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ユウタの110番。 

警察官に羽交い締めにされる10歳の子どもの姿、
大勢の警察官がぞろぞろと家に入り、我が子が連行されて行く様子をほんの少しだけ想像してみて下さい。
愛し育ててきた我が子の姿として。



2011年 夏休み。
家の中に警察官が入ってきたかと思うと私のすぐその目の前で
ユウタが警察官に肩と足をとられ倒れ込み、ドタンバタンと大きな音と共にうつ伏せに押え付けられました。
それから私服の警官が泣いているユウタを促し警察署へと連れて行きました。
警察のお世話になるのは、もうこの日で3度目となってしまいました。

ユウタが羽交い締めにされ押さえられていたその時、私は”自分の子どもの名前”も思い出せず、ただ「母親です」「息子です」の返答さえ出来ない程の『痛み』を感じ続けていました。


ユウタは現在小学5年生です。
小学生とはいってもユウタは脳腫瘍の摘出手術後に起きてしまった後遺症により、大変大きな体になっています。
私などは、もう軽く突き飛ばされてしまう感じです。

普段はとても穏やかで、心の優しいユウタです。
親ばかですが、ユウタは優しく温かい心を持った子どもだと思っています。

でもユウタは、怒りの感情に包まれたり困り事に突き当たると物にあたったり人に手をあげたり、自傷行為を起こすようになってしまいました。
それもこれも手術の後遺症によるものなのですが、感情の抑制が難しく、特に突発的に起こった出来事に対する怒りの感情を抑制する事がとても苦手となってしまったのです。


IMG_0046.jpg


例えば・・・
テーブルをひっくり返す、壁をたたく蹴る、ドアを壊す、ガラスを割る、近くにある物を投げつける。
そのような事は日常茶飯事でした。

抑えられない怒りの感情を家の中にある物へとぶつける分にはまだ良しとしても
ベランダに出て、柵を乗り越え6階から飛び降りようとしたり、そんな事もしょっちゅう繰り返していました。
「死んでやるーーー!」とマンション中に、いいえ町中に、
小学5年生の男の子の泣き叫ぶ声が早朝の我が家から響き渡るのです。

チヒロもユウタの腕を引っ張りながらベランダで大泣きです。
「もう、やめて!ユウタ、やめて!」大騒ぎです。
大きな体のユウタを私とチヒロで押さえ付けようとしてもしても動きません。
ご近所の皆さんもこちらを見上げて立ち止まっています。

チヒロは耳を塞いでユウタに負けないくらい大きな声で泣きました。
ベランダの柵にしがみつき「死んでやるーーー!」と大声で泣き叫ぶ異常な弟の姿を同じ中学の友達や先輩に見られている訳ですから、恥ずかしい気持ちや情けなさ、敏感な年頃の女の子にとっては絶望感でいっぱいなはずです。
「もう、学校にはいかない!」そういってチヒロが部屋に閉じこもってしまう事も何度かありました。



私はお母さんなのに、こうなるとなぜかいつも「無」になってしまいます。
自分がどのように行動したらよいのかがもう分からなくなります。
情けない事に、ただそこに立ち尽くすしか無いのです。
静かにパチン、パチンと頭の中で電源が落とされていくように私は動けなくなります。

こちらを眺めながら通り過ぎる人たちと、私のそばで泣いているチヒロと、
そしてベランダから今にも飛び降りそうな状態のユウタを見ながら、私は思いました。

こんなに大騒ぎな状態なのに、どうして誰も警察に通報したりしないんだろう。
なぜにノーリアクション?
びっくりした様子でこちらを見て、しばらくすると皆歩き出し通り過ぎていきます。

もし虐待だったら?もし家庭内暴力だったら?

私だったら?あなただったら?
家族だったら?知っている人だったら?


頭に大きな傷もあり、何度も救急搬送されているユウタなので、簡単に言えば「ユウタ君は病気」と近所の方々に知られていると思います。
後遺障害を抱えている事もそれなりに。
変貌した体格や頭に大きくある手術跡の事など含め、病気の事をオープンにせざるを得なかったので、聞かれれば誰にでも脳腫瘍の手術を受けた事、後遺症の事を説明してきました。

”脳の病気をした子だからね。いつもの事だよ。毎朝うるさいな。迷惑だな。”

そんな声を想像しているうちに、いつか本当に私の耳に直接陰口が聞こえてくるようになってしまいました。
でもそれさえも、みんなの冷たい反応さえも、私の勝手な被害妄想からくる幻聴でした。

そろそろ民生委員さんが訪ねてくるんじゃないか、警察や児童相談所、保健所からなどの介入があるんじゃないかと私はどこかで覚悟していました。
覚悟という中に、実は期待もありました。
誰か気付いてくれるかもしれない。そして、もしかしたらこの騒ぎを聞いて、誰かが救いの手を差し伸べてくれるかもしれない、助けてくれるのかもしれないと。


でも結局は誰も助けてはくれませんでした。
声をかける人も、苦情も通報もありませんでした。
無関心なのか、事なかれ主義なのか、あの子は病気だからという解釈からなのか。
関わりたくないのか、面倒なのか、哀れみなのか。


IMG_3305_20111205115015.jpg


初めて警察官が介入してきた日は、ユウタ自ら110番して「助けて!!!」と叫んだせいでした。2回目もユウタの通報です。

ユウタも、どうにもならない苦しみにもがいていました。
病院に行っても治らない、救急外来に連絡しても様子見して下さいと言われてしまう。とにかく頭が痛い、気持ちを抑えられない、自分で自分を止められない。

誰か助けて!

110番につながった瞬間ユウタはそう叫びました。
司令塔に、ユウタのその泣き叫ぶ声は、どんなふうに響いたんだろう。





[ 2011/12/05 11:40 ] 日常 | TB(0) | コメント(-)
書いている人

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●冨塚 七枝

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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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