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2008年 3月17日。 


   2006年 3月17日。

   ちょうど2年前の3月17日。





この日はユウタが
2度目の腫瘍摘出手術を受けた日です。(click!)



この手術が最後であると信じ
そしてこの子の未来に微かな夢と希望を抱き

でも、本当はそれ以上に募る大きな不安を抱えて

手術の無事成功だけを
ただただ祈り続けていた、長い1日でした。

 

 



執刀して頂いた先生は、世の中で賛否両論
色々と言われている先生ですが

私達にとっては紛れも無く「神様」です。


こどもの命の恩人です。

 


誰が何と言おうと
我が子を助けてくれた先生です。

 

 


親というのは誰もが
自分の子供を助けて下さった先生を

”世界で1番の主治医”なのだと

思い信じているものなのです。

 

 

 

 





手術が無事に終わり
ICUでまだ麻酔の切れていないユウタと再会出来た時。

パパと2人きりになって私は
ガマンしていた涙を抑えられずに
カーテンの内側で色んな感情が入り混じり、泣いていました。



 

パパは・・・


「ママ、カメラ出して。」

 


いきなり、痛々しい姿のユウタを撮りはじめました。

 

ユウタのあまりにも変り果てた姿に
パパの頭がおかしくなったのかと私は本気で疑いました。




何の意味があって、この姿を撮っているの?


心から今すぐ忘れ去りたいような
我が子の辛く悲惨な姿を写真に残すなんて、鬼だ。

 

 



「いいんだ!この写真を将来、ユウタに見せてやるんだ!」

 

 

      お前はこんなに頑張ったんだ!って見せてやるんだ。


      くじけそうになった時
      幼かった自分が耐えてきた苦しみを証明させてやるんだ!

 

 

 



普段は本当におとなしいパパが
私の反対を押し切り

泣きながら何枚も何枚も
ユウタの姿を撮り続けていました。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

それから1年後。

 

2007年、昨年の3月17日。(Click!)

 

 

 

 

1年経った今。

あの頃が嘘のような
日常を送れている事に感謝です。

 

3月17日。

来年の私は、今のユウタを思い返して
ここへどんな風に書いているんだろう。


2007年の3月17日に私が思える事は・・・

とてつもなく悲しく苦しかった事は
少しもうすれていないけど

それと同じ位、感謝の思いが溢れています。









・・・こんな事を書いていました。

 

 

 

「来年の私」

つまり今年の3月17日の私は
こんな事を思っています。





悲しみとか苦しみは残念ながら
たった2年そこそこじゃ、癒えることもなく

その時々によっては
辛さも痛みも倍増している気がします。



今、ユウタがちょうど入院中であるという点を
最大限に考慮したとしても

衝撃の診断、お子さんは脳腫瘍です・・・と言われた
あの診察室のドアを出た時から

今、この現在に至るまで


一瞬たりとも

”心からの幸せ”を感じた事はないでしょう。



「あ~、幸せだなぁ。」

そんなふうに日常の些細な事で思える幸せには
たくさん気がつけるようになりました。




でも、ユウタが病気になる前のような

心の奥底から思える幸せとは全く違うものです。




私の中では苦しみの種類が
あるのですが
そう考えると、究極期のドS級な苦しみとは違うけど

いつもいつも付きまとう痛みは
取れないままでいます。







「もっと強くならなきゃ!」

「お母さんよりも、子供の方が辛いのよ!」


・・・・・それはね、よ~~~~~く分かってる。

自分でも思う。



出来れば私もここへ
前向きで元気で明るいお母さんを書き込んでみたい。


かといって、いつも暗~い母さんを
ユウタの前で見せているなんて事はないです。



心の中の本音部分を書き出せば
正直、そんな気持ちでいます。








病気を発覚してから、今までの間

私達の周りには病気になる以前のユウタから
ずっと近くにいてくれた人たちばかりで

例えれば”温室の中”で
大事に大事に接してもらって来ました。





そんな中でもやっぱり
壁にはバンバンぶち当たったけど

差し伸べてくれる手も
変わってしまったユウタを知っている人も多く

安心の中で、辛さがありました。

 

 

でも、遅かれ早かれ当たるだろうと思っていた壁が
こんなに早く現れるなんて・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

3月17日。

またやってきたね、3月17日。

 

 

2年経った今、この私が思う事。

 

 

 

誰も分かってくれない。

どうせ分かってくれない。

でも、本当はイイ子なのよ。

 

ひたすらにひねくれた私が本当の私。

 

 

 

誰にも分からない。

辛さは一緒なんかじゃない。

私が弱いんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

それでも、こんな私が心からは腐っていないんだと
自分でもホッと出来る部分の本音では

綴りきれない感謝の思いだけはある、という事です。


 

ユウタの為に最善を尽くしてきてくれた
病院と医療関係者の方々。

現在も一生懸命にして下さる病院の皆さんには
感謝の気持ちでいっぱいです。


 

直接、医療とは関係のない場所でも

ユウタを思い、助けてくれた方々
助けてくれている方々に


ありがとう以外、感謝の言葉は見つからないです。

 

 

 

 

 

 

パパの撮った、3月17日の写真。

 

本当はユウタが将来、見る為のものではなくて
今、この私が見るべきなんだろうな。

 

恐ろしくて絶対、見られないけど。

 

 

 

 

来年、2009年3月17日の私は

どうか・・・

この記事を削除してしまいたくなるような

心の浄化された人間になっていますように。


今よりもっと元気なユウタと一緒に

カッコイイお母さんでいますように!!!

