スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

Einstein 


2009年 1月31日放送の
T B S 『情報7days ニュースキャスター』 の小児医療特集コーナーで
小児脳腫瘍の一つとして頭蓋咽頭腫であるユウタを取り上げて頂きました。








放送直後より、たくさんの方からメールや電話を頂きました。

こちらへ初めて検索で来られた方からも温かいメッセージが届いたり
私たちは、思わぬ反響の大きさに驚くと同時に
たくさんの力を頂いています。



ライン



「小児脳腫瘍」と ひとことで言っても
その種類はとても多く、症状や治療や経過も様々です。

子供の脳腫瘍の全てがユウタと同じような後遺症で苦しむという事ではありませんが
多くの子供達は治療の後にも、更なる試練との闘いが始まります。


この世の中では小児脳腫瘍に限らず
今も、この瞬間も、辛い治療や その後の経過の中で闘っている子供達は大勢います。

その中で、昨年はNHKのニュースや番組(その映像←click)で数回と
今回はTBSの番組にて、「小児脳腫瘍」というものを取り上げてくださった事にも

そしてさらに、小児脳腫瘍の中の「頭蓋咽頭腫」であるユウタを
ピックアップして下さった事にも、本当に深く感謝しています。




病気や、その治療によって起こってしまう心や体の変化に対して
多くの誤解と偏見の目や声が届いてくる事は、よくあります。

その理由は、一つに「その病気を知らないから」という事も大きいと思います。

病気の事を理解してくれていて
それでも「偏見的な言動や行動」をとる人については
もうそれこそ、その人自身の問題であるのだと心得てから
分かって欲しいと、むきになって声を荒げる事も無くなったけど・・・。




明るい未来を信じて辛い治療を乗り越えた子供達が
その後の後遺症に立ち向かいながら、必死に頑張っている道の先に

医学とか、私たちがどうする事も出来ない部分以外のところで
改善できる事、避けられるべき事が見つかったなら

せめてそれだけは取り除いてあげたい・・・


「声をあげて届けていきたい」

今までも、そして今も・・・そんな想いでいます。




同時に、子どもの病気の中では
最も死亡率が高いと言われている「小児脳腫瘍」に対して

1日も早く 専門医を備えた治療施設が作られ
小児脳腫瘍と診断を受けた後すぐに
その場所へ患者を集められるような医療体制がきちんと整う事と
  
専門医の不足や集計不足などによって
研究の遅れや治療の格差が起こる事も無く

誰もが安心して治療の受けられる体制が
確立される事を願っています。






   みなさん、温かなメッセージをありがとうございます。

   番組をご覧になった多くの方々が、ご自身のブログなどで
   私たちの心に響く内容の記事を書かれているのを拝見しました。



   色々な事を覚悟していたけど
   でも、やっぱりこれで良かったんだと思えました。

   「アインシュタイン」で、ユウタも目を大きくして喜んでいたから(^^;


   本当にありがとう。









多くの方に読んで頂くために、人気ブログランキング参加中です。
  1日1回だけ、上の(Blog Ranking)バナーをクリックして下さい。

    ユウタの病気を広く正しくみんなへ伝えたい。
    誤解も偏見も無く、子供達が生きていきやすい未来を想って・・・。
 
 


みなさん、いつもクリックありがとうございます。
短期間であっという間に最高 3位へ行きました(;∇;)

みなさんの温かいお気持ちに、とっても感激しています。
私の知らない所で、ポチっと押して下さっている皆さんも、ありがとう。

bana-.png

  
スポンサーサイト

Lucky unchi 


昨日は内分泌科の受診日でした。

身長は1センチ伸びて、なんと体重は1キロ減っていました。
・・・・・ミラクル。


本人曰く・・・

「たぶん、ラッキーウンチが出たからだ!」

  体重測定前、自然にもよおし、イッパイ出るウンチの事(笑


ちなみに、バンザイウンチとも言います(*´艸`)




