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交換ノート。 


新学期から約2ヶ月が経ちました。

ユウタの担任の先生と4月から交換ノートを始めて
そのノートも2冊目になりました。


家での様子、学校での様子、今までの事、今後の事について・・・

担任の先生と常に連絡を取り合う事が出来るので
忙しい時間の中、ノートに毎日細かく様子を綴って下さる先生には
本当に、心から大変感謝しています。


2009年 母の日。

チヒロとユウタから母の日にプレゼント(*^_^*)




ユウタは学校から帰ると、まず私へ
先生との交換ノートや、お知らせのプリント類を渡しに来るのですが
学校で問題を起こしてしまった日は何だかんだと理由をつけて
なかなか私の所へ持ってきません(笑

逆に先生に褒められた日などは、迎えに行った車の中で手渡してきます(*^^)


「今日は1日穏やかに過ごせていました!」
「今日はお友達とのトラブルもありませんでした!」
「とても頑張っていました!」


こういう事がノートに書かれる事は、まず少ないのですが
一行でも、そういった嬉しい事が書かれていた日は大げさにうんと褒めて
家族みんなで「ユウタ、すごいじゃ~ん!」と拍手しています。

病気によって出来ない事や
これまで出来ていたのに出来なくなってしまった事が多いユウタにとって
「すごいね!」の言葉が、きっとこれからの事に対して
大きな自信につながると私は信じています。




そんな中、珍しく3日くらい連続で
「問題も無く、穏やかに過ごしていました」と先生からのノートに書かれていたので
ユウタの成長なのだろうか?と、精神面での良い変化に期待した事がありました。

反面・・・きっとまた すぐに”ガッカリしてしまう事”が起こるのだろうから
あまり喜ばないようにしておこうと、自分に「保険」をかけてもいました。

喜び過ぎて期待をすると、何かあった時に想像以上に落ち込むので・・・(+_+)



当たり前だけど、私のそんな思いとは違って
その頃のユウタは自信に満ち溢れていました。

「もうユウタ、怒りたくならないようになったんだよ!」
「多分、心が治ったんだ!」


本当に、本当に嬉しそうでした。










先週の事。

ユウタを迎えに行くと、顔見知りのお友達が次々 私の車に駆け寄ってきて
「今日ね、ユウタが高い所から飛び降りようとしたんだよ!」と報告して行きました。


「そうか~、教えてくれてありがとう。」

引きつる笑顔で、そんな返事が精一杯。
本当はその時、私の手も足もガタガタと震え始めていました。



頭の中に、大騒ぎの教室と学校内が思い浮かびました。
チヒロの事も心配になりました。

「今日もケンカとかしないで、みんなと仲良くしてくるね~!」と
自信満々に校門へと入って行った、ユウタの今朝の笑顔を思い出すと
もう、たまらない気持になりました。

心に掛けていた「落ち込み防止保険」の意味は何もありませんでした。




しょんぼり顔で後部座席に乗り込むユウタ。

今日は、なかなか交換ノートを出さないだろうと思っていたのに
車に乗って早々「ユウタ、今日はいけない事をしちゃったんだ。ゴメンナサイ。」と言って
泣きながら恐るおそる私にノートを渡してきました。


私は無言で受け取り、読み終えると そのまま無言で家に帰りました。


悲しい気持と同じくらい、腹が立っていました。

ユウタに対してではなく、誰かに対してでもなく
「何なんだ、この病気!」と、ぶつけるものがない事にも腹が立ちました。



家に帰っても、ユウタはずっと私の顔色をうかがっていて
それを知りながら私も、ユウタへは何も言葉をかけられませんでした。





こういう時こそ、お母さんなんだから
自信を無くしたユウタを支えてあげるべきなのに。

ユウタだって、そうはしたくないはずなのに。

私の方こそ、感情のコントロールが出来なくなってしまっています。






後から帰宅したチヒロにユウタの事を聞いてみました。


お友達と口論になり、ユウタが2階教室の外にあるベランダから
「ユウタなんて居なくなればいいんだ~!」と飛び降りようとして
みんなが大騒ぎになったという噂を聞いたチヒロが
お友達数人とユウタの休んでいる保健室へ様子を見に行ったようです。

チヒロにとっては、こういったユウタの自傷行為の一つも 珍しい事ではないので
いつもパパや私がユウタに言って聞かせているように話をしてくれたようでした。

チヒロのお友達も誰一人、そんな姉弟に好奇の眼差しを向ける事など無く
心から心配をしてくれた・・・との事でした。



話し終えるとチヒロは何でもないような顔をして、ゴクゴク麦茶を飲みながら
落ち込んでいるユウタに一言・・・

「ユウタだってもう、反省しているんだもんね~!」

笑顔でポンっとユウタの肩を叩くと、友達と遊びに出掛けて行きました。










これまで何度も、それはもう数えきれない位「死にたい」と叫んでは
自分を消してしまいたくなる衝動を抑えられずにきたユウタ。

そんな言動の起こるたびに
家族で向き合って長い時間を掛けて話し合ってきたけど
きっとユウタの心には、ちゃんと響いているに違いないのです。



命の事、大切な命の事。

死んでしまうという事、居なくなってしまった友達の事。
隣のベットが突然なくなってしまった事、もう二度と会えなくなってしまう事。

今も病院で頑張っている友達の事。
自分を助けてくれた人が大勢いるという事。


私が言葉でユウタに伝える必要もないくらい、壮絶な環境の中で
幼いながらに色々と経験を重ねてきているユウタなのだから。





命の大切さをきちんと理解していないがために起こす言動ではなく
突発的に起こってしまった出来ごとに対してスイッチが入ると
自分では どうしようも出来なくなってしまうのです。


ユウタ・・・生きていくのが大変だな、と思う。

他人事みたいな言い方だけど
この先の人生、ユウタはとても生きづらいだろうと思います。


私は、悲観的になって落ち込んでいるのではなく
今は何の作戦も見当たらないユウタの現状をただ祈るように見つめています。




特別にHappyな事なんて起こらなくてもいいから

どうか今日という日が
ゆるりと通り過ぎて行きますように・・・。


母の日のメッセージ。




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[ 2009/06/01 14:07 ] 小学校 | TB(0) | CM(2)

フクロウとラムネ。 

   
この頃、あまり良い事が無くて。

その代わりに悪い事ばかりが次々起こっていたので
こういう時こそ笑って過ごさなきゃと、変な所に余計な力が入っちゃって・・・


悩み事がいっぱいあるような、頭カラッポのような
変な感じで過ごしていました。


不苦労。

  ( 携帯 photo )

水晶の小さい「フクロウ」の置き物は、お友達ママからのプレゼント。

      フクロウ=不苦労


不、苦労。
なるほど~!!!すごい!

