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2009年 ひなまつり。 


2009年 3月1日(日)


この日、外は風も冷たくて ユウタの低体温だけが心配だったけど
家族で平塚の公園に行って来ました。

ソラとエア(トイプードル♂)も連れてのお出掛けは久しぶりです。

チヒロもユウタも楽しくて大はしゃぎ。
そして、それ以上に犬たちも大喜びでした。


チヒロとエア


パパも私も 寒くて寒くて。

ポケットに手を突っ込んだまま、背中を丸めて歩いていたけど
「玉縄桜」という種類の桜は、もう満開でした。

桃は あちこちで咲いていました。


こう、寒い日が続くと
春はもうすぐそこ!・・・なんて実感出来ないけど
公園の木々には緑の小さな芽がたくさん出ていました。

ピンクや白の小さな花も、それはそれはキレイなんだけど
私は、この小さな緑のつぼみたちに心を癒されます。



ユウタとソラ


犬を2匹連れての外出だと、我が家の車にユウタの車イスは
スペース的に無理・・・積めません。

なのでユウタはこの日
広い公園を自分で歩くしかありませんでした。

だから、ユウタの足が痛くなったら帰ろう!という約束でした。


もっと遊びたいはずのチヒロに対しては、本当に可哀想なんだけど
寒さも厳しい日だったので、1時間半ほどで帰る事になりました。


ユウタはそれでも、結構がんばって歩きました。

もっと前から痛かったんだろうけど、遊びたい気持ちもあり
「痛い」と口に出さずガマンしている事に、私は気が付いていました。







この日。

ユウタが公園でハトを追いかけたり
ソラのリードを手に持って嬉しそうに散歩している様子を見ていて

「楽しそうにしているな~!」と感じました。


・・・ものすごく変な言い方だけど。




「こども」って・・・

悲しいときは泣くし、楽しいときは笑うし
そんな事は当たり前なんだけど

ユウタは脳の手術後から
そういう喜怒哀楽の表現にも変化がありました。


子どもらしさ、と言ってしまうと
一つにひっくるめる事は出来ないけど

今まで、すぐ近くで泣いたり笑ったり
いたずらばかりしていたユウタの子どもらしさは消えてしまっていました。


こういう微妙な変化って きっと親にしか見えない部分だから
人に説明するのは、とても難しいんだけど

隣にいるのは確かにユウタであるのに
まるで別人が居るような感覚に陥る時もありました。


にこりとしたユウタの笑顔さえも、作り物のようで・・・。

そう、ユウタはよく無理をして笑っていました。


だけどこの日 見えたものは
心の中から自然に込み上げているユウタの笑顔でした。




心も身体も時間を掛けて ゆっくりと回復してるけど
ユウタのユウタらしさも、これから少しずつ戻ってくるのかな。

そうだといいな。



桃の花




2009年3月1日


3日はパパの帰宅が遅いので
少し早めの「ひなまつり」をしました。



桜餅と おはぎ。

どっちか一つと思っていたんだけど
長い時間二つを見比べて、真剣に悩んでいるユウタを見ていたら

たまらなくなって・・・


「いいよ!両方、食べよう!」




この笑顔だけは、いつだって本物です。








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[ 2009/03/04 20:56 ] お出掛け | TB(0) | CM(7)

手をつないで。 


いつもは私が車でユウタの学校送迎をしているのですが
昨日はパパがユウタを迎えに学校へ行きました。

パパの仕事は平日休みが ほとんどなので
こんなふうに送迎を変わってもらう事が多いです。



ユウタは、ちょっと「異常」かと思うくらいパパがスキ(笑

パパは特別ユウタを甘やかしていたり、溺愛しているという事ではなく
むしろ、病気だからといって甘やかす事を1番嫌がり
普段は結構 厳しく叱ったりする事の方が多いです。


休みの日は「疲れた」とか「眠い」とか言って
ソファーでだらだらと寝てばかりだし。

それに・・・おやじギャグばかり言うので
チヒロと私からは嫌われているのですが(^^;


それでもユウタは「パパ!」「とうちゃん!」と
家ではいつも くっ付いています。



でも!

ユウタは体調が悪い時や本当にシンドイ時など
そういう「いざ」という場面では、やっぱり

「ママ、助けて」「かあちゃん、助けて」となります。


そして私はムフフと思うのです。




下校時間。




昨日は 5年生のお姉ちゃん、チヒロとも下校時間が一緒でした。

週に2日位、下校時間が二人重なるのですが
「ユウタと一緒に車で帰る?」と誘っても
友達とおしゃべりしながら帰る方が楽しいとの事で、別々に帰っていました。


昨日はユウタが教室に忘れ物をしてしまい
昇降口から2階の教室へ戻る所で、チヒロとユウタが会いました。

よっこらよっこらと、重たい足取りで歩くユウタが可哀想だったらしく
チヒロは一緒に帰る約束をしていたお友達に
「今日はユウタと帰るね」と説明して、ユウタに付き添い 教室へ行きました。



