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おばあちゃんとお散歩。 


ユウタが最後の手術を受けてから
初めて実家へ泊まりに行って来ました。


とは言っても、もう1ヶ月も前の事です・・・(^ ^;



IMG_0921.jpg


私は横浜で生まれ、育ち
結婚してこの地元を離れました。




幼い頃からいつも、この景色を見ながら

友達と暗くなるまで遊んでいたり
時にはケンカしたり・・・


中学生になると
好きな男の子と一緒に手を繋いで歩いたり。

そんな所をお母さんに見られて
「こら~!」って、追いかけられたり(笑)






改めてカメラを構えて見ていると
色んな事を思い出してきました。


ちょっと切なくなって
ちょっと淋しくなって

すっごく恥ずかしくなって・・・(*_*)



そして振り返ると、チヒロとユウタがいる。


何だか不思議な感覚。


お母さんいう存在になってから、もう9年近いのに。

一瞬自分が「母親」になっているという事に
今更、驚いていたりします。





昔はここを走り回っていた自分と
今、子供達を眺めている自分が

ばったり出会ってしまったような・・・・・。



おかしな、おかしな感覚でした。




IMG_0939.jpg




 私のおばあちゃんは83歳!


でも、最高にカッコ良くて元気なおばあちゃんです。



チヒロもユウタも「ひいばあ」が大好き。

実家に帰ればいつも1日中遊んでくれます。



IMG_0941a.jpg


踊ったり、歌ったり。


思い出す おばあちゃんの顔は、いつも笑顔です。



毎週「のど自慢」を楽しみにしていて
大きな大きな声で笑っている・・・


そんなおばあちゃんです。





実家のミニチュアダックスフント(トッポ)のお散歩には

いつも裏を流れる鶴見川の土手に行きます。



IMG_0902.jpg


今ではすっかり舗装されていて

キレイな散歩道になっています。




ここでもやっぱり、塾をさぼって友達と
1時間も2時間も座りこんで話しをしていた懐かしい場所。


周りは次々とマンションが建設されて
見渡す景色は何となく違っているけど

思い出はそのまんまで、残っているものでした。



IMG_0912.jpg





「ひいばあ」とユウタがトッポの散歩をしている時に

近所のおばあさんと会いました。



おばあさんは最近、どうやらお腹を手術したようです。


お腹に傷があって、まだ痛むと話していました。




その話をそばで聞いていたユウタ。


「ねえ、ほら!」


ユウタがかぶっていた帽子を取って
頭の傷をおばあさんに見せました。




「僕も手術したんだよ♪」


 


 


 


ひいばあが散歩から帰って

そう、私に聞かせてくれました。


 


 IMG_0903.jpg


 


 


「この子はいい子だよ~・・・・。」


ひいばあはそれ以上何も言わなかったけど
それを聞いた私の方が、涙してしまいそうになりました。


 


 


ママは普段、ひねくれてばっかり。

ユウタの病気を
ちゃんと全て受け止めきれていないというのに。


そんな自分が本当に恥ずかしい・・・と思う。


 


 


 


 


 


病気に対する偏見と誤解を無くしたい。


そんなふうに考えていた自分だけど
本当は自分が一番誤解しちゃってるんじゃないの?


私が卑屈になってるだけなんでしょう?


 


 


        あらためて、大事な事を考え直せるきっかけとなった

               ユウタとひいばあのお散歩でした。


 




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[ 2006/11/10 22:20 ] ママの心 | TB(0) | CM(12)

アリガトウの年。 

dream4.gif    


         小児の脳腫瘍は稀な病気です。

     ユウタの患っている頭蓋咽頭腫という脳腫瘍
     年間、約100万人に1人の発症だそうです。



 


 



これ程に少ない同じ病気の仲間とは
なかなか出会えないのが現実ですが

小児脳腫瘍の会」や「*cranio park*」という集まりで
仲間を探す事が少しずつ容易になってきています。


 


しかし、それでもまだまだ

見つけやすい・・・とは言い難い状況にあります。


 


 


 




 


IMG_0950.jpg
 
                        ご心配お掛けしました(>_<)
    28日にユウタは元気イッパイで退院しました!



 


 



 


私はユウタが脳腫瘍だと知った時
しばらくの間は前向きな気持ちになれずにいました。


ユウタと一緒に・・・と
最悪な事ばかりを考えていました。

正常な思考回路では無かったと思います。


 


子供が死んでしまうかもしれない・・・という
病気や事故にあってしまった時

親とは本当に打ちのめされるんだと知りました。


 






打ちのめされた親の思いはみんな同じであっても
人によって、踏ん張る力の湧くタイミングはそれぞれで

乗越えてみせる!と立ち上がれるのが早い人もいれば
私のように長い間、暗闇の中でただ座り込んでいる人もいて。


 




   頑張って!と言われるたびに重くなり

      これ以上は頑張れない!と弱音が吐けなくなる。


 


病気の発覚当初を振り返ると
そんな思いがあった事を思い出します。


 


 


 


 


私がこのブログを始めたきっかけは

弱音と本音を吐き出す場所が欲しかった、という事があります。


記録として書きとめておきたかった部分もありますが
PCに向かって自分の思うままに打ち始めると・・・


 


        「あ~、私ってあの時本当はこんなふうに思っていたんだ。」


        「こんな事があったのに、今はあの時よりはマシじゃん!」


 


・・・なんて、冷静に自分を見ることが出来たので
不安定な時ほど、多くの記事を書き込んでいたように思います。


 


 


 


 


病気が稀なだけあって、HPやブログも少なく
それでも同じ状況を乗越えて来られた方を見つけた時は

重く圧し掛かっていた孤独感から少し解放され
ホッとしたり涙が出たり
逆に現実を垣間見る瞬間もあって

色んな気持ちがいっぺんに溢れ出しました。


 


 


同じ病気の経験をとおして
暗闇に陥った人をほんの少しだけでも

小さな明かりとして、照らす事ができたらいいな・・・
お母さんの本音を知る場所となれたらいいな・・・


ブログを続けるうちに
そんな事を思うようになってきていました。


 


 


 


 
ユウタと同じ「頭蓋咽頭腫」の手術を受けた女の子がいます。

ユウタと歳も近く、今までの経過も似ています。


 


彼女のママは病気を調べる中
たまたま私のブログを見つけ、私達は知り合えました。


 


 


こんな形で出会うなんて、本当は辛い事なのですが

私が彼女を照らすのではなく
彼女に私の方がいつもいつも元気づけてもらっていました。


 


 


line11.gif
 


 


 


 


ブログを通して出会えた
優しい人たちと温かな言葉の数々。


 


コメントするにも困ってしまうような内容だというのに
1つ1つ、優しさを積み重ねるような言葉を

たくさん掛けてきて下さったみなさんへ
感謝の気持ちでいっぱいです。


 


 


 


 


2006年


  年の始まりから、我が家では色んな事が起りました。


 


希望を胸に飛んだ、北海道での事。
ユウタの腫瘍がすでに再発していて、パパと泣いた夜。


家族でケンカしながら捜し求めた道。


救いの手を差し伸べて下さった先生。


3月の再手術。


幻覚症状と長引く痙攣に、見ているのが辛かったICUでのユウタ。


自分の体が思うようにならない、もどかしさと
副作用の空腹感に叫び声をあげていたユウタの顔。


昼夜問わずに、そして笑顔も絶やさず
見守ってくれていた看護師さん達。


ユウタを思い、保育園のみんなが流してくれた涙。


 


お星様になってしまったお友達。


 


 


 


 


暮れがせまり、慌しくなった毎日の中で
1年思い返してみると


確かにどうなってるの?って位に辛かった事ばかりが
まず先に浮かんできます。


 


でも・・・・・
そんな辛かった思い出と共に、温かく湧きあがる思いは

やっぱり「ありがとう」なのです。


 


いつも、誰かに支えてもらっていました。


1人じゃとても頑張れなかったよね、ユウタも。
そして私達、家族も。


 


年の終わりに「ありがとう」と感謝できるという事は
とても幸せなのだと気が付きました。


 


 


 


来年の今頃も
穏やかにこんなふうに、ここで


”ありがとう”の気持ちを書く事ができますように。
感謝の思いでいる私でありますように。


                 ・・・出来ればHPに移行出来ていたら、嬉しいなっ(^ ^;


 


 


 


 


 



 

 


 


 IMG_0963.jpg


 体調を崩してからずっと家にこもっていたので
相当なストレス状態のユウタ。

今日はパパと髪を切りに出掛け
帰りに通称「青い公園」へ寄って来ました。


 


チヒロは実家のみんなと
毎年恒例になっているスキーへ出掛けてしまいました。


 


 


IMG_0966.jpg


  「いいな~、お姉ちゃんだけスキー・・・。」


  きっとお姉ちゃんは
  おいしいものばっかり食べてるんだろうな。


 


  ユウタはスキーをしたいのではなく
  おいしいものに飢えているようです(笑)


 


 


 


ダイスキなブランコに飛びついてみたものの
やっぱり1人じゃつまらない様子。


寒いし、ブランコの鎖は冷たいし!


 


そこへ、近所のおじいちゃん宅へ
遊びに来ているという男の子が自転車でやってきました。


人懐こい男の子。
ユウタもすぐに話しかけるタイプなので
何秒か後にはすっかり仲良しです。


 


IMG_0969.jpg




「ねぇ、そっち何歳?」


「ユウタ、6歳だよ!」


「じゃ、同じだ。」


 


 


「ねえ、木登りできる?」


「ユウタは出来ないよ。」


「同じ6歳なんだから、出来るよ!一緒に登ろうよ!」


「でも・・・あ、これなら登れるよ~!」


 


 


IMG_0972.jpg


  「ねぇ、体重何センチ?」


  「体重は何センチじゃないよ~(笑)」


  「すげ~デカイね!」


  「ユウタね、31キロか41キロだよ。」


  「・・・・・・ぼく、25キロ。」


 


 


とっても仲良し?の2人でした(笑)


20分位、遊んだだけだったけど
キラキラしたユウタを


私は久しぶりに見たような気がします。


 


 


IMG_0974.jpg






heart8.gif
       2006年、サヨウナラ。


       みんなアリガトウ~。


 


 


 



新しい年も皆さんにとって・・・
girl-wish4.gif
ほのぼのとした幸せが続いていきますように。


子供達にたくさんの幸せが訪れますように。


 


evergreen with you


 


  




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[ 2006/12/31 21:00 ] ママの心 | TB(1) | CM(8)

ハッピーのアンテナ。 


 “happy's antenna”


IMG_1333a.jpg


ダイスキなHPは たくさんあります。


訪れるたびに、気持ちがほっこりする場所であったり
同じ事に共感できて、嬉しくなったり爆笑したり

そして、時にはもらい泣きしてしまったり・・・。




素敵な人繋がりで出会う事の出来た場所の1つ。

それが“happy's antenna”
ハッピーのアンテナ」です。



IMG_1341a.jpg



“happy's antenna” のミホさんは
1つに、ハンドメイドのスペシャリスト♪


HPも、その中の笑顔も、すべてが”ミホ色”で出来上がっていて
全てが大切な物として、こちらに伝わってきます。


 


携帯電話のカメラで撮った写真達が主に登場しているのですが
・・・ホント、びっくり。


機種じゃない!




きっと私がプロ仕様の高額カメラで撮ったとしても
この笑顔達は撮れないだろうな、といった感じの
何とも言えない視線で

最高の瞬間を切り取っている写真達なのです。





 IMG_1337a.jpg



↑こちらは、ミホさんお手製のお守りケース。




ユウタが脳の手術を受ける時に
尊敬している先生からお守りを頂きました。


入院中も、ずっとまくらのカバーに忍ばせ
退院後もいつもユウタの近くに置いていたお守りなのですが
 

お守りにヒモが付いていない事や
落として失くしてしまっては怖いので
ミホさんにお願いして作ってもらいました
(*^_^*)




4月からはユウタのピカピカランドセルに
このお守りケースもゆらゆら揺れながら一緒に登校です。


さらにパワーを頂けたような気持ちです。




 



 




 


 



私は、人との出会いには最高に恵まれています。




いろんな事があるけど
「不運な奴」に見られがちだけど

振り返って見つめなおしても
今を冷静に考えても

ずっと温かな人たちに囲まれて生きてきているように感じます。


 


 



私が「あなたに会えてよかった」と思うように
相手からも「会えてよかった」って

同じ気持ちになってもらえたら
それは本当に嬉しい。

そして、そうでありたい。




 




 


私がハッピーのアンテナに引っかかる事ができたのは
やっぱりそれまでの素敵な出会いから。



明けないような重い夜に
日常の何気ない会話と幼い笑顔に癒されたり


まるでみんなのアンテナが繋がっているよう・・・



ほっこりとした気持ちになりたい時は
自然と開いているHPのひとつです。




ミホさん、ありがとう~(*^▽^)ノ彡





  



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[ 2007/02/08 21:56 ] ママの心 | TB(0) | CM(8)

3月17日。 

3月17日。



この日付は私の中で
家族の中で

誕生日や何かの記念日のようなものの1つとなり


深く、大きく、重く
心に残っている特別な日です。









1年前の2006年3月17日。


ユウタが2度目の腫瘍摘出の手術を受けた日です。


 


手術前日の夜から朝方にかけて


嵐の様な雨風に外は激しく吹き荒れていました。


  


