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雪の坂道で。 

2008年 2月9日(土)

入院51日目
手術より45日目
施設12日目



ユウタは昨夜、施設の皆がほとんど外泊の為
8人部屋にて たった1人で寝たようです。


最初は「ヤダよ~!」ってメソメソしたようですが
ベットに横になると1分も掛からないうちに寝入ったようでした。

ユウタって・・・
眠りに入るのは、いつもメチャクチャ早いのです(*´艸`)


怖がったり淋しがったり、大騒ぎしなくて良かった。






今日は誰も居ない広々とした8人部屋にて
家族で思いっきり遊びました。

本当は「お部屋でのボール遊びは禁止!」なのですが
誰もいないし、いいじゃん♪・・・って事で、キャッチボールを(^_^;)



キャッチボール


チヒロとキャッチボール


私とパパは、ひたすら球拾い。


その後は皆で図書室へ行ったり
ベットの上でトランプしたり、折り紙したり。




外泊はまだ出来ないけど

こんなふうに家族だけで誰にも気を使わず
大きな声で笑ったり、兄弟げんかしたり、悪ふざけしたり
久々に私達家族らしい時間を過ごせたような気がしました。



夜7時近くになって、外はみぞれが降り出していました。




今夜もユウタはこのお部屋で
一人ぼっちで寝るようです。

こういうの、何とかならないのかな~。ブツブツ・・・・・(-_-;)




でもユウタは今日、珍しく泣かずに私達とバイバイ出来ました。

外に出ると、思ったよりも本降りの雪!
道路が心配で、大慌てで帰りました。








病院を出て長い坂道を下りきった所に
ふと見ると、大雪の中で傘もささず
体に思いきり雪を積もらせたおじいさんがユラユラと歩いていました。

車から降りて、持っていた傘をおじいさんに差し出すと
どうやら目が見えていない様子。

「白内障なんです。家の場所が分からなくなってしまって。」


そう話している間に、おじいさんにも私にも車にも
どんどん雪が積もっていきました。


よくよく聞くと、おじいさんのお宅は
この先、おじいさんの足で30分は掛かるであろう場所でした。


「おじいさん、乗って!」


ブルブル震えるおじいさんを車に乗せて
私達はこの辺り土地勘も全く無かったけど
聞いた場所へ、おじいさんを連れて行きました。

車を降りて、おじいさんは歩き出しましたが
目の見えないおじいさんは、やっぱりフラフラ。


車内にチヒロを残し、パパと私でおじいさんの肩を抱えるようにして
おじいさんの御宅の玄関口まで付いて行く事にしました。


ここの坂を登りきった所に家があるんです・・・

そう言われて坂を見上げると
驚くほど、長い長い坂の階段がそびえ立ち(;∇;)

雪でほとんど見えない挙句、私が歩いても滑り落ちそうな道でした。



雪はどんどん、どんどん積もって行きます。

チヒロも車窓を開けて
何もかもを心配している様子で私達を見ていました。




パパはおじいさんを背負おうとしましたが
おじいさんは断固拒否!

「そんな事、申し訳無い!」と、おじいさんは
ひたすら私達にお礼を言い続けていて。



1時間以上掛けて、おじいさんを自宅に送り
私もパパも足の感覚が無くなる程、凍えきっていました。






おじいさん、良かったね。
もう家族で暖まっているよね。

チヒロは嬉しそうに はしゃいでいましたが
私は心の中で色んな事を考えていました。

パパもチヒロの話にうなずきながら無言でした。


私はとても淋しく、表現に難しい何ともいえない不安な気持ちで
ドキドキと苦しくなっていました。


おじいさんの御宅は電気も点いていない1人暮らしのお部屋でした。




************************************




私は時々、ユウタの将来を不安に思い
どうしようもない事を考えては、ひたすら下へ堕ちてしまう事があります。

そこから這い上がっては、また堕ちての繰り返し。

でもみんな、そうなのかもしれない・・・。




もしも私達が何らかの事情で、若いうちに先立った時
チヒロも心配だけど、なによりユウタはどうやって生きていくのだろう。


二十歳になれば、今の制度のままだと
高額な医療費を毎月支払っていくしかありません。


私達親が健康なままで、ずっと一緒に生きていられたら
金銭的な負担だけは負わせなくて済むけど

生きていく為に一生必要な
ただ”生きる為の薬”がとても高額なのです。


そして働きながら生活していくという
普通の人が当たり前に繰り返す日々を送れるのだろうか。

大きな病気を持つユウタが結婚できるのかな。
ずっと一人ぼっちで過ごしていくんじゃないかな・・・

誰もそばに居てくれないんじゃないかな。



将来を思い浮かべると
全てのマイナスな不安が時々、まとまって私に襲いかかってきます。


楽観的に笑っていられる日もあれば
こんなふうに考えてしまう日も、あります。







一人ぼっちでフラフラと雪の積もったおじいさん。

だから放っておけなかったのかな。







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[ 2008/02/09 23:59 ] 肢体不自由児施設 | TB(0) | CM(6)
v-22くみママ様

