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激しい足の痛み。 


2007年 12月12日


 


相変わらず足の痛みを訴えていたユウタですが
痛みの場所はいつも 両足首でした。


時々、膝の痛みも訴えていましたが
夏の終わり頃から、たまに「太ももの付け根が痛い!」と言って

ついでに”チンチンタマタマの下”も痛いとも言っていました。


 



内分泌の先生にチンチン付近の痛みの場所を説明するのは
この私でも、ちょっと苦労しましたが(*_*)




「男の人は、時々そこの部分が痛くなったりするんだよね~」・・・との事で。 


そしてそれ以来、あまり痛みを訴えないようになったので
私もそれ程気にならなくなっていました。


 


 


 


ところがこの日。


いつものようにユウタが
ホットカーペットの上に座って朝食を摂っていると・・・


 


           「いた~~~~~~い!!!」


 


 


 



太もも付近を押さえつけ
尋常じゃないユウタの泣き声は、しばらく続きました。 


 


 


・・・色んな思いが一瞬で駆け巡っていました。


 


「今度は何の病気?」


「手術の時に静脈点滴した所がおかしくなってるの?」


「前回の血液検査も最悪だったし。」


 


 


訳も分からない不安でいっぱいのまま
とりあえずはいつもの大学病院へ向かいました。


 


 




 


 


 


いつも掛かっている内分泌の先生は不在だったので
小児血液科の先生が診てくれました。


まずは内科に掛かり、そこで問題なければ
整形にまわしてくれるだろうと思っていました。


 


入院中から顔見知りだった先生なので
ユウタもリラックスしていましたが、私は冷や汗ものでした。


 


   「この場所を痛がるって事はね~・・・」


 


(えっ?腫瘍があるかもとか言わないでよ?)




   「う~~~ん・・・・とりあえず、ユウタ君は内分泌疾患があるので


               血液検査と念のためレントゲンも撮っておきましょう。」


 


 


ここを痛がるって事は・・・って先生、ななな何なの???


 


不整脈持ちの私の心臓。

必要以上にドキドキドキドキ脈打ちながら
ふらふらとユウタを車椅子に乗せて診察室を出ました。


 


 


 


 


 


血液検査の項目では、結構大変な数値が並んでいました。


脱水はかなりひどく、ユウタはそれに
体が慣れてしまっているようです。

普通なら入院だけど
ユウタの数値はもう半年以上も異常な数値でした。


 


今まで受けた事のない項目も検査対象になっていて
新たに問題な点も見つかりましたが

後になってユウタには今、それほど問題視するものでは無いと聞きました。


 


 


そしてレントゲン。



   「骨には異常が見つかりません。正常!」


   「詳しくはMRIを撮らないと分からないけど

    もっと痛がるようだったら、また見せに来て下さい。」


 


・・・との事でした。


 


 


 


ただ、ユウタの飲んでいる薬(ステロイド剤)には
色々な副作用があって、骨に異常が出てしまうなど
そんな情報をネットで見た事がありました。


先生もそれを心配されたようですが
そうではなくて良かったと仰っていました。


「骨肉腫でもないね~。」と先生。


(やっぱり、腫瘍の可能性も疑っていたのか!)



最後の最後に、ぶっ倒れそうになった私でした。


 


 


 


 




 



 


ユウタの足は、帰りには痛みも治まり

「何か、治っちゃったみたい!」と車椅子から降りて歩いていました。


 


その後にひどく痛がる事も無く
先生も「痛くないなら歩いていいよ」との事で

普通に生活していました。


 


 


チンチンタマタマの下も痛がる事無く。


 


 


 


でも、あれだけの大泣きをして痛がった
太ももの付け根付近の事は、ずっと気になっていました。


何なんだろう。


 


腑に落ちない気分で
数日は様子を見ていました。


 


 


 




          

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大腿骨頭すべり症。 



2007年 12月20日(木)




ユウタは神奈川県横浜市にある、こども専門病院へも通院しています。


頭蓋咽頭腫という脳腫瘍は稀に見る病気である事と
その後遺症をも多く診ている小児の内分泌専門医の先生も
多くは存在しません。


ですが幸いにも私達の暮らす神奈川県の病院で
その稀な先生との繋がりを持つ事ができ

3月頃から月に1度のペースで受診していました。








この日ユウタは、その先生の受診日でした。


やはり、この日も「太ももの付け根」を度々痛がっていて
泣くほどではないけど、先生に相談してみました。


 