一晩中PCに向かって
私はひたすらに病気の事を検索していました。

家族と一緒にいるというのに
重たい孤独感と何とも言えない恐怖感で
ガタガタと震えが止まらなかったのを覚えています。





ずっと執刀を願ってきた先生と対面した時の会話を
何度も何度も思い出しては


自分に「大丈夫!」と繰り返し言い聞かせていました。




「腫瘍は取れる?」


「後遺症は、とても重いもの?」


「ユウタがユウタのままで戻ってくる?」



「生きていける?」




真っ直ぐに、そして時折強い口調で
「私がやるしかないんです。全て取ります!」と言ってくれた先生の言葉と
ユウタに温かく微笑みかけてくれた先生の笑顔だけが


その夜の私を支えていました。





手術当日の朝
前日の嵐がウソの様な晴天でした。



DSCF0485.jpg


 


ユウタも前日に執刀して下さる先生に会ってからは
緊迫した雰囲気に子供ながらも圧倒されて

「怖いよ~!」「手術、嫌だよ~!」と怖気づいていましたが

当日の朝には覚悟も決まった様子で
男の子らしい強さを見せてくれていました。




「ユウタ、頑張るからね!」


頑張って、早く病気をやっつけるんだ!と言いながらも
ユウタは私にぴったりとくっ付いて離れませんでした。



DSCF0483.jpg


1年経った今でも
このユウタを腕に抱いた感覚だけが私に残っています。


表現するのにはとても難しい
きっとお母さんとしての切ない感覚です。



私がユウタの今を丸ごとで受け入れ、受け止められない原因は
1つに・・・この感覚をいつまでも忘れられない事が大きいのだと分かっています。






手術は無事に終わり
見える範囲の腫瘍は取っていただけました。


MRIで映るものはありません。


でも、それでもこの病気は
今後再発の可能性は否めません。




この日で全てが終わるのではなく
この日からまた新たな恐怖に怯えながら進んで行く事の重さに
分かってはいたものの・・・

その時、実感として改めて気が付きました。




予後が本当の闘いになるのかもしれないって。







術後は本当に苦しい日々でした。


幻覚症状や手足の震えを見ているだけで
ずっと、ただ泣くばかりの私達でした。


 



親しい人にも打ち明けられないようなICUでのユウタの様子は
この先、ずっと記憶の中で
薄れる事のないものだと思っています。


時が忘れさせてくれるとか、時間が解決させてくれるとかの範囲は
私の中では遥かに越えているのだと思います。


 



「いつまでも思い出してはウジウジとせず
今のユウタだけを見て先へ進んで行かなくちゃ!」


確かにそう。



でも、開き直ってしまった私が言える事は
出来ない事は、出来ない。


お母さんだからこそ出来ないって事もあるみたいです。



そういう事もあるんだな~って
まるで”他人事”のように自分を見ているけどね。







 




1年経った今。


あの頃が嘘のような日常を送れている事に感謝です。



相変わらず、空腹には悩まされているし
極度の体重増加にも頭を抱えてしまっているけど

でも、悩みとしての分類では・・・ずっと下の方かな。




頭痛もあるし、ちょっとした風邪でもユウタは入院となってしまうけど
みんなと一緒に元気に保育園に行っているんだもんね。

遠足にも運動会にも参加できたし
3日後にはとうとう卒園式。


 


無理だろうな~と諦めていた事が
ことごとく良い方へ覆されてきた1年間。


普段はなかなか気が付けないけど

大きく1年で振り返ると
確かに良くなっている事に気が付けます。


1歩進んで2歩下がってる・・・そんな日々に落胆して
今もウジウジと泣いたりしている私だけど。


それはそれで、も~しょうがない。


 


 


 


 


ぷっくりなお腹を皆に愛されて?
園の先生にも、たくさん叱ってもらえて
ここまでユウタが進んでこられた。


街では振り返りユウタを見て
大きな体に驚く人がいる反面

「きゃ~!かっわいい!!!」と言って
ユウタの頭をナデナデしてくれる女子高生もいるし^^


 


 


 


3月17日。


来年の私は、今のユウタを思い返して
ここへどんな風に書いているんだろう。


 


2007年の3月17日に私が思える事は・・・

とてつもなく悲しく苦しかった事は、少しもうすれていないけど
それと同じ位、感謝の思いが溢れています。




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[ 2007/03/17 00:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(15)

働く母ちゃん。 

4月の終わり頃から

1日3時間程度ですが、仕事を始めました♪





妊娠中を除いては
結婚してからずっと仕事をしてきた私。


チヒロは1歳半から、ユウタは生後5ヶ月から保育園へ通い
私は朝から夕方遅くまでの仕事をしてきました。



朝、まだ誰もいない保育園にユウタを連れて行き
もう誰もいなくなった保育園にお迎えに行って。



大切な物も見失いかけて、仕事が大切な時でした。




              子供達が元気で、パパとママが元気。


             今思えば、掛けがえのない日々・・・





だけど、あの頃は

  仕事も不満。
  生活も不満。


  全部に不満。


何かに付けて不満を口にしていました。


聞いてる周りも嫌だったろうな~ (*_*)






なのに子供達は”働く母が大好きだ”と言っていました。


チヒロも大きくなったら、ママみたいな仕事がしたいとか
ユウタも私の絵を書く時は”働いているママ”の姿でした。





ユウタの病気を疑って
仕事をお休みしたあの日から

もうずっと仕事から離れ、専業主婦に。




第一に、仕事に出られなかったという事がありますが

それとともに、私自身おもてに出る事が
とっても怖くなっていた・・・という事もありました。


「怖い」とは、色々です。


 


 


 


ユウタから、保育園や学校までの距離以上に離れられない事。

離れるな!とは誰からも言われている訳ではないのですが
私が常に心配でなりませんでした。


何かあった時、早急にお迎えに行きたいし
行かなきゃならないし。


間に合わなかった・・・なんて事態を想像し
怖くて心配でした。




あとは、自分に自信が無かった事。


家で日中、こんなに落ち込んでいて
TVを見ていても自然に涙が出てきたり
MRIの検査前になると、嘔吐が始まったり・・・

誰といても、何をしていても
病気の事が頭から消える事はありませんでした。


 


こんな人が、外へ出て仕事なんて
出来る訳がないと、諦めていました。


 


 


 



 

 


 


 


「うちで働かない?」と言ってくれたのは
ユウタと同じ時期に保育園に入園した、お友達のママでした。


彼女は私と同い年。

チヒロと同い年の男の子もいて
ユウタと同い年の女の子もいて。


夫婦でラーメン屋さんを経営していて
旦那さんも私と同い年。



お店は、ちょうどバイトを募集していたところでした。


 


 


お店はなんと、ユウタの学校から
目と鼻の先の場所にあって


何かあれば、即行でお迎えに行けます。

家から行くより、断然お店からの方が近いのです。


 


 


136 病気の子供がいて

137 急なお休みも多く

138 しかも1日短時間で

139 この先いつまで働けるのかも分からない。



140 そして、勤務先は近くで。


・・・・・となると、そんな仕事は見つかるはずもなく。



そんな事も関係して、働く母の再開をあきらめていた私。


 


ラーメン屋さんのお友達は
ユウタの病気をずっと最初から知っていて
大丈夫!いつでもお休みしていいよ!と言ってくれました。


 




こんな高条件はナイ!と思い、お願いしました(^_^;)






 


 ********************************








仕事を始めてから
思っていた不安はすぐ消えました。

1日の中で
ユウタの病気の事を思い出す時間も減りました。


おバカな話で笑ってる、昔の自分が戻ってきたようです。


 



家にいると、1人で
どうしようもない事ばかりを考えがちだったけど

仕事中に話しているのは
ダイエットの事と昼メロの展開について(笑)

あとは「次、いつ飲み会するう?」・・・な話ばかり。


 


 


お客さんのお釣りは間違えるし
自分が作っているラーメンが
何ラーメンだか分からなくなっちゃうような
とんでもないバイト店員の私だけど( ̄∀ ̄;)


 


今、この短時間のお仕事が
本当に楽しい私なのです。





 


 


 


 


「ラーメン屋さん、頑張ってね!」


チヒロとユウタが毎朝、私に笑顔で言ってくれます。




働くママが、やっぱりカッコイイ!・・・と、2人はとても嬉しそうです。


 


 


 


              子供達が元気で、パパとママが元気。


             今思えば、掛けがえのない日々・・・






あの頃みたいな日常に
少しずつ戻っているのかな。


 


病気の事なんて全部ウソだったかのようにはいかなくても

みんなが元気で、仕事の後のビールがおいしくて
家族の声がうるさすぎて、いつも誰かが笑ってるような

やかましい日常が


ここへもう1度戻ってくるかな。


 


 


 


 


 


働く母ちゃんで、明日からも頑張ろう♪


 



 





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[ 2007/06/26 22:37 ] ママの心 | TB(0) | CM(21)

ココロの深い所。 

この年になって


   恥ずかしい話・・・



「おかあさ~ん」って泣きたくなる時がある。


「おとうさ~ん」とは違う気持ち。








夜、缶チューハイをグビグビ飲みながら
ふと涙がこぼれてくる。


酔っているのかと思いきや
その後は夢中でユウタの病気の検索をしている。


病気の事を調べずにいられない。




毎日毎日、新しい情報がないかどうか
心配でたまらない。


アンテナ張って、今自分が
最善を尽くしているか・・・の確認を取ってしまう。


 








お母さん。



私がもし、ユウタと同じ病に侵されたとしたら
こんなふうに頭がおかしくなる位、取り乱したのかな。


自分の命を差し出してまでも
私の命を救いたいと願ったのかな。


将来を悲観して
一緒に消えてしまおうとか・・・


馬鹿な事を時々は考えたりしたのかな。



泣いたのかな。



い~っぱい、泣いたのかな。


 


 


 


 


 




 


7月になって、色んな事を悩んでいるうちに


もう、7月が終わってしまう・・・



何をやっていたのかは
色々過ぎて思い出せないくらいです。



沈んだり、テンションあげてみたり。


楽しい事もたくさんあって
ここ最近では1番楽しかった月です。



友達ってありがたいな。






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[ 2007/07/31 23:21 ] ママの心 | TB(0) | CM(14)

ホントは幸せ。 

ユウタが毎晩、成長ホルモン補充の為に
自宅で打つ皮下注射。



毎晩とは言っても
日曜日だけはお休みだけど

そのうち、日曜日も打つようになるのかな。





2007年6月から補充スタートして
少し、ほんの少し変化らしきものが表れてきました。


・・・「表れたような気がする」のほうが正しいな( ̄∀ ̄;)




22 まず、体重に変化がありました。



激減した!・・・という変化ではありませんが

あれだけ頑張ってもグングン増え続けた体重が
”激増”は、しなくなりました。


体脂肪も10くらい減っています。




身長はもともと注射ナシでも伸びていましたが
注射を始めてからも順調に伸びています。



考えて見ればピーク時より
体重2キロ位は減ってるし

ちょっと食べちゃったな~の日が続いても
体重計に変化が出ない事もかなり大きいです。


以前は、1日ごとに増えている日もありました(;_;)





22 次は、何より”元気になった”という事。



TVを見ながら居眠りしちゃう事も

日中、折り紙しながら眠ってるという事も


病院で診察中に先生と
会話しながら眠ってる(失礼な奴)という事も無くなっています。




気が付けば
大人しいな~と思えば

いつも必ず寝ちゃっていた状態のユウタが
普通に?起きていられるようになりました。


 


 



22 あとは・・・本人の気持ちの変化。



こどもなのに、ユウタには
「うつ」に似た症状が時々出ていました。


今でもココロは、まだまだ不安定で

「死にたい!」とか「居なくなりたい!」とか
本当にヒドイ発言は多いのですが


何て言えばいいのかな~・・・




「やる気」みたいなものを感じられるようになってきました。


 


 


「死にたい!」とか毎日言ってるくせに
「やる気?」って感じですが・・・


はつらつとした表情?というものが
よく見られるようになりました。



萎れ掛けたアサガオの植木鉢に
た~っぷりお水を与えた時のように。

段々、つるが太陽に向かって伸びていくように。


 


ユウタから、子供らしい「元気」を見る事が増えました。


 


 


 




 





成長ホルモンの注射がスタートした時

この注射を毎日、毎日、ユウタは大人になっても
ず~っと打って行かなければいけないのか・・・と

私には切ない気持ちもありました。



それでもその時は
治療に対しての希望の方が大きかったのですが

心の奥底では、ユウタが不憫で。


いつかは自分で打つんだ!とやる気マンマンのユウタにも
何だか悲しい気持ちでいました。


 


 


 


 


でも~・・・。


 


治療する方法がある事って本当はすごいんだな!って
今頃になって、やっと思い知りました。


頭の中ではそうやって当たり前のように
分かっていたつもりになっていたけど


治療を受けられるって事は、本当に有り難いことだと思います。


 


 



この病気自体に




  治療法があって



  現在有効な薬が存在していて



  色々と病気と闘う手段があるという事。


 


 


 


入院中、お星様になってしまったお友達の中には

「これ以上、治療法がありません。」という宣告を受けた
ユウタと年の近い男の子もいました。


半年以上も無菌室に入り
一般小児病棟に戻ってきてからは
ず~っと泣きながら・・・


「ミートボール食べたい!」って叫んでいました。


 


以前は仲良く一緒のベットに座り
ユウタとポケモン見ながら

2人は同じように笑っていたのに。


 


 


 


 


 


 


でもユウタは。


生きていられるんだから。


治療があるんだから。


 


例えば、この注射が出来なかったとしても
ユウタは生きて行く事が出来るんだもん。


上を見ても、もっと苦しい人を見ても
本当にキリの無い事ではあるんだけど



私が「苦しい」と感じていた事が
何だか急に遠く感じられるようになりました。


 


 


 


 


ユウタが大人になる頃にはきっと


今よりもっと「生きていく」という事に苦痛は無くなっているはず。


 


まだ、子供だからガマンが出来なくて辛いんだ、という次元ではなく
今よりもっといい方法で
治療が進んでいるかもしれない。


 


 


 


 


そんな希望の持てる疾患であった事に
本気で感謝しなければいけない。




 


 




 


 


 


0.05ミリ程あまった成長ホルモンを


昨夜、私が自分の太ももに打ってみた。




情けない話・・・


ユウタに初めて打つ時よりも
めちゃくちゃ恐ろしかった。



怖くて怖くて、何度もためらって

アルコール綿のアルコールも
完璧蒸発しちゃってて

それでも乾燥した綿で何度も拭いて
手に汗かきまくって・・・




「が~んばれ!が~んばれ!」


チヒロとユウタが応援してくれて(笑)


 




打ってみた。


 


 


 


 


        すんげ~痛かった!!!


