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2008年 4月21日(月)

入院122日目
手術より117日
施設84日目



今日は整形外科Drたちの回診の日。

触診等でユウタに特別な問題は見つからず
順調であるとの事でした。


今後の経過として・・・

足への負荷は現在が3分の1なので
5月より2分の1、つまり体重の半分を両足に掛けられる事になり

その後は様子を見ながら4分の3から全体重へ
ゆっくり時間を掛けて行きましょうというお話でした。




内分泌的には今日からチラーヂンが1.5錠→2錠へと増量になりました。

前回、前々回の血液検査結果で
甲状腺の数値が最低ラインすれすれの為
今週から増やしてみる事になりました。










2008年 4月23日(水)

入院124日目
手術から119日
施設86日目



今日は最悪の日でした。

今日こそが最悪の日だ!と思って
そういう日を今まで何日か通り過ぎてきたけど。



私たちが施設に着くとパパと私が
すぐに整形外科のDrと看護科長から呼び出されました。

その時、近くにいたユウタの顔色も変わっていきました。


いつもの呼び出しとは違った雰囲気を
私もパパもすぐに感じ取りました。








今朝も、いつものようにお部屋のお友達とケンカが起こったらしく
原因は、おもちゃの取り合いだったようです。


取り合いというか、私が思うには

ユウタが勝手にお友達の物を手に取り
いつものように、すぐに返せなかったのでしょう。


だから、ユウタ対お部屋のみんなという構図で
これまたいつものように全員から責められたようでした。



そして、これも毎度の事ながらユウタが異常な興奮状態へと陥り
大爆発してぶち切れ

「死んでやる!」と言って外に出ようとしたようでした。



看護師さんが止めに入り
その時にユウタがその看護師さんへ暴力を振るってしまいました。

「わき腹と頭を思い切り、殴った」との事でした。



男の看護師さんだったのですが
午後になって具合を悪くされ、精密検査へ。

異常は無かったものの、休憩されて
夕方から病棟の勤務に戻られていました。






こういう事が
こういう最悪な事が・・・いつか起こると思っていたから

施設への入所も無理だと思いますって
病院ともずっと話し合ってきたけど

やっぱり、本当に起こってしまった。



暴力を振るってしまった看護師さんは
ユウタの担当の方で、1番ユウタと長く携わってきて下さった方でした。

いつも本当に親身になってくれて
どうしたらいいのか、どうすれば1番良いのか
一緒に色々と考えてきてくださっている看護師さんでした。


車椅子に乗ったユウタが
男の看護師さんが精密検査を受けるほどの暴力を振るってしまったなんて。

一体、どれだけ本気で殴りかかったのだろう・・・。

正直、私にもパパにも
ここまでの事態は想像出来ませんでした。




 ごめんなさい。

 本当に、申し訳ありませんでした。



そう謝りながら
目の前にいる先生と看護科長から無言で

「ユウタ君は施設での生活はもう無理!」
「なんて子供なんだ!」

そんなふうに思われているような気がして

こちらから「退所します」と言い出すのを待っているのかなって
そんな事を頭の中でずっと考えていました。




帰り際に毎日「ママ、ユウタ頑張るね!」って
涙をガマンしているユウタの顔が何度も浮かんできて

私は泣く事を止められませんでした。


隣のパパも精一杯だったと思います。

ひたすら頭を下げていたけど
説明出来ない感情が沸き起こっていたに違いなく

その場には、苦しくて重い時間が流れていました。




その後、看護師さんへ謝罪に行くと

 車椅子の子供に対して手を押さえてしまったのが悪かったのです。
 ユウタ君が悪いのではなく、私の配慮が足りなかったのです。


そう、いつもと変わらない笑顔で大丈夫だと言って下さり
逆に私たちへ謝られていました。


看護師さんが幸いにも大事に至らず
その事には心底ホッとしたけど

まったく、もう!・・・って怒られた方が
あの時は、いくらか楽だったような気がします。


申し訳なさと、情けなさと、くやしさと・・・悲しさに