いつも冷静すぎる位、冷静な先生が
ユウタの足を触診しながら


     「あ~~~~~・・・・・・・・入院かも。」






ユウタには聞こえていませんでした。


 


私はと言えば、その時 不思議と落ち着いていました。


「先生がやっと原因を見つけてくれた!」



そんな心境でした。


 


 


 


 


先生の受診は16時半の予約で
受診室では、もうすでに17時を過ぎていました。

各科の受診は17時までです。


先生は整形外科に電話して
「至急診てもらいたい状況です。」と説明していました。


 


 


 


すぐにレントゲンを撮り、整形外科の受付へ提出すると
看護師さんが2人、待合ロビーで待つ私とユウタの所へ来ました。

看護師さんは何とも暗い表情で・・・


 


「ユウタ君の家はフローリング?」


「広い?」


「バリアフリー?」


「車椅子、入る?」


「お母さん、車で来たの?パパはいる?」





はぁ?



何かちょっとムッとした私。


「・・・・・何でですか?」


 


そこでピンと来なかった私も私だ。


 


 




 


 


 


大腿骨頭すべり症、もしくは大腿骨頭壊死。


 だいたいこっとうすべりしょう          だいたいこっとうえし





整形外科の先生はユウタのレントゲンを見ながら
細かく説明してくれました。




   多分、大腿骨頭すべり症。

   でもMRIでちゃんと調べないと,はっきりした診断は出来ません。

   壊死、かもしれない。
   壊死だと相当大変な治療になります。



   明日、朝1番で入院して下さい。


   お父さんは来れますか?


   12月25日に緊急で手術します。


   今の所は右足のみですが、いずれ左も病気になります。
   両足の手術です。



   1番短くても4ヶ月は歩けません。


   入院の期間はだいたい半年。
   でも
ユウタ君は両足なので入院も7ヶ月か8ヶ月は掛かるでしょう。


   学校は隣接する養護学校へ転校して下さい。



   今の今から、絶対に車椅子から降りないで下さい。


   絶対に歩かないで下さい。


   車椅子をお貸しします。
   車椅子から降りないで下さい。







ユウタのレントゲンを見つめたまま
私は涙が止まりませんでした。


ダメ!って思っても、ユウタの前で涙が止まりませんでした。



ユウタもビックリして「入院なの?手術もするの?」


「どうしてユウタばっかり、こんな目に遭わなきゃいけないんだよ!!!」


 


 




シーンとした病院にユウタの声が響いていました。


 


 


親子で泣きました。


 


 


 


「でもね、これでユウタの足が痛く無くなるんだよ!」


「手術して治療したら、みんなと走ったり出来るんだよ!」


「原因が見つかって良かったね。ずっと痛かったもんね!」


「治るんだよ!本当に良かったじゃん!」


「良かったんだよ!」


「先生がやっと見つけてくれたんだよ!」


 



ぼろぼろの泣き顔と無理やりな笑顔の混ざった顔で
私はユウタに、そう話すのが精一杯でした。



そう言いながら

自分に言い聞かせている私でした。



 


 


 


 



「分かった・・・・・ユウタ、頑張る!」



涙をゴシゴシって服の袖で拭いて

歯を食いしばって

ユウタは先生に言いました。


 


 


 




 




ユウタ、カッコいいでしょう?


どこまでも前向きで
いつだって頑張ってる。



ユウタは甘えてる!って言われる事もあるけど
私はそうは思わない。


病気にだって負けた事ないもんね。


腹減り病(ステロイドの副作用)だって克服しつつあるし
学校でも踏ん張って、みんなについて行ってたもんね。




時々泣いて苦しさを表に出すけど
それで当たり前なんだよね。


だって「もうこれ以上頑張れないよ!」って日が
誰にだってあるんだから。


 


大人は色んな”逃げ道”も”はけ口”も知っているから
時々酔っ払って大笑いできるけどね。


 


 


 


 


 


「ママ、大丈夫だよ!泣かないで!」


ユウタはやっぱりこの日も私を慰め
自分の涙は隠して。


そんな優しい手で私のコートをずっと掴んでいました。


 


 


 


 



          

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ドクター面談。 


2008年 3月5日(水)

入院75日目
手術から70日
施設37日目




施設に着くと、隣のお部屋から
尋常では無いユウタの泣き声が聞こえてきました。

聞くと、ユウタが「ダメ!」と言われたのに
隣のお部屋に入ったらしく、それでケンカになったとの事。



隣のお部屋はユウタよりも学年が上のお兄さんたちが居る部屋です。

そのお部屋の決まりで「部屋の者しか入室してはいけない!」というものがあり
だけど特例で「いいよ!」と許可の下りた人だけは部屋へ入れるのです。

・・・ぷっ。(なんじゃそりゃ!)



