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VPシャント・圧バルブ交換手術。 

   
2009年 10月31日(土)




手術の開始予定時間は午前9時なので
1時間前の8時には家族で病院へ行きました。


あれ?病室にいないな~と思ったら
ユウタはベットごと、病棟のナースステーションに移動して寝ていました。

それは、手術前だからとか そういう「決まり」によってではなく
昨晩から「淋しくて眠れない」という訴えがあったとの事で・・・

4年前、3年前と同じく今回も
ユウタはナースステーションで過ごしていたようです。
その頃の記事←click)



ユウタは、足の病気以外で脳腫瘍に関わる治療の全てを
この大学病院にて受けています。

これまで長い間、入退院を繰り返してきましたが
そのほとんどの夜をナースステーションで過ごしてきていました。

理由はすべて、「淋しいから」・・・というもの。



面会の時間が終了して、私達が帰る時になると
いつも看護師さんが「ユウちゃん、ステーション行こうか~?」と
ベットごと移動してくれていたものでした。

夜勤の看護師さんは大変だったと思うけど
病棟スタッフの皆さんが、甘えん坊で泣き虫のユウタをとても可愛がってくれて。

いつも、心から感謝の気持ちでいっぱいでした。




だけどそんな事、今はすっかり忘れていました。

しかも、小学3年生にもなった今のユウタを
ナースステーションに連れて行ってくれるとも思っていなかったし・・・。


懐かしい その光景に、嬉しさと感謝の気もち以外にも
「病院のあたたかさ」を感じて、朝から涙が出てしまいました。










8Fの病棟から3Fにある中央手術室へ向かう時は
チヒロも、ユウタの横たわったベットに付き添う事が出来ました。


手術室の自動ドアの前、バイバイの時に
「ユウタ、頑張ってね!待ってるね!」とみんなで見送り

奥のドアの向こう側を曲がって、ユウタの姿が見えなくなるまで
閉まった扉に 私達3人は、しばらくしがみついていました。



いつもいつも、毎回同じだけど

「もう、嫌だ。」
「もう、これで最後にしたい。」


その思いを、もう今日は胸にとどめておけず
1日何度も口に出して泣きました。


こんな思いは、本当に本当に
も~~~~~イヤだ・・・。










11時40分、ユウタの手術が終わったと連絡が入りました。


手術室のドアから出てきたユウタの姿を見て
表現できないくらい、辛い気持が一気に押し寄せました。







今回の手術が急遽決まって
今日の日まで、ほんの2日間だけど

悲観したり、考え込んだり、過去を思ったり、泣いたり・・・

そういう事をしてしまったら、自分が自分の思う以上に苦しくなったり
心がたくさん揺れると分かっていたから

私は感情を静止させるように
意識して「余裕」をかましていました。


  「ななえママ、大丈夫?」

  「うん、大丈夫!大丈夫!シャントだから。心配な手術じゃないから。」



誰にも、そう答えていたけど

本当は・・・ちょっとでも心がグラついたら
ダメダメな自分に陥ってしまうだろうって、そういう事も怖かったのです。






そして、もう一つ。

これまで過去に、我が子の二度にわたる開頭手術を経験してきたので
「手術」という事に対し、完ぺきに感覚がマヒしていたという事もあります。



  「開頭」ではないんだし。

  頭と胸と、お腹も少し切るけど
  ただ、耳の横の頭を切って、中にバルブを埋め込む だけ



・・・いやいやいやいや、「だけ」なんかじゃないよ。


やっぱり、手術は手術。

大変な事を、今回もユウタは乗り越えたんだったね。


そんな事に気が付かないでいた自分の事をバカだと思いました。

だけどその馬鹿さ加減に気が付いたのは
術後の、まだ麻酔から完全には覚めていない状態のユウタの姿を見た時でした。








手術を終えて出てきたユウタの姿は

これまでの開頭手術後と何ら変わりない、あの姿でした。


頭に包帯ぐるぐる巻きで
耳の後ろは大きなガーゼで覆われていて

顔面も、まぶたも腫れてしまっていて
全身麻酔だったから酸素をマスクで吸入していて、意識はもうろう・・・。




今回の手術を甘く見ていた自分に
「こういう事なんだよ!」と誰かに背中を思い切り叩かれたような

そういう苦しさに包まれました。



ユウタの辛かった事、頑張った事、先生が力尽くして下さった事

色んな事がいっぺんに頭の中で思い浮かんで
私が1番、ユウタから離れた所に居たって事に気が付きました。



静止させていた感情が一気に揺らいで
手術後のユウタに、4年前と3年前の苦しみがフラッシュバックして
私は泣き崩れました。


ユウタ、ごめんね。




*********************************



手術は、予定されていた時間内の約2時間半で無事に済みました。

術後の経過としては、とくに問題もなく過ごせています。


拍手コメントや、メールにて
温かな声を掛けて下さったみなさん、ありがとう。







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[ 2009/11/01 03:22 ] シャント圧バルブ交換手術 | TB(0) | コメント(-)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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