「明るい未来が訪れる」という意味も持つらしく、感激でした。
プレゼントしてくれた、その気持ちに感激でした。


手のひらサイズの、だけど特大のハートをもらったような気持ちでした。








レインボーラムネ


丸い4色のコロコロは
幻のラムネとささやかれている、レインボーラムネというものです。

奈良にあるイコマ製菓本舗で製造されているのですが
関西では結構有名で なかなか手に入らないそうなのです。

味はどの色もピーチ。
これがホントに、めちゃくちゃおいしかった!

注文しても、手に入るまで1年待ちとの事です。
1年待ってでも食べる価値ありなラムネでした。

レインボーラムネ


この幻のラムネは、母親同士でも家族ぐるみでも仲良くしてもらっている
「かのんちゃんのママ」が送ってくれました。


関東と関西、距離は遠く離れているけど
いつも1ばん近いところで私達を支えてくれています。

同じ病気の子どもを持つ親同士として、いろんな話をしていても
「そうそうそうそう!!!」と共通な想いがたくさんあって、勇気づけられます。

彼女と話していると
必ず1つか2つは妄想の話へと発展してしまいます(笑
そばで聞いているパパは「なんて くだらない話を長々と・・・」と笑っているようだけど
本当は大切な事なんです(*^_^*)



******************************************************************



悪い事ばかり・・・と冒頭では書いたけど
そうでもないと、気がつきました(*^_^*)

ここには何度も書いているけど、私は人にはとても恵まれていて
いつも誰かに温かく支えられながら進めているんだなぁって思います。


すぐ近くにも、遠く離れた場所にも
古くからの友人にも、繋がったばかりの人達からも。

本当だったら気がつかないくらいの優しさにもハッと出来るのだから
幸せなんだな~ってしみじみ思いました。





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[ 2009/06/02 12:35 ] ママの心 | TB(0) | CM(8)

付き添い無しの遠足。 

   
この記事は過去(2009年4月)の日記です。
  記事をUP後、しばらくしましたら4月のカテゴリへ移動します。




       
2009年 4月16日(木)

この日、ユウタの学年は「多摩動物公園」への遠足でした。


ユウタが4歳の時に脳腫瘍を発覚して、1度目の摘出手術後は
頭に大きく目立つ手術痕以外には大きな後遺症も残らず
周りのお友達と同じように元気に過ごす事が出来ていたので
直後にあった保育園の遠足なども、母親の付き添いなく参加できたのですが

2度目の開頭手術後は、下垂体機能低下症という後遺症を抱えてしまった為
どうしても皆と同じようにはいかなくなり、遠足へも親が付き添うようになりました。



私はこれまで、ユウタの遠足に付き添う事を負担とも思いませんでしたし
こうして私が付き添う事でユウタが皆と遠足に参加出来るのであれば
そして、それでユウタが楽しめるのであれば、それでいいと考えていました。


もっともっとユウタが元気になって
一人で遠足にも参加出来るようになれたらいいな・・・。


そういった希望は抱いていましたが、いずれはそうなれると信じているので
この事に関して深刻に悩んだりは してきませんでした。




今回のユウタの遠足にも、私が付き添うつもりでいました。

坂の多い公園と聞いていたし、自力で歩ききる事は難しいだろうし
車イスを使うとしても、坂道をひとりで登る事は不可能だろうし。


でも、最初からユウタには そう伝えないでいました。

もしかしたら「一人でも大丈夫!」って
ユウタが強さを見せてくれるかもしれない・・・

そんな事を、ほんのちょっぴり期待していたからです。



だけどやっぱり・・・

放課後に時々は外へ遊びに出掛けられるようになった事や
日によっては頭痛も無く、体調が良い事に自信は付いてきていたものの
坂道の多い動物園に一人で行く事には、ユウタも不安が募っていたようでした。


「ママ、一緒に来てくれるんでしょう?」

心配そうなユウタに私は、しばらく
一人で行ってみたら?と素っ気無い態度でいました。


そうだよね、ユウタはもう3年生になったんだし
一人で行けるかもしれないよね?・・・と、意気込む姿が見えたり

やっぱり、無理かもしれないよ・・・と、自信を無くしたり
ユウタも気持ちが半分に分かれていました。


私もユウタと同じ気持ちでした。







担任の先生に会って、遠足の話をしました。

先生は・・・

 「遠足、ユウタ君はお母さんに来てもらいたいと言っていますが。」



「一人じゃ、難しいかもしれない。
でも、一人で行かせたい気持ちもあります。」

そう私が、何とも歯切れの悪い返事をすると・・・


 
  「大丈夫ですよ!ユウタ君だけで!」


担任の先生が、な~んにも心配ないですよ!みたいな笑顔で言いました。




予想外の先生からの言葉に驚くのと同時に
本当は、今にも涙が出そうなくらいに感動でした。


まだ、遠足に行っていないのに。

もう、無事に一人で参加できたかのような・・・
すでにそういう気持ちになっていました。



「大丈夫ですよ!ユウタ君だけで!」

笑顔で掛けて下さった先生の言葉が、今でも耳に残っています。








当日、バスの座席は1番酔いにくいとされる最前列にして頂き
車イスを載せて出発して行きました。

「一人で大丈夫かなぁ」って、前日の夜までユウタは不安そうだったけど
当日の朝は、とてもいい笑顔で出掛けて行きました。


私の方は送り出してみると、やっぱり不安が込み上げてきて
何かがあったら いつでも現地に駆け付けられるように準備をしていました。





結局、先生や学校からの緊急呼び出しはなく
ユウタは母親の付き添い無しで、みんなと無事 遠足に参加出来ました。

学校へ迎えに行くと 遠足から帰ってきた大勢の子どもたちの中に
車いすに乗って、ちょっぴり疲れた表情のユウタが居ました。

少し日焼けして、そんな疲れた表情の中にも
ホッとしたような笑顔がありました。




**************************************************************




親の付き添い無し、ユウタ一人で参加できた・・・とは言っても
遠足へ引率された先生がユウタの補助をして下さらなかったら
ユウタが楽しく遠足に参加する事は、もちろん出来ませんでした。


暑い日だったので、ユウタの体には相当な負担だったと思うし
長い距離も歩けないので、どうしても車いすを使用する事になります。

坂を登る時には誰かに押してもらわないと進めないし
園内に全く段差が無い訳でもありません。



だから決して、一人の力で参加できた!という事では無いんだけど
お母さんが遠足に付き添うのと、付き添わないのとでは
ユウタの気持ちとしても随分違ってくると思います。



家に帰ると「今日、遠足のときにね・・・」って
ユウタが色んな話を私に聞かせてくれました。

当たり前のそんな出来事さえも、私にはとても新鮮で
ユウタの回復や成長した部分を感じるとともに
寄り添って下さった学校側からの温かな理解にとても感謝しました。





「だいじょうぶですよ!ユウタ君だけで!」

今思えば先生も本当は
大きな不安のある中で決心して下さったのだと思います。





来年、4年生になれば宿泊での自然ふれあい教室もあるし
先々には修学旅行やスキー教室などもあります。

その時、その都度で、1番いい方法を学校の先生たちと探して
皆と一緒に、どんな事にも参加させてあげたいと
私は思っています。


出来ない事なんて無いんだ!って
ユウタが心から実感してくれるように・・・。






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[ 2009/06/03 12:40 ] 小学校 | TB(0) | CM(25)

Repeat 

     
もう、ヤダ。

ヤダヤダヤダヤダ!!!