大泣きしているユウタのそばに、ユウタと同じ部屋の男の子が
許可なく入る事の出来ない、そのお部屋に居て
仲良くお兄さんたちとゲームをしていました。

その子は「入っていいよ♪」と許可が下りて
ユウタは「ダメ!」と言われた事が発端で、ケンカが勃発したようでした。


入っちゃダメ!と言われたのに、納得できずに部屋に入ったユウタが
お兄さんに頭を数回叩かれたと・・・。


・・・怒!(なんじゃそりゃ~~~!!!)



確かに、その「変な決まり?」があるのに
ダメ!と言われたのに
それでも入ったユウタが悪いかもしれないが・・・

叩く事はないんじゃないか?



「ちょっと!誰?ユウタの事を叩いたのは!!!」

誰が見ても目をそらしたくなる様な恐ろしい形相と
めちゃくちゃ怖い声で、みんなの指差す その男の子を
私は思い切り威嚇?しました。



「どうして、許可が無いと入らせてくれないの?」

「決まりだから。」

「誰が決めたの?施設?」

「俺たちが部屋の会議で決めた。」

「自由時間に君たちも、許可なんか無くたってユウタ達の部屋に入るじゃない?」

「そっちの部屋には決まりが無いから。」

「じゃ、この子はOKで、あの子はNGって基準は誰が決めたの?」

「・・・・・・・・・。」



怒りが おさまらず。
施設の方と話をしました。



施設に長い事入所していると、プライベートもなく ストレスが多いため
他の部屋の子供の入室を禁止にして、子供達の居場所を確保する事も大切でしょう。

特に、朝の忙しい時間帯は他のお部屋に入室禁止といった決まりには
私にも納得が出来ます。


でもね、この子は良くて あの子はダメといった差別が
当たり前のように通用していること自体、イジメを肯定しているようなものでしょう?

ダメなら皆ダメにしようよ。
良いなら、みんなOKにしようよ。




その子は後から看護師さんと一緒に謝りに来ました。

もう、その子への怒りは何も無いけど
何とも腑に落ちない気持ちで、いつまでもワナワナしていた私です。










その後、整形外科の担当Drとの面談がありました。

パパと私とチヒロ、そしてユウタも一緒に話を聞きました。



 壊死も無く、順調に回復している。
 手術で打ったスクリューにもズレはない。
 春休みが終わったら、足に負荷をかけていく。
 このまま順調に行けば、夏休み中に退院。
 でも、途中で何かあれば秋までかかる。

 今の疾患が治ってからも、今後 骨の病気には気をつけなくてはならない。
 1番怖いのは膝や腰の壊死など。
 ステロイドや成長ホルモンを使用している限り、それは無いとはいえない。

 退院後、半年から1年は体育も無理。
 遠足も無理。
 長い距離の歩行は避ける事。
 30分以内の距離なら、痛みが無ければOK。
 重いものは持たない事。

 今後、退院しても筋力UPのリハビリは続ける事。
 とにかく筋力をつける努力を続ける事。

 手術で打ったスクリューは骨の成長が止まったら抜く。
 スクリューの端が骨に埋まってしまったら、抜けないかもしれない。
 砕いてまで抜くか、そのままにするか、その時1番いい方法を考えていく。

 「異物」であるので抜きたいが、たとえ抜けなくても問題はない。





30分位の時間でしたが、聞きたい事はすべて聞けました。

ユウタの心にも、大切な事は響いたはずです。


先生の説明は、私たち素人でも とても分かりやすく
そして、どんな事にも誠実に答えてくださるので、いつも信頼していました。


ステロイドにせよ、成長ホルモンにせよ
どちらもユウタにとっては必要不可欠なもの。

どちらも必要で使っている子供や大人は世の中に多く存在します。

でも、このような骨の病気が
すべての人に発症する訳ではありません。



 普通なら平均して、11歳位からの大腿骨頭すべり症です。
 ユウタ君ほどの低年齢では、本当に稀なんですよ~。





先生の仰るとおり、ユウタが本当に稀なんでしょう。


とことん、稀な病気に引っかかるユウタ。

もうこれ以上何もありませんように。

   ・・・あったら、もう許さない(誰を?何を?)









