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リハビリ再開。 


2008年 6月11日(水)



ユウタが施設を退所して、数日。

「立つ」というリハビリをしばらく受けていない事に
私の中では焦りが募っていました。


施設退所が急だったという事で
これからリハビリに通う病院へは、ごく簡単に事情を説明して
それでも最短の、今日の日に受診予約を入れる事ができました。



今後 通う事になるリハビリの為の病院は
脳の手術後すぐの入院中から、足の病気が発覚する直前まで
ユウタの事をずっと診てもらっていた整形外科とリハビリ科のある大学病院です。

理学療法士(PT)の先生も、ユウタの事をよく分かってくれているので
安心して今後の事をお願いする事が出来ました。



「すべり症だったんですか・・・。」

PTの先生も眉をひそめて、車イスのユウタを見つめていました。



足の痛みを訴え出してから、ここの病院の整形外科を何度か受診して
そのたびに「筋力をつけるしかない」という診断を受けていました。

痛いと訴えるユウタに私も病院も「すべり症」などとは思いもせず
ずいぶんと長い間、辛い思いをさせてしまっていました。

大腿骨頭すべり症という骨の病気は
とっても見つけづらいので、仕方ないのですが・・・。



「私はユウタの脳腫瘍を なかなか見つけてあげられなかった。」

・・・そう、あの時と同じだ。




ライン




まずは、これまで施設で行っていたように
「3分の2」の体重負荷で立つ練習から始めました。

ユウタはすぐに痛みを訴えました。

でも途中で休憩しながら、何度か立ちあがって頑張りました。


平行棒を ぎゅっと掴み
踏ん張った顔をして頑張るユウタの姿を見ていて

涙が出そうになりました。


痛そうで可哀想とか、頑張る姿に感動しているとか
そういう気持ちではなくて

リハビリを再開できた安心感で
ものすごくホッとしたのを覚えています。






これから この病院で週に1度の通院にて
リハビリを受けていく事になりました。


今までは施設に居たので
当たり前のように、毎日 きちんとPTを受けられていたけど

これからは週に1回のPTとなってしまいました。



  「骨は、使っていかないと強くならない。

  多少の痛みはガマンさせて
  自宅でも”立ち上がる”というリハビリをやった方がいいでしょう。」



・・・という事で。

色々と準備をして自宅でも欠かさず
立ち上がるリハビリと筋トレをやっていく事に決めました。










病院にある、福祉用具専門店に寄って
まず、先生に指定された通りの歩行器を1ヶ月レンタルしました。


歩行器(折りたたみ式)


この歩行器を使って、歩くという事ではなく
  まずは「立ち上がる」という事です。

  両足合わせて3分の2の体重を
  左右の足、均等に掛けながら立つのです。


体重計2個。


針で数値を示すタイプの体重計を2つ並べて
歩行器につかまり、ゆっくり 負荷を加減しながら立ち上がります。

左も右も、だいたい15キロ~17キロのメモリを示すようにします。

歩行器から手を離してしまうと
その途端に全体重が足に掛かってしまうので腕にも力が要ります。



足には体重の3分の2、腕には3分の1。

やってみると、これが結構・・・難しいのです。





やっぱりユウタは、立ち上がって数秒で痛みを訴えだしました。

「多少 痛がっても、立たせるように・・・」と言われていたので
1日に1回、最初は30秒立って
日ごとに10秒ずつ時間を増やしていきました。




この頃ユウタは 家での筋トレも、このリハビリも
ものすごく張り切って頑張っていました。


「早く、歩きたい!」

その気持ちの先には
ユウタの心にず~っとにある

色々な夢も希望もたくさん詰まっているのだと思います。





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病院の帰りに家族で
近所のホームセンターに行きました。


ユウタが学校のトイレで使う「台」をパパが作成するので
その材料などを揃えに来たのですが

なんと、そこでばったり教頭先生と会いました!


先生の手には、ビニールカーテンやら木材やら色々・・・。



    「ユウタ君が明日から学校に来られるように

        先生も急いでトイレの準備をしておくからね~。」





ユウタも、そしてチヒロも感激していました。

「うちらの学校って、すごくな~い?」(ギャル風)



チヒロの言うとおりだよ。


車イスで、しかも色々と問題も大有りなユウタを
温かく迎え入れてもらえた事は・・・

この時も、今も、変わらずに感謝しています。





帰宅後、パパも大急ぎで
ユウタが学校のトイレで使う「台」を作成していました。


全てが整いつつある この日にやっと
ユウタが地元の小学校へ復帰する実感が沸いていました・・・
(*^ー^*)








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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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