ライン




最近のユウタは軽い風邪をひく程度で
今までの経過の中では1番元気に過ごせています。

健康な人であれば軽いと言える「鼻水&せき」程度の風邪ですが
ユウタにとっては、これくらいの症状でも激しい頭痛が起こります。

先週の土曜日から、時々「頭 が痛い」と言い始めて
そのうち横になっていないとガマン出来ないほどの頭痛を訴えだしました。


日曜日は、ほとんど寝ていたんだけど
それでも激しい頭痛は治まったり ぶり返したり。

鎮痛剤で誤魔化しながら過ごしました。




月曜日の朝、「もう元気になったよ!」とユウタはニコニコしていました。

でも、これまでの様子と経験からして登校は無理だと促しましたが
本人は何がなんでも「学校に行く!大丈夫!」の一点張りで。


早退覚悟で学校へ送りましたが
やっぱり・・・すぐに学校から連絡が入りました。








我が家には、2年前我が家にやって来たトイプードル・♂のソラ
昨年末に新しくファミリーとして加わった、同じくトイプードル・♂エアの2匹がいます。

ソラ&エア

           (左がソラ  右がエア)




この2匹はケンカもよくするんだけど
気が付くと2匹が近くに寄り添って眠っていたり
1つのオモチャで、じゃれあって遊んでいたりします。

見ていると、まるでチヒロとユウタのようで微笑ましいのです。



ユウタは開頭手術をした後に
これまで持っていた性格が変わってしまいました。

そういう事を頭では、チヒロもちゃんと理解しているんだけど・・・
だけどきっと、今も戸惑っています。


それは私にもパパにも言える事で
笑っているユウタであっても、怒り狂うユウタでも

「これは本当のユウタではない」といった感覚が
正直 心の中にはあります。



だから、そのもどかしさがチヒロの中では苛立ちにも変わり
大声でユウタを叱ったり、泣いて怒り出す事もあります。

普通の兄弟ケンカも、もちろんあるけど
そうではないと感じるチヒロの叫びも聞こえてきます。


弟の病気により、チヒロの事が後回しになってしまったり
ガマンさせてしまう事も多いので、私のフォローが最も必要なんだけど
絶対に足りていないと思います。



でも、そんな反省の日々の中で時々・・・
ほんと~に時々なんだけど

チヒロとユウタが二人で狂ったように笑っていたり
仲良く遊んでいる様子が見えると、すごくすご~く幸せを感じます。


Xmasプレゼント、ありがとう!

                             Kさん、本当にありがとうございます。




チヒロは、ものすごく怖がりです。
だけど怖い話がダイスキです。

それは私も同じで、小さい時からホラーとか気持ち悪い系の映画が
たまらなくスキでした。(今も)



そんなチヒロは、怖いTVを見た後や私の怪談話(作り話)に怯えて
一人でトイレにも お風呂にも入れなくなるんだけど

そんな時はユウタがいつもチヒロを一生懸命守ってくれます(笑

チヒロも、調子よくユウタに優しくなります(笑



動機は不純だけど、チヒロとユウタが かなり仲良くなるので
私はそんな二人を見ていたいあまりに

毎晩のように怖い話をチヒロにしてしまいます・・・


いけませんね。








多くの方に読んで頂くために、人気ブログランキング参加中です。
  1日1回だけ、上の(Blog Ranking)バナーをクリックして下さい。

    ユウタの病気を広く正しくみんなへ伝えたい。
    誤解も偏見も無く、子供達が生きていきやすい未来を想って・・・。
 
 


みなさん、いつもクリックありがとうございます。
短期間であっという間に最高 3位へ行きました(;∇;)

みなさんの温かいお気持ちに、とっても感激しています。
私の知らない所で、ポチっと押して下さっている皆さんも、ありがとう。

bana-.png

[ 2009/02/06 19:50 ] 日常 | TB(0) | CM(9)