リハビリの先生とも会って、話が出来ました。

今日から、かかとを使っての移動がOKになりました。


かかとを使って立ち上がるのではなく

お尻をついた状態で、かかとに力を入れて
座ったまま移動しても良い!という事です。


これだけでも、ずいぶん移動が楽になります。





だんだんと、ゆっくりと、ユウタの退院が見えて来た頃でした。









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リハビリ再開。 


2008年 6月11日(水)



ユウタが施設を退所して、数日。

「立つ」というリハビリをしばらく受けていない事に
私の中では焦りが募っていました。


施設退所が急だったという事で
これからリハビリに通う病院へは、ごく簡単に事情を説明して
それでも最短の、今日の日に受診予約を入れる事ができました。



今後 通う事になるリハビリの為の病院は
脳の手術後すぐの入院中から、足の病気が発覚する直前まで
ユウタの事をずっと診てもらっていた整形外科とリハビリ科のある大学病院です。

理学療法士(PT)の先生も、ユウタの事をよく分かってくれているので
安心して今後の事をお願いする事が出来ました。



「すべり症だったんですか・・・。」

PTの先生も眉をひそめて、車イスのユウタを見つめていました。



足の痛みを訴え出してから、ここの病院の整形外科を何度か受診して
そのたびに「筋力をつけるしかない」という診断を受けていました。

痛いと訴えるユウタに私も病院も「すべり症」などとは思いもせず
ずいぶんと長い間、辛い思いをさせてしまっていました。

大腿骨頭すべり症という骨の病気は
とっても見つけづらいので、仕方ないのですが・・・。



「私はユウタの脳腫瘍を なかなか見つけてあげられなかった。」

・・・そう、あの時と同じだ。




ライン




まずは、これまで施設で行っていたように
「3分の2」の体重負荷で立つ練習から始めました。

ユウタはすぐに痛みを訴えました。

でも途中で休憩しながら、何度か立ちあがって頑張りました。


平行棒を ぎゅっと掴み
踏ん張った顔をして頑張るユウタの姿を見ていて

涙が出そうになりました。


痛そうで可哀想とか、頑張る姿に感動しているとか
そういう気持ちではなくて

リハビリを再開できた安心感で
ものすごくホッとしたのを覚えています。






これから この病院で週に1度の通院にて
リハビリを受けていく事になりました。


今までは施設に居たので
当たり前のように、毎日 きちんとPTを受けられていたけど

これからは週に1回のPTとなってしまいました。



  「骨は、使っていかないと強くならない。

  多少の痛みはガマンさせて
  自宅でも”立ち上がる”というリハビリをやった方がいいでしょう。」



・・・という事で。

色々と準備をして自宅でも欠かさず
立ち上がるリハビリと筋トレをやっていく事に決めました。










病院にある、福祉用具専門店に寄って
まず、先生に指定された通りの歩行器を1ヶ月レンタルしました。


歩行器(折りたたみ式)


この歩行器を使って、歩くという事ではなく
  まずは「立ち上がる」という事です。

  両足合わせて3分の2の体重を
  左右の足、均等に掛けながら立つのです。


体重計2個。


針で数値を示すタイプの体重計を2つ並べて
歩行器につかまり、ゆっくり 負荷を加減しながら立ち上がります。

左も右も、だいたい15キロ~17キロのメモリを示すようにします。

歩行器から手を離してしまうと
その途端に全体重が足に掛かってしまうので腕にも力が要ります。



足には体重の3分の2、腕には3分の1。

やってみると、これが結構・・・難しいのです。





やっぱりユウタは、立ち上がって数秒で痛みを訴えだしました。

「多少 痛がっても、立たせるように・・・」と言われていたので
1日に1回、最初は30秒立って
日ごとに10秒ずつ時間を増やしていきました。




この頃ユウタは 家での筋トレも、このリハビリも
ものすごく張り切って頑張っていました。


「早く、歩きたい!」

その気持ちの先には
ユウタの心にず~っとにある

色々な夢も希望もたくさん詰まっているのだと思います。





*************************************************************************





病院の帰りに家族で
近所のホームセンターに行きました。


ユウタが学校のトイレで使う「台」をパパが作成するので
その材料などを揃えに来たのですが

なんと、そこでばったり教頭先生と会いました!