 





この注射を毎日のように打っている子供が
世の中たくさん、いるのでしょう。


ユウタよりも
もっともっと小さな子供だって
毎日頑張っているんだと思うと


10分以上、ためらって震えていた自分が情けない。


 


 


 


 


 


 


でも、打ってみて本当に良かった。


 


 


いろんな事が見えてきたから。




 



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[ 2007/08/31 23:14 ] ママの心 | TB(0) | CM(13)

2回目の9月。 



2005年の8月。

今から2年前の夏に、ユウタの脳腫瘍が発覚しました。


そして9月9日。

この日も同じく2年前に
ユウタが初めて脳の手術を受けた日・・・。

痛々しい記憶のもとにあり
少しも薄れず私の中に残り続けています。







それから1年経った、2006年の9月9日←click!


この日、夕ご飯の後にユウタは突然激しい頭痛を訴え
私とチヒロとユウタの3人で、病院へ駆けつけたという騒ぎがありました。





  夜の病院の並木道を
  楽しそうに笑うチヒロとユウタが手を繋いで歩いていた・・・


過去のブログにそう書いてあるように

初めての手術から1年経った頃の私達家族は
ちょっとの不安でも大騒ぎになり
ちょっとの幸せも逃さずに見つけられていたんだと思います。 


 


 


そして2年後の今年、2007年。


今年の9月9日は、本当に平凡な日常の中にいました。


前日は我が家へ、ダイスキな人たちが集まり
深夜遅くまで飲み明かしていたので
クタクタでボロボロのパパではあったけど(笑)

・・・私は元気(^_^;)





ユウタが相変わらず腹ペコで
朝からとってもうるさくて


些細な事で泣いたり、感情が昂ぶったり
姉弟喧嘩したり、私に怒鳴られたり・・・


それはそれは色々と問題は相変わらずに多く
かなりヤカマシイ~我が家ではあったけど。


 


 


でも、信じられないくらい幸せだなって思います。


2年前に比べたらね。


 


 


 


 


 




 


 


8月、9月の後半にかけて私は
胸の奥から込み上げるような痛みに襲われます。


いつもいつもではないけど・・・

そう、思い出すと昨年も
同じように苦しんでいました。


 


 


食器を洗っていたり、友達と話をしていたり
TVを見ていたり、お風呂に入っていたり

それぞれの色んな場面で急に目の前の風景が
パッと病院の診察室に変わります。


 


 


 


「脳腫瘍です。」


2年前の8月
ユウタを初めて診察してくれた脳外科先生の言葉。


今では名前も思い出せない先生だけど

ユウタのCT画像を見つめたまま
その先生は、はっきりとそう告げました。


 


 


 


その光景が普段の生活の中で
急に目の前に広がり

自分でもよく分からない世界に飛んでいきます。


グ~って胸が痛くなって。


 


 


 


・・・病んでるな~って自分でも思うけど

何だか半分開き直っていて
特別真剣に悩んでもいない私です。


 


そういう自分も受け入れちゃえ!って
流すようにしています。




 


 


 


9月の手術の時も
早期再発した時も
3月に再手術を受けた時も


全てが衝撃ではあったけど
覚悟がそこにはあったから、違っています。



脳腫瘍だと初めて言われたあの日の衝撃だけは
特別な物として、ずっと残っていく痛みなんだと思います。


だったらやっぱり
受け入れちゃった方が私には楽なのかもしれない。


 


 


まだ2年前の事でもあるし
何より大切な子供の事でもあるし



「だって、辛かったんだもん!」って、そう開き直ろう (;∇;)


 


 


 




 


 


 IMG_0014b.jpg


 


先日、私とチヒロとユウタと
近所に住む「し~ちゃん」とで、ソラのお散歩に行きました。


ユウタは連日行なわれている運動会の練習で
両足首とひざを痛がっていて
そんなに遠くへは歩いて行けなかったけど

夕方、少し涼しくなった頃に出掛けました。


 


 


 


IMG_0029b.jpg


 


この時期、マンションの窓から見る景色は
さわさわってキレイに流れる金色の稲穂 。


緑からだんだんと金色に変わっていく光景が
単純に素晴らしくキレイでした。


 


毎日見てると劇的な変化も無く、分からないけど
ちゃんと変わって行ってるんだな~。


ユウタも田んぼもね。




IMG_0024b.jpg


 


金色の稲穂は近くから見ると
何だかものすごく力強さが伝わってきて
私はしゃがみ込んで、何枚も写真を撮ったりしていました。


 


IMG_0033b.jpg


 


子供達は子供達で
毎日通っている田んぼの道ではあるけど
改めて見つめると感動がいっぱいあったようで


 


 「お米なんだよね~、これって!」


 「田植えとか稲刈りとか、やってみたいな~♪」


 「すごい、いっぱいだね~!」



私なんかよりもずっと見慣れたはずの光景に
大騒ぎしていました。


 


IMG_0034b.jpg


 「これがご飯なのかぁ。」


 「ご飯、何杯分なのかなぁ。」


 「お腹すいてきたなぁ。」


 


・・・ユウタはユウタらしい感想でした(笑)


 


 


 


 


今年も夏はユウタにとって辛い季節でした。


体温調節がほとんど出来ないので
普段の体温は常に38度台。


だけど、ユウタ頑張っていたよね。




重たい体でよっこらよっこらと
毎日校門から見送る背中に

「頑張れ!」って念を送り続けてきたけど




私の方こそ、頑張らなくちゃって
ユウタの姿に支えてもらっていました。


 


9月も終わり、今度は運動会!


雨で延期続きだけど
明日は晴れるカナ?


 


 


3回目の9月はきっと
今より元気なユウタに会いたい。


ママもどこかに飛んじゃったりしないで

本当の意味で全てを
受け入れられていたらいいな。


 





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[ 2007/09/30 23:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(8)

2008年 3月17日。 


   2006年 3月17日。

   ちょうど2年前の3月17日。





この日はユウタが
2度目の腫瘍摘出手術を受けた日です。(click!)



この手術が最後であると信じ
そしてこの子の未来に微かな夢と希望を抱き

でも、本当はそれ以上に募る大きな不安を抱えて

手術の無事成功だけを
ただただ祈り続けていた、長い1日でした。

 

 



執刀して頂いた先生は、世の中で賛否両論
色々と言われている先生ですが

私達にとっては紛れも無く「神様」です。


こどもの命の恩人です。

 


誰が何と言おうと
我が子を助けてくれた先生です。

 

 


親というのは誰もが
自分の子供を助けて下さった先生を

”世界で1番の主治医”なのだと

思い信じているものなのです。

 

 

 

 





手術が無事に終わり
ICUでまだ麻酔の切れていないユウタと再会出来た時。

パパと2人きりになって私は
ガマンしていた涙を抑えられずに
カーテンの内側で色んな感情が入り混じり、泣いていました。



 

パパは・・・


「ママ、カメラ出して。」

 


いきなり、痛々しい姿のユウタを撮りはじめました。

 

ユウタのあまりにも変り果てた姿に
パパの頭がおかしくなったのかと私は本気で疑いました。




何の意味があって、この姿を撮っているの?


心から今すぐ忘れ去りたいような
我が子の辛く悲惨な姿を写真に残すなんて、鬼だ。

 

 



「いいんだ!この写真を将来、ユウタに見せてやるんだ!」

 

 

      お前はこんなに頑張ったんだ!って見せてやるんだ。


      くじけそうになった時
      幼かった自分が耐えてきた苦しみを証明させてやるんだ!

 

 

 



普段は本当におとなしいパパが
私の反対を押し切り

泣きながら何枚も何枚も
ユウタの姿を撮り続けていました。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

それから1年後。

 

2007年、昨年の3月17日。(Click!)

 

 

 

 

1年経った今。

あの頃が嘘のような
日常を送れている事に感謝です。

 

3月17日。

来年の私は、今のユウタを思い返して
ここへどんな風に書いているんだろう。


2007年の3月17日に私が思える事は・・・

とてつもなく悲しく苦しかった事は
少しもうすれていないけど

それと同じ位、感謝の思いが溢れています。









・・・こんな事を書いていました。

 

 

 

「来年の私」

つまり今年の3月17日の私は
こんな事を思っています。





悲しみとか苦しみは残念ながら
たった2年そこそこじゃ、癒えることもなく

その時々によっては
辛さも痛みも倍増している気がします。



今、ユウタがちょうど入院中であるという点を
最大限に考慮したとしても

衝撃の診断、お子さんは脳腫瘍です・・・と言われた
あの診察室のドアを出た時から

今、この現在に至るまで


一瞬たりとも

”心からの幸せ”を感じた事はないでしょう。



「あ~、幸せだなぁ。」

そんなふうに日常の些細な事で思える幸せには
たくさん気がつけるようになりました。




でも、ユウタが病気になる前のような

心の奥底から思える幸せとは全く違うものです。




私の中では苦しみの種類が
あるのですが
そう考えると、究極期のドS級な苦しみとは違うけど

いつもいつも付きまとう痛みは
取れないままでいます。







「もっと強くならなきゃ!」

「お母さんよりも、子供の方が辛いのよ!」


・・・・・それはね、よ~~~~~く分かってる。

自分でも思う。



出来れば私もここへ
前向きで元気で明るいお母さんを書き込んでみたい。


かといって、いつも暗~い母さんを
ユウタの前で見せているなんて事はないです。



心の中の本音部分を書き出せば
正直、そんな気持ちでいます。








病気を発覚してから、今までの間

私達の周りには病気になる以前のユウタから
ずっと近くにいてくれた人たちばかりで

例えれば”温室の中”で
大事に大事に接してもらって来ました。





そんな中でもやっぱり
壁にはバンバンぶち当たったけど

差し伸べてくれる手も
変わってしまったユウタを知っている人も多く

安心の中で、辛さがありました。

 

 

でも、遅かれ早かれ当たるだろうと思っていた壁が
こんなに早く現れるなんて・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

3月17日。

またやってきたね、3月17日。

 

 

2年経った今、この私が思う事。

 

 

 

誰も分かってくれない。

どうせ分かってくれない。

でも、本当はイイ子なのよ。

 

ひたすらにひねくれた私が本当の私。

 

 

 

誰にも分からない。

辛さは一緒なんかじゃない。

私が弱いんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

それでも、こんな私が心からは腐っていないんだと
自分でもホッと出来る部分の本音では

綴りきれない感謝の思いだけはある、という事です。


 

ユウタの為に最善を尽くしてきてくれた
病院と医療関係者の方々。

現在も一生懸命にして下さる病院の皆さんには
感謝の気持ちでいっぱいです。


 

直接、医療とは関係のない場所でも

ユウタを思い、助けてくれた方々
助けてくれている方々に


ありがとう以外、感謝の言葉は見つからないです。

 

 

 

 

 

 

パパの撮った、3月17日の写真。

 

本当はユウタが将来、見る為のものではなくて
今、この私が見るべきなんだろうな。

 

恐ろしくて絶対、見られないけど。

 

 

 

 

来年、2009年3月17日の私は

どうか・・・

この記事を削除してしまいたくなるような

心の浄化された人間になっていますように。


今よりもっと元気なユウタと一緒に

カッコイイお母さんでいますように!!!

 

 

 

 

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[ 2008/03/17 00:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(6)

ごめんねの手紙と。 


2008年 6月19日(木)


今日は、整形外科と内分泌科の受診後に
先日まで入所していた肢体不自由児施設と隣接する養護学校へ行って来ました。


施設を急に退所して、そのまま学校も転校となったので
お友達や先生に きちんと挨拶が出来なかった事により
ユウタにも私にも心に引っかかっているものが確かにありました。


特にユウタにしてみれば・・・

これまで先に退所していくお友達を「お別れ会」などで見送ってきていたので
自分のパターンが「おかしい」という事に気が付きながらも
大人のように言葉で上手く不安を訴えられる事も出来ず

日々の明るい笑顔の中にも、施設の事や養護学校の事が
時々、浮かぶように表れていました。




「ありがとう」と「さようなら」を言いに行こう!

