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3・11 


3年前の3.11。

この日はユウタの内分泌受診のため
神奈川県立こども医療センターに来ていました。




いつもどおり駐車場が混んでいて、パパと私とユウタの三人、
車中でコーヒーを飲みながら並んでたその時に揺れ始めました。

この時、横浜は震度5弱。
言われ続けてきた東海地震とやらがやってきたんだと思いました。


とっさにチヒロの事を思いました。
マンションの家具やテレビなどは、きっとぐちゃぐちゃ
犬も家具の下敷きになったのではないかと想像して、
『どうしよう、チヒロどうしよう!犬、みんな死んじゃった!』
そんな私とユウタは大パニック。

パパだけ冷静に、揺れがおさまると同時に
チヒロの中学校へ電話して、今の状況と今後の確認。

東名高速も きっと通行止めになるだろうから、
このまま受診しないで帰ろう!とも考えたんだけど
そうするとユウタの薬が足りない!

・・・と言うことで受診することにしました。ぜーぜー。


病院は地震から約10分後には入り口に緊急時センターとやらが設置されていて
院内の患者安否確認、停電確認などを始めていました。すげー。

私達が院内に入ってからも余震は かなり大きいのが次々きて
私とユウタ、いちいちパニック。

私はその頃、鬱真っ盛りだったので
普段から何日も食べていないし、フラフラでして・・・。

看護師さんに支えられて『大丈夫、大丈夫、お母さん大丈夫よ』なんて
頭をなでなでしてもらっていたくらい腰抜けでした。ああ恥ずかしい。

私はとにかく『チヒロが死んだかもしれないーーー!』
・・・って号泣していたそうです。(パパ談)

院内の看護師さん、とにかく冷静。
いつも以上にニコニコ笑顔で接してきて、泣いてる患児達のサポートにあたってました。
(泣いてる大人、私だけ…)


『まぁ とにかく、今後薬の在庫が足りなくなる可能性もあるから多めに出しておきますね。』と。

この時たくさん出してもらっていて良かったです。
ユウタの薬を生産している工場が東北で被災してしまい、
その後しばらく薬が足りない状況にもなりました。


さあ、帰り道。
やはり高速道路はすべて通行止め。
信号も消えていて一般道路はクラクション鳴りっぱなしの大渋滞。
チヒロは自宅でひとりぼっち。
余震の中、あの部屋でどんなに心細かったか…。

電話もメールも無理。
繋がるのはツイッターだけでした。
ママ友でTwitterアカウントを持ってる人に自宅周辺情報やチヒロの学校の事などをやり取りし、そこでやっと、なんとなくホッとしました。

渋滞の中、ツイッターのTLには悲惨な情報が次々流れ
最初はまた誰かの嘘やデマか?と思いました。
だけど流れてくる映像や動画を見るうちに『現実なんだこれ』と、震えましたね…。


結局、自宅に着いたのは22時。
軽めの帰宅難民でした。

チヒロは散乱した物達を片付けてテレビを見て待っていてくれました。
犬も無事!
もう、そのまま玄関にしゃがみ込むくらい安堵しました。

しばらくして計画停電も始まり
まだ寒かったので低体温になるユウタが、とにかく心配でした。
買い物に行っても世間では『買いだめ』が始まっていて、物が無い。

そんな時にユウタの病気仲間や遠くに住む友人達が
沢山の食料や電池やロウソクなどを送ってきてくれました。
みんな本当にありがとう、一生忘れないわ。





3年後の3.11。

今日も3年前と同じように、ユウタの内分泌受診のため、この こども病院にいる。

なんかね…色々思い出しました。

今日は空を見ても、あの日と変わらない、澄んだ青空でした。









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[ 2014/03/11 21:42 ] 日常 | TB(0) | コメント(-)
書いている人

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●冨塚 七枝

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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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