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おばあさんと孫。 


2008年 3月1日(土)


今日は外泊のため、家に帰っている日。

パパは午前中の仕事だったので
帰りの時間に待ち合わせて”トイザラス”へ行きました。



ユウタが病院で遊べるものを皆で探しました。

出来たら自分一人ではなく
お友達と仲良く遊べるものがあったらいいな~なんて思ったけど
周りのお友達はDS類のゲームに夢中だったりするので、なかなか難しく・・・。





そういえば。

ユウタがまだ病棟の個室に入院中だった頃
私は夢中になってDSの「どうぶつの森」をやっていました。


ゲーム類全般を苦手とする私。

何がおもしろいの?と、子供達が夢中になっているゲームには
今まで全く見向きもしなかったんだけど
夜中、巡回に来る看護師さんに見つからないように布団にもぐって
夜な夜な森で木の実を採ったり、砂浜で貝を拾ったりしていました。



色んなアイテムを手に入れて
家もどんどんリフォームして
お金もイッパイ貯めて・・・


おもしろいよ~!ってユウタにも勧めたけど
ユウタは脳の手術後から、ゲームに興味がなくなってしまってて

今では全くやらなくなっていました。





ゲーム嫌いの私が「どうぶつの森」を始めたきっかけは
ユウタが施設で少しでもみんなと仲良く出来ますように!の想いから。


施設に行ったら、きっとユウタは”浮く”だろうなと思っていました。
何となく、分かっていました。


同級生とのコミュニケーションを苦手とするユウタが
せめて1つくらい、流行りのゲームで遊べるものがあったら
そこから仲良くなれたりして♪・・・という想いからでした。

だから、色々アイテムも揃えて、裏技とかも人から聞いたりして
攻略本も借りて読んで、私が必死でした。



やり方は後からユウタへ教えるとして
それまでは母が色々揃えておいてあげようと必死でした。

睡眠時間を割き、目の下にクマを作り。



あ~今から思えば本当にアホな親だと思うけど
それほど母も必死でした。





結局は、ユウタもゲームに興味が無いのは そのまま変わらないので
施設でゲームをする事も無く

そして今時「どうぶつの森」で遊ぶお友達も
居なかったのです(;∇;)








IMG_1811.jpg


トイザラスでは、アイロンビーズを買いました。

折り紙とか、お絵かきとか、人に手紙を書いたりが好きなユウタには
こういうものが1番のようです。



脳の手術をする前までは
こういう事をして遊ぶような子供ではなかったんだけどね。


こういうユウタも、もちろん大好きだし
我が子ながら本当に器用な所もあるんだけど

みんなが走り回って遊んでいる中、1人ポツンと机に向かっているユウタを見ると
まだまだ複雑な思いは、私の中にたくさんあるのが正直な所です。



本物のユウタはどこにいるんだろう。

まだ探してしまうのです。




IMG_1814.jpg


誰にプレゼントしようかな~♪

ユウタは誰かに作ってプレゼントしたいのです。


「ありがとう!すごい上手!」って言われたいし
「また、作ってね!」って人から必要とされたいのでしょう。

そういう思いが このビーズに限らず
ユウタからは、いつも痛いほど伝わってきました。



IMG_1810.jpg


IMG_1819.jpg









昼間、近所のスーパーへ買い物に行った時。

車椅子専用の駐車場に車を停めて
ユウタが後部座席から車椅子へ移乗していました。


やっぱりな、というくらい人がユウタを振り返りながら通り過ぎます。

特に子供というのは車椅子に興味津々。
それはね、仕方が無い事です。


でも、今日は本当に驚く出来事がありました。




孫とおばあちゃん。
そしておじいちゃんと その家族らしき人たちが歩いてきました。


孫が「あの子、どうしたの?」

おばあちゃんは・・・


   あの子はね、頭の手術をして失敗して、とうとう歩けなくなっちゃったのよ~。

   ぶくぶく あんなに太っちゃってね~、長く生きられないのよ~。
    




   (怒)




全く面識の無い、見ず知らずのおばあちゃんとお孫さんと、そのご家族。

大きな声で言うものだから、ユウタにまで聞こえてしまいました。



ユウタはかなりショックを受けていました。







ユウタの病気を・・・広く、正しく、伝えたい。


この子達はこれからも、こんな偏見のある中
正しい理解も無い世界で生きていくのであれば

何のために辛い治療をしてきているんだろう・・・とさえ思ってしまう。



「こういう病気もあるんだね。」

まずはそこからでいい。

「かわいそうだね。」

最初は そういう解釈でも構わないから。










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    誤解も偏見も無く、子供達が生きていきやすい未来を想って・・・。
 
 


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[ 2008/03/01 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(4)

ずうっと、ずっと、大すきだよ。 


2008年 3月2日(日)



昨夜・・・

ユウタは「施設に戻りたくない!」と言って
布団の中で、ず~っと泣いていました。


外泊が始まれば、こういうふうに泣く事も絶対あるだろうって予想していたけどね。

実際にポロポロ涙を流して泣いているユウタを隣で見ていると
「このまま施設に戻らないで済む方法は無いのかな?」なんて

ちょっぴり真剣に考えてしまう。


IMG_1827.jpg


日曜の、本来なら穏やかな午後。

ユウタは施設に戻りたくないと言って、やっぱり泣いてばかりいました。


アイロンビーズに夢中になっていたかと思うと
急に思い出して「もうすぐ病院に行く時間だぁぁぁぁぁ・・・(涙)」って。


IMG_1830.jpg


しばらくすると今度は
「宿題やってなかったぁぁぁぁぁ・・・(涙)」と言って焦っていました( ̄∀ ̄;)









2008年 3月3日(月)

