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2007年 大晦日。 


2007年 12月31日(月)


入院11日目
手術より6日



今日は大晦日。


ユウタは減量されたステロイド効果なのか
それとも体調が普段どおりに戻って来たからなのか

理由は定かではありませんが


激しく頭痛を訴える事は
1日の中で、ほとんどありませんでした。



たま~に「頭痛いなぁ。」・・・程度で。





朝早くから起きて
ほんとに目覚めてすぐトイレに行き(笑)

そのまま車椅子で過ごせました。



それから、誰も居ないプレイルームで
1人淋しく朝食を摂りました。







 




 



そして、やっとパパが面会に来ました。(゜∀゜)ノ


ユウタも首を長くして待っていたけど
私も待っていたよ~(涙)




パパが来ない間(たった2日ですが)
私は、なかなかきちんと食事を摂れませんでした。




看護師さん達は「食事に行ってきていいですよ♪」と
私に声を掛けてくれたのですが

・・・何だか行き辛くて。




「お腹空いた~!」って震える程
号泣しているユウタがいつでも浮かび

何を食べても、食べている気がしませんでした。



売店もお休みだし
食堂も早々に閉まってしまうし
自動販売機のパンは全部売り切れだし。



「あ~・・・せめて、缶チュ~ハイ飲みたいぜ!」


そんな安っぽい夢を抱きながら
空腹状態で付き添っていました(汗)






パパも久しぶりに会ったユウタが
車椅子に乗れるようになっていて

ものすごく喜んでいました。



「すごいね!」「えらかったね!」と
ユウタを褒めちぎっていました。




私はパパの居ない間、ユウタのトランスを
看護師さんと一緒に行なっていたので
腰が砕けそうになっていました。


なんてったって、ユウタが重い。


もともと腰痛持ちで、ギックリ体験も豊富な私。


相当、限界でした。




なので、パパが来た事により
移乗の介助を変わってもらえるので

とっても助かると思っていました♪♪♪






でも、そう思っていたのも
移乗介助の2回目まででした。


ベットから車椅子へ移乗する際に

看護師さんはユウタの足を
パパはユウタの上半身を抱きかかえていたのですが・・・





「グギッ!」




「あ・・・・・・・・(;∇;) 」


 


パパがギックリ腰になってしまいました。


 


「もう、本当に使えないっ!!!」



私の怒りは完全に爆発しましたね。

(ハイ、自他共に認める恐妻です。)


 


 


看護師さんは「いい音しましたね。大丈夫ですか?」


涼しい笑顔で淡々と仕事を進めます。


 


「・・・変わって下さい。」と、へっぴり腰のパパは

可愛くて華奢な看護師さんと交代してもらって
泣いていました。


 





 


 


ユウタは頭痛の代わりに「おしりの痛み」を
頻繁に訴えるようになりました。



車椅子に座っていると
体の重みがオシリ一点に集中しているし

自力で体を持ち上げる事も出来ない状態だったので
それは仕方が無い事でした。




病気により疲労がすぐに出てしまうユウタには
自分の車椅子を漕いで移動する事も大変です。


病棟内のちょっとした距離も
「疲れた・・・。」と言って止まったままでいました。



全然、自力で移動が出来ない状態。


こんな状態で、半年以上も
車椅子の生活が出来るのだろうかと

心配ばかりが募っていました。








 



パパは夜になって、猫背のちょこちょこ歩きで
帰って行きました。



チヒロは実家。


ユウタと私は病院。


 
こんなに家族が離れ離れの大晦日は
今までありませんでした。



淋しいなって

心の底から感じた夜でした。


 


大晦日の夜はTVも賑やか。

私は確か昨年末も見て笑った
大好きなダウンタウンの笑っちゃいけないシリーズ

こっそり?爆笑しながら眠れずに起きていました。


 


 


 


笑ったり、1人で泣きそうになったり
複雑な想いの大晦日。


振り返るのはやめようと思っても


ユウタの寝顔を見ていると
色んな想いが浮かびました。


 


 