こちらではお久しぶり(*^ー^*)
コメントありがとう~。

>私達が死んだあと、この子はどうするんだろう・・・。

毎日毎日、このテーマで悩んでいる訳じゃないけど
どうしても避けられない想いだよね。

今、元気いっぱいで健康な子供を育てていても
将来を不安に思ったり、このまま元気で幸せに生きていって欲しいと
親なら我が子に対して誰もが願う事なんだろうけどね。

>一人ぼっちで生きていく姿を想像して、
>落ち込んでしまうのも同じです。

そう、淋しい老後を想像してしまって
悲しくなっちゃうんだよね。
そう決まった訳じゃないけど、そうなる可能性が
今の時点で感じられちゃうのって・・・苦しいよね。

>ただ、将来というものに目を向けられるようになれただけ
前進かなとも思います。

そうか、そうだね。
今、目の前にある大変な現実を通り越して
将来という場所を見つめられただけ、希望の元にある不安なんだもんね。

>なんとか、内部障害を持った人も安心して暮らせる制度を
整えたいですよね。

まずは内部障害というものが何なのか
そこからみんなに分かってもらえるように頑張らなくちゃなんだよね(>_<)
先は長いけど、あきらめたくないね。
(私は時々、諦めモードに突入しちゃうんだけど)

私も保険、考えよう・・・。
(言ってる事、矛盾?)(^_^;)
[ 2008/09/08 19:20 ] [ 編集 ]
久しぶりにこちらへ来ました。

この話し切ないね。私もいつも考えます。
私達が死んだあと、この子はどうするんだろう・・・。

先日もかのんを受取人にして、高額の死亡保険に入りました・・・(-_-;)(リアル??)

もちろん結婚して子供を産むことだけが幸せじゃないけど、
そういう「当たり前の幸せ」と位置づけられていることさえ
困難な我が子がただただ不憫です。

一人ぼっちで生きていく姿を想像して、
落ち込んでしまうのも同じです。

ただ、将来というものに目を向けられるようになれただけ
前進かなとも思います。

なんとか、内部障害を持った人も安心して暮らせる制度を
整えたいですよね。



[ 2008/09/08 12:50 ] [ 編集 ]
v-22ち~まま様

>優しさの輪は、誰にでも作れる心。
>最も、自分に近い人間が弱者となった時に、育まれる心だとも思いますが・・・。

そうですね、ユウタが病気になる前には見えなかった事、確かに多くあります。
何も感じないまま、通り過ぎて行く自分だったかもしれません。

偽善とか、そういう事はダイキライ!と若い頃は大きな声で言っていたけど
本当は興味自体なかったんだと思います。
何にもしないくせに、最もらしい事ばかり並べて・・・。

今でもおじいさんが気になります。
時々、病院の帰り道に、あのおじいさんを探してしまうんですよね。
運転席ではパパもキョロキョロしていて(笑)

ち~ままさん、ありがとう。

[ 2008/09/08 00:26 ] [ 編集 ]
v-22sigetyan様

そうですよね~・・・
やはり同じような不安がどうしても拭い去れないのが現実だと思います。

書き綴れないほどの不安は確かにあるのですが
逆に、本当に真逆なのですが、この先に大きな希望を持っていたいと強く思える日もあるんです。

幼い頃から病気だった事により、もしかしたら脳が再構築してくれたりして!とか
不可能と言われている事が1個や2個位、可能に変わったりして!とか
医療関係の方が聞いたら大笑いされちゃうかもしれませんが
そう思っていないと、壊れてしまいそうになります。

>でも、そういう困っている人を援助する公的な手立てが無いものなのでしょうか。
>自分のそう遠くない将来の姿を見るているようで実に不安です。

同感です。
おじいさんと歩きながら、そんな事もずっと考えていました。
大病を患った方に限らず、若い頃は健康そのものであった方でも
このままの制度では成り立たなくなる日が来るのではないかと
考えれば考えるほど、恐ろしいです。
[ 2008/09/08 00:15 ] [ 編集 ]
おじいさんの話に、私だったら・・・と考えました。
やはり、同じ行動を取った様な気がします。

世の中には、自分の事を思う様に出来ない弱者がおられます。その弱者を私たち健常者が優しさを持って手を差し伸べる事で本当の輪が出来るのだと思います。

優しさの輪は、誰にでも作れる心。

その心が沢山育まれると、世の中も変わってくるでしょう。

最も、自分に近い人間が弱者となった時に、育まれる心だとも思いますが・・・。

ななえママ夫婦、優しさの年輪が増え続けていますね。
素敵だよ。

[ 2008/09/07 15:18 ] [ 編集 ]
そうですね。
ななえママさんご夫妻のユウタくんに対する不安はよく理解できます。

私は自分自身への不安があります。
ステロイド、眠剤、抗鬱薬などの薬をこれからもずっと飲み続けないといけない。
副作用の無い薬は無いといいますから、年取ったとき女房の手を煩わせないで行けるだろうか・・・・
突然起きる頭痛、嘔吐等の症状の発生間隔が短くなってきているし・・・どうしよう。
歳をとって病院へ行くことができなくなったらどうしよう・・・
不安の種は尽きません。
改革という美名に隠された改悪政策が進んでいるから、制度的な不安もいっぱいです。


おじいさんの話にホンワカしたものを感じました。
ななえママさんご夫妻のような方がいらっしゃるなんて、世の中捨てたもんじゃないとは思います。
でも、そういう困っている人を援助する公的な手立てが無いものなのでしょうか。
自分のそう遠くない将来の姿を見るているようで実に不安です。
[ 2008/09/07 07:45 ] [ 編集 ]
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●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


*************************

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