入院74日目
手術より68日
施設35日目



今日から蓄尿での検査がスタート。


ユウタと同じ病気の子供達は結構受けている検査だけど
今回、ユウタは初めて受けました。

入院中の今が蓄尿するにはベストな環境です。







面会に行くと ユウタは国語の宿題をしていました。


IMG_1802.jpg


「ずうっと、ずっと、大すきだよ」

  飼い犬のエルフが老いて、死んでしまうお話。





ユウタはTVでも本でも、会話の中でも
悲しい話がすご~く苦手で、人目はばからずに大泣きします。


例えばニュースで子供が事故で亡くなったという報道を見ると
「かわいそぉぉぉ・・・」と言って泣いたり

どこかで地震があったとニュース速報が出ると

「もしも、ここに地震が来て
 家族みんなが死んじゃったらどうしようぉぉぉ・・・」と泣いたり。





そんなユウタなので音読の時も
この「エルフ」が死んでしまう場面では必ず

声を震わせて泣いていました(^_^;)


IMG_1799.jpg


・・・何度読んでいてもね。








そして宿題は、なんと教科書の暗記!


「え?覚えるの?」

「そうだよ♪」



念のため、周りのお友達に聞いても暗記が宿題でした(;∇;)




そんなの、私にも出来ないから~~~!

・・・と焦っていたら、決められた1部分だけの暗記との事でした。






ユウタは軽い記憶障害がありますが
何度も繰り返せば全く覚えられないという事もありません。

ただ、本当に繰りかえし繰り返しやっていかなければならないので
そばで見ていて、本当にかわいそうになってしまう事もあります。


こんな所までも イッパイ頑張らなくちゃいけないの?って
何だか納得いかないな・・・と。


でもね、かわいそうと言ってユウタに
努力するという事をやめさせてしまう方が、断然かわいそうだから。







途切れとぎれだけど
結局ユウタは全部覚える事が出来ました。


そして今も、教科書を読みながら泣いているユウタです。




************************************




明日はユウタのMRI検査。

足の病気になってしまって、3ヶ月も延期していました。



こんなに長い間、MRIを撮らなかった事は初めてで
その分、私の緊張も昂ぶっていました。

ユウタが少し頭痛を訴えただけで、頭の中は「再発」の2文字がぐるぐると・・・



普段は「神様なんて絶対いない!」って思ってるけど
こういう時だけ、必死に祈ります。

だからって「調子がいいぞ!」って、そっぽを向く神様なんて
どっちにしたって神様なんかじゃないよね。





   何も映りませんように。

   いや、なんでも無い様子が はっきり映りますように。





ただ、それだけの想いが 一生続きます。









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[ 2008/03/03 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(4)

3分の2のキモチ。 


2008年 3月4日(火)

入院75日目
手術から69日
施設36日目





今日は半年ぶりの脳MRI検査でした。


こんなに長い間、脳のMRIを撮らなかったのは初めてです。
いつもは3ヶ月ごとに検査していました。



本当は昨年末に検査を予定していたのですが
MRI 間近になって急遽「大腿骨頭すべり症」の手術で入院となってしまい
そのまま先延ばしになってしまっていました。



なぜか・・・足の治療に全身全霊で闘い挑めずにいる感覚が
私の心のどこかにあったのは正直な所で

今日までその原因が自分でも はっきりはしませんでした。


でも多分 このMRIを長いあいだ受けていなかった事で
「大丈夫なの?」「再発、してないよね?」といった不安が
いつもいつも心の片隅にあったからなんだ・・・と気づきました。


ここで「問題ありませんよ~」と、次回検査まで3ヶ月間の「仮釈放」を頂けると
俄然、私のテンションも変わってくるだろうし
メソメソ、ジメジメした気持ちを取っ払って
もっともっと頑張っていけると、そう思っていました。