あ~!もうやめたい。
何もかも嫌な事ばかりだ。
頑張ることも、全部やめたい。

病気のせいで毎日がめちゃくちゃだ。
辛い事ばっかりだ。いつも我慢ばっかりだ。

どうでもいい!もう、何もかも どうでもいい!

あぁ、ウンザリだ。


誰か助けて。
誰か助けてくれ・・・助けてよ~・・・・・・・・






今朝、ユウタが泣きながら叫びました。

朝食のテーブルに
毎日飲まなければいけない数種類の薬を力一杯に放り投げて。


ベランダの窓が開いていました。

近所に聞こえてしまう事を嫌がるチヒロが
少し怒った口調で「ユウタ、窓あいてるから!」と言うと
ユウタはテーブルにうつ伏せて、泣き出しました。




珍しい事でもなく、これまでも数えきれない位ユウタは
病気を憎んで、運命を恨んで
どうにもならない現状に嘆く事はあったけど

何かがきっかけとなって、ぶちキレて
思わず出てしまったこれまでのセリフとは違い
ユウタが本当に心の底から「誰か助けて!」と叫んでいるのを感じました。



少し前だったら、私も一緒に悲しくなって
泣いていたかもしれない。

そんなこと言わないで!と説教したり、叱りつけたり
思いつく精一杯の言葉で なだめたり。


でも今朝は、ユウタの叫びと私の今の思いが
ぴったりと重なったような気がしました。

ユウタの叫びに、同感でした。



「うんうん、何もかも嫌になるよね!そりゃ、そうだよ!」


ママの、いつもと違う展開に
ユウタもチヒロもフリーズ状態・・・。







本当は楽しく過ごしたいだけなのに、ほんの少しの事で
自分でも抑えられない位に感情が大きく揺れてしまう事。

仲間に入りたいだけなのに、疎ましく思われるような態度をとってしまう事。
変な奴!と思われてしまう事。

学校で、授業も勉強も、皆と一緒に頑張りたいって思っているのに
普通の事がどうにもならないくらいシンドイ事。

気持ちの問題と思われる事、努力が足りないと思われる事。

いつも頭が ものすごく痛い事。
気持ちが悪くなる事。
体がだるい事。


他にも、いろんな壁ばかりがユウタの前には立ちはだかっていて。





私達の思う以上に、すごく「頑張る」という事をしなければ
そしてそれを継続していかなければ

努力なしでも出来るような”普通の事”が出来ない。



いつか良くなる、少しずつ良くなる、だんだん良くなってきている・・・

そう言われていても
毎日の「がんばる!」という事に、うんざりしてしまうユウタの気持ちは

それで、ごくごく普通だと思います。




「家で、そうやって言いたい事を爆発させても良いと思うよ!」

だって、ママだったら、もうとっくに嫌になっていると思うし
ユウタみたいに毎日、頑張れないかもしれないよ。

病気、ホントにムカツクよね~!





チヒロも、うんうんと無言で頷いていました。

ユウタも心が落ち着いたようでした。


私も、その時は何でもないような顔をしていたけど
二人が学校に行ったあとの部屋で一人になると

ユウタの心の叫びが何度も頭によみがえってきて
繰り返し流れていました。




悔しさと怒りに満ちた顔でユウタが泣き叫んでいたのなら
その方が、まだ良かった。

これまで見た事もないような悲しい顔で
思い切り泣きながら叫んでいたユウタの言葉がずっと

ず~っと、繰り返しています。







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[ 2009/06/05 12:55 ] 日常 | TB(0) | コメント(-)

頭痛と嘔吐。 

   
「頭が痛い」と訴えて、その後に嘔吐する。

ユウタに起こる、この構図は
他のどんな事よりも 私を不安にさせます。



ユウタの脳腫瘍発覚時に、このような症状があったので
頭痛と嘔吐がセットになって表れると、今でも身震いがします。

嘔吐を伴う風邪などの場合は熱なども上がってくるので
分かりやすいと言えば、分かりやすいんだけど・・・。



この頃ユウタは、頭痛は毎日のように起こっているのですが
それに加え、時々 少量だけ吐くようになりました。

ただ、脳腫瘍を発覚する直前の嘔吐の様子は
頭を痛がっているかと思えば、いきなり何の前触れもなく噴水のように嘔吐して
その後はケロッと、何も無かったかのように元気になっていました。

だから、今の頭痛と嘔吐の様子を見ていると
腫瘍のせいで起こっているとは考えにくい!と思う反面
過去の腫瘍再燃(再発)時には、嘔吐の症状が無かったという事が引っかかっています。



頭痛は仕方ないにしても・・・と言うとユウタに申し訳ないくらい
毎日のように表れる頭痛にユウタは涙を流して苦しみを訴えているんだけど
嘔吐の原因が何なのか、ため息が出てしまいます。


でも、思えばこのように「頭痛と嘔吐」が一緒になってユウタへ表れた事が
1年前にもあったのを思い出しました。

足の病気により、半年間 入所(入院)していた「肢体不自由児施設」でも
嘔吐がたびたび表れるようになり、その頃の私も同じように悩んでいたのでした。

不安で不安で たまりませんでした。



MRI検査に異常も無く、そのため施設の看護師さんや先生たちは
「食事の際に、空気を多く飲み込みやすいのではないか」
「ゲップが下手なのではないか」と、そういった見解でした。

でも、私は「違う!」と思っていました。

ストレスなんだろうな・・・と。




時々、家でも食後にケポっと少量戻す事はあったので
最初にユウタが吐いたと聞いた時、ただ食べすぎたのではないかと思いました。

でも、食後に限らず 度々起こる嘔吐の原因を探っていく中で
頭痛や嘔吐の身体的な症状だけではなく
”心の不安定さ”も比例している事に気が付きました。


その頃のユウタには、同室のお友達や看護師さん達とのトラブルが頻発していて
パパや私からも「頑張れ!頑張れ!」って背中を押されまくっていました。

「ユウタ、頑張るね!」って、毎日のように私へお手紙を書いてくれていました。

頑張っているのに、そう出来ない自分に対してもユウタは
きっとイライラや もどかしさがたくさん募っていたのだと思います。



人に認められたくて。

人が好きだから、もっと交わりたくて。
自分を好きになってほしくて。

必要とされたくて。


そういうユウタの気持ちと頑張っている様子は
見ているだけでも辛いものがありました。








今でも。

地元の学校に戻った今でもユウタは
あの頃と同じように、自分の精一杯の力を振り絞っています。

それが周りには見えづらくて、なかなか理解もされず
努力も虚しい結果に終わる事ばかりなんだけど

 いつまで頑張ればいいの?
 いつまで苦しいの?

