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「きょうだい児」 


今朝チヒロに「聴いてみて」と言われて、軽い気持ちで youtube を開いた。
うまい下手は置いておいて、私は歌詞にドキッとした。


  『はじまりのうた』  作詞・作曲 チヒロ



(歌とアコースティックギターはチヒロです)



病児の「きょうだい」って、思うより、想像するより、シンドイと思う。

小さいときは「いいこ」にしていようと頑張るでしょう?
そうして大きくなってから気が付くよね、自分の色んな感情。

日々の中では、そういうものも押し殺しているのかもしれない。


いつだったか、きょうだい児についての記事で読んだことがある。

「○○ちゃんのお姉ちゃん。」
「○○くんのお兄ちゃん。」

そういう呼び方、呼ばれ方に、きょうだい児のこころは知らず知らず傷ついていくと。

ユウタのお姉ちゃんというチヒロ。
病気のユウタ君のお姉ちゃん、チヒロ。
あの、ユウタ君のお姉ちゃん、チヒロ。

そうだね、そう呼ばれることの方が多いかもしれないね。



この日、→「ユウタの110番。」

パパは仕事で不在だった為、ユウタのいる警察署へはチヒロと私の2人で行きました。

ユウタは別室で、確か女性の警察官の方と児童相談所の方と一緒に話をしていたんだけど
私とチヒロは取調室のような無機質な空間の
暗くて狭い部屋の椅子に腰かけて警察官の方と色んな話をしていました。

今までの事、普段の生活、学校での事、病気の事、いろいろ。


中年の、いかにもベテランって感じの警察官の方からは

「息子君の為にも、家族の為にも、あの子は病院の精神科に入院させた方がいいと思う。」

そういう話を、私はただ黙って聞いていました。

「入院してどうにかなる問題なら、とっくにそうしていたよ。」

そんな事を思っていたんだけど
その人にその意味を説明する気力も、その時は残っていませんでした。


そして帰り際に、若い警察官の方がチヒロに言いました。

「お姉ちゃん、あなたはもう中学生だ。あなたが頑張ってお母さんを守らないと!」

チヒロは小さい声で「はい」と返事をしていました。



「チヒロは何も頑張らなくてもいいから。おまわりさんは、ああ言っていたけど、
これ以上なにも頑張らなくていいから。自分の事だけを考えて、自分の為に頑張ればいいから。」

帰り道、車に乗ってすぐ私はチヒロにそう伝えたけど
その時もチヒロはおとなしく頷くだけでした。


もっと違う伝え方があるんじゃないか?

だけどその時の私の頭の中では、チヒロを支えるメッセージが他に浮かばず
そして今でも、なんて伝えるべきだったのかは分からないままでいます。



今だって、チヒロとユウタがケンカをすると、もう大暴れになる。
そこまで大きいのは滅多にないけど小さな言い合いなら、しょっちゅう。

でもチヒロが私に、ユウタの病気の事で愚痴を言ってくる事は、まず無いです。


昔、チヒロのお友達のママがユウタの事で
たくさん我慢しているであろうチヒロの事を心配してくれて
「うちの子に、何でも話せばいいのよ、吐きだしていいのよ。」
そう、チヒロに言ってくれたことがあって。