揺るぎない想い。 


この土日、ユウタは久しぶりに荒れました。

少し風邪気味ではあるものの、それ以外には体調も良くて
精神的にも ずいぶんと落ち着いてきたな~って
嬉しく思っていたのだけど。



チヒロとの、ちょっとしたケンカが発端でユウタは大興奮となり
「死んでやる!」と言い出して、6階のベランダから飛び降りようとしました。

パパも私も冷静を装いながら、追いかけてなだめても
興奮状態のユウタは本当に大変です。


本気で飛び降りようとは思っていないのかもしれないけど
勢いあまって本当に落ちてしまったら・・・・・

恐ろしくてたまりません。




日曜日の、ほのぼのとした お昼時に
ベランダで「死にたい!」と叫ぶ小学生の姿と声は異常です。

ここにだけ、恐ろしい空気が流れています。


マンション中に響き渡るユウタの泣き声。

「お姉ちゃんが悪かったから!謝るからもうやめて!」って
そのうちに、チヒロも一緒に泣きだしてしまいました。





過去には包丁を握りしめて、お腹に刃を突き当てていた事もあったし
自分の首にヒモをくくっていた事もあったし、もう色々。

ベランダへ飛び出したのも、今回が初めてではありません。

今では、このような事も少なくなりましたが
書くのに躊躇するような出来事は、これまでもたくさんありました。



最初の頃は、そんなユウタに驚いたり悲しくなったりで
私も一緒になって泣きながら、お互いに興奮して
ますます大騒ぎになってしまったのだけど

この頃は放っておくと、ユウタはすぐに我に返り
「ゴメンナサイ」って自分の行動を反省します。


あ~また、やってしまった。
また、こんな事言っちゃった。

頭を抱えて、一瞬他人のような自分の事
ユウタ自身、とっても悔しがっているのがよく見えるようになりました。





ユウタが興奮している時に発しているセリフを
後から、よくよく思い出すと

もしかしてユウタが
「いつも心に抱えているのかもしれない」と思えるような言葉が見つかります。



  なんで、病気になったんだ。
  どうしてユウタなんて生まれてきたんだ。
  病気のせいで、めちゃくちゃだ。

  この家にユウタなんて居ない方が みんな幸せなんだ。
  ユウタがいつも迷惑掛けているんだ。
  ユウタが居ると家族みんなの迷惑なんだ。

  消えたい、病気のユウタなんて消えたい。
  死んで、居なくなりたい。




ケンカの相手である、チヒロへの文句はひとつも出てきません。

「お姉ちゃんのバカ!」ではなくて
「こんな事しちゃう、自分のバカ!」という叫び。


自分で自分を否定して
怒りの相手は、いつだって”思うようにならない自分自身”なのです。








  ユウタ君は自分のやってしまっている事が間違っていると
  ちゃんと分かっているのです。

  だけど、自分で自分の心を抑えられない。

  それはとても辛い事です。


  周りの方はユウタ君の間違っている事に対しては
  その場で、きちんと叱るべきだけど

  ただ、「あなたも頑張っているよね、本当は苦しいんだよね」と
  本人の苦しみを認めてあげたうえで叱る事が大切です。





感情を抑えられなくなるユウタの言動に悲しくなって
どのように接したらいいのか、ぐるぐる迷って
診察室で先生に泣きつくと、いつも先生はこのように仰っていました。


私も時には、ユウタの頬を思い切り叩く事もあるし
一緒に涙が出てしまう事もあるし、大声で一緒に叫びたくもなるから
満点ママなんかじゃないんだけど

ユウタのお母さんは世界中を探しても私にしか出来ないって思うから
1番近くで、支えてあげたいって思っています。

これだけは揺るぎない私の想いです。




 なんで、病気になったんだ。
 どうしてユウタなんて生まれてきたんだ。
 病気のせいで、めちゃくちゃだ。



そんな、ユウタの心の叫びに答えてあげられる言葉が
今はまだ見つからないけど。






「ママ、さっきは ごめんなさい。」


ユウタが私に謝ってくるたび
本当はものすごく、切ない気持ちになります。


ママこそ、ごめんね。









多くの方に読んで頂くために、人気ブログランキング参加中です。
  1日1回だけ、上の(Blog Ranking)バナーをクリックして下さい。

    ユウタの病気を広く正しくみんなへ伝えたい。
    誤解も偏見も無く、子供達が生きていきやすい未来を想って・・・。
 
 


みなさん、いつもクリックありがとうございます。
短期間であっという間に最高 3位へ行きました(;∇;)

