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ごめんねの手紙と。 


2008年 6月19日(木)


今日は、整形外科と内分泌科の受診後に
先日まで入所していた肢体不自由児施設と隣接する養護学校へ行って来ました。


施設を急に退所して、そのまま学校も転校となったので
お友達や先生に きちんと挨拶が出来なかった事により
ユウタにも私にも心に引っかかっているものが確かにありました。


特にユウタにしてみれば・・・

これまで先に退所していくお友達を「お別れ会」などで見送ってきていたので
自分のパターンが「おかしい」という事に気が付きながらも
大人のように言葉で上手く不安を訴えられる事も出来ず

日々の明るい笑顔の中にも、施設の事や養護学校の事が
時々、浮かぶように表れていました。




「ありがとう」と「さようなら」を言いに行こう!

そう伝えると、ユウタはとても嬉しそうでした。
安心したように喜んでいました。


あんなに嫌がった施設、ケンカばかりだったお友達のこと・・・

それでもやっぱり、行きたいし会いたいし。


ユウタの気持ち。
私にだって、分からないでもないよ。









養護学校の教室に行くと、先生もクラスメートの皆も
ユウタの事を今までと変わらずに温かく迎え入れてくれました。

「ユウタが来た~!」って 驚き顔のお友達や、色々。


離れてから、ほんの少ししか経っていないけど
私は、懐かしいような この空間と香りに涙が出そうになりました。




「先生、ぼく、ユウタ君に言いたい事があります!」

お友達が手を上げました。



   「ユウタの事、いじめてゴメンね。」



それから先生が促したわけでもないのに
次々と子供達がユウタに一言ずつ、声を掛けてくれました。



「ぼくも、ユウタの事いじめてゴメンね。」

「ぼくもイッパイいじめちゃって・・・ゴメンね。」


「ユウタの事を守ってあげられなくて ゴメンね。」

「ぼくもユウタの事、守ってあげられなかった。ゴメンね。」




率直に言えば、私は かなりビックリしました。
そういう言葉が先生の前で出てくるとは思わなかったから。

だから余計にみんなの言葉が、私の胸には響いていました。

最初の「ごめんなさい」には
きっと勇気がいったと思うのです。





最初から、ちゃんと向き合う事が出来ていたら
もっともっと仲良く過ごす事も、可能だったのかもしれない。


私の中では、後悔に近い気持ちも溢れていました。




ユウタも同じ気持ちだったのかな・・・

その後あえて私からは、何も聞かなかったし
言葉も掛けないようにしていました。

ユウタがお友達の言葉を受け止め、いま想う気持ちのそのままを
心に留めておいて欲しいと思っていました。






その後、クラスのお友達一人ひとりが書いてくれた お手紙を受け取って
ユウタはそれを大切そうに胸に抱いて帰りました。



「ユウタのお母さん、絶対見ないでよ!」

子どもたちにはそう、念を押されたけど・・・ごめんね。こっそり読んじゃった。


何度も消しては、書きなおした様子の見える お手紙には

「いじわるして、ごめんね。ほんとうは いつも あやまりたかった。」


ほとんどのお友達のお手紙に
「ごめんね」という言葉が たくさん、たくさん書かれていました。
ともだち。



ユウタは脳の手術の影響で感情的になりやすい部分も確かに秘めていて
だから難しいと思える事も、同学年のお友達よりは多くあるんだけど

病気である事とは離れた部分では
歩み寄れるきっかけさえ、ちゃんと作れたら
こんなふうに前進できるかもしれないって希望が少し沸きました。


みんな、本当にありがとう。

今はそう、心から思っています。



それでも、ユウタと同じ病気の仲間が多く抱える「思春期」の問題は
もう目の前に立ちはだかっている気がするし
母親として落ち着いて構えている!とは決して言えないんだけどね。


ホルモンの関係からくるのか
それとも脳の障害から表れているのか今は不明だけど

この病気の子どもたちから聞こえてくる「幼児性」の抜けない部分に付いても
医療側での研究が、もっと進んで欲しいと切に願っています。




努力で変われる所があるのではないか・・・

そう思って子どもの事を毎日見つめているけど
見えない事ばかり たくさんあります。


私達は がんばる事が嫌なのではなくて・・・

方法が見つからないまま過ごす事、それがとても残酷なのです。




ライン



施設でも学校でも、いろんな事があって
もちろん楽しい事も 日々の中ではたくさんあったんだけど

そこでは厳しい現実と、避けられないこれからの問題を目の当たりにして
私の中にあった「甘い考え」は すっかり飛んでいきました。




当たり前だけど・・・
黙っていたら、誰も助けてくれない。

だからといって必死になって訴えても、通じるとは限らない。
医療の現場でさえもね。


ふてくされて、ひねくれていても、自分にとって ただの悪循環。
ぐるぐる落ちていくだけ。

だから、どうにかしていきたい!という気持ちは
私の中で、どんどん大きくなっていきました。



「勉強になったね。」

人からそう言われると
猛烈に腹が立つ私は、まだまだなんだけどね。


でも、そんな言葉じゃ例えられないほど
確かに私の中にある気持ちは大きく変わりました。

多分、ユウタも。









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    ユウタの病気を広く正しくみんなへ伝えたい。
    誤解も偏見も無く、子供達が生きていきやすい未来を想って・・・。
 
 


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みなさんの温かいお気持ちに、とっても感激しています。
私の知らない所で、ポチっと押して下さっている皆さんも、ありがとう。

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[ 2008/06/19 23:59 ] ママの心 | TB(0) | CM(3)
v-22拍手を下さったchiharuさん

拍手にコメントをありがとう。
これからも一緒に頑張っていきたいですね。
[ 2009/03/13 12:50 ] [ 編集 ]
v-22うめちゃん様

うめちゃん、こちらではお久しぶりです。
いつもメールやコメントをありがとうございます。

施設や養護学校で出会った子どもたちは、みんな大きなストレスを抱えていて
問題なのはユウタにだけではなく、みんながそれぞれの家庭で色々な悩みを抱えていました。

長期の入院には仕方が無いと言えば、そうなのかもしれないですね。
でも、もう少し子どもを信じて変えようとする努力をしてみても良かったなって思いました。

今はとても良い関係を築けているんですよ。
私もユウタも、良い意味でも変われたかなって思っています。

うめちゃん、ありがとう。
[ 2009/03/13 12:47 ] [ 編集 ]
みんな、後悔したんだろうね、ユウタ君がいなくなったあと。
これで本当の友達になれたんじゃないかな。

私は、守ってあげなくてごめんね…のお友達に感動しました。

ゆうたくんもご家族も、大変だったよね。
辛かったよね。

今は笑顔で学校行ってるようなので良かったです。
[ 2009/03/12 14:12 ] [ 編集 ]
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●冨塚 七枝

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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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