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病弱児支援級・1 

これだけが原因ではないんだけどね。

ずっとブログを放置してしまっていた一因として
本当の気持ちを包み隠さずに書いてみようと思います。

現在、支援級や支援学校に通われながら一生懸命に頑張られている方は
もしかすると大変気分を害されるかもしれないです。

でも、私の気持ちとして綴りたいと思っていますので許して下さい。







ユウタは地元の小学校に通っています。
チヒロも通っていた小学校です。

当たり前のように地元の小学校に入学して
当たり前のようにクラスのみんなと過ごし、卒業していくものだと思っていました。

ただ、ユウタは様々な困難を抱えているので、
皆と全く同じように過ごす事はとても難しいだろう、とは覚悟していました。

それでも、ユウタと同じ病気の仲間たちがそうしてきているように
病気に対する配慮や学校や先生方、そして保護者の方への理解を求めながらであれば
保育園からのお友達と一緒に、同じ教室で過ごしていけると
私はそう思っていました。

みんな、そう思っていました。
私もパパもチヒロも。




低学年の頃は、そうでもなかったクラスメートとの距離を
3年生くらいから、強く感じるようになりました。

集中力が無い事、体力的な差、年々と強くなり続けている頭痛、倦怠感。
1日の中で保健室に行く事がほとんどの学校生活となって行きました。


保健室の先生は、おもむろに困り果てていました。
ユウタの病気に対しての理解はなかなか得られませんでした。

でもね。
そりゃそうだよ。

保健室に行っても、遊んだり、おしゃべりしたり、折り紙したり・・・
そこでは元気なんだから。

好きな事をしていれば元気なんだもん。
教室に行くとダメなんだもん。

ワガママ、甘え、さぼり、として見えても当たり前です。

先生からの連絡ノートには、いつも保健室の先生との困ったやり取りばかりが綴られ
夕方には担任の先生から、学校での問題行動を伝える電話が掛ってくるようになりました。







2009年に小児脳腫瘍の会で行われた講演会。
(その時の記事はこちらをクリック


この日の講演後の親睦会にて西牧先生にユウタの状態を相談しました。

その時に西牧先生がアドバイス下さったのが
「病弱児支援級というものを今の小学校に設立してもらいなさい」といったお話でした。



病弱児支援級・・・支援級か。


私には正直「戸惑い」がありました。
情けない事に「ショック」でもありました。

支援級という響きに。

そうです、支援級というものに対しての偏見があったからです。




ユウタは、これからものすごい努力を必要とするのだろうけど
「普通級」で頑張って過ごしていける。

もう少しすれば体力もついてきて、理性も成長して協調性を持てるようになり
集中力も備わって行くだろう。

勉強も全くついて行けてない訳ではないし
同級生との会話だって、そこまで距離を感じる程度ではないんだから
少しの幼児性は感じても、それでも、それでも・・・。


私は認めたくなかったんです。

「普通級」にこだわっていました。





だけど、そんな事を言ってもいられない。

現実の日々の中で、いったいどうして行く事がユウタにとって1番なのか
時々、パパとは支援級について話をしていました。

「病弱児支援級」というものを、まだ知らなかった時の話ですが
もともと小学校に設立されている知的や情緒等に障害を持つ子ども達の為にある支援級にユウタも所属するべきなのかどうか。

学年が変わるたびに、そして何か問題を起こすたびに
学校の先生にも相談していました。

ユウタにとって支援級がベストなのであれば移る事も大切だと
親としてそういった思いも、もちろんありました。

でも、先生の意見も「ユウタ君に支援級は向かない」といった返事でした。



パパと私の話し合いは、いつだって同じでした。
お互いで同じ事を交互に言い合っていました。

「ユウタに普通級での活動は難しいんじゃないか?」
「いや、頑張れると思う。」
「もう少し、頑張らせてみよう。」

いつもいつも、その繰り返しでした。








普通級?通常級?

きちんとした名称というか、呼び方は分かりません。


ただ私は、そんな括りにさえ悲しい諦めを感じていました。

我が子の病気の受容も、まだまだ出来ていない状態の中で
だけど、どんどん出来ない事が増えて行く現実の中で、しがみついていました。


みんなと同じように元気になって行くと信じていたい気持ちに
私が、しがみついていました。






[ 2011/09/26 23:54 ] 小学校 | TB(0) | コメント(-)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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