みなさんの温かいお気持ちに、とっても感激しています。
私の知らない所で、ポチっと押して下さっている皆さんも、ありがとう。

bana-.png

[ 2009/02/09 18:35 ] ママの心 | TB(0) | CM(7)

記憶力の回復。 


「新しい事を記憶する事が、難しくなるかもしれない。」


脳の手術を受けた後に起こり得る後遺症の一つとして
脳外科の先生から、そう聞いていました。

1度目の開頭手術後は、そのような症状も見えなかったのですが
2度目の術後には言われていた通り、それは はっきりと表れました。


2度目の開頭手術では、腫瘍を全部摘出する為に
かなり踏み込んだ手術となったので
1度目の手術と、このような差があっても不思議な事ではありません。


でも・・・

そんなふうに変わってしまった我が子の様子をそばで見ていて
どうしても、今 目の前にある現実を私は
するすると受け入れる事が出来ずに苦しみました。


本人は、もっともっと苦しかったと思います。

空腹の辛さも、体のだるさや疲れやすさも
今までとは違う自分自身の心と体も

ユウタにとって全てが苦痛だったと思います。





手術後まもなくから、しばらくの間
ユウタの記憶障害には、驚くと同時に愕然とし・・・言葉にもなりませんでした。

何とかユウタの記憶力を回復させようと
その頃、始まったばかりでユウタの大好きなレンジャーものの
「轟轟戦隊 ボウケンジャー」各5人の名前を必死に覚えさせました。


「ボウケンレッドの名前は?」

えっと・・・・・アカシ・・・?う~ん、分からない。

「明石 暁だよ~、あ・か・し・さ・と・る!覚えてね!」


1分後。

「ボウケンレッドの名前は?」

・・・・・・分かんなくなっちゃった。



病室で絵本やDVDを見せながら
こんな事を1日中、やっていたものでした。


ひどい記憶の障害は術後一過性のものでしたが
その時は、これがずっと続いてしまったらと思うと怖くて

私の自己流訓練で、どうにかならないものかと必死でした。




「お母さん、慌てないで ゆっくりね。」


そんな言葉は その時の私にとって、ただの苦痛でしかありませんでした。











もうすぐ、最後の開頭手術から3年となります。

ユウタに表れていた記憶障害は
日々の生活の繰り返しの中で、自然に回復していきました。


今、ユウタに聞いてみると
「ボウケンレッド」の名前はやっぱり思い出せなかったけど(笑


入院中、お腹がすいて苦しかった事。
看護師さんが、とっても優しかった事。
仲良しだった、お友達の事。
病院の中を色々探検した事。
入院中のシャワー浴の事。

その他にも色々・・・


あの頃、1分後には消えてしまっていた色々が
所々ではあるものの、ユウタの記憶にちゃんと残っていました。


苦しかった事ばかりではなく
嬉しかった事や楽しかった事もあった入院生活。

その両方を、覚えていました。





今でも時々、「普通、忘れないだろう」と思えるような事でさえ
ユウタの頭からスッポリと消える事があるのでビックリするんだけど

気が付くと、そういう事は めったに起こらなくなっていました。


それどころか、私のスケジュールなども覚えていて
「ママ、今日はあそこに行くんでしょう?」なんて
ユウタが教えてくれるようにもなりました。


掛け算の九九も、どれだけ苦労するのかと覚悟していたけど
思い起こせば、チヒロと同じようなペースで覚えられたし。
(7×5=30!って、それはまだ時々堂々と 間違えるけどね・笑)






ユウタは今でも確かに
新しい事を記憶する事が苦手なのだと思うけど

それが、障害として立ちはだかる壁とは感じなくなっています。


「みんなみたいに、すぐに覚えられないんだよ」

ユウタはそう言って、時々悔しがっているんだけどね。


だけど、きっと大丈夫だよ。

一体、私の どこから沸いてくる余裕なのか分からないけど
ユウタの記憶は元に戻るような気がしています。



学校の勉強とか、これからどんどん難しくなっていくから
やっぱり覚えにくいという事が壁にはなるかもしれないけど

努力でカバーできる事なんだと分かったから。



病気であっても、そうじゃなくても

誰にだって結局、努力ナシじゃ無理な事が
これからも、たくさんあるんだもんね。






「お母さん、慌てないで ゆっくりね。」

今となれば 心に響き。



調子いいよね。









多くの方に読んで頂くために、人気ブログランキング参加中です。
  1日1回だけ、上の(Blog Ranking)バナーをクリックして下さい。

    ユウタの病気を広く正しくみんなへ伝えたい。
    誤解も偏見も無く、子供達が生きていきやすい未来を想って・・・。
 
 


