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ユウタの叫び。 

長い入院生活・・・。
手術前の割と自由な入院生活とは違って
今の自由のきかない日々。

ユウタはイライラしていました。


脳の手術をしてすぐでは、体を起き上がらせたり
立ち上がったりすると頭がグルグルするようです。

ユウタも起き上がりたくても、自分が辛いので
あきらめてすぐに横になっていました。

起き上がって折り紙を折ったり、おもちゃで遊んだり
全てに規制が掛かる状況にユウタは
とてもじれったい様子でした。


 

「病気がユウタを殺そうとしているんだ!」

 

ユウタが泣きながら病棟のベットで叫びました。
私は涙が止まらない。

小さいながらにユウタも死の恐怖を感じているのかもしれない。

 

頑張って病気をやっつけようよ!
そしたらまた保育園行って、お友達と遊べるよ!

ママ、そんな事しか言えなかったね。

ごめんね。

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[ 2006/01/01 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(6)

看護師さんの涙。 

導尿の管も取れて、車椅子での移動が可能になって
とっても嬉しそうなユウタ。

9月半ばの頃です。

術後。


 

 

 


まだ上半身をまっすぐに起こしたり、歩いたりすると
フラフラとしていました。

でもこの頃にはユウタの笑顔も復活していて
面会に来てくれるみんなと楽しくおしゃべりしたり、
看護師さんに折り紙を作って渡したり、
入院生活を笑顔で過ごしているようでした。


廊下ですれ違った看護師さんに呼び止められました。
「あ、ユウちゃんのお母さん!」


その看護師さんは日勤で、朝からずっと
ユウタの病室を担当だったようです。
看護師さんはその日、風邪気味で、
一日マスクをして咳が止まらなくて困っていたそうです。

夜勤の方と交代で、さぁ帰ろう!と思って病室を出る時に
ユウタが・・・
「かんごふさん、大丈夫?」
と、話し掛けました。

「え?何が?」

「だって、朝からずっとお咳していたでしょう?」

 

・・・・・・見ていてくれたんだ。
ユウちゃんのが苦しいはずなのに、
思いやって心配してくれている・・・。

看護師さんは、その話を私に話しながら
とても嬉しかったんです!と、言って泣いていました。


保育園の先生が口癖の様に私に言っていた事を思い出しました。
「ユウタ君は、よく周りを見ているから!」

 

子供の悪い所ばかりにどうしても目が行ってしまう。
どうしてうちの子って・・・などと周りの子と比べてしまう。
いい子になって欲しくて、幸せになって欲しくて
親が押さえ付けてしまったりしている・・・。

反省するべきはママの方だ。

 

ユウタはちゃんとユウタのまんまで育っていってね。
そのままのユウタでいいからね♪

[ 2006/01/01 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(8)

おねえちゃん。 

ユウタの3つ上のお姉ちゃん。チヒロです。
小学校2年生。

面会中。

まだまだママに甘えていたい・・・
そんな年頃です。
特にチヒロはユウタに対するやきもち
いつもいっぱいでした。

 

 

ユウタの病気発覚2日前にチヒロは学校で足を骨折して
ギブスを装着して、松葉杖をついている状態でした。


ユウタの事が無ければ、1番心配してもらえて
パパやママに色々甘えられて・・・。

本当だったら今回はチヒロがママを独占出来て
ユウタがガマンの番だったのに・・・。

 

お姉ちゃんなんだから!
お姉ちゃんのくせに!
お姉ちゃんが我慢しなさい!

ずっとずっと、1番言ってはいけないことばかり
ママはチヒロにぶつけてきたんだね。
チヒロの心の中はとても寒かったんだろうね。

ゴメンナサイ。

 

ユウタの入院中にチヒロは
家族同様にお付き合いさせてもらっている友達宅に
何度も預かってもらっていました。

そこのお宅でのお話です。

学校で、昔 はやった「ミサンガ」を友達にもらってきたチヒロ。
ユウタの病気がなおりますように・・・
お願いしているとの事でした。

夕飯のウインナーを見て、
ユウタ、ウインナー大好きなんだよ!
と、話したり。

なかよし。


 












チヒロがママの子供に生まれてきてくれて
本当に良かった。
ユウタがママの子供に生まれてきてくれて
本当に良かった。

ママの子供に生まれて、良かったって言われるようなママに
なれるように、ママが頑張っていかなきゃね★

[ 2006/01/02 00:00 ] きょうだいの事 | TB(0) | CM(3)

お腹がすいた。 

ユウタは術後、大きなトラブルも無く
順調に回復へと向かっていました。

おいしい♪













この頃のユウタはかなりの
暴飲暴食状態でした。
食べても食べてもお腹がすくようで
いつでも大騒ぎです。

入院生活が退屈で
食べる事しか楽しみが無いんだよ!
なんて周りからは言われていましたが
私からすると、とても異常な感じがして
ユウタが心配でした。





この異常な食欲を看護師さんにたずねると
「あぁ~確かにお腹がへりますよ!ステロイドの投与してますから♪」
と言われました。
回診時に主治医の先生に聞くと・・・

「ステロイド中はとにかくお腹が減る。この空腹は大人でも我慢できませんからね。
大人でもお腹がすいたと言って泣きますから(゚∇^*) 」

~との事でした。

先生、早く言って欲しかった・・・。


そういう訳でユウタはみるみる大きくなりました。
どんどん、どんどん、肥えていきました。



パパも、周りのみんなも、
どんどん太っていくユウタを心配して
あまり食べさせないようにしていたけど
ママはユウタが嬉しそうに笑ってくれる顔が見たくて
ついつい、差し入れしちゃっていたんだよ。

だめだね~。

[ 2006/01/03 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(2)