そう伝えると、ユウタはとても嬉しそうでした。
安心したように喜んでいました。


あんなに嫌がった施設、ケンカばかりだったお友達のこと・・・

それでもやっぱり、行きたいし会いたいし。


ユウタの気持ち。
私にだって、分からないでもないよ。









養護学校の教室に行くと、先生もクラスメートの皆も
ユウタの事を今までと変わらずに温かく迎え入れてくれました。

「ユウタが来た~!」って 驚き顔のお友達や、色々。


離れてから、ほんの少ししか経っていないけど
私は、懐かしいような この空間と香りに涙が出そうになりました。




「先生、ぼく、ユウタ君に言いたい事があります!」

お友達が手を上げました。



   「ユウタの事、いじめてゴメンね。」



それから先生が促したわけでもないのに
次々と子供達がユウタに一言ずつ、声を掛けてくれました。



「ぼくも、ユウタの事いじめてゴメンね。」

「ぼくもイッパイいじめちゃって・・・ゴメンね。」


「ユウタの事を守ってあげられなくて ゴメンね。」

「ぼくもユウタの事、守ってあげられなかった。ゴメンね。」




率直に言えば、私は かなりビックリしました。
そういう言葉が先生の前で出てくるとは思わなかったから。

だから余計にみんなの言葉が、私の胸には響いていました。

最初の「ごめんなさい」には
きっと勇気がいったと思うのです。





最初から、ちゃんと向き合う事が出来ていたら
もっともっと仲良く過ごす事も、可能だったのかもしれない。


私の中では、後悔に近い気持ちも溢れていました。




ユウタも同じ気持ちだったのかな・・・

その後あえて私からは、何も聞かなかったし
言葉も掛けないようにしていました。

ユウタがお友達の言葉を受け止め、いま想う気持ちのそのままを
心に留めておいて欲しいと思っていました。






その後、クラスのお友達一人ひとりが書いてくれた お手紙を受け取って
ユウタはそれを大切そうに胸に抱いて帰りました。



「ユウタのお母さん、絶対見ないでよ!」

子どもたちにはそう、念を押されたけど・・・ごめんね。こっそり読んじゃった。


何度も消しては、書きなおした様子の見える お手紙には

「いじわるして、ごめんね。ほんとうは いつも あやまりたかった。」


ほとんどのお友達のお手紙に
「ごめんね」という言葉が たくさん、たくさん書かれていました。
ともだち。



ユウタは脳の手術の影響で感情的になりやすい部分も確かに秘めていて
だから難しいと思える事も、同学年のお友達よりは多くあるんだけど

病気である事とは離れた部分では
歩み寄れるきっかけさえ、ちゃんと作れたら
こんなふうに前進できるかもしれないって希望が少し沸きました。


みんな、本当にありがとう。

今はそう、心から思っています。



それでも、ユウタと同じ病気の仲間が多く抱える「思春期」の問題は
もう目の前に立ちはだかっている気がするし
母親として落ち着いて構えている!とは決して言えないんだけどね。


ホルモンの関係からくるのか
それとも脳の障害から表れているのか今は不明だけど

この病気の子どもたちから聞こえてくる「幼児性」の抜けない部分に付いても
医療側での研究が、もっと進んで欲しいと切に願っています。




努力で変われる所があるのではないか・・・

そう思って子どもの事を毎日見つめているけど
見えない事ばかり たくさんあります。


私達は がんばる事が嫌なのではなくて・・・

方法が見つからないまま過ごす事、それがとても残酷なのです。




ライン



施設でも学校でも、いろんな事があって
もちろん楽しい事も 日々の中ではたくさんあったんだけど

そこでは厳しい現実と、避けられないこれからの問題を目の当たりにして
私の中にあった「甘い考え」は すっかり飛んでいきました。




当たり前だけど・・・
黙っていたら、誰も助けてくれない。

だからといって必死になって訴えても、通じるとは限らない。
医療の現場でさえもね。


ふてくされて、ひねくれていても、自分にとって ただの悪循環。
ぐるぐる落ちていくだけ。

だから、どうにかしていきたい!という気持ちは
私の中で、どんどん大きくなっていきました。



「勉強になったね。」

人からそう言われると
猛烈に腹が立つ私は、まだまだなんだけどね。


でも、そんな言葉じゃ例えられないほど
確かに私の中にある気持ちは大きく変わりました。

多分、ユウタも。









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    ユウタの病気を広く正しくみんなへ伝えたい。
    誤解も偏見も無く、子供達が生きていきやすい未来を想って・・・。
 
 


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[ 2008/06/19 23:59 ] ママの心 | TB(0) | CM(3)

いろんな想い。 

色んな人がいる。

色んな子供がいる。

その分、色んな親がいる。


子供に対する親の思いも、もちろん色々。



世界中で病気の子供もいっぱいいる。

病気の子供を持つ親も、その数と同じだけいる。


祈り願う思いはきっと近い声だと思うけど
それぞれに色んな思いが込められているんだと思う。

大切な人を想っての、数え切れない祈り。







人からの言葉で傷付くと
その言葉は、私の中から なかなか消えてはくれない。

いつまでも引きずる自分にも嫌気がさして
必死に楽しい事を探して見つけて、気の合う仲間と大笑いしていても
胸からサッパリと消えてくれる事はない。

子供の事になると、どうしても。

自分の事ならネタにして笑って、いつの間にか忘れてしまうんだけど。







色んな人がいる。

いろんな考え方がある。






そうやって、私は私の中で解決出来るように頑張って行こう。


そして自分も同じように。

人を傷つけないように。

1番大切な物を見失わないように。







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[ 2008/08/24 02:41 ] ママの心 | TB(0) | コメント(-)

8月25日。 

3年前の 2005年8月25日。(その時の記事)←click


総合病院にある脳神経外科の診察室で
「お子さんは、脳腫瘍です。」と診断を受けました。

診察室で当時4歳のユウタは ちょろちょろ動き回り落ち着かず
看護師さんがしゃがみ込んでユウタと手遊びしてくれていました。






ユウタが脳腫瘍。

真っ先に「死」を連想しました。


「ユウタが死んじゃう、ユウタが死んじゃう・・・」

それからDrの声も、看護師さんの声も、ユウタの笑い声も
私には何も聞こえなくなりました。

まるで水の中へ潜っているかのように。




隣に座るパパは、膝に置いた手をグッと握り閉めて
先生から少しも目線を離さずに話を聞いていました。


私は誰の声も聞こえないまま、心の中でずっと
「ユウタが死んじゃう・・・」と繰り返していました。

ウソでしょう?とか、どうしようとか、どこの病院へ?とか
そういう動揺は一つも無く。


ただ、ユウタが死んでしまうんだ・・・という「絶望感」だけでした。




自分が泣いているという意識も感覚も無く
ただ開きっぱなしの目から涙が滝のように流れていて。


だけどその時、変に冷静に考えていた事もありました。

「そうだ!ユウタが死んでしまうのなら、私も一緒に死ねばいいんだ。」


他にある同じ位に大切なものの事など何も考えられずに
今、心の全部を占めているこの恐怖と絶望感から逃げ出す為に
自分を楽な方へ導く為に

そういう臨時解決策を自然に打ち出していたのだと思います。



「お母さん、トイレに行きましょうね!」という看護師さんの大きな声で
やっと水中から出られた時のような感覚になり

「ママ、泣いてるの?泣いたらダメよ。」という
ユウタの声が耳に入ってきました。









「ママ、ユウタ大丈夫だよ!だから泣かないで」

まだ4歳だった、あの日のユウタ。


あれから3年経ったけど、ユウタは今も変わらず

「ママ、泣かないで」「ユウタは大丈夫!」とそうやって
いつも私を慰め支えてくれる。

温かい手で、いつだってユウタが私を助けてくれる。


私はと言えば・・・あの頃から少しは強くなれたのだろうか。












3年前のあの日は朝から小雨が降っていて
それでも何となく蒸し暑い残暑の中で

曇り空の遠くから、セミの泣き声が聞こえてきて
時々、雲の隙間から青空が見えて。


学校帰りの子供達の笑い声も
親子で手を繋ぎ、楽しそうに歩いている姿も
普通に歩いているだけの、すれ違う人たちも

みんなが幸福の絶頂にいる存在の人たちに見えて
羨ましくて、妬ましくて、憎たらしくて。


私達だけが全くの別世界に生きているような気がして。






3年経った、2008年 8月25日。


今日も あの日と同じような曇り空。
時々、パラパラと小雨も降っています。

セミの声もまだ力強く聞こえています。


ユウタはここの所調子が悪く、頭を痛がって横になってばかり。
顔も何となく浮腫んでいて、笑顔も少ない。


「頭いたい。」


その言葉に、3年前が鮮やかに蘇る。




人は悲しい記憶、苦しい記憶は
早めに消えるように出来ているらしいけど

なぜか・・・
今も細かな所までも鮮明に覚えているよ、8月25日。





これを書きながら、うかつにも涙が溢れてきて
私はユウタに

「生きていてくれて、ありがとう!」と涙声で言ってしまった。


ビックリする事も無くユウタは

「ママこそ、ユウタを生んでくれてありがとう」って
久しぶりに満点笑顔を見せてくれました。








このまま、このまま、ずっと穏やかな幸せが続きますように。

とびきりの幸福感よりも
長く続く、ありきたりな日常の幸せがいつまでも・・・。






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[ 2008/08/25 14:31 ] ママの心 | TB(0) | CM(1)

24時間テレビ。 

2年前の4月。


ユウタは3月に受けた2度目の開頭手術直後で
大学病院の小児病棟へ入院中でした。

お隣のベットにいたユウタと同じ名前のお兄ちゃん、通称「お兄ちゃんユウタ君」が
その月、辛かった闘病の末・・・10歳で天国に行ってしまいました。

2006年4月10日の記事←(click!)


退院してからしばらくして「お兄ちゃんユウタ君」が
天国に行ってしまった事をユウタに伝えました。

それまでユウタには「おうちに帰ったんだよ。」と伝えていたので
話を聞くと、とても驚き 悲しみをあらわにして叫ぶように泣いていました。




お友達の死を伝える事。

幼いユウタにはまだ早いものかと悩みましたが
「死にたい!」と叫ぶユウタには今、伝える事が正しいと判断したからです。


それでも、どうしても「死」を口にする事は止まらなかったのですが
その直後にすぐ反省して「お兄ちゃんユウタ君」の事を思い出し、泣いています。


頑張っても頑張っても
どうしても生きられなかったお友達の事。

たとえユウタの胸にはまだ重たすぎるとしても
どうしても伝えなくちゃいけないと、私は思っていました。








今日8月31日、19時過ぎから24時間テレビに
「お兄ちゃんユウタ君」の弟、翔太君が出演していました。

「難病と闘う少年と巨人上原投手 約束のキャッチボール」という特集でした。



  翔太君は、次第に体の自由が利かなくなる難病を抱え
  昨年秋に唯一の治療法とされる骨髄移植を受けました。

  翔太君は白血球型(HLA)が適合する骨髄提供者が見つかって
  移植を受けることができましたが
  同じ病気を発症した4歳上の兄・雄太君は
  提供者が見つからず、2006年4月に10歳で亡くなりました。


(読売巨人軍公式HPより←click)




私は「お兄ちゃんユウタ君」が亡くなった直後
弟の翔太君も、お兄ちゃんと同じ病気である事を知りました。






面会ノートを見ると「お兄ちゃんユウタ君」のお母さんは
いつも早くから病棟に来ていて、その少し後に私が来ていました。

午前9時頃です。


それから21時過ぎまで「お兄ちゃんユウタ君」のお母さんは
病棟に付きっきりの状態でした。



私は「お兄ちゃんユウタ君」のお母さんの、疲れた顔を見た事がありません。


看護婦さんと言い争う場面も
お母さん同士で愚痴を言い合う所も
子供にイライラしている所も

落胆の表情も
悲しい顔も。



思い出すのは・・・笑顔と優しい声なのです。







私はその逆に、いつも眠ってばかりのユウタのすぐ脇で
暗い表情のまま、泣いてばかりいました。


ひたすら千羽鶴を折り
看護婦さんが来ても言葉を発する事無く
「誰も話かけないでバリア」を張っていました。

ユウタが空腹で泣いたり騒いだり、大声を出すたびに
正直いえば最初は周りの目も気になっていたし
誰か助けて!と、逃げ出したくなる時もありました。



術後でまだ意識の遠い時は
ユウタが痴呆症状に似た事ばかり言っていたので

「このままの状態で生きていくのは辛すぎる」と勝手に決めつけ
治療も信じられず、医師の言葉もウソに感じて
「もう、ダメだ~・・・」と希望も何も失くしていました。




そんな時、私のバリアを破って語りかけてきてくれたのが
「お兄ちゃんユウタ君」のお母さんでした。

強引に入り込むのではなく
彼女とは年齢もそう変わり無いなずなのに
何だか昔感じた「お母さんのぬくもり」的な温かさを感じる人でした。


ユウタの状況よりも「お兄ちゃんユウタ君」の今の状況の方が
明らかに大変なんだと、私にも分かっていました。

それなのにいつも、私が励まされていました。




「ユウタママ、いつもとっても頑張ってるね!」

「素晴らしい執刀医とユウタ君を繋げたユウタママの行動力はすごい事よ!」

「ユウタ君のカワイイ笑顔は、ユウタママの影響よね!」


だから、な~~~んに間違ってないのよ♪って。





頑張れ!とか、一言も言わないけど

さりげない温かな言葉を頂くたびに
「私もこういう人になりたい」と強く思っていました。



1度だけ・・・

閉め切られたカーテンの隙間から
「お兄ちゃんユウタ君」のお母さんが
声を堪えて泣いている姿を見た事がありました。










今日 テレビを通して、元気になった翔太君の姿と
感涙を流す、お母さんの笑顔を初めて見ました。


「お兄ちゃんユウタ君」の遺影と共に
笑顔いっぱい溢れるご家族の姿から

私はまた色んな力を頂きました。





ユウタもテレビを観ながら、大きな声を出して泣いていました。

チヒロも珍しく、涙を流しながら観ていました。


私もパパも言葉なく、ただ涙が止まらなくて。

でも、きっと考えていた事も、改めて強く感じた事も一緒だったと思います。








「お兄ちゃんユウタ君」が亡くなってすぐ
私はパパと骨髄バンクに登録しました。

居ても立ってもいられない衝動に駆られました。


同じく24時間テレビを御覧になっていた多くの方々も
きっと心を動かされたに違いないと思います。


1人でも多くの方が骨髄バンクに登録され、尊い命が救われる事を祈っています。







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[ 2008/08/31 23:59 ] ママの心 | TB(0) | CM(4)