みなさん、いつもクリックありがとうございます。
短期間であっという間に最高 3位へ行きました(;∇;)

みなさんの温かいお気持ちに、とっても感激しています。
私の知らない所で、ポチっと押して下さっている皆さんも、ありがとう。

bana-.png

[ 2009/02/11 23:33 ] ママの心 | TB(0) | CM(4)

学年最後の参観日。 


2009年 2月18日(水)



この日は、チヒロとユウタの通う小学校で
学年最後の授業参観がありました。


ユウタのクラス



授業の内容は、チヒロのクラスもユウタのクラスも
これまで練習してきた事の「発表」でした。


子どもが2人だと、親は各教室を行ったり来たりと大変です。

チヒロとユウタに前もって発表の順番を聞いて
先に行く教室と、抜け出す時間を考えておきます。





今回、チヒロのクラスは音楽室を使用して
他のクラスよりも授業が10分早く始まるので
ユウタよりも先にチヒロの所へ行ってきました。

私がニヤニヤしながら教室に入っていくと
周りのお友達がチヒロに「チイちゃんのママ、来たよ!」と合図していました。



学校や外では、いつも周りの人に「クールだよね!」と言われるチヒロ。

・・・でも、実はそんな事はなく。


チヒロと私は家で ふざけた事ばかり言って(やって)います。

そんな家でのチヒロと、学校でのチヒロとのギャップに
母親としても吹き出すくらい おかしくて。


笑いを堪え、そして視線はチヒロから離す事なく教室内を移動していたら
立てかけてある黒板の隅に、思いっきり頭をぶつけてしまいました。


・・・教室内に響いたよ。

  「ガゴン!」  「あイタっ!」


隣のお母さんは、お腹を抱えて笑っているし
その隣のお母さんからは本気で「大丈夫ですか?」と心配されるし

チヒロは怒った顔して見ているし
チヒロのお友達は肩を震わせて笑いをこらえているし・・・


しばらくして、逃げるように音楽室を出ました(笑


 「変な事、しないでよ!」  「普通のお母さんっぽくしていてよ!」


そう散々、チヒロから言われていたのに。

帰ってからチヒロに、どれだけ叱られるのか
ドキドキでした。

・・・立場 完璧逆だよね。










それからユウタのクラスへ行くと
ちょうどこれから授業が始まるといった所でした。



ユウタの発表は、なんと「ダンス」でした。


女の子3人の中に、男の子はユウタ1人。

みんな、保育園が一緒で
小さい頃からずっと仲良しの幼なじみです。

男の子がユウタ1人でも、私には全く違和感ゼロでした。
むしろ、とても嬉しかったのです。いいメンバーだな~って。




チヒロから借りた「いきものがかり」のCDを学校に持って行って
ずいぶん前から練習していたようです。


ユウタにどんなにお願いしても、家では絶対踊ってくれなかったし
もしかしたら、なかなか覚えられないユウタが
思いっきり足を引っ張っていたのかもしれないけど

ちゃんと、一緒に踊っていました。


一丁前に、恥ずかしそうな顔して
カッコつけていました。


4人は、とにかく 何よりとても楽しそうに発表していました。





table_s.gif





私は途中から、涙が止まらなくて困りました。

デジカメで撮った動画にも
私の鼻をすする雑音が入っていて、とても耳障りです。




このクラスへ戻って来た時、ユウタはまだ車椅子で
立つ事さえも禁止の状態でした。

暑さも厳しく、毎日 保健室ばかりでした。

水泳の授業はプールサイドで見学さえも出来ず
1人図書室でプリントをしていたり

クラスのお友達にも、もちろん先生にも
色んな事を助けてもらいながらの学校生活でした。



学校から疲れて帰宅すると
家でのリハビリを嫌がって、ユウタはよく泣きました。

「だったら、やらなくてもいい!」と、私と何度も大げんかして。


それでも、早くみんなと体育をやりたい!外で遊びたい!と
ユウタが自分で自分に そう思いなおし、リハビリを続けてきました。




初めて、全体重を掛けて立ち上がった時の痛みと喜び。