気付かなかった。 

ユウタは相変わらずに食欲旺盛で過ごしていました。
何か食べ終わればすぐに
「まだ何か食べたいよ~。・゜゜・(>_<)・゜゜・。 」

止まらない・・・。










ユウタの病室は6人部屋でした。
そこにはやはり幼い子供達がユウタの他に3人、
みんな毎日辛い治療にも耐え、頑張っていました。

抗がん剤の治療の為に
食欲が無くなってしまっている状況の子供達。
その中でユウタが「お腹がすいたよ~!」と大騒ぎするので
とても申し訳なくなっていました。

 

ユウタのとなりのベットの女の子も
食べる事が苦しくなってしまっている状況でした。
ユウタより、もっと小さな女の子。
もう4ヶ月も入院していました。

病名は違うけど、辛さを分かり合えるお母さん同士です。

隣の女の子のママは面会時間の始まる前から、
面会時間が終わった後も遅くまで
ずっと女の子に付き添っていたようです。

ある日。
面会時間終了間近の時
隣の女の子が泣き始めました。

「ママがいいの!ママがいいの!ママ
が・・・」

私は隣の女の子が泣くのを見たのは初めてでした。
気が付けば、ママも泣いています。
こらえながら「ごめんね」と・・・。

看護師さんが駆け寄り、女の子を抱くと
ママは「お願いします」と言って
声を出して泣きながら
帰っていきました。

朝からずっと頭痛があり、夜にはめまいがしていたようです。
疲労の為、ママは限界だったのでしょう。

木漏れ日

 

 

 

 

 

 


隣のママはいつも笑顔で元気なお母さんでした。
看護師さんとも仲良しで、病気の事にとても前向きで
泣き言も言いませんでした。

それに比べて私ときたら、なかなか前向きになれず
落ち込んでばかり。
毎日毎日、泣いてばかりでした。


私も隣のママみたいに頑張らなくちゃ!と
そんな思いで二人を見ていました・・・。

 

気が付かなかった。
隣に居たのに、毎日。

女の子のママがやっぱり同じ様に
苦しんでいた事に。
いつも笑顔でいてくれたから
私はとても励まされていたのに。

人の心の深さを知れ!

 

自分に言い聞かせた出来事でした。

[ 2006/01/04 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(4)

保育園のお友達。 

ユウタは5ヶ月から保育園へ通っています。
大好きな保育園。
たくさんお友達がいて、大好きな先生がいて・・・♪

入院中、ユウタはずっと 「早く保育園に行きたいよ!」
と、言っていました。

保育園
2005年7/30
保育園のお祭り

浴衣に甚平でみんな
オシャレしてきます♪

 

 

 

ユウタが入院中の、ある日の朝。
ベランダで私は洗濯物を干していました。
ふと見ると、見慣れた緑のカラー帽子をかぶった園児たちが
1列になってマンションの下を通り過ぎていきます。



「ユウタァ~~~!がんばれよぉ~~~!!!」

お友達が叫びました。
私はとっさに隠れてしまいました。


「ユウタ!がんばって!」
「ユウタ、まってるよ!」
「ユウタ~~~!」


嬉しくて、嬉しくて、しばらく涙が止まりません」でした。
こんな素敵な出来事を、早くユウタに伝えたい!
ユウタがどんなに喜ぶだろう。
そして、今まで以上に頑張れるはず。
ママの頑張れ!より、お友達の頑張れ!の方が
ユウタも気合が入るだろうな (#^ー゚)v
そして、どんなに支えになるだろう・・・

保育園チヒロ&ユウタ

 

 

 


 

 



ユウタには応援してくれている
お友達がいっぱいいるんだよ!

早く病気を治して、また元気に保育園行こうね!

「分かった!早く元気になるように、ユウタお野菜食べるね!」
と言って嫌いなほうれん草も頑張って食べていたね。

「おともだち」の力ってスゴイ!

[ 2006/01/05 00:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(2)

もうすぐ退院。 

2005年 9月の終わり頃。

手術後の一通りの検査が終了し
いよいよ退院の日が近づいて来ました o(*^▽^*)o

頭の傷はホチキスの様な物で止めてありましたが
一つ一つ外し、痛々しくキズは在るものの、
私達もやっと少し落ち着きました。
ユウタの大好きな美人先生が立ち会ってくれたので
抜糸も、思ったより大騒ぎはしませんでした

照れているユウタ

 

ユウタのダイスキな
先生♪
優しくてカワイくて
みんなの人気者の
先生でした!

 

2005年9月30日
 退院のとき

 

 



あとは中心静脈カテーテルを抜く処置が残っています。
ユウタはソケイ部分にある太い静脈から
心臓の近くまでカテーテルを挿入し、
その管から輸液を行っていました。

以前MRI検査。という記事で少しだけ触れましたが
たとえ幼い子供のユウタであっても
本人が納得するまで強引に処置するような事は
先生でも看護師さんでも絶対にしません。

カテーテルさえ抜いて、しばらく様子を見て
何の異常も現れなければ退院なのですが
ユウタは痛みの恐怖からなかなか処置を
やらせてくれませんでした。



「今日抜いたら、明日退院ですよ~♪」
と言われていたので
すっかり舞い上がっていたパパと私。

・・・・・とうとう、その日は処置出来ませんでした・・・。 _| ̄|○

アリガトウ!