3時頃、私とパパが施設に付くと・・・今日のユウタは最悪。

も~~~のすごく機嫌が悪くて
顔つきも変わっていました。



4時から造影剤を使用してのMRIなので”3時のおやつ抜き”な為です。


たったそれだけの事だと思うけどね。

ユウタにとっては
ただのおやつ程度の感覚で待ち望んでいる3時ではないのです。



何かを食べられる事。

それが今のユウタにとっては
生きている中で1番重要な事になってしまっているからです。




すごく機嫌の悪いまま、地下のMRI検査室に向かいました。

造影剤の点滴処置を済ませて、ユウタが検査室に入って行きました。








ここの病院で脳のMRIを撮るのは初めてです。

今までは、これまで開頭手術を受けてきた大学病院で
検査と経過を診て頂いてきました。

その大学病院ではなぜか「造影剤」を使用しての検査は滅多に行なわず
その理由も曖昧な答えだったので、少し腑に落ちない所がありました。


今回、こちらのこども病院では
当たり前のように造影剤を使用して撮りました。



MRI室には子供が恐怖を感じないように色々配慮されていました。

オルゴールの温かい音楽が流れていて
そこらにぬいぐるみが飾られていたり。

さすが子供専用の病院だな~と私は冷静に見ていました。







検査の途中で、ユウタと同じ頭蓋咽頭腫という脳腫瘍のお友達とママさんが
いつもと変わらない明るい笑顔で会いにきてくれました。

こういうのって、本当にホッとする・・・。



病気って、孤独に闘ってはいけないものだと私は痛感しています。


病気を発覚したばかりで、仲間とめぐり会える前までは

家族と居ても、病院で先生が付いていてくれても
看護師さんが優しくしてくれても
ず~っと一人ぼっちのような気がしていました。

いつも、そういう気持ちの中でユウタと過ごしていました。



でも、やっぱり同じ気持ちを共有しあえる仲間と出会えた事で
治療に希望を抱けるようになったし

同じように頑張ってきたお友達を見て
いつかはこんなに元気になれるんだ!って期待もたくさん湧きました。







検査が終わって、これでやっと”おやつ”が食べられる!と
喜びいっぱいのユウタが車椅子で出てきました。

ユウタは初対面の、そのお友達と挨拶を交わし
施設で、待ちに待ったおやつを嬉しそうに幸せそうに食べていました。



大学病院ではMRIの結果を、その日のうちに診察室にて聞く事が出来ました。
でも、こちらの病院では結果を聞くのは1週間後。

蛇の生殺し。


何とも中途半端な気持ちのまま、放置されているような感覚です。




一緒に検査室に入って下さった脳外のDr に
「どどど、どうだったんですか?」と すがってみると

「多分、大丈夫ですよ~」と笑顔で答えて下さったので
私の中では、3分の2・・・くらい?安心出来ました。


3ぶんの2って、分かりづらいかな。

半分以上は安心できて
半分以下の心配という事です。







そして、脳腫瘍も同じ。



  「脳にある腫瘍が、目に見える範囲は全て摘出 出来ました。」

  「MRI に映るものは何もありません。」




そう言われたって、再発の可能性ゼロにはならず
恐怖や不安は一生つきまとうのだから

やっぱり3分の2のキモチなのです。











以前、ダイスキなメープルさん
こんなような事を言ってた。(正確ではないけど)


 検査の結果、よい報告を受けても
 それはその後に訪れる次回検査までの間の
 「幸せサービスチケット」をもらったような感じ
・・・だって。



あ~、ホントにそうだ。


ポイント満点になっても、病気はチャラになってくれない。





それでもやっぱり心のどこかでは
チャラになる未来を信じている私も居たりします。










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[ 2008/03/04 23:59 ] 脳神経外科 | TB(0) | CM(2)

ドクター面談。 


2008年 3月5日(水)

入院75日目
手術から70日
施設37日目




施設に着くと、隣のお部屋から
尋常では無いユウタの泣き声が聞こえてきました。

聞くと、ユウタが「ダメ!」と言われたのに
隣のお部屋に入ったらしく、それでケンカになったとの事。



隣のお部屋はユウタよりも学年が上のお兄さんたちが居る部屋です。

そのお部屋の決まりで「部屋の者しか入室してはいけない!」というものがあり
だけど特例で「いいよ!」と許可の下りた人だけは部屋へ入れるのです。

・・・ぷっ。(なんじゃそりゃ!)



大泣きしているユウタのそばに、ユウタと同じ部屋の男の子が
許可なく入る事の出来ない、そのお部屋に居て
仲良くお兄さんたちとゲームをしていました。

その子は「入っていいよ♪」と許可が下りて
ユウタは「ダメ!」と言われた事が発端で、ケンカが勃発したようでした。


入っちゃダメ!と言われたのに、納得できずに部屋に入ったユウタが
お兄さんに頭を数回叩かれたと・・・。


・・・怒!(なんじゃそりゃ~~~!!!)



確かに、その「変な決まり?」があるのに
ダメ!と言われたのに
それでも入ったユウタが悪いかもしれないが・・・

叩く事はないんじゃないか?



「ちょっと!誰?ユウタの事を叩いたのは!!!」

誰が見ても目をそらしたくなる様な恐ろしい形相と
めちゃくちゃ怖い声で、みんなの指差す その男の子を
私は思い切り威嚇?しました。



「どうして、許可が無いと入らせてくれないの?」

「決まりだから。」

「誰が決めたの?施設?」

「俺たちが部屋の会議で決めた。」

「自由時間に君たちも、許可なんか無くたってユウタ達の部屋に入るじゃない?」

「そっちの部屋には決まりが無いから。」

「じゃ、この子はOKで、あの子はNGって基準は誰が決めたの?」

「・・・・・・・・・。」



怒りが おさまらず。
施設の方と話をしました。



施設に長い事入所していると、プライベートもなく ストレスが多いため
他の部屋の子供の入室を禁止にして、子供達の居場所を確保する事も大切でしょう。

特に、朝の忙しい時間帯は他のお部屋に入室禁止といった決まりには
私にも納得が出来ます。


でもね、この子は良くて あの子はダメといった差別が
当たり前のように通用していること自体、イジメを肯定しているようなものでしょう?

ダメなら皆ダメにしようよ。
良いなら、みんなOKにしようよ。




その子は後から看護師さんと一緒に謝りに来ました。

もう、その子への怒りは何も無いけど
何とも腑に落ちない気持ちで、いつまでもワナワナしていた私です。










その後、整形外科の担当Drとの面談がありました。

パパと私とチヒロ、そしてユウタも一緒に話を聞きました。



 壊死も無く、順調に回復している。
 手術で打ったスクリューにもズレはない。
 春休みが終わったら、足に負荷をかけていく。
 このまま順調に行けば、夏休み中に退院。
 でも、途中で何かあれば秋までかかる。

 今の疾患が治ってからも、今後 骨の病気には気をつけなくてはならない。
 1番怖いのは膝や腰の壊死など。
 ステロイドや成長ホルモンを使用している限り、それは無いとはいえない。

 退院後、半年から1年は体育も無理。
 遠足も無理。
 長い距離の歩行は避ける事。
 30分以内の距離なら、痛みが無ければOK。
 重いものは持たない事。

 今後、退院しても筋力UPのリハビリは続ける事。
 とにかく筋力をつける努力を続ける事。

 手術で打ったスクリューは骨の成長が止まったら抜く。
 スクリューの端が骨に埋まってしまったら、抜けないかもしれない。
 砕いてまで抜くか、そのままにするか、その時1番いい方法を考えていく。

 「異物」であるので抜きたいが、たとえ抜けなくても問題はない。





30分位の時間でしたが、聞きたい事はすべて聞けました。

ユウタの心にも、大切な事は響いたはずです。


先生の説明は、私たち素人でも とても分かりやすく
そして、どんな事にも誠実に答えてくださるので、いつも信頼していました。


ステロイドにせよ、成長ホルモンにせよ
どちらもユウタにとっては必要不可欠なもの。

どちらも必要で使っている子供や大人は世の中に多く存在します。

でも、このような骨の病気が
すべての人に発症する訳ではありません。



 普通なら平均して、11歳位からの大腿骨頭すべり症です。
 ユウタ君ほどの低年齢では、本当に稀なんですよ~。





先生の仰るとおり、ユウタが本当に稀なんでしょう。


とことん、稀な病気に引っかかるユウタ。

もうこれ以上何もありませんように。

   ・・・あったら、もう許さない(誰を?何を?)









