となっては、そう思います。

今だから思える事なんだけどね。









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[ 2008/04/17 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(7)

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2008年 4月21日(月)

入院122日目
手術より117日
施設84日目



今日は整形外科Drたちの回診の日。

触診等でユウタに特別な問題は見つからず
順調であるとの事でした。


今後の経過として・・・

足への負荷は現在が3分の1なので
5月より2分の1、つまり体重の半分を両足に掛けられる事になり

その後は様子を見ながら4分の3から全体重へ
ゆっくり時間を掛けて行きましょうというお話でした。




内分泌的には今日からチラーヂンが1.5錠→2錠へと増量になりました。

前回、前々回の血液検査結果で
甲状腺の数値が最低ラインすれすれの為
今週から増やしてみる事になりました。










2008年 4月23日(水)

入院124日目
手術から119日
施設86日目



今日は最悪の日でした。

今日こそが最悪の日だ!と思って
そういう日を今まで何日か通り過ぎてきたけど。



私たちが施設に着くとパパと私が
すぐに整形外科のDrと看護科長から呼び出されました。

その時、近くにいたユウタの顔色も変わっていきました。


いつもの呼び出しとは違った雰囲気を
私もパパもすぐに感じ取りました。








今朝も、いつものようにお部屋のお友達とケンカが起こったらしく
原因は、おもちゃの取り合いだったようです。


取り合いというか、私が思うには

ユウタが勝手にお友達の物を手に取り
いつものように、すぐに返せなかったのでしょう。


だから、ユウタ対お部屋のみんなという構図で
これまたいつものように全員から責められたようでした。



そして、これも毎度の事ながらユウタが異常な興奮状態へと陥り
大爆発してぶち切れ

「死んでやる!」と言って外に出ようとしたようでした。



看護師さんが止めに入り
その時にユウタがその看護師さんへ暴力を振るってしまいました。

「わき腹と頭を思い切り、殴った」との事でした。



男の看護師さんだったのですが
午後になって具合を悪くされ、精密検査へ。

異常は無かったものの、休憩されて
夕方から病棟の勤務に戻られていました。






こういう事が
こういう最悪な事が・・・いつか起こると思っていたから

施設への入所も無理だと思いますって
病院ともずっと話し合ってきたけど

やっぱり、本当に起こってしまった。



暴力を振るってしまった看護師さんは
ユウタの担当の方で、1番ユウタと長く携わってきて下さった方でした。

いつも本当に親身になってくれて
どうしたらいいのか、どうすれば1番良いのか
一緒に色々と考えてきてくださっている看護師さんでした。


車椅子に乗ったユウタが
男の看護師さんが精密検査を受けるほどの暴力を振るってしまったなんて。

一体、どれだけ本気で殴りかかったのだろう・・・。

正直、私にもパパにも
ここまでの事態は想像出来ませんでした。




 ごめんなさい。

 本当に、申し訳ありませんでした。



そう謝りながら
目の前にいる先生と看護科長から無言で

「ユウタ君は施設での生活はもう無理!」
「なんて子供なんだ!」

そんなふうに思われているような気がして

こちらから「退所します」と言い出すのを待っているのかなって
そんな事を頭の中でずっと考えていました。




帰り際に毎日「ママ、ユウタ頑張るね!」って
涙をガマンしているユウタの顔が何度も浮かんできて

私は泣く事を止められませんでした。


隣のパパも精一杯だったと思います。

ひたすら頭を下げていたけど
説明出来ない感情が沸き起こっていたに違いなく

その場には、苦しくて重い時間が流れていました。




その後、看護師さんへ謝罪に行くと

 車椅子の子供に対して手を押さえてしまったのが悪かったのです。
 ユウタ君が悪いのではなく、私の配慮が足りなかったのです。


そう、いつもと変わらない笑顔で大丈夫だと言って下さり
逆に私たちへ謝られていました。


看護師さんが幸いにも大事に至らず
その事には心底ホッとしたけど

まったく、もう!・・・って怒られた方が
あの時は、いくらか楽だったような気がします。


申し訳なさと、情けなさと、くやしさと・・・悲しさに