 

 

小児病棟の優しい
男の看護師さん☆

ソケイヘルニアの手術時は
チヒロがお世話に
なりました。

 

 

 


 

面会時間が終わり、私達が帰った後も
熱心に説得して下さった先生のお話にユウタは
とうとう納得したようで・・・
    
       「明日、絶対頑張る!!!」

と約束したそうです。

その日の夜、病院から電話があり
明日の午前中に退院が決まりました

 

 

ユウタが帰ってくる。
久しぶりに、我が家へ帰ってくる。

まだ病気は存在しているけど
完治ではないのだけれど
ユウタが家に帰れる、戻れる喜びを
パパとチヒロとママで喜びました。

先生、ありがとう(゚ーÅ) ホロリ・・・

[ 2006/01/06 00:00 ] 1回目の入院 | TB(0) | CM(2)

おかえりなさい。 

2005年 9月 30日
ユウタが退院。

花束。

ユウタの病気を知った時の絶望感。
眠れない、長い夜。
長い間、暗闇の中に立っていたママ。
いつも決して弱音を吐かなかったパパ。
食事が摂れず嘔吐する私の背中を
ずっと何も言わないでさすってくれたチヒロ。

 

毎日、1日も欠かさず行ったお墓参り。
重たい荷物を持って、毎日登った病院の階段。
何度も先生と話し合って、その度泣いた面会室。
帰り道、振り返るといつもユウタの姿が浮かんできた
高台の大きな病院。


一緒に泣いてくれた親友。
いつも支えてくれる友達。
そして、暖かな人達・・・。

 

どれも忘れられない。
絶対に忘れない。

************************

ユウタ、退院おめでとう♪

これから高く立ちはだかる壁に
少しずつ近づいては行くのだけれど・・・

今はユウタが帰って来てくれた喜びを
ただ喜んでいたい。

オメデトウ♪

 

退院のお祝いに
大好きなケーキ♪

ジイジとババも来て
みんなたくさん
笑ったよね!

 

 


ユウタ、おめでとう (#^ー゚)

たくさんの人々に感謝を込めて・・・・・・

*evergreen***by  nana 
 

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[ 2006/01/07 00:00 ] 日常 | TB(0) | CM(2)

退院後。 

素材 運動会。

今日はチヒロの小学校の運動会。

    ユウタが退院した翌日。
     2005年10月1日です。

 

退院したばかりでとても不安ですが
入院中からユウタは、この運動会を
とても楽しみにしていました。



私たちの心配をよそに元気イッパイのユウタ。
久しぶりに家族で楽しく過ごせた1日でした。

退院翌日。

 

 

 

相変わらず
食べどおしのユウタ。
・・・スゴイ|||(-_-;)|||||



久しぶりのお友達や、声を掛けてくれる人達に
ニコニコのユウタです。

****************************

 

こんなふうに、何事も無かったかのように
毎日が過ぎていって欲しい。
頭のキズを見ると思い出す、
私の中の暗闇。

退院に喜ぶ中、私の中では

「また再発する時がくるんだ・・・。」

という恐怖で苦しみが増していきました。
今が幸せなら、幸せなだけ怖かった。

フォーリーフ クローバー

 

 

 

 

「ママー!ユウタの病気、治ったよ!ホントに♪
     だって頭、全然痛くないもん。良かったぁ~o♪」

     

*evergreen***

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[ 2006/01/08 00:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(2)

誕生日。 

2005年10月 下旬。
ユウタの5歳の誕生日です。


不二家にて。   

 

不二家でオメデトウ♪

不二家にて 2  


ペコちゃんとオメデトウ♪

 

 

*************************

5歳のケーキ1

自宅で5本のろうそく立てて・・・

 

5歳のケーキ 2

 


「うれしィ~~~♪」

 

ケーキ。



ユウタ、5歳になったんだね♪
おめでとう。


 

こんなふうにユウタの5歳の誕生日を
家族で過ごす事が出来た事に幸せ。

普段なら当たり前のように過ごしている毎日にも
1日1日がとても幸せに思える。

ささやかな幸せ・・・というものが、
本当は1番の幸せ。


ワクワク♪

 

 

チヒロとユウタ。
いつもケンカばかりだけど。


つまみ食い。

 

 

チヒロだってユウタがいなくて
淋しかったんだ。


ゴルゴ?

 

 

これからは
ずっと一緒だよ★

 

 

*evergreen***

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[ 2006/01/09 00:00 ] 日常 | TB(0) | CM(2)

保育園の運動会。 

ユウタもだいぶ普段通りの日常を送れるようになりました。
私の方が不安で毎日・・・

      「頭、痛くない?」
      
      「フラフラしない?」

      「どこか、痛い所ない?」

などと、心配ばかりしていました。

ユウタは至って元気!です。


丘の公園にて

 

 

 


 

 

 

 

 

ユウタは生後5ヶ月から保育園に通っています。
術後、まだ日も浅く退院したばかりなので
保育園はずっとお休みしていました。

保育園に入園当時からずっとユウタの1番近くにいてくれた
ユウタが大好きな先生から電話が掛かってきました。

      「ユウタ君が来るの、待ってるからね。」

先生は、ユウタの体の変化に気付いてあげられなかった事を
とても悔やんでいると涙声で話していました。
親である私達でさえ、なかなか気付かなかった事。
先生に落ち度なんてありません。

保育園で毎年恒例のミニ運動会が行われるので
少し参加します!という約束をして電話を切りました。

 

体調も良好、ユウタも大喜び。
だけど私だけ・・・心がとても重かった。

ユウタのクラスメートに会うのが怖かった。

[ 2006/01/10 00:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(4)

会えてよかった。 

フォーリーフ クローバー 2

 

 

 

 

ユウタが病気になってすぐ
インターネットで色々調べていました。

病気の恐ろしさに希望が持てずに
知れば知るほど怖くなり
そんなわたしの姿を見かねたパパが
もう見ない方がいい!と言って
病気を調べる事に反対した事がありました。

ユウタの手術が無事済んだ辺りから
私は新たな思いで病気について調べる事を始めました。



腫瘍が残存しているユウタは
また手術を受ける事は確かな事実です。
それまでにどんな治療法があって、
どんな先生が居て、どんな病院があるのか・・・
調べずにはいられませんでした。