リハビリの先生とも会って、話が出来ました。

今日から、かかとを使っての移動がOKになりました。


かかとを使って立ち上がるのではなく

お尻をついた状態で、かかとに力を入れて
座ったまま移動しても良い!という事です。


これだけでも、ずいぶん移動が楽になります。





だんだんと、ゆっくりと、ユウタの退院が見えて来た頃でした。









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授業参観と懇談会と。 


2008年 3月6日(木)

入院76日目
手術から71日
施設38日目





今日は、ユウタの授業参観でした。

パパと私で参観しました。


IMG_1846.jpg

(1学年、最後の授業参観なのでカメラ撮影OKでした。)



授業は算数。


情報を読み解き、活用する能力を高めるためのリテラシー教育が
盛りだくさんに詰まった授業でした。
時代を感じます。

私たちがこれまで受けてきた「答えは1つ」的な授業ではなく
子供たちから答えに辿り着くまでの色々な発想が飛び出していて
何だかとっても興味深い授業でした。



私も、こんな授業を受けていたら

もっと勉強に興味がわいたかも?しれないな~と思う反面
逆に、答えを出すまでの間に ややこしいと感じるかもしれないな~と思ったり。


それよりも!

問題を解く方法に工夫がある、ないという事を抜きに
一言で言えば、担任の先生の授業が何とも楽しい!というものでした。




子供たちの中で、誰一人 退屈そうな感じはなく
授業参観なのだから、お母さんが見ているし
多少の緊張はあるかもしれないけど

お母さんたちに子供達の意識が行ってしまう様子が無く
みんな、一人残らず先生の授業に引き込まれている感じを強く受けました。



ユウタがどんなに体調悪くても
学校へは、どうしても行きたがる理由が分かったような気がしました。

一人ひとりの発言を大切に受け止める先生の授業がとても印象的で
私は あちこちで感動していました。






でも、今日のユウタは(先生によると)本領発揮出来ていなかったようです。

確かに大人しく黙り込んでいて
授業にも、ついていけていない様子が見えました。


だけど、とても真剣に授業を受けていました。



もともと通っていた学校では「ちょっと、発言しすぎ!」と怒られるくらい
いつも必ず手をあげて、良く言ってあげるとすれば「積極的」だったユウタ。

こちらの院内養護学校に転入してから担任の先生より
「他の人の話が聞けない」と指摘されていたので
今回の授業参観も少しハラハラしていたのですが・・・ちょっぴ拍子抜け。



「今日のユウタさん、とても緊張していたようです」と先生に聞いて
ユウタのそういう部分にも
お友達の話をきちんと聞けるようになっていた部分にも

色んなところに、少しだけ成長を感じられる授業参観でした。



だけど勉強はユウタにとって
すごく大変そうだな~と改めて思いました。








授業参観の後に懇談会がありました。

この懇談会で、ユウタの事を保護者の方へ説明しようか悩んでいました。


そりゃ~、問題多いユウタの親としては
皆さんへ謝罪を込めて、きちんと話をするべきですが

・・・この頃の私は、相当ひねくれていて。


 「話しても、分かってくれないよ!」
 
 「それに、ユウタだけが悪い訳じゃないし!」

 「だったら パパが話してよ!」



そうやって、逃げ腰になっていました。

ユウタの事で傷つくのが怖い。
つまりは自分が”かわいい”だけでした。


人前でユウタの病気を言葉で説明する勇気も
正直ありませんでした。

私、絶対泣くだろうな・・・と。





でも、担任の先生が きっかけを作ってくださり
(前もって、打ち合わせしていた訳ではありませんが)

私から自然に、ユウタの精神面や感情の起伏などについて
話し出す事が出来ました。

ごくごく、簡単な説明でしたが
あれがその時 私の精一杯でした。


今になっても、その内容を詳しく思い出す事が出来ないくらい
気持ちが張り詰め緊張していましたが
話せて良かったと、今もそう思えています。






人前で話す事を最も苦手とするパパが皆さんへ

「迷惑ばかり掛けてしまいますが・・・」と頭を下げていた姿が
今も印象に残っています。




ユウタが教室で泣いてキレても
クラスのみんなは「病気のせいだ」と分かっていて、とても温かいらしいです。

ユウタも学校ではとても落ち着いているとの事でした。











病気になって、小さい頃から入院と手術を繰り返してきて
我慢もいっぱいしてきて

苦しい思いも辛い思いも、ホントにたくさんあったけど

その後の出会いは すべてに恵まれていて
幸せだなって思える事は度々あります。



その中の一つが、この学校と先生にめぐり合えた事。




病気になって良かったと、いつかは思えるようになるとか
病気になった事にも意味があるとか

そういった類の話を聞かされると、私は正直 猛烈に腹が立つ。


ユウタが病気になった事に、意味なんかない。



だけど、ユウタが病気になって
全てが悪い事ばかりの連続でもないのは、確かです。


分かりあえるなんて、無理!・・・と、自らバリアを張っていたって
届くはずのものも、届くわけなんかないよね。

やっと、そんな事を思えるようになってきました。





「学校が楽しい。お友達が好き。先生が好き。勉強が好き。」

そんなユウタが笑顔で私のそばに居るなら
本当はそれが1番喜ばしい事なんだよね。









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[ 2008/03/06 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(5)

