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失望。 

deni3.jpg この記事は、前回の記事(←click) からの続きです・・・

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別室で先生からのお話を聞き始めたのは
もう18時半を過ぎていました。

ユウタは確か、食堂で施設の夕飯を頂いたのかな?
そのあたりの記憶は曖昧だけど
とにかく「早く家に帰りたい!」と言って、ユウタがブチブチ怒っていました。


ユウタを他の看護師さんにお任せして
だいたい、1時間弱の話し合いとなりました。





      今回の記事は長くなってしまったので
      追記をご覧になられる方は、「続きを読む」をクリックして下さい。








 お友達とのトラブルも毎日のように絶えない。

 暴言だけに留まらず、行動にも表れてきている。
 
 実際、看護師さんに これまで多くの暴力を振るっている。

 他のお子さんに、何か起こっては困る。

 このまま施設で、このままの生活を送る事は不可能。




お話の内容は要約してまとめると、そういった内容でした。

これまでユウタが起こしてきてしまった事柄から考えると
仰る事の全てに「ごもっともです」と うなずけました。



そこで、先生からの提案としては

1日おきに外泊をして家での時間を増やし
施設で過ごす時間を減らそうといったものでした。



つまり・・・

月曜日は朝から施設で過ごして
夜には自宅に連れて帰り

火曜日の日中は自宅で過ごして
夜には施設に連れて行き

水曜日は朝から施設で過ごして
夜には自宅に連れて帰り・・・と、その繰り返し。


こういったスケジュールで過ごすという事でした。


唯一の楽しみである大好きな学校は、1日おきの登校となり
大切なリハビリも1日おきになるのは必然でした。




でも、ユウタの精神状態がおかしいのは

親からの愛情不足でもなく
自宅で過ごす時間が足りないからでもありません。


いくら自宅で過ごす時間が増えたとしても
施設に行けば、何らかのきっかけでまた爆発してしまうだろうし

極端な話し、週に1度しか施設で過ごさなかったとしても
その時に何かがあれば
抑えられない感情が爆発してしまうのでしょう。



そして何よりユウタは
下垂体機能低下症という病気でもある為に

交通渋滞の多い、自宅から病院までの道のりを
毎晩 ただ行ったり来たりするだけであっても
大きな負担となってしまう事は目に見えていました。

脳の手術後からは車にもすぐ酔うようになってしまったし
その時の頭痛が、なかなか治まらずに苦しむ姿を
私たちは、すぐそばで見てきました。




先生の提案が「簡単な事ではない」と反論しようとした時に
堪えきれず、どうしようもなく泣けてきました。


施設中が、ユウタの事で頭を抱えているのだろうし
看護師さんや支援課の方も悩みに悩んで
その中で先生が出された苦肉の策なんだろうと思います。

目の前で話をしている この先生は
色々な「事」や「人」に挟まれて

立場的にも、きっと困り果てているんだろうと
私の気持ちの中では変に冷静な部分もありました。




情けないけど涙が止まらなくて
言葉を発しようとすれば、余計に涙が出てきました。


言いたい事を言えない
伝えたい事を伝えられないといった、もどかしい気持ちの中で

ユウタが頑張ると言って泣きながらバイバイした夜や
チヒロが私を支えてくれた暖かい手のひらや
これまで家族が一丸となって進んできた道のりが次々浮かんできて


「もうこれ以上は、頑張れません。」

その言葉が喉まで出掛かっては、涙で言葉に出来ず・・・。




   「先生が今日中に どうしても私へ この話がしたかった理由は
           月曜日から、早速そうして欲しいという事なんですか?」



先生は、少し慌てて否定していたけど

きっと図星だったんだ!
私がこんなに泣いてるから言えないんだろうなと、そう思いました。



私たちは最初から、施設でユウタがやっていく事は
不可能だろうと予測して、それをずっと病院へも伝えてきたわけで

他に道が無かったという事もあったけど
先生方や看護師さん、病院の「大丈夫!」という言葉を
大きく受け止めて決心したという事もありました。


「その時々で対応を考えて行きましょう」って迎え入れてくれたけど
それが、今回の この対応を指しているの?




   私:  「ユウタが施設で生活する事は無理だと最初に伝えました。」

  先生:  そう、言われると思っていました。


   私:  「何だか、厄介払いされている気持ちです。」

  先生:  そう思われるだろうと、思います。




施設で頑張ると決心して
それはユウタだけの決心ではなく家族としても同じで

入ったからには、ここで頑張るしか他に道も無いし
色んな問題を起こしながらも、ユウタなりに努力は欠かさずに来たと思う。

「あきらめないぞ!」「明日も頑張るぞ!」って
ユウタは何度も私へお手紙を書いてくれた。

ずっと、これまでよく頑張ってきたと思う。



それなのに、この状況をどうやってユウタに説明したらいいんだろう。

バカ正直に、そのままを伝えなくても
子どもはちゃんと分かっているんだから。

「ママ、迷惑ばかり掛けてごめんね」って
ユウタはいつもいつも、そう言っていたんだから。







  暴力を振るう事には、何の言い訳も出来ないし
  1番悪い事だっていうのは分かる。

  でも、そうなってしまう原因も見える。


  だからといって、理由があれば許されるとは思っていないけど

  ユウタだけが改善の努力をするのではなく
  他の事でも改善出来る部分は もう少しあるんじゃないかと思う。

  その為にユウタの脳の病気を
  周りの方に知らせても構わない。

  それは最初から施設に伝えてきた事。


  だから、もう少し周りの方に協力をお願いすれば・・・・・



そんな私の提案は
自分本位で勝手な親の意見であると分かっていたけど

やっぱり、あっさり却下でした。




でも・・・・・・



     「個人情報の問題があって、それは出来ないです。

                                それに・・・







先生の「それに・・・」に続く言葉を聞いた時に

全てが私の中で崩れていきました。




ライン



          たった、その一言・・・・・
          
          たったのその一言が消えません。



          今でも私の心の深い所で
          先生からの「その一言」だけが、ごみ箱へと削除出来ないまま
              
          重く、しかも くっきりと存在していて
          苦しみは時々、蘇ってきます。




          でもそれは怒りとか、そういう感情とは違っていて・・・

          多分、その時に強く感じた失望感と
          そして、この先への不安を伴った失望感とが
          いつまでも混ざり合いながら、私にあって。


          多分、一生 消える事は ない・・・。








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    ユウタの病気を広く正しくみんなへ伝えたい。
    誤解も偏見も無く、子供達が生きていきやすい未来を想って・・・。
 
 


みなさん、いつもクリックありがとうございます。
短期間であっという間に最高 3位へ行きました(;∇;)

みなさんの温かいお気持ちに、とっても感激しています。
私の知らない所で、ポチっと押して下さっている皆さんも、ありがとう。

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[ 2008/06/06 23:58 ] 肢体不自由児施設 | トラックバック(-) | コメント(-)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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メールフォームよりどうぞ。

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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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