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「きょうだい児」 


今朝チヒロに「聴いてみて」と言われて、軽い気持ちで youtube を開いた。
うまい下手は置いておいて、私は歌詞にドキッとした。


  『はじまりのうた』  作詞・作曲 チヒロ



(歌とアコースティックギターはチヒロです)



病児の「きょうだい」って、思うより、想像するより、シンドイと思う。

小さいときは「いいこ」にしていようと頑張るでしょう?
そうして大きくなってから気が付くよね、自分の色んな感情。

日々の中では、そういうものも押し殺しているのかもしれない。


いつだったか、きょうだい児についての記事で読んだことがある。

「○○ちゃんのお姉ちゃん。」
「○○くんのお兄ちゃん。」

そういう呼び方、呼ばれ方に、きょうだい児のこころは知らず知らず傷ついていくと。

ユウタのお姉ちゃんというチヒロ。
病気のユウタ君のお姉ちゃん、チヒロ。
あの、ユウタ君のお姉ちゃん、チヒロ。

そうだね、そう呼ばれることの方が多いかもしれないね。



この日、→「ユウタの110番。」

パパは仕事で不在だった為、ユウタのいる警察署へはチヒロと私の2人で行きました。

ユウタは別室で、確か女性の警察官の方と児童相談所の方と一緒に話をしていたんだけど
私とチヒロは取調室のような無機質な空間の
暗くて狭い部屋の椅子に腰かけて警察官の方と色んな話をしていました。

今までの事、普段の生活、学校での事、病気の事、いろいろ。


中年の、いかにもベテランって感じの警察官の方からは

「息子君の為にも、家族の為にも、あの子は病院の精神科に入院させた方がいいと思う。」

そういう話を、私はただ黙って聞いていました。

「入院してどうにかなる問題なら、とっくにそうしていたよ。」

そんな事を思っていたんだけど
その人にその意味を説明する気力も、その時は残っていませんでした。


そして帰り際に、若い警察官の方がチヒロに言いました。

「お姉ちゃん、あなたはもう中学生だ。あなたが頑張ってお母さんを守らないと!」

チヒロは小さい声で「はい」と返事をしていました。



「チヒロは何も頑張らなくてもいいから。おまわりさんは、ああ言っていたけど、
これ以上なにも頑張らなくていいから。自分の事だけを考えて、自分の為に頑張ればいいから。」

帰り道、車に乗ってすぐ私はチヒロにそう伝えたけど
その時もチヒロはおとなしく頷くだけでした。


もっと違う伝え方があるんじゃないか?

だけどその時の私の頭の中では、チヒロを支えるメッセージが他に浮かばず
そして今でも、なんて伝えるべきだったのかは分からないままでいます。



今だって、チヒロとユウタがケンカをすると、もう大暴れになる。
そこまで大きいのは滅多にないけど小さな言い合いなら、しょっちゅう。

でもチヒロが私に、ユウタの病気の事で愚痴を言ってくる事は、まず無いです。


昔、チヒロのお友達のママがユウタの事で
たくさん我慢しているであろうチヒロの事を心配してくれて
「うちの子に、何でも話せばいいのよ、吐きだしていいのよ。」
そう、チヒロに言ってくれたことがあって。

チヒロにも「そうしてもいいんだよ。」と伝えた事があるんだけどチヒロは

「そういう話はしたくないんだ。友達とは楽しい話をしたい。
外では楽しい事しか思い出したくないから。」

そうだね。って、私はその時もただ頷くことしかできなかったけどね。



「はじまりのうた」を聴いて、歌詞をみて
少し安心したような、本当の気持ちが見えたような、ドキドキってした。

でも大丈夫だな、チヒロ。
そうとも思いました。


「あなたのことが、とても大切。」


これを大げさなくらい、もっともっと伝えないといけないのかもしれない。

病児以上に、「きょうだい」にはね。






「はじまりのうた」

チヒロ


空にかかった虹はどこに続いているのかな
いつかたどりつけるの?そのうたの先の未来に
いつでも

きっと誰もが迷った道で
きっとどれもが正しい道で
何を選ぶのも自由だから
すこしの後悔くらい恐れずに

うたえること ここにいること 同じくらい大切だから
いつでも どこでも笑えるよに 歌っていたい ずっとずっと

夜が朝になとき 鳴り響くメロディー うたが生まれる
明日 雨が降っても そのまま進んでみよう まだ答えはない

いつから

きっとこのまま行けばわかる
きっとその先で笑ってるから
何を選ぶのも自分だから
少しの涙 いつかは輝いて

走ってみても 歩いてても 口ずさむよ はじまりのうた
それでも止まってくれない 時の中で歌っていたい ずっとずっと

うたえること ここにいること 同じくらい大切だから
いつでも どこでも笑えるよに まっすぐに
走ってみても 歩いてても 口ずさむよ はじまりのうた
それでも止まってくれない時の中で 歌っていたい ずっとずっと







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[ 2014/03/01 16:07 ] きょうだいの事 | TB(0) | コメント(-)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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