リピディルだよ。 


2008年 3月7日(金)

入院77日目
手術から72日
施設39日目





外泊のお迎えに行くと、内分泌の先生がユウタのお部屋に来ました。

今日の夕方から
高脂血症の治療薬「リピディル」の服用が開始されるとの事。


・・・とうとう来たか~って感じ。




入院以前から、ずっと高い数値を出していたユウタの中性脂肪。

頭蓋咽頭腫という脳腫瘍で手術を受けた子には
太っていようが痩せていようが、特有な症状らしい。



   血液検査で、連続して結果が悪い。

   入院していて、きちんとした食事内容なのにも係わらず
   こう、高い数値が続くのは「脳からの影響」という事になる。




そういった説明を受けました。







今まで、術後1年以上は数値に異常もなく過ごしていたけど
その後 月1回の検査のたび、少しずつ上がってきて

カロリーを抑えた食事以外でも
コレステロールの上昇を抑える目的の食事内容も取り入れ、頑張ってきました。





「入院していて、きちんとした食事内容なのに・・・。」

その発言には”心外だ!”とは思ったけどね(;_;)


脳からの影響だというのなら、もう仕方ない。





薬を服用しながら、これからはずっと禁止にしてきた「卵焼き」も
多少ならOKになるんだし・・・ね。





 コートリル(合成副腎皮質ホルモン剤・ステロイド)
 チラーヂン(甲状腺ホルモン剤 )
 デパケン(てんかんの治療薬)
 成長ホルモン(注射)
 デスモプレッシン(尿崩症の点鼻薬)
 防風通聖散(高血圧の随伴症状「動悸,のぼせ,肩こり」,肥満症,むくみ,便秘などに)




これらが、ユウタの処方内容。

風邪をひいたりして、薬がもっと増えると
頭がごちゃごちゃになる事も しばしば。


これに「リピディル」が追加となりました。




薬好きという、変わった子供のユウタは
1種類 薬が増えた事には何の不満もなく、素直に受け入れていました。

毎日、毎回飲まなくてはいけない薬の内容も
親や看護師さんより完璧に把握していました。


「これ違うよ!」「あれが無いよ!」

そう、周りに指摘できる程
ちゃんと自分で管理しています。





小さいときから、たくさんの薬を使ってきて
薬をきちんと飲めば、病気が治ると教え込んで来たからかもしれない。


熱が出ても、お腹が痛くても
薬をちゃんと飲めば、今まで ちゃんと治まってきたのと同じように

ユウタを今、苦しめている症状も、病気の全ても
治っていくと信じているからなのかもしれない。





大きな病気をしてから
薬を嫌がってユウタが親を困らせた事は、1度もありません。










余談ですが。
パパはこの「リピディル」を正しく言えた例がありません(笑

「リピデル」「リピジル」「リピデン」・・・( ̄∀ ̄;)


リ・ピ・ディ・ル、だよ!



いつもユウタに訂正されています。






私は。


アホなパパには、いつも呆れ顔しつつ

だけど本当は たくさん救われていたりします。









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[ 2008/03/07 23:59 ] 内分泌科・小児科 | TB(0) | CM(5)

2008年 3月17日。 


   2006年 3月17日。

   ちょうど2年前の3月17日。





この日はユウタが
2度目の腫瘍摘出手術を受けた日です。(click!)



この手術が最後であると信じ
そしてこの子の未来に微かな夢と希望を抱き

でも、本当はそれ以上に募る大きな不安を抱えて

手術の無事成功だけを
ただただ祈り続けていた、長い1日でした。

 

 



執刀して頂いた先生は、世の中で賛否両論
色々と言われている先生ですが

私達にとっては紛れも無く「神様」です。


こどもの命の恩人です。

 


誰が何と言おうと
我が子を助けてくれた先生です。

 

 


親というのは誰もが
自分の子供を助けて下さった先生を

”世界で1番の主治医”なのだと

思い信じているものなのです。

 

 

 

 





手術が無事に終わり
ICUでまだ麻酔の切れていないユウタと再会出来た時。

パパと2人きりになって私は
ガマンしていた涙を抑えられずに
カーテンの内側で色んな感情が入り混じり、泣いていました。



 

パパは・・・


「ママ、カメラ出して。」

 


いきなり、痛々しい姿のユウタを撮りはじめました。

 

ユウタのあまりにも変り果てた姿に
パパの頭がおかしくなったのかと私は本気で疑いました。




何の意味があって、この姿を撮っているの?


心から今すぐ忘れ去りたいような
我が子の辛く悲惨な姿を写真に残すなんて、鬼だ。

 

 



「いいんだ!この写真を将来、ユウタに見せてやるんだ!」

 

 

      お前はこんなに頑張ったんだ!って見せてやるんだ。


      くじけそうになった時
      幼かった自分が耐えてきた苦しみを証明させてやるんだ!

 

 

 



普段は本当におとなしいパパが
私の反対を押し切り

泣きながら何枚も何枚も
ユウタの姿を撮り続けていました。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

それから1年後。

 

2007年、昨年の3月17日。(Click!)