そんな中、子供の脳腫瘍の集まりの会を見つけました。
ユウタと同じ頭蓋咽頭腫の子供を持つ方もいます。

毎日掲示板を読み、初めて書き込んだのは
ユウタが病院を退院する時でした。



同じ病気の子供を持つお母さん達。
書き込みはいつも前向きで元気イッパイです。
子供の為に頑張りましょう!と心に伝わってきます。

一人じゃないんだ・・・と強く励まされた掲示板でした。

同じ病気のお母さん同士、親睦会を開く事になり
私も参加する事にしました。
私はこの頃、情けない事に「うつ病」になってしまい
心療内科に通院していました。
うつ病による摂食障害で、食事を受け付けない状態でした。
そんな状態で親睦会に参加する事にパパは反対でしたが
私は義妹に頼んで一緒に参加する事に決めました。

横浜の中華街でランチしながら病気の話。
おかしな光景に感じるかもしれないけど
お母さん達の明るさ、前向きさ、暖かさに
時間も忘れて夢中で話を聞いていた私です。
病気の事、後遺症の事、どれも全部
ある意味リアルな現実です。
みんなが経験者ですから。

 

久しぶりに笑って食事が摂れ、何とも言い難い位の爽快感。

どうしてこんなにクヨクヨしてるの?
前を向いて踏み出そうよ!
みんな、同じ思いでやってきたんだから!

誰もそんな事は言わなかったけど
私の中で大きく変われた出会いでした。

 

親としてユウタに出来る事は
その病気の最善な治療法と、
最善の手術をしてもらえる先生を
どんなに苦労してでも探し、
最善の道を敷いてあげることしかない。


参加して良かった。
この日が無かったら私は・・・
どんどん先の見えない暗闇に向かって
歩き続けていたんだろうと思います。

 

               お母さんは、みんなみんなが
               最初から強いんじゃない。
               こんな私のようにスタートが
               遅いママだっているんですよ!
               だから、焦らずに!
  

            


*evergreen***

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[ 2006/01/11 01:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(4)

セカンドオピニオン。 

退院後、2ヶ月を過ぎた頃MRI検査をしました。

        「術後と変わりはありません。」

先生のあまりのあっけなさに少し拍子抜けでした。
と言うのも、最近ユウタは頭痛を訴え出していたからです。

保育園にも無事復活★して、元気イッパイに過ごしていました。
そんな矢先の頭痛でした。

保育園行事にて

 

 

 

 

 

 



        
    「誰かに頭をガンッて、思い切り殴られたみたいに痛い!」


という表現をユウタはしていました。
そんな事された事ないでしょう?と、笑いながら
ユウタをなだめつつも、不安で仕方ありませんでした。

なので、検査結果に「ホントにホントに?」という気持ちがあり
私は先生にもう1度聞き直した位でした。

脳の手術を受けたのだから
多少は頭痛があって当たり前、と言うような話も
聞いていましたし、先生が大丈夫と言うのだから
とにかく安心していていいんだよね?と、
パパと確認し合いました。

とにかく、良かった・・・。
どうかこのまま何年も再発しませんように・・・。
毎日、それだけを祈る日々です。


*******************************

 

そんな日々が続く中、次の再発の時が来るのを
怯えながらジッと待つ事に私は不安を感じ始めました。

もっと色んな先生の話が聞いてみたい。
セカンドオピニオンを受けよう。

同じ病気で苦しむ子供を持つ、お母さん達に
色々な選択の話を聞いていた私は
主治医の先生に相談して
他の病院に相談に行く事にしました。

小児の脳腫瘍を多く手掛けている有名な先生です。
こちらからのメールに瞬時に返答してくれて
無料で相談に乗って頂ける素晴らしい先生でした。

MRIを郵送し先生に見て頂きましたが
返って来た答えは私達の考えを根本から
覆すような内容でした。

 

この病気を甘く見てはいけない!

そんなメッセージが込められている気がします。
のんきに構えている場合じゃない・・・。

私は先生のいる北海道へ行く決断をしました。

 

ユウタの為に、どの道を選択していけばいいんだろう。
考えても、考えても、見つからないパパとママ・・・。

とにかく、行ってみよう。

おいしいラーメンでも食べに行く位の感覚で
深く悩まず、思うことは全てやり尽くして
先生の居る北海道にいってみよう♪

そんな風に歩き出しました。
ただ、ユウタの頭痛だけが不安でした。

 

*evergreen***

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幸せは自分でつかむ。 

2006年 お正月

今年のお正月はとてものんびりと過ごしていました。

今までは実家の両親や親戚と年越しで旅行に行っていました。
パパはお正月も仕事なので1度も参加した事がありませんが・・・

今年はユウタとママは留守番。
チヒロだけ連れて行ってもらいました。

スキー。
初めてのスキーに挑戦★
さすが子供!
すぐに滑れるように
なった様です!

 

31日、大晦日の夜に紅白歌合戦が終わってから
熟睡するパパとユウタを無理やり起こして
3人で近くの神社へ行ってきました。

今年は何としてでも、いい年にしたい!
神様にすがる想いです。

*********************************

ユウタは暮れ辺りからわりと頻繁に頭痛を訴えだすようになっていました。

不安・・・。
思うのは再発の事ばかりです。
「もしかして」の事ばかりが私の心の大部分を占めていました。

でも検査も受けたばかりである事と
あと何日かでセカンドオピニオンを受けに行き
そこでもう一度詳しく検査が出来ると言う事で
病院にはいきませんでした。

 

頼りにさせて頂いている先生は北海道にいます。
初めて乗る飛行機にユウタはワクワクです。

「早く、行きたいなぁ~♪」

子供達はとても嬉しそうでした。

 

パパもママも・・・・・
その時は誰も気付けなかった。

ユウタと私達へ近づく‘黒い影‘の存在。

 

      「幸せは自分でつかむものだよね♪
           今年のママのテーマはこれ!ママ、頑張るぞ★」



家族みんなで誓い合った2006年、幸せをつかむ年!