真実と事実。 

   

   「いつ頃から、立ち直る事が出来たのですか?」

   「どうやって、立ち直ったのですか?」





少し前に、このような質問を受けました。

「え・・・」


私は、しばらく言葉が出ないくらい驚きました。










私はユウタの病気が発覚した当初
あまりの苦しさに、心も体も「当たり前の普段」から遠ざかっていました。

重い病と闘い続けている人たちの明るい笑顔や
前向きさを眩しく感じて

自分の不甲斐なさが浮き彫りになって

そんな自分をいつもいつも情けなく思っていました。




「どうやって、立ち直ったの?」

そうやって私も
重い病のお子さんを持つ、お友達ママに聞いた事がありました。

自身の苦しみから逃れたくて
すがる思いで聞きました。




彼女の答えは・・・

  自分の子供よりも、もっともっと大変な病気の子供はたくさんいる。

  我が子の入院中に、そういうお子さんをたくさんそばで見てきて
  うちの子はまだまだ元気な方なんだから・・・と思えるようになってきた。

  重篤な病のお子さんを持つお母さんたちは
  本当に明るくて元気で、いつだって前向きなんだよ!

  



私は、グズグズの自分を追い払いたくて
事あるごとに彼女の言葉を思い出していました。



だけど、心が楽になる事も

前向きに進む事も出来ませんでした。







他の病気と比べる事は出来ない。


私が辛いのは、我が子が病気だからであって
比べてしまうとすれば「我が子の病気になる前の姿」と、なのだから。

どんな病気であっても
我が子が苦しむ様子をその時、その現実を
母親は世界で1番、辛い事なんだと思うからです。








私が感じていた周りのお母さんたちの
明るさや前向きさが「事実」ではあっても

それが「真実」とは言えないのかもしれません。


いつも笑顔で明るい声を掛けてくれる人たちだって
真実は重い世界を抱えながら
苦しみの残る今をすごしているのかもしれない。



明るく振舞っているお母さんたちの
事実と真実は違っていると思います。












いつのまにか私も、他の人から見て
明るく前向きに頑張っているお母さんに見えるようになっていたんだ!


質問を受けて、私が絶句したのは
そんな変化に自分で気が付いていなかったからです。



泣いて嘆いて、絶望感で苦しんで・・・

そういった辛さからは だいぶ断ち切れてきているんだけど

我が子の病気を受け入れきれているかと聞かれれば
私にとって、それはまだまだ難しいのです。


永遠なのかな?

とういより、我が子の病気の受容って
どういう感覚になった時に「出来た!」と言えるんだろうか。






「どうやって・・・」の質問に
私が、どう返事をしたのかも思い出せないけど

ガハハと笑っている私の事実と
深い所では出口を求めてもがく私の真実があって

多分それは、ユウタと歩んでいくこれからの中で
ずっと変わらない部分なのかもしれません。




もしも変われる事が出来たら
やっとその質問にも、うまく答えられるかもしれません。











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[ 2008/11/26 00:36 ] ママの心 | TB(0) | CM(14)

だいじょうぶ。の本 

 だいじょうぶ。の本


だいじょうぶ。の本

文・中島未月 写真・奥中尚美

PHP研究所
1200円(税別) 
発売日:2008年11月19日




いくつかの小児がん関連団体の運営をされていて
全国の小児がん患者会と連携して
啓発活動にも取り組まれている「はな」さんが管理されているサイト(click)の中から

「だいじょうぶ。の本」を見つけました。




「大丈夫!」

「大丈夫?」

「大丈夫でしょう?」

「大丈夫だよ!」


これまで私は色んな「大丈夫」を
いろんな人に掛けてもらってきました。

また逆に私も、いろんな人に掛けてきた言葉です。




時々、この「大丈夫」に反発してしまう時がありました。

それは医師から言われた「大丈夫ですよ」だったり
パパから掛けられた「大丈夫だよ」だったり・・・。


「ちっとも大丈夫じゃないじゃん!」

その場限りの無責任な慰めのように感じて
安心させてあげたい、支えてあげたい、という相手の気持ちが
心に素直に浸透して行きませんでした。



私も同じ。

辛い現実に苦しみを訴える仲間にむかって
言ってしまった「大丈夫?」の言葉。

「大丈夫なわけないでしょう」と言われてハッとしました。


そう、大丈夫なんかじゃない。


私だったら・・・私だったら・・・

そうやってずっと考えていたけど
掛ける言葉は何も見つかりませんでした。





辛いとき、苦しいとき、論理に基づいた「大丈夫」を
医師からはぜひとも聞きたいんだけど

そういう「大丈夫」だけが大切なのではなくて


 「一緒にいるから、だいじょうぶ」

 「そばにいるから、だいじょうぶ」

 「立ち止まっても、だいじょうぶ」

 「ゆっくりで、だいじょうぶ」


ポンッと背中を叩かれるような「大丈夫」ではなく
何も言わずに、となりに並んで寄り添ってくれるような「だいじょうぶ」も
とっても大切な事なんだと思うのです。





紹介の本には、そんな「だいじょうぶ」がいっぱい詰まっています。



ページを開くたびに、心がそわっとするこの感覚は

私の真ん中に響いてくる
強くもあり、そして何より優しい、だいじょうぶという言葉だけではなくて

一緒に飛び込んでくる美しい写真たちの魅力も重なり合って
起こるのだと思います。




毎日眺めていても
毎日、私のお気に入りページが違っています。

その日ごとに心って揺れているんだけど
この中に、その日を支えてくれるページを必ず見つけられるような

そんな気がします。





   心がくじけそうになったら

      ぜひ、開いてみてください。











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[ 2009/01/19 11:00 ] ママの心 | TB(0) | CM(2)

揺るぎない想い。 


この土日、ユウタは久しぶりに荒れました。

少し風邪気味ではあるものの、それ以外には体調も良くて
精神的にも ずいぶんと落ち着いてきたな~って
嬉しく思っていたのだけど。



チヒロとの、ちょっとしたケンカが発端でユウタは大興奮となり
「死んでやる!」と言い出して、6階のベランダから飛び降りようとしました。

パパも私も冷静を装いながら、追いかけてなだめても
興奮状態のユウタは本当に大変です。


本気で飛び降りようとは思っていないのかもしれないけど
勢いあまって本当に落ちてしまったら・・・・・

恐ろしくてたまりません。




日曜日の、ほのぼのとした お昼時に
ベランダで「死にたい!」と叫ぶ小学生の姿と声は異常です。

ここにだけ、恐ろしい空気が流れています。


マンション中に響き渡るユウタの泣き声。

「お姉ちゃんが悪かったから!謝るからもうやめて!」って
そのうちに、チヒロも一緒に泣きだしてしまいました。





過去には包丁を握りしめて、お腹に刃を突き当てていた事もあったし
自分の首にヒモをくくっていた事もあったし、もう色々。

ベランダへ飛び出したのも、今回が初めてではありません。

今では、このような事も少なくなりましたが
書くのに躊躇するような出来事は、これまでもたくさんありました。



最初の頃は、そんなユウタに驚いたり悲しくなったりで
私も一緒になって泣きながら、お互いに興奮して
ますます大騒ぎになってしまったのだけど

この頃は放っておくと、ユウタはすぐに我に返り
「ゴメンナサイ」って自分の行動を反省します。


あ~また、やってしまった。
また、こんな事言っちゃった。

頭を抱えて、一瞬他人のような自分の事
ユウタ自身、とっても悔しがっているのがよく見えるようになりました。





ユウタが興奮している時に発しているセリフを
後から、よくよく思い出すと

もしかしてユウタが
「いつも心に抱えているのかもしれない」と思えるような言葉が見つかります。



  なんで、病気になったんだ。
  どうしてユウタなんて生まれてきたんだ。
  病気のせいで、めちゃくちゃだ。

  この家にユウタなんて居ない方が みんな幸せなんだ。
  ユウタがいつも迷惑掛けているんだ。
  ユウタが居ると家族みんなの迷惑なんだ。

  消えたい、病気のユウタなんて消えたい。
  死んで、居なくなりたい。




ケンカの相手である、チヒロへの文句はひとつも出てきません。

「お姉ちゃんのバカ!」ではなくて
「こんな事しちゃう、自分のバカ!」という叫び。


自分で自分を否定して
怒りの相手は、いつだって”思うようにならない自分自身”なのです。








  ユウタ君は自分のやってしまっている事が間違っていると
  ちゃんと分かっているのです。

  だけど、自分で自分の心を抑えられない。

  それはとても辛い事です。


  周りの方はユウタ君の間違っている事に対しては
  その場で、きちんと叱るべきだけど

  ただ、「あなたも頑張っているよね、本当は苦しいんだよね」と
  本人の苦しみを認めてあげたうえで叱る事が大切です。





感情を抑えられなくなるユウタの言動に悲しくなって
どのように接したらいいのか、ぐるぐる迷って
診察室で先生に泣きつくと、いつも先生はこのように仰っていました。


私も時には、ユウタの頬を思い切り叩く事もあるし
一緒に涙が出てしまう事もあるし、大声で一緒に叫びたくもなるから
満点ママなんかじゃないんだけど

ユウタのお母さんは世界中を探しても私にしか出来ないって思うから
1番近くで、支えてあげたいって思っています。

これだけは揺るぎない私の想いです。




 なんで、病気になったんだ。
 どうしてユウタなんて生まれてきたんだ。
 病気のせいで、めちゃくちゃだ。



そんな、ユウタの心の叫びに答えてあげられる言葉が
今はまだ見つからないけど。






「ママ、さっきは ごめんなさい。」


ユウタが私に謝ってくるたび
本当はものすごく、切ない気持ちになります。


ママこそ、ごめんね。









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[ 2009/02/09 18:35 ] ママの心 | TB(0) | CM(7)

記憶力の回復。 


「新しい事を記憶する事が、難しくなるかもしれない。」


脳の手術を受けた後に起こり得る後遺症の一つとして
脳外科の先生から、そう聞いていました。

1度目の開頭手術後は、そのような症状も見えなかったのですが
2度目の術後には言われていた通り、それは はっきりと表れました。


2度目の開頭手術では、腫瘍を全部摘出する為に
かなり踏み込んだ手術となったので
1度目の手術と、このような差があっても不思議な事ではありません。


でも・・・

そんなふうに変わってしまった我が子の様子をそばで見ていて
どうしても、今 目の前にある現実を私は
するすると受け入れる事が出来ずに苦しみました。


本人は、もっともっと苦しかったと思います。

空腹の辛さも、体のだるさや疲れやすさも
今までとは違う自分自身の心と体も

ユウタにとって全てが苦痛だったと思います。





手術後まもなくから、しばらくの間
ユウタの記憶障害には、驚くと同時に愕然とし・・・言葉にもなりませんでした。

何とかユウタの記憶力を回復させようと
その頃、始まったばかりでユウタの大好きなレンジャーものの
「轟轟戦隊 ボウケンジャー」各5人の名前を必死に覚えさせました。


「ボウケンレッドの名前は?」

えっと・・・・・アカシ・・・?う~ん、分からない。

「明石 暁だよ~、あ・か・し・さ・と・る!覚えてね!」


1分後。

「ボウケンレッドの名前は?」

・・・・・・分かんなくなっちゃった。



病室で絵本やDVDを見せながら
こんな事を1日中、やっていたものでした。


ひどい記憶の障害は術後一過性のものでしたが
その時は、これがずっと続いてしまったらと思うと怖くて

私の自己流訓練で、どうにかならないものかと必死でした。




「お母さん、慌てないで ゆっくりね。」


そんな言葉は その時の私にとって、ただの苦痛でしかありませんでした。











もうすぐ、最後の開頭手術から3年となります。

ユウタに表れていた記憶障害は
日々の生活の繰り返しの中で、自然に回復していきました。


今、ユウタに聞いてみると
「ボウケンレッド」の名前はやっぱり思い出せなかったけど(笑


入院中、お腹がすいて苦しかった事。
看護師さんが、とっても優しかった事。
仲良しだった、お友達の事。
病院の中を色々探検した事。
入院中のシャワー浴の事。

その他にも色々・・・


あの頃、1分後には消えてしまっていた色々が
所々ではあるものの、ユウタの記憶にちゃんと残っていました。


苦しかった事ばかりではなく
嬉しかった事や楽しかった事もあった入院生活。

その両方を、覚えていました。





今でも時々、「普通、忘れないだろう」と思えるような事でさえ
ユウタの頭からスッポリと消える事があるのでビックリするんだけど

気が付くと、そういう事は めったに起こらなくなっていました。


それどころか、私のスケジュールなども覚えていて
「ママ、今日はあそこに行くんでしょう?」なんて
ユウタが教えてくれるようにもなりました。


掛け算の九九も、どれだけ苦労するのかと覚悟していたけど
思い起こせば、チヒロと同じようなペースで覚えられたし。
(7×5=30!って、それはまだ時々堂々と 間違えるけどね・笑)