 

 

 

 

1年経った今。

あの頃が嘘のような
日常を送れている事に感謝です。

 

3月17日。

来年の私は、今のユウタを思い返して
ここへどんな風に書いているんだろう。


2007年の3月17日に私が思える事は・・・

とてつもなく悲しく苦しかった事は
少しもうすれていないけど

それと同じ位、感謝の思いが溢れています。









・・・こんな事を書いていました。

 

 

 

「来年の私」

つまり今年の3月17日の私は
こんな事を思っています。





悲しみとか苦しみは残念ながら
たった2年そこそこじゃ、癒えることもなく

その時々によっては
辛さも痛みも倍増している気がします。



今、ユウタがちょうど入院中であるという点を
最大限に考慮したとしても

衝撃の診断、お子さんは脳腫瘍です・・・と言われた
あの診察室のドアを出た時から

今、この現在に至るまで


一瞬たりとも

”心からの幸せ”を感じた事はないでしょう。



「あ~、幸せだなぁ。」

そんなふうに日常の些細な事で思える幸せには
たくさん気がつけるようになりました。




でも、ユウタが病気になる前のような

心の奥底から思える幸せとは全く違うものです。




私の中では苦しみの種類が
あるのですが
そう考えると、究極期のドS級な苦しみとは違うけど

いつもいつも付きまとう痛みは
取れないままでいます。







「もっと強くならなきゃ!」

「お母さんよりも、子供の方が辛いのよ!」


・・・・・それはね、よ~~~~~く分かってる。

自分でも思う。



出来れば私もここへ
前向きで元気で明るいお母さんを書き込んでみたい。


かといって、いつも暗~い母さんを
ユウタの前で見せているなんて事はないです。



心の中の本音部分を書き出せば
正直、そんな気持ちでいます。








病気を発覚してから、今までの間

私達の周りには病気になる以前のユウタから
ずっと近くにいてくれた人たちばかりで

例えれば”温室の中”で
大事に大事に接してもらって来ました。





そんな中でもやっぱり
壁にはバンバンぶち当たったけど

差し伸べてくれる手も
変わってしまったユウタを知っている人も多く

安心の中で、辛さがありました。

 

 

でも、遅かれ早かれ当たるだろうと思っていた壁が
こんなに早く現れるなんて・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

3月17日。

またやってきたね、3月17日。

 

 

2年経った今、この私が思う事。

 

 

 

誰も分かってくれない。

どうせ分かってくれない。

でも、本当はイイ子なのよ。

 

ひたすらにひねくれた私が本当の私。

 

 

 

誰にも分からない。

辛さは一緒なんかじゃない。

私が弱いんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

それでも、こんな私が心からは腐っていないんだと
自分でもホッと出来る部分の本音では

綴りきれない感謝の思いだけはある、という事です。


 

ユウタの為に最善を尽くしてきてくれた
病院と医療関係者の方々。

現在も一生懸命にして下さる病院の皆さんには
感謝の気持ちでいっぱいです。


 

直接、医療とは関係のない場所でも

ユウタを思い、助けてくれた方々
助けてくれている方々に


ありがとう以外、感謝の言葉は見つからないです。

 

 

 

 

 

 

パパの撮った、3月17日の写真。

 

本当はユウタが将来、見る為のものではなくて
今、この私が見るべきなんだろうな。

 

恐ろしくて絶対、見られないけど。

 

 

 

 

来年、2009年3月17日の私は

どうか・・・

この記事を削除してしまいたくなるような

心の浄化された人間になっていますように。


今よりもっと元気なユウタと一緒に

カッコイイお母さんでいますように!!!

 

 

 

 

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*evergreen***

 

 



[ 2008/03/17 00:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(6)

ユウタからの電話。 


2008年 3月23日(日)

入院93日目
手術から88日
施設55日目




この日は家でノンビリ過ごして
夕方いつもどおりに施設へ戻りました。


前日は、同級生のお友達2家族が遊びに来てくれて
大人も子供も、ずいぶん夜遅くまで遊んでいました。

カオリン、シ~、殿、ユミちん、ユウカ、アユ、パパちゃん。

いつも温かく見守ってくれる人たちと
何の気兼ねも無く笑顔で過ごせる事に幸せを感じていました。

ユウタも、いつものユウタらしさのまま
本当に楽しそうでした。



結構、夜更かししたのに
ユウタはいつもの規則正しい生活の中よりも元気で
改めて、心と体はぴったり繋がっているんだな~って思いました。

心が たっぷり満たされて
とっても温かくなっているからなんだろうね。


お友達は何より大切な宝物です。












ユウタを施設に送った帰り道。


東名高速のインターを降りる少し前に
公衆電話から私の携帯へ着信がありました。

すぐにピンと来ました。



  「ユウタからだ!」





何があったんだろう。

電話に出るまでの短い間に色んな思いが巡りました。




出ると、やっぱり泣き声のユウタからでした。

運転席のパパも心配そうにしていました。



   「隣のお部屋のお兄ちゃんたちが、みんなでいじめるんだよ~!
 
              ユウタだけ、部屋に入るな!って怒るんだよ~!」


   「ママ、助けてよ~!」





またか。←(click)


もう、どうしようもないな。

長い間、暗黙の了解で許されてきた事に立ち向かう為の戦力も
変えなければいけない!といった正義感的な気持ちも
この時の私には、まったく備わっていませんでした。


衝突を避けるしかないんだよ。






ユウタは お兄さんたちと遊びたい。

カードゲームのゲームは出来ないけど
ユウタはカード類が大好きで、きっとそれで一緒に遊びたいんだろうと思います。


でも、お兄さんたちはユウタと遊びたくない。

ユウタとは話も合わないし、おしゃべりがうるさいだろうし
おもしろくないから。

ユウタがカードを欲しがったりするのかもしれない。






絶対、明らかにユウタがいじめられているという事であれば
いつものように「ちょっとぉ~!!!」って怒鳴り込むけど

正直、きっと邪魔なのでしょう。


お兄さんたちにとっても、ユウタがストレスであってはいけないし。




「ユウタだけ」という点には、どうしたって怒りが込み上げるけど

話しても分からないんだから
それについて「怒」のエネルギーを使うのは、もったいない位 ムダだな~と・・・。






「他にも、お友達が居るでしょう?」

「お兄さんのお部屋には行かなきゃいいでしょう?」

「同じお部屋のお友達と遊んだら?」

「看護師さんには言ったの?」



私はわざと突き放した感じに答えました。


こういう時に優しい言葉を伝えると、ユウタは逆効果というか
余計に涙が止まらなくなります。

私も同じだけどね。




そんなの、特別大変な事じゃないよ!
大丈夫!明日またママが会いに行くんだから。
一人ぼっちじゃないよ!