大きな壁にぶち当たりは乗り越えて、
泣いたり、笑ったり、怒ったり、喜んだり。
そして家族がいつも一緒にいられますように。
と願いました。

*evergreen***

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[ 2006/01/13 00:00 ] 日常 | TB(0) | CM(2)

アルバム。 

ユウタが退院後、ふとアルバムの整理をしたくなり
今までずっと溜まりに溜まっていた写真達を
1枚1枚、しみじみと眺めていました。


ユウタ1歳チヒロ4歳

 








チヒロ4歳

ユウタ1歳

 

 

生まれたばかりのユウタから、
保育園での最近までのユウタ。
チヒロの写真の量と比べると遥かに少ない・・・

まだ赤ちゃんのユウタを見ていました。
チヒロが嬉しそうにユウタを抱っこしています。
みんな笑っていて、とても幸せそうです。

その時は気が付かなくても
後から思うと、
あの時は幸せだったんだなぁ~」と
思う事ってありますよね。

私はユウタの赤ちゃんだった頃の写真を見ていて
自然と涙が出てきました。

 

     「今まで分からなかったけど、ユウタはこの頃からすでに
                          腫瘍をもっていたんだなぁ・・・。」

 

そんな事に気付いてしまった私は
溜まった写真をそのまま閉じてしまいました。

 

***********************************

 

ユウタの腫瘍はお母さんのお腹に居る時に
本来なら消えて無くなるはずの脳の1部が
消えずに残ってしまった・・・

それが原因の先天性腫瘍です。

「誰のせいでもありません、原因不明なのですよ!」
先生の説明を聞いてもなかなか納得出来ませんでした。


ユウタが最近よく聞いてきます。
「何でユウタ、頭の病気になっちゃったの?」

 

何でだろうね。
ママにも分からない。
だけど絶対に治るから、頑張ろうね。

そんな事しか言えない私です。


*evergreen***

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[ 2006/01/14 00:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(2)

北海道へ。 

2006年 1月10日

セカンドオピニオンを受けに北海道へ向かいました。

飛行機から

 

 

 

 

 


羽田を飛び立つ時はあいにくの曇り空で
小雨も降っていましたが
雲の上に上がるときれいな青色一面。
子供達はとてもはしゃいでいました。

北海道へは私達一家4人と
私の父と母も来てくれました。


しばらくすると飛行機の中でユウタは

「頭痛いよ~頭痛いよ~」
と、言い出しました。

ユウタはもともと乗り物に弱かったのか
それとも腫瘍のせいで頭痛があったのかは
分かりませんが、とにかく乗り物が苦手でした。
車も飛行機も、好きだけど頭が痛くなる・・・という状態です。

雪だるま?と。

 

 

 

 

 

 

雪だるま?

 

 

 

 

飛行機の中ではずっと頭痛を訴えていたユウタも
札幌に着くとチヒロと一緒に走り回って元気でした。

雪を触りたくて仕方ない子供達。
私達大人は北海道の寒さに震えきっていました。

 

北海道の白くて綺麗な雪の中。
元気に走り回るユウタを見ていると
何もかもが嘘の様な気分になってきます。

きっといい方向が見つかるはず!
そう信じる力も強くなっていました。

 

お昼にみんなでラーメン食べて
パパと私とユウタで病院へと向かいました。
1泊入院しての検査です。

何度も受けているMRI検査。
そしてお母さんが付き添いの病院なので
ママも一緒にお泊まりすると言う事を知っているユウタは
不安な様子もありませんでした。

私達も希望に満ちた想いで歩いていました。

 

「明日、お姉ちゃんと雪だるま作りたい♪」

「寒いからヤダよ~」


 

*evergreen***

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ハードな1日。 

病院に着くと一通りの説明を受けて
いよいよ検査準備となりました。

病院の寝巻きに着替えて
ユウタも段々不安になってきています。

MRI検査。
造影剤を使うので点滴の処置をします。
採血も点滴の所から取れるはずが上手くいかず
結局、4回針を刺しました。

・・・ユウタ、激怒でした

「注射、1回だけって言ったのに~」
看護師さんの方が泣きそうでした。

ミニミニ

 

 

 

 

 

もう、何回受けたのだろう・・・MRI検査。
大きな機械に吸い込まれていくユウタの姿は
何度見ても胸が苦しくなります。
色んな想いがよみがえります。
そして再発の不安。

 

長い時間を掛けて撮る為、ユウタも飽きてきて
ついに体が動いてしまいました。
検査中は少しも動いてはいけないので
小さい子にとってはかなりの苦痛なんだと思います。

パパも私も必死になだめてはみましたが
とうとう睡眠薬で寝かせての検査に変更です。
北海道は寒くても、院内は半袖の人が目立っています。
私達はもう、汗だくでクタクタ状態でした。

 

検査が終わりました。
ユウタはまだ薬がさめずに眠っています。
ストレッチャーに乗っているユウタを見ていると
込み上げてくる・・・。

こんなに小さいのに・・・辛い思いさせてしまっている。


*******************************



麻酔からもさめ、しっかりとしているという様子から
病院に1泊せず、帰れる事になりました。

 

         検査も終わったし、もう大丈夫!
         先生からお話聞いたら、一緒に帰ろうね!
                      明日はどこへ行こうかな♪

早朝の飛行機に乗ってここまで飛んで来て
病院で長い検査。
クタクタだよね、ユウタも。
立ったまま居睡りしてしまうほどママもクタクタだったよ~

 

*evergreen***

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札幌の夜景。 

今日のMRIの検査結果、
そして先生の考えるユウタの治療方針を聞くために
長い間、待っていました。

チヒロと私の両親も病院へ来ました。

少しの不安と大きな希望・・・
そんな気持ちで先生を待っていました。

いたずらチビ2匹

 

 

 

 

 