ユウタは今でも確かに
新しい事を記憶する事が苦手なのだと思うけど

それが、障害として立ちはだかる壁とは感じなくなっています。


「みんなみたいに、すぐに覚えられないんだよ」

ユウタはそう言って、時々悔しがっているんだけどね。


だけど、きっと大丈夫だよ。

一体、私の どこから沸いてくる余裕なのか分からないけど
ユウタの記憶は元に戻るような気がしています。



学校の勉強とか、これからどんどん難しくなっていくから
やっぱり覚えにくいという事が壁にはなるかもしれないけど

努力でカバーできる事なんだと分かったから。



病気であっても、そうじゃなくても

誰にだって結局、努力ナシじゃ無理な事が
これからも、たくさんあるんだもんね。






「お母さん、慌てないで ゆっくりね。」

今となれば 心に響き。



調子いいよね。









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[ 2009/02/11 23:33 ] ママの心 | TB(0) | CM(4)

2009年 3月17日。 

     

       3月17日。


            私たち家族にとって、この「3月17日」という日は
            ある意味、特別な日となっています。



ベランダの春



ユウタが最後の開頭手術を受けたのは、3年前の2006年 3月17日。

あの日から もう3年経ちました。



・・・もう3年?

まだ3年?やっと3年?
私の中では色んな感情にあふれています。





3年前の手術当日、希望に満ちているとは決して言えず
重たい不安ばかりが心を占めていました。
その日の記事←Click!)

腹をくくる、という事ではそう出来ていたけど
何ともいえない恐怖が数日続いていて、そのピークが訪れているようでした。


「もしも」の事があったら・・・

すべてを置き去りにして、私も消えてしまおうと決めていました。


自分自身の事であったら、こういう感覚にはならないのかな?
自分よりも大切な存在の身に降りかかる事だからなのかな?
それが母性として遺伝子の中に組み込まれているからなのかな?

母親としては正常な感覚なのだろうか。
私だけが異常なのか。
ただ単に自分勝手なだけなのか。

答えを探している訳じゃないけど。



3年経った今、思うと
そんな事は絶対にしようとは思わないし、出来る事ではないと思っています。

多分、恐怖と不安からの逃げ道として、その場で辿り着いた
自分なりの「心の整理手段」だったのだと思います。




59.gif




手術から1年経った2007年 3月17日。
その日の記事←Click!)


ユウタは通っている保育園の卒園式を間近に控え
毎日、予行演習に頑張っていました。

手術後からずっと続いている極度の空腹感にも悩まされ
体重の増加も治まらず、体調もまだまだ安定していませんでした。


「お腹すいた~!」と言っては泣いて
「頭が痛い」と言っては寝てばかり。

どんなに頑張っても、努力しても、体重がどんどん増加していく中で
手術の前日にまだ軽かったユウタを腕に抱いた感覚だけが
私の中には いつまでも残っていて、とても苦しかったのを覚えています。





そして、手術から2年経った2008年 3月17日。
その日の記事←Click!)


ユウタは足の病気の為、肢体不自由児施設に入所していました。

施設では毎日のように問題が起こり
ユウタからも、本来の明るさが消えてしまっていました。


ユウタが病気になる前を知る人たちの中で
ぬくぬくと過ごしてきた今までの環境とは違い
厳しい現実を知る事になったのも、この頃の事です。

どうにかしたいという気持ちは もちろんあったけど
「どうせ誰も分かってくれない!」と卑屈になっていたのは確かです。

ユウタと一緒に大暴れしてしまいたいといった感情が
私の中にも常にありました。

そして、こんな事を書いていました。



     悲しみとか苦しみは残念ながら
     たった2年そこそこじゃ、癒えることもなく
  
     その時々によっては
     辛さも痛みも倍増している気がします。


     今、ユウタがちょうど入院中であるという点を
     最大限に考慮したとしても

     衝撃の診断、お子さんは脳腫瘍です・・・と言われた
     あの診察室のドアを出た時から

     今、この現在に至るまで

     一瞬たりとも


     ”心からの幸せ”を感じた事はないでしょう。







そう、あれから3年経った今も
「心からの幸せ」ってものを感じられた事はないです。

そしてこの先も、きっとその「心からの幸せ」を感じられる事は無いと思います。

これだけは、どうしてもね。



治療をして、後遺症を抱えて
少しずつは良くなったりもしていくけど

再発に怯えながら、一生その恐怖と闘いながら進んで行くしかない。


そういう全てが「全部ウソでした~!」って
どっきりカメラみたいに仕掛け人が登場しない限りは、無理なのだと思います。




ユウタとソラ。



でもね~・・・最近おもいました。

思うよりも私たち、実は幸せなんだなって。



確かにユウタが病気になる以前の
「当たり前のようにいつもあった幸せ」とは違うけど

だんだん、本当に少しずつなんだけど
「痛み」を思い出してしまう事も減ってきたし
思いつめる事も無くなってきている事に気付きました。




先日、同じ病気の子どもを持つお母さんと
夜な夜な電話で話していて・・・


 「そういえば、もう ”私、死んでしまいたい” なんて嘆く事も無くなっているね。」
  
 「私ら母が健康で長生きしなければ!と語れるようになったね。」


そんな会話がありました。




子どもを連れて心中したいとか、自分だけ消えてしまいたいとか。

そういう歪んだ感情が不意に浮かんできてしまう事を
誰に打ち明けても、もしくはここに綴ってみても

絶対「なに言っているの?」と非難されるだろうし
甘えるな!って叱られるだろうと分かっているから

なかなか本音を吐き出せる場所はないんだけど。


私には、そいういう黒くて重たい心を素直に打ち明けられる人がいてくれたから
それ以上に動いてしまう事は無かったんだな~って思います。

閉じ込めている気持ちを吐き出せた時に
そして、そういう感情が特別なものではないと寄り添ってもらえた時に
ここから抜け出そう!って、心の底から思えるようになるのかもしれないです。



気持ちを押し殺して、無理やりそう思おうとするのではなく

ごく自然に。





過去を引きずっているのは良くないかもしれない。

でも時々は痛いの覚悟で振り返ってみると
案外、今の自分が幸せであると感じられるかもしれないです。










手術から3年経って・・・


いくら願ってもユウタの前に
「どっきり」の仕掛け人が登場しないのなら

日々の中でふんわりと感じる幸せの数を全部足していけば
もしかしたら最後の最後で
誰よりも幸せだったな~って振り返られる人生であるかもしれない。

やっと、そんなふうに思えるようになってきました。

やっとね。





でも、分からない。

来年の3月17日に私はまた
どん底だ~って嘆いているかもしれないし。


何を想っているんだろうな。



3年後のユウタの想い・・・。


ユウタも何を想っているんだろうな。









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[ 2009/03/16 16:25 ] ママの心 | TB(0) | CM(5)

体育館の片隅で。 

5月に入ってから、ユウタが学校に行けたのは
授業参観だった、その1日だけ。

ここの所、絶不調なユウタです。


「原因は?」

そうやっていつも悩んでいるんだけど「これだ!」という確定的なものも無く
考えていると、全ての事を疑い出してしまってキリが無いのです。

内分泌的な事が原因である事には 間違いないのだろうと思うし
加えて、精神的な事もあるのだろうと・・・。





母である私。

もう、かれこれ3年以上はユウタの1番近くで
体調管理をしてきています。


でも、それなのに・・・
頭痛やだるさを訴えながら、何日も横になっているユウタを見つめながら
ただそばに居る事しか出来ない自分自身に
「まるでダメダメだ。」と自信を無くして、抜け殻になってしまいます。



管理の仕方次第で、ユウタがもっと元気でいられるかもしれないのに。

  何が足りないんだろう。
  何がいけなかったんだろう。



そのうちに・・・

  どうして病気になったんだろう。
  ユウタが病気になっていなかったら、今頃どういう事をしていたんだろう。

  野球とかサッカーとか、それとも お姉ちゃんと一緒にバスケしていたかな。



そうやって妄想に変わっていくのです。

繰り返し・・・








バスケの試合にて。


チヒロは相変わらず、バスケに夢中です。

生き生きとして、毎日が楽しそうなチヒロ。
楽しかった事や悲しかった事や悔しかった事、色んな話を私にしてくるようになりました。

でも本当は、チヒロが変わったのではなく
私がチヒロの話を、心澄まして聞くようになっただけなのかもしれません。





これまでだってずっと、いつも一緒に居たのに
最近は、チヒロと居る事が楽しくて仕方ない私。


休日に早起きして、お弁当持参で丸々1日体育館へ付き添う事とか
平日の夕方から夜まで練習を見学したりとか、体育館への送迎とか・・・

本当だったら「面倒だな~!」って、イヤイヤやるような性分の私なのに
なぜだか少しも嫌じゃないし、面倒でも無く。

むしろ かなり楽しみだったりします。


何でだろうって、気になっていたんだけど
バスケの写真を整理しながら、気が付きました。



  
  「病気の子どものお母さん」


ここから一瞬、私が開放されるからなんだ。






体育館を走り回る子ども達の中に、バスケはまだまだヘタっぴなチヒロであっても
みんなと同じように走り込んで、飛び廻って、コーチに激を飛ばされて

それでも立ち上がって、へこたれずに頑張っている姿を見ていて

ユウタの事のように心配しなくちゃいけない事も無いし
「根性出して、頑張れ!」・・・なんて事を考えながら、安心していられる感覚。


そういう当たり前の、なんて素晴らしい事か・・・。





周りの子ども達と同じように
頑張る事が当たり前のように出来るチヒロ。

体育館で付き添われているお母さん達と一緒に
子どもを見守っていられるという事。


いつも心にも背中にも重たく圧し掛かる物を下ろして
軽くなった自分がとても新鮮です。

遠い昔に感じた事のあるような、こういう感覚の中で
ただただ、練習頑張れ~!って応援できる事が
嬉しくて仕方ないのかもしれないです。






「病気の子どものお母さん」という表現は
取る人、聞く人に取れば、とても偏見ある言葉かもしれない。


でも正直な心で話すと

そういう事を意識してユウタのそばに居るわけではないのに
目には見えない大きな物が、いつもいつも私の背中にあって
常に病気の事や体調の事が頭から離れないでいます。



「開放される」とは言っても
やっぱりユウタの事がすっぽり抜ける事はないし
開放されたい!って、願っている訳ではないんだけど

周りのお母さんたちが我が子を心配したリ、遠くから見守っていたり
そういう普通の眼差しを私も一緒に
その空間の中でだけはチヒロに対して向けていられる事・・・

それが、ただただ新鮮なのです。








当たり前の日々の中じゃ、気が付かないんだけど

健康でいられる事、思い切り走れる事、自分の力の精一杯を出せる事
辛い練習に耐えられる事、毎日練習できる事

その全てが、そばにある日常だけでも
本当は掛けがえのない事なんだよね。



元気に走り回る子どもたちを見ながら、体育館の片隅で
いつも いつも思う事です。



がんばれ!






