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精神薬。 


2008年 4月24日(木)

入院125日目
手術より120日
施設87日目



今日はユウタのお部屋で定例の子供同士による会議がありました。


それによりベット位置変えも行われましたが

ユウタの位置は今までの位置とは反対側になっただけで
それほどの変化はありませんでした。







今日も看護師さんから色々と話を聞いたのですが

やはり今日のユウタも暴力的な言動が多いとの事・・・


  「ここ 2、3日のユウタ君は特に変です。」


看護師さんも困った様子で細かく話してくれました。







昼過ぎに、こころの科の先生が
ユウタの様子を見に来てくれたようでした。


何か困っているの?
辛い事はない?


そのような内容の事をユウタと2人で話して
その時は、とっても穏やかにしていたようでした。



その後、先生が帰ろうとしたとき

ユウタが看護師さんに何かを言われ
その看護師さんを殴ったり、車椅子ごと体当たりしたとか・・・。




・・・どうしたんだろう。


確かにユウタは感情的にはなってしまうけど
今まで、このような暴力が出た事はありませんでした。


物を投げたり、壊したり
自分の体を傷つけようとしたりはあったけど。





夕刻になり、パパと私と こころの科の先生と
離れた個室で話をしました。



   今までニコニコ穏やかにしていたユウタ君の顔が一変しました。

   ユウタ君の顔つきや目つきが変わっていくところを
   今日はじめて目の当たりにしました。

   お母さんが仰っていた事、よく理解できました。

   確かに、あの様子は脳の障害からだと思います。





先生はとても丁寧に、多分とても気を使われながら
言葉を慎重に選びつつ話して下さっていました。




施設に入所する前に、私たちが
「ユウタに施設は無理な環境だと思います。」と相談した時に

先生も「ユウタ君は大丈夫ですよ!」と言って下さっていたけど

だけど、今日のユウタを先生自身が目撃して
そこで初めて「こういう事だったのですね」と理解しくれました。





ユウタが脳腫瘍の摘出手術を受けた大学病院の
各科先生方や看護科の方々は

手術を受ける前のユウタと接して下さっているので
以前のユウタをよく分かっています。

だから、術後に起こった性格の変化や気性の荒くなっている様子も
はっきりと感じ取ってくれていました。


親であれば、その変化に すんなりと気づけるけど

術後の変わってしまったユウタしか知らない人たちにとっては
正直言って、ユウタの様子を病気に関連付けて説明する事がとても難しく
伝わらない事の方が多いのです。



医療の現場であっても、それは同じなのだと知りました。

それに気づいた時は、この先の不安ばかりが
私たちに、どんどん募りました。




ここの病院へは、ユウタの脳の手術後しばらくしてから掛かり始めたので

術後の変化は親からの説明と
前に掛かっていた病院からの紹介状によって伝えるしかありません。


血液検査の数値のように平均値と比べてパッと分かるものもあれば
このようにメンタル的な部分を測る事など限界があり・・・。




暴力の起こっている事態には
私たちも、ため息しか出ない状況だったけど

先生が「こういう事だったのですね。」と理解を示してくださった事に
あぁ、良かったって心から思えました。












ずいぶん長い間、先生と話をしました。


施設で起こる、お友達とのトラブルに
相当なストレス状態である事は分かっていても

足の治療もまだ終わっていない状態だし
学校の問題もあるし

今、施設を退所するのは無理な事です。



たくさん話し合って、相談して
精神薬を使ってみようという結論に達しました。


施設入所前に「こういうお薬もあるんですよ」と聞いていて
だけど、薬を使ってまで?と反発した私たち。



でも、もう そうも言っていられない。

暴言だけに留まらず
行動にまで及んでしまっている状況で

他の治療中のお友達に何かがあってからでは遅いのだから。










みんな お願い。


確かに問題児だけど
そういう目で見ないでね。

わがままな子だって言わないでね。

甘えてるとか
そういうふうに捉えないでね。

親のしつけが悪いのだと解釈されても構わないけど
この子の頑張りや努力だけは否定しないでね。

脳の手術を受けると
恐ろしい!怖い!なんて思わないでね。




大人の私が施設の廊下にひっくり返って
大きな声で一方通行な気持ちだけを叫びたい気持ちでいっぱいでした。

私の方が、よっぽどわがままだし甘えてるし自分勝手だ。






自分たちで決心しておいて

薬でユウタを落ち着かせる事には
いつまでも悲しい気持ちから抜け出せないままでした。







   



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[ 2008/04/24 23:59 ] 肢体不自由児施設 | トラックバック(-) | コメント(-)
書いている人

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●冨塚 七枝

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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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