押しつぶされそうでした。











お話が終わった後、私は目が真っ赤だったので
ユウタの所へすぐには戻れず

院内の電話コーナーに隠れるようにして、母親に電話しました。



正直言って母は
ユウタの病気にあまり理解がありません。

ユウタに関する事で困った事態に陥っても
私はこれまで父や母に頼る気持ちが起こった事はありませんでした。



病気の知識も少なく、それは仕方が無い事ですが
この前まで元気だった孫の変化に
私の両親も心が追いつけていないのかしれません。


空腹で泣いたり、感情をコントロール出来なくなってしまっているユウタに
母は「どうしてガマン出来ないの?なんで怒っているの!」と
会うたび何度も何度もお説教していました。


そういう様子に、私も疲れていたし
ユウタも負担になっていたし

1番理解していて欲しい人に分かってもらえない辛さが
今までとっても重かったのです。



だけど、なんだろう・・・


その時は母の声が聞きたくなりました。





「病気のせい?そんなの関係ない!」

「あなたがもっと言い聞かせれば空腹もガマン出来るんじゃないの?」

「ユウタはただ単に、わがまま過ぎるのよ!」

「男の子のくせに、すぐ泣くんじゃないわよ!」

「甘やかすんじゃないの!」



今まで本当に頭に来ていた母の「理解ない言葉」が
この時は無性に聞きたくなりました。


今日の一連の出来事を話せば、きっと
もっとユウタに言い聞かせなさいよ!って怒るだろうって分かっていながら

そういう強気な母の言葉で
私自身を奮い立たせて欲しかったというか

他の事で頭に来て、違う所に視点を変えたかったというか

・・・よく分からないけど。




優しい言葉で慰めてくれる人は
私の周りにたくさんいるけど

何をメソメソしてんのよ!って
この時は、そう叱って欲しかったのかもしれないです。






「お母さん、私 何だか疲れたよ。

この頃、ユウタを連れて消えてしまいたい気持ちになるんだよ。」



この頃じゃないよ。
本当は、ずっと思っていたんだよ。

ユウタは強く生きる事に精一杯頑張っているのに
私はあきらめちゃうんだよ。

こんな事を考えちゃう自分も
こんな事を口にしている自分も
いけない!って分かってるんだけどさ・・・


ダメな親でしょう?





そう言うと、母は「お姉ちゃん、なに言ってんの。」って
ただ私の言葉を聞いているだけで

期待していた強気な言葉がこんなときに限っては無く・・・。



今度、外泊の時に会いに行くからね。

チヒロは元気なの?

2人によろしくねって、ただそんないつもと変わり無い会話で
電話を切りました。





私から母に弱音を吐くなんて
よっぽどダメージ食らったんだな~と、やけに冷静になって
ユウタの所へ戻って行きました。








施設ではいつもと変わらない雰囲気の中で
パパと漢字の宿題に張り切るユウタがいました。

ユウタがすがるような目で私をずっと見ていたのに
しばらく私はユウタと目を合わせる事が出来ずにいました。


パパもユウタに今日の出来事について
たくさん話をしたようなので
私からは何も言わない事にしました。

それが逆に、ユウタの胸に残ってくれるだろうと思ったのもありました。



だけどやっぱり、憎たらしいほどに愛おしい我が子。



とんでもない事をしちゃったけど
暴力に言い訳は何も出来ないんだけど

考えなくちゃいけない事だらけなのに
この時まさに心の中は”からっぽ”でした。





そろそろ、限界なんだろうって感じていました。


この子も、家族も。




  



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[ 2008/04/23 23:59 ] 肢体不自由児施設 | トラックバック(-) | コメント(-)

精神薬。 


2008年 4月24日(木)

入院125日目
手術より120日
施設87日目



今日はユウタのお部屋で定例の子供同士による会議がありました。


それによりベット位置変えも行われましたが

ユウタの位置は今までの位置とは反対側になっただけで
それほどの変化はありませんでした。







今日も看護師さんから色々と話を聞いたのですが

やはり今日のユウタも暴力的な言動が多いとの事・・・


  「ここ 2、3日のユウタ君は特に変です。」


看護師さんも困った様子で細かく話してくれました。







昼過ぎに、こころの科の先生が
ユウタの様子を見に来てくれたようでした。


何か困っているの?
辛い事はない?


