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ドア越しの涙。 


2008年 1月4日(金)


入院15日目
手術から10日

 

   今日からここの こども病院も開院。

   お正月もやっと終わりのムードです。



 

すっごく自分勝手だけど
自分が辛い時には

クリスマスも冬休みもお正月も
いい加減にしてくれ!・・・な、気持ちで過ごしていたので

やっと日常に戻りつつある世間に
喜びを感じていた、堂々と心の狭い私なのです( ̄∀ ̄;)

 

 

 

ユウタは夜中、1時間2時間おきに目を覚まし
「今、何時?」と私に聞いてきていました。

そして早朝の5時からTVをつけて
1人で起きていました。

 

 

空腹も あったのでしょう。


それともう1つは・・・

  「今夜でママの付き添いが終わってしまう事」 

 



とても不安だったのだと思います。

 

でも、ユウタは4才の頃から
大学病院へ何度も入退院を繰り返しているし

その時はママの付き添いなんて一晩もなかったのだから
きっと、乗越えられる辛さだと信じていました。

 

この子は本当は、ものすごく強い子なんだって
私は信じていました。

 

 

 


 

 

お昼過ぎ、お部屋を個室から移動しました。
 
1日目に入っていた4人部屋へ移りました。

 

私が荷物の整理をしている間
ユウタは保母さんとプレイルームで遊んでいました。


その間に私は色々な事を想い

淡々と片付ける中で
ユウタには絶対に見せられないけど

たくさん涙が出てきました。

 

 

  子供から離れるのは、辛い。

 

 

 

どんなに眠れなくても
何日もご飯を食べに外へ出られなくても
どんなにユウタがうるさくても

本当はずっと一緒に居てあげたい。

 

 

ユウタの為と思い、パパと決めた事だし

いつかはユウタが1人で
頑張って行かなくちゃいけないんだって

それも分かっています。


 

この子は大丈夫!って信じてるけど

理屈なんて抜きに、子供と離れるのは
とても辛いです。

 

 

 

そんな涙の中。

 

プレイルームからユウタの楽しそうな声が
ここまで聞こえてくる事で

私はとても救われていました。

 

 

 

メソメソしながらもユウタは変わらず

「ユウタ、頑張るね!」を言い続けていました。

 

 

 


 

 


今日からリハビリ(PT)が開始しました。

14時20分から約40分、PT室にて。

 

180 車椅子からベット

181 ベットから車椅子

182 ベット上での移動方法

 

ユウタにとっては、まずそれが重要です。

どのようにすれば、患部に負担を掛けずに移動できるか
PTの先生に教えて頂きながら私も一緒に参加しました。

 

 

車椅子の色々な調整もして頂いて
腰のベルトや胸部分のベルトの重要性も
ユウタへ説明してくれました。

 

しばらくは車椅子がユウタの足代わり。

体の1部となるのですから、本当に大切な事です。

 

 

土日はお休みとして
これから週に3、4回はPTを受けていくようです。

 

パパも私も、チヒロにだって
こればっかりは何の手出しも出来ない事。

ユウタに頑張ってもらうしかないのだし
ただそばで応援だけは欠かさずしていくからね。

 

いつもの「みんなで頑張って行こうね!」を伝えました。

 

 


 

そして、面会終了で私達が返る時。


毎晩、寝る前に私がユウタへ打ってきた
成長ホルモンの注射を済ませ

「じゃあね♪」と言うと・・・やっぱり泣き顔のユウタでした。

 

 

病棟を仕切る鍵の付いたドア越しに
大きな泣き声で叫ぶように ・・・


   「パパ~!ユウタ、頑張るね!」

   「ママ~!いつもありがとうね!」

   「車、気を付けてね!」






お部屋の子供達も親御さんも
それに看護師さん達も

きっとドン引きしてしまうであろう
ユウタのお別れ号泣シーン。

 

 

小学1年生にもなって
ここまで号泣の子はいるのだろうか?・・・と

その辺も、実はとても気になりましたが
ユウタは人目も気にせず
大きな声で泣いていました。

病気の関連で、ユウタの疾患には
幼児性が強いと聞いていましたので
そのせいかな?

それともこれが普通の事なのか
今はよく分かりません。

 

 

 

 

 

エレベーターへ向かい、角を曲がるまでは
私も、泣きまくるユウタに呆れた素振りの演技をして

「笑っちゃうよ!」って顔をしながら
ブンブン手を振っていたけど

角を曲がって、私達の姿が見えなくなっても
ユウタがいつまでもいつまでも
「パパ、ママ!車、気を付けてね~!」って叫んでいるから・・・

 

本当に、たまらなく辛かったです。

 

 

 

ドア越しの涙、再び。


こればっかりはね・・・



いくら経験しても、辛いものです。

親も、そしてそれ以上に子供も。

 


 

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[ 2008/01/04 23:59 ] 7回目の入院 | TB(0) | CM(0)
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●冨塚 七枝

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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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