そして、しばらくすると・・・

もう、誰も居なくなった昇降口からパパの待つ校門へ向かい
チヒロとユウタが手をつないで歩いてきました。






この話を、パパが昨晩 目に涙を浮かべて話していました。


  「チヒロとユウタが手をつないで歩いてくる姿を見て、涙が出たんだよ。」




  言葉でパパは上手い事を言えないけど
  チヒロがパパの子で良かったって思ったよ。

  ユウタのお姉ちゃんがチヒロで良かったって思ったよ。

  普段はケンカばっかりだし、反抗期だし、ダメな所ばっかり見えるけど
  本当にイイコだな~って思ったんだよ。

  チヒロ、本当にイイコなんだよ・・・


  ・・・・・ぅぅぅ(涙)




「あ~、パパ泣いてる!泣いてる!」


チヒロもユウタも、私も・・・指差して笑っていたけどね。

本当は私も涙を堪えていました。




ライン




小学5年生ともなれば、小2の弟と手をつないで歩くなんて
もう「恥ずかしい!」と思うかもしれない。

ユウタの歩行ペースに合わせて、ゆっくり歩く事も
時々この私だって「もうちょっと早く歩けない?」なんて言ってしまう事も・・・。




日々の中で、チヒロやユウタから教えてもらう事の方が

圧倒的に多い、私です。










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[ 2009/03/13 12:37 ] きょうだいの事 | TB(0) | CM(12)

2009年 3月17日。 

     

       3月17日。


            私たち家族にとって、この「3月17日」という日は
            ある意味、特別な日となっています。



ベランダの春



ユウタが最後の開頭手術を受けたのは、3年前の2006年 3月17日。

あの日から もう3年経ちました。



・・・もう3年?

まだ3年?やっと3年?
私の中では色んな感情にあふれています。





3年前の手術当日、希望に満ちているとは決して言えず
重たい不安ばかりが心を占めていました。
その日の記事←Click!)

腹をくくる、という事ではそう出来ていたけど
何ともいえない恐怖が数日続いていて、そのピークが訪れているようでした。


「もしも」の事があったら・・・

すべてを置き去りにして、私も消えてしまおうと決めていました。


自分自身の事であったら、こういう感覚にはならないのかな?
自分よりも大切な存在の身に降りかかる事だからなのかな?
それが母性として遺伝子の中に組み込まれているからなのかな?

母親としては正常な感覚なのだろうか。
私だけが異常なのか。
ただ単に自分勝手なだけなのか。

答えを探している訳じゃないけど。



3年経った今、思うと
そんな事は絶対にしようとは思わないし、出来る事ではないと思っています。

多分、恐怖と不安からの逃げ道として、その場で辿り着いた
自分なりの「心の整理手段」だったのだと思います。




59.gif




手術から1年経った2007年 3月17日。
その日の記事←Click!)


ユウタは通っている保育園の卒園式を間近に控え
毎日、予行演習に頑張っていました。

手術後からずっと続いている極度の空腹感にも悩まされ
体重の増加も治まらず、体調もまだまだ安定していませんでした。


「お腹すいた~!」と言っては泣いて
「頭が痛い」と言っては寝てばかり。

どんなに頑張っても、努力しても、体重がどんどん増加していく中で
手術の前日にまだ軽かったユウタを腕に抱いた感覚だけが
私の中には いつまでも残っていて、とても苦しかったのを覚えています。





そして、手術から2年経った2008年 3月17日。
その日の記事←Click!)


