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1日でも早く。 


2008年 6月9日(月)


この時、ユウタの乗っている車椅子は施設の物を使用していたので
施設を退所するにあたって、1番最初にどうにかしなくてはいけない問題は

今後使う 車椅子を
他から借りなくてはならない、という事でした。



この頃のユウタはまだ、全体重を両足に掛けられない状態だったので
まだまだ車椅子の使用が続くと分かっていましたが

今後、せいぜい半年位で何とかなるのではないかと
素人考えですが、私たちは そんな予測を立てていました。


車椅子。



買うか、借りるか。

調べると、市の社会福祉協議会で
2ヶ月間(延長申請すれば最長3ヶ月間)車椅子をレンタル出来ると知り
ユウタを連れて大急ぎで社会福祉協議会へ向かいました。


今日の夕方には、退所の手続きと
置いたままの荷物を取りに施設へ行くので
その時には今の車椅子も返却しなくてはなりませんでした。

だから、必死でした。



社会福祉協議会には、ユウタがその時使っていた車椅子よりも
ほんの少しサイズが大きいだけで、使用方法も乗り心地も
ほとんど変わりのない車椅子があったので、それを借りました。








学校の転入について詳しいお話をする為
午後から、パパと私とユウタの3人で学校へ行きました。


急な事にもかかわらず
校長先生も教頭先生も保健室の先生も

「ユウタ君、待ってたよ!たくさん頑張ってきたね!」って・・・

優しく笑顔で対応してくれました。


それを聞いた時、母親である私の方が感激してしまって
校長先生たちに飛び付き、泣きたいくらいでした。



転校、転入にあたっての手続きを教えて頂き
これまでの病気の経過や、施設であった色々を素直に伝えました。


ユウタは1年生の2学期までは この学校に居たので
その時の荒れっぷりは先生方も、もちろんご存知でした。

ただ、このような事態に陥る程では無かったのにね・・・と
私たちの話す内容には驚きを隠せない様子でした。







さて、車椅子のユウタ君。

色んな問題はあるけど、大丈夫ですよ。
先生たちも、ユウタ君が1日でも早く学校に来られるように
大急ぎで何とかしますからね。



そう言って、校長先生も教頭先生も
最初から最後まで、私たちにずっと笑顔でいてくれました。



こちらの学校でユウタを
受け入れてもらえるのだろうか・・・といった不安は

「車椅子だから」という事だけではなくて

施設で起こしてきた問題や、今のユウタの精神状態を伝えれば
きっと困惑されるだろうという不安も大きくありました。


でも、その点に付いて先生たちは ほとんど問題視せず
「そうだったのですか」と、苦笑いでスルー。



  「1年生の時も、少しずつ落ち着いてきた矢先に
   今回の「足の病気」となってしまったのですよね。

   だからきっとユウタ君は大丈夫ですよ。」




あの頃から、もう半年も経っていて
今のユウタの方が、うんと荒れているのに。

先生たちは不安な様子を
ほんの少しも私たちへ見せる事なく

ただ目の前に居るユウタの、これからだけを信じてくれました。


それが何より、私たちを勇気付けてくれました。






それからは、バリアフリーの行き届いてない部分について
長い間、話し合いました。


  2年生の教室が2階である事。

  トイレの事。


細かい事を書き出せば、たくさんの問題があったけど

とにかく、出来る限り大急ぎで問題を解決して
「1日でも早く、ユウタ君が学校へ来られるように」と
学校は協力してくれました。



2階の教室へ行くための階段は
「昇降機」というものを使う事になりました。

車椅子に乗ったまま、階段を昇降できるコンベア式の機械です。


市内には、この「昇降機」という物が1台
小・中学校用に用意されているとの事でしたが
その時 この学校には置いてありませんでした。


「その昇降機を準備するのに、少し時間が掛かってしまうかな。」

先生は、そう申し訳なさそうにユウタへ説明していました。



「どれくらい、掛かりそうですか?」

「う~~~ん、多分2日は掛かるかと思います。」



・・・・・・全然、良いですよ~ (;∇;)


私たちの中では「1週間くらい掛かってしまうのかな?」と予測していたので
たった2日ほどで学校に復学できるなんて、思ってもいませんでした。




*****




 「1日でも早く。」

先生たちが想ってくれている「1日でも早く」の気持ちが
心に染み入りました。



そしてユウタは久しぶりに
心からの笑顔で

「よろしくお願いします!」と、先生たちに挨拶をしていました。









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[ 2008/06/09 23:59 ] 小学校 | TB(0) | CM(0)
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●冨塚 七枝

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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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