クリック、ありがとう(*^ー^*) 

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[ 2009/05/10 14:12 ] ママの心 | TB(0) | CM(6)

私のレール。 


確かに世の中には・・・

心身的にも、その他の事にも
大きな悩みを抱えている人は大勢居るのだろうし
もっともっと深刻な状況の中で
厳しい向かい風を体全体で受けながら進む人たちも

ただ私が知らないだけで、たくさん たくさん居るんだろうと思います。


「世の中を見渡してごらん」

ここでは、そういう事を抜きにして
私の抱える、今の辛さだけを吐き出したいと思います。








新学期から1ヶ月以上が経ち、その間に色々とありました。


チヒロはチヒロで、悩み続ける日々を送っていました。

長く引きずっていた事柄が ここへ来て
自分の力だけではどうにもならない状況に陥り
「学校へ行きたくない!」と部屋に閉じこもるような出来事がありました。

チヒロの体調にも変化が表れるようになって
家族でチヒロを中心に話し合う日々が続きました。


最近になってやっと、色々な人の支えの中でチヒロは立ちあがれました。

一緒に悩んだり、考えたりしていく中で
気が付いた事は たくさんありました。

だから今回の事は全てがマイナスでもなくて、大きく悲観する事でもなくて
チヒロと私にとって、心を新たに頑張れる力と
本当に大切にしなくちゃいけない事や人を見つけられたんじゃないかなと思っています。


小学6年生にして「親友」「仲間」のいるチヒロを
私の方が羨ましくも思う日々です。



この時期の女の子は本当に難しい。
でも、ここで”生涯大切にして行かなければいけないもの”を勉強できるのかな。

私もやっと、そういうふうに言葉で表現出来るようになりました(^^;







ユウタは・・・・・

ここまで書いて、PCの前で長くフリーズしてしまう私です。



学校は、なんとか毎日行けています。

登校前に「頭がいたい」と寝転んでいる事が毎日のように続いていますが
思い切って学校へ送り出しています。
そうしないと、1日も登校出来ないような状況です。


限界になれば、ユウタも家に電話して欲しいと先生へ訴えるので
とりあえず行かせています。



特に感情の面で、4月からずっとユウタは荒れています。

毎日の中で「今日はケンカしなかった」とか「今日はキレなかった」とか
そういう報告を聞く事も、時々はあるんだけど。



体調が悪いと、ますますイライラが募ります。
それは健康である私にも同じ事。

でも、イライラする出来事によって
ストレスに対応するホルモンが自然と分泌されない体のユウタは
そういう出来事によって体調さえも悪くなってしまうので、まるっきり悪循環です。





チヒロの事で悩み、そして慢性的に続くユウタの事でも悩み・・・

その頃の私は頭の中がぐるぐる混乱してしまって
情緒も、きっと不安定でした。

年がら年中、情緒不安定な母さんなのは自分でも自覚しているけど。






ある朝。

ユウタの体調も相変わらずに悪くて、不機嫌で
チヒロも学校へ行きたくないと大泣きしていて
パパは仕事に出てしまっていたし、家の中で全てが同時に悲鳴を上げました。


ここでチヒロを休ませたら、どんどん悪い方へ進んでしまうような気がして
何とか気持ちを奮い立たせて、送り出しました。

チヒロはヒクヒクと肩を震わせて、まだ涙を流したまま玄関を出て行ったので
心配でたまらなかったし、これで良かったのか自問自答していたけど
部屋に戻るとユウタが体調悪く、不機嫌そうに居たので
それはそれで問題山積みだし、私も全てに精一杯でした。


「早く歯を磨きなさい!」

確か、そんな些細な一言からユウタの感情が荒れ狂い
そして私の心にも いつもの余裕やゆとりが無い感じをユウタがキャッチしたのか
朝っぱらから、大暴れとなりました。



ランドセルを放り投げて、頭を床に打ち付けて。

全て投げやりになっている状態のユウタを
すぐそばで立ち尽くして、ただ上から見ているだけの私。


優しくなだめようとも、落ち着かせようとも
この状況を何とかしようとも思えませんでした。

「無」でした。


私自身がショートしたみたいに、ただ「無」でした。


どうしよう・・・ではなく
もう、どうにもならない!という諦めと無力感に心が覆われました。



「死にたい!」と叫んで、ベランダに飛び出そうとするユウタの首に手をまわし
私は一瞬、絞めそうになりました。

でも、後から考えるとそれは一瞬なんかじゃなくて
長い間、そう考えてしまっていたようにも感じます。




怖かった。

冷静ではない自分が本当に怖くて、指先が凍ったように冷たくなりました。


ユウタの為と言い続けながら、だけどこの時の私は
ただ自分が楽になりたかったのです。








いつか自分が容疑者として、犯人として
夕方のニュースに出てしまうのではないかと不安です。


キレイごとではなく、私は子供を大切に思っているし
自分自身の事よりも、たとえ命を投げ出してでも守りたい存在は子供しか無いのだけど

ガタンとレールが外れたら
見えない場所に落ちてしまいそうです。



薄々、気が付いていたけど
振り払って見えないようにしていた自分の持つ、もう一方の感情に怯えています。






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[ 2009/05/26 23:46 ] ママの心 | TB(0) | CM(21)

フクロウとラムネ。 

   
この頃、あまり良い事が無くて。

その代わりに悪い事ばかりが次々起こっていたので
こういう時こそ笑って過ごさなきゃと、変な所に余計な力が入っちゃって・・・


悩み事がいっぱいあるような、頭カラッポのような
変な感じで過ごしていました。


不苦労。

  ( 携帯 photo )

水晶の小さい「フクロウ」の置き物は、お友達ママからのプレゼント。

      フクロウ=不苦労


不、苦労。
なるほど~!!!すごい!

「明るい未来が訪れる」という意味も持つらしく、感激でした。
プレゼントしてくれた、その気持ちに感激でした。


手のひらサイズの、だけど特大のハートをもらったような気持ちでした。








レインボーラムネ


丸い4色のコロコロは
幻のラムネとささやかれている、レインボーラムネというものです。

奈良にあるイコマ製菓本舗で製造されているのですが
関西では結構有名で なかなか手に入らないそうなのです。

味はどの色もピーチ。
これがホントに、めちゃくちゃおいしかった!

注文しても、手に入るまで1年待ちとの事です。
1年待ってでも食べる価値ありなラムネでした。

レインボーラムネ


この幻のラムネは、母親同士でも家族ぐるみでも仲良くしてもらっている
「かのんちゃんのママ」が送ってくれました。


関東と関西、距離は遠く離れているけど
いつも1ばん近いところで私達を支えてくれています。

同じ病気の子どもを持つ親同士として、いろんな話をしていても
「そうそうそうそう!!!」と共通な想いがたくさんあって、勇気づけられます。

彼女と話していると
必ず1つか2つは妄想の話へと発展してしまいます(笑
そばで聞いているパパは「なんて くだらない話を長々と・・・」と笑っているようだけど
本当は大切な事なんです(*^_^*)



******************************************************************



悪い事ばかり・・・と冒頭では書いたけど
そうでもないと、気がつきました(*^_^*)

ここには何度も書いているけど、私は人にはとても恵まれていて
いつも誰かに温かく支えられながら進めているんだなぁって思います。


すぐ近くにも、遠く離れた場所にも
古くからの友人にも、繋がったばかりの人達からも。

本当だったら気がつかないくらいの優しさにもハッと出来るのだから
幸せなんだな~ってしみじみ思いました。





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[ 2009/06/02 12:35 ] ママの心 | TB(0) | CM(8)

天国の特別な子供。 


  
天国の特別な子供

作:エドナ・マシミラ/訳:大江 裕子




会議が開かれました 。地球からはるか遠くで。

「また次の赤ちゃん誕生の時間ですよ」

天においでになる神様に向かって、天使たちはいいました。



この子は特別の赤ちゃんで、たくさんの愛情が必要でしょう。

この子の成長はとてもゆっくりに見えるかもしれません。

もしかして一人前になれないかも しれません。

だからこの子は下界で出会う人々に、とくに気をつけてもらわな ければならないのです。



もしかしてこの子の思うことは、なかなか分かってもらえないかもしれません。

何をやってもうまくいかないかもしれません。

ですから私たちは、この子がどこに生まれるか、注意深く選ばなければならないのです。

この子の生涯が、しあわせなものとなるように。




どうぞ神様、 この子のためにすばらしい両親をさがしてあげて下さい。

神様のために特別な任務をひきうけてくれるような両親を。


その二人はすぐには気がつかないかもしれません。

彼ら二人が自分たちに求められている特別な役割を。

けれども天から授けられたこの子によって、ますます強い信仰と

豊かな愛をいだくようになることでしょう。

やがてニ人は、自分たちに与えられた特別の神の思召しをさとるようになるでしょう。

神からおくられたこの子を育てることによって。


柔和でおだやかなこの尊い授かりものこそ、天から授かった特別な子どもなのです。

 

 



エドナ・マシミラは米ペンシルバニア州にある
マクガイア・ホーム(障害児療育施設)のシスターです。

この詩は 日本の障害をもつ子の両親へのメッセージです。










私は根本的に、ものすごく ひねくれているので
心も荒んでいる事を自覚したうえで、打ち明けますが

「神は乗り越えられない試練を与えない」
「病を得た事にも、意味がある」

・・・などという言葉に、ものすごく反発感を持ってしまいます。



なにより私は、子供が病気であるという立場なので
今 私自身が抱える辛さなどは、本人の苦しみに比べたら大した事ではないと思うし
これこそ言われる通り、乗り越えられるものだと思えます。

だから、その言葉の捉え方もズレているのかもしれません。


ユウタが病気になった事に意味など何も無いと感じてしまうし
使命を果たす為に脳腫瘍という病気を持って生まれたとも思いたくありません。

つくづく 「神様のバカヤロー!」のみです。

そう思う以外、今の私には思う事ありません。





偶然、本当にただ偶然。

毎年必ず小児の数パーセントに発症すると言われている病気に
たまたま入ってしまっただけ。

今年は少ないとか、今年は多いとかも無く
必ず決まった確率で発症され続けている病気だそうです。



どうして?なぜ?と、さんざん嘆いたし
こんな「たまたま病気になった」という運命に悲しんできたけど

「ユウタは、何かの意味を持って病気の子供として生まれてきた」と当てはめてる事は
どうしても出来ませんでした。

それは変わらず、今も思っています。




それでも、本人のユウタにとってみれば
将来、自分の運命を恨む気持ちが救われるように

「僕が病気になった事にも意味がある。」
「僕には使命があるんだ」と思うようになったのなら
その時はじめて私にも、その言葉の意味を理解しようと思えるのかもれません。

それでも私の場合は、いつまでも
「神様のバカヤロー」・・・かもしれませんが。







でも、ひとつだけ「神様がらみ」で
そうか~!と素直に受け入れられる詩と
それに対しての、強い思いのこもった言葉を聞く機会がありました。


冒頭の「天国の特別な子供」という詩は

足の病気でユウタが入所していた肢体不自由児施設で知り合い
今も仲良くさせて頂いているママ友達から、施設退所時に教えてもらった詩です。


普段は「神様なんて、いない!」と心底思うけど
都合のいい時だけは神頼みしてみたり、私は本当に自分勝手です。



使命を果たすために、ユウタに病気を与えたという事には
どう考えても納得いかないけど・・・

でも、この詩にあるように ”ユウタが私を選んで生まれて来てくれた” というのなら
それは本当なのかもしれないなって思えます。(・・・自惚れてる?)

そして、嬉しくも思うのです。



こんなに、どうしようもない母なんだけどね。

時々、もっと心の広い、しっかり者のお母さんの所に生まれてきた方が
ユウタも幸せだったかもしれないと思ったりもするんだけど・・・


それでもやっぱり・・・
「ユウタの事を幸せにできるのは、私というお母さんしか居ない!」

そう、強く思いなおします。

そう思わなくちゃ!という気持ちでは無くて、自然とそう思います。


こういう気持ちは、我が子が病気だからと限った事ではなくて
親であれば皆、共通な想いなんだろうね。





ユウタの病気に関する事で、悩む事も不安に思う事も多くあるし
迷う事も、時々立ち止まってしまう事も、本当に色々あるんだけど

チヒロとユウタが、パパと私を選んで生まれて来てくれたお陰で
その倍以上の幸せを、二人にもらっている気がします。




***********************************************************




  「すごく大変な治療をして助かった子どもは、
  それだけで他の子どもよりも強い運をもっているんだから、
  あなたはすごい子なんだよ」





  子どもたちが私たちを選んでくれたというだけではなく、
  私たちも、この子どもたちがいてくれるからこそ幸せなんだと思います。

  お互いに「選ばれた人間」として受けて立ちましょう。






ある方から頂いたメッセージですが
何度も何度も、声に出して読み返しました。


それを聞いていたチヒロが
「そうだよ!ユウタって、すごい子なんだよ!」と、ユウタの背中をなでていました。

ユウタもニコニコ嬉しそうでした。

「受けて立つ・・・そうだね、初心に戻ってみようよ。」
パパの胸にも深く沁み入ったようでした。





全てが上手くいかないように感じて、凹み気味だった最近の私達家族を
両手で救い上げてもらったような感覚に陥りました。



忘れていたものが、たくさんあったんだね。







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[ 2009/06/10 12:17 ] ママの心 | TB(0) | コメント(-)

MRI検査、前日の夜。 

   
明日は久しぶりのMRI検査。



     「きっと何でもない。」

     「でも、もしかしたら・・・」


     「いや、絶対だいじょうぶ。」

     「絶対ではないし・・・」





そう気持ちは いっぱい揺れるけど
何があっても、やっぱり歩いて行くしかないって事。

受けて立つ!って決めたからにはね。





やらなくちゃいけない事、考えなくち<ゃいけない事が山積みになってる。


メールしなきゃ電話しなきゃあれとこれと、確認しなきゃ

でもまず、自分が元気でいなくちゃね。





桃の花





今日、大好きな人から贈り物が届きました。

大好きな人と電話で久しぶりに話も出来ました。


夕方、チヒロの中学の制服が届きました。
(こっそり私が着てみた事は、もちろんチヒロにナイショです)

制服などの入学準備で、かなりの出費でした。


チヒロもユウタも元気でした。

犬×3匹もイイコでした。






今、思い出しただけでも、私は幸せな暮らしの中にいるんだね。


そういう事を私は すぐに忘れかけるけど

眠れずに明日のMRIを心配している今の私も、この気持ちも
そんなに遠くない未来では、無駄になっていないような気がします。








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[ 2010/03/04 02:11 ] ママの心 | TB(0) | コメント(-)

