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術後のHCU 。 


13時57分に手術室へ入り

3時間後。




執刀して下さった整形外科の先生が
ユウタのレントゲンを持って、待合室へ来られました。



「今、手術は無事に終了しました。」


パパも私も、ようやくホッと出来た瞬間でした。






先生は手術後に撮影された
ユウタの足のレントゲンを私達に見せながら
詳しく説明して下さいました。



「こことここがズレないように、ちゃんと止める事が出来たましたよ。」




よかった・・・。


ユウタ、本当に頑張ったね。




安堵感と同時に、私の頭の中では


「こんな所にまで、人造物が入ってしまったんだね・・・。」


「なんて痛々しいんだろう。」



骨から骨へと残酷に突き刺さった
ボルト状のスクリューを

憎たらしい思いで見つめていました。


「かわいそうに・・・。」



 


 



痛かっただろうね。



降りかかった運命そのものには

ユウタの落度なんて一つもないのにね。



 






それから術後の処置に30分以上掛かり

ユウタがストレッチャーに乗って
手術室を出て来ました。



「ユウタ、頑張ったね~!」



声を掛けても、まだ虚ろで
痛みに顔もゆがんだままでした。





「痛いよ~!」って泣けるくらいが
元気な証拠だと思います。


どうしたって、痛々しいユウタの姿に
どんどん涙は出てくるけど

そんなふうに思えるようになっている自分は

確かにずいぶんと
強くなって来たのかもしれないね。



 



ユウタはそのままストレッチャーに乗って

ICUよりも軽い症状の子供達が入る
「HCU」 という場所へ移りました。




ジイジとバアバを含め、私達は別室で待たされていたけど
パパも私も心配でたまらなくなり

HCUの自動ドア前で中を覗き、聞き耳を立てて
「中へどうぞ!」と呼ばれるのを
ずっと待っていました。



やっぱりユウタの叫び声は


ガラス越しにも大きく聞こえてきました。





「痛い!痛い!痛い!」


「痛いよ~!」




「誰か、助けてよ~・・・。」


 


 


 


中へ入れるまで
ずいぶん待ったような気がします。


看護師さん達が数人掛かりで
ユウタのトランスに手こずっていたのが伺えました。





 


 




 


術後の血液検査で、Na(ナトリウム)は数値で135。


優秀な数字です。



ですが、普段が160という高すぎる数値のユウタにとっては
普通の人の値、135では低すぎるかもしれないと
内分泌の先生は心配そうに、そう仰っていました。


手術前に結構水分を摂った事もありますし
術中にも点滴で、かなりの量を入れていたようなので

今度は脱水とは逆の「水中毒」を心配していました。



なので、この時点で点滴のデスモはストップ。


点鼻のデスモを使用して行く事にしました。






薬によって抑えられる痛みの場合は
積極的に薬を使用します・・・と、術前から説明がありました。



なるべく痛みからは解放してあげたいという考えなのか
それが小児の治療にとっては当たり前の事なのか

素人の私達には全く分からない事ですが。


今回、こども専門の病院にいる先生と看護師さんに
全ての信頼をおき、お任せしていました。





ユウタが脳腫瘍だと分かってから
その後すぐには色々と調べたり出来ませんでしたが

しばらくすると調べずにはいられなくなり
「先生に全てをお任せする!」というスタンスではなく

「先生と一緒に最善を目指したい!」という姿勢に
私達は変わって行きました。




病気の知識を出来る限り得て
お任せではなく、一緒にやって行きたいと思ってきました。


 


大変オコガマシイ事のように聞こえるかもしれませんが

ユウタのような疾患は個人差もあって
ある意味”家での主治医はお母さん”だったりします。


 


 


 


そんな私達が病院の方々へ信頼を置き
安心してユウタを見守り続けられた事には

ホント、助かりました。



信頼のもとに繋がった
安心感がありました。


 


私はとても疲れていたけど

安心していました。


 


 




 


 


個室に移動後は母親が24時間付き添えましたが


ICUやHCUなどで付き添いが出来るとは
思ってもいませんでした。



でも、こちらの病院では付き添いが可能であると知り

急遽、私がそのまま付き添う事になりました。




簡易ベットを借りてきて
ユウタのベットサイドに寄せました。


術後なので点滴や導尿のチェック
サチュレーションの電子音などで
当たり前ですが、眠る事は出来ませんでした。



ユウタは普段の10倍以上のステロイドを点滴していた事と
夕飯も食べていないので、ものすごい空腹でした。


暴れはしないけど
きっと痛みが無かったら

ドタンバタンとベットの上で
泣きながら騒いだと思います。


 


手術が終わってから、麻酔がきちんと切れて
お腹が働き出したら夜ご飯が食べられるからね・・・と聞いていたユウタ。


残念ながら、なかなか腸の動きが確認出来ず
翌日までは水分も少しずつでしか摂れない状態でした。


 



痛みを訴えつつも、空腹の方が勝っている感じ。


「痛いよ~、足が痛いよ~!」


「お腹すいた~!!!」


15分おきに泣いていました。


 


看護師さんが痛み止めの座薬を使用して下さり
そこから少し落ち着いて眠っていましたが

大きな電子音に起きてしまったり
やっぱり空腹だけは苦しく付きまとっていたので

0時から早朝5時位までは
ユウタもずっと焦れていました。


 


 


 


 


 


朝食は朝7時に運ばれてきました。


時計を見ながらのカウントダウン。


 



長い夜でした。




 


**********************************




思い起こせば、そうだ!