先生を頼ってここに来る人はとても多く
それだけとても信頼出来る先生、という事です。

小児の脳腫瘍は稀な病気です。
それだけに、この病気を多く手掛けられている先生の
お話を聞いてみたかったのです。

先生に見て頂くために遠くから来ている方が
私達の他に何組かいました。
ユウタは1番最後。

     

 

        いつの時期に、どんな風に、
           ユウタの中に残っている腫瘍を消し去れるのだろうか。
       全部、腫瘍が取れた後の後遺症がどれだけの障害になるんだろう。

             ユウタは 生きていけるのだろうか・・・・・・・・・。

 

 

先生を待つ時間が長く長く感じました。
ユウタは入院中の小さな子と、今さっきお友達になれたようで
ずっと仲良く一緒に遊んでいます。

チヒロはゲームをしながら、退屈そうです

私はずっと、先生に聞きたい事を頭の中で整理しながら
明るい方向に行ける事を信じてゆこう!と
自分に言い聞かせていました。
きっとパパも一緒です。

 

先生を待つ時間の中で
高い階から見下ろす札幌の夜景を見ていました。

白くて明るい夜。
きっと外は凍りつくような寒さなはずなのに
ショートケーキみたいな街が
暖かく見えました。

 

      「いつかユウタの病気が完治したら、もう1度来たいね。」

 

みんなで笑って話していました。
良いお話を期待しながら・・・・・。

 

*evergreen***

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再発。 

2006年 1月10日  PM8:00

先生からのお話を聞ける順番が来ました。

ドキドキする。
でも、すがる想いできた北海道で
私達にとって、いい方向へ進んで行けるという期待に満ちた、ドキドキでした。

 

先生はとても有名な、優秀な先生です。
私達は何度も何度も先生のHPを見ていました。
初めて先生と対面した時は
まるで有名人に会えたかのように緊張してしまいました。

ユウタは隣のプレイルームで遊んでいます。
入院中の子供達と一緒に楽しそうです。

「チヒロもユウタと遊んでいれば?」
チヒロが途中で飽きて、退室したがる様な気がしたので
パパも私も、強くチヒロに出て行くように話しましたが
チヒロは頑として部屋から出ようとしませんでした。

「いいじゃない、一緒に居なさい。大丈夫ですよ!」
先生が優しい言葉を掛けて下さったので
チヒロも同席となりました。

パパ、私、チヒロ、私の父、母。
先生を囲むように席に着きました。

 

白いテーブルの上にパソコンが1台。
今日撮ったMRI画像を映し出しています。
壁のスクリーンには、もう何度も見た
ユウタの手術前のフイルムが貼り出されました。

何百カットとあるユウタの脳の断面画像を
先生は少し見て言いました。

 

         「あぁ~、だめだよ、もう再発していますよ。」

 

 

私は、先生がその後続けて何かを話し出したと同時に
ひどく取り乱してしまいました。

混乱していて自分が今、何の為にここに居るのかも
分らなくなっていました。

「どうしよう、どうしよう」
私はその言葉しか出てきません。
涙も止まらない。
襲い掛かる吐き気とめまい。

パパを見るとパソコンに映った画像を見つめたまま
瞬きもしないで放心しているようでした。
父と母も、取り乱す私を落ち着かせようともしないで
黙って先生を見ています。



その時、隣に座るチヒロが
嗚咽して泣き乱れる私の腕を掴みました。

   
         「ママがしっかりしなくちゃだめでしょ・・・。」


・・・・・とっても小さな声で言いました。

チヒロは小学2年生です。
まだまだ小さい子供、と思っていたのに。
その小さな胸で、弟の病気の現実を
私よりもしっかりと受け止めていました。

その後、長い間チヒロは、しっかりと膝の上に手を置いて
最後まで先生の話を聞いていました。



冷静にならなくちゃ。
希望の道を探しに、ここまで来たんだから。

今私はまた、以前の様に暗闇の中へ入って行く訳にはいかないんだ。

しっかりと今を受け入れて、最高の道を作ってあげなくちゃ。

 

助けて。

ずっと応援し続けてくれている友達の顔、
背中を押してくれたみんなの顔、
ユウタの保育園のお友達の顔、先生達の顔・・・。

次々と浮かんでは涙が止まりませんでした。

 

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重く響く言葉。 

ユウタの腫瘍は想像以上の速さで
再燃、再増大していました。

先生のお話を聞けば聞くほど、その状態の悲惨さが
重く、響いてきます。

怖くて怖くて・・・。
だけど受け止めなければ。



どうか、助けて欲しい。
その思いだけで先生の話に集中していました。

 

                  現実を見てください。

 

先生の時折伺える厳しい口調に
私達みんな、何も話せなくなってしまいました。
先生だって、真剣なのです。

ユウタの腫瘍の位置からして、今後起こり得る後遺症。
生きていく為の、リスクある手術。
今のままではユウタの将来が明るい方へは向かえない。


真剣な先生の口調が、1つ1つ私達の心に
深く突き刺さって行くようでした。

先生は、遠回しな説明や誤魔化しの話は一切言わず
まっすぐに向き合ってくれました。
それは全てを知りたい患者側からすれば
とても辛い話であっても、感謝すべき事です。

全ての話が終わった後に、私が精一杯の気持ちで先生に言いました。

 

     「どんな後遺症が残ろうと、
              私はユウタに生きていて欲しいです。」

 

パパも私の両親も何も言いませんでした。

先生は何も言わずに、うなずきました。


*****************************


病棟の看護師さんが色々な手続きについてパパと話していました。
私はチヒロとふざけているユウタを直視出来ないまま
涙がいつまでも止まりませんでした。

検査日丸1日、ユウタの担当でお世話になった看護師さんに
きちんと挨拶も出来ないまま、病院を後にしてしまった事を
私は今、とても悔やんでいます。

 