チヒロにも「そうしてもいいんだよ。」と伝えた事があるんだけどチヒロは

「そういう話はしたくないんだ。友達とは楽しい話をしたい。
外では楽しい事しか思い出したくないから。」

そうだね。って、私はその時もただ頷くことしかできなかったけどね。



「はじまりのうた」を聴いて、歌詞をみて
少し安心したような、本当の気持ちが見えたような、ドキドキってした。

でも大丈夫だな、チヒロ。
そうとも思いました。


「あなたのことが、とても大切。」


これを大げさなくらい、もっともっと伝えないといけないのかもしれない。

病児以上に、「きょうだい」にはね。






「はじまりのうた」

チヒロ


空にかかった虹はどこに続いているのかな
いつかたどりつけるの?そのうたの先の未来に
いつでも

きっと誰もが迷った道で
きっとどれもが正しい道で
何を選ぶのも自由だから
すこしの後悔くらい恐れずに

うたえること ここにいること 同じくらい大切だから
いつでも どこでも笑えるよに 歌っていたい ずっとずっと

夜が朝になとき 鳴り響くメロディー うたが生まれる
明日 雨が降っても そのまま進んでみよう まだ答えはない

いつから

きっとこのまま行けばわかる
きっとその先で笑ってるから
何を選ぶのも自分だから
少しの涙 いつかは輝いて

走ってみても 歩いてても 口ずさむよ はじまりのうた
それでも止まってくれない 時の中で歌っていたい ずっとずっと

うたえること ここにいること 同じくらい大切だから
いつでも どこでも笑えるよに まっすぐに
走ってみても 歩いてても 口ずさむよ はじまりのうた
それでも止まってくれない時の中で 歌っていたい ずっとずっと







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[ 2014/03/01 16:07 ] きょうだいの事 | TB(0) | コメント(-)

大丈夫という言葉。 


ユウタのMRI、とうとう今月31日だ。

あー…。


考えても仕方ない事でくよくよするのやめたい。

大丈夫だよ、というパパに『何の根拠があって言ってんの?』とか、
激しく八つ当たりする自分もやめたい。




昔、ユウタが腫瘍を再発した時.
アメリカにいる先生にメールやらFAXやら電話で手術のお願いをしたの。

そのアメリカにいる先生が、ユウタの掛かりつけ病院の脳外科教授にメール内容を連絡をしたらしく、待合室にいた私とユウタに


『あのね、ユウタ君は大丈夫ですから。
私達がちゃんとやりますし、大丈夫大丈夫。』と笑って言ったの。

教授さまが。



きぃーーーーーーーー!!!


『な、ぬぁにが、大丈夫なんですか!そっこー再発してるじゃないですか!
先生のその大丈夫って、なんなんですかーーー!』

・・・と、私は他人に対して、生まれて初めて大激怒したよ。



周りの患者さん、ポカーン。

ほらほら、モンスターだよ、ああいうのがモンスターだよ、という視線バチバチ。



それから、周りから言われる『大丈夫だよー!』が
気休めみたいな、ぺらっぺらなセリフにしか聞こえなくなったよね。



だけど日が経つうちに、心に響く『だいじょうぶ』とも出会えたりしたんだけどね。

荒んだ私を救ってくれた『だいじょうぶ』も、あります。
それは本当。

その時の記事はこちら


わたしの好きな『だいじょぶ』

いつだか、大丈夫!という言葉が大嫌いになるくらい荒んでいた自分を
救ってくれたのがこの『だいじょぶ。の本』です。

奥中尚美さんの写真も素敵で、中島 未月さんの五行の詩がとにかく温かいのです。

ぜひ。






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[ 2014/03/03 23:53 ] ママの心 | TB(0) | コメント(-)

自分への平手打ち。 


ここへ引っ越ししてきて一年以上経っているのに
しまいっぱなしの本や資料がたくさんあって、今日やっと本を棚にしまったよ。


ユウタの病気関連の資料達は段ボール二つに、ぎゅうぎゅう。

これはゆっくり整理していかないと倒れそうだ(^_^;)







チラチラと沢山の資料達を見ていたら暗い気持ちになってきた。

こりゃいかん!