2010年 3月17日 

   
2010年 3月17日


家の中では誰も その事には触れないんだけど
パパはただ単に忘れているんだろうね。

でも、それでいいんだと思う。


4年前の今日は、ユウタが2回目の開頭手術を受けた日です。








普段から特別にこの日を意識しながら生活している訳じゃないけど

心の中にある、心に埋め込まれてしまっている、
そんな他では感じた事のないような塊が

自然と動きだしてくるのが、毎年この季節です。



この塊の動きを止めようとすればするほど
私は泥沼にはまっていくんだ・・・という事を心体で感じてからは
もがく事もやめて、流されるまま逆らわずに過ごすようにしています。

だってさ、自分でどうにもならないんだもん。

半分怒り気味です。





精神が軟い。


ただ、そういう事なのかと思っていました。

情けないな、と。



まぁ、確かに頑丈な心とは言えないんだけど
まさか自分が、こんなふうに闇へと陥りやすい人だとは思ってませんでした。

と、他人を見るように自分の事を見ながら驚いているのが本音です。




「もっと、辛い人もいるんだから」
「生きているんだから」

「お母さんは笑顔でいなくちゃ」
「お母さんがしっかりしていなくちゃ」

「ユウタ君も頑張っているんだから」
「みんな頑張っているんだから」




私をとりまく言葉、すべてが正論だからこそ
「あいたたた~」って傷にしみました。

でもね、そう言われる本人が1番
そうでありたいって強く願っているんだよね。










ユウタはこの4年の間、私が一生のうちにするかしないかの分くらいは
何に関しても精一杯に努力してきたと思っています。

それも、皆がフルパワーの努力を必要としなくても出来るような
普通の生活の事に対して。


そばで見ていて、一緒に暮らしていて、いつも思います。

私なら、きっともうとっくに
全て「もうヤダ~!!!」って、放り投げてしまっているだろうな・・・と。

ヤダとは言っても逃げ道なんて無いんだけど
頑張ろうなんて気持ちは失せてしまうと思います。


でも、そうやってユウタは頑張り続けてきた中で
つぼみになって、膨らんで、花が咲いたって事もたくさんあったから

そういうユウタを見ていて
親の私の方がユウタに教えてもらう事ばかりなんです。




「ユウタ君も頑張っているんだから」
「みんな頑張っているんだから」



ホント、その通りだよなぁ。









久しぶりに4年前の記事を覗いてみると
(何だか写真も外れちゃってるし、文の部分も崩れまくっている!)

もう何十年も経っているような
逆にまだ、あの日から数カ月しか経っていないような

他では経験のない、不思議な感覚にとらわれました。




それと同時に、助けて頂いた先生や看護師さん達の顔が浮かんできて

看護師さんと言い合いになった事とか
子どもが入院中のお母さん同士、院内の噂話で盛り上がった事とか

チヒロが待合ラウンジで宿題をしていた事とか
たくさんの人がお見舞いに来てくれた事とか・・・


そんな、今まではしみじみと思い出す事も無かったような事ばかりが
溢れるように出てきました。



ICUでの おかしな言動や感情の激しさ、
止まらない痙攣、定まらない視点・・・

まるで別人格になってしまったような、あの頃のユウタを思い出すより前に
辛い日々の中での「温かい部分」が出てきた事は

この4年という年月が、私の気が付かないうちに
ココロの真ん中にある重たい塊を少しずつ軽くしていってくれてるんだな~って
そんなふうに思いました。



ユウタも同じ病気の子どもと比べれば、
ゆっくり回復してきている方なのだと思うけど

きっと私も ゆっくりなんだろうな。

そう思うと楽になりました。









今朝、ユウタは元気に学校へ行きました。

両手をぶんぶん振って「かあちゃん、いってきま~す!」って。


校門を抜けて、昇降口に向かうユウタの後ろ姿を
これまで毎日毎日見送り続けてきたけど

この毎日の幸福に私が今、気付けている事じたいがとても幸せな事。



時々そういう事をつい忘れて
私は表面的な事ばかりに苦しくなったりするんだけど

ずっとそばで支えてくれる人がいる事や
大勢の人達に助けて頂いた事、あきらめないと言ってくれた先生の事、

そういう「今まで」に感謝の気持ちを忘れず
これからも毎日を丁寧に暮らして行こうって思います。





次の「3月17日」に私は、どんな気持ちを綴るんだろうな。

・・・何だか毎年同じような事を最後に書いているね。



無駄な動きで色んなものが絡まっている、そんな今のような自分ではなく

「そのまんま」の幸せにいつも気付けて
1番大切なものを真っ先に見つけられるような・・・

そういうココロを自然に持った人になっていたいです。



願いは口に出してしまった方がいいって言うからね~(*^_^*)






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[ 2010/03/17 09:00 ] ママの心 | TB(0) | コメント(-)

書けなくなってしまったブログ。 

2011年 8月31日(水)


久しぶりに更新します。

実は、ここのサイトに私自身が訪れるのも久しぶりです。



全然、書けなくなってしまいました。
私が自分で書いてきた、昔の記事を読む事さえ嫌になってました。

絶望に包まれるというか・・・
色んなものが見えてきて、もうダメだと考え込む日々が続いていました。

思いついた事を、吐き出したい事を
ツイッターなどで、その時その時で打ちこんではいましたが
きちんと心を整理して、まとめあげることが困難となっていました。


少しずつ、また書き始めようかな・・・

そんなふうにやっと思えるようになりました。


IMG_4295.jpg 

[ 2011/08/31 23:59 ] ママの心 | TB(0) | コメント(-)

5% 


さて、ブログを再開しようと思った所で
いったい、どこから書き始めていいのか分からない。

もう1年以上も綴っていないのだから
近況とともにこれまでの事を少しずつ思い起こして綴って行くしかないかな。




今の私のこころは正直言って「空虚」という言葉が
1番しっくりくるのかもしれない。

今思えば、ここに綴り続けていた日々は自分が気付かなかっただけで
有る意味「希望に満ち溢れていた」のかもしれないな。

つらい、とは嘆いていても
とても希望があったような気がする。いや、あった。

今は5%位の小さな希望にしがみついて生きている感じです。



情けないけどね。





[ 2011/09/03 21:19 ] ママの心 | トラックバック(-) | コメント(-)

修正しながら思ったこと。 

今日はブログのプロフィール欄を少しだけ修正した。

ユウタの病歴と現在の様子などなど。


1年くらい放置していただけなのに、ずいぶん変わっていた。
修正しながら私は、おいおいと泣いてしまった。


2006/3/17


ユウタ、5さい。

この日から全てが変わっていったんだな。
2度目の開頭手術が終わってから、そこからが闘いだったんだ。


腫瘍が取れて「さぁ良かった、おめでとう!」ではなかった。




病気は、治療しながら良くなっていくものだと信じていた。

これからはもっともっと元気になって
ホルモンの補充をしながら生活していけば、少しの不便はあっても
平穏な生活をおくって行けるとばかり思っていた。

そんなの大間違いだった。


治っていくのではなく、どんどん不自由が見えてくる。
成長とともに、周りとの距離も大きくなっていく。離れていく。


私の子どもだもん、ユウタはユウタらしく・・・などとカッコつけてなどいられない。

生きる事が、ただ生きて行くことが
ものすごく大変なんだもん。



手をつないで眠るよ。


病気の子どもに生まれてごめんね。

前からユウタはそう言って悲しい顔を私に見せていた。
今だってそう。

だけど最近は「病気の子どもに生みやがって!」の怒りを爆発させてくる。




高次脳機能障害なのか

我慢をさせ続けてきた、いわゆる二次障害なのか・・・。


私には分からない。



この先も、たった1年後も分からない。見えない。


夢や希望を語る事なんて出来なくなってしまった。

頑張るぞ~!なんて、今の私には嘘でも語れない。




[ 2011/09/05 22:13 ] ママの心 | TB(0) | コメント(-)

尊敬しているひと。 


ダサくて、パッとしないし、親父ギャグ満載でつまらないし、なんていうか今時のかっこいいパパじゃないんだけどね、実はとても尊敬している。

内緒だけど。


[ 2011/09/05 23:22 ] ママの心 | トラックバック(-) | コメント(-)

凍ったココロ。 


ぜんぜん平気な顔をしてみたり

久しぶりに会った友達とは普通に笑って話をしたり。


だけどね。

私の本当の心の奥は凍ってしまっていて、全然とけない。

これがもう、かっちかち。



いつからかな。

ずっと記し続けてきた、走り書きの様な手帳の日記も
もうずいぶん前に やめちゃったしね。




毎日毎日、本当は考えてる。

ユウタと一緒に。
遠くの海のサンゴ礁になりたいって。





[ 2011/09/20 21:00 ] ママの心 | TB(0) | コメント(-)

キッチンの鍵。 


なかなかここに投稿する気持ちになれなくて
ずっと下書きに保存していたもの。

1年以上も前の話なんだな・・・。


しばらくしたら、この記事は 2010年4月のアーカイブへ移動します。






   
2010年 4月 
  

キッチンの出入り口に扉を付けました。

毎晩、私が寝る前に鍵をかけます。



これでいいのか?

毎晩毎晩、鍵をかけながら自分を責める。


今だって、こんな事が最善策だなんて思えないけど
どうにもならない現状でもある。




「病気の子供に産んでしまってごめんなさい。」


そんなふうに自分を責める事で、自分を痛めつけて
私はそれで「懺悔」しているつもりなんだよね。

ただの自己満足。自己陶酔。

かわいそうなお母さんを演じてるんだよ。






お腹が減るのも隠れて食べてしまうのも、ユウタのせいじゃない。

意思が弱いとか、そういう事じゃないんだよね。


悲しむ家族が頭に思い浮かんでも止められない隠れ食い。
それ程の空腹なんて私は味わった事も無いんだから
簡単に「頑張れ!」「耐えろ!」とも言えないよ。

これ以上ユウタの体を悪くさせたくないという私の思いなんて
ただの”身勝手”とも感じてくる。

だって、私だったら長生きできなくても
たとえ100キロ以上に太っていっても
極度の空腹になんて耐えられずに食べてしまうと思うもん。





こんな事が ずっとずっと続くのなら
もっともっと、どんなに太ってしまっても
たとえ短命となってしまっても
この先、違う病気になってしまうとしても

食べる事に規制の無い日々を送れる方が本人は幸せなのではないか?って
時々真剣に考えてしまいます。

でもやっぱりそんな事できないけどさ・・・。




[ 2011/09/20 21:08 ] ママの心 | TB(0) | コメント(-)
書いている人

ななえママ



●冨塚 七枝

神奈川県在住、2児の母。
ツイッターは@Na7e_

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************************

●メールは右サイドバー1番下の
メールフォームよりどうぞ。

*evergreen***

Family

冨塚 七枝


僕、ユウタです。 ユウタ


2000年10月生まれ。
現在、特別支援学校1年生。
4歳の時に「頭蓋咽頭腫」という
脳腫瘍を発覚。5歳で再発。

7歳の時 骨の病気である
大腿骨頭すべり症を発症。

現在は汎下垂体機能低下症。
尿崩症。
体温調節障害。
視床下部性肥満
高次脳機能障害

もう少し詳しい経過は
以下↓をご覧下さい。

ユウタは4歳の時に
頭痛と嘔吐をくり返した為
念の為にと受けたCT検査にて
「頭蓋咽頭腫」という脳腫瘍が見つかりました。

・頭蓋咽頭腫
(ずがいいんとうしゅ)
craniopharyngioma
(クラニオファリンジオーマ)

頭痛と嘔吐の症状は
水頭症を併発していた為に
起こっていた症状でした。

腫瘍摘出の為に受けた
1度目の開頭手術では
全ての腫瘍を摘出する事は出来ませんでした。

その後すぐに再燃し
その時もまた水頭症を併発していました。

腫瘍により流れにくくなっている髄液を流しやすくする処置としてすぐにシャント手術を受けました。

2度目の開頭手術には福島孝徳先生に執刀して頂き、見える範囲の腫瘍を全摘出できました。

手術の後遺症により
視床下部性の
汎下垂体機能低下症、
尿崩症
高次脳機能障害に。

使用中の薬は
・チラーヂン
・プレドニン
・成長ホルモン
・防風通聖散
・ゴナドトロピン注射
・ミニリンメルトOD錠

視床下部性の肥満の為、高度肥満に陥りました。


7歳の時に下垂体機能低下症の影響からと思われる「大腿骨頭すべり症」という足の病気になりました。(両側)

両足の大腿骨部分にボルトを埋める手術を受け、リハビリの為、肢体不自由児施設に約半年間入院しました。

小学校は3年生までは なんとか普通級で過ごしましたが
4年生になると同時に「病弱児支援級」を学校に設置してもらい、中学校でも病弱級にお世話になり過ごしました。
高校からは支援学校高等部へ。

●不安な気持ちで
   ここに訪れた方へ

ここに書いてある事は
ユウタに起こった症状と
その経過です。
頭蓋咽頭腫のお子さん全てに当てはまるものではありません。

同じ病気であっても、それぞれ症状も経過も違っています。



私、チヒロです。 チヒロ


1997年生まれ。
現在、専門学校1年生。
一見クールな奴に見られがちだけど、実はかなり笑える女子です。ギターで弾き語りをしたりライブをしたり楽しんでいます。


*************************

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