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タクシー登校、厳しいです。 


ユウタは療育手帳や身体障害手帳類を持っていないので(持てない)受けられる支援がありません。

例えばこうなって思うのが、母親など療育者の心身が不調な場合、
どうしたって父親が会社を休んで学校の送り迎えや家事をこなさなければならない。
実際、私が入院した今年の七月だって半月以上もパパが会社を休んで家の事やユウタの送り迎え等をしていました。
夏休みだったのでなおさらタイミングも悪く、日中のユウタの体調管理も色々あって、一人で長時間留守番させていられる状況でもなく、厳しい。
仕事を休んでいるものだから当たり前にお給料も少なく冷や汗が出た。
いや、今も冷や汗、出続けているのがホント。

めちゃくちゃお金持ちとか、余裕をもった貯蓄があるのなら金銭的にはまだしも
そもそも共働きだった我が家にとって、ユウタの病気の発覚後からは家計もキツキツでやってきています。

結婚してすぐマンションも買ったし、自家用車の買い替えもした。
その数年後にユウタの脳腫瘍が発覚。
そこからはパパが必死に残業を増やしつつやってきました。
私が働けないという事で急に家計が厳しくなりました。

そこまでは仕方が無い。
仕方が無いと言うか、なんとかやっていくしかないもんね。

でも、私が入院となったときは困り果てた。
困り果てすぎて早めに退院をして、今わたしの病気がぶり返している気がします。



精神の病とは薬の副作用をとても強く感じたり、ゆるゆる過ぎにも感じたり様々。
仕方ないのだけど急には ぱきっと良くはならないのだろうね。

朝起きてすぐに、あれ???と気がつくとチヒロもユウタもパパも居なくて焦った事が何度もある。
聞くといくら起こしても揺らしても、私は起きなかったとのこと。
ユウタは仕方なく、タクシー会社に電話をして呼び出し、学校へ行っていたようだ。
ご飯も自分たちでなんとかして。

あと、恐ろしいのは、確かに自分が車を運転してユウタを学校へ送り届けたのに、その記憶がなくなってしまっているような事も何度かありました。
なので私は運転を控えるようにしています。

被害妄想と言うか、幻聴や幻覚もひどく、誰かがいつも見ているような気持ちにもなり、6階のベランダに目隠しの柵もつけたし、インターフォンにカメラもつけました。

よーーーく考えても6階をのぞき見るなんて不可能だし、我が家に特別興味しんしんな人なんていないのにね。
それなのにずっと私や家族への悪口が聞こえてきて、私は表に出る事が怖くなりました。

部屋の中に隠しカメラがあるんじゃないか?
盗聴器があるんじゃないか?

そこまで考えてしまって、とうとう廊下のライトを外しました。
家族が「ぜったい有り得ない、不便だから戻そうよ!」と言うので渋々取り付けましたが、まだ本当は怖くてたまりません。

たかがココロの風邪といった比喩では語れない。心の複雑骨折だ。
うつ病の恐ろしさ、そしてそこから逃げ出したくなる人の気持ちを3%位は知れたような気がします。
たったの3%位なものなのだろうけど。





昨日、昔ヘルパーをしていた頃の友人にユウタへの支援、もしくは私の状態での支援がないかどうかを電話で相談した。彼女は個人で独立をして事務所をおこし活動しているかっこいい人。

「市に聞いてみるから大丈夫。でもお役所仕事だからのんびりを待ってはいられないよ。とにかく行くよ、仲間でしょう?明日、あさ8時にマンションね!」といって今朝からさっそくユウタを学校へと送ってくれた。

彼女が居なかったら、今日もユウタはタクシーを使うしかなかったと思う・・・。

30分かけてここまで来てくれて、5分で学校にユウタを届けて帰っていくという、本当に何の儲けにもならないボランティア。

私は早く良くなって、彼女へも恩返しがしたい。
それが私を生きると言う事に対しての今一番の目標なんだ。
たくさんの人に助けてもらってきているんだもん。

そんな事を今、思います。


[ 2012/10/16 12:06 ] 日常 | TB(0) | コメント(-)
書いている人

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●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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