 もう、やめたい。



そんなふうに、自暴自棄になりかけて泣くユウタの声が
背中を丸めて嘔吐している姿から聞こえてきます。






「力」になれる事は なんだろう。

この子にとっての最善を、私はちゃんと尽くしているのかな?
尽くしてきたのかな?

応援の言葉が、時には
耳鳴りを伴うくらいに辛く感じているのかもしれないね。




「イイ子だと思われたい!」の気持ちを背中から一度下して
思う通りに動いたっていいんだよ。

そう伝えるとユウタは、私にしがみついて泣きました。



規制の部分や続けないといけない事は どうしたって止められないけど
ユウタらしさを、これ以上は失くさないで欲しい。



生きていく中で、ひとつでも多くの笑顔があふれるように。

ユウタの為にどうしていったらいいのか
岐路に立たされているような気がします。






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[ 2009/06/08 10:35 ] 日常 | TB(0) | コメント(-)

つなぐ。 

   
2009年6月6日 講演会ポスター

   

2009年 6月6日(土) 

「小児脳腫瘍の会」主催の講演会へ参加してきました。


テーマは「つなぐ」

まさに今、ユウタと私達家族の抱える問題に ぴったりな課題でした。

同じ病気と闘いながら、これまで進んで来られた方々の
試行錯誤された経験談や、またはその逆、そして問題点などを聞く事によって
少しでも何かのヒントを得られる事を期待して参加しました。




「小児脳腫瘍の会」では年に1度くらいの頻度ではありますが
様々なテーマにそった講演会を開催されています。


それぞれの分野に合わせて、素晴らしい医師や関係者を招かれ
患者と直にディスカッションが繰り広げられるので
毎回、大勢の参加者が集まるのですが

学校、教育問題である今回のテーマにも、参加者は多く
同じように悩まれている方が、こんなにたくさんいるんだという事を
まず実感しました。





ユウタは足の病気で入院中に、日本でも2か所しかないとされる
病院内に設立された「病弱・特別支援学校」に半年間 通っていた事があります。

病院を退院した時に、地元の小学校へ戻ったのですが
「地元の小学校に復学を拒否されてしまった」という話を
色々な方から聞いていたので、退院後は正直とても不安でいました。


「ユウタ君の戻る場所は、ここですよ。」

そういって、ユウタの場合
何事もなく受け入れ態勢を早急に整えて下さったので
これは「大変恵まれた例」なのだという事を改めて感じました。


でも現実には、多くの子どもたちが
「脳腫瘍治療後の子供の教育に前例が無いから」というような理由も含め
これまで通ってきた学校や、行きたいと望む学校へ通う事を拒否されています。



小児慢性特定疾患統計によると
(・・・といっても、ここに出されている数字も確かなものではなく)

小・中・高校生1000人に1人が悪性新生物(小児がん)を経験していて
この数字をぱっと見ると、そんなに多いの?と思うのですが

脳腫瘍に限定すると
小・中・高校生の約6000人に1人という確立になります。

ですから学校の先生が、教員としての一生の中で
脳腫瘍の子供に出会う確立なんて、ものすごく少ないのです。


「前例がないから」「経験がないから」

・・・そんな理由で?


とても悲しい現実を知りました。





脳腫瘍を発覚して、辛い治療にも耐えて。

お友達とも離れてしまった環境の中で、色々な不安も増して
身体的に不自由な部分も持ち合わせてしまったり。


それでも、どうする事の出来ない後遺症が残ってしまった子供たちに
もうこれ以上、釈然としない理由のもとに我慢を強いる事は
もう何とも言えないくらい、見ている親にとっても過酷です。

本人に取れば、もっともっと辛い現実に苦しむ事になるのでしょう。












独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所

ここでは、病気の児童生徒への特別支援教育として
支援冊子 「病気の子どもの理解のために」というものを作成されています。

 支援冊子・パンフレットの閲覧、ダウンロードは こちら をクリックしてください。




この支援冊子は予算の問題により、紙媒体での配布では

・全国すべての特別支援学校(1013校)に1部づつ
・全国すべての小・中学校の病弱身体虚弱特別支援学級(1008校)に1部づつ
・全国すべての都道府県の
 政令指定都市教育委員会事務局(64地方公共団体)に1部づつ
・教育機関のある病院等の医療関係者への配布に限られていますが

電子媒体(WEB場への掲載)により
教職員等が必要ページを印刷して使用できるようになっています。

6月の末には、脳腫瘍に特化した支援冊子が発表となります。



素晴らしいものが作成されているのにも関わらず
多くの学校関係者の方々が、その存在を知らずにいるのが現実のようです。

そして、この冊子は「学校関係者」だけに限らず
多くの子どもたちと、そして親の立場である方々にも見て欲しいと思います。





病気の子供が特別なのではなくて
病気になってしまった事も、特別な事では無くて・・・。


ほんの少しでも、分かってもらえる事が増えたら

今、抱えている不自由が「障害」ではなくなる事も
増えて行くのではないかと思っています。






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[ 2009/06/09 10:00 ] 小児ガン・小児脳腫瘍 | TB(0) | コメント(-)

天国の特別な子供。 


  
天国の特別な子供

作:エドナ・マシミラ/訳:大江 裕子




会議が開かれました 。地球からはるか遠くで。

「また次の赤ちゃん誕生の時間ですよ」

天においでになる神様に向かって、天使たちはいいました。



この子は特別の赤ちゃんで、たくさんの愛情が必要でしょう。

この子の成長はとてもゆっくりに見えるかもしれません。

もしかして一人前になれないかも しれません。

だからこの子は下界で出会う人々に、とくに気をつけてもらわな ければならないのです。



もしかしてこの子の思うことは、なかなか分かってもらえないかもしれません。

何をやってもうまくいかないかもしれません。

ですから私たちは、この子がどこに生まれるか、注意深く選ばなければならないのです。

この子の生涯が、しあわせなものとなるように。




どうぞ神様、 この子のためにすばらしい両親をさがしてあげて下さい。

神様のために特別な任務をひきうけてくれるような両親を。


その二人はすぐには気がつかないかもしれません。

彼ら二人が自分たちに求められている特別な役割を。

けれども天から授けられたこの子によって、ますます強い信仰と

豊かな愛をいだくようになることでしょう。

やがてニ人は、自分たちに与えられた特別の神の思召しをさとるようになるでしょう。

神からおくられたこの子を育てることによって。


柔和でおだやかなこの尊い授かりものこそ、天から授かった特別な子どもなのです。

 