押しつぶされそうでした。











お話が終わった後、私は目が真っ赤だったので
ユウタの所へすぐには戻れず

院内の電話コーナーに隠れるようにして、母親に電話しました。



正直言って母は
ユウタの病気にあまり理解がありません。

ユウタに関する事で困った事態に陥っても
私はこれまで父や母に頼る気持ちが起こった事はありませんでした。



病気の知識も少なく、それは仕方が無い事ですが
この前まで元気だった孫の変化に
私の両親も心が追いつけていないのかしれません。


空腹で泣いたり、感情をコントロール出来なくなってしまっているユウタに
母は「どうしてガマン出来ないの?なんで怒っているの!」と
会うたび何度も何度もお説教していました。


そういう様子に、私も疲れていたし
ユウタも負担になっていたし

1番理解していて欲しい人に分かってもらえない辛さが
今までとっても重かったのです。



だけど、なんだろう・・・


その時は母の声が聞きたくなりました。





「病気のせい?そんなの関係ない!」

「あなたがもっと言い聞かせれば空腹もガマン出来るんじゃないの?」

「ユウタはただ単に、わがまま過ぎるのよ!」

「男の子のくせに、すぐ泣くんじゃないわよ!」

「甘やかすんじゃないの!」



今まで本当に頭に来ていた母の「理解ない言葉」が
この時は無性に聞きたくなりました。


今日の一連の出来事を話せば、きっと
もっとユウタに言い聞かせなさいよ!って怒るだろうって分かっていながら

そういう強気な母の言葉で
私自身を奮い立たせて欲しかったというか

他の事で頭に来て、違う所に視点を変えたかったというか

・・・よく分からないけど。




優しい言葉で慰めてくれる人は
私の周りにたくさんいるけど

何をメソメソしてんのよ!って
この時は、そう叱って欲しかったのかもしれないです。






「お母さん、私 何だか疲れたよ。

この頃、ユウタを連れて消えてしまいたい気持ちになるんだよ。」



この頃じゃないよ。
本当は、ずっと思っていたんだよ。

ユウタは強く生きる事に精一杯頑張っているのに
私はあきらめちゃうんだよ。

こんな事を考えちゃう自分も
こんな事を口にしている自分も
いけない!って分かってるんだけどさ・・・


ダメな親でしょう?





そう言うと、母は「お姉ちゃん、なに言ってんの。」って
ただ私の言葉を聞いているだけで

期待していた強気な言葉がこんなときに限っては無く・・・。



今度、外泊の時に会いに行くからね。

チヒロは元気なの?

2人によろしくねって、ただそんないつもと変わり無い会話で
電話を切りました。





私から母に弱音を吐くなんて
よっぽどダメージ食らったんだな~と、やけに冷静になって
ユウタの所へ戻って行きました。








施設ではいつもと変わらない雰囲気の中で
パパと漢字の宿題に張り切るユウタがいました。

ユウタがすがるような目で私をずっと見ていたのに
しばらく私はユウタと目を合わせる事が出来ずにいました。


パパもユウタに今日の出来事について
たくさん話をしたようなので
私からは何も言わない事にしました。

それが逆に、ユウタの胸に残ってくれるだろうと思ったのもありました。



だけどやっぱり、憎たらしいほどに愛おしい我が子。



とんでもない事をしちゃったけど
暴力に言い訳は何も出来ないんだけど

考えなくちゃいけない事だらけなのに
この時まさに心の中は”からっぽ”でした。





そろそろ、限界なんだろうって感じていました。


この子も、家族も。




  



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    誤解も偏見も無く、子供達が生きていきやすい未来を想って・・・。
 
 


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[ 2008/04/23 23:59 ] 肢体不自由児施設 | トラックバック(-) | コメント(-)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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