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保育園の運動会。 

ユウタもだいぶ普段通りの日常を送れるようになりました。
私の方が不安で毎日・・・

      「頭、痛くない?」
      
      「フラフラしない?」

      「どこか、痛い所ない?」

などと、心配ばかりしていました。

ユウタは至って元気!です。


丘の公園にて

 

 

 


 

 

 

 

 

ユウタは生後5ヶ月から保育園に通っています。
術後、まだ日も浅く退院したばかりなので
保育園はずっとお休みしていました。

保育園に入園当時からずっとユウタの1番近くにいてくれた
ユウタが大好きな先生から電話が掛かってきました。

      「ユウタ君が来るの、待ってるからね。」

先生は、ユウタの体の変化に気付いてあげられなかった事を
とても悔やんでいると涙声で話していました。
親である私達でさえ、なかなか気付かなかった事。
先生に落ち度なんてありません。

保育園で毎年恒例のミニ運動会が行われるので
少し参加します!という約束をして電話を切りました。

 

体調も良好、ユウタも大喜び。
だけど私だけ・・・心がとても重かった。

ユウタのクラスメートに会うのが怖かった。

ユウタが退院して間もない頃、保育園のお友達が
お散歩がてら、私達の住むマンションの下に
来てくれた事がありました。
年中クラスのお友達が全員そろって
ユウタに会いに来てくれました。

みんな久しぶりに会うのでお互い照れた様子です。
ユウタのキズにも興味津々です。

私はキズを隠したりしていくつもりが無かったので
みんなに見てもらい、分かってもらいたいと思っていました。
ユウタも「手術したんだよ!切ったの!」と、説明しています。
もう1回見せて!と、子供達も怖がらずに接してくれたので
私はとても安心しました。

         「運動会、来てね♪」

みんなに声を掛けてもらってユウタはとても喜んでいました。

 

私は、元気イッパイのクラスメートのみんなが
元気に1列になって帰っていく姿を見て
とても悲しい気持ちになっている事に気が付きました。

       

         本当なら今頃ユウタだって元気にお散歩していたんだ。
         みんなと変わらず、仲良くお散歩したり
         走り回って、泣いたり笑ったり・・・。
         ユウタは、どうしてこんな病気になったんだろう。

 

運動会に行って、みんなが元気に遊戯をしたり
今まで練習して頑張っている競技などを見るのが
私の中で、とても辛くなるのではないか・・・

そんな風に思っていました。


今思えば、どんどん卑屈になっていってたんだと思います。
ユウタの病気を心の底からは
受け止められずにいたのかもしれない。

 

今では、何かが少し吹っ切れている私ですが
当時はユウタを振り返り見る人が多く
とても辛かったのを覚えています。

 

「ユウタ、頑張れ!」なんて言っちゃってさ、ママ。
一番頑張らなくちゃいけなかったのは
ママだったんだよね。

 

*evergreen***

 

[ 2006/01/10 00:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(4)
スズランランさんへ
自分が殻にこもってしまって卑屈でいた時期がありました。
まるで1人ぼっちの様な、周りの暖かさにさえ気が付かない自分になってしまっていたり。
そこから抜け出し切っていないと感じたりもします。今もまだ。
でも前に進めたのはやはり、生きる力で満ち溢れた子供の笑顔であったり
優しい笑顔で支えてくれる友だったんだと思います。
このブログで自分の本当の気持ちを活字にして綴るうちに自然に辛さを吐き出せています。暖かい人にたくさん出会えて、幸せだと思っています。
スズランランさん、アリガトウゴザイマス♪
[ 2006/02/05 23:57 ] [ 編集 ]
私にもそんな思いを持った記憶があります。
まず出産時、「おめでとう」といわれた時に、こんなNICUに入るような状態なのに「おめでとう」なんて言われたくない!なんて思っちゃいました。
そして退院後も数ヶ月も発達が遅くて小さかったので「何ヶ月?」と聞かれると答えられなくて。ずい分卑屈でした。何度も「なんで私が?」って思いました。
それが少しずつ吹っ切れたのは子供の笑顔。それから周りの人たちの暖かさ。自分が殻にこもって気がつかなかったけれど、たくさんの善意に支えられていたのです。
でも辛いと思う気持ちも本当の気持ち。無理にそれを押さえつけないで、辛い事を思いっきり吐き出すことも必要だと思います。
[ 2006/02/05 22:21 ] [ 編集 ]
SATOさんへ
>本当のスタートを切る前の、現実をまだ受け入れきれない時…。
その頃の私の気持ちとだぶりました。
私も、SATOさんの過去の記事を読みながら
だぶる部分があります。
だから、そんなSATOさんが日々を明るく暮らしている事、
育児を楽しんでいる事に励まされている私です。
振り返った時に過去の自分より、たくましく歩いてる自分に気付けるように
今を大事にしていきたいです。
[ 2006/02/04 23:48 ] [ 編集 ]
>今では、何かが少し吹っ切れている私ですが
当時はユウタを振り返り見る人が多く
とても辛かったのを覚えています。
退院後、はじめて出会うお友達の元気な姿、目に心に焼きつきますよね。
私も今では、娘をどこにでも堂々と連れて歩いているつもりですが、
生まれたばかりの頃は、同じような赤ちゃんを見ると、どうしてこの子だけが
とかどうして私だけがとか思ったものです。。
本当のスタートを切る前の、現実をまだ受け入れきれない時…。
その頃の私の気持ちとだぶりました。
[ 2006/02/04 12:12 ] [ 編集 ]
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Family


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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