私が体調崩してから、あえて避け続けてきた小児脳腫瘍関連、小児がん関連の色々。

忘れていた大事な事や物が沢山過ぎて焦るよ。


ちゃんと向き合う時期だ。今が。

そろそろ正面見なきゃね。


そう、自分で自分に平手打ちしてでも奮い立て。





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[ 2014/03/05 11:09 ] ママの心 | TB(0) | コメント(-)

母の手術。 


明日、私の母親が足の手術をする。

なのでしばらく妹と実家に通う事に。


今回は長くて三週間の事だけど
行く行くの将来は親の介護などもあるんだな…と思ったりする。


パパの両親が亡くなった時に自分の不甲斐なさに後悔しまくり
その後介護の資格を取って仕事してた。

だから、今後それをいかせたらいいな。と思う。

実の親となると、仕事の時のようにはいかないのだろうけど。

だけどもう後悔はしたくないしね。



お父さん、お母さん、いつまでも元気でいてね。





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[ 2014/03/06 11:42 ] 日常 | TB(0) | コメント(-)

幼児性。 

ユウタ、幼いなぁ…。

中学生になって、それをつくづく思う。


まあ、可愛いしね、家では全然困らないけど。

後遺症として言われていた『幼児性』が、ここへきて浮き彫りに。


同級生のお友達と放課後や休みの日に遊ぶという事は一切なし。
普段学校でも、はたしてどうなんだろうか。


休みの日には近所の小学校低学年の子が「ユウタ君、遊ぼう!」ってうちに来る。

ユウタは嬉しそうに、折り紙やゲームを入れたリュックを背負い、出て行く。

うーん・・・春には中学2年生になるのにね。





だんだん病気が良くなる、というものではなくて

年月が経つほど障害が強く見えてくるというのは…キツイ。


また新たに受け止めなきゃいけないものが増える訳だから。

せっかくアレは受け入れられたのに今度はコレか、みたいな。



でもね・・・

ユウタ君は笑顔がいいね!とか、挨拶がいいね!とか、素直だね!とか
そんな風に言って下さる方も時々いて。

ユウタの特性が良いふうに現れてる部分も、少なからずはあるんだなぁと
そうやって気持ちに折り合いを付けていたりもします。

簡単ではないけど。
何とかがんばって、気持ちに折り合いつけてますよっ。



・・・ああ。

早くユウタの部屋からエロ本出て来ないかなぁ。
iPadの履歴にエロサイト出て来ないかなぁ。

私はそんな日を心待ちしてる。

普通のお母さんはそんな事を願ったりなんてしないのだろうけど。
おかしなことだと笑ったりするのかもしれないけど。

うん、やっぱり、心待ちにしてる。





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[ 2014/03/09 19:41 ] 日常 | TB(0) | コメント(-)

3・11 


3年前の3.11。

この日はユウタの内分泌受診のため
神奈川県立こども医療センターに来ていました。




いつもどおり駐車場が混んでいて、パパと私とユウタの三人、
車中でコーヒーを飲みながら並んでたその時に揺れ始めました。

この時、横浜は震度5弱。
言われ続けてきた東海地震とやらがやってきたんだと思いました。


とっさにチヒロの事を思いました。
マンションの家具やテレビなどは、きっとぐちゃぐちゃ
犬も家具の下敷きになったのではないかと想像して、
『どうしよう、チヒロどうしよう!犬、みんな死んじゃった!』
そんな私とユウタは大パニック。

パパだけ冷静に、揺れがおさまると同時に
チヒロの中学校へ電話して、今の状況と今後の確認。

東名高速も きっと通行止めになるだろうから、
このまま受診しないで帰ろう!とも考えたんだけど
そうするとユウタの薬が足りない!

・・・と言うことで受診することにしました。ぜーぜー。


病院は地震から約10分後には入り口に緊急時センターとやらが設置されていて
院内の患者安否確認、停電確認などを始めていました。すげー。

私達が院内に入ってからも余震は かなり大きいのが次々きて
私とユウタ、いちいちパニック。

私はその頃、鬱真っ盛りだったので
普段から何日も食べていないし、フラフラでして・・・。

看護師さんに支えられて『大丈夫、大丈夫、お母さん大丈夫よ』なんて
頭をなでなでしてもらっていたくらい腰抜けでした。ああ恥ずかしい。

私はとにかく『チヒロが死んだかもしれないーーー!』
・・・って号泣していたそうです。(パパ談)