先生の手には、ビニールカーテンやら木材やら色々・・・。



    「ユウタ君が明日から学校に来られるように

        先生も急いでトイレの準備をしておくからね~。」





ユウタも、そしてチヒロも感激していました。

「うちらの学校って、すごくな~い?」(ギャル風)



チヒロの言うとおりだよ。


車イスで、しかも色々と問題も大有りなユウタを
温かく迎え入れてもらえた事は・・・

この時も、今も、変わらずに感謝しています。





帰宅後、パパも大急ぎで
ユウタが学校のトイレで使う「台」を作成していました。


全てが整いつつある この日にやっと
ユウタが地元の小学校へ復帰する実感が沸いていました・・・
(*^ー^*)








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松葉杖スタート。 

   
2008年 7月5日(土)



今日は大学病院での リハビリの日でした。


なるべく学校を休みたくないので
可能な限りは土曜日にリハビリの予約を入れてもらっています。

ユウタの他にもリハビリ科には多くの子供達が来ていました。




昨年末(2007年12月25日)に、両大腿骨の手術を受けてから192日目の今日。

ユウタが術後初めて
一人で立って、数歩だけだけど・・・歩きました!


まずは平行棒につかまって立ち上がり、ゆっくり手を離してみると
全体重が両足に掛かり、それはユウタにとって久々の感覚なのでした。

「やった!立てた!・・・・・でも、痛~い!!!」



うんうん、そりゃ~痛いよね。

足の付け根が痛いと困るんだけど
足首や足の裏付近が痛いのは仕方が無いと先生も言っています。



「よしユウタ、つかまりながらでいいから 少し歩いてごらん!」

そう先生に促され、痛いけど嬉しい!といった表情で
ユウタは数歩、前に進みました。



「やった~!」


大喜びのユウタでした。

そばにいる私も本当に嬉しくて嬉しくて、涙が出ました。



ただ立って、歩いただけ。

そんな当たり前が、こんなに嬉しいなんてね。





これから家でも、歩く練習をしていく事になりました。

多少の痛みがあるのは仕方が無いし
歩いたりの練習で骨を使わないと、骨そのものが強くならないとの事でした。

病院にある、福祉用具専門店に寄って
先生に指定された通りの松葉杖を1ヶ月レンタルしました。








毎日、家でも行っている「筋トレ」「立ち上がる」「立ち続ける」という練習に
今日から「松葉杖を使って歩く」というリハビリが追加となりました。


下垂体機能低下症という病気のユウタにとっては
学校に行き、みんなと同じように活動しているだけでも疲労は大きいのですが

それに加え、足の為のリハビリを毎日こなすというのは
本当に、本当に大変な事でした。


この頃は、やりたくない!と言って投げ出す事は無かったけど
どうしても出来ないと訴えて、眠ってしまう事はありました。


  疲れていて出来ない= 歩けるようになるのが遅くなる


これをユウタも理解していたから、眠気でフラフラしながらも
時には思うようにいかない自分の体を言葉で責めながら
ユウタは本当に頑張っていました。


「もう、今日はいいよ。」

私の方がそう言って、止めさせたくなる時もありました。
そう言ってしまった事もありました。


汗ビッショリになって、本当によく頑張っていました。




  「痛いけど、歩く事が嬉しい。」

  「早くみんなみたいに、走ったり出来るようになりたい。」


  「足の病気になるまで、ユウタは歩く事が嫌だったんだけど
  
       本当はさ、歩けるって・・・すごく嬉しい事なんだね~!」

  


ユウタは毎晩、布団の中で私にそう言っていました。

両足に湿布を貼りながら、本当は痛くて辛いんだろうけど
それでも とにかく嬉しそうにしていました。







毎日の中で「立つ」「歩く」という 普通のこと。

ユウタの隣に居て、気が付く事は本当にたくさんあって
今まで不幸だと嘆いていた事の全てが
馬鹿らしく感じる事も たくさんあって・・・。


毎日を大切に生きて行かなくちゃいけないんだって
こんなに小さな子供から教わっている私です。

日々、色んな気持ちにゆらゆら揺れて
心の中では悪態をつきまくっている私なんだけど
深いところでは、ちゃんと思っているよ・・・

毎日を大切に生きて行かなくちゃね。




[ 2008/07/05 23:59 ] 整形外科・リハビリ科 | TB(0) | コメント(-)

