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尿崩症のこと・2 

   
前回の記事 「尿崩症のこと・1」 の続き


ユウタは1度目の開頭手術後に多尿の症状が出て
入院中と、そして退院後しばらくの間は
尿崩症の薬である「デスモプレシン」を朝晩と使用していました。

でも、それは今考えると・・・薬の必要無い程度だったと思います。

確かに術後すぐでは尿崩症の症状が出ていましたが
退院の頃には多尿の様子も無くて
喉の渇きを頻繁に訴えるような事も一切ありませんでした。

何も症状が無いのに、ただ朝晩は欠かさずにデスモプレシンを使用して
1か月くらいはそのまま様子を見ていました。


「ユウタにデスモプレシンの必要はあるのですか?」

「う~ん、やめちゃおうか?」


当初ユウタを診て下さっていた内分泌の先生とは
そんな会話で薬が終わった事を覚えています。

1度目の手術後にあらわれた「尿崩症」は、術後一過性のものでした。








2度目の開頭手術後、その尿崩症は確実なものとなりました。


術後、ICUでベットに横たわっているユウタの導尿パックには
みるみるうちに、透明の尿でいっぱいになっていきました。

これでもか!って位に尿が出てくる様子を、私自身がこの目で見て
恐ろしいな・・・と思えるくらいでした。

そして、何よりも恐ろしかったのは
ICUの看護師さんがデスモプレシンの薬の説明書を読みながら
「これでいいのかな?」って感じでユウタに点鼻している事でした(-_-;)


・・・「私がやります!」と、看護師さんに手本を見せました。





それから退院まで ユウタは2カ月を要したのですが
その原因の一つに、尿崩症が大きく影響していたという事もありました。

尿量と水分の摂取のバランスも なかなか上手くいかず
それだけが原因ではないけど、血液検査などでは
ナトリウムの値も落ち着きませんでした。

精神面でも荒れにあれ、空腹感も酷かったので
このまま家に帰って 家族が24時間自力で介護する事は
とても難しい・・・という先生方の判断もありました。




退院後は先生方の心配どおり、確かに ものすごく大変でした。

精神面での事、空腹の事、そういう事を抜かして
「尿崩症」についてだけの事を思い出しても、大変苦労しました。


尿崩症の方の多くは、薬が切れて多尿の症状があらわれると
自然に喉の渇きが起こり、水分を多く摂り始めます。

でも、ユウタは手術の影響で枯渇感を失っていました。
つまり、喉が渇かなくなってしまったという事です。


ガンガン、オシッコが出ちゃっているのに、喉が乾かない!

・・・これ、致命的です。
気がつかないうちに、みるみる脱水が進行していってしまいます。



なので、出た尿の量と時間を記録して
排出されたその分だけ水分を摂らせるようにしました。

喉が渇いていないのに、無理やり水分を摂らせる事は
思う以上に難しい事でした。

大人であれば「飲まなきゃ!」という意識がきっと働くのだと思います。

でも、その時のユウタにとったら、他にも辛い事がたくさんあったので
「飲みたくないけど、飲まなくちゃいけない」という事だけでも
積み重なる辛さの中で、大きな苦痛となって在りました。





そして・・・苦労の原因、2つ目は
薬「デスモプレシン」が、なかなか効かない!という状態に陥った事でした。


当時の記録。


当時の記録を読み返すと、考えられない位の量を点鼻し続けていました。


1時間おきに、スプレーで2プッシュずつ・・・
それでも尿が大量に出て止まらない。

夜中も、オムツや布団を通り越して 畳の底まで浸み入る大量の尿。


朝起きて、隣でユウタが干からびていたらどうしよう!って
私は本気で心配していました。

夜中も2時間おきにユウタのオムツを交換していました。


みるみる増えて行く尿量に合わせて水分も摂らせなくてはいけないので
夜中、お腹がすいたと泣き叫ぶユウタに、それはもう強引に、
時にはウソをついてまで水分を摂らせていました。・・・ヒドイね。
(ウソ=「これ、薄い味だけど、おいしいジュースなんだよ!」とか・・・。)



記録ファイル。



ユウタの尿量と水分摂取量を記録し続け、そのファイルも数十冊。

小学校に上がってからは学校での記録が計れない事もあり
記録を中断していましたが、ここへきて再度記録をスタートしてみました。



毎回の血液検査では、常に脱水傾向の見える結果であるユウタ。

思えば、きっちり記録を取りながら水分量を調節していた頃は
検査結果の数値も標準に入っている事が多かったのです。








記録を再スタートする事になり 過去の記録を見返しました。

当時の苦労が走り書きの文字から、よみがえってきます。



ユウタは5歳でした。

オムツはとっくに外れていたんだけど、手術の後には
「オシッコがしたい!」とか「出た!」という感覚さえも失われていて
保育園にも紙おむつをして登園していました。

だけど少しずつ尿意の感覚は戻って
小学校入学の頃には日中パンツで過ごせるようになり(ホッとした~!)
でも ごく最近まで夜だけは紙オムツを外せませんでした。



喉も乾かない、水分も摂ってくれない、薬も効かない
尿意も無い、オムツも取れない・・・


尿崩症に関する事だけでも、なかなか落ち着く事が出来なくて
しかも、それに加えて・・・

どんどん増加していく体重の事や1日中続く空腹感、
原因の分からない頭痛の事、精神的に荒れている事なども重なり
頭がおかしくなりそうでした。




今では夜もオムツから解放されて、おもらしも無くなりました。
ブツブツ文句を言いつつも、飲まなくちゃいけない分は飲んでくれます。

薬「デスモプレシン」に関しては、難しいチューブタイプであっても
言われた量を確実に1人で使用する事も出来るようにもなりました。

尿量や水分の摂取量も、自分で計って記入しています。

夜中や朝方に、気が付くとユウタが一人 部屋の隅で
キッチンスケールと計算機を使いオシッコの量を計って
時間とともに記入をしています。


キッチンスケールと計算機。



今、それでも全ての事が解決された訳じゃないんだけど
あの頃に比べれば・・・


数冊のファイルを読み返しながら、ホントにしみじみ思いました。





6月のあたまから記録を初めて
ユウタの水分と尿量とのバランスは表の中では整って見えます。

時々、薬のタイミングがずれてしまうと
1日トータルで尿量の方が多すぎてしまう事もあるんだけど。



計測していると、数字で足りない量が分かります。

枯渇感の無いユウタには
こういう方法が、まだまだ必要なんだと思いました。


こんな今の季節でも思っていた程の高体温にもならないし
昨年の今頃だったら、もう日中で38度以上が当たり前だったかも知れません。

だけど最近はそれ程 体温が上昇する事もないので
こうやって計測していく事によって、体の水分のバランスが整えば
ナトリウムの数値も落ち着いていくかもしれないって思うようになりました。





いつもは憂鬱なのに
次回の血液検査が何となく待ち遠しいです。

これでもナトリウムの数値が異常だったら・・・先生、助けてね。






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[ 2009/06/17 15:45 ] 内分泌科・小児科 | TB(0) | コメント(-)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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