数歩だけでも、やっと歩く事が出来た時の感動。


元気に、みんなと同じように踊っているユウタの姿を見ながら
これまでの「色々」が込み上げていました。









ちょっと・・・・・いや、だいぶ辛い事もありました。


今ここに書く事はユウタの辛さではなく
私の、母親としての辛さなんだけど、本当に辛い時期もありました。


周りの視線に、中には勝手な妄想もあったのかもしれないけど


「ユウタ君が普通学級でやっていけるの?」

「普通学級に戻るの?」



そういう声に、「本当」が見えなくなりそうにもなりました。

離れてしまった ママ友達もいました。






でもさ・・・。


ユウタは、ここで良かったんだ。

これからも、きっとここで
今まで以上に成長して行くんだよね。








ユウタの発表が終わり
周りへ私の涙がバレないうちにと

今度はチヒロの発表を見るため、3階の音楽室に走りました。





**********************************************************************





先生、ありがとう。

お友達、ありがとう。


その想いが、今の全てです。










多くの方に読んで頂くために、人気ブログランキング参加中です。
  1日1回だけ、上の(Blog Ranking)バナーをクリックして下さい。

    ユウタの病気を広く正しくみんなへ伝えたい。
    誤解も偏見も無く、子供達が生きていきやすい未来を想って・・・。
 
 


みなさん、いつもクリックありがとうございます。
短期間であっという間に最高 3位へ行きました(;∇;)

みなさんの温かいお気持ちに、とっても感激しています。
私の知らない所で、ポチっと押して下さっている皆さんも、ありがとう。

bana-.png

[ 2009/02/26 00:21 ] 小学校 | TB(0) | CM(6)

低体温。 


ユウタの登下校は 毎日、車で送迎しています。

車から降りて、校門を入って行く時に
ユウタは必ずこちらを振り返り、笑顔で私に手を振ります。


運転席から私は、ユウタが昇降口に入って
姿が全く見えなくなるまで見送っているのですが

ユウタもそれを知っていて
最後の瞬間に またこちらを振り返り、手を振ってくれます。





最近は、よっこらよっこら、体を左右に揺らして重たそうに歩くユウタに
ちらほらクラスメートが寄ってきて
子供達は笑顔で昇降口に入って行きます。


そんな時ユウタは
私を振り返る事も、手を振る事も忘れて

友達と楽しそうに 話をしながら消えて行きます。



私には、こういう事が何より嬉しいのです。






誰にも当たり前な日常と、その光景だから
私のような感覚は普通 持たないかもしれないけど

友だちと仲良く、楽しく過ごせる事は
勉強がたくさん出来る事よりも、とっても大切な事のように感じています。





ライン





ユウタが脳腫瘍の治療を始めたのは4歳の時。

1回目の開頭手術後は、後遺症もなく
それまでと同じような生活を送れていましたが

2度目の開頭手術後は
さまざまな後遺症を抱えてしまいました。


その一つとして、ユウタは 体温調節が苦手 となってしまいました。




ユウタの夏場の体温は、平均して39℃あります。

夏休みになって、自宅の冷房のきいた涼しい部屋に居れば
かろうじて38℃くらいに落ち着きますが、本人も辛そうにしています。


そして逆に冬は 35℃ほどの体温になってしまう事が時々起こっていました。

でも、夏のように毎日、毎日、異常な体温であるという事ではないので
ユウタの場合、「冬の寒さには結構強いんだな~」と、そう思っていました。





だけど・・・・・それは甘かった。


昨日、ユウタは学校から帰宅すると
たちまち頭痛を訴え、ぐったりとなりました。


     検温すると 32・4 ℃ (;∇;)



何度も測りなおしましたさ。


今度は右の脇!
いや、やっぱりもう1度 いつもの左脇!