前回のXmasもユウタは
入院していたんだ。
(click!)


何だろうね・・・。


神様もいなけりゃ
サンタさんもいないのか!




今度のXmasこそは
本当に素朴で構わないから

家族揃って
笑顔でいたい。


不二家のケーキと
手抜きのお惣菜チキンでも
全然いい。


子供達は、お子様シャンパンで

パパは発泡酒と
ママは安いワイン。



 




普通の生活を過ごしながら

当たり前な幸せの中でいたい。







 


 




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*evergreen***


 

[ 2007/12/26 23:59 ] 足の手術 | TB(1) | CM(4)
v-22がお様

がおさん、初めまして。
訪問、コメントをありがとうございます。

>去年、二歳の娘が肺炎ですが入院しまして。
>その前は気管支炎で入院。今は中耳炎がずっと治らず、通院の毎日です。
>ユウタ君に比べれば本当に普通の病気で。
>なんてことはないんですが、入院にずっと付き添っていて、誰もいなくて娘だけが苦しそうで。

>その肺炎が、またごくまれな細菌だったらしく
>「あと少し遅ければ今ここにいなかったかもしれません」と言われた先生の言葉を
>思いおこしました。

ユウタもまだ0歳の頃と1歳の時に肺炎で2回入院した事があります。
病気の重さや軽さには関係なく、やっぱり入院は親としても辛いものがありますよね。
付き添いの出来ない病院だったので、毎晩ベットへ拘束してから返っていた日々を
私も今、思い出しました。
「稀な細菌」とは・・・本当に恐ろしかったでしょうね。

>パパもおらず、仕事をしながら子供と三人の日々で娘の体調に関して
>いつ病院に行くか。という判断を私一人でしなければならず。

我が家にはパパが居るので、私は今、とても安心していられるのだと思います。
もし今パパが居なかったらと考えると、それだけでもとても不安になります。

がおさんがお仕事もこなし、一家を支える身として頑張られている姿は
子供達が1番近くで見ていて、1番理解してくれているのだと思います。
かっこいいお母さん!って、きっと自慢のおかあさんなんじゃないかな。

既婚の立場で偉そうな事をゴメンナサイね。
でも私の場合は父ですが、自慢の父だと思っています。

>でも、子供たちの元気な姿をみれるだけで、どれだけ毎日私が生きていけてるのか。

その通りですね。
私も子供に助けられ、支えてもらってる部分が多すぎる位多いです。
最近もそう実感しました。

>ユウタ君の早い回復を祈っています。
>そして、偶然にもこのブログに辿りつかせて頂いたコトに、感謝しています。

がおさん、ありがとうございます。

これからもお時間ある時に、覗きにきて下さいね。
暗いブログですが、よろしくお願いします(^^;
[ 2008/02/13 09:31 ] [ 編集 ]
v-22ち~まま様

ご無沙汰しています!
ち~ままさん、遅くなりましたが
今年もよろしくお願いしますね。(遅すぎですね)

ユウタの事では本当に「なんで?」な事が多いのですが
立ち止まってはいられないし、何よりユウタが立ち止まらないので
私の方が気持ちを支えてもらいながら頑張っています。

辛い事も多いですが、こども病院にいると泣いてばかりはいられないなと
自分の不甲斐なさに情けなる事が多いです。
こどもってすごいな~って、いつもいつも思います。

ち~ままさん、応援をありがとう!
[ 2008/02/13 09:11 ] [ 編集 ]
偶然こちらのブログに立ち寄らせて頂きました。
私にも2人の子供がいます。
私は離婚していて、子育てやこれからの子供たちの将来に少なからず不安を抱いていて。
ただそれだけで、自分の不安をまぎらわせれたら・・・と検索していてたどり着きました。
読ませて頂いて、涙が止まりませんでした。
去年、二歳の娘が肺炎ですが入院しまして。その前は気管支炎で入院。今は中耳炎がずっと治らず、通院の毎日です。
ユウタ君に比べれば本当に普通の病気で。なんてことはないんですが、入院にずっと付き添っていて、誰もいなくて娘だけが苦しそうで。
しっかりしなければと思う毎日がフト思い起こされ。
その肺炎が、またごくまれな細菌だったらしく「あと少し遅ければ今ここにいなかったかもしれません」と言われた先生の言葉を思いおこしました。
パパもおらず、仕事をしながら子供と三人の日々で娘の体調に関して、いつ病院に行くか。という判断を私一人でしなければならず。
でも、子供たちの元気な姿をみれるだけで、どれだけ毎日私が生きていけてるのか。
「来年のクリスマスは本当に素朴でいいから普通の当たり前な幸せの中でいたい」
この言葉に、またイロンナ意味で共感し、涙してしまいました。
なんだか言葉使いが下手でv-159
なにが言いたいのかわからなくなってしまいましたがv-164
ユウタ君の早い回復を祈っています。
そして、偶然にもこのブログに辿りつかせて頂いたコトに、感謝しています。
ありがとうございます。
[ 2008/02/09 23:28 ] [ 編集 ]
何で!!!

どうしてユウタくんが、そんなに傷つけられるの!

堪らない思いで、ブログを見ました。

私だったら、どんなんやろ?

かなえママの気持ちの足元にも及ばないけど、自分事に置き換えると切なくて、切なくて。

手術、これが最後だと良いね。

いいや、そうお祈りします。

かなえ・・・られますとも。

いつもよりも更に、応援しています。
[ 2008/02/09 14:57 ] [ 編集 ]
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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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