いつも前向きに頑張ってきたパパ。
私を支えて歩きながら何も話しません。

いつもと違うトーンで、小さく
「泣かないで!きっと治るんだから。そう信じよう・・・。」

 

多分、あの時パパはそうやって
自分に言い聞かせていたのだと思います。

 

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父のうしろ姿。 

病院を出て、一旦ホテルに帰り
すぐ近くにあった
居酒屋さんへ行きました。

よる10時。
子供達は眠たそうにしていましたが
ユウタ以外みんな夕飯抜きだったので
ホテルも近いし、みんなで出掛けました。



チラチラと偽物のような軽い雪が降っていました。

 

ユウタは病院で夕食が出たにも係わらず
ジャンボコロッケや、ジャンボおにぎりを食べてます。
チヒロは食が細いのですが
珍しくユウタと一緒になって食べていました。

私の父も母も、あまりユウタの話はしませんでした。
パパもいつものままでした。

「これがおいしい!」
「次は何にしようか♪」


そんな風にいつもの実家にいるような雰囲気。
それがとても、有り難かった・・・。


私は一言話す度に泣いていました。
何でもない話なのに勝手に、無意識に。

ビールをゴクゴク飲んで、忘れようと必死でした。

 

11時を過ぎて、チヒロもユウタも眠ってしまっていたので
父がユウタを背負い、パパがチヒロを背負って
雪の中、ホテルに帰りました。

 

ほろ酔いの父が大事そうにユウタを背負って
前を歩いてゆく姿が
ずっと、今でも私の胸に残っています。

 

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小樽にて。 

2006年 1月 11日

次の日、みんなで小樽へ遊びに行く事になりました。


電車に乗って、のんびり出掛けよう・・・
せっかく北海道まで来たのだから
子供達に楽しい思い出を作りたい。

そり

 

 

 

 

 

 

 

 

雪は、降ったりやんだり。
たまに吹雪いたり。

急に暖かく日差しが指してみたり。


まるで今の私達のよう。

南小樽南小樽 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、1日・・・・・
フッと、私の心が重たい現実に戻っていく瞬間があったり
涙が出てきてしまう事もありました。

だけどやっぱり、ここでユウタの希望の道を失いたくなかったし
家族の幸せを壊すことになるのは、とても怖かった。

雪を食べるユウタ


だからかな・・・・
みんな、いつもと変わらず笑っていたし
たくさん話もしたし
おいしい物も
たくさん、食べたよね。

 

ユウタは降る雪を
「おいしいよ♪」って
たくさん食べていたよね (>_<)

 

 

弱い自分を私は素直に受け止められないでいたから
とても苦しみました。
こんなんじゃダメだ!って。
泣いてばかりの自分が情けなくて、大嫌いでした。
お母さんなんだから、強くなくっちゃ!って、たくさん無理して
カッコつけて。


この後、もうしばらくしてから
私は自然と力が抜けて、
「頑張らないで頑張れる」気持ちのゆとりのようなものを
見つける事が出来ました。

ユウタと一緒に、家族みんなで歩いて行こうって、
それは、とっくに決めた事。

 

そんな答えが見つかるまでは
本当に、苦しかった。

 

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四葉のクローバー。 

小樽にはガラス細工のお店がたくさんあって
何件か立ち寄りました。


キラキラ、どれも目を引く物ばかりで
チヒロやユウタも大喜びでした。

「ママー、これカワイイよ!」
「ガラスのワンちゃん、かわいい~♪」


ずっしりと重かった私の心も
一瞬、ガラスの小物達に明るく照らされたようでした。
自然と笑顔になっている。
久しぶりの感覚です。




有名なガラス屋さんの近くに
レトロ感漂う小さなガラス細工屋さんがありました。
そこで見つけたのは・・・・・

ストラップと箸置き

 

四葉のクローバーの
箸置きでした。

本当に一瞬で
一目惚れ♪でした。


ストラップは他店で
パパが買ってくれました。

 



もともと、大好きだったクローバーですが
ユウタの病気を知ってから
余計に意識して探しているような感じでした。



四つ葉のクローバーの四枚の葉には

faith = 誠実
hope=希望
love=愛
luck=幸運


という意味が込められています。

4枚が揃って

Genuine=真実・本物
の力が出来上がります。

このような意味があるという事を最近知りました


*****************************

 

四葉のクローバーを見つけられたら
幸せになれる・・・。
幼い頃、よく探していました。
1度も見付けられないままですが。

 

昨年の夏、ユウタの病気が発覚する、ほんの少し前に
家族で大きな公園に行って、四葉探しをしました。
ただ、本当になんとなく・・・。

みんなで腰を丸めて、長い間探しましたが
パパがやっと3つ(3本?)見つけたので精一杯。
4人家族なんだから、4つ見つけるんだ!と、
パパは張りきっていましたが、小雨も振り出したので
あきらめてしまいました。

 

ガラスのクローバーで喜んでいる私にパパが言いました。

         「あの時、ちゃんと4つ、見つければ良かった。」

 

今まで泣き言など言わずに支えてくれていたパパも
今回の「再発」で、とても大きなダメージを受けているようでした。

 

 

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[ 2006/01/22 00:00 ] 四葉のクローバー | TB(0) | CM(9)

笑顔が好き。 

2006年 1月 12日

今日は札幌市内を少し観光してから
空港へ向かう事になりました。

私は、早く帰りたい・・・と思う反面、
でも、帰りたくない!という気持ちもありました。

現実逃避です。


だけど、ユウタの再発が思った以上に
早いスピードで進んでいるという事、
そして、早く主治医の先生にも診て頂きたいという想いで
気持ちばかり焦っていました。

どちらにしても、近いうちの手術は免れない。
水頭症も併発しているので多分、即入院だと思う。

ちょっとしたすきに、こんな事ばかりが頭の中に思い浮かんできました。

 

