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ICU。 

術後、ユウタとの対面はICUででした。

窓もなく、ひっきりなしに色々な電子音が響き
たくさんの機器がベットを囲んでいます。

私とパパ、両親と親戚がゾロゾロと入って行きました。

 

大きなベットに小さなユウタがいました。

 

ユウタの姿に私は言葉がありませんでした。
いつもいつも泣いている私が、涙も出てこない。
瞬きもせず、ベットのユウタを目に焼き付ける様に
しばらく立ちすくんでいました。

 

頭には2本のチューブが入っています。
その先には髄液を溜めるビニールの袋。
もう1本は術後に脳内からの血液を出す為のもの。
口へは酸素を入れるチューブが入り
酸素マスクも装着しています。
腕に点滴、太ももの付け根から心臓近くまで入っている点滴。
おしっこの、管。
たくさんの線や管がユウタの体に付いています。
ベットの上には常にユウタの心電図、脈拍、酸素濃度などが
冷たい電子音で知らせながら表しています。

看護師さんが「大丈夫、ユウタくん、お話しできますよ!」
と、言ってユウタの耳元で大きな声で話し掛けました。

「ユウタ君、お母さんとお父さんがいるよ!」
「ユウタ君、分かるよね?お話ししてごらん?」

「う~ん・・・」

「ユウタ、パパだよ?分かる?」パパが涙声です。
「ユウタ頑張ったね、もう終わったからね。」私の母は泣いています。
みんな 「ユウタ!」 「ユウタ!」と、心配そうに声を掛けます。

だけど私は一言も話せませんでした。


看護師さんが、お母さんの名前を教えて?と言うと
ユウタは「やだ!」と言ったようです。
看護師さんはニコニコ笑顔で話してくれました。

私はやっとベットのユウタに話し掛けました。
「ユウタ、手術終わったよ。ママ達ずっとユウタの近くで待っていたからね!」

ユウタはとても淋しがり屋です。
みんなが近くにいてくれたんだ!と、安心させたかったのです。

ユウタは私たちの話す事を理解出来ている様で
‘言葉ではない返事‘ をしていました。

やはり痛みがあるので、少し泣き出して暴れました。
頭のチューブなどを間違って引っ張ってしまうと大変だと聞き、
ベットの拘束用のヒモで私はユウタの腕を縛りました。

看護師さんが「ユウタ君、お母さん達帰っちゃうよ!バイバイしてごらん?」
と、言うといきなり上半身起き上がる勢いで頭を上げ
目をパチッと開け、
「やだよ、やだよ、帰らないで!ママ、病院にお泊りして!」
と、大騒ぎです。


「あーいつものユウタだ!ちゃんと分かってる!」

私はここでやっとホッと出来ました。
涙が出てきました。
だけど嬉しい。

「ユウタ、大丈夫だよ!ここの隣のお部屋にママもお泊まりするからね。」
思わず出てきた、大嘘です。

「ここにお泊りして!」
と、泣いていましたが、無理な事と納得し麻酔でユウタは眠りました。

ICUを出てから「痛々しい姿のユウタ」にみんなはしばらく無言でした。
今までわりと深刻さを表に出さずにいた私の母が1番泣いています。

母はあまりの衝撃に、気分が悪くなりトイレで戻していました。

 

長い長い1日でした。
生きた心地がしない・・・とはこういう事なのかな。

外に出ると少し肌寒い秋の夜です。
急に、お友達の家に預かってもらっている
チヒロの事が心配になりました。

チヒロもユウタの事でずっとガマンしてきている事が
たくさん、たくさんあったと思います。

 

ユウタ、頑張ったね。
チヒロも頑張ったよ。
これからもガマンしたり頑張ったりしなくちゃいけない事
たくさんあるかもしれないけど、
一緒に乗り越えよう。

支えてくれるたくさんの人達がいる。
暖かい友達がたくさんいる。
いつか、恩返しできるように、
みんな幸せになる為に、
きっと頑張れるよね♪

[ 2005/12/28 00:00 ] 1回目の開頭手術 | TB(0) | CM(2)
SATOさんへ♪
コメント、ありがとうございます。
本当に生きている事が幸せ・・・。強く実感しました。
心臓の手術を乗り越えた小さなりこちゃんも、大きな生命力を持って生まれて来たんですよね。大人が思うより子供の生命力ってスゴく強いんだと聞いたことがあります。幸せがずーっと続きますように。
[ 2006/01/27 01:12 ] [ 編集 ]
長い一日でしたね。きっと一生忘れない出来事でしょう。
私も成功率50%と言われた娘の心臓の手術を思い出しました。生きて帰ってきてと祈った時間は、何日にも感じました。
>「あーいつものユウタだ!ちゃんと分かってる!」
私はここでやっとホッと出来ました。
涙が出てきました。
ユウタくん頑張りましたね。ななえママのこの時の気持ちを思うと私も泣けてきます。生きていることがしあわせなんです。こんなにしあわせを感じさせてくれる子どもに感謝ですよね。
[ 2006/01/27 00:30 ] [ 編集 ]
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●冨塚 七枝

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Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


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