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シャント結紮後・急変 

   
前回記事(←クリック)の続き




救急車の中でのユウタは隊員の方の呼びかけにも
ほとんど無反応でした。

耳元で 「ユウタ君、分かる?」 と、大きな声で呼びかけられると
かろうじて目を開ける、といった感じです。

私は冷たくなっているユウタの足を、ただ、ぎゅ~っと掴んで
隊員の方からの質問に淡々と答えていました。



白い病院が見えてきました。

いつもの病院を見た途端、急に涙が止まらなくなって

情けないけど、それからの私は隊員の方からの質問に
うなずいたり首を振ったり・・・という事でしか答えられなくなりました。



病院に着くと、救急車からユウタが降ろされると同時に
ERのDr達が大勢出て来て

そのままユウタが自動ドアの向こうに入って行きました。



あっという間に、私は1人になって
ものすごく心細くなって不安になって

そのまま携帯電話でパパに電話を掛けました。



チヒロの事も心配になってきました。

少しだけど、チヒロも体調を崩していて
救急車で一緒に連れてくる事は出来なかったし
「パパが来るまで、家で留守番していてね」と、お願いして
私は慌ただしく家を出て来てしまいました。

家を出るときに、玄関から部屋を振り返ると
チヒロが今にも泣き出しそうな顔で犬を抱いていたのを思い出しました。


そんなチヒロの表情が頭に浮かび
おいおいと、泣けてきました。

ついさっきまで、チヒロとユウタと私の3人で
布団の上に寝転んだまま、ふざけて遊んでいた事が
まるでずっと昔の事のような気がしてきて・・・



「ママ、今まで本当に ありがとう。」

ユウタの発した、その言葉も
いつまでも重たく私の心に圧し掛かっていました。








会社を早退して、パパもすぐに病院へ駆けつけました。

それからどのくらい待ったのか、ERの先生に呼ばれて
ユウタの状況を聞く事が出来ました。


  CTの結果からみると、脳に異常は無い。

  シャントの結紮により脳室が大きくなっているような事も無く
  手術の以前と変わりがない。

  考えられる事の一つとしては
  「髄膜炎」になっているかもしれない、という事。

  現在、脊椎から髄液を採取して髄膜炎の検査中。



今、ユウタが死んでしまうかもしれない、というような状況では無いという事で
その点ではパパと一緒に大きく安心したものの

パパも私も、恐怖と不安の中からは
抜け出せない状態でした。






その後、主治医の先生と話をしました。


  髄膜炎の検査結果は陰性、大丈夫。

  髄膜炎の検査の時、脊椎から勢い良く水が吹き出たので
  脳圧は、とても高くなっている。

  CTを見ると、脳室にほとんど変化は見られないけど
  シャントを縛った事で、このような変化が起こってしまった事には
  間違いなさそう。



せっかく手術したんだけど
縛ったところを、ほどく手術をすぐしましょう。

21時30分から手術します。





結構長い時間、先生と話をしました。

先生も、私達の細かな疑問や今後の事に対し
とても親身に話を聞いて下さって、そして答えて下さいました。


でも先生、私の気持ちとしては・・・

”この手術を頑張ったら、頭が痛いのも無くなるかもしれないんだ!”と
ユウタが信じて、期待もして、頑張るぞ!と意気込んでいた気持ちを思うと

可哀想で、本当に可哀想な事をしてしまったと悔やんでしまいます・・・


泣きながら私も、もう何を言っているのか
自分でも分からない感じでした。



先生は「ユウチャン、確かに可哀想だったけど・・・」と付け加えて

だけど、無駄じゃなかったんですよ!
頭痛を解決する為に、一歩は進んだんだから。

今回の処置はダメだったんだと分かった事は
この先に無駄な事ではないでしょう。



先生の、その言葉に
その場の私は、とても救われたのだと思います。


「この先」

先生の言ってくれた「この先に無駄な事ではない」という言葉を聞いて
少し我に返る思いでした。


だって、これで終わりじゃないんだもんね。

ユウタの頭痛をこのまま諦める事は出来ないんだから
立ち止まっている時間もないし、次に向かわなくちゃいけないよね。



私にしては珍しく、かなり早いスピードで
前向きな気持ちに切り換える事ができました。


だけど、もちろん心の中では
「なんて可哀想な事をしてしまったんだろう」って
後悔した気持ちが全く無かったとは言えないし

パパも無言の中で時々、深いため息をついて
多分・・・ものすごく悔やんでいました。




そのうちに私達は「これまで歩んできた道」の全てが
間違っていたんじゃないかと、そんな事を話し始めていました。


「あの時、違う選択をしていたとしたら
きっと、こうならなかったかもしれない」とか

「ああなったかもしれない」とか
「こうなったかもしれない」とか。


それは今 話していても、もう、どうしようもない話なんだけど
哀れな事だと、ちゃんと分かっているんだけど

気持ちを吐き出さずに居られないような感情でいました。





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[ 2009/08/22 00:00 ] シャント結紮術 | TB(0) | コメント(-)
書いている人

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●冨塚 七枝

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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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