父と母が一緒で良かった。
二人は一生懸命、子供達を
楽しませてあげようとしてくれていました。

帰る飛行機の時間が遅かったので
少しだけ、札幌市内の観光をしてから
空港へ向かう事にしました。

時計台


時計台。
ここに来るまでが
とても吹雪いていて
中で暖まりました。
私達以外、誰も
いませんでした

 

 

テレビ塔

 

テレビ塔の上からの眺めは、怖かった~。
大通り公園では札幌雪祭りの
準備がされていました。

 


ビール記念

 

ビール博物館。

大人は試飲でビール。

子供は寒いのに
アイスを食べてました。
(゚皿゚) 寒そう

 



ユウタビール
みんなで順番に顔を入れて撮りました。

みんなが少し疲れた様子でいると
ユウタはすぐに「おちゃらけ」て、みんなを笑わせます。

みんなが笑顔でいないと不安なのかもしれない。

家でもそう・・・。
私を笑わせようと、すぐにお尻を出す
変な顔をして笑わせようとする。

みんなに笑っていて欲しい。
ユウタは笑顔が好き。

 

 

後になってから気付いたけど、
今までユウタが私に気を使ってくれていたんだと思います。

病気で苦しんでいるのは、ユウタ本人。
それなのに・・・・・そんな子供が、私の様子を見ながら
きっと「ママに笑っていて欲しくて」頑張っていたように思うんです。


そうだよね、ママの笑顔は大事だよね。
みんなが笑っていて欲しいんだよね。


ごめんね、ユウタ。
そして、チヒロもパパも。

 

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ピカチュウの飛行機。 

新千歳空港は雪の天候の為に
遅れの出ている便がほとんどで
人も多く、混雑していました。

遅れのアナウンスが流れるたびに
みんなの落胆する声がザワザワと聞こえてきます。


子供達も飽き飽き状態。

「早く飛行機乗りたいよ~。」

ピカチュウジャンボ

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの飛行機はピカチュウ。
子供達は大喜び♪

パパもなぜか大喜び

 

******************************

 

北海道に来て良かった。

親身になって一生懸命にしてくれた先生。

ユウタの親の身になってお話ししてくれた。
辛い現実だったけど、きちんと伝えてくれた。
次の日、手術があるというのに貴重な時間を割いてまで
長い時間を掛けて、丁寧にお話をしてくれた。

そして何より、真剣に向き合ってくれた・・・。



先生の所には、たくさんの方が助けを求めて来られます。
先生が名医である事はもちろんです。

でも、そんな事だけではなくて
先生の患者に対する熱さ、真剣さが
全ての患者さんの「心の救い」になっているようにも感じました。

 

私はそんな事を空港のロビーでずっと考えていました。


*****************************

 

ピカチュウの飛行機に乗って、お家に帰ろう!

明日から、また新たな壁を乗り越えて行く為に
みんなで頑張る。

大袈裟かもしれないけど
ユウタの病気を「運命」として丸ごと受け止めていこう。



そして急に自宅が恋しくなってきました。
私には応援してくれている友達もいるんだ。
今回もまた背中を押してもらっちゃおう。

私もワクワクしながら
ピカチュウの飛行機に乗りました。

 

*evergreen***

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希望をもっていたい。 

北海道から戻り、いつもの生活になりました。



ユウタの頭痛を訴える頻度は増しています。

こうしている間にもユウタの腫瘍の再燃は進んでいる。
その頃は、パパも私も焦る気持ちでいっぱいでした。


北海道から戻り、主治医の先生に診察を受けました。
先生も複雑な表情をしていました。
だけどユウタにはいつもと変わらない優しい顔で
「ユウちゃーん、こんにちは~♪」と話してくれます。


 

ユウタも小さいながらに分かっています。
      
        「ユウタの頭の手術をしてくれた先生
               ユウタの病気を治してくれる先生!」

ユウタから見ても、とても信頼している先生です。

先生に会うとユウタは最初だけ、
何だか恥ずかしそうにしています。
でもそのうちに、血圧計や脳の模型(!)をいたずらしてみたり
「せんせぇー♪」なんて、甘えだしたりします。
時々一緒に折り紙を折ってくれたり。
先生が優しいのをユウタは知っています。

そんなやり取りを見ていて私は最初ハラハラでしたが
このごろはそんな先生とユウタの姿を見ているのが大好きです。

*******************************

 

ユウタのこれからについて
どんな手術を受けるのか、そしてその時期、
今後、完治に向けての進み方という事には
決まった治療方が確定されていません。

先生によって、この病気の意見は色々あります。

 

パパとも私の両親とも、ぶつかりながらずっと道の選択に悩みました。
だけどみんな想いはいっしょ。

 

         今のユウタのまま、病気が治ると信じていたい。

 


主治医の先生は、最初から言っていました。
「大きな後遺症を残さないように完治に向けて進んで行きたい」と・・・。

そんな事は無理に決まっている!という先生も、
もしかしたら、いるのかもしれないけれど
少しでも私達が希望を持てる先生にユウタを診ていって欲しい・・・・・
そんな風にパパはいつも話していました。

 

 

今までユウタを診てきてくれた病院で
手術を受ける事にしました。

最初に言ってくれた先生の言葉を信じて・・・。

そしてとても心強い先生が
ユウタの手術に参加してくれる事になりました。
ユウタの病気が発覚してから何度もメールを送り、
先生の執刀をずっとずっと、祈り続けてきました。

 

これが最後の手術である事を祈っています。

ユウタがユウタのまま、
笑顔も泣き顔も優しさも変わらずに
元気イッパイに走り回る子供のまま、
私達の所へ、戻って来てくれます様に。

 

 

*evergreen***

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[ 2006/01/25 00:00 ] 脳神経外科 | TB(0) | CM(4)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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Family


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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