古傷の痛み。 


先日、足の病気(大腿骨頭すべり症)の経過として
2ヶ月ぶりに整形外科を受診しました。

レントゲンに映るユウタの大腿骨を見て
先生から「経過は良好です」との言葉を頂きました。


でも、長い時間歩いたり立っていたりすると
足の痛みがまだまだ表れる為、体育の授業の許可は下りませんでした。




ユウタは学校での体育の授業に参加したくてたまらないようです。

私もそんな意欲的なユウタの様子が嬉しくて。


「立ったり歩いたり、それでも足が痛くならない状態になってからね。」


ユウタはとても残念そうだったけど・・・
焦っても良い事ないしね。





ユウタは今日の受診で
レントゲン撮影がある事を知らなかったのですが

病院に着いて、レントゲン室に向かう途中に
急に顔色がおかしくなって、そわそわとしはじめました。


聞くと「昨日の体育の時間、サッカーボールを蹴ってしまった」・・・と。


体育はやっちゃダメって言われていたのに
実は、参加していた事で足に異常が出てしまっているのでは?と

ものすごく不安に駆られているようでした( ̄∀ ̄;)




「し~らないよ!」


そういって私がわざと突き放すと、さらに

実はサッカーボールを蹴ったときに
思い切り転んで「しりもち」ついてしまったんだと打ち明けてきました。



・・・笑っちゃいけないけどね。


ユウタはものすごく怯えていて
私も「知らないよ!」って突き放すものだから
泣く一歩手前状態なんだけど

私の脳裏には
ボールを蹴ろうとして、転んじゃったユウタの様子が浮かび
車椅子を押しながら、笑ってしまいました。



結果 何とも無かったのですが

今回、自分で自分の行動に後悔と焦りを感じた事で
2度と無茶はしないだろうと思います。










病院にて

(↑昨年撮った 携帯photo)



その日は内分泌の受診もあったので
いつもの事ながら、帰りが遅くなってしまいました。

インフルエンザ予防接種もあったし
病院を出る頃、外はもう真っ暗。


チヒロが家で1人お留守番なので
急いで帰らないと!と、気ばかりが焦っていました。



車椅子を押しながら、車に向かう時
何だか急に胸がぐ~っと苦しくなりました。




     病院のXmasイルミネーションを見て、1年前が蘇り・・・。






そうだ、足の病気が発覚して約1年経つんだ。


昨年の今頃も(その時の記事←クリック!)

病院で借りた車椅子にユウタを乗せて
ものすごく心細い中、急いでチヒロの元へ向かったんだ。


病院も街も、キラキラのイルミネーションで飾られていて
だから余計に辛かったな。





辛かった事って、何でもそうなんだけど
その時の景色や空気や、季節の匂いとかで蘇る事が多いです。


この曲を聞くと、思いだす。
この絵を見ると、思い出す。



フラッシュバックのきっかけは、いつもそこらじゅうにあって
時々、過呼吸気味にもなるんだけど

そういう痛みにだんだん
だんだん慣れてきている・・・ような気がします。








私は本当に落ち込み体質?で
不安になると、とことん落ちて落ちて

周りに迷惑掛けるくらい、後ろ向きな人です。


前向きに生きる!という言葉も
本当はとっても苦手だったりするのですが

でもね・・・

こんな私でも月日が痛みを和らげてくれる!と知りました。



その中で、逆に増していくリアルな不安も存在しているけど
全部が苦しいままでは無いんだと経験しました。





   絶望感でいっぱい、苦しくてたまらない、涙が止まらない・・・





今そう思って、立ち止まっている人に
経験から言える「いつか、大丈夫になれるよ!」の声を聞いて欲しいです。


それまでの時間は、人それぞれだけど

痛みはちょっとずつ軽減していくようです。




それでもやっぱり、どうしても
時々あらわれる古傷の痛みのように

「う~・・・」ってなる事も あるんだけどね。









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書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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●メールは右サイドバー1番下の
メールフォームよりどうぞ。

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Family


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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