春はユウタが保育園を卒園し
小学校へ入学しました。


その後すぐにパパのお母さんが
長い闘病の末亡くなりました。


入学後のユウタは精神的にも体的にも不安定で
心配は毎日、山盛り状態でした。


学校へは何度も足を運び
ユウタの事を相談しました。


ご近所の方や、クラスメートのお友達から私へ
ユウタの問題行動が聞こえ始めました。


学校まで歩けなくなって、車での送迎を始めました。


夏には肺炎で入院しました。


私は仕事を再開して
仲間と過ごせる楽しい時間が増えました。


成長ホルモンをスタートして
ユウタが生き生きとし始めました。


運動会も、みんなに必死について行く状態ではありましたが
無事に参加する事が出来ました。


足を痛がるユウタを無理やりに
遠足へも参加させました。


そして年末になり
足の手術となりました。


 


 


 


 


いい事も悪い事も、人生で考えると半分こ。


だったら、もうそろそろ
いい事が起こらないと、半分こにならないね。


 


それとも、これからのユウタの人生が
全部いい事尽くめ!と変わってくれるのなら

私といる間に嫌な事が勢ぞろいで
起きちゃってくれた方がいいけどね。


 


 


**********************************




それでもやっぱり

「今年もありがとう」の気持ちでいます。



辛い事ばかりじゃなかったね。


ユウタは友達ともいっぱい遊んだし

学校のお友達も
ユウタにとても優しくしてくれた。


楽しい思い出もたっぷりあるね。




チヒロもずいぶんお姉さんになったね。


心は正真正銘、ピカピカだよ。



いつもはママに怒られてばかりだけど

本当の部分は
ママの方が反省する位

チヒロはきれいなハートを持っている。




 


いつも誰かに支えられていました。


いつも困った時に
隣に居てくれる人がいました。


遠く離れていても
ずっと近くにいるような温かさを
いつも感じられていました。


そんな年でした。




2008年は


私が誰かを支えられるような
そんな人間に成長したい。



お互いに


「ありがとう」って思えるような。


言えるような。







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*evergreen***


 


 

[ 2007/12/31 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(4)
v-22メイ様
初めまして、メイさん。

先程は本当に、大変失礼しました。
再度こちらに来ていただけて、そして「お知らせ」を読んでいただけて
本当に良かったです。
メイさん、再書き込みをありがとうございます。

削除してしまったコメントには
打ち込むにも辛いであろう事が載せられてありましたが
そんな中でこのような応援のメッセージを頂けるという事に
言葉では言い表せない想いの中で、深く感謝しています。

1年間の入院をされていたのですね。
まだ幼い5歳という年齢で、お嬢様の頑張りと
支えられてきた御両親の想いを考えると言葉も軽々しくは発せません。


メイさんのお嬢さんが自宅療養の中で
元気を体にいっぱい溜め込んで
ご家族の皆さんの幸せもいっぱい溜まっていきますように!

メイさん、本当にありがとうございます。
[ 2008/02/18 00:27 ] [ 編集 ]
こんにちは
「お知らせ」読みました
削除されたとご指摘があったのは、私のコメントです
どうぞお気になさらないでくださいね
うちの娘は1年間入院し、現在自宅療養中です
あたり前の幸せが身にしみる今日この頃
ななえママさんのお宅にも、家族そろって暮らせる日が1日も早く来るようお祈りします
ユウタ君頑張っていて、本当に偉いです
これからも応援します
[ 2008/02/17 22:57 ] [ 編集 ]
v-22しげのおいちゃん様
いつも訪問、コメントありがとうございます。

ここへ来て下さる方にまで
とても嫌な思いをさせてしまって、ごめんなさい(>_<)

ビックリして慌てて削除しようとしたら
大切なコメントを間違って削除してしまいました。
[ 2008/02/17 22:29 ] [ 編集 ]
ちり の書き込みは気分が悪くなります。

ななえママさん、消して下さい。

まぁ、二度と来ないでしょうけど。
[ 2008/02/17 20:16 ] [ 編集 ]
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●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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