そのような内容の事をユウタと2人で話して
その時は、とっても穏やかにしていたようでした。



その後、先生が帰ろうとしたとき

ユウタが看護師さんに何かを言われ
その看護師さんを殴ったり、車椅子ごと体当たりしたとか・・・。




・・・どうしたんだろう。


確かにユウタは感情的にはなってしまうけど
今まで、このような暴力が出た事はありませんでした。


物を投げたり、壊したり
自分の体を傷つけようとしたりはあったけど。





夕刻になり、パパと私と こころの科の先生と
離れた個室で話をしました。



   今までニコニコ穏やかにしていたユウタ君の顔が一変しました。

   ユウタ君の顔つきや目つきが変わっていくところを
   今日はじめて目の当たりにしました。

   お母さんが仰っていた事、よく理解できました。

   確かに、あの様子は脳の障害からだと思います。





先生はとても丁寧に、多分とても気を使われながら
言葉を慎重に選びつつ話して下さっていました。




施設に入所する前に、私たちが
「ユウタに施設は無理な環境だと思います。」と相談した時に

先生も「ユウタ君は大丈夫ですよ!」と言って下さっていたけど

だけど、今日のユウタを先生自身が目撃して
そこで初めて「こういう事だったのですね」と理解しくれました。





ユウタが脳腫瘍の摘出手術を受けた大学病院の
各科先生方や看護科の方々は

手術を受ける前のユウタと接して下さっているので
以前のユウタをよく分かっています。

だから、術後に起こった性格の変化や気性の荒くなっている様子も
はっきりと感じ取ってくれていました。


親であれば、その変化に すんなりと気づけるけど

術後の変わってしまったユウタしか知らない人たちにとっては
正直言って、ユウタの様子を病気に関連付けて説明する事がとても難しく
伝わらない事の方が多いのです。



医療の現場であっても、それは同じなのだと知りました。

それに気づいた時は、この先の不安ばかりが
私たちに、どんどん募りました。




ここの病院へは、ユウタの脳の手術後しばらくしてから掛かり始めたので

術後の変化は親からの説明と
前に掛かっていた病院からの紹介状によって伝えるしかありません。


血液検査の数値のように平均値と比べてパッと分かるものもあれば
このようにメンタル的な部分を測る事など限界があり・・・。




暴力の起こっている事態には
私たちも、ため息しか出ない状況だったけど

先生が「こういう事だったのですね。」と理解を示してくださった事に
あぁ、良かったって心から思えました。












ずいぶん長い間、先生と話をしました。


施設で起こる、お友達とのトラブルに
相当なストレス状態である事は分かっていても

足の治療もまだ終わっていない状態だし
学校の問題もあるし

今、施設を退所するのは無理な事です。



たくさん話し合って、相談して
精神薬を使ってみようという結論に達しました。


施設入所前に「こういうお薬もあるんですよ」と聞いていて
だけど、薬を使ってまで?と反発した私たち。



でも、もう そうも言っていられない。

暴言だけに留まらず
行動にまで及んでしまっている状況で

他の治療中のお友達に何かがあってからでは遅いのだから。










みんな お願い。


確かに問題児だけど
そういう目で見ないでね。

わがままな子だって言わないでね。

甘えてるとか
そういうふうに捉えないでね。

親のしつけが悪いのだと解釈されても構わないけど
この子の頑張りや努力だけは否定しないでね。

脳の手術を受けると
恐ろしい!怖い!なんて思わないでね。




大人の私が施設の廊下にひっくり返って
大きな声で一方通行な気持ちだけを叫びたい気持ちでいっぱいでした。

私の方が、よっぽどわがままだし甘えてるし自分勝手だ。






自分たちで決心しておいて

薬でユウタを落ち着かせる事には
いつまでも悲しい気持ちから抜け出せないままでした。







   



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[ 2008/04/24 23:59 ] 肢体不自由児施設 | トラックバック(-) | コメント(-)