院内の看護師さん、とにかく冷静。
いつも以上にニコニコ笑顔で接してきて、泣いてる患児達のサポートにあたってました。
(泣いてる大人、私だけ…)


『まぁ とにかく、今後薬の在庫が足りなくなる可能性もあるから多めに出しておきますね。』と。

この時たくさん出してもらっていて良かったです。
ユウタの薬を生産している工場が東北で被災してしまい、
その後しばらく薬が足りない状況にもなりました。


さあ、帰り道。
やはり高速道路はすべて通行止め。
信号も消えていて一般道路はクラクション鳴りっぱなしの大渋滞。
チヒロは自宅でひとりぼっち。
余震の中、あの部屋でどんなに心細かったか…。

電話もメールも無理。
繋がるのはツイッターだけでした。
ママ友でTwitterアカウントを持ってる人に自宅周辺情報やチヒロの学校の事などをやり取りし、そこでやっと、なんとなくホッとしました。

渋滞の中、ツイッターのTLには悲惨な情報が次々流れ
最初はまた誰かの嘘やデマか?と思いました。
だけど流れてくる映像や動画を見るうちに『現実なんだこれ』と、震えましたね…。


結局、自宅に着いたのは22時。
軽めの帰宅難民でした。

チヒロは散乱した物達を片付けてテレビを見て待っていてくれました。
犬も無事!
もう、そのまま玄関にしゃがみ込むくらい安堵しました。

しばらくして計画停電も始まり
まだ寒かったので低体温になるユウタが、とにかく心配でした。
買い物に行っても世間では『買いだめ』が始まっていて、物が無い。

そんな時にユウタの病気仲間や遠くに住む友人達が
沢山の食料や電池やロウソクなどを送ってきてくれました。
みんな本当にありがとう、一生忘れないわ。





3年後の3.11。

今日も3年前と同じように、ユウタの内分泌受診のため、この こども病院にいる。

なんかね…色々思い出しました。

今日は空を見ても、あの日と変わらない、澄んだ青空でした。









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[ 2014/03/11 21:42 ] 日常 | TB(0) | コメント(-)

2014年「3月17日」 


今日は3月17日。

私にとってはね、かなり特別な日です。

『私にとっては』ではないね。
『家族にとっては』が正しいね。

3月17日はユウタが8年前に
2回目の脳腫瘍摘出手術を受けた日です。

あれから、もう8年。
あれから、まだ8年。

どちらとも言えないな。
長すぎる日々だったような、ここまであっという間だったような…。


8年前の手術でユウタは命を救ってもらい、その代償として
ユウタ本人はもちろん、家族である私達としても
かなり大きすぎるモノを受け取ることとなりました。

何よりも
『ユウタの頭の中にある腫瘍を全て取り除いて欲しい!』
という一番の願いを強く訴えたのは私達なのです。
だから、術後どんなに重い後遺症を持ったとしても
受け止める覚悟はしていました。

病気を発覚した当初は訳も分からず、医師の優しく噛み砕いた説明を理解する事さえ困難でしたが、2回目の手術を受けるまでは昼夜問わず無我夢中で病気を調べてきたので、どんなに厳しい状況が待っているのかは想像出来ている、つもりでした。

そうです、ただ『つもり』になっていただけです。
現実はね、厳しかった。
今考えると、かなり甘かった。

ユウタに残った後遺症は私達が想像していたものをはるかに超えていました。
術後は毎日が『そこまでヒドイ?』の連続。
でもその、そこまで?の状況は8年経った今でも、ちょこちょこと受け続けています。

病気は手術をして腫瘍を取れば終わりという事ではなくて
後からだんだん目立ってくる後遺症もあり
受け入れなくてはいけない事は成長と共に次々に現れます。

やっと、この後遺症は受け入れられたのに、今度はこんな事が…と
試練のような後遺症は容赦なく出現します。
じわじわ、やめて欲しい。ホント。
しかも、再発の恐怖も一生抱えて生きていく…もう、どんだけ。