 



エドナ・マシミラは米ペンシルバニア州にある
マクガイア・ホーム(障害児療育施設)のシスターです。

この詩は 日本の障害をもつ子の両親へのメッセージです。










私は根本的に、ものすごく ひねくれているので
心も荒んでいる事を自覚したうえで、打ち明けますが

「神は乗り越えられない試練を与えない」
「病を得た事にも、意味がある」

・・・などという言葉に、ものすごく反発感を持ってしまいます。



なにより私は、子供が病気であるという立場なので
今 私自身が抱える辛さなどは、本人の苦しみに比べたら大した事ではないと思うし
これこそ言われる通り、乗り越えられるものだと思えます。

だから、その言葉の捉え方もズレているのかもしれません。


ユウタが病気になった事に意味など何も無いと感じてしまうし
使命を果たす為に脳腫瘍という病気を持って生まれたとも思いたくありません。

つくづく 「神様のバカヤロー!」のみです。

そう思う以外、今の私には思う事ありません。





偶然、本当にただ偶然。

毎年必ず小児の数パーセントに発症すると言われている病気に
たまたま入ってしまっただけ。

今年は少ないとか、今年は多いとかも無く
必ず決まった確率で発症され続けている病気だそうです。



どうして?なぜ?と、さんざん嘆いたし
こんな「たまたま病気になった」という運命に悲しんできたけど

「ユウタは、何かの意味を持って病気の子供として生まれてきた」と当てはめてる事は
どうしても出来ませんでした。

それは変わらず、今も思っています。




それでも、本人のユウタにとってみれば
将来、自分の運命を恨む気持ちが救われるように

「僕が病気になった事にも意味がある。」
「僕には使命があるんだ」と思うようになったのなら
その時はじめて私にも、その言葉の意味を理解しようと思えるのかもれません。

それでも私の場合は、いつまでも
「神様のバカヤロー」・・・かもしれませんが。







でも、ひとつだけ「神様がらみ」で
そうか~!と素直に受け入れられる詩と
それに対しての、強い思いのこもった言葉を聞く機会がありました。


冒頭の「天国の特別な子供」という詩は

足の病気でユウタが入所していた肢体不自由児施設で知り合い
今も仲良くさせて頂いているママ友達から、施設退所時に教えてもらった詩です。


普段は「神様なんて、いない!」と心底思うけど
都合のいい時だけは神頼みしてみたり、私は本当に自分勝手です。



使命を果たすために、ユウタに病気を与えたという事には
どう考えても納得いかないけど・・・

でも、この詩にあるように ”ユウタが私を選んで生まれて来てくれた” というのなら
それは本当なのかもしれないなって思えます。(・・・自惚れてる?)

そして、嬉しくも思うのです。



こんなに、どうしようもない母なんだけどね。

時々、もっと心の広い、しっかり者のお母さんの所に生まれてきた方が
ユウタも幸せだったかもしれないと思ったりもするんだけど・・・


それでもやっぱり・・・
「ユウタの事を幸せにできるのは、私というお母さんしか居ない!」

そう、強く思いなおします。

そう思わなくちゃ!という気持ちでは無くて、自然とそう思います。


こういう気持ちは、我が子が病気だからと限った事ではなくて
親であれば皆、共通な想いなんだろうね。





ユウタの病気に関する事で、悩む事も不安に思う事も多くあるし
迷う事も、時々立ち止まってしまう事も、本当に色々あるんだけど

チヒロとユウタが、パパと私を選んで生まれて来てくれたお陰で
その倍以上の幸せを、二人にもらっている気がします。




***********************************************************




  「すごく大変な治療をして助かった子どもは、
  それだけで他の子どもよりも強い運をもっているんだから、
  あなたはすごい子なんだよ」





  子どもたちが私たちを選んでくれたというだけではなく、
  私たちも、この子どもたちがいてくれるからこそ幸せなんだと思います。

  お互いに「選ばれた人間」として受けて立ちましょう。






ある方から頂いたメッセージですが
何度も何度も、声に出して読み返しました。


それを聞いていたチヒロが
「そうだよ!ユウタって、すごい子なんだよ!」と、ユウタの背中をなでていました。

ユウタもニコニコ嬉しそうでした。

「受けて立つ・・・そうだね、初心に戻ってみようよ。」
パパの胸にも深く沁み入ったようでした。





全てが上手くいかないように感じて、凹み気味だった最近の私達家族を
両手で救い上げてもらったような感覚に陥りました。



忘れていたものが、たくさんあったんだね。







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[ 2009/06/10 12:17 ] ママの心 | TB(0) | コメント(-)

