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2014年「3月17日」 


今日は3月17日。

私にとってはね、かなり特別な日です。

『私にとっては』ではないね。
『家族にとっては』が正しいね。

3月17日はユウタが8年前に
2回目の脳腫瘍摘出手術を受けた日です。

あれから、もう8年。
あれから、まだ8年。

どちらとも言えないな。
長すぎる日々だったような、ここまであっという間だったような…。


8年前の手術でユウタは命を救ってもらい、その代償として
ユウタ本人はもちろん、家族である私達としても
かなり大きすぎるモノを受け取ることとなりました。

何よりも
『ユウタの頭の中にある腫瘍を全て取り除いて欲しい!』
という一番の願いを強く訴えたのは私達なのです。
だから、術後どんなに重い後遺症を持ったとしても
受け止める覚悟はしていました。

病気を発覚した当初は訳も分からず、医師の優しく噛み砕いた説明を理解する事さえ困難でしたが、2回目の手術を受けるまでは昼夜問わず無我夢中で病気を調べてきたので、どんなに厳しい状況が待っているのかは想像出来ている、つもりでした。

そうです、ただ『つもり』になっていただけです。
現実はね、厳しかった。
今考えると、かなり甘かった。

ユウタに残った後遺症は私達が想像していたものをはるかに超えていました。
術後は毎日が『そこまでヒドイ?』の連続。
でもその、そこまで?の状況は8年経った今でも、ちょこちょこと受け続けています。

病気は手術をして腫瘍を取れば終わりという事ではなくて
後からだんだん目立ってくる後遺症もあり
受け入れなくてはいけない事は成長と共に次々に現れます。

やっと、この後遺症は受け入れられたのに、今度はこんな事が…と
試練のような後遺症は容赦なく出現します。
じわじわ、やめて欲しい。ホント。
しかも、再発の恐怖も一生抱えて生きていく…もう、どんだけ。


このブログには『3月17日』の事を私は毎年のように
区切りとして綴り続けてきたと思うけど
あまりにもユウタの調子の悪かった時期は書いてないかもしれない。

ビビりの為、私は自分のブログを読み返す事が出来ないので分からないけど
多分たくさんの『3月17日』というタイトルの記事があると思います。





なんかね、頭の中だけで思い返すと
なぜか毎年3月17日って、いつも素晴らしい晴天だと思う。
今日の空も、とても気持ちよかった。
1番の記憶にある8年前の手術の日も
美しすぎる青空と怖いくらいキレイな夕焼けだったのを覚えています。


こんな事を書くと、ヒドイ親丸出しかもしれないけどね
8年前の手術で、あの日、手術室に行く前、私の腕の中に居たユウタは
あのままどこかに行ってしまったような気持ち・・・
それはまだ続いています。

容姿も性格も、術後はまるで別人になってしまったからね。
私にはユウタが2人いるような感じなんだよね。

だけどそろそろ。
私はもう、ここにいるユウタを受け入れなくてはいけないね。
だって、それが出来ていない私の心をもしユウタが知れば
誰よりユウタが苦しいくらい悲しむだろうからね。
ごめん。本当ひどいお母さんだね。

ただね!
昔のままの優しいユウタが消えなくて良かった。
優しいユウタが残っていてくれて良かった。そこはホントに良かったよー!


さっき夕飯の時に、ユウタに話してみたよ。
『今日って8年前にユウタが頭の手術をした日なんだよ?』
ユウタはね、具合が悪かったというのもあるけど、こう言ってた。

『あの日、手術なんてしないで、そのまま死にたかったな。』

なんて子どもなの?
なんて事言うの?

そう思う?

でもねー、現実。これが。
美しい闘病ドラマなんかじゃないの。

生きてるだけで、すんごい辛いから、弱音も吐くよ。
あなただけが辛いんじゃないとか、そういうのも知ってる。
生きたくても、それが叶わなかったユウタの仲間も沢山いる。
何も知らなくて言ってる事ではないし、反抗期とかの種類とは違うんだよ。

世の中は、それでもと、頑張る姿に涙するし
こういう子どもは24時間テレビ的にはNGかもしれないけど
こういう予後の小児がん患児もいます。

ユウタが今の苦しみを『死にたかった』と表現したとしても、
私はもう前みたいに泣いて、叱って、なだめたりはしないです。
確かにその言葉に慣れたりはしないけど
こころを抑え付けずに、ただ聞いてあげることしか出来ないからね。

『死にたい?まぁ、そりゃそうだよね。』

共感してあげるだけ。
それでユウタがほんの少しだけ心が軽くなるんなら、私が聞いてあげる。
母さんにだけ、打ち明けな。
聞いてあげる。

それにしても親がしてあげられる事って少なすぎる。無力だ。

今も布団に寝転がって「死にたいよ」ってユウタは頭を抱えて泣いてるよ。
頭が痛いんだって、とっても。
死んでしまいたいって思うほど痛いんだって。

今日はそんな8年後の3月17日です。


来年の「3月17日」って記事も、書くのかな?・・・私。
もし書くのなら・・・
もう少し、いい展開を綴れますように!






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[ 2014/03/17 20:54 ] 日常 | TB(0) | コメント(-)
書いている人

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●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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