このブログには『3月17日』の事を私は毎年のように
区切りとして綴り続けてきたと思うけど
あまりにもユウタの調子の悪かった時期は書いてないかもしれない。

ビビりの為、私は自分のブログを読み返す事が出来ないので分からないけど
多分たくさんの『3月17日』というタイトルの記事があると思います。





なんかね、頭の中だけで思い返すと
なぜか毎年3月17日って、いつも素晴らしい晴天だと思う。
今日の空も、とても気持ちよかった。
1番の記憶にある8年前の手術の日も
美しすぎる青空と怖いくらいキレイな夕焼けだったのを覚えています。


こんな事を書くと、ヒドイ親丸出しかもしれないけどね
8年前の手術で、あの日、手術室に行く前、私の腕の中に居たユウタは
あのままどこかに行ってしまったような気持ち・・・
それはまだ続いています。

容姿も性格も、術後はまるで別人になってしまったからね。
私にはユウタが2人いるような感じなんだよね。

だけどそろそろ。
私はもう、ここにいるユウタを受け入れなくてはいけないね。
だって、それが出来ていない私の心をもしユウタが知れば
誰よりユウタが苦しいくらい悲しむだろうからね。
ごめん。本当ひどいお母さんだね。

ただね!
昔のままの優しいユウタが消えなくて良かった。
優しいユウタが残っていてくれて良かった。そこはホントに良かったよー!


さっき夕飯の時に、ユウタに話してみたよ。
『今日って8年前にユウタが頭の手術をした日なんだよ?』
ユウタはね、具合が悪かったというのもあるけど、こう言ってた。

『あの日、手術なんてしないで、そのまま死にたかったな。』

なんて子どもなの?
なんて事言うの?

そう思う?

でもねー、現実。これが。
美しい闘病ドラマなんかじゃないの。

生きてるだけで、すんごい辛いから、弱音も吐くよ。
あなただけが辛いんじゃないとか、そういうのも知ってる。
生きたくても、それが叶わなかったユウタの仲間も沢山いる。
何も知らなくて言ってる事ではないし、反抗期とかの種類とは違うんだよ。

世の中は、それでもと、頑張る姿に涙するし
こういう子どもは24時間テレビ的にはNGかもしれないけど
こういう予後の小児がん患児もいます。

ユウタが今の苦しみを『死にたかった』と表現したとしても、
私はもう前みたいに泣いて、叱って、なだめたりはしないです。
確かにその言葉に慣れたりはしないけど
こころを抑え付けずに、ただ聞いてあげることしか出来ないからね。

『死にたい?まぁ、そりゃそうだよね。』

共感してあげるだけ。
それでユウタがほんの少しだけ心が軽くなるんなら、私が聞いてあげる。
母さんにだけ、打ち明けな。
聞いてあげる。

それにしても親がしてあげられる事って少なすぎる。無力だ。

今も布団に寝転がって「死にたいよ」ってユウタは頭を抱えて泣いてるよ。
頭が痛いんだって、とっても。
死んでしまいたいって思うほど痛いんだって。

今日はそんな8年後の3月17日です。


来年の「3月17日」って記事も、書くのかな?・・・私。
もし書くのなら・・・
もう少し、いい展開を綴れますように!






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[ 2014/03/17 20:54 ] 日常 | TB(0) | コメント(-)

ユウタの作文。 


中学生の作文には見えないかもしれないけど
大切なことは書かれていると思ったし
心の大切な部分は壊れてなんかない!と母さんは思ったよ。




1年1組 冨塚優大

ぼくは、4才の時に脳腫瘍という病気が見つかり二度の手術を受けました。
そのため色々な後遺症が残ってしまいました。
目に見える障害 見えない障害がたくさんあります。
そこで分かった事があります。
世の中には見た目では分からないけれど
辛い思いをしている人がたくさんいるかもしれないという事です。
だから、ぼくは、もしかしたら、あの人は
こまっているのかもしれない、辛いのかもしれないという想像力を持って、
人と接するようにしていきたいと思いました。
世の中の人々がみんな思いやりの気持ちを持って
支え合える社会になればいいと思います。