校外学習。 

   
先日、ユウタの学年は校外学習にて「梨園の見学」がありました。

雨で延期となり続けていたので、やっと行けた!という感じです。
水筒とタオルを持って、ユウタも張り切って登校して行きました。


あじさいの葉っぱ。


これまでも、月に1度くらいの頻度で校外学習の授業がありました。

1年生の時は私が車で連れて行きました。
2年生の時も車いすを押しながら、私が付き添いました。

3年生になってからは担任の先生からの連絡が無くなり
母親の付き添いは、なくなりました。


ユウタに聞くと「1人で大丈夫だよ!」と・・・。

無理なようなら先生から連絡が来ると思い
私は自宅で、いつ連絡が来てもいいように準備をして待ち構えていました。

それでも、学校からの連絡は1度もありませんでした。



ユウタは足が悪いので、まだ長い時間、長い距離を歩く事は出来ないのですが
下垂体機能低下症という病気の為、ただでさえ疲れやすい体です。

気温や湿度に影響しやすい傾向もあるので
暑くてジメジメした天候だと、さらに頭痛も激しくなります。

授業の、たった1時間であっても疲労は大きいのです。






ある、校外学習の日。

その日も私は自宅にて、学校からの連絡に備え準備をしていました。


ざわざわとした子供たちの声が聞こえたので 窓の外を見ると
マンションの脇道を小学生の列が並んで、ゆっくり通り過ぎて行きました。

そして、列の1番後ろには 車いすのユウタがいました。




暑い日だったので、車いすに乗っているユウタは少し斜めに うなだれていて
首から掛けたタオルで何度も顔を拭っていました。

そして、そんなユウタの車いすをクラスメートの男の子が
体いっぱいに力を込めて、押し続けていました。




日陰もなく、長い直線の一本道。

歩いている歩道は車道に向かって、少し斜めになっています。

段差だって、ところどころに出現するので
屋外での車いす介助は、大人であっても大変です。

ものすごい重労働だったりします。


そして、ユウタは大人と同じような体重なので
・・・かなり重たいはずです。



私は、その姿が 遠く見えなくなるまで
追いかけるように、ず~っと眺めていました。









帰宅したユウタに聞くと、行きも帰りも そのお友達が1人でずっと
ユウタの車いすを押し続けてくれたようでした。


そして更に驚いたのが、そのお友達の名前を聞いた時でした。

「学校で友達とケンカしちゃった。」とユウタが打ち明けてくる時に
必ず出てくる、その男の子だったからです。




親の勝手な「目」で、私はその男の子とユウタが ただ単に
「全くソリの合わない二人なのだろう」・・・と思い込んでいました。

でも実際は、ユウタが困った時に手を差し伸べてくれるのは
いつもはケンカばかりの、そのお友達だったのです。


「ユウタにはカッコいい お友達がいるんだね!」


私がそう言うと「うん、そうなんだよ~!」ってユウタは嬉しそうに
友達の話を色々聞かせてくれました。











おみやげの赤ちゃん梨。


そして、先日の梨園見学の校外学習。

ユウタは行きも帰りも、念の為に持参した車いすを自分で押しながら
全て「徒歩」で歩き切ることが出来ました。



ちょうど曇り空で、暑すぎもせず寒くもなく
天候も味方してくれたのかな。

当日の朝も、最近のユウタでは1番体調が良くて
「今日は全部、1人で歩くんだ~!」と張り切っていました。



下り坂の道は、やっぱり「あの男の子」がユウタの車いすを押してくれたので
ユウタは危険のない階段を使って降りて行けたようです。




*************************************************************




担任の先生との交換ノートに、写真が挟まれていました。


校外学習にて。


ユウタの隣には”ケンカばかり”の、だけど1番優しい彼が笑顔でいます。






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[ 2009/06/11 14:24 ] 小学校 | TB(0) | コメント(-)

脳波検査。 

   
ユウタより。


7日は私の誕生日でした。


チヒロとユウタから 花束をプレゼントして貰いました。
二人とも、お小遣いで買ったようです。

happy birthdayを歌ってくれました。

「お母さんになって、良かったなぁ」って、しみじみ思います。






梅雨の時期はジメジメしていて 気分も落ち込みやすいし
ユウタの体調も悪くなりがちなので、ますます憂鬱なんだけど

自分の誕生月なので、幼い頃は
この梅雨の季節が待ち遠しくも思っていました。


最近は見かけないけど、私の小学生時代は
小雨が降っている程度なら外で水たまりに入って泥んこ遊びをしていました。

靴を汚してしまうと親に叱られるので
裸足になってジャバジャバ入っていたのを思い出します(*^_^*)


チヒロより。


先月、ユウタは術後2度目の脳波検査を受けました。

初めての脳波検査は、いつだったかな・・・
その頃の日記を読み返さないと分からないくらい、もうずっと以前の事です。

ただ、その時のユウタは ほとんど24時間が空腹という状態だったので
検査を始めるまでも、終えるまでも、相当苦労したのを覚えています。


頭には、たくさんの線を付けて。

暗い部屋のベットに「お腹がすいた!」と、泣き疲れて
涙を流したまま眠ってしまっているユウタの姿を見ているだけで
私も滝のような涙を流しながら付き添っていました。


そんなあの頃を振り返ると
ユウタも私も・・・だいぶ回復したんだな~って思います。

今回の脳波検査は苦労する事もなく、すんなりと済んで
私も思わず、居眠りしそうになっていました。




検査の結果は「とくに異常は見られない」という事でした。

予防の為に服用している痙攣止めの薬と
きっちり「バイバイ!」出来る日が早く来るといいね。






でも・・・・・

脳波の結果に安心したのも束の間、
この頃の体調不良と重なるように、なぜか体重の方も増加してきました。


「思い当たる事は無いですか?」

先生にそう尋ねられても、私には原因が分かりませんでした。
今も分からないままなんだけどね。



食事の制限は、以前と変わらず行っているし
車イスから降りている事の多い生活になったので

むしろ痩せてもいい位なのにな。


どうしてかな。







ユウタと近所のスーパーへ買い物に出かけ
そこに隣接された「サーティワンアイスクリーム」のウィンドウ越しから

それが特別な事でもなく、普通にアイスを食べている人々の姿を見るたび
「ユウタにいつか、全種類食べさせてあげるんだ!!!」、みたいな
異常な感覚に陥ります(笑


店内のお客さんには、何の罪もないのに
私は全員を睨みつけるようにして通り過ぎるんだけど(-_-;)

ユウタは強く目を閉じて、店内を見ないようにしながら
足早に通り過ぎて行こうとします。





10月のユウタの誕生日には、もう体重の事なんて何も考えずに
ラージサイズのトリプルアイスを食べようぜ!

大好きな お友達を呼んでね。






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[ 2009/06/12 12:50 ] 内分泌科・小児科 | TB(0) | コメント(-)

尿崩症のこと・1 

   
ユウタは脳の下垂体や視床下部付近に腫瘍があったので
その腫瘍を摘出した事などにより、色々な後遺症の一つとして

尿崩症(にょうほうしょう)という病気にもなりました。



尿崩症とは・・・(以下は色々なページからの引用)

  下垂体後葉から分泌される抗利尿ホルモンの欠乏により
  尿の濃縮が障害され多尿をきたす状態を言います。

  主な症状は多尿と口の渇きで
  尿量は1日に5リットルに達する(健常児は0.5から2リットル)。

  また、皮膚粘膜の乾燥、発汗の減少により軽度の脱水症状となる。
  多尿だからといって、飲料を制限すると、脱水症状がひどくなり
  高体温や意識障害、けいれんなどを起こすので要注意。