明日は大好きな学校なんだから
デスモ(尿崩症の薬)して、早く寝ちゃいなよ!

じゃあね!切るからね!





「うん、うん、分かったぁぁぁぁぁ(涙)」



看護師さんが隣に居てくれたのでしょう。

「もう、いい?切った?」


電話を切る直前、そんな声が聞こえてきました。










本当は、そのままUターンして病院に戻りたい心境でした。

本当は、ユウタと一緒に泣きたい気持ちでした。


  私ひとりだったら、そうしていたかもしれないな。




ユウタには会わないで
お部屋をこ~っそり覗いて

大きなお腹を上下に揺らして眠るユウタの姿を確認して
オイオイ泣きながら帰ったかもしれない。





家に帰ってからも
公衆電話から掛かってきた履歴をずっと眺めていました。

さっきまで、この部屋で
「昨日は楽しかったね!」って笑っていたユウタが切なくて。










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[ 2008/03/23 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(1)

悩みのコートリル。 

   
2008年 3月24日(月)

入院94日目
手術から89日
施設56日目




今日のユウタは朝から頭痛がひどくて
入浴も出来ないくらいでした。


いつものようにジュースを飲む為、お散歩に出て
それはそれは嬉しそうに、いつもの「ゼロカロリー・カルピス」を飲んで
ニコニコとしていたんだけど・・・

施設に戻ると自らベットへ移り
そのまま17時半まで眠り続けました。


今日は月に1度の回診日で、たくさんの先生方が1人ひとりを診て回るのですが
ユウタは自分の番になっても起きません。

主治医の先生が「ユウタく~ん!」って起こしても
その時、言われた通りの姿勢や指示には従うものの
何秒後には眠ってしまうほどのものでした。










その後、別室にて 内分泌のDr2人、看護師さん、パパと私の5人で
ユウタの事に付いて話をしました。



このような症状、つまり毎日の激しい頭痛や疲れやすさ、異常な眠気は
コートリル(ステロイド)不足によるものじゃないか?と、私はずっと思っていました。

今は施設に入所中で家族と離れている淋しさもあるし
お友達との関係も良好とは言えず、トラブルばかりなので
ストレスによってコートリルが足りない状態なのかもしれない・・・と。



だけど、ユウタにとって今の処方量より増やすのは賢明ではなく
出来たらこのままの量で元気に過ごせる事が
1番だという事も理解していました。

コートリルの副作用で肥満をより一層深刻にさせる可能性もあるし
ユウタにとって1番辛い「空腹感」さえも増す事になるからです。



今の量でさえ「お腹すいた~」の叫びは止まらないので
私も、何とか増量せずに頭痛が消える方法がないものかと悩んでいました。



同じ脳腫瘍のお子さんを持つ「tinacoさん」に相談すると

「薬を増やすのではなく、与え方を変えてみては?」という事を聞きました。


彼女の娘さんも1日2回、朝晩のタイミングでコートリルを飲んでいましたが
ある時、激しく頭痛を訴え その日から朝昼晩の3回の服用に変えると

それ以来、頭痛を訴える事無く
元気に毎日を過ごせているとの事でした。




内分泌のDrもユウタの薬の量を増やす事には反対でした。

1日2回(朝晩)1日3回(朝昼晩)に変えたいという私の提案には
先生も「試しに、そうしてみましょうか?」とあっさりOKで

次の日から薬の量は変えないままで
分3へと変更になりました。



   それからユウタは午前中の頭痛も無くなり
   これまでよりはずいぶんと元気になって、活発さが少し出てきました。
   
   (うちの子の場合です。)









病気の子を持つ親たちは、常に情報を集めています。

少しでも、今よりほんの少しでも元気に過ごせるようにと
色んな場所にアンテナを張り巡らせている人は多いと思います。




ヒントが見つかればいいな。
小さな灯りが見つかるといいな。

もっと元気になれないのかな?
もっと笑顔は増やせないのかな?

間違った道に進んでいないよね?
我が子にとって、今の最善を尽くしているんだよね?

私だけが辛いんじゃないよね?
こういう気持ちって、みんな抱えてるんだよね?



不安を抱えて悲しみの中
一人ぼっちで暗闇を進む事は出来ません。




先生の言う通りに「はいはい、そうします。」と
そんなふうに”全てを医師に委ねて習っているだけじゃダメなんだ”という事を

私はユウタの脳腫瘍が発覚した当初に
脳外科医の先生から言われました。

その言葉は、とても印象深いものでした。


親も一緒に勉強して
Drも一緒に勉強していかないと
こういう大変な病気と一生闘う事は出来ないんですよ・・・と。













明日は修業式。

ユウタの小学1年生が終わる日。



思い返せば・・・色々大変な事だらけの1年だったな~。

入学してから色んな問題が勃発しまくりだった。


いつも問題が起こっていた気がするよ。

やっと1つ解決して、ホッとするとまた何か起こっている・・・
そんな1年だった。



地元の小学校のみんなも同じく修業式だから
大好きだったあのクラスへ、ユウタはとうとう戻れなかったんだね。


そんなの分かっていた事だけど
ベットで頭痛を訴えながら眠っているユウタを見ていると

何とも言えない悲しい気持ちでいっぱいになりました。







「バカ!」 ← この日の日記に書いてあった(笑

  きっと、自分に向かって書いたんだろうな(^^;