ユウタは足の病気の為、肢体不自由児施設に入所していました。

施設では毎日のように問題が起こり
ユウタからも、本来の明るさが消えてしまっていました。


ユウタが病気になる前を知る人たちの中で
ぬくぬくと過ごしてきた今までの環境とは違い
厳しい現実を知る事になったのも、この頃の事です。

どうにかしたいという気持ちは もちろんあったけど
「どうせ誰も分かってくれない!」と卑屈になっていたのは確かです。

ユウタと一緒に大暴れしてしまいたいといった感情が
私の中にも常にありました。

そして、こんな事を書いていました。



     悲しみとか苦しみは残念ながら
     たった2年そこそこじゃ、癒えることもなく
  
     その時々によっては
     辛さも痛みも倍増している気がします。


     今、ユウタがちょうど入院中であるという点を
     最大限に考慮したとしても

     衝撃の診断、お子さんは脳腫瘍です・・・と言われた
     あの診察室のドアを出た時から

     今、この現在に至るまで

     一瞬たりとも


     ”心からの幸せ”を感じた事はないでしょう。







そう、あれから3年経った今も
「心からの幸せ」ってものを感じられた事はないです。

そしてこの先も、きっとその「心からの幸せ」を感じられる事は無いと思います。

これだけは、どうしてもね。



治療をして、後遺症を抱えて
少しずつは良くなったりもしていくけど

再発に怯えながら、一生その恐怖と闘いながら進んで行くしかない。


そういう全てが「全部ウソでした~!」って
どっきりカメラみたいに仕掛け人が登場しない限りは、無理なのだと思います。




ユウタとソラ。



でもね~・・・最近おもいました。

思うよりも私たち、実は幸せなんだなって。



確かにユウタが病気になる以前の
「当たり前のようにいつもあった幸せ」とは違うけど

だんだん、本当に少しずつなんだけど
「痛み」を思い出してしまう事も減ってきたし
思いつめる事も無くなってきている事に気付きました。




先日、同じ病気の子どもを持つお母さんと
夜な夜な電話で話していて・・・


 「そういえば、もう ”私、死んでしまいたい” なんて嘆く事も無くなっているね。」
  
 「私ら母が健康で長生きしなければ!と語れるようになったね。」


そんな会話がありました。




子どもを連れて心中したいとか、自分だけ消えてしまいたいとか。

そういう歪んだ感情が不意に浮かんできてしまう事を
誰に打ち明けても、もしくはここに綴ってみても

絶対「なに言っているの?」と非難されるだろうし
甘えるな!って叱られるだろうと分かっているから

なかなか本音を吐き出せる場所はないんだけど。


私には、そいういう黒くて重たい心を素直に打ち明けられる人がいてくれたから
それ以上に動いてしまう事は無かったんだな~って思います。

閉じ込めている気持ちを吐き出せた時に
そして、そういう感情が特別なものではないと寄り添ってもらえた時に
ここから抜け出そう!って、心の底から思えるようになるのかもしれないです。



気持ちを押し殺して、無理やりそう思おうとするのではなく

ごく自然に。





過去を引きずっているのは良くないかもしれない。

でも時々は痛いの覚悟で振り返ってみると
案外、今の自分が幸せであると感じられるかもしれないです。










手術から3年経って・・・


いくら願ってもユウタの前に
「どっきり」の仕掛け人が登場しないのなら

日々の中でふんわりと感じる幸せの数を全部足していけば
もしかしたら最後の最後で
誰よりも幸せだったな~って振り返られる人生であるかもしれない。

やっと、そんなふうに思えるようになってきました。

やっとね。





でも、分からない。

来年の3月17日に私はまた
どん底だ~って嘆いているかもしれないし。


何を想っているんだろうな。



3年後のユウタの想い・・・。


ユウタも何を想っているんだろうな。









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[ 2009/03/16 16:25 ] ママの心 | TB(0) | CM(5)

2009 Valentine's day & white day 


昨年のバレンタインは
ユウタが足の病気で肢体不自由児施設に入所中だったので
休日にチヒロと2人で手作りのチョコを用意する事は出来ませんでした。

女の子だし・・・チヒロがバレンタインをとても楽しみにしているのは
私にもよく分かっていましたが。


「手作りしたかった・・・」と、最初は やっぱり残念そうにしていました。

だけど家の状況を、チヒロなりにちゃんと把握してくれて
来年は必ず手作りしようね!と約束すると
それから何も言わずに受け入れてくれました。





そして、今年。

今年はチヒロとユウタと私の3人で
家中を甘い匂いでいっぱいにしながら作りました。

2009/2/14


作ったとは、とてもとても言い難い・・・

ただ、溶かして流し込んだだけのチョコです(汗
しかも毎年同じです(大汗


でも今年はほとんどチヒロ1人で作りました(*^ー^*)

チョコを刻むのも、型に流し入れるのも、トッピングでデコるのも。


ユウタはそばに立って
調理器具を渡したりするアシスタントに徹していました。

友チョコ、本命チョコ、い~っぱい作って
ラッピングもメッセージカード作りも、とても楽しそうにやっていました。


To. papa & yuta


パパとユウタにも、ちゃ~んと用意したよ。

「ホワイトデー よろしく!」って、一言添えてね。



でも、ユウタ。

今年は残念ながら・・・ママ&チヒロから以外、誰からもチョコをもらえずに
ユウタはすご~く残念そうにしていました。(ホントはちょっと泣いた・笑)


     ・・・・・それはユウタ、男を磨くっきゃないよ!









そして3月14日、ホワイトデー。


2009/3/14


かわいいプレゼントをもらえて、チヒロも喜んでいました。

チョコはユウタと半分コね。


バレンタインとかホワイトデーとか
いまいち意味の分かっていないユウタは

「いいな~、お姉ちゃんだけ・・・」
そこでまたイジけていました。(ホントはまたちょっと泣いた・笑)


     ・・・・・あのね、男の子がもらえる日では無いから!



ライン



こんなふうに、チヒロと好きな男の子の話をしながら チョコを作ったりするのも
子育てをしていく中で、あと何回くらいあるのかな。


な~んて考えると、何となく淋しくも思います。

だって、チヒロの最近の成長ぶりには私の方が驚いてしまうくらいだから。


こんな事を考えられるようになったのか~・・・。
そんな悩みを抱えているのか~・・・。

かつて幼かった頃の自分を、ふと思い出すと
そういえば、同じような事で悩んでいたよな~って、しみじみ思ったりします。




女の子って、おもしろいな。

よく分かっちゃう分、母と娘ってぶつかるんだろうな。



来年も、一緒にチョコを溶かそうね作ろうね。

来年は、ユウタにチョコが届きますように(笑








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[ 2009/03/19 22:35 ] きょうだいの事 | TB(0) | CM(11)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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●メールは右サイドバー1番下の
メールフォームよりどうぞ。

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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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