  下垂体性尿崩症の原因としては、遺伝や、腫瘍性病変である。
  異所性松果体腫や、頭蓋咽頭腫によることが多い。

  治療としては、抗利尿ホルモン誘導剤(点鼻薬「デスモプレシン」)の投与が
  現在有効とされている。

  本人の身体の水分バランスにあった、水分摂取量を医師に診断してもらい
  常にバランスを取ることが必要とさせる。





”頭蓋咽頭腫によることが多い” ・・・そう、ユウタは頭蓋咽頭腫です。

初めて「頭蓋咽頭腫」という診断を受けた時も
医師からはすぐに、この「尿崩症」についての話を聞かされました。

頭蓋咽頭腫の多くの方が腫瘍摘出後に尿崩症となるようでした。

中には、この尿崩症の症状が腫瘍を発覚する前から表れている事もあり
尿崩症によって下垂体付近の病気が見つかる事もあります。



この病気、分かりやすく言うと・・・
短時間の間に尿が大量に出過ぎてしまう!というものです。

水分補給せずに放っておけば、死に至るほどの脱水を引き起こします。


でも、尿崩症の方のほとんどは体外へと大量に尿が放出されると
自然と喉が渇いて、ゴクゴクゴクゴクと多量に水分を摂り始めます。








治療というか、尿崩症という病気を治す(完治させる)為の薬はありませんが
この、多尿を止める薬として「デスモプレシン」という点鼻薬があります。

デスモプレシン


向かって左がチューブにより使用する点鼻薬で
右がスプレータイプの物です。

チューブで点鼻する方法は、最初とても難しかったです。

退院後、私がユウタにきちんと点鼻出来るようにと
水を使って何度も練習をしました。


チューブのデスモ。



チューブでのやり方。

上の図③のように細いチューブのメモリに合わせて
液体の薬を注入するのですが、これがなかなかピッタリ入らず
多かったり、少なかったり、空気が入ってしまったり・・・

今では私も、すっかりプロ化(笑)していますが
毎日自分で行っているユウタには敵いません。

ものすごく上手に1人で点鼻しています。




そして、下の図はスプレータイプのデスモプレシン。

尿崩症の方以外でも花粉症や鼻炎の時に、こういった点鼻薬は使用しますが
このタイプは極端な話、歩きながらでも簡単に使用できるので・・・楽です。


スプレーでのやり方。



でも、スプレータイプは薬の量を微調整出来ないので
その点はすごく不便です。

ユウタは現在、このスプレーの1プッシュ分も使用していないので
チューブタイプのものしか使っていません。








薬は、要冷蔵。

いつも我が家の冷蔵庫には、予備も含めて数本は常備されています。



 「地震などの震災時には、お財布よりも何よりも

         この、デスモプレシンを持って避難してね。」


この薬を使用し始めた頃、内分泌の先生からそう言われました。

確かに!と、思います。


震災時に避難中、このデスモプレシンが手元に無くて
使う事が出来なかったら・・・・・

多量に尿が排出され続けて、しかも水も無かったら・・・・・(+_+)

すぐに脱水を起こして、命を落としかねないです。



なので、小学校の保健室の冷蔵庫には念の為に
この点鼻薬を保管させてもらっています。

そして、毎日服用している薬も
朝昼晩の1週間分を預かってもらっています。






   ******* 「尿崩症のこと・2」へ続く *******







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[ 2009/06/15 13:30 ] 内分泌科・小児科 | TB(0) | コメント(-)

尿崩症のこと・2 

   
前回の記事 「尿崩症のこと・1」 の続き


ユウタは1度目の開頭手術後に多尿の症状が出て
入院中と、そして退院後しばらくの間は
尿崩症の薬である「デスモプレシン」を朝晩と使用していました。

でも、それは今考えると・・・薬の必要無い程度だったと思います。

確かに術後すぐでは尿崩症の症状が出ていましたが
退院の頃には多尿の様子も無くて
喉の渇きを頻繁に訴えるような事も一切ありませんでした。

何も症状が無いのに、ただ朝晩は欠かさずにデスモプレシンを使用して
1か月くらいはそのまま様子を見ていました。


「ユウタにデスモプレシンの必要はあるのですか?」

「う~ん、やめちゃおうか?」


当初ユウタを診て下さっていた内分泌の先生とは
そんな会話で薬が終わった事を覚えています。

1度目の手術後にあらわれた「尿崩症」は、術後一過性のものでした。








2度目の開頭手術後、その尿崩症は確実なものとなりました。


術後、ICUでベットに横たわっているユウタの導尿パックには
みるみるうちに、透明の尿でいっぱいになっていきました。

これでもか!って位に尿が出てくる様子を、私自身がこの目で見て
恐ろしいな・・・と思えるくらいでした。

そして、何よりも恐ろしかったのは
ICUの看護師さんがデスモプレシンの薬の説明書を読みながら
「これでいいのかな?」って感じでユウタに点鼻している事でした(-_-;)


・・・「私がやります!」と、看護師さんに手本を見せました。





それから退院まで ユウタは2カ月を要したのですが
その原因の一つに、尿崩症が大きく影響していたという事もありました。

尿量と水分の摂取のバランスも なかなか上手くいかず
それだけが原因ではないけど、血液検査などでは
ナトリウムの値も落ち着きませんでした。

精神面でも荒れにあれ、空腹感も酷かったので
このまま家に帰って 家族が24時間自力で介護する事は
とても難しい・・・という先生方の判断もありました。




退院後は先生方の心配どおり、確かに ものすごく大変でした。

精神面での事、空腹の事、そういう事を抜かして
「尿崩症」についてだけの事を思い出しても、大変苦労しました。


尿崩症の方の多くは、薬が切れて多尿の症状があらわれると
自然に喉の渇きが起こり、水分を多く摂り始めます。

でも、ユウタは手術の影響で枯渇感を失っていました。
つまり、喉が渇かなくなってしまったという事です。


ガンガン、オシッコが出ちゃっているのに、喉が乾かない!

・・・これ、致命的です。
気がつかないうちに、みるみる脱水が進行していってしまいます。



なので、出た尿の量と時間を記録して
排出されたその分だけ水分を摂らせるようにしました。

喉が渇いていないのに、無理やり水分を摂らせる事は
思う以上に難しい事でした。

大人であれば「飲まなきゃ!」という意識がきっと働くのだと思います。

でも、その時のユウタにとったら、他にも辛い事がたくさんあったので
「飲みたくないけど、飲まなくちゃいけない」という事だけでも
積み重なる辛さの中で、大きな苦痛となって在りました。





そして・・・苦労の原因、2つ目は
薬「デスモプレシン」が、なかなか効かない!という状態に陥った事でした。


当時の記録。


当時の記録を読み返すと、考えられない位の量を点鼻し続けていました。


1時間おきに、スプレーで2プッシュずつ・・・
それでも尿が大量に出て止まらない。

夜中も、オムツや布団を通り越して 畳の底まで浸み入る大量の尿。


朝起きて、隣でユウタが干からびていたらどうしよう!って
私は本気で心配していました。

夜中も2時間おきにユウタのオムツを交換していました。


みるみる増えて行く尿量に合わせて水分も摂らせなくてはいけないので
夜中、お腹がすいたと泣き叫ぶユウタに、それはもう強引に、
時にはウソをついてまで水分を摂らせていました。・・・ヒドイね。
(ウソ=「これ、薄い味だけど、おいしいジュースなんだよ!」とか・・・。)