服薬スタート。 


2008年 4月28日(月)

入院129日目
手術より124日
施設91日目



明日は祝日なので、ユウタを迎えに病院へ。


休みが飛んでいる、こういった火曜日の祝日は
外泊できるだけ有難い事!とは思いつつも、結構面倒だったりします。


金曜日の夕方にユウタを迎えに行って
土日を自宅で過ごし

日曜の夕方に病院へユウタを送り
月曜日には また次の日の外泊の為、お迎えに行く。

そして次の日にユウタを病院へ送る


結局、外泊であろうと その他の日であろうと
私が病院と自宅とを毎日往復する事に違いはないんだけど

ユウタを連れて帰ったり病院へ戻ったりを
行ったり来たり・・・。


学校だけは絶対に休ませたくないので
大荷物を抱えて往復します


こういう時、家と病院が遠い場合、とっても大変。

それでも私たちは、車で1時間弱な距離なので
こんな往復ごときで「大変」なんて言っていたら、怒られそうです。







この日の夜から、こころの科より処方された精神薬をスタートしました。


◎ セレネース錠 0.75
◎ アキネトン錠 1mg



この薬の目立った副作用として

首が横を向いたまま、動かなくなったり
ろれつが廻らなくなったり

そういった副作用が起こるようですが
今のところ、そういった症状は無いようです。


様子を見ながら、薬の量を増やしていくとの事でした。






服用後、ねむ~いと言って
ユウタはすぐに眠ってしまいました。




薬に頼ろうって決めたのに、薬に期待しようって思ったのに・・・

私の本当の部分では
いつまでも心が晴れる事はありませんでした。



 何で、こうなっちゃったんだろう。

 何の為に、これまで治療してきたんだろう。

 治療の選択、親の選択・・・

 最善と信じて歩んできた道が間違っていたのか
 今も間違えているのか。



 何の為に、薬に頼ろうとしているの?

 薬を使ってまで、やっぱりこの道しか無いの?


 ユウタだけの問題なんだろうか。

 この子の問題だけが改善されれば、それでいいのだろうか。

 




考えても仕方の無い事・・・。

そう分かってはいるんだけど
心の中ではそんな気持ちでイッパイでした。


この時、この深い気持ちを誰にも打ち明けられずにいました。

5本の指に入るくらい
私にとって本当に重くて辛い時期でした。










2008年 4月30日(水)



いつもどおりに病院へ面会へ行くと

ユウタは支援科の方と一緒にランチルームにて
お誕生会のポスター作りをお手伝いしていました。


精神薬の服用は始まったばかりなので、変化は無いようでしたが

今日も昼休みの部屋会議にて
ユウタへの苦情が盛りだくさんに出たとの事です。



 口の効き方や、態度が悪い。

 食堂に出たり入ったり、煩わしい。


   ・・・その他、色々とね。




ユウタは最近 つい、手が出そうになるらしく。

1度手を出してからユウタも
ますます抑えが効かなくなっている様子でした。


支援科の方によると、子供同士のケンカで
手が出たり出されたりは、よくある事らしく・・・。

だからといって黙認しておきながら、そのまま流す事はないけど
ユウタ君だけが特別ではないよ、と話してくれました。



「今日はユウタ君の方が叩かれていたんですよ。」


そう聞いて何となくホッとしている私も、どうなんだろうね。








病院から帰る時、いつものように施設のドア付近で別れ際
ユウタがニッコリ笑顔で言いました。


「ママ、たまには病院来なくていいよ~。」

毎日、大変でしょう?って。



チヒロと顔を合わせて、同時にビックリ!

「ユウタ、成長したね~!」ってチヒロも大笑いでした。





そうは言っているけど、ママが1日でも来なかったら
絶対に大泣きするんだろうね。

今以上に、問題起こしちゃうんだろうね。


そんな話をチヒロと手をつないで
笑いながら話して帰りました。





  チヒロの手のひらが、とっても温かかったよ。









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[ 2008/04/30 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | コメント(-)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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メールフォームよりどうぞ。

*evergreen***

Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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