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[ 2014/03/25 22:28 ] 中学校 | TB(0) | コメント(-)

高次脳機能障害での検査&リハビリ入院。 

今日は、この先生の所へ行きました。

神奈川県総合リハビリテーションセンター小児科部長
栗原まな先生。

高次脳機能障害の子どもを持つ親たちには、とても有名な先生であります。

IMG_1497.jpg


行かなきゃ、行かなきゃ、と思いつつ6年ほど経過・・・。
色々ありすぎてな~。(言い訳)

先生の受診では、これまでの経過を伝え
その後は細かな診察、問診等で1時間ほど。

先生は・・・

「うん大丈夫、良くなるよ!生きやすくなるよ!

完璧に治るって事ではないけど。

でも外来でどうにかなる問題ではないね。入院して頑張ろうか?」



ユウタはここへ4月から約2ヶ月位入院して
検査やリハビリ受ける事にしました。




栗原先生とは今まで何度かお会いしていて、
小児脳腫瘍の会でも講演会をお願いしたり、
ユウタのことも個人的に相談にのってもらっていたのですが
やっとやっと、本格的な受診となりました。

早よ行けよ!といった感じではいたのだけどね。
栗原先生から「MRI持って、受診においで!」と言われてから
ずいぶんと経ってしまいました。


うちは運良く、この病院まで車で25分くらいの距離だから楽なのだけど
北海道から九州まで、全国の色んな所から小児の高次脳機能障害の子どもたちが詳しい検査やリハビリのため、入院しているとの事でした。
(成人もあります)

お父さんは仕事のため、自宅に。
お母さんはウィークリーマンションを借りて、近くの幼稚園に下の子を転園させたりなど、本当に経済的にも肉体的にも精神的にも大変な現状が、そこにはありました。

小児の入院リハビリ施設は日本ではここだけらしく
全国から集まるという事でした。



あああああーーーーーー!ユウタごめん。
もっと早く行ってあげていたら、苦しみも少なかったのかな?と
母さん、ものすごく後悔してるよ。

入院と聞けば、ユウタが大拒絶するかと覚悟しての今日の受診。
でもね、そうじゃなかったよ。

最初は『え?入院?』と、ダメージ受けてたけど
先生の話を聞いてるうちにユウタの目がキラキラ。

『俺、治るの?』の期待に嬉し涙していたもんね。

だから、ユウタも諦めてなんかいないんだよ。
本人が1番苦しんでいるんだよね。
苦しんで来たんだよね。


ソーシャルワーカーさんとも、入院の病棟見学や院内学級の話、
それから親の気持ち、きょうだいの事、悩んできている事、患者会の事、
私の現状など、本当にいろんな話をしました。

それがね、なんていうか、今までにない理解度。
思いがすんなりと伝わるの。
こっちが詳しく説明しなくても
ユウタや家族みんなの困りごとや親の思いが、気持ちいいくらい簡単に伝わるの。

今までは、うまく伝わらなくて、本当にもやもやしてきたし
医師から見放されたり、病院から(分かりやすく言えば)追い出されたりしてきたので・・・本当に救われた思いでした。


栗原先生との診察中に、親の事についても色々質問があって

「お父さんは、健康ですか?」
はい。

「お母さんは、健康ですか?」
・・・はい、でも、鬱病です・・・。

「鬱ね、はい。そりゃそうよ、辛いに決まってるもの。
あ、でも大丈夫、みんなそうだから。そんな人たちばかりだから安心して!」


う・・・・・涙。
うんうんうんうん、安心したよ先生~!

「お母さんが元気じゃないと!」
「お母さんが頑張らないと!」
「お母さんがしっかりしないと!」
「お母さんがダメになっちゃったら、大変だから!」

・・・とかね、ここでは言われたりしないんだな~!

「お母さんが!」の言葉の重い事、重い事。

そういうのが無いのね。
なんて素敵な病院と環境なんだ!