その頃は・・・

しょぼくれて、下ばかり向いてる私でした。










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[ 2008/03/24 23:59 ] 内分泌科・小児科 | TB(0) | CM(6)

春休みスタート。 


2008年 3月25日(火)

入院95日目
手術より90日
施設57日目




今日は修了式。

ユウタも小学校1学年の「修了証」と通知表(あゆみ)をもらってきました。




  病気をくぐって明るく前向きに生きようとする姿勢が素晴らしいです。
  優しい心の持ち主で、相手を思いやる事が出来ます。

  「困った事があっても泣かずに
  冷静に自分の気持ちを伝える事が出来る。」ことをねらいにしました。

  話し合いの時、自分の考えが相手に伝わらないとき
  すぐに教師に訴えていたのですが
  自分の言葉で話し合いに参加する事が多くなりました。

  この調子で頑張りましょう。
  期待しています。





先生の書いてくださった言葉を
私は何度も何度も読み返し、ユウタにも聞かせて

よく頑張っったね!よく頑張ってるね!と
ユウタの頭をゴシゴシし続けました(*^ー^*)



図工を担当してくださっている先生からも

「ユウタは本当に泣かなくなった!よ~~~く頑張ってるよ!」って
いっぱい褒めていただきました。


最初のうちは「ユウタ、泣くな!!!」って
いっつも怒っていたんだけどな~・・・と。 (え、そんなに?)

そう、笑顔で懐かしそうに語って下さいました(*^ー^*)


素敵な先生方に囲まれて過ごせていた事に
改めて感謝の気持ちでいっぱいでした。










3月27日(木)


入院97日目
手術より92日
施設59日目





今日から春休みの外泊がスタートです。(゜∀゜)ノ

11日間の外泊。
ユウタが入院してから、初めての長い外泊となります。



学校の先生に ご挨拶して
たくさん借りていた本を図書室に返しに行って

私もユウタも、これからの長い外泊に
かなりのハイテンションのまま家に帰りました。






病院を出ると坂の長いくだり道には 桜がたくさん咲いていて。


いつもは「桜、開花しましたね」って感じで
ただ、ぼ~んやり見ていた風景なのに

今日は格別の美しさ。





きれいな景色を見て感動できるという事は
その時の自分の心に「感動受け入れスペース」がないと
ちゃんと作動しないものなんだな~。

ユウタが一緒にいるだけで
普通のこと全部が嬉しいんだね。




車の窓、全開で
「ひゃっほ~~~~い♪」って叫びながら帰りました。

通報寸前の挙動不審さだったと思います。




2008年 さくら




春休みは、色々な計画をたてていました。


心の充電になるといいな。

ユウタだけじゃなく、荒んだ私の心にもね。












外泊中、大切な人たちとの再会もあり
いつものように楽しい仲間との時間もあり

今、思い起こしてもキラキラの思い出ばかりで
とても幸せな時間の中にいました。



ユウタのおかげで普通の事が何だって楽しくて

夜、布団に並んで話をしているだけで涙が出そうになって
手を伸ばせば、両側に温かい子供のぬくもりがあって

おいしいねって、普通のありきたりなメニューのご飯に
笑顔で感激のユウタを見ていると

自分のひねくれた心も解けていくような気がしました。




こういう気持ちって多分
なかなか心からは感じられないと思います。


色んな悩みは絶えないけど
将来の不安とか含めちゃったら、そんなの数えられないんだけどね。



小さな幸せをいっぱい集めたら、多分私たちって

かなり、いい感じだと思います。



強がりじゃなく。











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[ 2008/03/27 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(1)

先生との再会で。 


2008年 3月29日(土)


春休みの外泊中。

まだまだ肌寒い春の日。


おなじみの公園へ
カオリンとし~ちゃん、私たち家族で遊びに行きました。

お弁当持参で、ちょっとした お花見です。


お花見へ





今日は、保育園の時のユウタの担任の先生が
公園まで会いに来てくれました。


大好きな「てる先生」

先生の優しくて温かい笑顔は少しも変わっていませんでした。



ユウタが挫けそうになると、いつも「あきらめない」というを
言葉掛けではなく、身をもって教えてくれた先生。

ユウタだけじゃなく
私も先生には色々な事を教えてもらったような気がします。


外泊中のこの日にてる先生と再会出来た事は
ユウタにとっても私にとっても、大きな事でした。


てるせんせいと




いつのまにか・・・

たくさんの事を忘れ掛けていたんだな~。



ユウタが足の病気にまでなってしまって
私のココロも卑屈になって

毎日毎日 落ち込んでばかりで。


いつの間にか、自分にある苦しみから逃げ出したいという気持ちだけで
動くようになっていたのかな。

ユウタを想って、という事だけじゃなく。





てる先生が、ユウタを”かかとなしの竹馬”に乗せることを
絶対にあきらめなかった事。(その時の記事)←click


本当は、あの時 私の方があきらめていました。


今だって、本当は・・・

他人から「ユウタは無理だよね。」というような事を言われると
涙が出るほど、ものすご~く悔しいんだけど

本当は私の心のどこかで、うなずいていた部分もあったのです。




桜の木の下で



ちょっと寒かったけど
ベンチに広げたお弁当をみんなで食べて

やわらか~い優しさに包まれた時間を過ごせました。


先生との再会で
トゲトゲな私のココロも少しだけ丸くなったような・・・。






だからまた、てる先生に会いたいです。









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[ 2008/03/29 23:59 ] お出掛け | TB(0) | CM(1)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
ツイッターは@Na7e_

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●メールは右サイドバー1番下の
メールフォームよりどうぞ。

*evergreen***

Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


*************************

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