 

 

 

 

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*evergreen***

 

 



[ 2008/03/17 00:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(6)
v-22*プチプチ様
*プチプチさん、はじめまして!
温かい応援のコメントをありがとうございます。

*プチプチさんのお子さんも入院されているのですか?
もしかして今も入院中なのかな。

もしかして?の方かな?
勘違いだったらゴメンナサイ(^^;

私は「3月17日」のリアルに恐ろしい写真はまだ見れませんが
その他の辛かった時期の写真は
やっぱり懐かしいという感覚ではまだ見れないけど
時々見ては「この頃、よ~~~く頑張ったね!」と
私はユウタを尊敬する気持ちでいっぱいになります。

ユウタも時々、一緒になって見て泣いたりしていますが
「これからも頑張ってやる!」の気持ちはさらに強くなったりしています。
当たり前だけど「もう見たくない!」と泣く事もあります。
だけどお友達との写真は、嬉しそうに懐かしそうに眺めています。

病気の辛い時に一緒に過ごした友達は
ある意味人生の中で特殊な存在。

良きライバルだったり、誰よりも辛さを理解してくれる仲間だったり。
ケンカしたり色々あるけど、支えあう事を誰からも教わる事なく
それを自然とできるようになるのは、辛い時期を一緒に過ごす仲間だからなのかな。

*プチプチさん、クリックありがとうございます(^^♪
こんな暗いブログを読みにきてくれて、ありがとう。
[ 2008/03/19 08:15 ] [ 編集 ]
v-22むつき様
コメント、ありがとうございます。

人生はバクチかぁ(^^♪
そうね、右へ行くか左に行くか
それによって大きく変わって行く事だらけかもしれないですね、人生。
な~んて、私はまだまだ人生を語れるような人間ではないけど。

でもユウタの事に関しては、バクチ感覚ではとても無理。
着実に進むべき事だけどね。
ただ、私がこの先に今抱えてるものをどうやって軽くしていくかは
自分の気持ちにも大きく左右されているのかもしれないです。

この気持ちってのが、自分の事でありながら本当に難しい!
人生はまさに「修行」なのです~(;∇;)

むつきさん、ありがとう。

[ 2008/03/19 07:35 ] [ 編集 ]
ななえママさんの文章、いつも拝読しながらせつなく思います。
涙があふれます。

わたしは子供が入院中の写真は撮ってはいませんでしたが
もし撮っていてもそれを懐かしく見れるようになるのは子供が健康になってからだと思います。

本当にせつないです。

ななえママさんがいつか心から笑える幸せな日がきますように
いつもクリックすることしかできませんが応援しています。
[ 2008/03/18 17:25 ] [ 編集 ]
強くならなくたっていいじゃん♪
もし、自分の母親が無理して強がっていたら、私だったら悲しいもん。
それが私のせいだったらなおさら悲しいもん。
強くたって、弱くたって、お母さんはお母さん。
私だったらそう思うはず。

この前、高Ⅲの送別会の時にウチの学校の先生の名言を紹介するコーナーがあったのですが、ある一人の先生が言った言葉。

「人生は…バクチです。」

爆笑でした(笑)

でも、それくらい思い切ってやっていかないとチャンスを逃しちゃうんじゃないかなと思います。
ありのままの自分で思い切ってやっていくのが一番なんじゃないかと…。

スーパーママにならなくても、お母さんはお母さん、ななえママはななえママにかわりないんだから。

私だって、ひん曲がってたりKYだったりしてしょっちゅう反省してるけど、でもそれもすべて私。

ユウタくんも、ななえママも、頑張れ。
[ 2008/03/17 19:20 ] [ 編集 ]
v-22メープル様
コメント、ありがとうございます。

>浄化されるときってくるんだろうか?と考えています。

きて欲しい・・・そんな願望だけはあるのですが
年々、いや、日に日にひねくれていく自分を感じます。
そういう感情って本当に疲れるんですよね。
自分に嫌気な日々を送っています。


私も2年前のこの日から、ユウタの写真が増えていったような気がします。
残してあげようというパパと似た気持ちもありますが
メープルさんと同じ気持ちも含まれているなって、いま気付きました。

普段、ユウタをぱっと見ると頭のキズが無ければモリモリ食べる健康児に見えるけど
本当はそうじゃないのよ、こんなに頑張ってるんだよ!の思いを写真に込めているのでしょうね。
分かって欲しいの気持ちも、最近は失せてきています。
「どうせ、分かってくれないもん。」
ほら、本当にひねくれています。
[ 2008/03/17 08:15 ] [ 編集 ]
いや~、わしもかなり性格ひん曲がってきてます。浄化されるときってくるんだろうか?と考えています。
わしも、りきの辛そうな写真、いっぱい残しています。旦那様の気持ちよく分かります。
それは、もちろん、大きくなった彼に見せてやりたい。という気持ちもあるけれど、
「こんなんなっちゃうんだよ」と他の人に見せつけたい、残酷な気持ちも含まれています。他の人に、普通に生活できるのがどんなに幸せか、分かって欲しいと思ってしまいます。
ほら、曲がっちゃってるでしょ?性格が・・・。
[ 2008/03/17 01:56 ] [ 編集 ]
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●冨塚 七枝

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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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