3年前の 2005年8月25日。
(その時の記事)←click総合病院にある脳神経外科の診察室で
「お子さんは、脳腫瘍です。」と診断を受けました。
診察室で当時4歳のユウタは ちょろちょろ動き回り落ち着かず
看護師さんがしゃがみ込んでユウタと手遊びしてくれていました。
ユウタが脳腫瘍。
真っ先に「死」を連想しました。
「ユウタが死んじゃう、ユウタが死んじゃう・・・」
それからDrの声も、看護師さんの声も、ユウタの笑い声も
私には何も聞こえなくなりました。
まるで水の中へ潜っているかのように。
隣に座るパパは、膝に置いた手をグッと握り閉めて
先生から少しも目線を離さずに話を聞いていました。
私は誰の声も聞こえないまま、心の中でずっと
「ユウタが死んじゃう・・・」と繰り返していました。
ウソでしょう?とか、どうしようとか、どこの病院へ?とか
そういう動揺は一つも無く。
ただ、ユウタが死んでしまうんだ・・・という「絶望感」だけでした。
自分が泣いているという意識も感覚も無く
ただ開きっぱなしの目から涙が滝のように流れていて。
だけどその時、変に冷静に考えていた事もありました。
「そうだ!ユウタが死んでしまうのなら、私も一緒に死ねばいいんだ。」
他にある同じ位に大切なものの事など何も考えられずに
今、心の全部を占めているこの恐怖と絶望感から逃げ出す為に
自分を楽な方へ導く為に
そういう臨時解決策を自然に打ち出していたのだと思います。
「お母さん、トイレに行きましょうね!」という看護師さんの大きな声で
やっと水中から出られた時のような感覚になり
「ママ、泣いてるの?泣いたらダメよ。」という
ユウタの声が耳に入ってきました。
「ママ、ユウタ大丈夫だよ!だから泣かないで」
まだ4歳だった、あの日のユウタ。
あれから3年経ったけど、ユウタは今も変わらず
「ママ、泣かないで」「ユウタは大丈夫!」とそうやって
いつも私を慰め支えてくれる。
温かい手で、いつだってユウタが私を助けてくれる。
私はと言えば・・・あの頃から少しは強くなれたのだろうか。
3年前のあの日は朝から小雨が降っていて
それでも何となく蒸し暑い残暑の中で
曇り空の遠くから、セミの泣き声が聞こえてきて
時々、雲の隙間から青空が見えて。
学校帰りの子供達の笑い声も
親子で手を繋ぎ、楽しそうに歩いている姿も
普通に歩いているだけの、すれ違う人たちも
みんなが幸福の絶頂にいる存在の人たちに見えて
羨ましくて、妬ましくて、憎たらしくて。
私達だけが全くの別世界に生きているような気がして。
3年経った、2008年 8月25日。
今日も あの日と同じような曇り空。
時々、パラパラと小雨も降っています。
セミの声もまだ力強く聞こえています。
ユウタはここの所調子が悪く、頭を痛がって横になってばかり。
顔も何となく浮腫んでいて、笑顔も少ない。
「頭いたい。」
その言葉に、3年前が鮮やかに蘇る。
人は悲しい記憶、苦しい記憶は
早めに消えるように出来ているらしいけど
なぜか・・・
今も細かな所までも鮮明に覚えているよ、8月25日。
これを書きながら、うかつにも涙が溢れてきて
私はユウタに
「生きていてくれて、ありがとう!」と涙声で言ってしまった。
ビックリする事も無くユウタは
「ママこそ、ユウタを生んでくれてありがとう」って
久しぶりに満点笑顔を見せてくれました。
このまま、このまま、ずっと穏やかな幸せが続きますように。
とびきりの幸福感よりも
長く続く、ありきたりな日常の幸せがいつまでも・・・。

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