体温計はデジタルなんだけど
水銀タイプのようにブンブン振ってみたり

チヒロにも測らせたり、私も測ってみたり・・・体温計のせいにしたくてね。


それでもやっぱり、どう測ってみても 何度測り直しても
ユウタの体温は32度台でした。


その間も、ユウタはグッタリした様子で横になりながら
激しく頭痛を訴えていました。





とにかくユウタの体を温めようと

部屋はエアコンとファンヒーターを使って真夏のように暖めて
ホットカーペットも温度調節は強にして

ユウタを毛布でぐるっと包んで
その上にお布団を2枚乗せました。


その間に、お湯を沸かしてホット用のペットボトルにお湯を注ぎ
わきの下に挟むための準備をしました。




それからユウタはスヤスヤと眠ってしまったんだけど

急に・・・何だか、とっても不安になって
ユウタと同じ病気の「かのんちゃんのママ」に電話しました。


かのんちゃんも冬場は時々、低体温になってしまうという話を聞いていたので
そんな時の対処法を教えてもらいました。

彼女の答えも、やっぱり「とにかく、体を温める!」というものでした。


それから、念の為に少量のコートリル(ステロイド)を服用させようと思った所で
ユウタが のそっと起き上がり

「頭いたいの、治っちゃったよ~♪」と
すっかり元気になっていました。


ついさっきまで青白かった顔も、赤みが戻っていました。



私もチヒロも、額に汗して真夏並みの部屋の中
やっと、安心できました。




********************************************************************




考えてみたら、冬の学校はユウタにとって初体験です。



1年生の時は、足の病気で入院になってしまって
寒い教室で過ごす事も無かったし。

昨年の今頃は、冷暖房のきちんと整った
院内の養護学校で勉強していました。

施設内でも、夏だけは高い体温になってしまう事があったけど
冬はそれほど苦労もありませんでした。


だから気が付かなかっただけで、ユウタは寒さにも弱いんだな~と
今回の事で、思い知らされました。






今日も元気に登校して行ったユウタなんだけど

調節できるように、薄手の上着を着用して
靴下と一緒にレッグウォーマーも。


教室内では、先生からご配慮を頂き
もともと1番あたたかい場所に机を置いてもらっているんだけど

問題は・・・音楽室やPCルーム、体育館などでの授業の時です。

最近は外での体育も、ユウタに出来る事だけは参加しているので
体育のあった日も、帰宅後は体温が低くなってしまいます。








それでも、ユウタは何ともないよ!って顔をしています。


  暑かったら、冷やせばいいんでしょう?
  寒かったら、温めればいいんでしょう?

  「だいじょぶ、だいじょぶ~♪」(by・小島よしお)・・・ってね。





「そんなの関係ね~!」とか「だいじょぶ、だいじょぶ~♪」とか

世間的には冷たい批判が多く
つまらないのは、確かなんだけど(ぷっ)


これまで私もユウタも
小島さんには大変、救われています。










多くの方に読んで頂くために、人気ブログランキング参加中です。
  1日1回だけ、上の(Blog Ranking)バナーをクリックして下さい。

    ユウタの病気を広く正しくみんなへ伝えたい。
    誤解も偏見も無く、子供達が生きていきやすい未来を想って・・・。
 
 


みなさん、いつもクリックありがとうございます。
短期間であっという間に最高 3位へ行きました(;∇;)

みなさんの温かいお気持ちに、とっても感激しています。
私の知らない所で、ポチっと押して下さっている皆さんも、ありがとう。

bana-.png




[ 2009/02/26 12:22 ] 日常 | TB(0) | CM(8)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
ツイッターは@Na7e_

Na7e_をフォローしましょう


フェイスブックへ


************************

●メールは右サイドバー1番下の
メールフォームよりどうぞ。

*evergreen***

Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


*************************

これまで全ての記事
全タイトルを表示!
ブログ内検索
カテゴリ
月別


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。