スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

2回目の救急搬送。 

   
2009年 10月17日(土)


この日は横浜で行われた
小児脳腫瘍の会主催のシンポジウム(詳細はこちら)に参加してきました。

こちらについても後日記事にいたします。





この頃、チヒロもユウタも風邪気味の為、体調はいまいちでした。

17日のシンポジウムに備えてパパには
もう、ずいぶん前から有給をとってもらっていました。

なので、風邪気味の子供2人をパパに預けて
それでも何かあればすぐに帰れるようにと、私は車でシンポジウム会場に向かいました。



シンポジウム終了後の懇親会、そしてちゃっかり2次会にも参加して
22時過ぎには自宅に戻りました。

パパ曰く・・・
チヒロもユウタも、いつもと変わらず元気だったとのこと。

ここでやっとホッとして、布団に入りました。




深夜2時頃。

となりで寝ていたユウタが急に大声で頭痛を訴えました。


  「うぁ~・・・痛い痛い痛い、頭がいたい!」

  「吐きそう、気持ち悪い!」


寝ぼけているのかと思うくらい、急な叫び声でした。


とりあえずアイスまくらで頭を冷やして
飲みたがらないんだけど、出来る限り水分を摂らせて。

それから、いつも飲ませたって全然効かないんだけど
試しにカロナールも飲ませて、様子をみていました。


その後ユウタは頭を痛がりつつも、寝たり起きたりを繰り返して
だけど朝方になると頭痛を訴える事も無くなり、ずっと眠り続けました。


いつもならば、空腹の為に早朝の4時や5時には起きるユウタが
この日、午前10時まで起きませんでした。

毎日飲まなくてはいけない薬もあるので
強引に起こして薬だけは飲ませたものの、食欲も無く・・・



やっと目が覚めて、ソファーに座ると
朝食のパンを握りしめたままで、ユウタはまた眠ってしまいました。

これは「おかしい」と思い、病院へ行く準備をしていました。


掛りつけの大学病院に電話をして、救急外来へ行こうと思っていたのですが
それからあっという間にユウタの意識が遠くなっていきました。

揺り起して話しかけると、一瞬だけ目を覚まし
会話は成り立ちません。

夏休みに「シャント結紮術」を受けた後の、あの症状と同じでした。





「半日くらいで死んじゃいますよ」

あの日の先生の言葉が蘇りました。


もう迷う事なく、すぐに救急車を呼び
私とユウタの2人で病院に行きました。

パパが自宅に居たので、チヒロも今回はだいぶ安心していたと思います。






あとからパパとチヒロも病院に来ました。


ユウタが検査等の処置をしてもらっている間は
病院内の救急外来の待合室にて待機していました。

この時期なので、待合室には
インフルエンザの患者さんで ごった返していました。



近くの席に居た、まだ若いパパとママらしき2人が
泣きぐずる赤ちゃんを心配そうに見つめていて

「インフルエンザのせいで、この子の脳に何か起こったら、私、生きていけない。」
「TVで見たんだよ、後遺症も残るんだって!」

そんな話をずっと繰り返していました。







ユウタは結局、病院に運ばれてすぐ
CTなどの検査をするうちに元気を取り戻したとの事で
入院はせず、家に帰れる事になりました。

診断としては、CTで脳室に変化は無いものの
やはり、いつもと同じく「髄液の流れ過ぎでしょう」との事でした。


でも、私にとっては何だか腑に落ちない診断でした。

体が起き上がっていて流れ過ぎているのなら分かるけど
横になっていて頭痛を訴えるという事は、逆に流れていないんじゃないか・・・。

モヤモヤしたままでした。



それに・・・

私にはユウタが元気になったようには、とても思えませんでした。


この日は日曜日という事もあり、ユウタの主治医は不在で
救急の対応にあたって下さった脳外科の先生には何度も
「全然元気になっていません。様子がまだおかしいです!」と訴えましたが

それは、なかなか通じませんでした。


ユウタもユウタで、入院は絶対にしたくない!といった気持ちから
先生が様子を見に来ると、頑張って元気な自分をアピールします。

私も負けずに「これはユウタの元気に見せる為の芝居です!」(笑)と
先生に何度も耳打ちしました。


・・・が、逆に先生には「心配し過ぎの痛いお母さん」といった感じに
見られていたかもしれません。


家から病院も近いし、何かあったらまた病院へ来よう。

そう自分に言い聞かせて、帰る事にしました。
本当はこのまま連れて帰るのが怖かったんだけど・・・。






血液検査の結果、脱水の傾向があったので点滴をしてもらい
日もすっかり暮れた夕方に、やっと病院を出る事が出来ました。


ユウタは芝居し続ける力も尽き、帰り道にはもうグッタリでした。

夕飯も ほとんどを残し
「眠い」と言って、すぐ布団に入りました。







クリック、ありがとう(*^ー^*) 

多くの方に読んで頂くために、人気ブログランキング参加中です。
  1日1回だけ、上の(Blog Ranking)バナーをクリックして下さい。

    ユウタの病気を広く正しくみんなへ伝えたい。
    誤解も偏見も無く、子供達が生きていきやすい未来を想って・・・。


みなさん、いつもクリックありがとうございます。
短期間であっという間に最高 3位へ行きました(;∇;)

みなさんの温かいお気持ちに、とっても感激しています。
私の知らない所で、ポチっと押して下さっている皆さんも、ありがとう。

*evergreen***






[ 2009/10/23 01:03 ] 11回目の入院 | TB(0) | コメント(-)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
ツイッターは@Na7e_

Na7e_をフォローしましょう


フェイスブックへ


************************

●メールは右サイドバー1番下の
メールフォームよりどうぞ。

*evergreen***

Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


*************************

これまで全ての記事
全タイトルを表示!
ブログ内検索
カテゴリ
月別


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。