鬱になって、今までは
「頑張らなくてもいいんだよ、今はもう休憩しなね。」って言われてきたけど
ここへきて、もうその期間は終わったんだなと自分で思ったよ。

頑張りすぎて、またぶっ壊れるのだけは避けなくちゃいけないけど
子どもの事でどうしても踏ん張らなくちゃいけない「事」と「時」は確実にあって、それが今なんだと思う。

そうだよ、ユウタが脳腫瘍だと分かった時や
腫瘍が再発した時や、薬の副作用で足の病気になって長期入院した時などなど
自分でも驚くぐらいの力わいたりして、頑張れたんだから、今だって出来るはず。

頑張るな!の今の時代でも、頑張れよ!が本気で必要な時もあるんだよね。


先生の「だいじょうぶ、良くなるよ、生きやすくなるよ」の言葉はとても嬉しくて
今でも私のこころの深いところで温かく光ってる。
久々に希望がわいたよ。

でも、あまり大きく期待したりするのはやめとこう。と、思う。
ダメだった時の衝撃を軽くする為に、こんなふうに心に保険をかける癖は
この先もずっと続いてしまうんだろうね。笑







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[ 2014/03/26 17:01 ] 高次脳機能障害での入院 | TB(0) | コメント(-)

「1年おきでも、いいんじゃない?」 


ひゃっほーい♡

ユウタのMRI、経過良好だったー!



今日は特別、ユウタのキャラメルフラペチーノにハチミツたっぷりを許す!
私はダークモカチップフラペチーノにココアパウダーたっぷりを許す!
寒い!笑


次回のMRIはどうする?って先生に聞かれてね、
『もう8年経つし、半年ごとのMRIではなく、1年おきでも大丈夫かなぁ?』と私が聞いてみたら

『そういう時期だねー、1年おきでも いいんじゃない?』って言われたけど、やっぱ小心者なので9ヶ月後に予約した。
冬休みに合わせて。


『1年おきでも、いいんじゃない?』


すんごい嬉しくて、今ごろジワジワきてる。

な、長かった…
やっと、ここまで来たんだなーって、しみじみ思ったよ・・・






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[ 2014/03/27 15:16 ] 脳神経外科 | TB(0) | コメント(-)

ネットワークの大切さ。 


ユウタの高次脳機能障害による暴れ具合が酷くなり、
私も鬱がぐんと悪化して・・・
それからあえて距離をとってきた、小児がん、小児脳腫瘍関連の仲間達。

二年か三年くらい距離とってたかな…。

しかーーーし、ユウタの中学卒業後の進路などを決める時期にきて焦りだし、自分勝手は承知で皆に連絡してみたよ。

そしたらねー、みんなスゴイわ。

『鬱?当たり前当たり前!やる気になったなら、一緒にやったるで?』な勢いで、沢山の人が手を差し伸べてくれた。

私から離れてたのにだよ?
何この展開。



やっぱりネットワーク大事だわ。

強い味方たくさん、いるじゃんかー!
何をしてたの私は!と、嬉し泣きと反省。

病気発症から13年経つ息子さんを持つ先輩ママと話していて
『あんた何言ってんの?私なんて13年経っても受け入れられてなんかないから!当たり前だからそんなの!』

ダメダメな自分が、やっと心底、当たり前に思えたんだよねー。
そっか、別に受容しきれてないまんまでも進めるのか…てね。

てゆーか、『受容』って言葉じたいが私は大嫌いなんだな。
ちっ!って思うもんなー。私はね。

そんな人も、実はたくさん居るって事だ。


私も、いつかは
「あんたと繋がっていて良かったわ!」と思われる様な人になりたい。

繋がりに、改めて感謝しています。

みんなアリガトウ!愛してるわ♡







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ユウタの病気を広く正しくみんなへ伝えたい。
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[ 2014/03/29 17:15 ] ママの心 | TB(0) | コメント(-)
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ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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