記録ファイル。



ユウタの尿量と水分摂取量を記録し続け、そのファイルも数十冊。

小学校に上がってからは学校での記録が計れない事もあり
記録を中断していましたが、ここへきて再度記録をスタートしてみました。



毎回の血液検査では、常に脱水傾向の見える結果であるユウタ。

思えば、きっちり記録を取りながら水分量を調節していた頃は
検査結果の数値も標準に入っている事が多かったのです。








記録を再スタートする事になり 過去の記録を見返しました。

当時の苦労が走り書きの文字から、よみがえってきます。



ユウタは5歳でした。

オムツはとっくに外れていたんだけど、手術の後には
「オシッコがしたい!」とか「出た!」という感覚さえも失われていて
保育園にも紙おむつをして登園していました。

だけど少しずつ尿意の感覚は戻って
小学校入学の頃には日中パンツで過ごせるようになり(ホッとした~!)
でも ごく最近まで夜だけは紙オムツを外せませんでした。



喉も乾かない、水分も摂ってくれない、薬も効かない
尿意も無い、オムツも取れない・・・


尿崩症に関する事だけでも、なかなか落ち着く事が出来なくて
しかも、それに加えて・・・

どんどん増加していく体重の事や1日中続く空腹感、
原因の分からない頭痛の事、精神的に荒れている事なども重なり
頭がおかしくなりそうでした。




今では夜もオムツから解放されて、おもらしも無くなりました。
ブツブツ文句を言いつつも、飲まなくちゃいけない分は飲んでくれます。

薬「デスモプレシン」に関しては、難しいチューブタイプであっても
言われた量を確実に1人で使用する事も出来るようにもなりました。

尿量や水分の摂取量も、自分で計って記入しています。

夜中や朝方に、気が付くとユウタが一人 部屋の隅で
キッチンスケールと計算機を使いオシッコの量を計って
時間とともに記入をしています。


キッチンスケールと計算機。



今、それでも全ての事が解決された訳じゃないんだけど
あの頃に比べれば・・・


数冊のファイルを読み返しながら、ホントにしみじみ思いました。





6月のあたまから記録を初めて
ユウタの水分と尿量とのバランスは表の中では整って見えます。

時々、薬のタイミングがずれてしまうと
1日トータルで尿量の方が多すぎてしまう事もあるんだけど。



計測していると、数字で足りない量が分かります。

枯渇感の無いユウタには
こういう方法が、まだまだ必要なんだと思いました。


こんな今の季節でも思っていた程の高体温にもならないし
昨年の今頃だったら、もう日中で38度以上が当たり前だったかも知れません。

だけど最近はそれ程 体温が上昇する事もないので
こうやって計測していく事によって、体の水分のバランスが整えば
ナトリウムの数値も落ち着いていくかもしれないって思うようになりました。





いつもは憂鬱なのに
次回の血液検査が何となく待ち遠しいです。

これでもナトリウムの数値が異常だったら・・・先生、助けてね。






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[ 2009/06/17 15:45 ] 内分泌科・小児科 | TB(0) | コメント(-)

何のために。 

   
「ユウタの病気の事を正しく理解してもらいたい」

最近、改めて
その事の難しさを強く感じています。



分かってもらおうと、躍起になる事じたい
ものすごい「ちから」が必要です。

どんな事だって、譲れない想いを人に伝える事は簡単ではないし
中途半端に熱く気持ちを語る事なんて、出来ないんだけどね。



100%の力を振り絞らなきゃ、もちろん伝わらない。
振り絞ったところで届くかといえば、そうでも無かったりする。

想いが伝わらなくて虚しい・・・ではなく
ものすごく悔しい気持ち。



私の事ではなく、大切な子どもの事だから。

頑張って生きているユウタが隣に居るから。

ユウタは「頑張る事」をやめたりなんかしないのに
私が挫けそうになっているから。



ホントにもう、泣き叫びたい。

大の字になって、手足をジタバタさせて暴れたい。


・・・私は お母さんなのにね。






私はユウタのお母さんだから、熱く語れば語るほど
子供を思っての、お母さんよりの偏った意見の一つとして
捉えられてしまう事が多々。

医学に関する事で言うと、私の「努力」で補える部分なんて無い。

でも、それ以外の事で「努力によっては報われる所」が見つかったなら
精一杯の声を出して、遠くの方まで届けたい気持ちに駆られます。




辛い中でも、分かってくれる人が居るだけで
大きな力が湧きます。


逆に、分かって欲しいと願っている、たったの1人から
理解してもらえない事によって

「みんなが分かってくれないんだ!」という
何とも極端な感覚にとらわれるのです。


まるで、わがままな駄々っ子のようです。










最近、ここ関東地方でも天気予報では連日のように
「熱中症に注意!」と出ています。

こうやって家に居ると我が家はマンションの6階という事もあり
この時期、窓を開けて過ごしていれば風の向きによっては寒いくらいです。


でも、先日ユウタの学校に行った時
教室の蒸し暑さに改めて”危険”を感じました。

「危険」だなんて・・・大げさに聞こえるかもしれないけど
体温調節の出来ないユウタにとっては
暑い教室に、ただ居るだけでも過酷です。


きっと、勉強どころではない。
机に向かって席についているだけでも シンドイだろうな。



聞くところによると横須賀市では小学校の教室に
エアコンを取り付けて行く事と決まったらしいです。

あ~~~本当に うらやましい(+_+)





ユウタの座席横には扇風機を置かせてもらっているんだけど
あまり効果も無いようです。

もし・・・
自腹で大型エアコンを買って、教室に取り付けてもいいよ!と言われたら
何の迷いもなく、そうします。

自腹で取り付けて、電気代も払います。


注:うちはお金持ちじゃないです(-.-)










先週も今週も、ユウタの体調はずっと不調でした。

この時期、小児脳腫瘍の子どもたちは
頭痛やだるさなど体の不調を訴える事が多いそうです。


ユウタの場合はそれに加えて
心の不安定さも重なっているように思います。

確かに体調も良くないんだけど
学校へ行きたくない・・・といったユウタの様子が見え始めました。




あんなに学校が大好きだったのに。

どんなに体調が悪くても学校だけは「休まない!絶対に行くんだ!と
言う事をきかなかったユウタです。

でも、最近は頑張る事に疲れてきているのが
私にも見えるようになってきました。




今日は脳外科と、精神面を診て頂く科への受診日でした。

受診中も車いすに乗ったユウタはウトウト。
傾眠症状が、とても酷い状態でした。



頭痛い・・・

目を細めながら私を見あげ
「助けて」と呟くユウタ。


思わず困った顔をしてしまう私に

「ママ、こんなユウタでゴメンね」って。


ユウタが謝る事なんて何も無いんだよ!と
ホントは笑って茶化したかったのに
そんなふうに何か言葉を発すると涙が止まらなくなりそうで。

私が瞬き多めで下を向いて黙っていると
隣に座っていたおじさんがユウタの車いすを押して
おじさんと一緒に血圧計ろうよ!って連れて行きました。


頭痛で辛そうな顔をしながらも
優しいおじさんに応えようと無理に笑っているユウタも
私には尚更に辛かったです。






あ~・・・いつまで辛いのかな。

理屈では分かっていても、ふと思ってしまう。


  「何のために治療をしたんだろう。

      何のために手術を受けたんだろう。」





生きるため。

分かっているよ、生きて行くため。


そういう常識、理屈が根本的に分かっていないのではなく
なんの意味も持たない「なんのために?」が私の頭にうずまきます。


助けてくれた人たちの顔を一人ひとり思い浮かべて
今、私は理性を保とうとしています。






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[ 2009/06/30 23:45 ] 日常 | TB(0) | コメント(-)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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